いやに高く感じる青空をサッと横切って三機のガッツウィングが飛んでいく。からりとした風がシンの心を高ぶらせた。
今日はスーパーガッツとZEROの合同演習の日であった。この演習が数年前から回数を増やされ、ともすれば井の中の蛙になってしまう訓練生にとっては身を引き締めるいい機会にもなっていた。TPCの軍備増強要素の一つとしてメディアの槍玉に上がるのも一度や二度ではなかったが、依然減少の気配を見せない怪獣災害の実情もあってこの点で表だって批判されることはそう多くはなかった。
しかめ面で演習場を歩くシンを、コウダとリョウがちらりと見やった。原因は演習の前に行ったミーティングでのことである。訓練生の一人であるフドウ・ケンジという青年が(遠まわしにではあるが)シンを軽んじる発言をしたのである。その場ではアクシデントにはつながらなかったが、これからどうなるやら……。
「シンは素直すぎるのよね……」
「それがアイツの長所でもあるだろう?それに、詳しくは分からないがアイツも社会人経験はあるんだから、大きな問題にはつながらないと思うが……。アスカと違って」
既にシンにはフドウの事情については話してある。元々は特殊部隊に配属されていたシンジが、スーパーガッツとの合同任務を通して再びZEROに戻ることになったいきさつ。兄の遺志を継いでいること。それを受けてどう思うかはシン次第だ。
「最近心配しすぎな気がするわ」
「アイツも良く無茶をする奴だってのもあるけどな。見た目がああだし、リョウは弟でも見てる気分なんじゃないか?」
「そうかもね」
クスリと笑って、さっき見たシンの表情を思い出す。
「でも思い返してみるに、今回はたぶん大丈夫よ」
「お、言い切るね。根拠はあるのか?」
「ええ、だってさっきのシンの目は――――」
ギラリと目の奥で炎をもやし、シンは歩いていた。先ほどは先輩たちの手前、事を荒立てるようなことはしなかったがその胸の内では「上等だ!」という思いが渦巻いている。
かつてプラントに移ったばかりの頃、地球育ちとして他のコーディネーターから軽んじられていたシンが周囲に認められるために必要だったのは、実力をみせることだった。味方は誰一人としておらず、ただただ訓練に明け暮れたアカデミー時代。
そして合同演習と言う部隊の前で軽んじられた今、シンのテンションかつてのような荒々しい闘争心に満ちていた。
(今日だってもそれを繰り返すだけだ……なにも特別なことはない)
(だけどやっぱり、言われっぱなしは俺らしくないよな)
そうこっそり呟くシンの向かう先には訓練生の控室があった。
ガヤガヤと喧しい訓練生控え室。その中で一際目立つ人物がいた。立場らしからぬ貫禄を放つその人物こそがフドウ・ケンジ。頭ひとつ抜けた成績でこの演習に臨む訓練生のリーダー格だ。
それも当然である。彼はかつて特殊部隊ブラックバスターのメンバーとして選ばれたほどのエリート。ZEROに戻ったとはいえ、彼にかなうような訓練生はほかにいない。自然、この世代の訓練生たちはケンジを中心にしたコミュニティを築いていた。
「さっきは良かったスねえケンジさん。あの小僧にバシッ!と言ってやりましたな」
「そうそう。地球を守る組織にあんなのがいちゃあねえ」
そういってくる取巻き達を見ながらケンジもまんざらではなさそうな様子だ。
「フフ、そんなに持ち上げるんじゃあないさ。オレは当然のことを言っただけなんだから」
否定しつつも、口元はわずかに緩んでいる。彼にはあれは本心さ、と言わんばかりの自信があった。
ケンジがそっと時計を確認し、そろそろ飛行場に向かおうかな、と言う所でバタンと部屋のドアが開いた。
「ああ、もしやそろそろ移動のじかんですかっと…おやおや」
そこにいたのは連絡係などではない。まさに今話題の中心だった人物、シン・アスカだ。ツカツカと靴の音を鳴らしながらケンジの真正面に進み出る。静まり返った控室の中でじっとにらみ合い、ややあってシンが口を開いた。
「言われっぱなしってのも趣味じゃないからさ、宣言させてもらう。フドウ・ケンジ、あんたは俺が落とす」
途端ワッと場がざわつく。そのほとんどがシンを罵る内容だ。
「言ってくれるじゃないか。勘違いしてるようだから言っておくが、相手は俺だけじゃないんだぜ。上層部はなぜだがお前みたいなのをスーパーガッツに入れてるが、俺たちは認めないぞ」
「そうだそうだ!」「宇宙人はどっかいっちまえ!」
「それならそれで構わない。今日アンタたちに勝って、俺のことを認めさせるだけだ」
