運命の戦士   作:発光体(プラズマ)

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本編からのif要素はアスランに月面に蹴っ飛ばされたのではなく中空に蹴っ飛ばされたこととルナマリアとそこまでイチャついてなかったこと


第1話 鋼鉄の漂流者。そして蘇る巨人

声が聞こえた。何処か悲しげで、何処か弱々しく、そして力強い、そんな不思議な声が。

俺はその声の方に手を伸ばす。そして……

 

 

「ここは……」

 

 シン・アスカは病室のような部屋で目を覚ました。何か不思議な夢を見た気がするが余りにも朧気だ。

部屋を見渡して、酷く無用心だと感じる。プラントの施設なのかオーブの施設なのかは解らないが、捕虜であるはずの自分を見張りも付けずにしておくとは、どういうつもりなのか。まあ、自分にはこれ以上反抗するつもりなどないのだが。

 自嘲気味に口を歪めた時、部屋のドアが開き、武装した男二人を引き連れた壮年の男性が入って来た。男性はシンが起きているのを見ると、穏和な笑みを浮かべ、親しげに話し掛けた。

 

「やあ、無事で何よりだ。どこか痛むところはあるかい?」

「おかげさまで。ところでアンタ達一体どこの国の人間なんだ。オーブか、ザフトか、それとも連合か?」

 

 これに意表をつかされたのはどうも相手のようだった。

三人は顔を合わせて戸惑った様子を見せている。例の壮年の男性は参ったな、と呟き

 

「やれやれ、思ったより随分と複雑な事態らしい。まさかこちらから説明することになるとは」

 

それは一体どういうことだろうか。少なくともシンからすれば当然と思えることを聞いただけなのだが。

しかしシンはまだ知らないこれが彼の波乱万丈とも言えるこれまでの人生の中で、最もぶっ飛んだ出来事であることを。

 

「このままではお互い不都合だろうから、自己紹介といこう。私の名はサワイ・ソウイチロウ。君の名前を聞かせてくれ」

「俺はシン……シン・アスカだ」

 

そして彼は知る。この、絶望を振り払い前へと進む、強き世界の事を。

 

 

数日後、TPC火星基地マリネリスの格納庫で虚ろな目をしたシンの姿があった。当然一人ではなく、隣には彼の護衛兼見張り役の男、ソガがいる。先日のサワイとの対面の後、護衛の内の一人だった彼はそのままシンの担当を任されたのだった。

 

「奇妙なものだ」

「何が?」

 

ソガは目の前におかれているロボット、デスティニーを見ながら言う。

 

「お前の話の通りなら、アレは遥か遠い世界の技術で作られた物の筈。だというのにOSやお前の話す言語はなんと英語だ。これを奇妙と言わずになんという?」

 

シンは肩を竦める。

 

「それはこっちが聞きたいよ。俺にはそもそもここが火星だっていうことすら信じられないんだぜ」

 

あの時サワイから語られた事は俄かには信じがたい話だった。ここはシンのいた地球とは遠く離れた、別の太陽系なのだという。どこの三流SFだ、と笑い飛ばそうとしたが、数々の物的証拠がそれを許さなかった。コスモネットにネオマキシマシステム、そして地球平和連合TPC。自分の常識を遥かに上回るものが沢山あった。

 

「原因も何も解らない。俺は負けて、気絶して、目が覚めたらここにいたんだ。誰かが説明出来るなら教えて貰いたいよ」

 

 力なく話すシンを、ソガは居たたまれない気持ちで見ていた。シンにこの世界について一通り教えた後に聞いた、シン自身の話は同情して然るべきものだった。

 戦争で家族を失い、亡命した先で力を求めて軍に入り、漸く出来た仲間を再び戦争で失った。この世界ではまだハイスクールすら卒業していないだろう年齢の少年が歩んで来た道のりが、どれほど過酷であったことか。

サワイが自分一人を付けるだけでシンを自由にしているのも、それを考えての事なのだろう。

 

「そろそろ行くか。もうすぐ昼食の時間だ」

 

