無意識の仕打ちほど残酷なものはない。
大学二年生になった。成績は良くなくとも悪くもなく、単位は落とさない程度で順調に学生生活は進んでいった。
友達も出来たし、サークルに所属はしなかったけど新しくバイトも始めたし、何一つ不自由なく順風満帆……と、言いたい所だが、一つだけ問題がある。
それを、俺はその出来た友達に相談していた。
「と、いうわけなんだけど、どう思う? 夏葉」
「彼女が最近、トゲのあるL○NEばかりしてくる、と」
現在、俺がバイト先で働いているカフェの中。ここは近くにアイドル事務所があり、そこに所属しているアイドルがよく来る場所だ。
実は、目の前にいる友達の有栖川夏葉も、ガッツリアイドルだったりする。そんな綺麗な子と何故、友達になれたかというと、理由は単純だ。お互いに身体を動かすのが好きだったからである。
運動は好きだけどフィジカルが弱い俺に、嫌な顔ひとつしないで付き合ってくれた彼女は、とても良い人だ。俺より背が高いけど。
そんな夏葉は、コーヒーを一口、喉に伝らせると、真顔のまま聞き返してきた。
「それ以前にあなた、彼女いたの?」
「え? うん。二つ下の女子高生」
「え……あなたロリコン?」
「ロリコン……って、何?」
「ロリータコンプレックス。歳の離れた女の子が好きな男の人」
「いやいや、二つ下はロリータじゃないでしょ。てか、見た目は夏葉と同い年に見えると思うし」
ま、それはあくまで一年前の話だけどな! 俺も実はこの一年で背が伸びて、なんと165センチになりました! 一年で8センチ伸びたね。夏葉よりちいさいけど、一年前の咲耶とは同じくらいだ。
流石に咲耶ももう身長は伸びないだろうし、これであいつと俺はイーブンだよ。
「ていうか、そもそもの話を聞いても良い?」
「何?」
「あなた、今の今まで彼女がいたのに、私とあの距離の近さだったの?」
「え? 近かった?」
「……」
なんの話か分からず小首を傾げると、夏葉は半眼になり、スマホを取り出した。
「ねえ、それよりなんで咲……彼女は俺に冷たいんだと思う?」
「ちょっと黙っていなさい」
スイスイとスマホの上で指を滑らせる夏葉。俺に見せつけてきたのは、夏葉と一緒にランニングしてバテて、夏葉の肩を借りてベンチの上で休んでる時の写真だ。地元のみんなに友達が出来たことを知らせるために撮った奴か。
「これ、距離が近いと思わないかしら?」
「友達同士なら普通じゃない? てか、夏葉が疲れてるなら肩貸すって言ったんじゃん」
「……じゃあこれは?」
続いて見せられたのは、一緒にプロテインバーを買いに行ったときのものだ。近くのジムのマスコットキャラクターの着ぐるみがいて、記念に撮った奴。俺と夏葉は着ぐるみを合わせた三人で肩を組んでいる。
「え、近いの? これも?」
「……」
じゃあ、もしかして今まで夏葉と撮ってきた写真も全部、距離近いのかな。でも、昔から咲耶とそれくらいの距離に居たんだけどな……。
そんな事を考えている俺をジト目で睨んでいる夏葉が、そのまま疑い深そうな声音で聞いてきた。
「……あなた、もしかしてこの辺の写真、みんな彼女さんに送ったんじゃないでしょうね?」
「送ったよ? なんかあいつ、すごく俺のこと心配してるみたいだから。友達できるかなーとか、母ちゃんみたいに心配されてて……」
「その気持ちはわかるし、そんなことを心配してくれるなんてとても良い子なのに、あなたはその恩を仇で返すのね」
「なんでっ⁉︎」
思いっきり正面から言われ、思わず泣きそうな声をあげてしまう。俺、そんなに悪いことしたの⁉︎
「そもそも、あなた彼氏や彼女がどんな関係かわかってる?」
「それくらいわかるよ。お互いのことが好きな男女のことでしょ?」
「そうね。なら、LoveとLikeの違いは分かる?」
「綴り!」
「町内ランニング100周」
「冗談なので勘弁して下さい……」
流石にそれは死んじゃう。こちとら学校の校庭も100周出来ないのに。
「でも、他に違いか……manyとa lot ofみたいなもんだと思ってるんだけど……」