言い切ると入ってきたときと同じようにツカツカと去っていく。このシンの行動は訓練生たちをいっそう熱くさせる結果となった。
「フン、上等だ。逆にこっちがアイツをコテンパンにしてやる!」
様々な思いをはらみながら舞台は宇宙(そら)へと移る。
球形に仕切られた演習エリア。その両端から編隊を組んだガッツウイングが入ってくる。その数それぞれ白色三機、黄色十機。前者がスーパーガッツ、後者が訓練生の編隊だ。
宇宙を飛ぶという感覚はシンにとって慣れ親しんだものだった。彼は操縦技術や戦いの心構えのすべてを宇宙で磨いたのだ。いうなればホームグラウンドのようなものだった。操縦するものは違えど、経験からくる自信がシンにはあった。
演習開始と同時にスーパーガッツ側から一斉に赤いレーザーが放たれた。演習用のシグナル光線だ。レーザーは一斉に訓練生側の編隊を襲う。黄色いガッツウイングは慌てて散らばるものの、うち二機に命中し、早速リタイアとなった。
『ちくしょう、不意打ちじゃなければこんな……』
『甘ったれるな!実戦に泣き言なんてないんだぞ!さっさと帰投しろ』
訓練生の愚痴をコウダが切り捨てるのが聞こえた。
『ならこういうのもありだよなあ〜〜』
立て直した訓練生側からシンの乗機に向かって二発レーザーが撃ち込まれる。が、シンは落ち着いた機動でそれを回避した。
「アンタ達みたいなのがやることなんて、こっちは大体読めてるんだよ!」
『なんだと、こいつ!』
自身の背後に二機迫ってきているのは分かっていた。レーダーにはきっちり映っていたし、参加者の人数も、先ほどのシンを取り巻く状況を考えれば予測できた行動でもある。シンとしてはむしろ、人間というのはどのよう場所でも同じような行動をとるものだな、と思わずにはいられなかったぐらいだ。
「ついてこれるかな」
ガッツウイングを思い切り加速させる。もっと、もっと、もっと。後ろの二機の目が自分に釘付けになるほどに。そして、狙っていたポイントで速度を落とした。
(バカが。無茶な加速をするから無理が出たな)
当然訓練生は「隙アリ!」とばかりにシンに撃ち込む。しかしそれを含めてシンの狙いなのだ。
「よっと」
機体を操作しレーザーを躱す。目標を外れたレーザーは……
『なっ、なんで俺にーっ!』
『ハシモトォーーーッ!』
前方、リョウ機を追いかけていた訓練生機に命中した。
『こ、こいつ俺たちにハシモトを撃たせるためにここに誘導したのか!』
『許さねえ!』
『そうだ、あいつの機体は……うわぁ!』
レーザーが二機を撃ち抜く。これでまた二機退場だ。訓練生の動揺を突き、後方に回り込んでいたのだ。
「迂闊すぎるんだよ、アンタたちは!本職を目指すなら戦場での位置関係くらい把握しておけよな」
『畜生!』
そうだ、プロならば戦場での位置関係は常に把握しているべきなのだ。開幕で二機、今ので三機、リョウさんとコウダさんが既に一機ずつ落として、今一機ずつ相手取っている。そして当然一機は。
『思っていたよりやるじゃないか、宇宙人』
「フドウ・ケンジだな!」
フドウ・ケンジの機体がシン機に迫る。
『正直なところ最後まで残るとは思っていなかったよ。あの二機を落とすとはね』
「あいにく俺は多勢に無勢の戦いには慣れてるんだよ」
『そうかい、ならお前はこのフドウ・ケンジが直々に撃ち落してやる』
「やれるもんなら!」
一騎打ちであった。
ピンと張りつめた空気の中、しかし長くはならないだろうということは二人とも感じていた。追うケンジと追われるシン。この状況をひっくり返せばシンの勝ち。シンを捉えきることが出来ればシンジの勝ち。
星々の浮かぶ真っ暗な宇宙を二色の閃光が彩る。敵がとどめを刺しに来た瞬間こそが勝機だとシンは確信していた。自分は一騎打ちに「ツキ」が無い。その自覚はあったから、彼は持てる限りの能力を使い、状況を組み立てていた。何度か放たれてくるレーザーに対してシンは一定のリズムで回避行動をとっている。敵は当然このリズムを崩しにかかってくるだろう。そこに最大のチャンスが眠っている。
ケンジは粘り強く回避を続けているシンに対し評価を改めながらも、しかし決して認めようという気にならなかった。かつて自分の憧れた兄が目指し、そして自分が尊敬した男が命を懸けて侵略者たちと戦ったチーム・スーパーガッツ。その席に、今よりにもよって宇宙人が座っている。
(我慢ならない)
ケンジはそう思った。あるいは、今スーパーガッツという存在を最も特別視していたのはケンジだったのかもしれない。
自分が奴より優れていることを示したうえで、自分がスーパーガッツの席に着く。
ケンジの決意は固かった。