ソガに先導され、シンは食堂に向かう。格納庫の扉が閉じる前に、シンはもう一度振り返ってデスティニーを見やった。元の場所でのアスランとの戦闘の際に破損したカメラやコックピット等は修理が終わっていたが、片腕は切り落とされたままの無惨な姿だった。今の自分と愛機を重ね、どうしようもない無力感に襲われたシンは、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

マリネリス基地の食堂はメニューが少ない。ここが火星である事を考えれば当然なのだが、物足りないものは物足りない。そしてそれはこの二人も例外ではない。

 

「この定食にも飽きてきたなぁ」

「何を言っているんだ。俺はもう一年もここにいるんだぞ。見ろ、小さい工夫で飽きないように出来るんだ」

 

そう言ってソガは手持ちのビンから何か赤い調味料を出して白米にかけた。見るからに辛そうだ。大丈夫なのだろうか。

 

「ソガは、さ」

 

丼を掻き込んでいたソガがうん?と顔を向ける。

 

「どうしてTPCに入ったんだ?」

「どうしてってどういうことさ」

 

こんな事をを聞く理由はシンにも解らなかった。ただなんとなく聞いておきたいと思った、そんな疑問だった。

 

「まあいいじゃんか。聞かせてくれよ、減るものでもないし」

「かまわないが…あー、確か六歳の頃だったか」

 

 

住んでいる街に怪獣が現われた。25メートル位の、比較的小さな個体だったけれど、幼かったソガ少年にはその事は何の慰めにもならなかった。

 

「そいつは結構俺の近くで現われた。こう、ガーッ!と地中からな」

 

恐怖で腰が抜け、動けなかった。重量感たっぷりに、ゆっくりと迫ってくるソイツを、ソガ少年は怯えて見ている事しか出来なかった。

 

「そんな時あの人が現われた。その人は肩に担いだバズーカをぶっ放して怪獣を後退させた後、こう言ったんだ」

 

“安心しろボウズ。お前はおっちゃん達が必ず守る”

 

「名前を聞いてもいなかったから今何をしているのかは判らない。だけどその時見たあの人がとても格好よかった。俺もあんな風になりたいと思った」

 

だから、俺は今ここにいる、と締めくくってソガは話を終えた。

 

「どうだ、つまんなかっただろ?」

 

じっと見つめるシンの視線に照れたのか、ソガはおどけた顔をして言った。

そんなことはない、とシンは思う。この世界はとても平和だ。それこそ、妬ましいほどに。だけどその平和は自然にあるのではなくて、ソガや、ソガの会った「おっちゃん」のような人達がいるからだと思う。平和を作って行くのは人の心なのだろう。だとしたら、

 

(俺達は本当に正しかったのか?)

 

つい最近まで信じていた理想が、いやに遠く感じた。

 

 

「君の今後をどうするか、難航している」

 

シンは再びサワイと対面していた。今回は護衛は一人だけだ。

はあ、と取り敢えずしておこうという風に返すシンに苦笑しながらサワイは続ける。

 

「何分我々には異星人を保護した事例が少なくてね。たった一度そういう形になった事もあったんだが、その時は遭難を装った侵略行為だったのだよ」

「別に、俺にこの世界をどうこうするつもりなんてありませんよ……」

「もちろんそれは私にも分かっている。だが、君も軍人だったのなら解るだろう?私達政治家の行動には多くの人々の命がかかっている。中々単純にはいかないんだ」

 

その通りだ、と思う。個人のことよりも、その背に背負っている多くの人々を守るのが、政治家や軍人の仕事だという事はシンも理解している。しかしだからこそ、自身のかつての行いが人を守る事につながっていたのか分からなくなっていたシンには、当然であるはずの言葉が重くのしかかった。

 

「どうかしたのかね?」

 

思考に没頭していたシンは呼び掛けられて初めて自分がうつむいていたことに気が付いた。慌て顔を上げる。心配そうにこちらを見るサワイの顔があった。

 

「初めて目を覚ましてからから会うたびに君はそんな顔をしている。苦し気で、自分を責めるような……」

 

この人が言うのならそうなのだろう。そんな自覚は無かったが、サワイの纏っている雰囲気がそれを疑わせなかった。気が付けばシンは一度目に話をした時よりも多くの事をサワイに語っていた。

