俺は咲耶に弄ばれる。   作:バナハロ

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保護者の悩み(4)

「じゃ、またね」

「ああ。みんな、今日はありがとう」

 

 6月27日。その日は、白瀬咲耶の誕生日である。従って、ユニットメンバーが揃ってのパーティが開かれていたが、明日も仕事のメンバーがいるので、19時には解散することになった。

 で、同じ寮に住んでいる咲耶と恋鐘も自身の寮に戻る事にした。明日は、咲耶はお休みだ。色々ともらった誕生日プレゼントを抱えて、恋鐘と並んで歩く。

 そんな時だ。スマホが鳴り響いた。

 

「咲耶、携帯鳴っとーばい」

「ごめん、恋鐘。ポケットから出してくれないかな? 両手が塞がってて」

「ほいほい」

 

 言われて、恋鐘は咲耶のポケットからスマホを取り出す。表示された画面に出ている名前は、黒崎圭吾の文字。

 

「誰からかな?」

「ふふ、咲耶にとって、とーっても大事な人ばい」

 

 それだけで誰からか分かってしまった咲耶は、少し嬉しそうに微笑む。今日、彼からまだ「おめでとう」とは言ってもらえていない。

 やっと来たか、と思って、恋鐘に耳に当ててもらって電話に出た。

 

「もしもし?」

『咲耶? 今、暇?』

「暇と言われれば暇だね。今、帰宅中だよ」

 

 かけてきた要件は分かっている癖に、そうやって勿体ぶって言う辺り、本当に彼のあたふたしている姿を見たり、声を聞いたりするのが好きなんだな、と恋鐘は少し微妙な表情になる。

 咲耶がそういう意地悪な面を見せるのは、恋鐘の知る限り圭吾だけだ。その分だけ愛されている、と言えば、まぁ微笑ましくはなるのだが。

 

『じゃあさ、俺の部屋に来てくれない?』

「ふふ、こんな時間に女子高生を部屋に誘うなんて、いけない人だね」

『え、なんで? 犯罪なの?』

「……」

 

 相変わらずその手の話に疎い男である。通じなかった咲耶が、電話越しに頬を赤らめているのを見て、恋鐘は正直「ザマァ」と思ってしまった。

 

「……ま、まぁ、分かったよ。と言っても……私も荷物が多いから、一度、寮に戻る必要があるから、その後で良いかな?」

『良いよ。待ってる……あ、駅に着く時間だけ教えてね』

「分かった。じゃあ、またね」

 

 それだけ伝えると、電話を切れる音がしたので、恋鐘にスマホを離してもらった。少し、声がいつもより低くかった気がするが、何かあったのだろうか? まぁ、その辺は行けばわかることだ。

 

「よし、恋鐘。なるべく早めに寮へ戻ろう」

「ふふっ……」

「? どうしたんだい?」

「咲耶、嬉しそうやなあ」

「そうかな……まぁ、そうだね。好きな人に祝ってもらえる、と言うのは、やはり嬉しいものだよ」

 

 本当に嬉しそうな咲耶を見て、恋鐘も少し嬉しく思えてしまう。まだ短い期間だが、咲耶という人間が少しずつわかってきたところだ。自身を喜ばすより、他人を喜ばせることを得意とする彼女が、こうして嬉しそうにしている姿を見るのは中々ない。

 というか、そもそもこの前のボウリングで、初めて圭吾と相対した咲耶を見て、かなり彼女への考えが大きく変わった。

 どんなに王子様気質でも、どんなにネガティブな感情はあまり表に出さないようにしていても、どんなに大人っぽくて大人しめな上に勉強や運動が完璧でも、たった一人の愛する男性の前では、乙女へと成り代わってしまうのだ。

 

「咲耶は可愛かね」

「っ、な、何かな? 急に……」

「ふふ、なんでもなか」

 

 楽しそうに首を横に振るう恋鐘。そういえば、もう一つ女子らしい所があった。意外と、可愛いと言われなれていない所だ。

 もし、一応は彼氏である圭吾が無事に思春期を終え、女の子を「可愛い」と言えるようになった時、咲耶がどうなってしまうのか、少し楽しみになってきた。

 

「咲耶、楽しんどいでね」

「……うん。ありがとう、恋鐘」

 

 それだけ話しながら、ひとまず今は帰宅した。

 

 ×××

 

