俺は咲耶に弄ばれる。   作:バナハロ

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嫉妬の感情を嫉妬と気づいた時、一つ大人に近づく。

 日本の大学は、入学するために賢くなり、卒業する時にはバカになる、という話を聞いたことがある。その気持ちはとてもよくわかる。高校までは強制的に授業に出席させられていたが、大学ではそれも無し。授業に出るも出ないも……或いは、出ても寝るか寝ないかは自分次第。

 その癖、モノによるとはいえ単位は簡単に取れるし、何の武器も得られず、唯一の刃が飲み会の作法というまま、社会に出る人も多くない……が、それも人によるというものだ。学ぶつもりで講義に臨めば、それだけ多くの装備を身につけて社会に出られる。

 俺は、そっち派だ。どんな授業においても、最低限の知識は頭の中に入れておきたい。そう考えて授業を受けている。どんな授業であっても。

 

「はい、そこ!」

「せぇい!」

「危なっ⁉︎」

「あ、ごめん」

 

 現在、毎週水曜日の三限目に恒例、スポーツの授業中。夏葉と組んでテニスをしている中、手を滑らせてラケットが飛んでいってしまった。

 

「ラケットはちゃんと握りなさい!」

「ごめんごめん」

「全く……どうしてあなたは、そんなに一生懸命なのに上手くならないの? ……いや、上手くならない以前に間抜けなの? 前世は鶏だったの?」

「言い過ぎじゃない⁉︎」

 

 ボロクソかよ! あんたこそ前世は武田信玄あたりの癖に……! 

 思わずツッコミを入れながら、夏葉にラケットをとってもらう。すみませんね、さっきからラリー全然、続かなくて。

 

「ていうか、あなたこれヤバいわよ? 今度こそスポーツの単位落としちゃうかもしれないわ」

「え、そ、そう?」

 

 確かに去年もスポーツ1・2の授業は最低ラインのCでギリギリ単位は取れたくらいだった。

 テニスの試験は、ペアの相手とのラリーを続ける事。20回+出席日数でA、15回+出席日数でB、10回でCである。

 でも、テニスって難しいよね。ただでさえ、反射神経と動体視力と瞬発力がモノを言うのに、その上で打つ方向、打球の威力、ライバルの立ち位置、全てを把握して打ち返す必要があるんだから。俺は球を打ち返すので精一杯だ。

 

「家で練習した方が良いかなぁ……」

 

 スポーツの授業は、全部で1〜8まである。一年前期〜四年後期に一つずつで8までだ。もちろん、教養科目なので二年でもスポーツ1をとることは可能だ。

 で、それらは全部、1単位分にしかならない。でも、楽しいから取った。俺はまだ運動神経を伸ばすの諦めてないから。

 

「そうね。練習するのなら付き合うわ」

「え? あー……ごめん。実はカノジョに止められてんだよね。他の女の子と……何? 仲良くするの」

「あら、バレたの? 浮気」

「人聞きの悪い言い方!」

 

 そんな気ないから! てかなんで他人事⁉︎ ……いや、夏葉から見たら他人事だわ。なんなら夏葉は巻き込まれた側ですね……。

 

「バレたっていうか、あいつもこっちに来たんだよ」

「あら、そうなの。サプライズって奴?」

「だろうね」

 

 多分、あいつの中では、俺が慌てる予定だったんだろう。それが普通に流したというか、もう昔のノリで招き入れちまったから、内心は動揺してたんだろうな。その後、締め上げられたけど。

 

「じゃあ、あなたの何が問題だったのかは分かったのね?」

「いや、そこはあんまり」

「は?」

「ただ、あいつが嫌がることはしたくないんだ。嫌だって言うなら、まぁ理由は後で理解するにしても、とりあえずやめておいた方が良いでしょ?」

「……なるほど。良い判断ね」

 

 良かった、良い判断なんだ。少し安心した。もしかしたら「理由も分からないのにそいつに合わせても意味がない」って言われるかもとも思ってたし。

 実際、咲耶の気持ちも理解してやらないといけないとも考えている。

 そんなことを考えていると、夏葉が急にグスッと鼻を啜る。

 

「つまり、私とはもう遊んでくれないのね……」

「え? あ、いやそういうんじゃなくて! もちろん、勉強会とかだったら、カノジョも許してくれると思うから……」

「ふふっ、冗談よ。慌て過ぎ」

「あっ……こ、この野郎!」

 

 たまにだけど、こうやって夏葉もいじってくるんだよなぁ。久々にあった咲耶も意地悪してくるし……なんだ? 女子の中では意地悪が流行ってるのか? 

