その後、あんまりジムで咲耶と絡む機会を伺ったが、今の所、そのチャンスは訪れていない。何故なら、咲耶が俺からすごく逃げるからだ。
木人人形の後、声をかけようと思ったが無視してランニングマシーンに行ってしまい、その後はベンチプレス、その後はラットマシンにいき……などと、とにかく撒かれる。その度に、俺も渋々、別のマシンで夏葉と一緒に身体を動かした。
「はぁ……」
「相当、怒ってるわねアレ……」
「なんか、俺まで腹立ってきた……」
「分かるけど落ち着きなさい」
だよな……このまま俺が怒ったら、また喧嘩になる。本音は、俺ばかりが謝るのは納得いかないって事だが、それでも俺に全く非がないわけではない。
だから、まずは俺から謝って、向こうも謝りやすくするしかない。
……でも、正直、咲耶がここまで意地を張るのは驚いたな。こう言っちゃなんだけど、こういう喧嘩の時は、向こうが折れるものだと思ってた。
「で? 圭吾」
「? 何?」
「さっきの話よ」
さっき? ……ああ、コンビニの前での話かな。
「分かる? 自分がなんで、咲耶が他の子に壁ドンして腹を立てた理由」
「……器が小さいから?」
「あながち間違ってないのが不思議ね……いえ、でもあなたの場合は違うわ」
え、違うの? 割と渾身の答えのつもりだったんだけど……。
「とにかく、それは嫉妬なのよ」
「これが、嫉妬……」
なんか……なんだろう。自己嫌悪がすごいし、その上で自分のせいにしたくないっていう、とてつもなくカッコ悪い感情が芽生えてる……。俺ってこんなダサい奴だったのか……?
「はぁ……なんか、凹むんだけど……」
「悩みの数だけ、人は成長するものよ。大事なのは、どう解決するか、だもの」
「……うーん」
確かにそうなんだろうけど……。……はぁ、今回、もし仲直り出来たとしても、俺の嫉妬が治るかは別問題だし、その度、咲耶に八つ当たりをしてしまうかもしれない。
それじゃあ意味がない。もっと、大人にならないと。その第一歩として、これから咲耶に謝る。それがベスト。
「よし、行くぞ!」
「ええ、その意気よ!」
そうだ……俺だって、いつまでも咲耶と仲違いしていたいわけじゃない。ここは一つ、大人になるんだ!
「よし、早速……!」
「あ、待ってなさい」
「え?」
「その前に、私が一度、咲耶と話してくるから」
「え、なんで?」
「また喧嘩になられたら困るもの。あなたには分からないでしょうけど、本当にさっきまで地獄のような空気だったんだから」
あー……うん。それは察してた。ごめんね、本当に……。
「じゃあ、頼むわ。夏葉」
「今度、何か奢りなさいよ」
「なんでも言ってくれて良いよ」
「じゃあ、フォアグラのソテー」
「ごめん、高過ぎるのは勘弁して……」
そんな話をしながら、夏葉は咲耶の方へ歩いて行った。
「……」
……さて、それまで俺は……ランニングマシンで良いかな? 声を掛けられたらすぐにやめられる奴だから。
さて、咲耶に謝るんだ。もう変なプライドは無し。仮に咲耶に憎まれ口を叩かれても、スルーして謝る!
気合を入れると共に、少しでも清々しい気分になるために、頭の中で、走る走る俺達だったり、自分のためにだったり、明日を迎えに行こうとしたりと、頭の中で音楽を流しながら走った。
速度を上げすぎて足元を持っていかれた。顔面をローリングする台に頭を強打した。
「あごぶっ……‼︎」
そのまま真横に転がり、なんとかすり下ろされるのは回避した。でも右目が痛い。
「ああああ! すりおろし生姜……!」
「なんの音……わー! け、圭吾⁉︎」
「ちょっ、血……やばっ⁉︎ 救急車……!」
搬送された。
×××
網膜に傷はなく、血も目の周りから出ていただけ。まぁ、それでも右の額から頬にかけてすり下ろされてて、割とかなり酷い顔になった。目なんて、映画とかでよく見るあの白い布の奴つけるハメになったしね。
で、まぁ色々と薬を処方してもらって、ようやく診察を終え、病院の待合室に向かった。
……片目って意外と見づらいな……。なんか、真っ直ぐ歩けない。慣れれば平気なんだろうけど、こりゃ慣れるまで時間かかりそうだな……。
何とか点字ブロックを目安にして真っ直ぐ歩くのに必死で、俺の方に走ってくる巨人の影に気付くことができなかった。
「圭吾!」
「まぶっ……!」
あ、相変わらずの胸の圧力……て、ていうか、ちょっ……あの、咲耶さん……苦しいより、胸を顔面で感じるのは、少し気恥ずかしいんですが……!
