俺は咲耶に弄ばれる。   作:バナハロ

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久々の再会の別れは名残惜しい。

 さて、改めて説明の時間である。本当はこっちの方が聞きたいことは多いんだけど、咲耶がご立腹なので先に説明をした。

 

「つまり、夏葉は友達であって、彼女では無いの」

 

 一応、説明してるつもりなんだけど……咲耶はジトっとした目を俺に向けたまま、拗ねた表情を浮かべている。なんかよく分からんけど、返信が冷たかった理由もこれか。

 

「……下の名前で呼び合っているじゃないか」

「え、変なの? 俺、人を呼ぶときは呼びやすい方で呼んでるから」

 

 有栖川って呼びにくいもの。夏葉、の方が短いし、呼びやすい。

 

「そもそも、呼び方で親密かどうかなんて分からないじゃない。流石に目上の人とかには呼び捨てとか出来ないけど、仲良い人同士ならどんな呼び方したって……」

「じゃあ、私もこれから圭吾の事は黒崎と呼ぼうかな」

「え……」

 

 そ、それはなんか嫌だな……。苗字だと、姉ちゃんや母ちゃん達と被るし……。

 

「そ、それはダメだ!」

「どうしてだ? 呼び方くらいじゃ、親密かどうかは変わらないんだろう?」

「そ、そうなんだけど……咲耶には、下の名前で呼んで欲しいっていうか……」

「でも、私としては『圭吾』よりも『黒崎』の方が呼びやすいんだけどね。噛みにくいし」

 

 こ、こいつ……今まで、俺の名前を呼ぶのに噛んだこともないくせに……! 

 

「わ、悪かったよ……じゃあ、夏葉の事は苗字で呼ぶよ……」

「ふふ、反省出来るなんて、良い子だね」

 

 言いながら、咲耶は俺の頭を撫でる。

 

「おい、撫でるなよ。俺の方が年上だぞ」

「ふふ、可愛い歳上だな」

「っ……」

 

 こ、こいつ……いつになく……というか、久しぶりに顔を合わせてから変わったのか? すごい意地悪じゃないの……。

 

「……か、可愛いとか言うなよ」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 クスッと笑みを浮かべながら、咲耶は俺が淹れたコーヒーを口に運ぶ。俺も少し疲れたので、飲み物を口に運んだ。

 

「っ、に、苦ぁ!」

「……砂糖は入れていないのかい?」

「ぶ、ブラックでも平気だし……」

「そうか」

 

 ……あれ、そ、それだけ? 昔の咲耶なら何か言ってきたと思うんだけど……いや、全然、期待なんかしてなかったけどね。

 なら、俺もここは大人の一歩として、ブラックを飲み切って……! 

 

「……」

「ふふ……変わらないな。圭吾は」

「うるさい……」

「ああ、それとさっきの話だけど、その夏葉という子を苗字で呼ぶ必要はないよ」

「え?」

「私が言っているのは、あんまり他の女の子と仲良くなってほしくない、という事だ。……私がいるんだから」

 

 ……なんで? 

 

「すまないね、我ながら小さいと思うけど、私は圭吾が他の女の子と仲良くしているのを見ると、嫌な気分になってしまうんだ」

「どうして?」

「独占欲、と言う奴かな」

 

 言いながら、咲耶は向かい合っている状態から、俺の隣に座り直す。何かな? と思った直後、そのまま俺の肩に手を回し、自分の方に抱き寄せた。

 

「さ、咲耶……?」

「少し、身長伸びたみたいだね。165センチくらいかな?」

「なんで分かるの? てか、咲耶も大きくなってない?」

「私は175センチかな」

「……」

 

 何を食べたらそんな風になっちゃうの? 俺、170センチは欲しいと思ってたんだけど……。

 何気にショックを受けている俺の身体を抱き締めたまま、咲耶は優しい声音で言った。

 

「私はね、圭吾のこの年不相応に小さな身体も」

「年不相応⁉︎」

「バカのくせにプライドが高くて、しょうもない所も」

「しょうも……⁉︎」

「思春期が未だに来ていなくて、恋愛の意味が分かってないのに彼女を作ってしまう所も」

「もう死んじゃおっかなぁ……」

 

 本当にズケズケ言うようになって……。咲耶に言われると、もう泣きそうなまであるんだけど……。

 そんな俺の頬に手を当てた咲耶は、微笑みながら言った。

 

「でも……底抜けの頑張り屋な所と、いざという時はこの世の何よりも頼りになる優しい所も、全部好きなんだ」

「……」

「だから、そういう面を他人に知られたくないんだ。私だけのものにしたい。その気持ちを、わかって欲しかった」

「……」

 

 ……困ったな。驚く程、分からないや。俺は咲耶の良い所を色んな人に知ってもらいたいと思っちゃってるから。

 でも、気持ちは伝わった。多分、理屈とかそういうんじゃないんだろう。なら、分かってやるしかない。何か、俺はお兄さんだから。

 

「……分かったよ。じゃあ、咲耶。今日は泊まって行く?」

「え?」

「まだうちに誰も泊まってった事ないから。……てか、今更だけどなんで埼玉にいんの?」

「ああ。そういえば、まだ言っていなかったね」

 

 ていうか、今日普通に平日なんですけど? サボり? 

