俺は咲耶に弄ばれる。   作:バナハロ

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逃げる時はなりふり構わず。

 バイト先にて、俺はのんびりと仕事をする。一年前までは月間皿割りランキング堂々の一位だった俺だが、今では月間クレームが少ない店員ランキング堂々の一位という地位を手にし、堂々と仕事をしていられる。

 人間が自信を持つのに一番大事なことは、学歴や資格などの肩書きではなく、実績である。

 今では、基本的に対応できない事は何もないし、店のアルバイトの中では、10人中4番目に仕事が出来る。

 さぁ、どんな客でも来るが良い。俺は、どんな客が来てもあらゆる手を使って最高の接客をしてやるぜ。

 ピポピポピポーンっ、とお客様来店音がして、顔を向ける。

 

「いらっしゃいま……」

「圭吾、相変わらず制服姿も愛しいね!」

「ーっ……!」

「圭吾⁉︎」

 

 唐突にカノジョが現れ、カウンターの奥で蹲り、ほふく前進で逃げ出した。

 

 ×××

 

 夏葉がいない日にも、俺は体力をつける為にマラソンをしている。朝走れなかった日は夜道を、鼻歌なんて歌いながらのんびり走る。

 この時期に夜のマラソンは心地良い。身体が温まってしまう反面、川や林が近い場所なら流れる風が夏とは思えないくらい気持ち良いものなのだ。

 やはり世の中に必要なのは、心の余裕だ。それを生むためには、こうして身体を動かす事が重要なんだよね。別に走らなくても、家の中でインド映画のようなダンスを全力で踊れば心に余裕は生まれる。

 まぁ、要するにストレスの発散のことを指しているわけだが。とにかく、暴れりゃ良いのよ。人に迷惑がかからない範囲で。

 そのまま頭を空っぽにして、心に余裕を生もうと走っていると、正面からコツコツと足音を立てて、二人の女性が談笑しながら歩いてくるのが見えた。

 

「そうなんだ……最近、やたらと彼氏が……ん?」

「どうしたの? さくやん」

「おーい、圭吾。偶然だね……うえっ⁉︎」

 

 直後、俺は足首を捻ってしまい、そのまま土手をゴロゴロと転がって川の中にダイブしたが、それでも強引に身体を起こし、反対側の土手沿いに上がって逃げ出した。

 

 ×××

 

「で、何があったのよ?」

 

 目の前にいるのは、有栖川夏葉。俺は夏葉と二人でカフェに来ていた。

 

「あの……咲耶に内緒でこんな所に来るとまずいんだけど……」

「その咲耶から頼まれたのよ。あなたにやたらと逃げられるから、そろそろ自殺を考えてるって言われて」

「自殺⁉︎」

 

 何考えてんだあのバカは⁉︎

 

「咲耶が私を頼るなんて相当よ? なんで逃げてるのあなた?」

「いや……それは、まぁ……」

「まぁ、何よ」

「ちょっと……」

 

 それは言いたくないんだけど……。何せ、理由が理由だし……。

 

「あなたね、チキンもいい加減にしなさいよ。それでも男?」

「いや、違うって! 咲耶が怖いとかそういうんじゃないから!」

 

 てか、あいつを怖いと思ったことなんて一度もない。

 

「じゃあどうして?」

「……いや、まぁ……なんでだろう」

「子供じゃないんだから。白状なさい」

「……」

 

 どうしようかな……。まあ、夏葉なら信用出来るし、言っても良いかな……。

 

「……言っても、引かない?」

「引かないから。何?」

「……ほんとに?」

「ほんと!」

「……ずっと友達でいてくれる?」

「っ……〜〜〜! お、女の子かあなたは! いいから言いなさい!」

「……」

 

 そこまで言うなら……うん。言おう。小さくため息をつくと、俺は決心するように唾を飲み込み、俯いて悩みを吐き出した。

 