「こいつ、なかなかいい動きをしている。だがね――」
ケンジにも策があった。彼は球形で仕切られた演習エリアの天頂にシンを追い込むような軌道をとっていたのだ。機体が天頂部に達すれば、折返しのために反転動作を取らざるを得ない。ガッツウイングに平行機動するような装備は無いから、その瞬間機体は完全に無防備になるという訳だ。
黄色い機体が食らいつくように追い詰めていく。ケンジの目には白いガッツウイングが猛禽に狙われたハトのように感じられた。
そして天頂。シンの機体が反転を始める――
「終わりだ。これがお前と俺の実力の差だぜ」
トリガーを引いた。そして赤い光線が相手の機体に吸い込ま―――れない。
「なっ!あいつなんて無茶な機動を!」
シンの操るガッツウイングは実に驚くべき機動を取とった。シンはモードチェンジ時に使う翼の可変部を最大限に利用し、目算でコンピューターを制御し鳥が羽ばたくように翼を動かしたのだ。機体は慣性の力によって反転姿勢のままフドウ機の右斜め後方へと大きく平行移動した。一見して道理を無視した行動に見えるシンの行動だったが、この発想はシンのオリジナルという訳ではない。原点があるのだ。
AMBACと呼ばれる技術がある。Active Mass Balance Auto Control = 能動的質量移動による自動姿勢制御の略称、彼が元の星でパイロットとして戦場を駆ったMS(モビルスーツ)に使われていた姿勢制御技術で、可動肢を高速移動させたときに生じる反作用を利用して宇宙空間での移動、姿勢制御に応用するというものである。
人材資源の少ないプラントで養成されるパイロットにはナチュラル以上にMSへの理解と構造を把握することが求められた。時にはパイロットだけで機体の整備を行わなければならない状況もあるからだ。シンはいやと言うほどの知識を叩き込まれたのである。
ガッツウイングの構造を初めて教えられたとき、誰にも言わなかったものの、シンはAMBACを思い出した。この機体ならばAMBACによる機動が可能なのではないか、と。その答えは果たしてここで回答が出たという訳だ。
(土壇場で初めてやったって訳じゃなかった。機を見て何度かシュミレーションは行った。キーボードから直接可動翼を制御するのは骨が折れたが、成功だ)
遂に立場は逆転した。後方にシン、前方にケンジ。もはやケンジには逆転の策は無かった。
「これがアンタと俺の実力の差だ」
決着がつこうとしたまさにその瞬間だった。突然のアラートと共に、岩石の雨が演習エリアを切り裂いたのだ!
「なんなんだよ!一体!!」
『怪獣よ!12時の方向からやって来るわ!』
「コスモネットの監視網には引っ掛からなかったっていうんですか」
『いいえ、監視の穴ではないわ。私達はアイツが突然この場所に現れることが出来る訳を知っている』
リョウとの通信の最中、そいつの姿がガッツウイングのモニターに映った。
そいつは一言でいうなら滑稽な姿をしていた。見た目の印象は、例えるなら胴体を風船のようにふくらませたトカゲとでも言うべきだろうか。そいつは岩石のようなゴツゴツとした体を、見事に巨大な球形にしていた。飛び出ている頭部や四肢、尾が調和を乱しているようで妙に不釣合いだ。しかし、重要なのはその頭部なのだ。トカゲであれば脳があるはずの場所には青い網掛けの、奇妙な発光を繰り返す白色の物体が憑りついていた。
『スフィア合成獣よ。新種のようだけど、まだ残党がいたなんて……』
かつて地球を、いや太陽系を壊滅寸前まで追い込んだ宇宙球体スフィア。奴らは鉱物などと同化し怪獣として襲ってきた。人類に敗北し消滅したはずのスフィアが今再び襲いかかってきたのだ。
『全機実戦モードに切り替えろ!奴を地球に通すな!』
コウダの命令が伝達される。シンはスイッチを切り替え怪獣から距離を取る。
「フドウ、あんたとの決着は後回しだ。今はアイツを何とかするぞ」
返事はなかった。シンは一瞥して、その警戒を怪獣に向ける。見れば見る程、地上侵略には向かなそうな体型だった。アーカイブでジオモスという奇妙な体型のスフィア合成獣を見たことがあったが、それにも大地を駆け物をつかむための手足があった。こいつはそれ以上に突飛な外見だ。
(宇宙で活動するための体)
とは思ったが、一体何をするための体なのだ。シンにはその謎が不気味に感じられた。なにか、恐ろしい力を秘めているのでは。そう感じた。
コウダの指示の下、散らばっていた機体が徐々に編隊を組んでいたが、その中から突然一機、飛び出した機体があった。
『ここでこいつを仕留めて手柄をあげてやるぜ!』
