俺は咲耶に弄ばれる。   作:バナハロ

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プロローグは終わりです。


保護者の悩み(1)

 高校三年生、というのは中々、ハードなものだ。進路を決めないといけない、というのは当然だし、実際、それだけしかやることはない。

 が、それのハードルが滅茶苦茶に高い。何故なら、高校を出た後に何をするか、を決めれば良いのではなく、その後についても考えて、進路を決めなければならない。

 就職するか、或いは進学するか、或いは浪人するか……いや、浪人に進んでなる人はいないだろうが、とにかくそれらを決める必要がある。そのため、教員は口を酸っぱくして言う。ちゃんと考えろ、と。

 しかし、大半の高校生からしたら、考えられるわけがない。何故なら、働いたことなんてないのだから。どんな事をするか、なんてざっくりとしか想像出来ないし、そのざっくりした説明を進路相談ですると「そんな甘い世界じゃない」の常套句が返って来る。

 近頃の小学生が「ユーチューバーになりたい」と言うのは、先生や両親の教育が悪いからではなく、単純にユーチューバーが活動している姿を無料で見れる上に、楽しそうに見えるからなのかもしれない。

 話が逸れた。

 さて、圭吾は、将来のやりたい事が既に見えている側の人間であり、そのために大学を決めていた。

 咲耶は「決まるまで内緒」と、子供じみたサプライズのために教えてもらえなかったが、その分、自分もサプライズを企める、というものだ。

 

「〜♪」

 

 珍しく鼻歌なんて歌いながら、モデル業に励む。高校に入ってからモデルにスカウトされた咲耶は、勉強もコツコツと進めながら、体でお金を稼いでいた。

 その上で、中学の時に桂浜へ連れて行ってもらってから定期的に行われるようになった、日帰り旅行の計画を頭の中で練っている所だ。

 

「良いねぇ、咲耶様!」

「今日はノッてるね、咲耶様!」

「素敵だよ、咲耶様!」

「弟子にしてくれ、咲耶様!」

「女の子紹介してください、咲耶様!」

 

 ノリのおかしいカメラマンやスタッフからの声を浴びながら、咲耶はポーズを決める。弟子とか言っている人はなんなのか気になる所だ。

 まぁ、でもこの数年でダメな男の扱いには随分と慣れたものだ。なんだかんだ9年の付き合いになる幼馴染のお陰だ。

 騙されやすくて、運動神経も感覚も鈍くて、勉強は出来ても頭の悪く、身長も低いあの男は、なんだかんだお気に入りでもあり、そして咲耶にとって癒しでもあった。

 しかし、それ故に不安でもあった。彼は、本当に一人じゃ勉強以外何も出来ない子供だから。

 虚弱体質、という事を除いても割とボケッとしていて、小学生の頃は一緒に登校しないと車に跳ねられる寸前になる事もしょっちゅうだったし、パン屋の香りに誘われてフラフラと迷子になる事も多いし、体調管理もまともに出来ないから、38度くらいになるまで熱があることに気付かない。

 むしろ、近くにいる咲耶が声を掛けないと、いつまでも自身の体調に気が抜けないレベルだ。

 従って、父親の意向で女子校に入学した咲耶は、彼とは別々の高校だが、顔を合わせる頻度はほぼ毎日だ。

 

「……ふふっ」

 

 しかし、それでも彼は悪い子じゃない。自身が生まれつき身体が弱い事を知っても「身体が弱いからって足が早くならないと決まったわけじゃない」と言って、なんだかんだスポーツテストでも毎回、平均少し上くらいにまで伸ばしている。

 そんな彼の姿を見ると、咲耶も少しは頑張ろうと思える。父親が中々、帰って来れなくて、一人、夜に家で残っている時も我慢出来たし、父親が出張で泊まりの仕事の時も耐えられた。というか、そんな日は家に誘って泊まらせてくれたくらいだ。

 なんだかんだ、彼には助けられている。だからこそ、自分も彼の助けになりたいと思っていた。今回の日帰り旅行も、彼のために一生懸命、何が楽しめるかを考えている所だ。

 撮影が終わり、スタッフが声をかけてくる。

 

