白瀬咲耶は、事務所にいる限りは完璧超人に見えた。実際、完璧超人だ。成績優秀、スポーツ万能、スタイル抜群、容姿端麗、王子様性質と、非の打ち所がない人間だろう。
まぁ、それでも唯一の隙である寂しがり屋な面があったのだが、少なくとも事務所においてはそれらも感謝祭というイベントと共に解消された。
だが、実はもう一つ、隙があった。それらは、おそらく修復不可能だろう。月岡恋鐘にも、田中摩美々にも、三峰結華にも、幽谷霧子にも治せない病気だ。それは……。
「にへっ……にへへっ……圭吾の眼帯、これはこれで……」
「「「……」」」
事務所のソファーにて、誰もいないのを確認してから、こっそり撮影した彼氏の写真を眺める咲耶……の姿を、扉の奥で月岡恋鐘、田中摩美々、三峰結華は眺めていた。どう見てもやばい人である。
三人とも、何を見ているのかは分かる。話だけは聞いている、咲耶の嫁……ではなく彼氏だろう。
「咲耶……一体どがんしたと……?」
「……(撮影中)」
「まみみん、撮っても良いけどホント扱いには気を付けてね……」
そう言いつつ、咲耶の様子を観察する。アレでも、本人は隠しているつもりなのだ、あの変態性を。
現に、これから自分達が姿を表せば、彼女は何事もなかったかのような顔で応じるだろう。
「こがたんこがたん、さくやんの彼氏にあったんでしょ? 背が低い、可愛い、以外の特徴はどんな感じなの?」
「どがん感じと聞かれてん……そうばい。負けず嫌いで繊細で照れ屋で素直、って感じかな……?」
「少女漫画の主人公かな……?」
結華のセリフはもっともだった。その相手が、今スマホの画面を舐めるように見入って、若干、唇から涎が垂れているイケメン……。
結華も恋鐘も、微妙な表情でドアの隙間から眺めるしかない。ホント、日に日に壊れてきている。あの子を事務所で一人にするのはマズイのかもしれない。
ひとまず、今はさっさと中に入らなければ。
「……で、こがたん。どうする?」
「どうするもこうするも……いつも通りしかなかばい。うちが転んだフリして扉で音ば立てる奴で、咲耶に気付かせるばい」
「毎回それだと、流石にバレない?」
「ばってんしょんなかばい。……うちだって、まるで自分がドジであることば認めとーごたって嫌なんやけん……」
「仕方ないか……。じゃ、押すよ」
「どんとこい! ……って、摩美々は?」
「え?」
そう言って2人があたりを見回した直後、部屋の中で摩美々は咲耶が座るソファーの背もたれに両腕を垂らして声を掛けていた。
「咲耶ー、それが彼氏ー?」
「にへへっ……そうだよ。愛らしいだろう……?」
何してんのあいつ⁉︎ と、頭の中でツッコミを入れざるを得ない。というかいつの間に動いたのだろうか、あの野郎。
田舎の川沿いくらい自然に咲耶と会話に混ざっていく。
「うんうん。咲耶がよだれを拭き忘れるのもわかる可愛さですねー」
「分かってくれるかい? 本当なら彼を汚すような真似はしたくないんだが、やはりどうしても発散しなければならないものもあってね……」
「と言うと?」
「ここだけの話……中学の頃は彼の下着の匂いを嗅いでしまったこともあってね……」
しかも話の流れでカミングアウトしてきた、あの子。流石に摩美々も一瞬だけ固まっている。
が、すぐに再起動したコンピュータのように聞き返した。
「へぇ〜……どんな匂いだった?」
「うーん……とても形容し難い香りだったな……。あれが男の子の匂いというものなのかな? ほんのりと薄く人間そのものの温もりを感じたというか……」
テンションがハイになっているのか、咲耶の饒舌は止まらない。当然、摩美々が聞いておきながら引いている事にも気づいていない。
「彼は思春期が来ていなかったから分からないだろうけど、あの頃は本当に大変だったよ……。あの無防備な彼の寝顔と身体を前に、何度、襲おうとしてしまったことか……でも、いけない事だと我慢し続けたけどね」
「へ、へェ〜……今はそんな事ないのー?」
「今は流石に抑えられるようになっているさ。ちゃんと、彼の写真を夏葉と交換したりしているまでで耐えているよ」
それは「まで」なのだろうか? というか、夏葉も夏葉で何をしているのだろう。
「なるほどねー」
「ふふ、彼も思春期に突入したみたいだし、ようやく恋人っぽいこと……それこそ、キスやそれ以上のことも……にへへっ」
「……(撮影)」
