陽射しが窓から差し込まれ、俺の顔を照らし出す。余りの眩しさに、すぐに目を覚ましてしまった。
窓の外では、チュンチュンと鳥がさえずり、朝独特の心地よさが俺の胸にまで響き渡った。
とりあえず起きよう、そう思いながら目を開けると……隣で、咲耶が目の前で目を開けたまま横になっているのが見えた。
「ふふっ、おはよう。圭吾……」
言いながら、俺の頬に触れる咲耶。その表情は、相変わらず慈愛に満ちた優しい笑みで、思わず胸が高鳴ってしまうほどに綺麗だった。
「あ、うん……え、起きてたの……?」
「勿論。君の寝顔を拝む為にね」
「や、やめろよ……」
「ふふ、恥ずかしがり屋さんだね……思わず、食べてしまいたくなるほどに」
「え、俺美味しくないと思うけど……」
「冗談さ。さ、目が覚めたのなら起きよう」
何故、咲耶がうちにいるかというと、この前の包帯少女……幽谷霧子さんに助けてもらった時の事がバレて、怒られ、可能な日はうちに泊まって行く事になった。
まぁ、それはそれでありがたい。やはり片目が見えないだけで随分と苦労を強いられているし。
「さ、圭吾。まずは髪をとかそう」
「てか、咲耶それ私服? いつ起きたの?」
布団から出たばかりなのに、咲耶は綺麗な私服姿でいる。
「ああ。私は40分ほど前に起きて身支度を済ませてある」
なんでそれで布団の中に戻るんだよ……。どういう情緒?
「圭吾に、見苦しい姿を見られたくなかったからね。その上で、圭吾の寝顔を見たかったんだ」
「え、見苦しい咲耶を見たい!」
「それはすこし悪趣味だよ?」
いやどの口が。
そうは言うけど、寝癖だらけの咲耶なんて小学生以来見たことないし、普通に気になるよ。
しかし、俺の願いは果たされずに、鏡の前に座らされた。サッサっと髪にブラシを通してもらう。
「……あれ、てかなんで髪を梳かしてもらってんの? 自然に……」
「私が、圭吾のお世話をしたかったからさ」
「さ、じゃないよ! 自然と世話を焼かない!」
「ふふ、私は世話を焼くためにここに泊まっているんだよ?」
そう言われると……まぁそうなんだが。でも、歳上としての威厳が……。
「にしても、綺麗な髪をしているね。昨日、お風呂を借りた時に見たけど、良いシャンプーとトリートメントを使っていたからかな?」
「実家にいた時から変わってないよ」
「ああ、お姉さんが愛用している銘柄か」
懐かしい。たまにお風呂場に入浴シーンを覗いてきたり、寝てると勝手にベッドの中に潜り込んできた姉。……そういや、咲耶が中学に上がった頃から仲悪かったな……。
そうこうしているうちに、髪を梳かし終えた。目に眼帯を装備し、洗面所を出ると、テキパキと咲耶は次の行動に移る。
「圭吾、少し待っていてくれ。すぐに朝食を用意する」
「なんか、ごめんなー。夏休みなのに、こんな時間使わせちゃって……」
「気にすることないさ。他の女性に助けさせるくらいなら、私が助けたいと思っただけだからね」
「う、うん……」
なんか怖いなこの子……。
「朝食は……あ、そうか。一人暮らしだから、あんまり食材を使わない方が良いのかな?」
「うん。いちおう……」
「では、パンと昨日のお味噌汁の残りで良いかな?」
「それでお願いします」
「うん。任せて」
となると、あんまり咲耶はすることが無い。パンをトースターに叩き込むと、続いて味噌汁の入った鍋を火にかける。
その間に、咲耶は布団を干し、部屋の窓を開けた。真夏の日差しがさらに飛び込んできて、割と普通に暑い。でも、クーラーを入れっぱなしにすると電気代が死んじゃうので、こうする他ないのだ。
「……よし、出来た」
しばらくして味噌汁が温まったのを確認すると、火を止めてお椀に注いでくれる。
続いて、トースターが「ちんっ」と音を立てたので、その中のパンも取り出して皿に乗せ、最後に箸を持って、そのまま机の上に置いてくれた。
「さ、食べよう」
「サンキュー」
「「いただきます」」