 

家族のこと

 

共に学んだ仲間のこと

 

親友のこと

 

ステラのこと

 

自分のこと、そしてデスティニープランのことを

 

話している間サワイは静かに聞いていた。

 

「俺は間違っていたんじゃないかって思うとすごく怖いんです。だって、そうだったら俺は、俺のしてきた事は……」

 

そこまで言って、シンは口を閉じる。サワイは深く目をつぶったあと、ゆっくりと語りだした。

 

「シン君、君の行いが正しかったのかと聞かれれば、この世界の人々は間違っていると答えるだろう」

 

シンは体を震わせる。しかしそれには構わずサワイは続ける。

 

「三年前、我々は一つの選択を迫られた……」

 

地球、ひいては太陽系を襲ったグランスフィアの脅威。母星の全てを内包した完全生命とも言うべきその在り方、誘惑。ギルバート・デュランダルの思想はそれを想起させた。

 

「地球の人類は、個々の可能性を信じる道を選んだ。戦士たちはグランスフィアに挑み勝利した……。デスティニープランはスフィアの思想と根本では同じものだ。それを為そうとした君たちを正しいと言うことは私には出来ない」

 

だが、と一拍おき、今度はしっかりとシンを見て口を開く。

 

「平和を願った君や、そのデュランダル議長の思いまでは否定しないよ。君の世界は私達の住む地球よりも酷く情勢が悪い。その中でデスティニープランのような思想を持つのも仕方ないのかもしれないな……」

 

サワイは一瞬悲しげに顔を歪めた後、

 

「私が何を言おうとも、それは所詮私の言葉だ。自分の想い、行いがどうであったかなんて簡単に決め付けるべきではない。君が、君自身の言葉でゆっくり考えて行けばいい。焦ることはないさ、君には充分な時間があるのだからね」

 

と言った。

シンは深く頷く。その様子を見たサワイが引き上げようとした時、異変は起きた。

ドーン、という凄まじい音がした直後大地が揺れ、基地内には警報が鳴り響く。

 

「なんだ、なにがあった!」

 

混乱する一同の下に血相を変えたソガがやって来た。

 

「大変です、サワイ顧問!」

「落ち着いて話してくれ。何が起こったんだ」

 

ソガは一度大きく息を吸い込んで言った。

 

「マリネリス基地東南2km地点に怪獣が、ガイガレードが現れました!」

「何ッ、今ヤツはどうしている!」

「ガイガレードは現在この基地に向かって直進しています。早く避難を」

 

 

あれよあれよという間に自分の与り知らぬ所で話が進んでいた。話に着いていけずにぼんやりとしていたシンが事情を飲み込んだのは、サワイとソガに誘導され避難している途中に、窓から怪獣の姿を見た時だった。

 

「あれが怪獣……」

 

遠くに見えたソイツは凶暴な顔をこちらに向け、悪意を全面に出して接近してきていた。いくつかの黄色い戦闘機が応戦するものの、全く効果は見えない。毛程にも気を止めていない風だった。

 

「S―GUTSに救援の要請は?!」

「既に出しました。然しこの短時間ではとても……」

 

焦燥する周囲の人間を余所に、シンの気持ちは固まっていった。自分の様な人間を増やしたくはない、それが彼の原初の思い。取り戻したシンの願い。なればこそ、

 

「サワイさん、俺がデスティニーで時間を稼ぎます」

「何を言ってるんだシン!」

 

ソガが喚くが気には止めない。シンはその燃えるような紅い瞳で真っすぐにサワイと向き合った。

 

サワイはシンと目を合わせると一瞬の間を置いて頷いた。いや、そうせざるを得なかったと言えるだろう。危機を前にしたシンの瞳にはそれほどまでにエネルギーに満ちていた。

 

「ああもう!シン、格納庫にパイロット用のヘルメットが有るはずだ、それをつけていけよ。無線内蔵のやつだから連絡がとれる!」

 

止められないことを知ったソガはせめてもの助言。今から戦場に行くというのに、それを聞いたシンは笑みを浮かべた。

 