目の前で撮影するなよ! と、恋鐘と結華は思ったが、それでも咲耶は不思議と気づかない。
「あ、そうだ。良かったら、摩美々がたまに使ってるアプリで、この圭吾の写真に加工して猫耳とか……!」
と、言いかけたところで、ふと咲耶の動きが止まる。ギ、ギ、ギ……と、まるでロボットダンスのような動きで、後ろを振り返った。
「……摩美々?」
「どうもー。咲耶ー」
「い、いつから……そこに?」
「咲耶と会話を始めた頃」
直後、顔が真っ赤に染まる咲耶。自分の性癖をこれでもかというほど漏らしてから、目の前の同い年に気付いた。ニヤニヤしてはいるものの、その表情は若干、引いているのが伺える。
「……」
「で、圭吾くんだっけー? 何処まで彼と楽しんだんですかー? 妄想でー」
「ーっ……!」
煽っていくスタイル。顔が真っ赤になった咲耶は、らしくなく摩美々に対し両腕を振り回すが、ぬるりと回避される。
そのまま、二人揃ってソファーの周りをぐるぐると回りながら鬼ごっこが始まった。
その様子を、結華も恋鐘も、一周回って楽しそうに見えてきた。まぁ、自分達が混ざるのはゴメンだが。
しかし、ああいった咲耶の顔を見るのは、やはり初めてのことだ。それが仲間に向けられているのなら尚更のこと。二人にとっては微笑ましい、という気持ちも含まれていてのことだ。
……とはいえ、捕まったら大変そうなので、やはり見ているだけで結構だが。
そんなことを思っている時だ。不意に足を止めた摩美々が、襲いかかってくる咲耶の前に手を出して動きを止めた。
「待った待ったー。一旦ストップで」
「辞世の句でも読みたいのかい?」
「こ、殺す気なのー? そのつもりなら、まみみだけ殺されるのは納得いかないわけでしねー」
「……?」
直後、恋鐘の脳裏に嫌な予感が走り、結華は逃げようと走ろうとした。それに遅れて恋鐘も逃げようとしたが、足をもつれさせて恋鐘は転び、その時に結華の足を掴んでしまい、結華も転んだ。
その衝撃音を聞いただけで、摩美々は大体、何が起こったのかを察し、廊下を指さして無情に告げた。
「実は、私以外にも聞き耳を立てているネズミが二人、いるわけでしてねー」
「……な、何……⁉︎」
慌てて廊下への扉を開きに行く咲耶。視界に入ったのは、自分より歳上の大学生二人がすっ転んでいるシーンだった。
普段の咲耶ならすぐ処置に移る所だったが今回はそうもいかない。盗み聞きされたことへの怒りと、内容の羞恥で真っ赤である。
「……二人とも、盗み聞きとは良い趣味してるね?」
「あ、いや……今のは……」
「わざとじゃなくて……」
「問答無用だよ」
2人が正座で説教させられている間に、田中摩美々は脱走した。
×××
「どがん彼んことが好きで寂しゅうてん、事務所や現場であがん顔ばしたらつまらんけんね⁉︎」
「そうだよ! 特にさくやんの場合は、カメラの前だとキャラが全く生逆なんだから!」
「うん……すまなかった……」
が、10分後。何故か正座する立場が真逆になっていた。実際、そもそも怒られるべきは咲耶の方である。
ちなみに、しれっと説教している二人の後ろに摩美々が混ざってグミを食べているのは誰も触れなかった。
「本当に気をつけてよねー。あの顔、大分キモかったしー」
「うぐっ……!」
それでもファンにとっては、ギャップ萌えという風に見えるのだろうが、なんであっても見せられないくらいに、ゆるゆるな顔をしていた。
なんであれ、咲耶自身にも自分が悪いという自覚はあった。このままでは、本当に油断した時、その緩い顔を見られてしまうかもしれない。
「……そうだな。本当に私はこのままじゃダメだ。もっと、禁欲することを覚えないと……!」
「じゃあ、色々試してみようよ」
「え?」
結華が口を挟む。何か手があるのなら、それはそれでありがたい。
「今から私とまみみんで、思いつく限りの卑しい男女のシチュエーションを言うから、それを想像しても顔に出さない特訓」
「えー、私もー?」
「待って、なんでうちだけ省かれとーと⁉︎」
「だって、こがたんはそういうの想像するの苦手そうじゃん。代わりに、さくやんの表情をちゃんと観察しておいて」
サクサクと話は進んでいく。実際、その人員配置は完璧だった。サブカル大好きな結華の二次元的な想像力と、さまざまな悪戯を思い浮かべる事が出来る摩美々の想像力のコラボは最強だと言える。
とはいえ、そのやり方に意味があるかは別の話だが。
「ていうかー、それで本当に治るのー?」