「……咲耶が、その……派手な下着をつけてて……それを、見てしまって……」

「で?」

「その上で……もう少し、落ち着いた色の下着の方が似合うとか……クソ下劣で劣悪で悪癖なことを抜かしました……」

「……で?」

「え?」

「え? 終わり?」

「うん」

 

 え、何その反応……? キョトンとしてるのはなんで? 俺だいぶやばいこと言ったよね。

 なんか俺と夏葉の間の感情の凹凸が大きい。というか、夏葉は全力でため息をついた。

 

「はぁ〜……バッカバカし……」

「なんでだよ⁉︎」

「そんなんで悩んでるわけ? もう一回中学からやり直したら?」

「何その反応⁉︎」

 

 失礼にも程があるだろ! え、だって普通引かない? 女の子の下着のことを指摘したんだよ? 男がブリーフを見られて「トランクスとかボクサーに変えたら?」って言われるならまだ分かるよ? だってブリーフってダサいし。

 でも、女の人の下着をあれこれ言うのは、もうセクハライオンでしょ。こんばんワニの次にしれっと混ざってても不思議じゃない。

 

「確かに、あなたが私に言ったんならまだ引くわよ? 普通にセクハラだし」

「でしょ?」

「でも、あなたと咲耶の関係はもう全然違うでしょう? 恋人同士なんだから」

「……」

 

 そういや、そうなんだけど……でもあんまり言い過ぎるのも良くないでしょ。特に、俺は昔から咲耶の裸を何度か見てきたのに、今になって「こんな下着が良いんじゃない?」って、まるで次に見る機会を待ってるみたいじゃないの……。

 

「それに、あなただいぶ女の子に対して美化したイメージを持ってるみたいだけど、そんな事ないわよ? みんな清楚でお淑やかじゃないの」

「そんなの夏葉を見てれば分かるよ」

 

 蹴られた。脛を。机の下に蹲るようにして脛を抑えている俺を無視して、夏葉は続けた。

 

「女の子にだって、ガサツでボーイッシュな子、食べ過ぎちゃって体重管理も出来ないJK、お淑やかに見えて少女漫画に目がない大和撫子、小学六年生にして身長が……おっと、これは言わない方が良いかも」

「え? 最後、なんて?」

「とにかく、色んな子がいるの。中には、下着を褒めてもらいたい女性もね」

「でも、咲耶はちがうでしょ」

 

 俺の知ってる咲耶は、少なくともそんな子ではないから。いや、そんな子と言っても、別に軽蔑してるわけじゃないんだけどさ。

 しかし、咲耶は違うってこと。だって、あの王子様だよ? 人のために何もかもを尽くせる、成績優秀スポーツ万能容姿端麗の白瀬咲耶が、性癖的な趣味を持っているとは思えな……って、何その夏葉の顔。

 

「あなた……なんか、女泣かせね。というより、咲耶泣かせ」

「は? なんで?」

「咲耶の事、案外何も分かっていないんじゃない?」

「え……」

 

 ど、どういう意味……? 

 まるで、俺の心臓を抉りこむかのように言われ、思わず動揺してしまった。そんなはずない、と思った割に、図星を突かれた時と同じ感覚に陥ったからだ。

 

「もう少し、咲耶を気にかけてあげなさい。色々と見えてくるわよ。あなたに似て分かりやすいし、あの子が好きなものが分かってくると思うから」

「……」

 

 ……確かに俺って、咲耶のこと何も知らないのかな……だとしたら、もしかしたら、俺って奴は……。

 

「ま、その辺はくどくど言うつもりはないけど。でも、咲耶はあなたに下着を指摘されたくらいであなたの事を嫌いになるような子ではないわ。それでも気になるって言うなら、一応謝っておいたら?」

「……そっか。そうだな……」

 