「あなたホントそういうの疎いのね……」
呆れ気味に夏葉はため息をついてしまう。やっぱり違うのかな……いや、厳密には違うのは分かるよ。確か、Loveの方が愛する人に向けられる言葉って奴だよな。
「でもさ、結局あんま大差なくね? だって外国人は友人に手紙を送るときにもDearを使うでしょ?」
「確かに海外では『親愛』という言葉をそういう使い方もするかもしれないけど、日本ではそうとも限らないわ。……というか、英語の例えは私が良くなかったわね」
「てか、夏葉は恋愛の経験とかあんの?」
「初恋もまだよ」
「……」
俺なんでこの子に説教されてるんだろう……。
思わずジト目で睨んでしまうと、夏葉は悩ましそうに頭を抱える。俺のためにそんなに考えてくれるのはありがたいなぁ。
実際、咲耶の返信が冷たい原因が夏葉の唱える説だとしたら、俺は理解しなければならない。
「うーん……なんて説明したら良いのかしら……」
「相談しといてなんだけど、今すぐ結論が欲しいわけじゃないよ。どうせ、次に会うのは早くてゴールデンウィークだし。だから、そんなに難しく考えなくても……」
「いえ、考えるわ。その彼女さんにとても悪いことしてるもの、私」
「えっ、そ、そんなに?」
「そんなによ。じゃあ逆に聞くけど、あなたはその彼女さんから、男と一緒に仲良さそうに写ってる写真が送られてきたらどう思うの?」
「別に……仲良さそうで良いなって」
「正気⁉︎」
「狂気なのこれ⁉︎」
え、だって楽しそうで良いじゃない! そういう報告は元気な証拠だよ!
「じゃあ……そうね、例えは極端だけど、その彼女さんが男とキスしてる写真が流れてきたら⁉︎」
「えっ、キス……?」
き、キス……キスか……いや、した事ないからよく分かんないけど、あれはどういう時にするものなんだ……? いや、海外では挨拶代わりにするとも聞くし……でも、ここは日本だから海外の理屈は比較対象にもしちゃいけないような……。
だが、咲耶がそう言うことをする時は、必ず何か理由があるはず……だとしたら俺が口を出すべきでは……いや、今聞かれてるのは「俺がどう思うか」であって……だとしたら……そもそも、キスってどんな時にするものなのか……。
「……大丈夫?」
「っ、な、何が⁉︎」
「なんか、レポートで悩んでる時の顔をしてたわよ」
「そ、そう……?」
「でも、理解出来たのかしら?」
「うーん……どうだろ」
とはいえ、咲耶のする事に「嫌だな」という気持ちが芽生えたのは大きな収穫だろう。その辺について、少し考えてみようかな。
「……あ、ごめんなさい。そろそろ私、いかないと」
「あ、もうそんな時間か。ごめんな、付き合わせて」
「気にしなくて良いわ」
「運動でも俺のペースに合わせてもらっちゃってるし、相談にも乗ってもらっちゃってるし、一人暮らし始めたての時はアドバイスとかしてくれたし……あれ? 俺って実はかなりダメ人間なんじゃ……」
「悪い人じゃないもの。気にしなくて良いわ。……その気遣いは別の人にしなさい」
そ、それもそうか……。とりあえず、相談に乗ってもらっているのは俺の方なので、このカフェでの料金は俺が持った。ちょうど、従業員割引が効くしね。
×××
夏葉と電車の中まで一緒に行動し、そのまま降りる駅が違うので、電車の中で解散。
俺の方が長く電車に乗っていたので、その間にスマホでキスについて調べてみた。
すると、まぁ……なんだ。結構、好き勝手書かれている。やれ「上手いキスのやり方」だの「キスをするムードの作り方」だの「男からキスをするべき」だのと。
そんなのどうだって良いの。まずキスってどんなものなのか知らないと。
と思って、さらに調べてみると、今度は部位によってキスの意味が違うことを知った。
「……」
そういえば、あの時に夏葉が言ってたキスって、どの部位を指してたんだろう。
えーっと……髪の毛へのキス、鼻へのキス、顎へのキス、頬へのキス、耳へのキス……ほとんど顔じゃん! こんな事してたら顔面唾液まみれになるわ!
