長期休暇中、一回くらいは実家に帰った方が良いのは、当たり前と言えば当たり前のことだ。
そもそも、学生の一人暮らし、というのは、両親は基本的に反対だ。金が掛かる、というのも勿論だが、何より心配だから。親元を離れ、今まで生まれ育った場所から、何も頼るものがない新天地で、何年も暮らすというのだから。
特に、俺は「え、一人暮らし?」「本気?」「寝言は寝て言うものよ?」「人には向き不向きがあるものだよ?」「小松は一人で美食屋の仕事しないでしょ?」と、まぁ散々ボロクソに言われたものだ。
まぁ、とにかく、心配かけさせているのなら、たまには元気にやってる顔を見せたほうが良い、というのが俺の考えであって。
今日は、咲耶と一緒に実家へ戻る日だ。
「眠い……」
「ふふ、早起きしたからね。着いたら、起こしてあげるから、私の肩を使うと良い」
「んー……いや、大丈夫」
少し眠気がするって程度だから。
電車の中で、咲耶の隣に腰を下ろして揺られている。
「ふふ、遠慮することないのに……可愛い子だね、本当に」
「まず『子』じゃねぇ……」
本当に生意気だよ、この野郎め……と、思って隣を見上げると、咲耶が小さく欠伸をしているのが見えた。
「……咲耶の方が眠そうじゃん」
「おや……見られてしまったか。少し、昨日の仕事がハードでね」
ふむ……相変わらずアイドルってのは大変そうだなぁ。よし、ここは一つ、俺が人肌脱ぐとしよう。
「俺の肩、使って良いよ!」
おお、今の少しお兄さんっぽくない?
咲耶も、少し驚いたように瞬きを数回繰り返す。が、やがてすぐに笑みを浮かべた。
「じゃあ……お言葉に、甘えようかな」
「うん。そうしろ!」
そう言って、咲耶はこちらに体重を預けて来る。大丈夫、流石に「重い」なんて言うほど野暮じゃない。
ようやっとお兄さんっぽいことができた……と、思ったのだが……。
「……」
「……」
咲耶の頭は、俺の脳天に置かれている。俺が咲耶に肩を貸すには、身長差があり過ぎた。
「やっぱり寝るな!」
「うわっ⁉︎ 危ないよ、急に頭をどかしたら……!」
後ろに晒して、窓に頭をぶつけながらも咲耶の頭をどかす。
全然、お兄さんっぽくなかったわ……。何なら、頭で頭の位置を測られてるみたいで異様に腹が立った。
頭をどかした結果、咲耶の頭は俺の膝の上に降りて来る。
「はぁ……せめてもう2センチ、身長があれば……」
「……」
「咲耶、早く体起こしてよ。ここ電車の中」
「あ、ああ……そうだったね」
言うと、咲耶は俺の膝から身体を上げる。
「飛行機の中でならいくらでも眠れるから。その時まで待ってて」
「分かったよ。お兄さん」
「……」
……こいつにお兄さんとか言われても、正直、困るだけに思えてきたな……。なんか、普通にカッコ悪い。
「ごめん、やっぱりお兄さん呼びやめて」
「どうして?」
「なんか、恥ずかしい」
「ふふ、分かったよ。お兄ちゃん」
「それもやめろ!」
こ、この野郎……やっぱり、こいつには一生勝てる気がしないな……。いつになったら、俺が翻弄する側になれるのだろうか……。
×××
電車からはさらにモノレールに乗り換え、ようやく空港に到着した。
「うおー! 飛行機だー!」
いつ見てもテンション上がるよね、飛行機! こんなでっかい金属が空を飛ぶとか、マジですごい。
スーツケースを転がしながら、走って待合室に設置されている巨大な窓の方へ駆け寄る。
が、スーツケースのローラーが踵に直撃し、前方に倒れ込んだ
「うわっ……!」
「っと、危ない。気をつけて、圭吾」
横から支えてくれたのは咲耶。転ぶ前に、腕を伸ばしてキャッチしてくれた。
「あ、ご、ごめん……」
「相変わらずだね、圭吾。小学生の頃は、電車に興奮して、よく転んでいたのを思い出すよ」
「お、思い出さなくて良いよ!」
なんてやってる時だ。待合室に設置されている椅子の方から声が聞こえる。
「あれ、咲耶様じゃない?」
「あ、じゃあ一緒にいるのは……?」
「もしかして、弟?」
「あー、ぽいかも」
「にしても……やっぱり、咲耶様素敵……」
「お嫁にしてほしい……」
……今、かなり不愉快な勘違いをされましたが?