「さぁ? でも、何事もやってみないとわからないってもんですよ!」
「ふふ、そうだね。私も新しいオカズ……じゃなくて、耐性を身につけられるのなら、それに越したことは無いよ」
「ほんなこつ大丈夫かな……?」
恋鐘が不安げな表情を浮かべるが、結華も摩美々も……特に摩美々の方が楽しんでいるので、とりあえず目を瞑った。
「じゃあ、まずは三峰から参りましょう」
そういうと、三峰はコホンと咳払いし、妄想を語り始めた。
──ー
──
ー
夕暮れ時、高校が終わり、黒崎圭吾は一人でスマホをいじりつつ、耳にイヤホンを挿して歩いていた。俯きながら、いつものチャットルームの顔も知らない友人達と会話をしながら歩いていると、その背後から自分とは真逆の少女が肩を叩いてくる。
「やぁっ、黒崎!」
「っ……!」
その少女は、自分の想い人である少女だ。学校では成績優秀、スポーツ万能なカッコ良い子。男である自分は、周りにいる男子達と同じで彼女に恋心を芽生えさせていた。
「この時間珍しいね。君、帰宅部じゃなかった?」
声をかけられるが、圭吾から返事はない。俯いたまま、イヤホンを外すことさえせずに早足でスマホをいじっているばかりだ。
「ていうか、それは何をしてるんだい?」
「っ……」
声をかけても返事がなく、少し咲耶もむくれてしまう。何せ、咲耶も圭吾の事が気になっているのだ。
だが、見ての通りコミュニケーションもままならない。彼は、無言のまま早足で歩いていく。
「……うわあ……」
そんな中、咲耶が声を漏らした。その視線の先には、川沿いに沈んでいく夕陽が見えた。思わず、圭吾も感動してしまう程の景色だ。
「今日、夕陽綺麗だな……」
「っ……!」
そこから、さらに圭吾は咲耶の横顔を見てしまう。夕陽を浴びて、その表情の方が綺麗に見えてしまった。
が、咲耶はそれに気付かず先を歩いて行ってしまう。
その背中を眺めながら、圭吾は手元のチャットルームに視線を落とす。どうするべきか、このまま機会を逃したら、もう一生、一緒に帰る機会なんてないかもしれない。
それも、こんな綺麗な夕焼けを並んで見ながら。チャット先の相手に相談してみると「ぶつかれ」とか「当たって砕けろ」とかそんなメッセージばかりが溢れている。
そうだ、偶然訪れた千載一遇のチャンス、それを逃す手はない!
「じゃあ、またね」
最後にこちらに振り返り、手を振る少女の方へ、圭吾は走って追いつくと両耳のイヤホンを差し出した。
「……何してるんだ?」
「っ……!」
聞かれるも、無視して頭を下げる。渋々、咲耶は手に取り、曲を聞いた。直後、流れてきた曲のワンフレーズが耳に届いた。
『君が好きなーんだー』
「……」
「……」
それに対し、明確な返事が返ってきたわけではなかった。
しかし、その後、二人は夕日の後に続いた見事な星空を眺めながら、手を繋いで帰宅していった。
ー
──
──ー
「…… パクりばいそれ!」
終わって、まずツッコミを入れたのは恋鐘だった。どこかの有名アーティストのPVのような内容に、ツッコミを入れざるを得なかったわけだ。
当然、その不満が出るのは恋鐘だけではない。
「しかも性別逆転してるしー……」
「良いの良いの。内容よりさくやんのリアクションだから」
「いやー、流石にパクりに欲望の抑制も何も……」
と、呟きながら咲耶の方を見ると、まるで素晴らしいクラシックコンサートを聴いているかのように、目を閉じて口を半開きにしていた。そういうオブジェクトの貯金箱のようだ。
「……咲耶?」
恋鐘が恐る恐る聞くと、咲耶はゆっくりと目を開け、三人を見た。
「結華……」
「な、何……?」
「ありがとう……今のは本来、私と圭吾ではどう転ぼうとあり得ない話だった……」
「そりゃ妄想だからね」
「私は今の今まで、圭吾と幼馴染であったことを後悔したことなど一度も無いけど、こういう……高校生から出会う純愛もアリだなと思ったよ……。あと、陰キャラ圭吾にも守ってあげたくなる可愛さがあった……。素晴らしいシチュエーションをありがとう」
「……」
正直、三人とも引いた。趣旨ちげえだろ、と言わんばかりだ。
「さくやん、顔に出てた」
「顔……? はっ、そうか。すまない、つい堪能してしまったね……。結華が生み出す物語が、あまりに素敵だったからね」
「嬉しいけどムカつく」
「む、ムカつく……?」
こいつは怒られている自覚があるのだろうか?