『おい、五番機!何をしている!』
手柄を立ててスーパーガッツに入る!そんな功名心が五番機のパイロットをくすぐったのか。飛び出した機体は怪獣に向かっていく。そして、レーザーが放たれんとした。その時だ。
怪獣の周囲から何かが放たれ、圧倒的な速度で五番機に襲いかかる。不意打ちを食らったパイロットは躱すこともできず、その機体ごと爆散してしまった。
静寂が訓練生の間に広がる。彼らにとっては苦楽を共にした仲間だったのだろう。それが勝手な行動が原因とはいえあまりにもあっけなく死んでしまった。
目の前で起きた「死」を見つめ、シンは自分が怒りに震えていることに気付いた。久しぶりの感覚だった。あっけなく奪われる命。救えない自分。ギリッという音がした。シン自身が歯を噛みしめた音だった。
彼らはなかなか体勢を立て直すことが出来ないでいた。怪獣が放ってくる岩石を回避することに専念するしかできない。特に訓練生側は仲間を殺されたという心理的動揺が尾を引いていた。
『くッ、何もできないなんて』
リョウが毒づく。しかし、奴の攻撃を受け続けていたことで分かることもあった。奴は岩石の幾つかを惑星にとっての衛星のようにキープし、また速度を付けてこちらに放つこともできる。ただ、無数に、というのではなく、コントロールできるのは10個ほどのようだ。放たれた岩石が怪獣の方に戻っていくのも確認している。怪獣の周囲で飛び回る岩石は奴にとっての矛であり盾であるという訳だ。
『リョウ!俺たちならともかく訓練生にこいつの相手は荷が重すぎる!彼らを後退させるぞ!』
『くっ!仕方ないわね。』
コウダが全機に通信を開き指示を出す。
『全訓練機に通達。撤退し本隊へ報告せよ。俺とリョウ、シンが援護する。』
乱れた声ではなく、張りのある強い声だった。それが功を奏したか、パニック状態だったいくつかの訓練機でも指示を聞き、行動することが出来たようだった。
『シン、彼らを死守するぞ!』
「ラジャー!」
次から次へと撃ち込まれる衛星を、教官組の機体から放たれるレーザーが打ち落としていく。衛星は怪獣の周囲にある岩石を材料としているようだったが、核にスフィア細胞が使われているのか、レーザーが当たるたびに燃え尽きていった。
訓練開始時から一機減り、全六機となった訓練機。彼らを先導するシンジはちら、と戦場に目を向ける。
流星群のように向かってくる衛星を三機の白いガッツウイングが応戦している。こちらへの致命だとなるようなものは一つも撃ち漏らすことは無かった。
「あれが最前線の戦士・・・」
ケンジは誰にも聞こえぬように一人で呟いた。
そして、その中で懸命に戦うシン・アスカの機体を見つけ、先ほどまでの自分を恥じた。
スーパーガッツに入るためとはいえ、一度前線を退いた自分が何を偉そうに……。彼らに守られている身で!
今、怪獣を目の前にして初めて自分と彼らの差を思い知る。ZEROでは常にトップだった。ブラックバスターとして実戦経験もあった。そのことが自分のおごりにつながっていたのだろう。
「くそ!」
毒吐く。無力感を追い出し、訓練機に声をかけた。
「これからデブリ帯に入るぞ、注意しろ」
今の自分には、これしかゆるされない。せめて訓練機を無事返すことだけはしようと、フドウはなんとか眼前に迫るデブリに集中しようとした。
その直ぐ後訓練生たちを襲った不幸は、誰のミスとも言い難かった。シンたちは訓練機の位置をレーダーで追いながら、進路上に進むであろう衛星を落としていた。フドウは仲間たちに十分な注意を呼びかけながらデブリ帯を進んでいた。しかし、衛星の破片がぶつかったとか、とにかく何らかの原因で、デブリが一つ想定外の動きをしたのだ。予測機動を大きくずれたそのデブリはある訓練機の進路を妨害し、そこに本当に偶然、見送った衛星が激突した。
『クロツグ!』
フドウは叫んだ。仲間の名前を。シンは見た。彼がそれまでいた位置を。しかしそこに映ったのはバラバラになったウイングの機体だけ。信号も返事も返ってこなかった。また一つ、命が散ったのだ。
振り返り、砕ける程に歯を食いしばり、シンは怪獣を見た。その大きく避けた口は一つの死を嘲るように、その黄色く光る眼は邪悪な機を飛ばしているようにシンには感じられた。
湧き出てきた感情は、怒りや憎しみ以上に懺悔であった。自分があと一つ衛星を多く落としていれば……。ただ、その感情に囚われることは無かった。その悔いはシンをさらに強く、強く敵と向き合わせるよう働いた。
シンは自分に強く命令する。
この空間のすべての物体の位置を理解しろ!