 

「私はアイドルになったんだ。それで、今年度からこっちで生活する事になった」

「は? あ、アイドル……?」

「そう。283という事務所にスカウトを受けてね」

「……」

 

 ま、マジ……? 

 

「うおー! す、すっげー! じゃあ、目の前にいるのアイドルか⁉︎」

「ふふ、サインほしいかい?」

「ちょうだい! 部屋に飾る!」

「……冗談のつもりだったんだけどね……」

 

 えー、だって咲耶のサインとか気になるでしょ。俺も中学の頃にサインの練習とかしたけど、形にならなかったし。筆記体の練習の時点で挫折した。

 

「私のサインは別に特殊なものじゃないよ。普通に漢字だから」

「……英語じゃないの?」

「私も筆記体が得意なわけじゃないし、それっぽく書けば漢字でもサインっぽくなるものだよ」

 

 ……そういうもんなのかね。なんか少しガッカリした。夏葉のサインは英語でガッツリ書いてあんのに。

 そういえば、夏葉と事務所同じだったりするのかな。……いや、流石にそれはないか。

 

「ま、とにかく書いてよ。ダメなら良いけど」

「う、うーん……正直、まだアイドルとしては駆け出しも良いとこだからね。その状態でサインを書くのは、少し恥ずかしいな」

「じゃ、練習だ。俺を本物の客だと思って!」

「え……れ、練習?」

「いつかそういう機会も出てくるでしょ。何事も練習だよ」

「え? いや、それは別に……」

「よっしゃ。じゃ、サイン会の会場って想定で。咲耶は机の後ろに立ってて」

「ほ、本格的だね」

 

 それだけ言うと、俺は一度、部屋から出た。で、改めて部屋の中に入る。六畳一間の自室の中で、咲耶が正座をして待っているのが見えた。うちに椅子ないからね。机もちゃぶ台だし。

 さて、俺はサイン会に行ったことがない。だから、どんな客が来るかも想像できない。なので、俺の中にあるオタクのイメージでやってみた。

 

「咲耶さん。ファンです! 咲耶さんのアルバムも持ってて、写真集も持ってて……」

 

 あ、あとはアイドルと言ったら……。

 

「か、缶バッジ? も、持ってます!」

「最後でグレード落ちたね……。というか、そこまで役に入りきらなくて良いよ。まだ、そこまでいけるかも分からないんだし」

「でも、サイン会とかやりたいなーとは思うんでしょ?」

「まぁ……そうだね。一応、トップを目指すつもりだよ」

「なら、何事も練習!」

 

 いやー、なんか嬉しいや。咲耶がアイドルになるなんて。まぁ、地元にいた頃から「お前よく一緒にいる、お前よりイケメンの男に見える女は芸能人?」って腹立たしいにも程がある質問をよくされたし、昔からそのかっこよさは認められてたんだけどね。

 なんというか……これで全国的に咲耶のカッコ良さが認められると思うと、お兄さん役としてはとても鼻が高い。背は低いけど。

 

「って喧しいわ!」

「き、急にどうしたんだ?」

「いや、なんでもない……」

 

 自分にツッコミ入れちゃったよ。まぁとにかく、そんなわけでやり直しだ。

 

「もっかいやろう、咲耶」

「いや、でもね。モデルやってた時も、たまにサインとか求められていたから、改まって練習することはないよ」

「え、そ、そうなの?」

「うん」

 

 ……てか、そっか。モデルだったんだっけ。でも、モデルって言っても専属とかそんなんじゃないだろうに……それでサインをねだられるってすごいな。やっぱ、咲耶の魅力はもう全国に伝わってるわけだ。

 

「じゃあ、いっか」

「うん。それよりも、ゆっくりお話ししたいな。久しぶりに会えたんだし」

「良いけど……あ、そうだ。泊まっていく?」

「いや、そうしたいのは山々だけど、事務所側が寮を手配してくれているんだ。初日から外泊は、悪目立ちをしてしまうだろう?」

 

 それもそうか。

 

「ま、いつでも泊まりに来なよ。なるべくなら土日の方が良いけど、金曜は午前中、講義ないから木金で来ても良いし。来た時は、存分に甘やかしてやろう」

 

 あ、今のなんかお兄さんっぽくない? 身長で負けてても、まだまだ俺の方がオトナだからな。それは、一年前のあの時で確認したさ。

 咲耶は咲耶で甘やかされる事に抵抗が無いのか、相変わらず余裕の笑みを浮かべたまま頷いた。

 

「ふふっ、ありがとう。じゃあ、月一のペースで泊まらせてもらおうかな」

「良いね」

 