「……」
「……気にすることないさ、圭吾。周りの人達が知らないだけで、君はいつまでも、私のお姫様だよ?」
「さ、咲耶……」
そうだ、周りにどう思われようが、俺は彼氏で咲耶が彼女、俺の方が歳上で、咲耶を引っ張っていける面もあるんだ。
咲耶だって、たまに俺に頼り甲斐を感じることがあるって言ってくれたし、人間、見た目よりも中身で……ん?
「おい、誰がお姫様だ」
「おや、バレてしまったか」
「おや、じゃないわ!」
こ、この野郎め……ちょっとした感動を返せよもう! 今日はテンションが高いのか、いつにも増して意地悪だぞこいつ!
ここは一つ……俺も、あんまり舐められないよう、歳上としての威厳をだな……!
「それより、飛行機を背景にして写真を撮らないか?」
「あ、良いね。撮ろう!」
そういや、咲耶と飛行機の写真とか初めてだ! 撮らないと。
咲耶がスマホを持ち、俺の肩に手を回して自身の方に抱き寄せる。俺も、身体を半身にして咲耶の方へ身を寄せる。
右半分に俺と咲耶が映り、もう半分に止まっている飛行機が映る。
「撮るよ?」
「はーい」
カシャっというシャッター音がして、再度、写真を確認する。うん、よく撮れて……って。
「……これじゃあ、俺が彼女みたいじゃん」
「おや、バレてしまったか」
「同じ反応してんじゃねーよ!」
ムカつく! やっぱこいつ、いつもよりテンション高い!
「さ、咲耶ー!」
「怒らない怒らない。さ、いい加減、行こう。あまり騒ぐと、他の人の迷惑になる」
こ、こいつめ〜……! いつかやり返してやるからな……!
仕方なく、周りの視線を感じながら、ほぼ強制的に、咲耶に引っ張られる形でその場を立ち去った。
「ぐぬぬっ……」
「ふふ、唸らない唸らない。それより、家族にお土産は買ったのかい?」
「あ……そ、そうだ。忘れてた。……空港のもので良いかな」
「そういうものは気持ちが大事だからね。だいじょうぶだと思うよ」
「じゃあ、選ぶの手伝って」
「勿論。私も、父さんに買っていかないといけないね」
そんな話をしながら、お土産屋さんに入った。うちの両親も姉も、甘いものはあまり食べない。俺以外はみんな、コーヒーもブラックだし、紅茶も無糖だし、チョコレートもカカオ80%以上、抹茶もオレとかじゃなくてガチの抹茶しか飲まない。
だから、甘いものよりも、そういう……ディープなものの方が喜ばれる。……なんであの家族から俺が生まれたんだろうか? たまに不思議に思うな。
「やぁ、もう決まったかい?」
いつの間にか別行動をしていた咲耶が、いつの間にか箱を抱えて戻ってきた。
「いや、まだ。咲耶は……あ、決まり?」
「うん。父さんは何でも喜んでくれるからね。私のものよりも、圭吾のお土産を一緒に考えさせて欲しいな」
「……」
ず、ズルい……なんか、こう……こう言う小さい所で、イケメン力的なものを発揮されるのが……。
俺が自分のことを考えている間に、咲耶は俺のことを考えていたわけだ。悔しいけど……ホント、カッコ良い奴だな……。
「? 圭吾?」
「……何でもないよ。選ぼう」
「うん」
そのまま二人でお土産を選んだ。
×××
お土産選びが終わり、俺は咲耶に荷物を預けてトイレに来ていた。離陸前のトイレは当たり前だ。
ふぅ、なんか少し落ち着いてきた。少し、咲耶に対抗心燃やしすぎたな……。なんというか、女の子に男らしさで対抗心燃やしてどうすんだ俺は。
そもそも、改めて考えてみると、咲耶のカッコ良さや男らしさは、他の男でも勝てないほどのものだ。
いい加減、俺も今年で二十歳なんだし、このくらいのことで熱くなるのはやめよう。
咲耶が俺をやたらと可愛がろうとしたり、揶揄ったりするのだって、考えてみれば好きな子にちょっかい出したがるアレみたいなものだ。
だとしたら、むしろ可愛いの咲耶の方。よし、戻ったら俺の方からあいつに「可愛い」と言ってやろう。
そう心に決めつつ、手を洗ってトイレから出ると……目の前で、咲耶が女性の口元に手を当てて、頬をハンカチで拭いていた。