「ありがとうソガ」

「うるせえ、死んだら承知しないぞ」

 

シンは格納庫に駆け出した。誰かを守る為に戦う事、それが己のするべき事だと信じて。迷いも戸惑いもある。しかし今この時、護られる側の人間で甘んじていることは彼には出来なかった。

 

 

「しばらく乗ることはないと思ってたんだけどな」

 

ボロボロのデスティニーの操縦席で一人ごちる。わけも分からず降り立ったこの世界。火星基地で過ごした数日間は、戦いで擦り切れた彼の心を癒しつつあった。未来の希望を信じ、日々懸命に生きるここの人々は彼にはとても新鮮に映った。

 

「だからこそ、死なせたくない」

 

現在まだ生きているデスティニーの機能は、飛行能力と長射程ビーム砲のみ。どこまで出来るかは分からないが、やらねばならない。

操縦桿を握り、ただ自分を激励するようにその言葉を紡いだ。

 

「シン・アスカ、デスティニー 行きます!」

 

火星の赤い大地の下、そのMSが誓いをはたさんと飛び立った。

 

 

“いいかシン、地球防衛部隊S―GUTSが来るまであと約15分。お前の戦いはこの15分間を稼ぐことだ”

 

ヘルメットを通してソガの声が聞こえてくる。その声を聞きながら、シンはあの巨大な敵との戦い方を探っていた。

 

「距離をとってビーム砲で威嚇、注意をひきつけるのが妥当な作戦か」

“あぁ、それとデータベースを探って足しになるような情報が在ったら随時伝える”

「了解」

 

通信している内にビーム砲の安定射程圏内までに距離をつめていた。ガイガレードはまだこちらに気付いていない。

 

「食らえッ!」

 

放たれた閃光がガイガレードの脇腹に命中する。だが出力が足りないのか、ガイガレードは煩わしげな呻き声を上げこちらを向くだけだ。

チッ、と舌打ちをうつもシンの冷静な部分がこれでいい、と告げている。元々倒しきれないのは承知の上。万全な状態でもMS一機では厳しいだろう。それ程の差が理解出来ない程、彼は愚かではない。

 

「こっちだ、怪獣野郎!」

 

一条、二条、三条。デスティニーの持つ緑の砲塔から閃光が放たれる。いかな怪獣と言えど所詮は獣。うっとおしいこちらに焦れたのだろう、進行方向を変えてこちらに向かってきた。

 

(これなら行ける)

 

ガイガレードとの距離を測りながらシンは思考する。

 

(さっきまでの奴の歩く速さ、デスティニーより遥かに遅い!15分も必要だと聞いたときはどうなるかと思ったけど……)

 

挑発するような動きをデスティニーにさせながらシンは勝機を見ていた。

 

(この状況なら不可能じゃない!……うん?)

 

カメラ越しに見たガイガレードは奇妙な事に体を大の字に広げていた。何の意味が?と頭に疑問が浮かんだ正にその時、誰であろうガイガレードがそれに答えてくれた。

 

ドドドドドドドドド!

 

十、二十、三十。無数の岩石がガイガレードの腹部から放たれた。それは正に流星群の如し。

 

「うわああああ!」

 

予想外の遠距離攻撃をシンは大慌てで躱した。余程命の危機を感じたのだろう、額には冷や汗が浮かんでいる。

 

“シン、分かったぜ”

 

間を置かずソガからの通信が入った。

 

“奴の武器はあの腹なんだ。奴の腹は一種の亜空間に繋がっていて、攻撃を吸収したり飛び道具を射ったり出来るらしい”

 

 

彗星怪獣ガイガレードはかつてその名の通り彗星の中に潜んで太陽系に迫った怪獣だ。あわや地球に激突し大災害が起きる所を当時のS−GUTSのアスカ・シン隊員とウルトラマンダイナの功労により事無きを得たのだが、その戦いはウルトラマンダイナの繰り広げた戦いの中でも指折りの接戦だった。

鋭角的な頭部を利用した槍のごとき突進攻撃に、口から放たれる火球。硬い皮膚は光線おも弾き、亜空間に繋がる腹部から放たれる隕石はダイナに大きなダメージを与えたという。

 

“そいつはかなり危険な怪獣だ。欲を出さずに躱すことを徹底してくれ!”