「こがたん、これ顔に出るたびに罰ゲームにした方が良くない?」
「えっ……」
「そうやなあ。やなかと、緊迫感が無うなってしまう気がするし……多分、咲耶も顔に出さんごとせんし」
「ちょっ、罰ゲームって、何を……」
「じゃあー、顔に出す度に咲耶の髪型をいじってー、その彼氏さんに送るとかはー?」
「「流石、摩美々(まみみん)!」」
「何が流石⁉︎」
「とりあえず、今からいじってみましょー」
「えっ、ちょっ……今のも込みなのかい⁉︎」
「こがたん、確保」
「了解!」
×××
圭吾家。
「? あれ、恋鐘から?」
唐突にきたL○NEを開くと、飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
何故なら、モッサモサに盛られたツインテールに、紫色の口紅を塗った、アンティーカのメンバーにこんな感じの子がいた気がするメイクの咲耶の写真が送られてきた。
「な、なんだこれ……いじめの現場?」
そう呟きつつ、とりあえず保存してL○NEのトプ画にした。
×××
「さ、次はまみみんの番ね!」
「ちょっと待ってくれ! 圭吾の奴、いきなりトプ画を私の顔にして……! やめさせてから……!」
「はい、いくよー。ほわんほわんほわわーん……」
「恋鐘、スマホ返して! 結華、私を解放して!」
──ー
──
ー
最近、圭吾には悩みがあった。それも、とてつもなく大きな悩みが。最近、恋人である白瀬咲耶の反応が冷たいのだ。
淡白、とでも表現したら良いのだろうか? 昔は、自分の事を兄のように慕ってくれていた子が、今ではメールの返事ひとつ寄越さなくなってしまった。
何かあったのだろうか? と、思い、咲耶が通っている高校に向かう途中、公園のベンチで見覚えのある顔が見えた。
「……なぁ、良いのか? 咲耶。彼氏いるんだろ?」
隣に座っている男は見覚えのない顔……後になって、咲耶が通う事務所のプロデューサーであることを知った。
「だって、彼はいつまで経っても余りに子供だからね。……私だって、人並みに大人の性欲を持て余すさ」
「ふふ、そうか。じゃあ俺が、人肌脱いでやろう」
「ふふ、楽しみにしているよ……」
そう言葉を交わしながら唇を近付ける二人を見て、圭吾の胸は張り裂けそうな程、痛みが……
ー
──
──ー
「まあぁぁみぃぃぃみぃぃぃッッ‼︎」
「まみみん、ストップ! さくやんがすっかりバーサーカーモードに……!」
「えっ……うわ、怖ー……」
襲い掛かろうとする咲耶を、結華と恋鐘が慌てて引き止めていた。
「私がッ……私が圭吾以外の男に身体を許すものかああああ!」
「妄想、妄想だから!」
「そ、そうばい! やけんはらかかんで!」
「今回の罰ゲームは無しで良いから!」
「摩美々も謝って! とりあえず!」
暴れる咲耶を前に、顎に手を当てたまましばらく立ち止まった後、摩美々は真顔で聞いた。
「でも……正直、寝取られて絶望してる彼氏さんの顔も見てみたいと思う?」
「はァッ⁉︎ …………お、思う」
「「アホかー!」」
「あいたあっ⁉︎」
直後、スコーンっと押さえていた二人が咲耶の頭を引っ叩いた。
「さくやんに怒る資格はないよ!」