そう言って手を合わせ、朝食を食べ始める。んー……昨日の夜も思ったけど、やっぱメチャクチャ美味いな。咲耶の味噌汁。
「あーあ……目が治ったら、この味噌汁ともお別れかぁ……」
「ふふ、そんな大した味ではないよ?」
「んなことないよ。毎朝、俺の味噌汁つくってくれない?」
「喜んで!」
うおっ、急激に元気になったな……。相変わらず、中々わからん奴だ……。
「咲耶、今日はどうする? ジムでも行く?」
「怒られたいのかな? 安静にしていなさい」
「はぁ……やっぱりかよー。だって暇過ぎて面白くないんだもん」
ここ最近はずっとこんな感じだ。家にいるか、図書館で暇つぶししてるか。咲耶が「私がいないのに必要以上に外出したら事故に巻き込まれかねない」と言うので、家の近くにある図書館以外にいけなくなっている。
「何、私が一緒なら、外に買い物行くくらいなら許すさ。流石に激しい運動とかはダメだけどね」
「んー……じゃあ、また買い物ー?」
「安静にしていないと、海に行けないよ?」
「……むぅ」
そう言われると、意地でも安静にしているしかない。海には絶対に行きたい。夏の醍醐味である海、お祭りだが、目がこのままでは両方とも咲耶が行かせてくれない。
「海、海かぁ……」
そういえば、父親が仕事でどうしても遊びに行けなかった咲耶を、うちの家族旅行に連れて行ったこともあったっけ。あの時は一緒に海に入ったなぁ。
あれから、割と年月経ってるけど、あの時は悪戯で咲耶の水着降ろしたら、両親と咲耶と玲奈全員に本気でキレ散らされたっけ。
でも、あの時から咲耶の発育はよかったっけ。何せ、俺は咲耶に身長で追いついたことがないのだから。
「あー……咲耶、なんか昔は悪かったね……」
「ふふ、大丈夫。幸い、見られたのは圭吾だけだからね」
……しかし、今の咲耶でそんな事は絶対にしない。他の男に……いや、俺にも咲耶の肌を見せたいとは思えない。仮に咲耶の良さが色んな人に広まるとしても見せたくない。もし見られたら、そいつの闇討ちも考える次第だ。
にしても、だ。咲耶の水着、水着か……。あの、大きな胸が、限りなく可能な限り露出される……。
「っ……!」
「け、圭吾⁉︎ は、鼻血が……!」
想像するな、俺! お前はどすけべか! クソ……なんだってんだ、朝も何か咲耶と一緒に寝て少しドキッとしたし……なんなんだ、一体。
いや、今はそんな事よりも、だ。海に行くとして、咲耶にいくつかお願いしておこう……。
「……ね、咲耶」
「何かな?」
「もし、海に行けたら……あの、なんて言うんだっけ。ブラジャーとパンツみたいな形の水着はやめてね?」
「ひどい言い方だな……ビキニね。どうして?」
「どうしてって……あ、いや……その……ほ、ほら! 水着なんてほとんど下着じゃん? だから、下着姿のまま外で遊ぶのは、良くないと……!」
「……くすっ」
っ、わ、笑われた⁉︎ いや、笑うなよ! 違うからね? 変な独占欲とかじゃなくて……いや、そうかもだけど……。
「な、なんで笑うんだよ⁉︎」
「いや、可愛いなって」
「可愛いって言うな!」
「でも、私の水着姿は見たくないかい?」
「そんなの……!」
……。
…………。
…………。
「…………み、見たい……」
「……へぇ?」
「あ、う、嘘! やっぱ見たくない!」
「そうかそうか。ふふ、圭吾もえっちだな」
「さ、咲耶〜!」
「ほらほら、安静に」
こ、この野郎……! ぶっ飛ばすぞこいつめ!
「とにかく、水着はび……ビキニ? はダメだからな!」
「しかし、圭吾の理屈だと、圭吾も水着禁止って事になるよ?」
「お、俺は良いの!」
「それはダメだな。私だって、圭吾の一矢纏わぬ霰もない姿は、本来なら他の女の子達に見られたくないんだ」
「っ……」
「せっかく海に行ったのに、私達は水着に着替えられず、泳げもしないね?」
「っ……〜〜〜っ!」
こ、こいつ〜……! 本当にずるい奴め……!
