今までしていたことを、そのまま返されました。
大学の夏休みは、高校より少し遅い。その代わり、夏休みの終わりも遅い。当たり前に聞こえるかもしれないが、高校が7月後半から8月までなのに対し、大学は8月頭から9月の後半までだ。
つまり、1〜2週間分ほど期間が違う。初めて知った時は驚いたけど、正直「良いのかな」って感じが否めない。だってほら、学費払ってもらって一人暮らしまでさせてもらってるのに、そんなに休んで良いの? って感じ。
まぁでも、大学側が講義をしない以上、俺はどうすることもできないし、お盆に帰るとして、しばらくはこちらで生活するつもりだ。
けど、問題が一つある。それは……。
「あ、いた。咲耶ー!」
「あ、け、圭吾……早いね?」
「もう五分前だけど……そんな早くなくね?」
「い、いや早いだろう。約束の時間より五分も早ければ、それはもう立派に早いよ、うん」
「え? あ、そ、そう……?」
この通り、なんか咲耶がよそよそしいかと思ったらよく分からない理屈で捲し立ててくる。この前、風邪引いた時以来だ。何かあったのだろうか?
ちなみに今日のデートは、単純に買い物。適当にショッピングモールを見て回り、良さげなものがあれば買う、みたいな。まぁ俺は買わないけどね。
しかし……こうもよそよそしいと、俺にも少し思うところがある。咲耶と付き合い始めて二年目に突入し、デートとか行くようになって三ヶ月目だ。その中で、俺の中でも少しずつ「恋愛」と言うものが分かってきた気がする。
要するに、恋愛というのは、男女の仲が睦まじくなる事だ。いや、当たり前なんだけど、そういうんじゃなくて、必要以上にくっ付いて体温を感じたり、お互いを褒めちぎるような言葉を連呼したり、と……とにかく、相手を喜ばせる事をする仲だろう。
俺に言わせれば、相手を喜ばせる行動は恋人相手でなくても良い気もするが、それが古今東西の決まりなら仕方ない。
その為に、たまには俺からも咲耶に恋人っぽいことをしようと思う。その為に、咲耶の空いている左手を掴んだ。
「咲耶、手を繋いで……!」
「ひょー!」
「えっ、どうした⁉︎」
な、何今の悲鳴⁉︎ って、なんで今更、顔を真っ赤にしてドン引き⁉︎
「さ、咲耶? どうしたの……? なんか変だけど……」
「い、いや……なんだ。特に、何でもないさ……あはは……それで、なんだったかな? 腕相撲?」
「半分合ってる。手を繋がないかなって」
「ああ、構わないとも。少し待ってて」
え、手を繋ぐのに何に待つの? と思ったのも束の間、何故か咲耶は握り拳を作ると、自身の額を殴った。
「ふんぐっ!」
「いやホント何してんの⁉︎」
「煩悩を払っただけさ」
「煩悩? 百八の?」
「圭吾は気にしなくて良いさ。さぁ、行こう」
とか言われても気になるんだが……本当にどうしたんだこいつ……? 煩悩って……手を繋ぐ事にそんな煩悩が湧き出るような事あるのか?
例えば……なんだろうな。俺なら、手を繋ぐ事で自分の欲望を満たすには……やはり、少しでも身体を鍛える事だろうか? だとしたら、手を握りながら力を入れたり抜いたりして……ハッ、ま、まさか……!