 ふーむ……そうだな。俺、考えてみたら俺ばっかり咲耶を振り回してて、あんまり咲耶の好きなことはさせてあげられてなかったかも……。

 とりあえず、咲耶と次に会う日に、少し向こうの話に耳を傾けてみよう。

 さて、それ以前にまずは逃げ回っていたことを謝らないとな。我ながら男らしくなかった。

 

「じゃ、そろそろ……」

「あ、待って夏葉。もう一つ」

「何よ……?」

 

 そ、そんな嫌そうな顔しないでよ……。いや、面倒をかけさせて悪いとは思ってるが。

 

「あの……最近、咲耶の顔とか家で思い出すと胸が痛くなるのはなんで……?」

「……ふふ、なんでかしらね?」

「え、何その反応? 適当過ぎない?」

 

 教えてくれないってことか……? なんか、この胸の痛みはスポーツの試合とかしてる時と似てるんだよな。プレッシャーって奴、なのかな? でも、咲耶を見て俺が今更、プレッシャーを感じるってなんだろう……。

 

「心臓病とかじゃないから、その辺は安心なさい」

「そんな心配してないよ」

「そういうのも恋愛の醍醐味なんじゃない? よく知らないけど」

「恋愛、恋愛かぁ……」

 

 もしかして、俺が今までしてたのって恋愛じゃない……? 

 

「さ、そろそろ行きましょう。私、これから智代子と神奈川までマラソンに行くの」

「ふーん……え、神奈川?」

「昨日、期間限定、チョコ、白桃、いちごでパフェ4種類を食べたそうよ?」

「体重以前に糖尿を心配してあげた方が良くね?」

 

 まぁ、そういうことなら仕方ないか。とりあえず、カフェを出た。とりあえず夏葉を駅まで送ることにして、二人で店を出た。

 そんな時だった。後ろから、ガッと肩を掴まれる。

 

「やーっと捕まえたよ、圭吾」

「っ、さ、咲耶っ……⁉︎」

「あなた、どうしてここに?」

「たまたまさ。なんとか圭吾を捕まえるために、オフの日はこっちでウロウロすることが多いんだ」

 

 怖いわ。捕まえるって何、ポケモンの話? 

 

「さ、咲耶……?」

「ふふ、さて。そろそろどうして逃げ回っていたのか、教えてもらおうか?」

 

 うぐっ……や、やはりその話か……いや、良い機会だと捉えることにしよう。それよりも、咲耶の趣味に付き合えって話だったっけ……。

 口で謝るよりも、やはり態度で示した方が良いだろう。咲耶が、もし本当に下着を見られるのが趣味なのだとしたら……。

 

「圭吾?」

「……」

「……ほへぇっ?」

「へ?」

 

 俺は、肩を掴まれたまま咲耶の襟を手前に引き、ブラジャーを覗き込んだ。薄いピンク色、俺のアドバイスを聞き入れてくれたようだ。

 

「可愛い下着だね、咲耶!」

 

 頭上から脳天に拳が振り下ろされ、俺は顎を地面に強打した。

 

 ×××

 

「まったく、私だから良かったものの、普通にセクハラだよ?」

「殴られてる時点で良くはない気がする……」

「何?」

「イエ、ナニモ」

 

 普通に怒られ、普通に謝った。うん、やっぱり下着を見られるのが趣味な女性なんていないね。

 

「でも……少し嬉しいな……。まるで、圭吾が少しは異性に興味を示してくれたみたいで……」

「あれ、やっぱり他の人に下着見られるの好きな人?」

「もう一発いく?」

「嘘です、ごめんなさい……」

 

 いや、でもどっちだ……? まだ否定はしていないぞ……。

 

「言っておくけど、私は別に見られるのが好きではない。ただ、圭吾に肌や下着を見られるのは嫌ではないと言っているだけだからね?」

「俺限定なの?」

「そういう事」

 