 帰宅してから、改めて電車に乗った咲耶は、ガタンゴトンと揺られながら埼玉へ向かう。

 今の今まで誘いの連絡がなかったのは、サプライズのつもりだったからだろう。残念ながら、いざという時にならないと隠し事も出来ない子なのでバレバレではあったが、まぁサプライズなんてしてくれなくても嬉しいので、普通にウキウキしている。

 プレゼントは、一体何を作ってくれたのだろうか? どんなものであっても……それこそ、それが一般的にどんなに使えないものであっても受け入れる所存だ。圭吾から貰ったものは、お菓子の包み紙まで余りなく保管してある。

 ……もし、万に一つの可能性として……恋人同士が一つ屋根の下で行うような、そんな行為に発展するとしても、覚悟はある。

 まぁ、十中八九ないだろうけど、せめてキスくらいは……なんて思っているうちに、駅に到着した。

 

「にへへっ……」

 

 変な笑みを漏らしつつ、電車を降りてエスカレーターを上る。割と降りる人は多い駅で、従って大量の人が溢れかえっていたが、一発で圭吾のいる位置を視認できた。

 ……それ故に、何処か身体の様子がおかしい事も一発で見抜いた。

 

「あ、さ、咲耶〜……」

「圭吾⁉︎ か、顔真っ赤なんだけど……な、何があった⁉︎」

「赤くないよ……」

「それは無理だよ!」

 

 嘘が上手いとか下手とか、そう言うレベルでない赤さだった。サウナでも入っていた……というか、現在進行形で入ってる人のようだ。

 慌てて駆け寄り、額に手を当てる。が、思わずその手を引っ込めてしまうほど熱かった。

 

「す、すごい熱じゃないか……!」

「ないよ?」

「だから無理だよそれは!」

 

 半ば強制的に、咲耶は圭吾をおんぶして持ち上げる。かなり背中が熱く、息も荒立てていて、不思議と良い匂いが漂って……って、違う。匂いは関係ない、元からだ。

 煩悩を振り払いながら、全然年相応ではない筋トレしているのに柔らかさのある身体を持って歩き始める。

 

「まったく……どうして、風邪をひいてるのに誘いの連絡をくれたんだ?」

「だって……咲耶、誕生日だし……」

「そんな無理しなくて良いのに……あまり、私に心配かけさせないでくれ」

「ごめん……」

「ふふ、まったく。仕方のない子だ」

 

 しかし、今年の風邪は割とイレギュラーな時期に発症した。大体、真夏か11月と言う涼しくなる時期か、真冬かなのだが、6月という半端な時期に風邪を引くのは……いや、何度かあったが、それでも珍しい方だ。

 

「何か、無茶でもしたのかい?」

「して、ない……」

「したんだね……」

 

 多分、6月と言えば、たまに圭吾が「青春ごっこだああああ!」とか言いながら、雨に濡れつつもダッシュして風邪を引くことが結構あった。まさか、大学生になっても変わっていないとは思わなかったが。

 

「まったく、バカだな……」

「うぐっ……」

「その上、私の誕生日を祝おうとしてくれるなんて……気持ちは嬉しいけど、まず風邪を治すことを考えてくれないと……」

「……ごめん」

 

 もう完全にしゅんとしてしまっている。気持ちは、咲耶にも分かる。何せ、サプライズで祝おうとした日に限って風邪を引いてしまったのだ。その上、おそらくプレゼントに手作りのものを用意してくれているし、一生懸命、準備したものがダメになるのは悔しいし、強行したくなるのだろう。

 しかし、だからと言って無理をして良いと言うわけではない。一番大切なものは、やはり身体だし、健康であることが一番なのだ。相手を想うばかりで、自分の身体に気を使えないのは如何なものだろうか。

 それに、相手に風邪をうつす可能性を考慮すれば、むしろ我慢することも覚えた方が良い、と言う考え方もある。

 それらを考えた上で、だ。咲耶は、思わず頬を赤らめてニヤけるのを抑え込むしかなかった。何故なら……圭吾を犯した風邪が自身に移るのは大歓迎だからである。

 

「圭吾、苦しかったら、遠慮なく呼吸すると良い。私に移してしまうかも、なんて事は考えなくて良いからね」

「う、うん……」

 

 弱々しい返事しか来ない。ある意味では、これ以上にない誕生日プレゼントと言えるだろう。

 そのまま二人で、圭吾が借りているアパートに到着した。場所は駅から7〜8分辺りの場所なのが助かった。玄関を開けると、直後、パッカァーンと何かが降ってきた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 ビックリして顔を上げると、真上にはくす玉が下げられてあった。如何にも手作りといった感じのくす玉で、中には「咲耶、誕生日おめでとう!」と全力で描かれてある。