「手を繋いで俺の手を握り潰すつもりか⁉︎」
「何を言ってるんだ……?」
全然、違った。じゃあなんなのよ……。うーん、いやでも実際、他の可能性は考えられないし、手を握り潰されるのは俺もゴメンだ。
なら、もう少し密着する方向へ持っていこう。
「じゃあ、こうしよう」
「ーっ⁉︎」
「咲耶っ⁉︎ 吐血した⁉︎」
腕を組んだだけなんですけど⁉︎
「ど、どうした⁉︎ 何があった?」
「っ……や、柔らかい……」
「何が⁉︎」
「ハッ……じゃない。な、なんでもないよ。圭吾……」
「あるだろ! 言えよ、体調悪いのか? そう言えば、心無しか顔が赤いような……」
熱があるのなら、今日は帰った方が良い。背伸びしつつ、咲耶の後頭部を掴んでかがめさせながら、額をくっつけて熱を計っ……。
「ァッー!」
「咲耶ー!」
またひっくり返ったー! 本当にどうしたマジで⁉︎
「咲耶、熱あるのか? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だけど……ごめん、圭吾……」
「? 何?」
本当に参った様子でフラフラと立ち上がった咲耶は、何とか正気を保ちながら、声を掛けてきた。
「すまないけど……私に、触らないでくれるかな……?」
言葉の槍に、心の臓を貫かれた。
×××
現在、トイレ。俺は一体、何をしてしまったのだろうか……? こんな、咲耶に嫌われるほどの事をしたのだろうか……。
なんか、生まれて初めて自殺したいとか思ってしまったな……。しかし、自殺では何も解決しない。咲耶がそこまで俺を嫌うには、何か理由があったんだろう。
考えてみよう。問題があったのは、おそらくあの風邪の日。何があったのかは正直、覚えていない。風邪の日って何故か記憶飛ぶんだよな……。
その時に、俺がやらかしそうなことは……なんだろう。嘔吐? いや、実際にぶっかけられたりしない限り、咲耶は嘔吐くらいじゃ引かないし、風邪を引く度に嘔吐することも少なくなかった俺は、吐きそうと判断したらすぐにトイレに駆け込む事くらい出来る。
となると……寝汗が思ったより臭かったとか? いや、そのくらいで人を嫌うような奴じゃない。
他には……わがままでも言い過ぎたのかな……。記憶がないから何とも言えないけど、その可能性もゼロじゃない。俺も体調がすぐれない時は心細くなるタイプだし……。
「……よしっ」
だとしたら、話は早い。今日は、俺が咲耶を奉仕するくらいのつもりでいよう。……奉仕ってなんだ? 買ったものを持ってやる事? それは割と普段からしてるし……他に買い物中の奉仕って……。
……いや、まぁ良いや。とにかくたくさん気を使おう。
そう決めてトイレを出ると、咲耶が待っていたはずの位置から少し離れた場所で、女性を相手に壁ドンをしているのが見えた。
「……は?」
あいつ、何してんの?
此方に背中を向けて壁ドンをしているから、俺が近寄っても咲耶は気付かない。それでも、壁ドンされている側の女性の顔を見れば、今、咲耶がどれだけイケメンを使っているかが分かる。
……なんか、腹立つ。何なのあいつ、今日、誰とデートしてるか忘れてんの?
「ふふ、大丈夫かい?」
「い、いえ……すみません、よそ見をしていて……」
「気にしなくて良いさ。あなたの綺麗な体に傷が出来なくて良かった」
「き、きれい……もう、お上手なんですから……」
……え、なんで口説いてんのこいつ? もしかして、日頃からそう言うことしてんの?
……え、なんか腹立つ。なんでだろ。何があったのか知らないし、咲耶が周りの人に好かれるのは決して悪い事じゃないと思っていたのに。
……え、何この感情。……何この感情?
「これからは、ちゃんと前を見て歩くようにね?」
「あ、あの……!」
「ふふ、どうかしたかい?」
「良かったら、これから私とお茶でもいかがですか?」
「ウッ、ウンッ!」
思わず、咳払いをしてしまった。なんか知らんけど、それ以上は聞いていられなかったから。
それに気付き、咲耶はこちらに振り向き、口説かれていた女の人もこっちを見る。
「おや、圭吾……ん? どうかした?」
ぎゅうっと手を握り締めるが、咲耶は余裕の笑みを崩さない。……普段なら大好きで憎たらしい笑みなんだけど、今日はその笑顔にやたらと腹が立ってしまった。
その隙に、咲耶の前にいる女性が咲耶に声を掛ける。
「弟さん、ですか……?」
「ん、まぁ似たようなものかな」
「だ、誰が弟だよ!」
「す、すみません……てっきりお一人かと……し、失礼しました!」
「ふふ、また会おう。お姫様」
恥ずかしそうに顔を赤くしながらパタパタと走っていく女性を眺めながら、俺は少しイラッとしたまま咲耶の手を握り締め続けた。
「……」
「圭吾、どうかしたかい?」
「……人に『触るな』って言っておきながら、ナンパしてた今……」