「わかった。だけどな、そういう事は先に言ってくれ!……ってうおわッ!」

 

噂をすればなんとやらだろうか、ガイガレードから火球が放たれる。再びギリギリの状態で躱すも、シンの心から余裕は消えていた。

 

「やってやるよチクショー!」

 

空元気を振り絞り、シンは操縦桿を押し込んだ。

 

 

その後約12分間、持てる技術の全てを注ぎシンは立ち回った。半永久的に動かす事が出来るはずのハイパーデュートリオンエンジンも、整備の不備が響いているのか限界を見せはじめていた。

 

「ソガ、あと何分だ!」

“約三分!どうにかこらえてくれ、シン!”

 

数機残っていた戦闘機、ガッツウィングと協力し、なんとか保たせていたがそれもいつ崩れるか分からない。だからこそ仕方がなかったと言えるだろう。急に暴れるのを止めたガイガレードを前に、シンが油断を生じたのは。

諦めたのだろうかと思った。これで終わったのかとも思った。然しガイガレードの狙いは別にあった。奴は基地の非戦闘員が避難の為に集まっている、シェルターの方へと攻撃を始めたのだ。

 

“ぐあッ!”

 

無線越しにソガの悲鳴が聞こえる。背後からは何かが壊れるような音も聞こえた。

シンの頭が真っ白になる。出会って間もないとは言えソガは紛れもない友人だ。そしてソガの近くにはサワイもいるはずだ。否定するのでもなく、道をおしえるのでもなく、ただ理解し、認めてくれた尊敬出来る人物。彼らを死なせたくない、その思いだけがシンを突き動かした。

 

「やめろーーッ!」

 

ガイガレードと基地の射線上にデスティニーを動かす。頭で考えた訳ではない。無我夢中に動かした結果だ。もとより耐えられる筈もなく、たった一つの火球に当たっただけでデスティニーは動きを止め墜落した。

 

「クソッ」

 

ハッチを開け脱出する。洩れたその声には悔しさが滲んでいた。生身で出来ること等ある筈もなく、逃げることしかシンには出来ない。

最早ただの鉄人形と化したデスティニーに向かってガイガレードが火球を放つ。

 

「うわッ」

 

背後で爆発が起こり、シンは吹き飛ばされた。振り返ると、愛機は跡形も無くなっている。

ガイガレードは再び基地へ攻撃を始めた。このままでは援軍が来るまで保ちそうもない。

 

また、失うのか?

 

また、守れないのか?

 

二つの光景が脳裏に浮かぶ。家族を奪ったあの炎、沈む彼女を見送ったあの雪。

 

全細胞が嫌だと訴えていた。もう繰り返したくない、これ以上悲しみを増やしたくない、もうあんな風に泣きたくない。

 

誰でもいい、どうか理不尽な現実を薙払うことの出来る力を

 

「俺に、力を―――」

 

悲痛な声が洩れる。かつて幾度も願ったことをシンは口にしていた。どれほど願ったところで、聞き届けてくれる者等居るはずがない、そう思っていた。それが真実のはずだった。

だがこの場所に限ってはそれが存在することをシンは知らなかった。この惑星にはそれが在ったのだ、同じ願いを持つ戦士、その残骸が。

 

 

 

願ったその時、全てが変わった。

 

赤い火星の荒野は掻き消え、まばゆい光に満ちた場所に塗り変わる。爆音は鳴り止み、ひゅうひゅうという風の音だけが聞こえた。

 

「え?」

 

風が自分に語り掛けているようだった。

何かを切望するようなその声は不思議とシンの心に響いた。

 

「アンタが力をくれるのか?」

 

その声をシンは理解していた。これから自分がなにをすべきなのかということも。

 

声の指し示すほうへ、光の導く方へと俺は手を伸ばす。そして……

 

 

「ぐあっ!」

 

