運命の戦士   作:発光体(プラズマ)

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第4話 這い寄る悪夢

夢を見ていた。鬱蒼とした林の中を歩いている。きっと何かがこの先にある筈だ。そんな奇妙な確信を抱きながら。聞こえてくる甲高い音、漂ってくる不快な匂いが彼に訴えかけている。

 

(ああ、ここは)

 

鳴り響く爆撃音や硝煙の匂いにあてられて、シンはここがどこだったのか思い出した。いや、『思い出した』は適切ではないのかもしれない。シンは一度としてこの時を忘れた事はないのだから。

見上げれば、空を飛び回る死の天使達。此処はかつての故郷オノゴロ島。この日は家族を失った運命の日。

 

ぞわり、と背筋に悪寒が走る。林の向こうから幾人かの声が聞こえてきた。思わず顔を向けると、四人家族が走ってくるのが見えた。

 

「父さん、母さん、マユ!」

 

数年前の自分と一緒に走る、もう二度と会うことが出来ない、愛する人たちが其処にいた。この地獄から抜け出そうと必死に走っている。

涙が込み上げた。駆け寄って抱き締めたかった。事実、そうしようとした。

 

(え?)

 

シンの言葉は届かない。シンの手は彼等に触れることはない。今のシンには彼等の『終わり』を見ている事しか出来なかった。

携帯電話が少女の手から零れ落ち、少年がソレを取りに向かおうとする。刹那―――

 

爆音が響き、暴力的な光が溢れ、先程までの林は焦土と化した。家族は引き裂かれ、残ったのは少年に向けられた少女の手のみ。少年はあらん限りに絶叫し、憎悪にたぎる目を天に向けた。

つられてシンも空を見る。あの自分と違い特に理由はない。しいて言えば確認が目的だった。だがしかし、そこにいたのは。其処で悠然と自分を見下ろしていたのは。

 

(デス……ティニー……?)

 

記憶に残る青い翼の天使ではなく、自らが駆っていたMS、赤い翼の悪鬼だった。その悪魔は手に持った剣で天を薙払い、担いだ大砲で大地を焼き払った。いつの間にか場面は変わっている。そこは既に林ではなく、オーブ本島の中心街だった。

デスティニーに打ち落とされたムラサメが何機も墜落し、次々と炎上していく。市民は恐慌状態で逃げ惑い、ある人は炎に飲まれ、ある人は落ちてきたムラサメの下敷きになった。

 

(やめろ、もうやめてくれ!)

 

それでも殺戮が終わる筈もなく、悪魔は世界を壊し続け、やがて立っているのはシンだけになった。

頭が真っ白になる。呼吸は荒くなった。焼き切れるような焦燥を抱いたシンの前に、悪魔は泰然と降り立った。ハッチが開きパイロットが降りてくる。ヘルメットで顔は見えないが、その人物が着ていたのはよく知った赤いパイロットスーツだった。

 

「何をそんなに震えているんだ?」

 

目の前の人物は歌うように語り掛けた。その言葉に思わず自分の体を見る。その体はまるで極寒の地に落とされているかのようにガタガタ震えていた。

 

「お前がやったことじゃないか。そんなに怯えられると悲しいなぁ」

 

何も言い返せない。この時シンはただ、折れそうになる自分の心を押さえていることしか出来なかった。目の前の人物は芝居がかった調子でヘルメットを取り払った。

 

「俺はお前だ。この地獄を作ったのはお前なんだ、シン・アスカ」

 

見渡せば荒涼とした大地に倒れ伏す、幾百幾千ものMS。犠牲になった人々の死体の山。

 

「うあああぁぁぁッ!」

 

突き付けられた己の罪科に耐えきれなかったシンの絶叫が死の大地にこだまする。それを前にして、もう一人のシンはただ狂笑を上げていた。

 

 

 

 

 

 

「うあああぁぁぁッ!」

 

