最初に出会った友人と程、長く付き合いが続く。
ある日、夕焼けにチャイムが鳴り響き、近くの公園から帰ってきたとき、うちの隣の家にトラックが止まっていた。その後に続いて、そういえば最近、隣の人が引っ越したんだっけ。
てことは、その空いた土地にまた誰か引っ越してきたってことかな。そんなことを思っていると、そのトラックから女の子が一人降りてきた。俺より年下っぽい女の子だ。
「父さん」
「ん? ……あ、こんにちは」
続いて出て来た大人の男の人の手を引いて、その女の子は俺を指さす。それに気づいた父親が、俺に挨拶してくれた。
「こんにちは」
「隣の家の子かな? 初めまして。白瀬です」
「あ、はい。黒崎です。はじめまして!」
「うちの娘と仲良くしてやって欲しいな。父子家庭で、私は滅多に家に居られないからね」
「不死家庭……⁉︎」
な、なんだそれ……ゾンビとか吸血鬼の末裔的な? かっこ良すぎるんだが……?
「挨拶しなさい、咲耶」
「初めまして。白瀬咲耶です」
「あ、どうも」
ペコリと頭を下げる。この人が、吸血鬼か……なんだかすごい人が隣に越してきたな……。
今、遊んできた公園はうちから徒歩三〇秒で、親も共働きだから割とフリーだし、せっかくだから遊びに行きたいもんだ。
そんなウズウズ感が咲耶からも出ていたのか、白瀬さんのお父さんは娘に声をかけた。
「咲耶、せっかくだから遊んで来たらどうだ? 近くに公園があっただろう」
「良いのかい?」
「構わないよ。ただし、暗くなる前に帰って来ること」
「ありがとう」
そう話が決まると、咲耶は俺の方を見た。
「えっと……君は平気?」
「全然平気」
「じゃあ、行こうか」
ちょうど、俺の手元にはサッカーボールがある。ちょうど良いからサッカーでもするか。女の子だし、俺が教えてやると良いだろう。
「公園行こう。良い場所あるから」
「ああ。……黒崎くんは、下の名前はなんて言うんだい?」
「あ、ごめん。俺は黒崎圭吾」
「圭吾、か。うん、よろしく」
……女の子、だよな? 何その笑顔。クソカッコ良いんだけど……。これうちのクラスにいたら「イケメンだ、イケメン!」とか言って揶揄われてるレベルだよ。これも、吸血鬼故の事なのだろうか?
唯一の救いは身長差。俺の方が少し高いから、男としての威厳は保たれている。
「咲耶は何年生?」
「今年の春から、小学一年生さ」
……え、二個下なのに、俺とあんま変わんないの? え、本当に女の子? ……まずいな、このままじゃ男としての威厳が失われてしまう。てか、一年生でどれだけ堂々としているんだ、この子は。
「そ、そうか。ま、俺は今年で三年生になるから。俺の方が一つ上だから」
「くすっ……そっか。じゃあ、お兄さんだね」
お兄さん……? そっか、俺、お兄さんか。玲奈姉貴には「まだまだガキ」とか「チビは姉の言うこと聞くもの」とか言われるけど、俺もいよいよお兄さんか!
「! そ、そう、お兄さんだ! わかってりゃ良いんだよ。俺はお兄さんだ」
「じゃあ、お兄さん。公園まで案内してくれるかい?」
「任せろ!」
中々、見どころのある奴だな。咲耶を連れて、俺は公園に向かった。
そこそこの広さの公園で、適当にボールを転がす。
「咲耶、サッカーやったことある?」
「保育園のお昼休みに、少し男の子達に混ぜてもらったくらいかな」
幼稚園でも小学生でも、女子は大まかに二つに分かれる。室内組か屋外組かのどちらかだ。
大体、屋外組は男子と遊ぶ事が多く、昼休みはサッカーかバスケ、放課後はそれに追加し野球をやる事もある。
なんであれ、その程度なら技術的な事は何も知らないだろう。
「なら、教えてやろう。サッカーのパスは……」
「インサイドで蹴るんだろう? 教えてもらったことあるよ」
「そ、そっか……」
ま、まぁ……そういうこともあるよね。俺も、サッカー習ってる奴に教わっただけどし。
「行くぞ、咲耶」
「うん」
インサイドで咲耶の前に転がすと、俺に言われるまでもなく咲耶はインサイドでトラップし、返して来る。それを、俺も受け止めて返した。
「咲耶は、どこの小学校行くの?」
「ん? 家から一番近いところだよ」
「あ、俺と一緒か。五小?」
「そうそう。……そっか、圭吾と一緒か。それは嬉しいな」
そこで、咲耶はボールを一度止める。
「……じゃあ、呼び捨てはやめた方が良い、かな?」
「え? いや全然、気にしなくて良いけど。俺も学校で姉貴のこと、普通に呼び捨てで呼んでるし」
その度に「生意気言うな」としばかれる、という辺りは丸々カットして言った。
俺の返事に「そっか」と再びイケメンスマイルで返すと、咲耶はまたボールを蹴り返した。
「じゃあ、圭吾。圭吾には、お姉さんいたんだ?」
「うん。今、小六で今年には中学に上がっちゃうけど」
「そっか。きっと綺麗な人なんだろうね」
「そうでもないから。家だと基本的に下半身はパンイチだし」
「そ、そうなんだ……」
てか、なんで綺麗だと思ったんだ? や、まぁどうでも良いんだけど。実際、自分の姉が可愛いかどうかなんてわかんないよ。
「咲耶はいないの? 兄弟」
「いないよ。父さんと、ずっと二人で暮らしてる」