 そのまま、コーヒーを飲みながらこっちの生活の事を話した。大学の授業について、友達の夏葉のこと、あとバイト先について。つい俺の話ばかりしちゃったけど、それでも咲耶は楽しそうに聞いてくれていた。何というか……慈愛の表情で。

 再会した直後は締め上げられちゃったけど、それでもちょうど少し一人が寂しいと感じてしまってた時に来てくれたし、ある意味ベストタイミングだった。

 咲耶がそこまで把握していたとは思えないけれど、偶然でも嬉しい。そんな風に思えた。

 よし……明日から、また学生生活頑張ろう! そう思いながら、久々に咲耶と生で会って話をした。

 

 ×××

 

「あの……咲耶?」

「やだ」

「そろそろ帰らないとなんじゃ……」

「やだ」

「いや、さっき自分で帰るって……」

「やだ」

 

 現在、午後20:45。場所は女子寮前。そろそろ帰った方が良いんじゃない? と言ったら「やだ」と駄々をこねられたので、とりあえず駅まで送る事にした。

 で、駅まで行くと「やだ」と言って、中々、改札を通ろうとしないので、仕方なく俺も一緒に電車に乗った。情けない事に、俺の体格では咲耶の背中を押して改札を通らせるようなことはできない。未だに咲耶の方がフィジカル強いんだから。

 ちょうど俺は定期があったので、乗った電車から改札を出ずに、そのまま乗り換えの駅で引き返せれば良かったのだが、そこでも「やだ」と言われ……ていうか、腕をガッツリとロックされて引き摺られた。

 で、仕方ないので女子寮の最寄り駅まで来たのだが、そこからも「やだ」と、腕を離してもらえないので、女子寮前まで送り、今に至る。

 

「そんな今生の別ってわけじゃないんだから。ワガママ言っちゃ……」

「……」

「おーい」

 

 ていうか、普通に苦しい……。これ人気のない所だったから良いものの、普通に人が歩いてる道とかならメッチャ人の注目集めそう……。

 しかし、どうしたもんかな。明日、休みとはいえ、普通に眠いんだけど。

 ……はぁ、仕方ないな。

 

「咲耶、一年間、俺と咲耶はほとんど顔を合わせずに過ごして来れたよな?」

「……うん」

「なんで?」

「……繋がってるから」

「でしょ? なら、もう分かるよな?」

「でも……浮気してた癖に」

「え、いやだからそれは違うって……」

 

 いや……咲耶がそう思ったのなら、説得力なんてないよな……。そんなつもりは毛頭ないのに。

 ……ていうか、そろそろマジで恋愛というものを学ばないとだなこれ。咲耶が怒ってた気持ちは伝わったけど、理解したかと言われると微妙なとこだし。

 って、そんなこと今はどうでも良くて。

 正直、赤い糸がどうのって話はとても恥ずかしかったから、ああいう哲学的な表現は回避したい。もっと現実的に且つ具体的に……そうだ。

 

「じゃあこうしようよ。次に会う日を設定しよう」

「次……?」

「そう。『この日に会う』って約束すれば、その日まで我慢すれば良いってなるでしょ?」

「……」

 

 あ、少し落ち着いたかな? 腕に当たってる胸から伝わってくる鼓動が落ち着いて来た。

 顔を上げた咲耶は、普段と違って寂しそうな表情のまま聞いてきた。

 

「……いつにする?」

「八百万年後とか?」

「──ーっ!」

「ちょっと待って! ジョーク、ジョークです!」

 

 涙目になって両腕を掴まれて壁に押し込まれそうになったので、慌てて訂正した。女の子に叩かれてヒヨる俺って一体……。

 

「てか、咲耶が決めて良いよ」

「……明日」

「良いけど、俺は11時から17時までバイトだから、その後だよ?」

「……じゃあ、17時半に待ち合わせよう」

「はいはい。じゃあ、今日はもう帰れるな?」

「ああ……すまないね。無様なところを見せた」

「いやいや、俺はお兄さんだから。そういうの、いつでも見せて良いよ」

「あはは……そうだね」

「ま、咲耶も俺の前じゃ、まだまだ幼い妹だから……」

 

 咲耶は俺の頬に手を当てる。何かと思って顔を上げると、頬に唇をつけられた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 や、柔らか……てか、暖かっ……⁉︎ え……き、キス……? え、あ、そっか……恋人だし……いやでも……え? 今……咲耶……。

 ボフン、と頭から煙が出た気がした。それと同時に、体温が急激に上昇した気がした。鏡を見なくても顔が真っ赤に染まっていると理解してしまった。

 そんな俺を見て、クスッと微笑んだ咲耶は、耳元でボソッと告げた。

 

「ふふっ、じゃあまた明日だね。ありがとう、可愛いお兄さん」

「……」

 

 それだけ言い残すと、咲耶は事務所の方に歩いて行った。しばらく、俺は立ち尽くしたまま動けなくなっていた。

 ……なんか、うん。間接キスと頬にキスとでは、全然違うや……。

 

 

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