自分自身の叫び声でシンは目を覚ました。額に玉のような汗を浮かべ、まるで疾走して来た後のように荒い息をしている。

 

(大丈夫だ、俺が今居るのはグランドームの俺の部屋で、今はあの時じゃない)

 

夢で見せられた映像が尾を引いていた。自分は大丈夫だと、必死に言い聞かせた。

息を落ち着け、周りを見た。壁の時計は深夜の一時を示している。どうやら作業中に眠ってしまっていたらしい。目の前にあるパソコンはレポート作成の画面のままだ。早く切り上げて眠らないと明日の訓練に支障がでる。

 

(忘れるなって事か?)

 

自嘲的な暗い笑みを浮かべる。水を飲むために向かった水道の、鏡に映った自分の顔は酷いものだった。

 

「忘れる訳が無いだろうが」

 

誰もいない部屋でポツリと呟き、憂鬱な気分を抱えたままシンは眠りに就いた。

 

 

 

 

 

研修隊員の朝は早い。早朝訓練は朝の6時から。ガッツブラスターを用いた射撃訓練だ。この訓練はグランドームから少し離れた所にある廃墟を改造した施設で行われる。

施設内では訓練生が通るルートが決められており、その途中に現れるターゲットを射ちながらゴールを目指す。命中精度やゴールまでの時間を課題に訓練を行うことになっている。

 

そして、シンは今命中精度を課題に行っているのだが。

 

 

(どこだ……どこから来る?)

 

ガッツブラスターを構え、瓦礫の転がるルートを慎重に進む。神経は張り詰め、感覚は鋭敏に。ゆっくりと警戒しながら最後の一本道までの曲がり角を目指していた。訓練でここまで緊張しているのは初の宇宙でのMS演習以来だろうか。

 

「そこッ!」

 

曲がり角を曲がった瞬間に背後からターゲットが現われた。かつて出現した怪獣を描いたソレを打ち抜くと、前方からも一斉にターゲットが現れる。

 

(1、2、3ッ!)

 

右から、左から、天井から踊り出るそれらを射ちながら、シンは出口に向かって駆け出した。別に怯えた訳ではなく、時間を縮めるための作戦だ。あと20メートルもない。この通路をどうにかすればクリアだ。

 

「げっ!」

 

その油断の所為か、はたまた過敏になり過ぎていたのか、右方から現われた物体を、確認もせずに射ってしまった。この訓練では怪獣ターゲットに紛れて幾体かの射ってはいけない市民ターゲットがいるのだ。

シンはソレを射ってしまっていた。鳴り響く訓練終了のブザーを、シンは肩を落として聞いていた。

 

 

「どうしたシン。酷い顔だぞ」

 

射撃の担当教官であるカリヤに一通りの指導を受けた後、シンはカリヤと共に朝食に向かった。その席でシンの正面に座ったカリヤはシンが浮かない顔をしているのに気付いた。

 

「いや、その。昨日少し寝つきが悪くって」

 

そう答えるシンの顔はどこかやつれているようだ。食もあまり進んでいない。

 

「体調管理も俺達の立派な仕事だ。肝心な時に体調不良じゃもともこも無いぞ」

「コウダ副隊長」

 

話を聞いていたのだろうか、隣のテーブルにいたコウダも話し掛けてくる。S−GUTSに入って、シンはこのチームに良い意味での連帯感を感じたが、それはこういう気遣いからも感じられた。

 

「次はイーグルでの訓練よ。大丈夫なの?」

 

今度はリョウだ。ガッツイーグルでの訓練はリョウが教官をすることになっていた。

 

「大丈夫です。こう見えても結構頑丈なんですよ、俺」

「そうね、前の戦いでもあの瓦礫の中から生還したし。でも、頑丈なだけじゃ戦えない。今日もみっちり扱いてやるから覚悟しときなさい」

 

言葉とは裏腹に明るい表情を浮かべるリョウに分かりましたと返すと、シンは不安を拭うように食事を掻き込み、挨拶をした後準備の為に自室に戻った。昨日のは只の夢なのだと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