一切の無駄のない道を探せ!
皆を守り、やつを打ち倒すことのできる道を!
強い意志はシンの奥へ奥へと染み渡り、それはシンがこれまで眠らせていたひとつの力を目覚めさせた。
これ以上自分の目の前で命を失わせるものか!
これ以上、奴の好きになんか
「させるかァーーッ!」
咆哮と共に、シンの中の『何か』が爆発する。『それは』まるで植物の根のようにこの空間に広く広く伸びていくような感覚すら覚えさせた。
「うおおおおおお!」
シンは最大速度(フルスロットル)で敵の方向へ機体を突撃させた。遂に耐えられなくなってしまったのか、とリョウは思ったがその考えは目の前の機体の動きによって覆されることとなる。
シンの突撃に応じ、血に飢えたピラニアのように怪獣の衛星が殺到する。常人であれば、そして心の均衡を崩した弱卒であればデブリにされていたであろうその攻撃を、将に完璧としか言えない動きでシンの機体はかわした。そして先程の演習の時とは違う丁寧な動きで旋回しレーザーを放つと、密集していた衛星群に吸い込まれるように光は進み、衛星を消滅させた。
「なんて奴だ……」
一連の動作を見ていたフドウは言葉を失う。フドウにとっては雨をかわすような無茶な状況だったように思える。それをあのシンという少年はやってのけたのだ。
類を見ないような機動をやってのけたシンだったか、しかし彼には高揚感は無かった。シンの精神は今ひたすらにクリアに、そして大きく広がっている。
「不思議だ……何処に誰がいるのか分かる……いや、」
かつてモビルスーツを駆って戦っていたときに、数度似た感覚を味わったことがあったが、今の感覚はそれらのどれとも違う。かつての体験を上回るような、圧倒的な情報の奔流がシンの中に流れ込んでくる。シンにはまるで空間そのものが、自分に対してどこに何が起きているのかを教えているようだ、と感じた。
かつてのそれが、例えば優れたスポーツ選手が極限状態で覚醒する「ゾーン」のような鋭い感覚であるとするなら、今のシンの視界は自分の体を離れ、俯瞰するように全体の情報を得ることが出来ていた。
「どの方向に行けばいいのか」「どこから誰がくるのか」。あるいは植物の根が幹に水を運ぶように、先ほど自分の中から爆発するように広がっていった『なにか』が情報を伝えているのかもしれない。
未体験の感覚にシンが振り回される事はなかった。むしろ目覚めたばかりのそれを乗りこなし、縦横無尽にこの戦域を駆け、衛星を撃滅せしめた。
周囲の岩石を利用し次から次へと作られていた衛星もシンの猛攻により生産を追いつかなくさせ、次第に弾幕を薄くさせていた。これを機と見たコウダ、リョウの両名はガッツウイングをハイパーモードに変形させ、怪獣本体にレーザーを撃ち始めた。
変形によって威力を高められたレーザーは徐々に怪獣のボディに届き始める。それらは確かに効果を示していたようで、怪獣に苦悶の表情を浮かべさせることに成功していた。ここが地上であれば痛みからの吠え声が聞こえていたであろう程であった。一見して戦いの主導権を握り始めたように見え、訓練生たちもほっと安堵する様子を見せ始めていた。
しかし、感知する力が大幅に拡大していたシンはやはりその異変に気付いた。怪獣のボールのような体の“背”の部分、球体の10分の1ほどが粘土を指で掬い取るようにえぐれていき、怪獣の背後に生まれた穴のような空間に吸い込まれていく。と、同時に後方の空間、丁度訓練生がいるあたりの空間がなにかに圧迫されているような感覚を受けた。
なにかが空間にねじ込まれてくる!おそらくあの怪獣の抉れた部分が、死角を突くように訓練機を襲うのだ!