 驚くべきは、そのクオリティ。美術部の人にでも頼んだんですか? と言わんばかりの字体を、クレパスで表現している上に、大量の紙吹雪が舞い散った。

 

「……あ、さ、さくっ……咲耶……」

「な、何?」

「……げんかんに、入る前、に……俺を、降ろして……」

 

 そう言いながら、弱々しく圭吾はポケットからクラッカーを取り出す。が、それを落としてコロコロと転がしてしまう。

 

「……」

 

 中々の気まずさである。もう入っちゃったし、何もかも御見通しである、しかし、それらを把握できないほどに弱っているのか、と思うと、ぼやぼやもしていられない。……と言うか、少し気合入れすぎではないだろうか? 

 なんであれ、早く寝かせないといけない。いまの電気のスイッチを探し、押すとパッと目の前に現れたのは、垂れ幕だった。そこには「白瀬咲耶18歳誕生祭」と書かれている。

 その上、壁の一箇所ずつに紙で作った花が飾られていて、部屋の中央にあるちゃぶ台には、二人分のチーズケーキが置いてあった。

 よくよく嗅いでみると、部屋の中には濃厚なチーズとコーヒーの香りが充満していて、立っているだけでも食欲がそそられる。

 

「……さ、咲耶……たぶん、パーティでたくさん食べてきたとおもうから……量は控えめ、だけど……けーき、用意したから……」

「あ、う、うん。分かったよ。とりあえず寝て?」

 

 もう見たよ、と言う前に、とにかく安静にしてもらうことにした。大体、風邪の原因が分かったからだ。

 布団を敷き、その中に彼を置き、さらにその上に掛け布団を掛けてやろうとした直後……布団の下から、プレゼント箱が出てきた。

 

「あ……咲耶、布団の下は……見るなよ……別に、プレゼントとか……隠してない、けど……」

 

 もう勘弁して欲しかった。完全に見なかったことにして、一先ず布団をかけてやる。自身の誕生日のために、これでもかと言うほど用意してくれた現場で、用意してくれた本人は床に伏し、自分は普通に座っている。

 ……やはり、中々の気まずさだった。

 でも、嬉しかった。体調を崩してまで、気合入れてまで準備してくれていたことが。

 だからこそ、ここからは真剣に看病しなければならない。煩悩に負けるのは終わりだ。

 

「……圭吾、ケーキもプレゼントも、明日じっくりいただくとするよ。だから、今は休んで」

「……う、うん……」

 

 素直な返事をしながら、圭吾は布団の中で目を閉じる。それを見てホッと一息つきながら、続けて聞いた。

 

「圭吾、ご飯は食べたかな?」

「食べた」

「なら良い。今夜は、眠るだけにしよう」

 

 そう言いながら、咲耶は圭吾の頭を撫でる。わんぱく小僧のそれとは思えない程、綺麗な髪だ。こういうところがまた可愛らしさを強調している……とは、口が裂けても言えないわけだが。

 さて、そろそろ色々と世話をしてやらねばならない。その為に、まずは部屋の中を物色した。使えそうなものはあるのだろうか? 

 

「……って、物が少ないな……」

 

 一人暮らしの大学生ならこんなものなのだろうか? 部屋の間取りは居間と台所と洗面所のみ。その中の居間にあるものは、ちゃぶ台とタンスとクローゼットとパソコンとテレビだけだ。

 タンスの中を覗いてみたが、服や靴下、タオルなどしかないので、別の場所を探す。と言っても、あとはクローゼットくらいだが。

 中を開けると、冬用のコートやスポーツ用品が入っていた。逆に言えば、それしかない。

 

「救急箱はないのか……」

 

 つまり、冷えピタなど存在しないわけで。そうなると、古典的だがタオルを濡らして額に乗せるしかない。

 タンスから適当なタオルを取り出し、台所で濡らして絞ると、目を閉じている圭吾の額に乗せる。

 

「ひゃっ……冷たっ……」

「……」

 

 ひゃっ、じゃないよ、と頭の中に浮かんだ。男の子だよね? と言わんばかりだ。あんまり可愛いリアクションはしないで欲しい。風邪をひいている時というのは、どんな奴でも頬が赤くなり、息が乱れる。つまり、少し色っぽくなるわけだ。

