ゴールデンウイーク明けの最初の学校が終わった。
大学は、基本的に朝の朝礼とか、ホームルームとか、そういうものが存在しない。だから、朝も8時半までに教室に来い、とかそんなことはないのだ。
授業が始まるまでに教室に行けば良いし、科目によっては授業が始まった後でもセーフ。極論、出席カードを配る直前に行けば何の問題もないのだ。
が、俺はそんな不真面目ではないので、ちゃんと授業開始五分前には教室にいるようにしている。
話が逸れた。その授業開始時刻は9時10分。時間的に目安にしやすい9時ごろに、多くの生徒が教室に集まり、俺もまたその一人だから、そこまで朝早起きしないといけないわけではないのだ。
さて、だから、ゴールデンウィーク明けのダルさは一切なく、気持ち良くスタート出来たので、今日はとても清々しい気分だった。
そんな俺に、横から声をかけられる。
「圭吾」
「? あ、夏葉」
「もう帰り?」
「うん。今日はバイトも無いし、久々にフリータイムが待ってる感じ」
「なら、ちょっと付き合ってくれない?」
「ラウンドワン、ファイっ」
「ど突き合いじゃないから。少し、一緒に来て欲しい所があるのよ」
へぇ、珍しいな。何処だろう。
「あなた、ラウ1って知ってる?」
「ああ、うん。行ったことあるよ」
何度か。よく同級生と「負けた方が奢り」ってゲームやったっけ。でも俺が毎回負けるから、徐々に気を使われて誘われなくなったっけ。
「良かったわ。今度みんなでボウリングに行く約束したんだけど、私あんまり行った事ないから、一緒に来て欲しくて」
「良いけど、俺あんまボウリング上手くないよ」
いや本当に。ボウリングだけは次の日、筋肉痛になるしホントに死んじゃうから。
「大丈夫よ。とりあえず雰囲気とかルールとか理解出来れば良いの」
「なるほど……よし、行こ……あ、でも」
「何?」
「咲耶が怒りそうだなぁ。二人きりでボウリングなんて行くと」
「あー……」
咲耶、誘えば来るかなぁ。もう俺の身体はボウリングの身体になってしまっているんだけど。
ま、夏葉と仲良くなったっぽいし、一応聞いてみるか。
「呼んでも良い?」
「え、ええ、構わないわよ」
まぁ、来れなかったら来れなかったで、咲耶に何も言わず二人で遊ぶわけじゃないし、許してくれるかもしれないしね。
そんなわけで、咲耶に電話をしてみた。
『もしもし?』
早いわ。まだ呼び出し音鳴ってもないんだが。
「あ、咲耶? 今日暇?」
『あ、いや……今日は友達と遊ぶ約束があってね……』
「そっかー。じゃあ良いや。俺、夏葉とボウリングしに行くから一緒にどうかなって……」
『行く』
「え?」
聞き違いかな? なんか真逆の答えが聞こえたけど?
