キャバクラとか行ったらカモられるタイプ。
6月、それは梅雨の季節。洗濯物が乾かない……というか干せない季節なわけで、一人暮らしには大敵だ。
何せ、少ない衣服でやり繰りしないといけないんだから、それはもう手間オブ手間である。死んじゃうよ、こんなの。
そんなわけで、この期間は乾燥機にかける必要がある。ホントこの辺の費用が勿体ない。毎日、天気予報を見ておくのは必須だ。
さて、そんな雨の中なので、身体を動かすにもジムに行くしかないが、それは金が掛かる。ただでさえコインランドリー代に金が掛かるのに、それ以上は使いたくない。
なので、家で出来る筋トレや、傘を持って外に出て散歩したりしていた。雨は好きじゃないけど、だからこそ家にいて何もしないのは雨の思う壺な気がする。
さて、今日はどうしようかな。とりあえず電気屋でウィンドウショッピングでもするかな。手の届かない家電……特に、うちのベランダの窓と同じくらいの面積を誇るテレビを見るのは楽しい。
そんなわけで、近くの電気屋まで歩いて行った。到着し、テレビを眺める。映っているのは、昼のバラエティみたいな番組。いや、ワイドショーといった方が良いのかな?
出ているのは、咲耶と恋鐘だ。他にも同じユニットのメンバーが三人いた。こうして、咲耶や恋鐘、そして夏葉をテレビで見かけることは多くなった。本当に凄い奴らが友達だったりカノジョだったりするんだよな、俺。
そんな時だ。咲耶の顔を見た直後、脳裏に何かがよぎった。なんか、こう……重要なイベントが近いような、そんな感覚だ。
「なんだ……?」
……思い出せないんだが……うーん、なんだろ。確か毎年開いてたけど、去年だけはできなかった事……。
と思って、ふとスマホを見た時、目に入ったのは、日付。
「……あっ」
ヤバい。一週間後、咲耶の誕生日だ。
×××
「そんなわけで、恋鐘。咲耶の誕生日なんだけど、なんか良い案ある?」
早速、頼りになりそうな人に電話をかけた。主に、予定の面で。どうせやるならみんなで楽しくワイワイやった方が良いかなって思ったし、ここは同じグループの恋鐘に聞くのがベストだと思った。
『うーん…… ごめんね。実は、当日はもうL'Anticaんみんなで祝うって約束してしもうてると』
「あ……なるほど」
それなら仕方ないか……次の日でも良いかなぁ……。でも、あれで子供っぽいとこあるし、当日に祝ってあげないと拗ねちゃう気がする……いや、でもユニットの人達だって同じくらい咲耶を想っているだろうし「譲れ」なんて図々しいことは言えない。
「じゃあ、次の日で良いかなぁ……」
『あ、でも……』
「ん?」
『うちと咲耶以外は寮以外で暮らしとーけん、解散ん時間は早めばい』
「あー……なるほど?」
その後なら空いてる、と。でも、次の日に咲耶が仕事だったら困るし……まぁ、その辺は咲耶と相談して決めるか。
「サンキュ、今度なんか奢るわ」
『別に気にせんで良かばい。それよりも、プレゼントは何ば渡すと?』
「え? うーん……何にしようかなぁ」
『ちゃんと考えて決めんばいかんばい。咲耶も女ん子やし、圭吾と違うてちゃんと心も成長しとーとやけん』
「分かってるけど……え? 最後なんて言った?」
『さりげのう本人に聞いてみた方が良かと思うばい』
それだけ言うと、恋鐘は通話を切った。
うーん……さりげなく本人に、か……。確かに、今までは手作りケーキとか、手作りネックレスとか、手作りミサンガとか、手作りセーターとか、手作りマフラーとか、とにかく色々、作り方を母ちゃんや玲奈に教わって、作ってあげてたけど、そういう手元で作れるものもネタ切れが近付いてるし、そろそろ咲耶の欲しいものとか、そういうのを探すか。
そうと決まれば、まずは本人に色々と聞いてみないとな。とはいえ……出来るならサプライズで渡したいし……。
うん、なるべく自然な感じでデートに誘ってみよう。
そんなわけで、早速、電話をかけてみた。相変わらずノーコールで電話に出るなこいつ。