基地のシェルターの中でソガは悲鳴を上げた。ガイガレードの放った火球が基地付近に着弾したのだろうか、シェルター全体が大きく揺れた。足場が不安定なままモニターを見るとデスティニーが基地とガイガレードの間に割り込むのが見えた。

 

「シン!」

 

あっけなく落とされるデスティニー。彼はどうやら脱出できたらしいがこれでこの基地の守りは殆どない。

 

「もうだめなのか?」

 

その場にいた誰もがそう思った。。たとえこのシェルターでも怪獣に直接攻撃されては長い時間は耐えられない。S―GUTSが来るまでのあと僅かな時間保つか保たないか。

何も出来ずじっと耐えるしかないことがどれほど恐ろしいことだろう。絶望感がシェルター内を包んでいた。

 

 

「あれは何だ?」

 

それに最初に気付いたのは一体誰だったのだろう。その運命的な出来事はこの基地の真正面で起こった。

 

初めにこの場には不釣り合いな風がひゅうと吹いた。

 

風は次第に強まり渦巻き竜巻となる。まるで何かを集めるように。

 

風に乗って砂が巻き上げられ運ばれていく。まるでバラバラになった何かを作り直すかのように。

 

その異変に基地の人々は言葉を失い、ガイガレードすらも動く事は出来なかった。

 

一瞬の凪の後、爆発。風は掻き消え鋭い閃光が辺りを満たす。

 

荘厳な光を纏って「ソレ」は現れた。

 

全てを超越する銀の巨体

 

己を戒める黒き罪の証

 

そして、悲しみを湛える青き瞳

 

サワイは知っていた。かつて邪悪な願いに利用され、光に敗れたその戦士を。救済を望み破壊をもたらしたその巨人を。

 

彼の者の名は『イーヴィルティガ』。かつてマサキ・ケイゴに利用された超古代の戦士である。

異星の戦士の願いの下に、巨人は甦ったのだった。

 

「ジェアッ!」

 

火星に甦った銀の巨人、イーヴィルティガはガイガレードに拳を向ける。にらみ合いを終わらせたのはガイガレードの方だ。口を大きく開け火球を放った。

しかし何の捻りもない直線的な攻撃が通用する筈もない。イーヴィルティガは火球を片手で振り払うと一気に間合いを詰め、油断で隙だらけになっているガイガレードに強烈なパンチをお見舞いした。

たまらず吹き飛ぶガイガレード。怪獣は目の前に現れたこの巨人を明確な敵であると認識した。

 

S―GUTSの隊員達を乗せた戦闘機、ガッツイーグルが火星に到着した時彼らの目の前に広がっていたのは思いもよらない光景だった。

SOSを受け地球にある本部基地から出発した彼らは最悪の状況を予想していた。敵はガイガレード、かつて自分達も辛酸を舐めさせられた強大な怪獣だ。火星基地の戦略のみで持ちこたえることが出来るとは思えなかった。

しかし火星の赤い大地で彼らが目にしたものはまるで5年前の巻き直し。巨人と怪獣の対峙する、彼等にとって馴染み深かった筈の光景だった。

 

「ダイナ?いや違う……」

 

β号に乗り込んだS―GUTS隊長、ヒビキは火星基地との回線を開いた。

 

「こちらS―GUTSヒビキ。火星基地応答願います」

“こちら火星基地局員ソガです。来てくれましたか!”

 

比較的若い男の声がした。安堵が声に滲んでいる。あまり修羅場を経験してはいなかったのだろう、疲れ切ったような印象を受ける。

 

「遅れてしまい申し訳ない。そちらの状況は?」

“基地の非戦闘員は全員シェルターに避難出来ましたが、ガッツウィングは残り一機です。至急援護をお願いします!”

「分かりました。あと一つ聞かせてほしい。あの巨人、イーヴィルティガは我々の味方なのか?」

 

かつて部下が巻き込まれた事件の関係を調べていた時偶然知った、十年前の熊本での事件。あの巨人はその中心となった存在だった。

戦う相手を見定めるため、ヒビキには情報が必要だった。

 

“はい、彼は我々のために戦ってくれています。彼は我々の味方です!”