「ふふ、大丈夫かい?」
「は、はい……!」
「口元が汚れてしまっているね。これで拭いて差し上げよう」
「お、お願いします……!」
「綺麗な肌と唇だね。まるでゼリーのようにプルプルしている。……ふふ、味見してみたく……ん?」
こいつ……ほんとにこいつは……! な、なんだよ。確かに可愛い子ではあるけど……でも、俺といるのにすぐそうやって他の女の子にさぁ……。
「失礼、お嬢様。私の王子様が来てしまったみたいだ。また会う日を、楽しみにしているよ」
「は、はひ……」
俺の視線に気づいた咲耶は、女の人に挨拶すると、俺の元に戻ってくる。
「すまない、私にぶつかった女の子が、口元に飲んでいたジュースをこぼしてしまってね。拭いてあげていたところだったんだ」
「……あっそ」
「ふふ、随分とそそっかしい子だったよ。可愛らしくお淑やかに見える反面、かなり……ん?」
「……」
気が付けば、俺は咲耶の手を握り、ギュッと力を込めていた。
う〜……なんだこの感じ。ホント、なんかムカムカする。なんていうか……なんで俺以外の人を可愛がってるの? 的な感じが……。いや、可愛がられたいわけじゃないんだけど……。
「……バカ」
「な、なんだ急に……?」
「もういい。飛行機乗るぞ」
「もしかして……妬いているのかい?」
「!」
こ、このやろっ……なんか知らないけど、ドタマに来た!
「や、妬いてなんかねーよバーカ! 調子に乗るな!」
「あ、け、圭吾! 慌てて走ると……!」
転んだ。盛大に。今度は、咲耶も間に合わず、普通に顔を床に打った。
×××
なんやかんやあったが、飛行機に乗り込んだ。俺と咲耶は勿論、隣の席。俺が窓際で咲耶が廊下側。
「いやー、やっと飛行機だなー!」
「ふふ、そうだね。やっぱり、テンション上がるかい?」
「そりゃもう!」
だって、これから飛ぶわけだし! や、もうホントテンションまじ爆上げだわ。今ならタイムスリップできる気さえする!
「でも、離陸し切るまでは席から立たないようにね?」
「わーってるよ」
そんな話をしながら、飛行機の中で待機しながら、一息つく。
すると、飛行機が動き始める。地上を動いている間は車と同じようにタイヤが転がっているだけのはずなのに、かなりの振動が腹の底まで響く。重量が違うからだろう。
「おお……この離陸する瞬間が良いよね。なんかこう……非日常感? みたいなのが……」
「むしろ、飛行機は今や日常的に使われている乗り物だと思うけどね」
「お、オレ達は日常的に乗らないから良いの!」
一々、言葉尻を捉えてからかうんじゃないよ!
「でも、飛行機が楽しいのはわかるよ。少し、大人になった気分になるよね」
「でしょ? 滅多に乗る機会無いと、尚更」
飛行機ほど胸躍る乗り物を、俺は知らな……あ、いや新幹線も良い勝負かも。
「新幹線もアリじゃない?」
「あ、いやそれは私、割と乗ってるから……」
「あ、仕事か……良いなぁ。俺もアイドルになりたい」
「新幹線に乗るためにアイドルとか言われても……でも、なるのなら全力で推すよ、私は」
「いや、恥ずかしいからやっぱなりたくない」
アイドルっていう職業が恥ずかしいんじゃなくて、人前で歌って踊るのが恥ずかしい。
「私は見てみたいな。圭吾が衣装を着て、天使の歌声で、蝶のような舞を見せるのを」
「え……そ、そう?」
「そうだよ。男性のアイドルだが……やはり、圭吾の場合は元気が出る歌が似合うな。マイクを握り、フリフリのスカートを履いて、柔軟な腰使いの天真爛漫なアイドルが似合うよ」
「な、なるほ……おい、それ男アイドルじゃないだろ」
「気の所為さ」
「スカートとか抜かしておいて惚けるな!」
こ、こいつ、本当に……! 隣で頬を抓ってやろうと手を伸ばすが、通り掛かったCAさんが声を掛けてくる。
「お客様、離陸前ですので、背もたれに背中をお付けください」
「あ、す、すみません……」
「……ぷふっ」
「テメッ……!」
「お客様?」
「……すみません」
く、クソう……。隣で笑いを堪えている咲耶がいるのに手が出せないのが、なんかとても悔しい……。