『行く』
「あ、やっぱそう言ってたんだ」
『何処のボウリング場かな?』
「夏葉、何処のでやる?」
「池袋とかどう?」
「池袋」
よし、決まりだな。
『じゃあ、今から一時間後に池袋で』
「お、おう……」
それだけ話すと、電話を切った。
「来るって?」
「うん……ただ、咲耶が一緒に遊ぶつもり友達に申し訳ないことしたな、と……」
「ああ……なんか、全部察したわ」
「……」
うーん……なんか、このままだと結局、夏葉と遊ぶ機会は無くなりそうだなぁ……。ちょっと、咲耶に色々と相談しておかないと。
×××
さて、ボウリング場に到着した。既に咲耶はラウ1に来ている、との事なので、ゲーセン内を探すことになった。
連絡を取り合うため、やむを得ずながらスマホをしながら歩いていると、隣の夏葉が声をかけてきた。
「ゲームセンターね……私、あまり来た事ないのよね」
「あれ、そうなの?」
「ええ。あなたには言ってなかったけど……私の家、お金持ちだから、あまりこういう所に縁がなかったの」
「ふーん……」
とはいえ、俺もそんなに来たことがあるわけではない。咲耶とバスケのシュートゲームと……あ、あと銃の奴とレースゲームをよくやってたくらいだ。
「なんかやってみる?」
「良いわね! やりましょう!」
うおっ、なんかテンション上がったな。もしかして、見た目より舞い上がってた? ずっとソワソワしてたのかも。
「じゃあ、ボウリング終わったらやろうか」
「わ、私、あれやりたいわ! ゾンビを撃つ奴!」
「撃つ奴、好きなの?」
「興味があるだけよ」
なるほどね。まぁ、でもやれば分かるけど「あ、所詮ゲームだな」って思うよ。やった後「楽しかった」って思い出しか残らないし。
実際、どんなにレースゲームやっても、車の運転は上手くならない。アクセルとブレーキの位置を予め学べるくらいだ。ドリフトやろうとして、教習所の先生に怒られたなぁ……。
とは言え「楽しかった」という思い出は人生で何物にも変え難い事だし、ゲームは嫌いじゃないけどね。
そんな話をしていると、後ろからバカでかい声が聞こえた。
「おお〜! ここが都会んゲーセンか!」
「恋鐘、声が大きいよ?」
なんか、独特の訛りだな……。てか、その後に続いた声って……。
「咲耶?」
「ふふ、こんにちは。圭吾」
「あ、もしかして君が噂ん圭吾くん?」
「そうだよ?」
なんか、咲耶の隣に立っているアホそうな女の子が声をかけてきた。もしかして……この子が咲耶の言ってた友達?
「あら、恋鐘じゃない。どうしたの? こんな所で」
「夏葉! うちは咲耶と遊んどったら、急に『ボウリングしよう』なんて言われたけん、来たところばい」
「そうなの」
あ、夏葉とも知り合いなんだ、その長崎弁少女。あまりその辺は触れない方が良いだろう。
つーか、それよりもいい加減、紹介して欲しいんだけど……まぁ、名乗るなら自分からだな。
コホン、と、咳払いし、ここは歳上の威厳を見せながら、恋鐘と呼ばれた少女に頭を下げた。
「初めまして。いつも咲耶がお世話になっています。黒崎圭吾と言います」
「ああ、ご丁寧にどうもありがとう。咲耶と同じユニットん、月岡恋鐘ばい」
「恋鐘……なんか、可愛い名前だね」
「え、そ、そう? ……えへへ、照れるばい」
気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く恋鐘さんを見ていると、横から夏葉が脇腹を突いてきた。
「ふぁひゅっ! な、何?」
「……バカ、あなた彼女の前でそういう事……!」
「は? ……あっ」
顔を上げると、咲耶が目の影を濃くして微笑んでいた。本当にキレ方怖い奴だな……いや、俺が悪いんだけどさ。何とか浮気とかそんなんじゃないことを伝えたいんだけど……でも、褒めた言葉を取り消すのは、恋鐘さんに悪いし……。
悩んでいると、咲耶が俺の方に近づいてくる。で、何を思ったのか、俺の後頭部を掴み、自分の胸に引き寄せて抱きしめられた。
「むぐっ……⁉︎」
「ひゃあっ……さ、咲耶、何しよっとっ⁉︎」
「この通り、圭吾は私の彼氏さ」
「か、彼氏ぃ⁉︎」
「声が大きいよ?」
さ、咲耶……くるしっ……てか、し、死ぬって……!
「こうやって、人のことを口説いてるかのように褒め言葉をぶつけて来るが、彼に下心は無い。大学二年生にしてようやく思春期に足を踏み入れた天然記念物だ。ナンパ男と誤解しないであげて欲しい」
「な、なるほど……?」
こ、呼吸が……ついでに、後頭部も痛ッ……!