 実を言うと、キチンと中学二年生で思春期を迎えた咲耶はその頃から色々と彼に対して我慢していた。それは、今も例外ではない。

 とにかく、今は理性で頭を押さえ付けなくては。真面目に看病すると決めたばかりだろうに。

 

「ふぅ……よし」

 

 深呼吸して、気を引き締める。今のうちに、机の上のケーキを冷蔵庫にしまい、代わりにコップに水を注ぎ、圭吾の枕元に置く。

 

「圭吾、横に水置いたよ」

「あ、ありがと……」

 

 弱々しいお礼と共に、圭吾は身体を起こして水を口に運ぶ。が、その直後、大きく目を見開いた。

 

「だ、ゲホッ、ゴホッ……!」

「だ、大丈夫⁉︎ どうした?」

「変なとこ、入った……」

「そ、そっか……」

 

 良かった、変な咳とかではないようだ。

 再びタンスの中を漁り、タオルを取り出すと口元やパジャマ、布団を拭く。そんなガッツリ吹いてしまったわけではないので一応、布団は大丈夫そうだが、パジャマは着替えた方がよさそうだ。

 吹いてしまった水が手ごと濡れてしまったコップと、拭き終えたタオルを机の上に置くと、タンスの中を漁った。

 

「圭吾、パジャマは何処?」

「洗面所の……カラーボックスの中のかご」

「了解。新しい水も注いで来よう」

「ありがと……」

 

 机の上に置いたコップを再び持つと、まずは流しに向かった。

 

「……」

 

 思わず、無言でコップを見下ろす。そう言えば、彼はこれに水を吐いたのだった。それは当然、唾液も混入しているわけで。

 そういえば、再会は果たしたけど、なんだかんだまだ間接キスとかそう言うのもしていない。飲み物は各々で買うだけの資金も手に入れているから、そもそも機会がないのだ。

 

「っ……はぁぁ〜……」

 

 目の前にある、というだけで、少し興奮して変に深いため息が漏れてしまう。つまり、これから目の前にあるコップに対し、自分は如何様にもできると言うわけで。

 ペロッ、とだけ、一舐めだけしてみようかな、なんて思った時だ。

 

「けほっ、けほっ……」

「っ……!」

 

 圭吾の咳が聞こえ、慌ててコップを机に置いた。自分は一体、何をしているのか。煩悩には負けないと決めたばかりだ。

 慌ててコップを軽く流して(名残惜しいが)水を注ぎ直し、先に机の上に置いた。

 

「ご、ごめん。遅れてしまった」

「や、平気……」

「水、ここに置くからね」

「ありがと……」

 

 そう言って、咲耶は続いて洗面所に入った。鏡を見ながら、自身の頬を軽く叩く。まったく、どうしようもない。再開してから三ヶ月目だと言うのに、未だに彼にまだ依存しているようだ。

 正直言って、もう彼と離れ離れになるのはゴメンだ。離れている間、どんなに連絡を取っても、寂しさが晴れることはなかったのだから。

 それ故に、彼を物理的に感じたいと言う感情が、たまに抑えきれなくなることがあった。

 でも、それはやはり時と場合を考えなければならない。彼は、苦しそうにしている。そういう時くらいは、ビシッと気を引き締めないといけないだろう。

 そう決め、とりあえずカラーボックスの中の箱を引っ剥がすと……! 

 

「……!」

 

 パンツが入っていた。ボクサータイプの。それにより、再び脳内のスイッチが切り替わった。

 パンツ、それは男女問わず異性の希望。たかが布切れと思うなかれ、人の身体に一番密着し、人間のトップシークレット部位を的確に隠すエロスの塊は、中には「生尻よりパンツの方が良い」という人もいるくらいだ。

 圭吾と咲耶は別心別体だが、一蓮托生。圭吾に全てを捧げると咲耶が心の中で誓った以上、圭吾が、せめて思春期を迎えるくらいしないと、咲耶も思春期から脱することはできない。

 そして今、咲耶の目の前には禁断の果実が束ねてある。

 

「ーっ……!」

 

 今まで、圭吾の着替えなんて何度も見て来た。それでも、意識してしまうものは意識してしまう。

 ……つまり、目の前のものが気になって気になって仕方ない。どうしようか、まずはテイスティングからだろうか……? 