そう直感したシンはすぐさまウイングの翼を収納し、ハイブーストモードで訓練機のいる後方へ飛ぶ。そうしながら彼は訓練生たちに呼びかける。
「訓練機、散会しろ!敵の攻撃が襲ってくるぞ!」
そういうシンの目は、訓練機のいる地点の脇に真っ黒い穴が開くのを捉えた。
呼びかけられた訓練生たちは自分たちの真横から突然迫る、冷たい色をした物体を見た。槍のように先端をとがらせたそれは、自分たちと比較してあまりにも巨大であったから、あたかも超スローに迫ってくるように見えた。自分達を塵と化してしまうだろうという恐怖に彼らはゆっくりと襲われていたのだ。仲間の幾人かが悲鳴を上げた。フドウは死を覚悟した。
その時だ、上方から冷たい槍を衝撃が押した。確認するまでもなかった。先ほどこちらに呼びかけてきた回線がそのままになっていたのだろう、シン・アスカの雄たけびが聞こえていた。恐るべきことに彼はあの奇襲を感付き、先んじてこの地点での敵の攻撃をそらそうとしていた。しかし、ハイブーストモードではレーザーの威力が足りないらしい。フドウがあまりにも冷静に状況を分析し、あきらめた時、ガッツウイングのサイドガラスから槍の先端を見つめていた彼の視界を真っ二つに割るように、白い閃光がひらめいた。
「そんな、まさかあいつ!」
フドウは迫っていた槍を忘れ、その閃光を目で追った。閃光は白いガッツウイングだった。シンの機体だ。彼はウイングの最大速度で槍の先端に体当たりし、強引に槍の軌道を変えたのだ。強引に、とは言ったものの、それはある意味では計算された行動でもあった。やけにならず先端を狙ったことで槍は完全に訓練機たちの方向から外れ、シンの機体も破損し、今もなお火花を散らし煙を出してはいるが大破は免れている。戦闘行動は愚か、単純飛行もおぼつかなそうではあったがパイロットはどうにか生きているはずだ。
フドウは怪獣を見る。あれは怪獣にとっても文字通り捨身の行動だったに違いない。えぐれた体はどうやら満足に衛星を操れないようだ。シンを欠き、二機となった教官機の攻撃も先ほどと比べ少なくはあるが通用している。
フドウは考えた。あそこに自分が加わればより優位に立てるはず。なにより、身をとして俺たちを救ってくれたシンが作ったチャンスに報いず、何がスーパーガッツに入る、か!
「全機、散会し先ほどの攻撃に警戒しながら撤退を続けろ!俺はスーパーガッツの援護に入る!」
『しかし、フドウさん!』
「早くいくんだ!数を欠いての戦いではこちらにも漏れ玉が飛んでくるやもしれない。俺はなんとしてでもお前らを無事に返さないといけないんだ!」
『…了解です』
反転する自分の機体を追い抜いて行く僚機の姿を見ながらフドウは思った。
格好つけたいわけじゃないさ。ただ、俺はあいつらのリーダーで、あいつらよりは実戦経験があるんだからな。残ってでもあいつらを返す義務があるだけなんだ……
「コウダ副隊長、リョウ隊員、訓練生フドウこれより援護に回ります」
『フドウ!?お前…』
難色を示そうとしたコウダをリョウがたしなめ、フドウに言った。
『スフィア合成獣が初めて地球に降り立った日、貴方のお兄さん達は命令違反をしてまでも私の援護に入ってくれたわ』
「兄さんが?」
『私たちの指示には従ってもらうわよ。いいわね?』
「……了解!」
不思議な感慨が胸中にあふれた。自分の兄もこうしてスーパーガッツを援護し、スフィア合成獣と戦ったのだ……。論理のかけらもなかったが、この不思議な一致はフドウの胸に勇気を与えた。
「務めて見せるさ、あいつの代わりを」
通信が通じず、連絡が取れない状態のシンをちらと思い、三機は怪獣に向かっていった。
「くそっ、損傷が激しいか……」
宇宙空間に漂う、ガッツウイング。コックピット内でシンは呻いた。さすがのシンにも体当たりによる衝撃には大分堪えたのだ。
「戦況は……」
かろうじて正常に作動するらしいモニターを起動させるまでもなく、今のシンにはこの空間で起きていることが理解できた。この空間にいる人の心でさえもわずかに感じられるようであった。いったん戦闘と切り離された今は不気味ですらあったこの能力だが、今のところシンは感謝していた。犠牲者が増えていないこと、フドウが自分を認めてくれたことが分かったのだから。
「いつまでも寝てはいられない」
懐からアギトライブを取り出す。イーヴィルティガのカラータイマーと同じ形をしたそれは、激しく輝き、シンを包んだ。赤く熱い光の意志をこれまで以上に感じるようだ、とシンは思った。光はシンと共に昇華し、巨大な戦士の姿を取る。イーヴィルティガが戦闘空間に姿を現した。空を蹴るように身をひるがえし、まさに光の速度で怪獣の下へ向かった。
「あれは……なに?」
三機のガッツウイングによる連携攻撃を続けていたリョウは、イーヴィルティガの様子がいつもと違うことに気付いた。普段は紫色の光をまとっていたのに対し、今の巨人は全身から赤い光を放っていたのだ。その姿は今まで以上、にかつて共に戦ったウルトラマンダイナやウルトラマンティガの姿と重なって見える。
「彼は、変わろうとしているの?」
そのつぶやきは誰に聞こえるともなく、巨人が加わることで激化した戦いの流れにのまれていった。
イーヴィルティガと対峙してもなお、怪獣の体は巨大に見える。怪獣はそれまでと戦法を変え、自分の体の一部を弾丸のように飛ばしている。イーヴィルティガを動かすシンの意識はその姿を見て、宇宙空間で対空機関砲をうつ戦艦の姿を連想した。
人間の体の時の謎の力と巨人の力の相乗作用なのか、イーヴィルティガは自分の力がいつもより鋭く洗練されているのを感じた。今まで満足に使えなかったサイコキネシスはその力を増し、手から放つ光弾はこれまでより精密で細かい力のコントロールが出来るようになっている。しかし、敵の弾幕が厚く、降りかかる弾丸を無力化することこそ出来ていたものの、反撃することもできないでいた。弾丸は怪獣の全体積と比べてごく小さいもので、敵の息切れは期待できないように思えた。共に戦ってくれているガッツウイングのことを考えても長引かせることはできないだろう。
奴を倒すにはどうしたらいい?