 

それが聞ければ充分だ。ヒビキは他の隊員に向けて言った。

 

「聞いていたな皆。イーヴィルティガを援護するぞ!」

“ラジャー!”

 

β号に同乗しているナカジマ、カリヤとα号、γ号に乗るリョウ、コウダの各隊員が応答する。S―GUTSが戦いに加わった。

 

 

ガイガレードとイーヴィルティガの戦いは続く。強靭な運動能力で有利に運びつつあったイーヴィルティガだが、ここで思わぬ反撃を食らった。

 

「ギシャアアアッ!」

 

飛行形態になったガイガレードが突進してきたのだ。

意表をついた攻撃による奇襲と凄まじいスピードが合わさったことで、躱し切れずモロに当たってしまい、イーヴィルティガは大きく倒れこんでしまう。

連続で突進してくるガイガレード。倒れたままではまた直撃してしまう。イーヴィルティガがダメージを覚悟したその時、ガイガレードの頭部に幾条かのビームが命中した。

振り返ると赤、青、黄の三機の戦闘機がこちらに向かって飛んでいる。S−GUTSのガッツイーグルだ。

 

ガッツイーグルはS―GUTSの主戦力である。通常はα、β、γの三機が合体した巨大な戦闘機だが、戦局に応じて特性の異なる分離し、臨機応変に戦闘できる。

 

ガイガレードが苦しんでいるうちに、イーヴィルティガは体勢を立て直した。怒り狂って突進を繰り返してくるガイガレード。しかし何度も同じ攻撃を食らってあげるほど、イーヴィルティガも優しくはない。

その動体視力で敵の攻撃を見切ると、イーヴィルティガは真正面で突進を受け止めた。

 

「ヌウゥゥゥ!」

 

全身に力を込めて押さえ込むと、イーヴィルティガはガイガレードを頭から地面に叩きつける。プロレスで言う所のパイルドライバーだ。

大ダメージを負ったガイガレードは何とか起き上がるも、動くことすらままならずフラフラしている。イーヴィルティガはその隙を逃さない。間合いをとって両腕にエネルギーを収束すると、その腕をL字に組んで紫色の光線を発射した。

 

『イーヴィルショット!』

 

紫電の閃光がガイガレードに命中し、怪獣は跡形もなく砕け散る。もう基地を脅かす存在がいなくなったことを見て取ると、イーヴィルティガは両手を上げて空へと飛び去った。

 

 

シン・アスカは今自分の身に起きたことへ呆然としていた。自身が変身した巨人、行使した人外の力。それら全てに対してある種の恐怖を抱いていたのだ。

 

(あれは一体なんなんだ?)

 

基地の人々が守れた事は素直に喜ばしい。しかし、一度道を誤った自分が、あんな力を持ってよいのか?

彼はそれが気掛かりだった。

ふと右手を見ると、さっきは何もなかった手に、涙の雫のようなオブジェが握られていた。拳で覆えてしまう程の大きさのソレは、石とも金属とも分からない不思議な感触で、シンの手の中で存在感を放っていた。

 

(変身アイテム……アギトライブ……)

 

ソレが何なのか心で理解するも、未だ自身への不信は拭えない。どんどんと深みにはまっていくシンの思考を引き上げたのは、ヘルメットから聞こえてきたソガの声だった。

 

“おいシン、生きてるか?生きてたら返事をしろ!”

 

余程心配していたのか、随分と慌ている。

 

「あぁ……何とか生きてるよ」

“良かった。まったく無茶しやがって、とっとと戻って来い”

 

そう言われ、シンはおもむろに基地の方をみた。かなり距離が離れている。これでは歩いてでは時間がかかるだろうとため息をついて言う。

 

「ちょっと時間がかかるかもしれないぜ、ここからだとな」

“今からそっちにガッツイーグルが行くから拾ってもらってくれ”

 

空を見上げると確かに自分の方へ向かって、先程援護してくれた戦闘機が飛んでくるのが分かった。

再びため息をついて、取り敢えず自分の場所を知らせるために戦闘機に向かって大きく手を振り始める。

この先どうしたものか、と考えながら。

 




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