「パトロールですか?」

 

午前の訓練を一通り終え司令室に戻ると、隊員全員に隊長から仕事が言い渡された。

 

「うむ、最近市街地で原因不明の怪現象が相次いでいる。この解決の為にも我々S−GUTSがパトロールを行うことになった」

「怪現象?」

「色々あるな。報告にある中じゃ典型的なポルターガイストから始まって、ロボットの残骸だの片腕で歩き回る少女の幽霊はては何も無いところから叫び声が聞こえただの。まあ昔からよくある噂話の類だ」

 

疑問符を浮かべるシンに、資料を眺めていたナカジマが説明する。

 

「本来ならすぐなくなってしまうような報告が今月になってからはうなぎ登りだ。何か原因があると考えるべきだろう」

 

そうコウダがまとめると、隊長はうなずき、分担を言った。

 

「リョウはα号で空から、カリヤとナカジマはボッパー、コウダとシンはゼレットでそれぞれ見回りを行ってくれ。くれぐれも気を抜くんじゃあ無いぞ?」

「ラジャー!」

 

 

その後数時間。シンとコウダは街を走っていた。

 

「このパトロールって意味あるんですか?怪奇現象の傾向が読めてないんじゃ意味ない気がするんですけど」

「もし俺達自身が目撃者になればそれだけ捜査も進むだろう。それに市民はここ数日不安感に襲われ続けている。俺達S−GUTSが街にいるということで安心させようという意図もあるんだ。隊長も言ってただろう、気を抜くんじゃない」

「それは分かりますけど……」

 

あまりこの手の経験が無いシンはこのパトロールには懐疑的らしかった。まあ元々はパイロットだったのだから仕方ない面もあるのだろうが、割合何でも屋な側面を持つS−GUTSではこういう任務も日常茶飯事である。捜査の基本は足なのだ。

 

「これまで何かあるって風でもなかったと思いますけど」

 

シンの言うとおりかれこれ五時間ほど街を回っていたが、特に異常は見受けられなかった。ただ、怪奇現象を恐れてかどうにも活気がなかったが。

 

「まあ何事もないのに越したことはないが……おいシン、あれは何だ?」

 

少女が一人、道路の真ん中に立ち尽くしている。小柄で肩までのびた濃い茶色の髪。活発そうな服装でありながら何処かぼやけたような雰囲気を纏っている。そしてその少女には

 

「片腕が無い……」

 

片方の腕が肘から先が丸々無くなっている。少女はこちらに気付いたような素振りを見せると、滑るような動きで路地に消えていった。

 

「あれが報告にあった片腕の少女か?ともかく本部に連絡を……ってどこに行くんだシン!」

 

ゼレットから飛び出し、駆け出そうとするシンを押さえる。何とか捕まえたものの、シンは猛然とコウダを振り放そうとした。

 

「放せ、放してください!」

「落ち着けシン!何があったっていうんだ」

「あの子を追っ掛けるんですよ、それ以外の何だっていうんだ!」

 

尋常な様子ではない。多少強気な所は見せていたものの、基本的には素直に従っていたが、ここまで暴走気味になったことは無かった。

 

「冷静になれ、あれが今度の事件の一端だというのなら慎重に行動するべきだ」

「そんなの糞食らえだ!あれは、あの子はマユだった、死んだはずの俺の妹だったんだ!放ってなんておけるか!」

「何!」

 

コウダの手が思わず弛んだその一瞬、シンはコウダの手を振り払い、少女の消えた路地裏へと走っていった。残されたコウダは呆然と消える背中を眺めたが、直ぐに気を取り直して司令室へと通信を送った。

 

「本部、応答願います」

 

 

S−GUTS作戦本部。情報管制のマイ隊員はコウダからの通信を受け取った。

 

「隊長、コウダ副隊長から通信が」

「よし、つないでくれ」

 