「罰ゲームも復活ばい!」
「そんなっ……⁉︎」
そのまま手をワキワキさせた摩美々が接近してきた。
×××
その頃、黒崎家宅。
「あれ、また?」
またも届いた写真を開くと、今度はさっきと違う形のツインテールを結い、眼鏡をかけて帽子を被った咲耶の姿だった。
「……」
無言で頬を赤く染めながら、とりあえず返信した。
×××
圭吾『アホっぽい格好の咲耶もかわいいね!』
圭吾『あ、これ咲耶には言わないでね!』
それを見せられ、咲耶は思わず嬉しくてニヤける笑みを噛み殺す。その横で、不満そうに結華が呟いた。
「え……私の格好、アホっぽい……?」
「ぶふっ……」
「まみみん、今笑ったなー!」
今回は、あまり罰ゲームになっていなかったが、まぁそれはともかく次の話である。
「結華、次ん話ば頼むね!」
「ほいほい。三峰にお任せだよ!」
とは言うが、少し摩美々の方向性も面白かった。何も純愛ものだけじゃなくて良いのだ。
顎に手を当てて、別の可能性を考えてみた。
──ー
──
ー
圭吾と咲耶は、とある宿泊施設に来ていた。濁して言ったが、早い話がラブホテルである。
現在、圭吾は先にシャワーを浴び終えて、緊張を抑え込んでいる。
これから、自分はいよいよ大人になる。今まで咲耶に我慢させてしまっていた分を、今日は完全に発散させてやるつもりだ。
それと共に、なるべくなら年上である自分がリードしてやりたい。
そう思いながら待機していると、洗面所の戸がギィっ……と、控えめに開かれる音がした。
反射的に音がした方向を見ると、思わず目をむいてしまった。
「え……?」
何故なら、そこにいた咲耶は、タオルを腰にしか巻いていないから。そして、その露出された上半身に見えるのは、隆々とした大胸筋だった。
「さ、咲耶……?」
「すまないね……今まで、隠していたけど……私は、男なんだ……」
「お、男……?」
「君を、想うばかりに……いや、違うな。単純に私の勇気が無かっただけだ。君に嫌われたらと思うと、言えなかった……」
それを聞いて、圭吾は息を呑んでしまう。
その表情を眺めながら、咲耶はいつになく力の無い笑みを浮かべる。
「だから……圭吾が、私を愛せないと言うのなら……今日は、何もせず朝を待つ事に……」
言いかけた咲耶の唇を、圭吾が同じ部位を重ねて塞いだ。それに、思わず咲耶は目を見開いてしまう。
「っ……け、圭吾……?」
「そんな事はありえないよ、咲耶……。性別なんて、些細な問題さ。大事なのは、俺と君の気持ちだけ。違う?」
「……うん」
そう優しく問われ、咲耶は涙ながらに頷き、次は圭吾にキスで返しながら、ベッドに押し倒した。
「ありがとう、圭吾」
「礼を言われることじゃないよ」
「お陰で、私も迷いは無くなったよ。めいいっぱい、優しくするから……」
「……うん。よろしく」
そういうと、圭吾は目を閉じて、そのまま咲耶に身を委ねた。
ー
──
──ー
「咲耶、鼻血鼻血! 顔に出てるどころじゃなかと⁉︎」
「すまない……今のだけでご飯三杯はいける」
「え、ていうか、NTRはダメで性転換は良いの? どういう情緒?」
摩美々の感想は全くだった。判定に対する謎があまりにも多い女だ。奈良なのだろうか?