「わ、わかったよ……もう……」
「大丈夫。せめて圭吾の気持ちも尊重して、海に浸かっていない時は、パーカーなりシャツなり羽織る事にするよ」
「……」
……まぁ、良いか、それなら。それに、万が一にも変な盗撮野郎とかいたら、俺が海に流せば良いだけの話だし。
そうこうしているうちに、食事を終えた。咲耶が食器を持って流しに戻し、洗い物を始めている間に、俺は着替えを済ませた。ずっとパジャマだったから。
で、二人揃って歯ブラシをする。
「で、今日はどうしようか?」
「買い物。この前は途中で辞めちゃったし、俺も水着買わないとだし」
「ふふ、じゃあ私が選んであげよう」
「安い奴適当に買うからいいよ」
「ダメだよ」
「俺のものを買いに行くんですが……?」
何故、そちらが許可を下ろす側に……。
「ふふ、圭吾が私の水着を楽しみにしているように、私も圭吾の水着を楽しみにしているんだ」
「いや、男性用の水着なんて何を選んでも大差ないでしょ……」
「そんなことを言うと、ブーメランパンツを履かせてしまうよ?」
「俺が悪かったので勘弁して下さい……」
なんてこと言い出すんだこの彼女は……。あんなの競泳以外で履きたくないし、なんなら競泳でも履きたくない。
「じゃあ、ちゃんと選ぶことだね」
「あの、値段優先でお願いします……」
「うん。それは勿論」
助かる。
×××
買い物を終えて、俺と咲耶は帰路についていた。何とか咲耶のお眼鏡に合う水着を買えた。普通に青基調で白いラインが入ったカッコ良い奴。まぁ普通の水着だよ、これ。
でも、咲耶としては満足だったようで、二人でそのままのんびりと歩いている。もうこうして一緒に歩くのは何度目なのかも分からないのに、最近は回数を重ねる度に、緊張度が跳ね上がる。
なんだろう、この感じ……昔は、咲耶と一緒の時に緊張したことなんて無かったのに……気の所為かな?
いつのまにか、うちのアパートの前に到着してしまう。
「あ、そ、そうだ。咲耶、今日も泊まっていけんの?」
「いや、今日は帰るよ。明日、仕事だからね」
「そ、そっか……」
いや、まぁ別に良いんだけどね。俺だって、咲耶の足は引っ張りたくない。それに、アイドルをやっている咲耶だって、俺の知らない一面を見せてくれるし。
だから、ここは男らしく送り出してやるべきだろう。
「じ、じゃあ咲耶。またね」
「あ、待った。圭吾。一つ、伝え忘れていた」
「え?」
なんだ急に?
「今週の土曜日から、しばらく事務所の旅行に行くから会えなくなってしまうんだ」
「………はい?」
「私がいない間、目に負担がかかるようなことはしないようにね」
「……」
え、う、嘘……。……っ、い、いやいや、待て待て。落ち着け俺。取り乱すな。大丈夫、たかが数日の別れよ。去年はほとんど何ヶ月も会ってなかったでしょ。
だから大丈夫、落ち着いて……うん。ふぅ。落ち着いた。
「そっ……そっか、分かった……!」
「ふふ、寂しくなったらいつでも電話かけてくると良いさ」
「う、うるせえ! そっちこそ泣きついて来いよ!」
「考えておくよ。じゃ、またね」
「う、うん。また」
咲耶は小さく微笑むと、駅の方向へ歩いて行った。
その背中を眺めながら、見えなくなるまで手を振る。その後、ため息をついて部屋の中に戻った。
……ハッ、待て待て。何今のため息? 俺は咲耶かよ。いつからそんな寂しがり屋になったのさ、俺は。
大丈夫、どうせすぐに会える。
そう強く念じながら部屋に入る。まだ微妙に咲耶の残り香が部屋の中に充満している。ここ数日のために、咲耶がうちに泊まっても良いように着替えや下着、歯ブラシが置いてある。
「……」
……よーく考えてみれば、あれって咲耶の残留思念みたいなもんだよね。そう思えば、俺はいつでも咲耶に包まれているようなものだ。
うん、だから寂しくない。
そう強く念じながら、とりあえずその日はさっさと眠る事にした。