「それ故に、優しさと心の強さがあり、いざという時は頼りになる男だ。……一応、言っておくが、恋鐘にも渡さないからね?」
「そがん人ん彼氏ば取るほど図々しゅうなかばい。それよりも……」
……あ、あれ……? なんか、意識が朦朧と……ていうか、なんか花畑が見え……。
「もちろん、夏葉にも渡さないからね。この子は、この世の誰にも……!」
「ああ、だから閻魔大王に引き渡そうとしているのかしら?」
「え? ……あ、け、圭吾……!」
不意に呼吸困難の障害が取り外され、酸素が大量に体内に吸収されると共に、口内と鼻内に溜め込まれた二酸化炭素を排出する。
「っ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った」
「ごめんよ……大丈夫かい?」
「へ、平気……」
慌てて俺はハンカチで口元を拭う。涎がちょびっと垂れてた。
「あ、咲耶。胸元に圭吾くんの涎ん跡が染みとーばい」
「あ、いや拭かなくて良いよ」
「え? でも、せっかく綺麗なシャツが台無しに……」
「いいから」
「……」
ふぅ……ようやく、朦朧としてた意識が戻ってきた。なんか誰かが話してた声が聞こえてたけど、まぁ良いや。
「大丈夫? 圭吾」
「大丈夫。徐々に、脳に酸素が回ってきた」
「そんなことを自覚できる程に弱っていたのね……」
それよりも、だ。そろそろ話を進めないと。
「で、ボウリングだけど……咲耶、恋鐘さんも一緒って事で良い、のかな?」
「うちの事は恋鐘で良かばい」
「ああ、そういうこと。ちょうど、二人でこの辺の遊び場を回っていたところだったからね」
「夏葉はそれで良い?」
「ええ。構わないわよ」
決まりだな。早速、四人でエレベーターに乗った。俺が最初に乗り込むと、ボタンを押すところの前に立ち、開くボタンを押しておく。その後に続いて、夏葉、咲耶、恋鐘と乗り込んでいった。
「! こ、恋鐘!」
「な、何⁉︎」
ま、まさか、この子……!
「身長、いくつ……?」
「え? 165センチばってん……」
「……」
……お、同じか……なあんだ。じゃあ良いや……。
「ちなみに、恋鐘は今年、高校を卒業したばかりだから、圭吾の一つ下だよ」
「んなっ……⁉︎」
つ、つまり……伸び代的には、俺よりも上……。
「……はぁ……」
「ふふっ……そう落ち込まないで、お姫様」
「い、一体、何事……?」
「気にしなくて良いわ、恋鐘。彼、身長がコンプレックスなだけだから」
「ああ、そがんこと……」
はぁ……未だに、俺の知り合いで俺より小さい人は見たことがない……。もしかして、これから先、知り合う人はみんな俺より背が高いんじゃないだろうか……。
思わずしゃがみ込んでいると、その俺の肩に手が添えられた。顔を上げると、恋鐘がニコニコしながら同じようにしゃがんでいた。
「……?」
「男ん子がそがんこと気にしてんしょんなかばい。低身長も立派な個性やし、誇るる事。そん圭吾くんが好きな人は大勢いるもん!」
「恋鐘……」
「やけん、しゃきっとせんね!」
……そうだ。こんな事、今に始まった事じゃないし、そういう俺を好きになってくれた咲耶や夏葉がいる。落ち込んでいる場合じゃない……!
「恋鐘ー!」
「ふふ、元気になったんなら良かった。良か子やなあ」
思わずハグしそうになった時だ。グイッと後ろから引っ張られる感覚。何かと思って振り返ると、咲耶が再びカゲった笑顔で俺を見ていた。
「ふふ、いい加減にすることをおすすめするよ?」
「あ、いや……今のは……」
「恋鐘も、彼を喜ばせるようなことを言うのは禁止だ。彼を喜ばせて良いのも、怒らせて良いのも、辱めて良いのも私だけだよ」
「……咲耶…………」
あまりの恐怖に、何を言われたのかイマイチ覚えていないけど、とにかく謝った。