イーヴィルティガは飛び回りながら敵を分析する。
奴の武器は(今は使っていないが)奴を中心に円運動を取っていた衛星だ。だとしたら、それは惑星のものと同じように、怪獣の中心にあるエネルギーが元なのではないか?
抉れた体では衛星を操るのが困難そうだったのは、体の中心からのエネルギー伝達のバランスが上手くいかなくなったかではないだろうか。
試してみる価値はあるように思えた。
怪獣が自身の身を弾丸のように繰り出してからこう着していた戦場だったが、コウダはイーヴィルティガが何か目的をもって移動を始めたのに気付いた。
「戦局を変える策を思いついたのか?」
半ば確信だった。しばらくの間、ともに戦場で戦ってきた彼に、コウダは信頼にも似た感情を寄せていた。彼ならば道を切り開ける、とコウダは直感した。ならば迷う暇など無いだろう。
「イーヴィルティガを援護しながら追従するぞ。進路を妨害する弾丸を集中して排除しろ」
回線を開き指示を出す。僚機はすぐさま指示に従いコウダ機を先頭としたトライアングルの陣形でイーヴィティガと同じ軌道を取る。レーザーを発射し弾丸から身をかわしながら進む。スレスレでかすめるような弾丸もあったがコウダたちは怯まなかった。
ある程度進路をたどるにつれて、コウダたちにもイーヴィルティガの狙いが理解できるようになる。彼の必殺光線『イーヴィルショット』であの怪獣の中心を狙おうとしているのだ。ならば自分達の役割はその援護!
三機のガッツウイングはイーヴィルティガの横にならび、一斉にレーザーを発射した。
緑の閃光。
着弾。
怪獣の動きが止まる。
「「「いまだ!」」」
コウダが、リョウが、そしてフドウが叫ぶのと同時に、L字に組まれたイーヴィルティガの腕から赤色の光線が放たれ、怪獣の体に風穴を開ける。イーヴィルティガが通り抜けられるほど巨大な穴だ。巨人と三機がその風穴を通り抜け反転してみると、怪獣はほとんど活動を停止しているように見えた。怪獣は息も絶え絶えといった様子で彼らの方を向くとイタチの最後っ屁よろしく、ちょこんと生えていた自身の右腕を飛ばしてきた。
「ジェアアアアアアアアア!」
イーヴィルティガの気合いと共に拳が宙空に振るわれると赤い光弾が放たれ、怪獣の腕を蒸発させる。腕はそのまま幾度も振るわれ、まるで百本も千本もあるかのような残像を残しながら無数の光弾を発射し、怪獣を完全に消滅させた。
イーヴィルティガは振り返り、宇宙の黒の中に浮かぶ三機のガッツウイングを見た。自分のことを信頼してくれる人、共に戦ってくれる人、認めてくれる人がいるということが素直にうれしかった。それはシン・アスカという人間にではなく、イーヴィルティガと言う存在に向けられてのものだとわかってはいるものの、自分と鏡写しのようなこの意志を持つ力が認められていくのは我が事のようでもあったのだ。自分もこうやって認められていきたい。今、ここだけでなく、いつか帰るだろう故郷を思い、シンの心には確かな希望が生まれていたのだった。
数日後、防衛隊員養成機関ZERO。
いつものように食堂での朝食を終え、午前の訓練に向かおうとしたフドウはミシナ教官に言われ、校舎の応接室に向かった。
一体誰が何の用で?といぶかしがりながら行った先でフドウを待っていたのは意外な人物だった。
「お前はシン・アスカ!なんでここに?」
敬礼でフドウを出迎えたシンは彼の発言を無視すると、抱えていた封筒から何かの書類を引っ張り出し、読み上げ始めた。
「通達。第11期訓練生フドウ・シンジ殿。三か月の最終教導の後、貴殿のスーパーガッツ入隊を認めるものとする。地球平和連合TPC フカミ・コウキ総監」
似つかわしくない堅苦しい言葉で読み上げられた言葉が上手く呑み込めてない風なフドウを見て、シンは少し頬を緩め、言う。
「あと三か月特別訓練をしたあと、晴れてスーパーガッツの新入隊員だそうだ。良かったな」
シンに要約してもらい、やっとわかった風のフドウは柄にもなく快哉を挙げた。