司令室中央に設置されたモニターにコウダの顔が映る。緊張したその表情が何かが起こった事を知らせていた。

 

“隊長、K−4地区の繁華街で『片腕の少女』を目撃しました。現在シンが追跡しています”

「わかった。何か分かった事はあるか?」

“少女は実際に存在するのではなく、幻覚の類だと考えた方が良さそうです。それとこれは推測になるんですが……”

「言ってみろ」

 

ためらいがちになるコウダを促し、ヒビキは言う。

 

“どうやら少女はシンの肉親のようなんです。もしかしたらこれは、シンの奴を狙ったものなのではないでしょうか”

「肉親だと?」

“ええ、マユという名の死んだ妹だと”

「よし、分かった。シンの奴が心配だ、直ぐに追ってくれ」

“ラジャー”

 

通信が切れ、画面は暗くなる。考え込むヒビキにマイが話し掛けた。

 

「どういう事なんでしょう隊長。幻覚ででたのがシンの妹だなんて」

「分からん。だがコウダの言うとおりシン・アスカ個人を狙ったものである可能性が高くなってきたな。何せアイツは特殊な立場だ。狙う奴のことなんぞ想像しても仕切れん」

 

何せ何故この太陽系に彼が現われたのかも判明していない。シンを送ってきた黒幕か、はたまたシンの事を嗅ぎつけた侵略者か。敵は一体何者なのだろうか?

 

「シン、何もないといいけれど……」

 

シンを心配するマイの声を聞きながら、ヒビキは思考の渦に身を投じた。

 

息を切らしながら街の路地をシンは走る。最早妹の事しか考えず、冷静な考えなどはとうに頭の中から消え失せていた。

 

(マユ、マユ、マユ!)

 

マユ・アスカ。寂しがり屋だが家族思いな子で、家族の誰からも愛されていた子だった。幼かったシンも兄を気取って可愛がっていた。

自分より弱い存在、守らなきゃいけない存在。そう思っていたからこそあの時も携帯電話を拾いに行った。結果は散々だったが。

 

「マユーッ、待ってくれ!」

 

前を進む少女に呼び掛けた。少女はこちらをちらりと振り返るも、止まる事はなく裏道を進み続けた。どうして止まってくれないのだ?自分が分からないのか?

少女がさらに角を曲がった。シンは更に速度を上げて追い掛ける。しかし追って曲がった先に既に少女の姿は無かった。

 

「マユ、どこだよ、出てきてくれ!」

 

焦燥する。自分は会わなければいけないのだ。たった一人の妹を守ってやらなければいけないのだ。

 

「相も変わらず単純だな、シン・アスカ」

「誰だっ!」

 

シンの呼び声に答えたのは大切な少女の声ではなく、背後から響いてきた、どこかで聞いたことのあるような男の声だった。声の主の方を向くも、建物の暗がりで、解るのは相手が真っ黒なコートをまとった人物だと言うだけで、顔は判然としなかった。

 

「おまえは何者だ、マユをどこへやった!」

 

殺気立ったシンの声に、然し相手は高笑いで答えた。ただ自分を嘲笑う為に出した、そんな声だった。

 

「何がおかしい」

「何がってお前の全てさ。何て滑稽なんだ。夢を見ちゃったのかい?自分のように妹もここで生きているかもしれないって?」

 

狂ったように笑いをあげる相手を前にシンは何も言えず、ただ焦りだけが走り続けるのを感じていた。

 

「いいからマユを出せ!俺は見たんだ。あの子はここに来た。お前が隠しているんだろう!」

 

怒鳴るシンを前に、相手は舌打ちし、今度は苛立たしそうに話し掛けてくる。

 

「中々に飲み込みが悪いな。マユ・アスカなんて存在はこの世のどこを探したっていやしない。アレは俺の見せた幻覚だ」

「幻……覚……?」

 

足元が崩れていくような感覚。抱いていた希望は消え去った。崩れ落ちそうになる己を何とか支え、シンはもう一度相手に言った。

 