 ……なんでだろう。俺の前になら恥ずかしいところを見せても良い、と言われているのに、何故か嬉しくて仕方ない。いや、裸を見たいと言っているわけじゃないんだけど……。

 あ、いや……聞いたことがあるな。バイト先の先輩から。確か、そういうのって……。

 

「咲耶、俺のこと男としてみてないの⁉︎」

「違うよバカ。……いや、違くもないかな?」

「やっぱり!」

「でも、今私が言っている意味はそういう事じゃない」

 

 ……な、なんなんだ? なんか難しいな、女の人って……。

 半ば混乱しつつある中、咲耶は俺の頭に手を置く。反射的にそっちを見ると、にこりと微笑んだ。

 

「まぁ、その辺はゆっくり分かってくれれば良いさ」

「ーっ……こ、子供じゃないから!」

「おっと、怒らせてしまったかな?」

 

 ……これだ、この動機。なんで、今まで無かった症状がこんなに出るんだ……。咲耶の顔が、直視できない……! なんか、ムカつく……! 

 

「……クソババァ」

「何か言ったかい?」

「う、嘘ですごめんなさい!」

 

 再び叩かれそうになり、謝った。

 でも、結局緊張しちゃってるから、何も解決出来ていないんだよな……。何とかして、この動悸を抑え付けないといけない。

 咲耶の何処に緊張しているのか知らないが、おそらく夏葉に指摘された「咲耶のことが何も分かっていない」という点と何か繋がりがある気がする。

 咲耶の趣味は結局、俺に下着を見せつけることでは無かったが、確かに咲耶の好きなことは「色々な所に出掛けること」以外に思い付かない。

 その為には……やはり、なんでも受け入れる寛容さが必要だ。

 

「咲耶!」

「何?」

「今から、俺はなんでも咲耶の言う事を聞きます! だから、なんでも言ってくれ!」

「……急にどうした?」

「良いから! なんでも来い!」

「……?」

 

 少し困惑してしまった咲耶だが、すぐにいつもの笑みを浮かべると、俺の腕に自分の腕を絡めた。

 

「ふふ、じゃあ……キス、してくれないか?」

「きす……?」

「そう、キス」

 

 キス……? キスって……あの、前に咲耶が俺の頬にした……。

 

「キス⁉︎」

「ふふ、何でもしてくれるんだろう?」

「えっ……い、いや……そ、そういう感じですか……?」

「ダメかい?」

「だ、だめっていうか……」

 

 さ、咲耶もませてるなぁ……あ、あはは、あははは……。だ、大丈夫……落ち着け。そうだ、元々、俺と咲耶は恋人。いずれそういうことをする日は来るんだ。

 それが今だと思えば……。

 

「……(チラ見)」

「?」

 

 む、無理だー! 俺にはハードルが高過ぎる! あと身長も高過ぎる! 単純に届かねえよ! 

 それなのに、唇を尖らせて背伸びするなんて……恥ずかし過ぎる! 

 でも、なんでもするって言っちゃったし……ならないと男じゃない……! 

 頑張れ俺。男になれ、俺。ここでビビるような奴は、情けないにも程があ……。

 

「なーんて、冗談さ」

「……は?」

「圭吾には、そんな真似出来ないのは分かっているさ」

 

 言いながら、咲耶は俺の頬に手を当て、額にキスをする。

 ……この野郎、人が決心してやっとの思いでやろうとした時に「やっぱりいいです」と言った上に自分は平然とそれをこなすだと……? 

 頭にきたぞこの野郎……! 

 

「さ、それよりこれからどうするか……ひぇっ?」

「っ……!」

 

 頭にきた勢いで、咲耶の袖を強引に引き込み、姿勢を崩した上で頬に唇をつけた。

 つけたのはほんの一瞬であったが、俺にとっては5分くらいの刻に感じた。心臓が再び音を鳴らす。

 

「……け、圭吾……?」

「……」

 

 その日から、俺は咲耶を前にしても、少し動じなくなった。

 

 

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