「ふぅ、お疲れ様、咲耶様」

「ありがとう、それと咲耶様はやめて欲しいな。私はまだ高校生だよ」

「いえいえ、あなたのおかげで我々の雑誌はいつも……おっと、これ以上は良くないな」

「では、お疲れ様です」

 

 そそくさとその場を後にした。正直、今はここでのんびりしている場合ではない。

 彼が大学に合格したとして、その時のお祝いを考えないといけない。シャワーを浴び終え、更衣室で着替え、事務所を後にした。

 ……しかし、彼ももう大学生か、と感慨深くなってしまう。それと同時に、不安になってしまう。大丈夫だろうか、と。

 人当たりの良さと底抜けの明るさと頑張る姿が、色んな人に好感をもたらしているが、中学にしても高校にしても、彼が進学するときは「いじめられないか」と不安だったものだ。

 

「……」

 

 考えるだけで少し不安になってきた。そもそも、大学は全て自己管理の世界。あの子に自己管理というものが出来るのだろうか? いや、まぁなりたい目標があるらしいし、取る科目に迷うことは無いだろうけど、出席の取り方も何もかもが高校までとは違う。

 なんか、ボーっとしている間に出席票をもらい損ねたり、せっかく完成させたレポート課題を電車の中に置いてきたりしそうな気さえする。

 

「……」

 

 まぁ、もしダメそうでも自分がいる。同じ大学に入学して、それで落とした単位があれば一緒に受けて、また今まで通り守ってやれば良い。

 そう決めると、ふと頭に良い案が浮かんだ。彼との旅行プラン、なんなら泊まりでいってしまうのはどうだろうか? 男女の問題、なんてものは無い。別に恋人でも無いし、どちらかというと姉弟の方が適切だ。いや、これを彼に言えば怒られるので、兄妹、と表現するべきだろう。

 

「だとすると……県外かな」

 

 そういえば、彼は魚が好きなので、愛媛の鯛とかは喜びそうだ。よし、そうしよう、と決めた時だ。携帯に電話がかかって来た。

 

「もしもし?」

『あ、咲耶? 今、平気?』

「ああ。何か話があるのかい?」

『あ、あー……いや、大した用じゃないんだけど……そうだな。今から、公園に来れる?』

「うん。行けるよ」

『じゃ、公園で』

「ああ」

 

 約束すると、ひとまず電話を切って公園に向かった。

 

 ×××

 

 公園に到着すると、既に圭吾は到着していた。ブランコに腰を下ろし、全力で漕いでいた。ホント、高校三年生にもなって、あんなに全力でブランコを漕ぐ人は見た事がない。

 楽しそうなので、少し見学をすることにした。もはや180度くらいにまで持ち上がるブランコ。そのまま、圭吾は足を滑らせて手を離し……。

 

「ありっ?」

「っ!」

 

 慌てて見学を中止して走り出した。なんとかギリギリ飛び込んで、お姫様抱っこでキャッチする。

 

「あれ? 咲耶、いたの?」

「い、今来たところさ……」

 

 余裕を取り繕ったものの、かなり心臓はバクバク言ってる。これだから、この子はやはり見放せない。

 とりあえず下ろし、改めて二人でブランコに座った。

 

「咲耶、ごめんな。急に呼び出して」

「平気さ。ちょうどモデルの仕事が終わった所だったからね」

「そっか。なら良かった」

「実は、私も話したい事があったんだ」

「へぇ、何?」

「いや、圭吾から話を聞かせて欲しいな。大学関連だろう?」

「そう! 指定校で普通に受かった!」

「おめでとう」

 

 予想していたとはいえ、ホッとした。結果が出るまで、割と不安になってしまうものである。

 

「じゃあ、お祝いしないとね」

「もう、そんな気を使わなくて良いのに!」

 

 顔はそうは言っていない。とってもニコニコしたまま「ありがとう」と言わんばかりに頭を下げている。本当に分かりやすくて良い子である。

 

「何処の大学に行くんだい?」

「えー、どうしようかな?」

「良いじゃないか。教えてくれたって」

「何、知りたいの?」

 

 この嬉しそうな上から目線。普段のノリなら少しイラっとするが、今日は一周回って微笑ましく感じてしまうまである。

 しかし、よく迷子になる彼を助けるためには、やはりその辺の土地は今のうちに把握しておきたい。

 