「お前は、何者だ」

「俺はお前だよ、シン・アスカ。お前の中の闇そのものだ」

 

そういって月の薄明かりのもとに出てきたソイツは、他者を見下し、蹴落とし、嘲笑う、醜悪な表情を浮かべた自分そのものだった。

 

「お前の目的は何だ。何の為にこんなことをした」

 

問い掛けるシンの言葉に醜い方のシン(面倒なので以後黒シンとする)は気障ったらしい仕草で対応する。

 

「勘違いしてヒーローごっこに浸っている愚か者の目を覚ますためさ。あの幻覚も、その一環だったが…」

 

黒シンは大きくため息をついて続ける。

 

「もう少し“らしく”振る舞ってくれると思っていたんだけどな。拍子抜けだ」

「何ッ!」

「ほら、そうやってすぐに熱くなる。お前はヒーローなんかには成れない。見せてやったろう?“俺達”の罪を。感情のままに力を振るい、他者を傷つける。ソレが“俺達”の限界だ」

 

黒シンの言葉に引っ掛かる物。思い出されるのは昨夜見た最悪の思い出の詰まった悪夢。

 

「まさか、昨日の夢もお前が?」

「そうさ。家族との悲劇的な別れに、燃え尽きる大勢の命。一大スペクタクルだ、楽しめたか?」

「ふざけるなァーーーッ!」

 

激昂する。ガッツブラスターを黒シンに向けて発射した。だが、怪獣にすらも通用するその閃光は黒シンの発したエネルギーによって難なく防がれ、お返しと言わんばかりに放たれたエネルギー波がシンの体を吹き飛ばした。壁に叩きつけられ、激痛がシンを襲う。

 

「見せてやろう、お前という人間の限界を。知って絶望するがいい、お前の故郷の未来をな!」

「何のことだ、お前は何を言っている!」

 

黒シンはシンの言葉を意に介さず、両手を高々と掲げた。闇が吹き上がり、醜悪な外見の魔人に姿が変わる。

 

『お前の器、証明してやろう。ふっふっふ』

 

急激に巨大化し、魔人は真夜中の街にそそり立った。ひとしきり見渡すと、腕から鋭利な爪を出し、街を破壊しはじめる。

 

「なっ……やめろ、グッ」

 

思ったよりも黒シンから与えられたダメージが残っている。壁に叩きつけられたのが効いているらしい。背骨がズキズキと傷んだ。

 

「シン、大丈夫か!」

 

見ればコウダが追いついている。WITの発信機があったはずなのに今までこなかったのはヤツが何かしていたせいだろうかとも思ったが、今すべき事に頭を何とか切り替えた。

 

「副隊長、俺よりも街の人たちの避難を……。奴が多くの命を奪う前に」

「しかし!」

「俺は大丈夫。言ったでしょ、結構頑丈ですから」

 

コウダが見るかぎり、全く“大丈夫”には見えなかったのだが、シンの意志を汲んで市街地に駆け出してゆく。コウダが視界から消えるのを見届けたシンは魔人の凶行を止めるべく、アギトライブを天に掲げた。

 

 

「ウェアッ!」

 

今まさに巨大な二本爪でビルを引き裂こうという時、烈帛の気合いとともに銀色の閃光が魔人を後退させた。シンの変身したイーヴィルティガである。魔人と相対する巨人は隠しきれない怒りとともに構えをとった。見下ろせば、そこには突然の脅威に驚き、逃げ回る大勢の市民がいる。「この状況を作り出した者を決して許さない」そんな気概が、拳を握り締めるイーヴィルティガには漲っていた。

 

「ジェアァァッ!」

「フォアッ!」

 