「ああ。もう触っても平気だよ。圭吾がトイレに行っている間に、私の中の煩悩は打ち消したからね」
んなこと、どうだって良いんだよ。……まぁ良いや。昔から、人の気持ちがわかるようでわからない奴だったし。
それに、俺自身も何に腹立っているのか理解しきれていない。
「もういい。さっさと買い物済ませて帰ろう」
「? そ、そうだな?」
「……」
「ああ、待ってくれ……!」
握っていた咲耶の手を離して先を歩き始めた。
「目的の店はそっちじゃない」
「……」
黙って回れ右して、咲耶の後に大人しく続くことにした。
×××
「圭吾、どう思う?」
「すごい」
「適当すぎないか……?」
自分の身体に服を当てる咲耶だが、そんな感想しか出てこない。……いや、思うところはあるんだけど、あんまり褒めたくないと言うか……。
「……別に、そのクリーム色のロングカーディガンは秋用だろうけど、咲耶のすらっとした高身長と女性らしいスタイルを活かすこれ以上にないアタッチメントである……そんなの着たら、俺なんかよりさらにカッコよくなっちゃう……なんてこれっぽっちも思ってないし」
「そ、そうかい……?」
全然、思ってない。咲耶は見た目は男よりカッコ良いから黒が合うと思うやつが多いけど、実際はそう言う少し大人っぽくて渋い色が合うから、ベストチョイスであるなんてこれっぽっちも思っていない。
「じ、じゃあこれは?」
「そのセーターは縦のラインがとてもおしゃれであるとともに、柄の無さが逆に何を着ても絵になる咲耶の性質そのものを最高に生かすことができる上、首元まである襟が防寒対策もバッチリであることを示した、デザイン制と機能性を共に含んだ最高の一品だなんてカケラも思ってない」
「う、うん……」
ただ、少々ボディラインに合わせられた服だから、胸が強調されすぎるかもしれない。なるべく俺の前以外では着てほしくない。……なんて思ってない。
「ふむ……じゃあこれは?」
「ミニスカート……咲耶なら何着ても似合うと思うけど、その少し派手なスカートだと他のものと組み合わせないと、必要以上に足を露出するキャピキャピしたJKみたいになりそうで、俺はあんまりお勧めしないかも……あ、いやたまにはそういうの履けば? 多分似合わないけど」
「……」
咲耶には、明るい色よりも渋めの色の方が良い。……いや、この表現は適切じゃないな。大人っぽければ、たとえ赤でも似合いそうなものだし。バラのように濃い赤の水着とか似合いそう……あ、いやそんなこと思ってない。
「あの……圭吾?」
隣から、咲耶が俺の顔色を窺うように声を掛けてきた。
「何?」
「すまない。先程から、何に怒っているのか教えてもらうわけにはいかないかな?」
「怒ってねーし」
「……」
全然、怒ってない。腹が立ってて頭に来てて頬を膨らませているだけ。
「圭吾……私が何かしてしまったのなら、言って欲しい。怒っている君の姿も魅力的だが、だからと言って怒らせたままというのは私も本意ではないんだ」
「……」
……そんなこと言われても、俺は困るばかりだ。だって本当に理由はわからないんだもん。俺は一体、何が気に食わなかったのか。
なんか本当に、咲耶が他の人と仲良くしているのを見て、少し腹が立っただけだ。けど、そんな意味わかんない事でキレる奴なんて嫌われるでしょ。なおさら、咲耶の気持ちは俺から離れていくだけだ。
……どうしたら良いんだろうか。俺は一体。咲耶とずっと恋人でいるには、どうすれば……。
「……圭吾?」
「っ……」
……でも、徐々に不安げになっていく咲耶を見るのも、良心が痛む……! 何せ、咲耶自身も少し前まではよそよそしかったのだ。本来なら、あの手この手で聞き出してくるであろう咲耶も、今は強気に来れなくなっている。
ここは……子どもっぽくても、咲耶に話してしまった方が良いだろう。まずは、咲耶の不安を解消する所からだ。
「ご、ごめん……咲耶……」
「? な、何がかな?」
「俺自身にも良くわかっていないんだけど……なんか、ムカついたの! 咲耶が他の子と話してるのが!」
「え……?」
「理屈なんて俺にも分からないけど……お、俺には触るなって言っておきながら、他の子に壁ドンしてた姿を見るのが腹立ったの! だから……ごめん」
……やべぇ、我ながら言ってる事理解できない。これで咲耶に愛想尽かされたら……夏葉とか恋鐘に相談しよう……。
ちらっ、と、顔色を伺うように顔を覗き込むと、咲耶は意外そうな顔で俺を見ていた。
「そ、それって……」
咲耶には、心当たりがあるのだろうか? だとしたら、もはや教えてもらいたい。
そう思って再度、顔を上げると、咲耶は心底不思議そうな顔で小首を傾げた。
「私が、彼女をいじめているように見えたのかい? そんなはずないだろう。私が誰かをいじめるような人間だと思われていたのなら、心外だな」
「……は?」
その日は、半ば喧嘩別れのようになってしまった。