「ふふ、圭吾。ダメだよ? ちゃんと離陸前はおとなしくしていないと」
「お、お前ぇ……」
「ふふ、すぐムキになるあたりが、本当に可愛いよ、君は」
「……」
……覚えてろよ。いつか見返してやるからな、本当にお前は……。
×××
自宅に到着した。……のだが、タイミング悪かったようで、家には誰もいなかった。まぁヒールの靴とか革靴がなくなっているわけではないから、仕事とかではなく、単純に買い物か何かだろう。
なので、咲耶と一緒に、久々に俺の部屋に来ている……のだが。
「……あ、あの……咲耶……?」
「ふふ……実は、電車の中からずっと我慢していたんだ……」
「う、うん……」
咲耶は、俺の膝の上に頭を置いていた。正確に言えば、頬を膝の間に埋めているため、頭というより顔を置いている感じだ。
電車の中、というのは、東京にいた時の電車だろう。偶然、俺の膝の上に頭を落としてしまった時の奴だ。
「圭吾の華奢な足に甘えるのも、悪くない……」
そう、これなんだよ……。こいつ、甘えん坊な所もオープンになっちゃったから、もう弱点が無いんだよな……。
まぁ、これはこれで可愛いんだけど……でも、このままじゃ俺が勝てる部分なんて、もうないんだよな……。
あ、あと……その、なんだ。膝の先端に、咲耶の胸が微妙に当たってて、その……恥ずかしい……。
「はぁ……無敵だなぁ……」
「圭吾、今日寝る時は、腕枕してくれない、かな……?」
「良いけど……」
「ふふ、決まりだ……♪」
ダメだ。もうこいつに勝つのは諦めよう。
「昔の咲耶は、俺から離れるってだけで号泣していたのにな……」
そのセリフに、膝の上の咲耶がピクッと反応したのを俺は見逃さなかった。なんだろ、トイレか?
「特に、俺が東京行くって知った時は、あの後ひと月くらい口聞いてくれなかったくらい、拗ねてたのに……」
「け、圭吾……昔の話は、やめにしないか?」
「え? なんで?」
ふと顔を下に向けると、いつの間にか咲耶は頬ではなく顔全体を俺の膝に埋めている。
もしかしてこいつ……照れてる? 過去の話とかされるのが苦手だったりするのか……?
この時、嗜虐心を芽生えさせた俺を、一体誰が攻められよう。ニヤリとほくそ笑んだ俺は、身体を前に倒し、咲耶の耳元で囁いた。
「で、あのあと……結局、咲耶からうちの前に来たよね。寂しさに耐えられなくて」
「け、圭吾……! やめてくれって……!」
「しかも、確か俺の部屋に勝手に入ってベッドの匂い嗅いでるところを目撃しちゃったんだっけ」
「うっ……ち、違っ……ていうか、昔の話は……本当にダメ……!」
「あの後、耐え切れなくてうちに泊まって行ったっけ? 風呂とトイレの時以外、ずっと俺の周りから離れなくて、その風呂とトイレの時だって扉の前で待ってたくらいで」
「あっ、だ、だめだったら……! 本当に、恥ずかしいから……!」
「なんだかんだ言って、どちらかと言うと俺がいないとダメなのは咲耶の方だったって事だな。まぁ、それがまた可愛かったわけだけど……」
「や、やめてってば!」
「ふぉぐっ⁉︎」
急に顔を上げられ、額にクリティカルヒットした。
今のは効いた……死ぬかと思っ……あ、あれ? 咲耶……なんで、立ち上がって、両手をワキワキさせて……。
「人の嫌がる事をする悪い子には、お仕置きが必要だよね?」
……セリフの割に、顔を真っ赤にしてる。多分、本気で恥ずかしかったのだろう。
このまま、くすぐられるにせよしばかれるにせよ、肉体勝負じゃ敵わない。だから、ここは謝るのがベストだ。
……なのに、だ。そんな恥ずかしさを必死に堪えて怒りを露わにしている咲耶を見て、思わず俺は口走ってしまった。
「……やっぱり、可愛い……」
「はうっ……!」
直後、咲耶は動きをフリーズさせ、そのまま後ろにひっくり返る。そこにあるのは、俺のベッドだ。
「……もう、お嫁にいけない……」
そう言いながら、布団の中で悶える咲耶を待て、俺は確信した。
この日、俺は強く成れた、と。