『もしもし?』
「ウインドウショッピングに行こうぜ!」
『え……?』
うん、かなり自然に誘えたと思う。
×××
「いやぁ、耳を疑ったよ。まさか、圭吾がショッピングとか言い出すなんて」
電話をかけた翌々日、ちょうど空いていたので、二人で遊びに来た。
「え、なんで?」
「昔から買い物とか大嫌いだったじゃないか。とにかく落ち着きがなくて、表で体を動かしていた方が好きだっただろう?」
「そ、そう?」
あれ……ふ、不自然だったかな……? や、でも今は割と買い物とか行くし……日用品とかの……。
「その上、ウインドウショッピングとは、何かあったのかい?」
「な、何もないよ! 誰の誕生日でもないし!」
「あっ……(察し)」
「ほら、行こう! あ、欲しいものあったら言えよ? か、買ってあげるつもりはないけど……」
「ふふ、そうか」
ニコニコ微笑みながら、咲耶は俺と手を繋ぐ。……柔らかくて暖かい手だな。なんか、昔は咲耶と手を繋ぐと、姉と弟みたいに見られるから嫌だったけど、今は別に嫌じゃない。むしろ、なんか……こう、少し心地良い。なんだろう、手を繋いで心地よいって。自分で自分がわからないや。
そんな話はさておき、早速、情報収集だ。とりあえず、女の子が好きそうな店の前を歩いている。
「圭吾、少しそこのお店に入ってみても良いかな?」
「よしきた! じゃなくて、入ろう。うん」
なんだ? 何が欲しい? あ、でもあんま一人で買いに来づらいものはやめてね。スカートとか絶対、買いに来れないし。
お店はブティック。恋鐘の言う通り、咲耶も女の子みたいだ。やはり自身をより良く見せるために、おしゃれとかに気を使ったりしているみたいだな。
服と言えば……そういや、前々から気になってた事があんだよね。
「咲耶ってさ、私服でスカートとか履かないの?」
「う、ん……そうだね。あまり履かないかもしれない」
「なんで?」
「それは勿論、圭吾と身体を動かすためさ。制服では、流石にそういうわけにもいかないけどね」
……つまり、俺の所為か……。もしかしたら、今まで着たいスカートとかあったのかもしれないな……。
レディース服を手に取り、鏡の前で自分の身体に当てている咲耶を眺める。やっぱり、割と真剣だ。
「……あー、咲耶?」
「何?」
「あれだ。これからは、運動とかだけじゃなくて、たまには買い物とか映画とか遊園地とか……そういうとこも出掛けよう。だから、スカートとか、そういうのも履いてみて欲しい、みたいな……」
いや、履いて欲しいっていうのは変だな……でも、履いても良いよ? って許可するのも変な気がする……。
ていうか、実際、少し履いて欲しいんだけど……でも、それを言うのはなんか恥ずかしいし……。
どう言ったら良かったのか、言ってから模索していると、咲耶がクスッと微笑んだ。
「ふふ、ありがとう。でも、私は単純にパンツの方が好みなんだ。だから、気にしないで」
「そっか……」
「まぁ、圭吾が『履いて欲しい』と言うのなら、話は別だけどね」
「……」
またこいつはそういう意地悪を平気で……。いや、正直、少し履いて欲しいけど……。……でも、それを履くということはつまり、俺以外の男も「咲耶の私服スカート」という恩恵を受けるわけで……それは少し耐え難い。なんで18年一緒にいてまだ見れていない俺と、他の男が初めてスカートを履く咲耶を見るのが同時期になるのか意味分かんないし。
……でも、咲耶のスカートかぁ……。今、言わなかったらこの先、タイミングは失われるんだよなぁ。というか「この前はいいって言ったじゃん」とまた意地悪を言われる未来が見える。それはちょっと嫌だ。
何より、咲耶ってイケメンとかカッコ良いとかテレビで言われてるけど、それ以上に普通に可愛いとこあるんだからな。
そんな咲耶がさらに女の子らしい格好したら……もう、どうなるんだろ。
いや、そこじゃなくて……どうしよう。なんとかして、スカートを履いてもらうには……あ、そ、そうだ! 俺が買えば良いんだ!