「やったぜ!兄さん、俺、ついにやったんだ!」
「おいおい、ちょっと気が早いんじゃないか?」
感情をさらけ出したのを少し恥じ入った様子で、フドウは苦笑するシンに向き直った。
「いや、ありがとう。そうだ、この間はすまなかったな。随分と失礼なことを言ったと思う」
「あのことなら気にしなくていいさ。俺みたいなのが急にスーパーガッツの、研修とはいえ隊員なんて言われたら仕方ないよ」
自分自身の過去の経験を振り返りながら、シンはフドウに答える。自分なんてアスラン相手にもっと多くの問題行動を起こしていた。あまり言われすぎるのは昔の自分を変に顧みてしまい、なんだか居心地が悪かった。
「ただ、良ければ聞かせてくれないか。お前にとってここは関係のない星だろうに、なんでああまでして命を懸けられるんだ?」
シンに対してのわだかまりが解けた今、それはフドウの中で大きな疑問だった。シンに対して邪推していたころはいくらでも理由が浮かんだが、今はそんな想像は失礼だとも思っている。シン自身の口からきいてみたいと思っていた。
問われ、シンはつと窓の外を見やる。からりと澄んだ青空の下で、多くの訓練生が声を張り上げ各々の練習に励んでいる。
「俺はこの星に来る前、戦争をしていた。家族が死んで武器を取ったけど、大切なものを何度も何度も失くしていった。心は冷え切って、戦争をなくすためだと思ったら、ちょっと前まで仲間だった人にも武器を向けていた。俺はほとんど絶望していたんだと思う」
フドウは神妙な様子でシンの話を聞いていた。簡単な言葉で伝えられるシンの過去からは、その口調も相まって凄惨さが見え隠れしていた。
「でもこの星に来て、人類が手を取り合って社会を営んでいるのを見て、俺は希望を貰ったんだ。俺が欲しかった平和な世界をこの星は実現していた。俺の星でもこんな世界が作れたら、と思えた。絶望だけの心に光をくれたんだ」
「この星は俺にとって光なんだ。俺は学べる限りのことを学びたい。そして、自分が出来る限りのことをこの星にしたいんだ。……これが俺の戦う理由」
青臭く聞こえる言葉だったが、フドウは茶化す気にはならなかった。むしろ、目の前の少年がここまで思ってくれている自分たちの社会に誇りが湧いた。同時に、自分の心情を吐露する目の前の少年の中に、かつて感じた光を見た。この少年があの男と同じ名前をもつことがただの偶然ではないような気がフドウにはしていて、気づいた時にはその男の事を口にしていた。
「お前はやっぱりスーパーガッツにふさわしい男みたいだ。見た目も声も違うけれど、どこかあいつと似た雰囲気を持っている」
「あいつって?」
「スーパーガッツ隊員番号07・アスカ・シン。知らないか?」
アスカ・シン。その名前は資料でみたような気がする。確か……
「グランスフィアとの最終決戦でネオマキシマ砲発射の誘導と、ウルトラマンダイナへの作戦伝達をまかされた人物だったか?最後にはダイナと一緒に重力場の中に吸い込まれてしまったっていう……」
怪獣災害の資料の中でスフィア関連は大きく扱われていた物の一つだったから、印象に残っていた。ほかの幾つかの事件でも活躍し、エースパイロットとされていた人物のはずだ。
「そうだ、俺の目標のうちの一人だ。今思えばあいつは……。まあ、いい。とにかく、あいつと同じ名前のお前がこの星に来たことには何か大きな意味がある気がする。きっと、それは無駄なことじゃないんだ」
フドウはシンの方に手を差し出す。一瞬その手を見て、シンは握り返した。
「お前の星の事、応援させてくれよ。なにか出来ることが合ったら言ってくれ。俺もすぐスーパーガッツに行くからな」
「ありがとう、フドウ」
二人とも屈託のない表情を浮かべていた。やがて二人は部屋を出て、それぞれのいるべき場所へと戻っていく。開け放たれた応接室の窓から、さわやかな風が一陣入り込んだ。見上げれば、青空の中で太陽が力強く輝き、光を放っていた。
感想いつもありがとうございます。はげみになってます。