「ふーん……ま、今日から違うけどな! いつでも、俺の部屋に遊びにきて良いから!」
「……そっか。ありがとう」
「何せ俺、お兄さんだから!」
そう、お兄さん。俺はお兄さんなのよ。だから、いつでも咲耶が構って欲しい時は構ってやるさ。俺も、玲奈にはそうしてもらってたし。
「そろそろ身体温まってきたよな? じゃ、サッカーを教えてやろう」
「圭吾はサッカーを習っているのかい?」
「いや? ただ、知り合いとやってて教わっただけ」
「仲良い友達がいるんだね?」
「まぁな」
本当に良い奴らだよ。今度、機会があったら紹介してやりたいくらいだ。
「咲耶は、浮くボールの蹴り方は知ってる?」
「いや、知らないかな。サッカーやってた時も、私はシュートよりドリブルやパス回しの方が多かったからね」
「そっかそっか。じゃ、教えてやろう」
良かったー、知らなくて。知ってたら立ち直れなかった。
ま、でもボールを蹴って浮かす技術は憧れるよね。最初、サッカーとかやってると、宙を舞うシュートを打つのも難しいんだから。
すぐに間合いを詰めて、咲耶の横に立ってボールを足の裏で止めながら言った。
「ボールを浮かす方法は単純だ。ボールの下の方を蹴る」
言いながら、俺はボールの下の方に足を潜らせ、軽く振り上げてボールを浮かせる。真上に行ったボールを胸とラップし、足元に落とした。
「……なるほどね」
相槌を打つ咲耶の前で、俺はボールから離れた助走のための距離を取る。
「で、これを強くやると、浮くシュートになる!」
言いながら走り込んだ。軸足である右足をボールの横に置くと、振り上げた左足を一気に振り抜いた。
「オオオラァッッ‼︎」
勢いよく繰り出された左足に捕らえられたボールは、一気に公園を囲う金網に猛進した。……地面を転がって。
「……浮いてないよ?」
「う、うるせえな! 俺は教える専門で実施は苦手……いや、苦手っつーか、調子良くないだけだけど」
実は、運動好きだけど運動苦手なんだよ! 足も遅いし、持久力もないし、リフティングも幼稚園から遊びとはいえ続けて20回が限界だよ!
「俺は出来なくて良いの! 今日は調子悪いだけだから! 良いから、やってみろ!」
「ふふ、分かったよ」
「笑うな!」
と、歳下の癖に〜! イケメンスマイルで言われると余計に腹立つ!
「良いか? あんまりボールの下の方を狙いすぎると地面を蹴っちゃうから、どちらかというと普通に蹴るつもりで、気持ち程度の意識でね」
「分かったよ」
そう返事をする咲耶に、俺は転がっているボールを取りに行ってパスする。
それをトラップして足元に置くと、助走をするように距離を取る。そして、走り込むと、左足を軸に右足を振り抜いた。
ボールは浮き上がり、金網の真ん中あたりに直撃し、ポーンっと跳ね返って来る。
え……嘘でしょ。一発?
「やった……意外とやれるもんだな」
「……」
い、いやまぁ……今日は調子悪かっただけだし。俺だってやろうと思えばできるし。全く出来ないわけじゃないし。
「や、やるじゃないの。ま、今日はたまたま偶然、調子悪かっただけで、俺も本当は……」
「そんな事ないよ。お兄さんの教え方が良いからさ」
「……え、そ、そう?」
いや、その通りだな。分かってるじゃないの。
「よ、よし、よく分かってんな。なら、もっと色々教えてやるよ」
「良いのかい?」
「いやほら、俺教え方良いから」
出来ない……いや、出来なくはないけど、やろうと思えば出来ることを教えた。シザースとか、マルセイユとか。
×××
日が落ちる前に俺と咲耶は家に戻った。当たり前だが、もう引っ越し屋のトラックは無くなっている。
代わりに、うちの母親と咲耶の父親が立っていた。
「ただいま」
「おかえり」
適当な挨拶をすると、母親が声をかけてきた。
「もうお友達になったのね」
「友達? 違うね。俺は、咲耶のお兄さんだ!」
「はいはい。咲耶ちゃん、うちのアホと遊んでくれてありがとね」
「いえ、遊んでもらったのは私の方です」
「よく出来た娘さんですね」
「でしょう?」
……どういう意味だコノヤロー。遊んであげたとかじゃなくて、普通にお互い遊びたかったから遊んでただけだぞオイ。
そんな失礼な会話を耳にしていると、咲耶の父親が声をかけた。
「咲耶、ちょうど今、黒崎さんと夕食をご一緒するかという話だったんだ。どうする?」
「あ、うん。じゃあ、そうしたい。圭吾も一緒、だよね?」
「ご一緒って、食べ行くの? 俺サイゼが良い!」
「安上がりな子ね……」
「一緒に来てくれるみたい、だな」
サイゼの……なんだっけ、ま……マルゴリピザ? あれが好きなのよ俺。
「残念だけど、外食じゃなくて家よ。私がご馳走するの」
「なんか、すみませんね」
母ちゃんの説明に、咲耶と父ちゃんが気まずそうに言うが、母ちゃんは笑顔で首を横に振った。
「いえいえ、ちょうどうちの主人が『ごめん、上司に呼び出されて飲み行くことになった』とか帰ったらキン肉バスターものの事を抜かしやがったので、今日買ってきてしまったオカズが余ってしまう所でしたから」
「そ、そうですか……」
母ちゃん、言い過ぎ。そのまま、四人でとりあえずうちに入った。これが、俺と咲耶が初めて出会った日の出来事だった。