 すると、夏葉が思いついたように言った。

 

「そうよ。カノジョさんに練習を頼んでみたら?」

「え?」

「あなたが好きになる子だし、運動得意なんでしょ?」

「いや、俺は運動できない子も好きだよ」

「そのセリフ、ただのナンパ男にしか聞こえないからやめておきなさい」

「なんで⁉︎」

 

 そんなに変なこと言ったか⁉︎ だって、運動できても嫌な奴はいるし、その逆もあるじゃん。

 まぁ、そこはさておき。咲耶と一緒にテニスをするのはありかもしれない。

 

「まぁ、確かに……昔からよく一緒にスポーツしてたし、アリかもね」

「そうなの? ……ちなみに、どっちの方が上手なのかしら?」

「うるせーよ!」

「ふふ、そうなの。残念ね」

 

 こ、この野郎……! 本当にこの野郎……! 

 

「同情するなデカ女!」

「この口かしら?」

「いふぁふぁ! ……いや、おふぁえが悪いふぁふぉ! 謝らないからなー!」

「女の子の身体的特徴を言うのは最低よ!」

「それこそどの口が⁉︎」

 

 頬をつねられたが、その手を払い除ける。全く、意地の悪いやつだ。思わず、少し不貞腐れてしまう。

 そんな俺を見て、夏葉は少し狼狽えた様子で苦笑いを浮かべた。

 

「あら、少しからかい過ぎちゃったかしら? ごめんなさい」

「別に良いし」

「不思議とあなたの事はからかいたくなっちゃうのよね。人にちょっかいを出させる才能があるのかしら?」

「そんな才能はいらんわ!」

 

 それなら何かスポーツ一種目でも良いから、そっちの才能が欲しいです。

 

「ほら、あとで飲み物奢ってあげるから。拗ねないで」

「本当に⁉︎ やったぜ!」

「……心配になるほどのちょろさね」

「え?」

「なんでもないわ。さ、そろそろ続きをやりましょう」

「おう!」

 

 よし、とりあえず頑張ろう。今、出来ることをしないと。

 

 ×××

 

「そんなわけで、次に会う日、俺とテニスしない?」

 

 咲耶と埼玉で再会した時から、とりあえず次に会う日を決めることが恒例となっているこの頃、スポーツの授業の詳細から全て説明してお願いしてみた。

 次に会うのはちょうど土曜日のため、公園で遊ぶことも可能だ。それに、咲耶とは最近、スポーツもしていないしノリノリかと思ったのだが……返事がない。目の前で、黙り込んだまま腕を組んでいた。

 

「……」

「咲耶?」

「ふーん……君は、体育のペアがまた夏葉なんだね」

「え? ……あっ」

「……」

「や、だって男の友達はあんまいないから……」

 

 なんでか、男子には避けられるんだよ。よく分かんないけど。嫌われるようなことしていないのに、仲良くなってくれない。……まぁ、あんなスマホゲームか飲み会ばかりに夢中な奴らは、俺も仲良くなれるかは分からないけどね。

 友達を選んでいるつもりはないけど、やっぱ最後まで残るのって趣味とか性格の馬が合う奴だよね。

 

「……で、テニスなんだけど……」

「知らない。その友達と頑張れば?」

「ええっ⁉︎ な、なんで……」

 

 もう夏葉には、咲耶と一緒にやるって言っちゃったのに……。

 

「君は私の言ったことが何一つ理解できていないのかい?」

「したよ! したから、自主練は夏葉じゃなくて咲耶に頼んだんだろ!」

「……そうなのかい?」

「そうだよ!」

 

 まぁ、もっと言うと、所詮は授業のために自主練したい、というより、テニスがしたいだけだ。ちょうど、近くにテニスコートを借りられる場所がある。

 

「まぁ……そういう事なら、構わないよ」

「よっしゃ」

 

 ビックリしたー。でも、もしかして咲耶って夏葉の知り合いだったりするのか? なんでそんなに嫌がるんだろうか。

 まぁ、その辺は聞いても仕方ない気もする。それに、咲耶に限ってそれはないと思うけど、もし友達の悪口とか言われたら、それは少し嫌だし。

 さて、そろそろ動くか。待ち合わせして、とりあえず顔を合わせて次の予定は決めたけど、何かしたいわ。

 

「咲耶、この後どうする?」

「圭吾の好きな場所で良いよ」

「マジ? じゃあ……そうだな。ランニング!」

「うーん……それはちょっと勘弁して欲しいな。私、制服だし」

 

 そういえばそうか、と、改めて咲耶の方を見る。そういえば、転校してきたって事だよね。まだちゃんと咲耶の制服姿を見ていなかった……と、思い、改めて眺めた。

 直後、俺の目がまず最初に捉えたのは、咲耶の中で、顔の次に目がいってしまう部位だった。

 

「あ、あの……ところで、咲耶……?」

「? なんだい?」

「その……第二ボタンは開けすぎじゃね……?」

 

 胸元に目が吸い寄せられてしまう。いや、別におっぱい好きなわけじゃないよ? 俺そんな変態じゃないし。身長差で、正面から見ると目の前にあるのが咲耶の胸ってだけで……クソ、もっと身長があれば……! 