巨人の手刀と魔人の魔爪が交錯する。両者とも深くは踏み込めなかったのか深いダメージは見受けられない。一旦間合いをとったイーヴィルティガは改めて魔人を観察した。

シルエットだけを見れば人型と言えるかもしれないが、顔に当たる部位には胴体からのびる裂け目があるのみで、目や口のような器官は見受けられない。漆黒と言ってもよい体はどこかずんぐりとしており、唯一両手でぎらつく鋭利な爪が白く残っている。そこかしこに中途半端に残っている「人らしさ」が逆に魔人の異様さを際立てていた。

 

『フン、偽りのヒーローごときが生意気な』

 

突然シンの脳内に声が響いてくる。数瞬そちらに気をとられてしまい、目の前に迫っていた魔人の爪を回避できずにモロに食らってしまう。

 

「グアッ!」

 

それが魔人から自分に発せられたものであると気付いたのは切り裂かれた後だった。魔人の追撃を切り抜け体勢を立て直すと、今度は自分から魔人に話し掛ける。

 

『偽りだと?』

『そうとも!』

 

こちらに言葉を返しながら魔人は大きく飛び掛かってきた。

 

『自分を偽り!』

 

薙。

 

『理想を偽り!』

 

振り下ろし。

 

『答えを出せずに奇麗な言葉で誤魔化そうとする!』

 

突き。

 

一つ一つ自らを責める言葉とともに繰り出される攻撃を何とか捌きながらも、シンは否応無しに力が出せなくなっていく己を感じていた。

 

『そもそも本気で思っているのか?戦いの場で平和への道が見つかると?』

 

そう、心の底でシンは確かに思っていた。武器を振るい怪獣と戦うだけでは平和が分かる筈もない。言った通りの事を成したいのならばサワイに師事を仰ぐなりするべきだった。それをわかっていながらこの場にあることを選んだのは。

 

『結局お前は逃げていたにすぎん!命懸けの状況に身を置く事で罪悪感から目を背けてな。そんな者がヒーローだと、笑わせるな』

『どこの世界に自身の救済を求めるヒーローがいるというんだ!』

 

魔人はイーヴィルティガの首を掴み、締め上げながら、シンを苦しめるための言葉を吐いた。

心の何処かでシンは望んでいた。ボロボロに傷つき倒れ、それを自分への罰とすることを。その言葉はシンが考えまいとしていた事実で在るが故に彼の心を深く抉る。

 

しかし、イーヴィルティガは戦うことを止めはしなかった。自分の心への偽りを剝がされようと、相手の言葉によって露わになった自分の真実がどれほど醜かろうと、それは彼が戦いから身を引く理由にはなり得ない。なぜなら、ソレは所詮“自分のこと”でしかなかったからだ。

 

『だからといって、お前が正しいからと言って俺が戦うのを止めて何になると言うんだ』

 

これはこの世界に来る以前からの事だったが、シンの根底にあるのは“理不尽な暴力にさらされる人々を守りたい”という思いである。そしてその思いはこの世界に来たときに、自分がどうなろうとかまうことはない、という意志へと昇華されていた。事実、ゴルザとの戦いの中でシンが力をとることを選んだとき、そこに「自分が生き残りたいから」という思いはなかったと言ってもいい。例え、この力を使い続けることで、自分がどうなろうともシンは後悔はしないだろう。それが正しいことなのかどうかはともかく、今この状況において魔人の言葉はシンの行動を止めるのに値しないのだった。

 

『俺はもう選んだんだ。なら戦うしかないじゃないか!』

 

自分の首を締め上げる魔人の両腕を掴み、紫電のエネルギーをスパークさせる。暴力的な光を浴びて、魔人はたまらずイーヴィルティガを解放した。再び間合いをとり、構えあう両者。これ以上この戦いに問答は不要であり、どちらからとも言わずに力と力は激突した。

 

銀の光と黒の闇が幾度も交差した。巨人の拳と魔人の脚、巨人の脚と魔人の爪。火花を上げながらぶつかり合うそれらは、ただ相手を討ち滅ぼすために振るわれる。そこに他者が入り込む余地は無く、それは正しく自分との戦いでもあった。