「だって、素晴らしいじゃないか。要するに、性別ではなく中身が重要、ということだろう? 仮にも、私は自分が男……或いは圭吾が女でも愛し合える自信がある」
重っ! と、全員が思ったのは言うまでもない。
それよりも、今回の判定だ。鼻の穴にティッシュを詰め込んでいる咲耶を見ながら、結華が確認する。
「まぁ、一応、これ顔に出てるよね? 鼻だって顔の一部だし」
「うん。しょんなかね」
「ふふ、さぁ来てどうぞ?」
さっきの三峰のモノマネが好評だったからか、かなりオープンになっていた。これでは罰にならない。
頬に手を当てて少し考えた摩美々は、一先ず咲耶の髪型をいじる事にした。
×××
「またかよ……」
もう何度目か、恋鐘から咲耶の写真が来るのは。呆れ気味になりながらも、一応は写真を開いた。
すると、中に見えたのは、髪を頭の上二箇所にお団子を添えた園田智代子の頭をした咲耶の写真だった。流石に恥ずかしいのか、頬は過去最大級に赤い。
「……咲耶、疲れてるのかな……」
いや、可愛いけど、と心の中で付け足すと、再び返事をした。
×××
「えーっと……『今度、うちでご飯ご馳走して、お風呂貸してあげて、マッサージしてあげるね』だって」
「思いっきり疲れてると思われているじゃないか!」
恋鐘の報告に、咲耶は悲痛な叫びを上げるしかなかった。が、それには結華も摩美々も疑問を抱く。
「え……これ、男子大学生からでしょ? 誘われてるんじゃないの?」
「圭吾にそんな言い回しは出来ないよ!」
それはそれで酷い気もするが、まぁ流石に突っ込まないでおく。おそらくだが、咲耶史上、もっとも似合わない髪型だったから、本気で恥ずかしいのだろう。
「ていうかー、咲耶わかってる? 今の所、全戦全敗だよー?」
「わ、わかっているさ! 次はちゃんとやるから」
「そうだよ、さくやん。何のためにやってるのか考えてくれないと」
「が、頑張るから!」
とのことで、摩美々が語り始めた。
──ー
──
ー
黒崎圭吾が公然わいせつ罪で逮捕され、早二年が経過……。
ー
──
──ー
「摩美々ぃー!」
「おー、怖っ。顔に出さない、顔に出さない」
「無理だろう、これは!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて……」
間に入ったのは結華だ。確かに今のは同情すべき点がある。これで弄られるのは納得がいかない咲耶であり、結華もそれは把握していた。
……とはいえ、本人が少しずつ趣旨を間違えつつあるこのイベント。仕掛け人側にとっても趣旨が変わっても、なんらおかしくはないのだが。
「でも顔に出てたよね?」
「結華ぁっ⁉︎ もうこれ私が髪型をいじられるだけのイベントじゃないか!」
「今回はほら、きりりんの髪型にするから」
「いや、ツインテールというのも割と恥ずかしいんだが……」
しかし、智代子と摩美々を越した後では、特に問題はない、と感じてしまっていた。感覚麻痺である。
「せっかくだからー、包帯とか巻いてみたらー?」
「あ、それ良かね。きっと可愛うなるばい!」
「決まりー!」
「お、お手柔らかにね……?」
そんなわけで、咲耶をふたたび改造することしばらく、完成した。普通にサイドから髪を垂らし、右肘に包帯、左腕に湿布を貼った咲耶である。
これはこれでレアではあるのだが……インパクトに欠ける気がする。
「まぁ、こんなものかな?」
「ど、どうかな……?」
「普通すぎてつまんないー」
「でも、きっと、圭吾は褒めてくれるばい!」
そう言って、写真を撮り、送信した。
返事を待つ中、結華がふと思い出したように言った。
「包帯と言えばさ、きりりん遅くない?」
「あー確かにー。何かあったんでしょうかー」
「私が探しに行こうか?」
「咲耶、逃げようとせんで良かけん」
「いや、そんなつもりはないのだが……」
なんて話していると、向こうもまた送ってくると思っていたのか、すぐに返事が来た。
直後、咲耶の瞳が鋭くなる。
圭吾『あ、それと似たような感じの子とこの前会って、助けてもらった!』
圭吾『あ、今の話、咲耶には言わないでね!』
もう遅いんだなこれが、と言わんばかりである。秘密にしようとしたことが尚更、反感を買ったようで、咲耶の額に青筋が浮かんでいる。
「ま、まぁまぁさくやん! まだきりりんと決まったわけじゃないから!」
「そうだよ! 女の子ってわけじゃないかもしれないし、落ち着いて!」
「と、思うじゃん?」
「「摩美々!」」
余計な事を抜かす奴はともかく、他二人に言われて、たしかにと咲耶は自分を落ち着ける。
……のだが、そのタイミングで、事務所の扉が開いた。幽谷霧子が、右目に眼帯をして。
「こんにちは……! どう、かな……新しい、イメチェン……」
「霧子……それは、誰に、教わったの、カナ……?」
「ひぃっ⁉︎」
この後、揉めるに揉めた。