「うん。知りたいな。何処だい?」

「驚くよ?」

「というと……東○大学とか?」

「惜しい!」

「え、お、惜しいのかい?」

 

 冗談のつもりだったのだが、少したじろぐ。惜しいって、何が惜しいのだろうか? レベル? いや、いくら成績が良いと言っても、日本一の大学に入れるほどではない。

 まぁ、彼の頭の中を読むのであれば名前だろう。そういうくだらない駄洒落が、彼は大好きなのだ。

 無意識的に、一番可能性のある道を外した咲耶は、笑顔を作りながら聞いた。

 

「お手上げだ。教えてほしいな」

「聞いて驚け、立○大学だ!」

「りっ……え?」

 

 みんな大好き、マーチと呼ばれるそこそこハイレベルな大学である。そこに受かったの? と言うよりも、だ。咲耶の不安は別にあった。

 

「そ、それって……東京の、かい……?」

「いやいや、1〜2年のうちは埼玉からだよ」

「……」

 

 たらり、と咲耶の頬を冷たい汗が伝って落ちる。なんだか、生まれて初めて心臓が早鐘の如く動き出した気がした。いや、過去にも何度かあるが、この速度は生まれて初めてだ。おそらく、目の前で不審者にナイフを突きつけられてもここまでの緊張はない、そんな感じだ。

 何に焦っているのか、自分の中で解析する。大学の名前? 高い偏差値の大学に、自分も入学できるか不安だったのだろうか? いや、違う。自分の成績なら、頑張れば立○も目指せる。

 では、他に何に……いや、すぐに分かった。彼が、この高知から離れてしまうということ。自分がその大学に行くとしても、二年間は顔を合わせることが出来ない。

 

「っ……す、住処は、どうするんだ……?」

「一人暮らし! いやー、楽しみだよ。新しい生活が!」

 

 ダメだ、彼はもう覚悟を決めてしまっている。ていうか、このマヌケさで一人暮らしをするとか正気だろうか? 

 いや、彼を責めるタイミングではない。

 寂しい、という言葉が一気に脳裏に浮かぶ。今の今まで、自分を父親の次に……いや、一緒にいた時間で言えば父親より多かった彼が、いなくなってしまう。

 もう、一緒に勉強することも、公園で体を動かすことも、定期的に二人で行った日帰り旅行も出来ない。

 

「っ……!」

「咲耶? 顔色悪いぞ?」

 

 顔に出ていたようで、いつのまにか近寄っていた彼が背伸びして自分の顔を覗き込む。

 それに、反射的に後ろにのけぞって避けてしまった。その反応を見て、彼の表情が不安に染まっていく。

 

「あれ、もしかして体調悪い?」

 

 ダメだ、彼に心配をかけてはいけない。今までもこれからも、自分が守ってきたんだ。不安にさせてはいけない。

 大丈夫、たかが二年だ。死ぬ気で勉強して合格すれば、また会える。それは、彼だって正月や夏休みは帰ってくるだろうし、こんなに不安になるようなことではない。

 今は、祝福してあげないと……! 

 

「……ダメだ」

「あ、やっぱ体調ダメなんだ。じゃあ帰って寝……」

「東京になんて、行っちゃダメだ!」

「え? そっち? え、てかなんで?」

「わ、私はこれからどうなる! 今まで、ずっと一緒だったのに……!」

「寂しいの?」

「寂しい!」

「うわあ、いつになく素直……むぎゅっ!」

 

 緊迫感のかけらもない圭吾を、咲耶は正面から抱きしめた。胸が顔面にムギュッと埋まるが、咲耶には気にしている余裕がない。

 目尻に涙を浮かべながら、咲耶は懇願してしまう。

 

「行かないで……お願いだから……!」

「……」

 

 その、自分より背が高いイケメン幼馴染に対し、圭吾は抱きしめられたまま、手を伸ばして頭を撫でた。

 

「大丈夫だよ。何も一生会えないわけじゃないんだし」

「っ……」

「お盆や正月、春休みには必ず戻るし、なんならゴールデンウィークとかにも戻る。だから……」

「やだ!」

 

 おそらく、咲耶は生まれて初めてワガママを言ってしまっている。そのワガママが、咲耶にとって一番、大事な人に向けられていて、その上で一番、困らせてしまっているのは皮肉だった。