「咲耶、お尻のサイズ教えて!」
「87だけど……女性にスカートをプレゼントするのはおすすめしないよ?」
「あ、そ、そうなの? じゃあ……どうしようかな……ん?」
あれ? なんでプレゼントって、思ったんだ? もしかして、サプライズがバレたか……?
「……バレた?」
「何が?」
「や……なんでもない」
バレてないなら良いか、うん。とはいえ、スカートはやめておいた方が良いと……。
再び、店内を見回る。咲耶が体に当てている、様々な種類の服は、どれを着ても綺麗に見えるのだろう。
けど……そうだな。多分、一緒にいる以上は俺も何か言った方が良いのだろう。せめて「こっちの方が好み」くらいの事は。
そのために、咲耶が今、手に持っている二枚のカーディガン、どちらが良いのかを考えていると、ふと咲耶の手首が目に入った。
「あれ、咲耶。その手首の奴……俺が昔あげたミサンガ?」
「そうだよ。……今更、気が付いたのかい?」
「あ、いや……ま、前から気付いてたよ?」
いや、本当に。ただ俺があげたもんだとは思ってなかった。だって、それあげたの小5の時だし。
「……そういえば、当時に何をお願いしたのか、教えてくれなかったよね。まだ叶ってないって事?」
「そういうことになるね」
てことは、やっぱあの時は何か祈りながら結んでたのか。なんかやたらと真剣な顔で結ってたもんな。
「何願ったん?」
「内緒」
「えー、なんでさ」
「叶ったら教えてあげるよ」
またそれを言う……。
「圭吾には言っていなかったけど、私はもらったものは実家から全て持ってきているんだよ」
「え?」
だって、もうサイズ小さいでしょ。今の俺のジャージも壊すくらい育ったんだから。
「着れるの?」
「まさか。でも、圭吾が私のために作ってくれたものだろう? 墓場まで持っていくよ」
そのセリフ、普通は秘密を隠すときに使うもんだと思うんだけど……でも、咲耶がそんな風に言ってくれるのは嬉しいな。そんなに大事にしてくれていたんだ。
……待てよ? ってことは、今年も手作りの何かの方が良いってことかな。でも、流石にもう作れそうなものは全部、作った感じあるし……。
「あー……さ、咲耶。これは全然、誕生日とか関係ない質問だけど……何か、欲しいものとかある?」
「……ふふ、君は本当に可愛いね」
「な、なんで? てか可愛いとか言うな。てか、何が? 何を以ってして?」
「何でもない」
笑顔で誤魔化した咲耶は、顎に手を当てて考える。
「そうだな……私は、好きな人との思い出があればそれで十分……」
「そ、そう言うんじゃなくて!」
「……と、言われるのはわかっていたから、敢えて挙げるとすれば、もうすぐ夏だからね。それに応じたものが欲しいかな。特に、ここ数年の夏の日差しはキツそうだからね」
夏、夏か……思いつくのはタオルとかハンカチとか……女性なら日焼け止め、汗拭きタオルとかスプレーとかだけど、その辺は作れないから無理として……。
えー、でもタオルやハンカチって……セーターやマフラーをあげた後で、それはなんか少ししょぼい気もするんだよな……。
日差し、日差し対策……ん?
「……なるほどね。決まりだ」
「決まったのかい?」
「決まった!」
「ふふ、楽しみにさせてもらうよ」
よし、そうと決まれば……あ、いや、せっかく咲耶と出掛けてるんだし、今日の所はこのまま買い物でもしていよう。
×××
大学に来ていろんなものを学んだわけだが、まさに今、それを活かす時だ。
作る事にしたのは、日傘だ。作れるの? と思うかもしれないが、その作りは単純。ビニール傘とかは捨てるのに楽出来るよう、簡単に骨とビニールを引き剥がせるようになっているし、材料さえあれば何とかなるだろう。
しかし、問題は時間だ。あと一週間で仕上げなければならない上に、今週は夏に備えてバイトをたくさん入れてしまった。
「……今週は、しばらく徹夜だな」
まぁ、一週間くらい何とかなるさ。明日は土曜日、バイトは10時〜17時。入店前に作り方を調べて材料をリストアップして、バイトが終わってから買いに行って、どうしても無理そうなものがあれば大学の先生に聞いてみよう。
で、帰ったら早速、作り始めて……うん。なんとかなるね。そう決めると、とりあえず今日の所は咲耶とのデートを楽しんだ。