 

「咲耶……? 遅いけど何かあっ……」

「ギャー!」

「ギャー⁉︎」

 

 直後、背後から声がかけられ、思わず悲鳴を上げてしまった。普段の王子からは考えられない悲鳴に、圭吾もつられて声をあげてしまう。

 大慌てで咲耶はパンツを手に取ろうとした手を引っ込め、振り返った。汗だくの圭吾が、息を荒立てながら背後に立っていた。

 

「ハッ、ハァ……ッ……け、圭吾……?」

「な、何してんの……?」

「あ、いやすまない。パジャマが入っているカゴかと思ったら、パンツの方を開けてしまって……」

「あそう……」

「心配をかけさせてしまったね。先に布団に戻っていなさい。私もすぐ戻るから」

「は、はい……」

 

 即座に脳内スイッチを切り替え、ご奉仕モードで声を掛ける。その反応速度と切り替えは流石だが、それと同時に自己嫌悪も早い。ホント、決心したそばから何をしているのか、自分は。

 

「……なぁ、圭吾……」

「? 何?」

「私を、ビンタしてくれないか」

「き、急にどうしたの⁉︎」

 

 それくらいして欲しいものなのだが……まぁ、彼はそう言ってもしてくれないだろう。

 とりあえず、自分の中にケジメをつけるしかない。だいじょうぶだ。結果的に見れば、だが、まだ自分は行動を起こしていない。このままギリギリまで我慢するしかない。

 改めて、パジャマを持って圭吾の元に戻った。

 

「圭吾、着替えを持ってきたよ」

「あ、ありがと……咲耶、顔赤いけど大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 

 適当な返事をしつつ、圭吾にパジャマを手渡す。受け取り、早速、圭吾は着替え始める。その様子を、咲耶はガン見……しようとしたが、流石に自重した。ここを我慢すれば、今日一日、耐えられる気がする。

 そう決めて、今は目を背けた。そろそろ良いかな? と思った頃に振り返ると、圭吾は予想通り布団の中に入っていた。

 目を閉じたまま、再びタオルを頭に乗せている。

 

「……」

 

 その枕元で、咲耶も膝をついた。そういえば、今日はどうしようか。このままこの部屋に泊まっていても良いのだろうか? 一応、明日はオフなのだが……でも、泊まりは流石にマズイ気もする。いくら幼馴染でも、対外的に見たら学生が若気の至りで過ちを明かしたようにしか見えないだろうし、人に見られる職業なら尚更だ。

 ここは一つ、明日の朝イチでここにくるとして、今日の所は……と、思った直後、咲耶の手の上に、弱々しい力が加わった。

 圭吾が、控えめに手を伸ばして握って来ていた。

 

「圭吾……?」

「咲耶……今日は、泊まっていける……?」

「勿論」

 

 対外的な視線とか知ったことか、と言わんばかりだ。今日はここでずっと添い遂げると決めた瞬間だった。

 その返事を聞いた直後、圭吾は赤くなった顔のまま、にっこりと微笑み、咲耶の頬に触れた。その笑顔は、思わず咲耶の理性を揺さぶらんばかりのものだった。

 

「俺……咲耶が、幼馴染で良かった」

「ーっ……!」

 

 そう言って、再び目を閉じて天井に顔を向ける圭吾を見て、咲耶の心臓は加速する。ドッドッドッドッと胸の奥から吐きそうなくらいに鼓動が全身へ響き渡り、自身の顔も赤くなっていくのがわかった。

 それと同時に、折角、理性という名の蓋をしていた本能が、再び目を覚ます。今まで、もう咲耶が14歳……恋愛感情で言えば10歳の頃から我慢していたものがフツフツと顔を出し始める。

 その上、今日だけで我慢は三度目。流石に限界が近い。

 そんな中、電車の中で思っていた事が、ふと脳裏に浮かんだ。

 

『キスくらいなら、良いんじゃないだろうか』

 

 と。

 

「圭吾」

「スヤスヤ……」

「……圭吾?」

 

 寝ている。身体に疲れが溜まっていたのだろう。だからこそ、咲耶にとっては好機でしかなかった。

 握られた手を強く握り返すと共に、反対側の枕元に手を置き、姿勢をかがめる。目を閉ざしたままの圭吾の口元に、頬を赤らめたままの咲耶の唇が近付いていく。

 

「ーっ……」

「……」

 

 六畳一間の部屋の中で、二人の影の一部が重なり合った。

 

 ×××

 

 勿論、翌日になって、純真無垢な笑顔でプレゼントを受け取った咲耶は、昨晩の行為をとても恥じる他なかった。その日以降、圭吾の顔が、なんとなく見づらくなってしまった。

 

 

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