「んーっ……!」
「だ、大丈夫だった⁉︎ 後遺症とか、傷痕は……!」
「んーっ、んーっ……!」
「もう……本当に君はどうしようも無い子だな……あまり、私に心配をかけせるのはやめて欲しい」
「んっ、んんっ……」
「咲耶、またトドメ刺しちゃう」
「ハッ……し、しまった……!」
ぐったりしかけていた俺に気付いた夏葉が口を挟み、ようやく解放される。死ぬかと思ったよほんと。
「……それで、怪我の具合はどうなんだい?」
「大丈夫。安静にしてれば治るって」
「そ、そっか……良かった……」
そう言いながら、今度は加減して抱きしめてくれる。……暖かくて柔らかいけど……なんだ。やっぱ少し恥ずかしい……。
そんな風に人目も気にせずハグしている俺と咲耶の後ろから、夏葉が声をかけて来た。
「ま、無事なら良かったけど……で、二人とも? 何か話す事ないのかしら?」
それを聞いて、俺も咲耶もハッとする。そうだ、そういえば喧嘩中だった。
「……あー、咲耶。その……さっきは……」
「いや、謝る必要はないよ。今回の件、悪かった方は私だからね」
言いながら、咲耶は俺の頬に手を添えた。
「圭吾の真意を、測ることができなかった私の落ち度だ。いつのまにか、私に嫉妬してくれるようになっていたんだね……」
「く、口に出すなよ……恥ずかしいだろ」
「ふふ、そんな君も愛らしいものさ」
……いや、本当に恥ずかしいんですが……。なんで、俺ばっかりこいつに恥ずかしい思いさせられなきゃいけないんだ……?
ここは一つ、咲耶の事も照れさせてやりたいけど……でも、こいつが照れる要素が思いつかない。何せ、何を言われてもイケメンスマイルで流せる女だ。腹立たしい。
……あ、そうだ。そういや一つだけ弱点あったな。俺じゃ正直、気迫が足んないかもだけど……やるだけやってみるか。
頬に手を当て返し、咲耶の真似をして慈愛に満ちた笑みを浮かべてみた。
「ふふ、そう言って、自分の羞恥心を悟られないように誤魔化している咲耶も、とても可愛らしいものだよ」
「ふえっ……?」
「……」
……何これ、なんか死にたくなってきた……。え、いつも咲耶こんな恥ずかしい事言ってんの? メンタルどうなってんだほんと。
これは……もう二度としたいし、なんなら今からカウンターを食らうのでは……と思って咲耶の顔を見上げると、頬を真っ赤にして目を逸らしていた。
「けっ……けけっ……けいごっ……い、いったい……急に、何を言っている……?」
「え……いや、可愛いなって……」
「か、かわいい……? 私、が……?」
「???」
こ、こいつ……可愛いって言われ慣れてない? いや、確かに昔から「カッコ良い」とか「イケメン」とか俺含めて色んな奴に言われてたけど、あんまり可愛いとか言った事なかったな……。中学、高校に進学して制服を着るようになっても、言われてたのは「綺麗」とかだった。
となると……あ、ヤバい。これが嗜虐心と言うやつか? なんつーか……もっと照れさせてやりたくなってきた……!
「照れてる咲耶可愛い!」
「ひうっ……!」
「本当は女の子っぽいのに男っぽい仕草が得意な咲耶可愛い!」
「はうっ……や、やめっ……!」
「イケメンなのにアイドルの時はフリフリの……なんだっけあれ、ゴスロリ? 着てるの可愛い!」
「や、やめてってば……!」
あー、なんだこの感じ。すっごい痛快! ていうか、照れてる咲耶が本当に可愛いもんだから困る。
次の可愛い要素を考えていると、夏葉が口を挟んできた。
「……ちょっと、私は何を見せられているの? それより、早く出ましょうよ」
「ちょっと待ってて。今良いとこだから。……あ、あと、体型は女っぽいのにイケメンなの可愛い!」
直後、夏葉は少しイラッとしたのか、冷静かつ冷ややかな口調で言った。
「今の、なんかセクハラっぽいわよね」
「え?」
「えっ……あっ」
……いや、そんなつもりじゃ……ってか、咲耶? 今の何かを思いついたような「あっ」って何……?