 

 

「ハァッ!」

 

魔人の顔面から放たれた破壊光弾と、イーヴィルティガの拳から放たれるイーヴイルビームが相討ち、互いに消え去った。

お互い一歩も譲らぬ戦いであったが、一区切り付けるときが迫っているのだとシンは直観していた。胸のランプも点滅を始め、エネルギーの限界が見えはじめている。

ならば選ぶ手札は当然最強の一枚。紫色のエネルギーを両の腕に収束させていく。

そしてそれは相手も同じだった。魔人の裂け目、そして両腕が淡い光を纏う。先の戦いでも放たれた、破壊光弾の兆候であった。

 

両者は一瞬睨み合い、同時に攻撃を放った。

 

紫色の光の奔流と、破壊光弾がぶつかり合う。お互いがお互いのエネルギーを喰らい合い、真夜中の街は暴力的な光に照らしだされた。

果ての無いかに見えた激突を制したのはイーヴイルショットだった。破壊光弾を打ち砕き、魔人へと命中した光線は、猛威を振るった魔人を霧散させる。

 

 

(終わった……)

 

魔人の消滅を見届けたイーヴィルティガは、疲労からか膝を付いていた。眼下ではS−GUTSの先輩達が安堵の表情を浮かべている。しかし、空へ去り、変身を解こうとしたその時、“あの”声が再び聞こえてきた。

 

『これで終わりだと思わないことだな……』

 

ハッとなって辺りを見回すと、いつの間にか人型の青いプラズマがこちらを見つめている。

 

『結局お前は力でしか解決出来なかったんだ……』

 

語り掛けるソレをイーヴィルティガは見ていることしか出来ない。構えもとらずにただ相手の言葉を聞いていた。

 

『次に俺が現われるとき、お前が答えを見つけていなければ、それがお前の最後だ。よく覚えておけ!』

 

言いたいことは言い終えたのか、プラズマは忽然と消え去った。イーヴィルティガは少しの間プラズマのいた空間を見つめ、空へと飛ぶ。シンの心に不可解なしこりを残し、この戦いは終わった。

 

 

後日―――

 

「あの夜の戦い以降、怪奇現象の話はめっきり無くなったな」

「ええ、やっぱりあの魔人が原因だったんでしょうね」

 

再び活気の出てきた街を、コウダとシンはゼレットでパトロールしていた。人々の顔は笑顔に満ち、先の事件の爪痕は跡形も無くなったようだった。

それに反し、車内の空気は著しく重い。原因は尋ねるべくもなく、仏頂面をした我らが主人公・シン・アスカである。

 

「気にしているのか」

「え?」

「この前の少女、お前の妹だったんだろう?」

 

本当に悩んでいることとは違うが、それも確かに気にしていた。幻覚に惑わされた自分は、未だに過去を振り切れていないのだと、半ば自嘲もしていた。

 

「過去を忘れる必要はない。大切な人との思い出は、どんな時でも大切な物だ」

 

シンの自虐を見透かしたように、コウダは少しづつ、それでいて力強く言葉を紡ぐ。

 

「死者を悼み、今懸命に生きている人々のために戦え。俺たちの仕事はそのための物だ。それだけは忘れるなよ」

「……はい」

 

噛み締めるように返事をする。かつて彼も失ったことがあるのだろう。その言葉には強さの裏に悲しい響きが込められていた。

例え自分がどうなったとしても、構いはしないとしても、ずっと抱き続けてきた迷いには答えを出さなければならない。ヤツの言葉通りにするのもしゃくな話だが、ヤツが俺であるとする以上ヤツの言葉も自身の真実には違いないのだから。なぜ戦うのか、その先に何を見ることが出来るのか、そして、平和への道はどこにあるのか。いつかまたヤツと相見えるときまでに、誰でもない、俺自身の言葉で。

 

 

懸命に戦う人間を乗せ、ゼレットは静かに真昼の街を走り続けた。

 

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