 一瞬、圭吾は「分かったよ、こっちで大学を探す」と言いたくなってしまった。しかし、それは安くないお金を払って、何度も東京に行って、大学の下見などを一緒に行ってくれた両親への裏切りである。

 というか、まさか咲耶がここまでごねるとは思わなかった。

 どう言えば、彼女は泣き止んでくれるか、どうすれば、彼女は納得してくれるか、それを考えた結果、圭吾は微笑みながら言った。

 

「あ、じゃあ……咲耶、俺の……なんだっけあれ、あそうだ。カノジョになってよ」

「……はえ?」

 

 こいつ何言ってんの? と、言わんばかりの声が、咲耶から漏れる。

 

「知ってるか? カノジョとカレシっていうのは、赤い糸で結ばれてるんだってさ」

「ぐすっ……急に、どうしたんだ……?」

 

 圭吾らしからぬ発言に、咲耶は涙を拭いて鼻を啜りながら、顔を下に向ける。

 

「その糸は目に見えないんだけど……ん? なんで目に見えないのに赤だって分かったんだ……?」

 

 一瞬、話が逸れかけたが、咲耶の「ぐすっ」というしゃくりあげる音を聞いて、すぐに話を戻した。

 

「その二人がそのままの関係でいる限り、切れることはないんだってさ」

「……うん」

「だから、それが繋がっている限りは、俺も咲耶も同じ場所にいるんだ。だから、離れてても、離れてない!」

「……」

 

 斬新な赤い糸の解釈だな、と咲耶は思わず頭の中で苦笑いを浮かべる。圭吾の言う「赤い糸」とは運命の赤い糸の事だろう。咲耶も詳しいわけではないが、人と人を結ぶ運命の糸、つまり、運命によって決められた二人を結んでいるもののはずだ。

 恋愛なんてカケラも興味がないはずの圭吾にそんな知識はないので、多分聞いた話を自分なりに解釈して聞かせてくれたのだろう。

 未だ半分くらい冷静でない咲耶は、鼻水を垂らしたまま力無く頷いた。

 

「……分かった……それで良い……」

「うん。良い子だ」

 

 そう言いながら、圭吾はポケットからハンカチを取り出し、咲耶の鼻水を拭う。

 ひとまず、一件落着だろう。……というか、今になって咲耶は恥ずかしくなってきた。今の今まで、自分が面倒を見て、自分が守ってる気になっていたが、逆に自分の方が依存していたなんて……。

 

「? 咲耶?」

「う、うるさい! ハンカチ借して!」

 

 真っ赤になった顔を隠すために、ハンカチを借りて涙を拭くフリをした。目の前の少年が鈍感である事が、唯一の救いだった。

 しかし、人間関係というのは不思議なものだ。幼馴染みから恋人になるだけで、まさかここまで精神的に落ち着くとは思わなかった。会えなくなる期間は、これまでと比べてもかなり広がる。

 それでも「恋人なんだからまた会える」と思えば落ち着けるし、現実的に考えても、一年に長期休暇は三つあるし、いざとなったらスマホがある。

 だから、寂しくない……寂しく……。

 

「……」

「?」

「……ギュっとさせて欲しいな……」

「ギュっ? あ、ハグ? ……むぎゅっ」

 

 返事は聞かずに、再び抱きしめた。それでも、この無邪気な少年の顔を見られないのは、やはりなんか嫌だ。まぁ、でも自分もそこは折れるべき場所なのだろう。

 来年の四月から、せっかく恋人関係になったのに離れ離れだ。それでも、慣れるしかない。離れていてもずっと繋がっていられるのも、恋人ならではの事だなのだから。

 ……というか、それにしても、彼にもそういう恋愛の情緒的な面が育っているのに驚いた。それと同時に、自分にそんな想いを寄せていることにも。

 お陰で、咲耶も自分の気持ちを知ることができた。おそらく、ずっと昔から自分は、この少年のことが……。

 

「所でさ、咲耶」

「? なんだい?」

「カレシとカノジョって何なの?」

「……は?」

 

 結局、しばらく口を聞かなくなった。

 この一年と数ヶ月後、咲耶もまた、一人の男との出会いによって東京で暮らす事になったのは、また別の話。

 

 

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