嫌な予感がして顔を向けると、咲耶が反撃の突破口を見出したように微笑を浮かべていた。まだ微妙に照れが残っているのか頬が赤いが、それでもさっきまで調子こいていた自分を殴り飛ばしたくなるほどの圧はある。
「ふふ、この身体が気になるのかい? なら、もっと堪能すると良いさ」
「え、ちょっ……むきゅっ……!」
「ほら、どうした? 君の好きな女性の身体だよ?」
「んーっ、んーっ……!」
胸に締め上げられ、解放された頃には夏葉の姿は無くなっていた。
×××
「ふぅ……酷い目に遭った……」
「自業自得だ」
いつのまにか多くの人に注目されていたので、大慌てで引き返してきた。二人で並んで、駅に向かっている。咲耶もそろそろ帰る時間だ。
自業自得、と言う割に、今も少し照れてるみたいで頬が赤い。満更でもなかった証拠だ。
「可愛い」
「まだ言う悪い口からこれかな?」
「いふぁふぁふぁ!」
ヘッドロックされる。この子、いつからこんな暴力的に……。
「まったく……最近、少し圭吾は生意気になってきたな……まぁ、それはそれで可愛らしいんだけど……」
「いや、生意気っつーか俺の方が年上なんだけど……」
「そういえばそうだったね。可愛いお兄さんだった」
「お前そんな風に思ってたの⁉︎」
生意気どころじゃないわ! 単純に正直になっただけかよこの野郎⁉︎
「……なんだよ。俺、全然、敬われてなかったのかよ……」
「そんな事ないさ。本当に頼りになると思っているし、尊敬している。……でも、可愛さの方が強い」
「やめろ!」
あーもうっ……なんか、今回の件で一気に化けの皮が剥がれたぞ! もう絶対に可愛い姿なんて見せるもんか! ……いや、まて。可愛い姿ってなんだ? 俺が今の今までそんな仕草を見せたことあったか? こいつは何をもってして可愛いとか言ってんの? 身長?
いや、何にしても、だ。俺はもうそんな仕草はせん。低身長でも、男気を見せれば男らしく見られるはずだ!
そう心に秘めて、隣の咲耶から視線を外すと、目の前まで電柱が迫っていた。
「うおっいっだぁっ!」
「ふふっ……ちゃんと前を向いて歩くこともできない可愛い大学生に、萌えを見出すなと言う方が無理があると思うね」
う、うぜぇ……でも言い返せない……くそう……。というか……やっぱ片目が見えないとこういう事もあるんだな……。ちゃんと前を向いて歩いてても、真っ直ぐ進んでいない可能性すらあるんだから。
でも、そのことは言えない。何せ、言えば確実に、またカッコ良くフォローされましまうから。これ以上、こいつにカッコ良い真似をされてたまるか。
「……ふんっ」
「……もしかして、ちゃんと前が見えていないのかい?」
「えっ……」
な、なんでこういう時に勘が良いのかな……。いや、まだ疑惑の段階だ。誤魔化せる……!
「い、いや? むしろ未来まで見えてますが?」
「やはり見えていないんだね……。それならそうと言わないとダメだろう?」
「いや、見えてるってば!」
「そういう所がカッコよくなくて可愛いんだよ」
「……見えてないです……」
くそう……くそう……。
「しかし……そうなると心配だな……。ちゃんと生活できるのかい?」
「え?」
「アパートの階段とかから落ちられても困るし……」
「いやいや、流石にそれは平気だって」
そんなマヌケじゃないよ。
「大丈夫かい?」
「大丈夫だって。心配しないで」
「……なら良いけど。何かあったら、いつでも電話してくれ」
「んっ」
それだけ話して、駅まで送り届けた。
×××
たかが数日間の別れなのに、喧嘩した後だからか……それとも俺がちゃんと前を見えていないことがバレたからか、改札前でハグを30秒してから別れた。
……あっ、煽るチャンスだったじゃん。咲耶が本当に寂しそうだったから言えなかった。
……ま、いっか。多分、あそこでいじっても悔しそうな咲耶は見えないだろうし。
そんなことを思いながら、俺も帰ろうと帰宅し始める。駅から出る階段を降っていると、足を踏み外した。
「うおっ……!」
やべっ……ちょっ、大丈夫って言ったばっか……てか、下に人いる……咲耶に電話を……いや、間に合うわけがね……!
と、半ばパニックに陥っていると、真下で誰かが俺の身体を支えてくれた。
「わっ……だ、大丈夫、ですか……?」
「っ、す、すみません……!」
俺を支えてくれた人は、銀髪ツインテールの少女。引くほど顔色が白いが、優しそうな女の子だ。
その子の視線の先にあるのは、俺の右目。つまり、白の眼帯だ。……てか、この子、腕に包帯とか巻きまくってるけど、怪我でもしてるのかな?
「あ、あわわっ……」
「えっ」
「ご、ごめんなさい……! わ、わたしがちゃんと支えられなくて、目が……怪我して……!」
「え? いや、違っ……」
「ご、ごめんなさい……!」
「待て待て違うって! 違うから泣かないで……!」
な、なんだこの子……⁉︎ とりあえず、落ち着かせないと……!
近くにあるお店に入った。