ダーメだ、やっぱ恋愛って分からん……。なんか読んでも「親愛のキス」だの「友愛のキス」だの似たような言葉ばかり使ってるし……。
「……」
……恋愛も、進んだらいろんな場所にキスするってことかな。だとしたら、俺と咲耶も何れは……。
……別に咲耶に何処をキスされても平気かな。昔は咲耶と間接キスとかしてたし、唾液とかついても咲耶のならあんまり気になんないかな……。特に、こう……なんだろ。汚いとかない。まぁ進んでかけられたいとも思わないが。
でも、自分はキスされても嫌じゃないけど、咲耶が他の男とキスしてるの見たら、多分、俺は嫌がる。なんか変な気がするし、多分、ここに何かヒントが……。
ま、いっか。多分、また顔合わせる事になるゴールデンウィークまでに原因を探せば良いんだから、焦る事はないのさ。
楽観的に捉える事にして、電車を降りて自宅まで歩いた。大学生の一人暮らしなだけあって、高い所には泊まれない。風呂とトイレだけついている六畳一間で、ゴロンと寝転がった。
とりあえず、この一年間で稼いだバイト代は全部、家具の購入で使い切った。冷蔵庫と洗濯機は親が出してくれたけど、他に炊飯器、エアコン、コーヒーメーカーのような必需品は自分で買ったさ。
「ふぅ……」
俺の趣味は身体を動かす事なので、趣味にお金が掛からないのがメリットだ。まだ二十歳じゃないから飲み会にも参加しないし、勉強も普通にこなしていれば問題ないレベルなので、バイトにも多く出れる。
今年、引いた風邪も、冬は実家に戻ってる時に発症したので、一人の時は特に何も無かったのも大きい。
「……」
……なのに、やはり何か足りない。友達も出来たし、咲耶とも連絡を取れているし、勉強も趣味も充実しているのに、なんか満たされないのは何なんだろう。
いや、本当に自分で自分が分からない。俺は一体、何に満足していないんだろうか?
誰もいない部屋の中で、ポツンとそんな事を思った時だった。ピンポーン、とインターホンの音が鳴り響く。
「? はーい?」
誰だ? 宅配便か? 母ちゃん達が食いもんでも送ってきてくれたのかな。大歓迎よ、そういうの。
そう思いながら玄関を開けると、咲耶が立っていた。
「こんばんは。圭吾」
「ああ、咲耶。いらっしゃい。上がって」
「うん」
挨拶をして、中に招き入れた。珍しいな、いつもうちに入る時はインターホンも鳴らさないのに。鍵が閉まってる時は鳴らすけど。
「手洗いうがいして座ってて。コーヒー淹れるね」
「うん」
確か、咲耶はブラックだったな。……歳下の咲耶がブラックなのに俺がお砂糖ミルク多めはダサいので、俺もブラックにしよう。
水を注ぎ、紙フィルターを設置し、挽いてあるコーヒーの粉を入れ、あとは電源をぶち込むだけ。……よし、あとは待っていれば良い。
「ちょっと待っててね。すぐ入るから」
「ああ」
「所で、咲耶はなんでこんな所に……」
……ん? 咲耶……? ここ埼玉だよね? なんで高知にいるはずの咲耶がここに? 普通に接してたけど……どういう事……。
「って、咲耶ぁ⁉︎ なんでここに……むぎゅっ!」
「久しぶりだね、圭吾……」
む、胸が、顔に当たってる! 苦しい……! ……でも、このハグ……確か、咲耶が泣いちゃった時の、あの時の奴……!
つまり今、咲耶は俺に甘えてきている。色々と聞きたいことはあるけど、とにかく今は、咲耶に身体を貸してやる時だな。
そんなわけで、俺も咲耶の身体を抱きしめ返した。
「久しぶり、咲耶」
「……うん。本当に、長かったよ」
「……」
ああ……なんか、やたらと安心しちゃうな……これか、何か足りなかったの。結局、俺も咲耶と同様に寂しかったのかもしれないな……。
でも、意外と寂しがり屋な咲耶とじゃ比にならない。俺なんかより、よほど寂しかったはずだ。
その根拠に、咲耶の両手に力が入っている。抱き締める力が、以前より遥かに強い。まったく……普段は余裕まんまに振る舞っている癖に、こういう時は本当に甘えん坊なんだなぁ。
少し苦しいけど、それくらい受け止めるのが男の器量ってもんよ。
……っと、まだ力が入る? ま、大丈夫大丈夫。こう見えてまだ骨折はした事ないんだ。全然元気よ、俺。……でも、ちょっと苦しいかな?
……いや、苦しいって言うか、痛い? なんか、腰のあたりメキメキいってない? あれ? 咲耶さん?
「ところで、圭吾。聞きたいことがあるんだ」
「? な、何? ていうか、痛い……」
「私に当てつけのように送って来た君とのツーショットに毎回映っていた、あの茶髪の女は誰だれ?」
「あ、あの……本当に痛い……なんか、息できないくらいに……」
「返答によっては、このまま私とベランダから落下してみよう」
「ええええっ⁉︎ ちょっ、咲耶落ち着い……てか痛い! 本当に痛い! 説明するから、ちょっ……止めてやめて止めてやめて止めてやめっ……!」
しばらく、文字通り締め上げられた。