 で、問題の開かれた胸元は、谷間がと鎖骨が強調されるようにはだけている。……というか、なんでそんなに胸あるの……? 一年前はそうでも無かったはずなのに……。

 ……いや、それは毎日顔を合わせていたから、大きくなっている事に気づかなかっただけ? 

 この前、抱きしめられた時は、正直、それどころじゃないくらい咲耶が取り乱していたし……何にしても、気付かなければ良かった……。

 微妙に目を逸らしている俺を見て、咲耶は最初は意外そうな顔で俺を眺めた後、何かを察したようにくすっと微笑んだ。

 

「ふふっ、えっちだね。圭吾は」

「えっちじゃないよ!」

「でも、胸を見たから、そう思ったんだろう?」

「ち、違っ……だ、だって身長差的に、目の前にあるから……!」

 

 な、なんだよその顔……! 嘘を見通してるような顔やめろ! ホントだぞ! もっと言うと、改めて制服姿を見たかったから見ただけで……! 

 お、おい、なんだよ。なんで少しこっちに寄って来るんだ? 

 

「な、なんだよ……!」

「ふふ、動かないで」

 

 そう言うと、咲耶は俺の耳元で囁いた。

 

「……気になるなら、もう一つボタンを開けても構わないよ?」

「ーっ……!」

 

 な、何言ってんだこいつ……! け、けど……なんだ今の? 頭がクラッてなった。慌てて自分で自分の脇腹を殴ってなかったらぶっ倒れてたかも……! 

 熱くなった顔のまま、大慌てで言い返した。

 

「ば、バカ言ってんなよ!」

「ふふ、冗談さ」

「じ、冗談でもそういう事言うな! だ、大体、女の子がそんな肌を見せちゃダメだっつーの! ボタン一つ閉じろ!」

 

 言いながら、俺は咲耶を押し退けて胸元に手を伸ばす。はだけた胸元を正すために、ボタンを止めようと思ったからだ。

 しかし、まぁそんなことをすれば、胸に手が当たるわけで。

 

「ーっ……!」

「だ、大胆だな……流石に少し恥ずかしいな」

「あ、いやっ……ちがっ……!」

 

 あーもうっ、何をしてんだ俺は! かくなる上は……! 

 足の甲にある急所を、強引に踵で踏み抜いて、痛みによって煩悩を打ち払って深呼吸する。

 ……ふぅ、よし。落ち着いた。大丈夫、触ったと言っても、指先が少し触れただけだ。

 とりあえず、今は謝ろう。

 

「ごめん。咲耶、何も考えてなかった……というか、考えられなかった」

「ふふ、気にしていないよ」

「気にしろよ! 胸触っちゃったんだぞ⁉︎」

「むしろ、嬉しいな。一年前までは、着替え中の私と目を合わせても、にへらっとした腹立たしい笑みでかわしてた子が、意識してくれるようになってるからね」

 

 男をえっちな意識にさせて喜ぶなよ! な、なんて悪質な女だ……! ダメだ、このままじゃ顔を合わせる度に変な意識が働いてしまう……。

 何より、こんな風に胸元をすれ違う人全員に見せるのは、お兄さんとして許せん。

 

「と、とにかく、第二ボタンまで開けるのはダメ! 閉じて!」

「何故? 私が通うのは女子校だ。このまま学校に通っても、胸元を見るのは女の子達だけだよ?」

「っ、そ、それは……や、でも今は学外でしょ!」

「そんな理由じゃ、この格好はやめられないな。最近の女子高生は、皆、第二ボタンは開けているものだ。ファッションの一環でね」

 

 ふぁ、ファッション……? そんな理由で、この子は胸をはだけさせているのか……? 

 な、なんか何が何だか分からなくなってきた……。もしかして、たまに学校の先生がチャックを開けたまま歩いているのもファッションなのか……? 

 混乱している俺に、咲耶は畳み掛けるように言った。

 

「この格好をやめて欲しいのなら……そうだな。圭吾が、何故、これを他人に見せるのが嫌なのか、を言ってくれないと」

「え……俺? そりゃ、もちろんお兄さんとして……」

「じゃ、やっぱやめない」

「そんな……!」

「ほら、どうして第二ボタンを開けてはいけない?」

 

 ……どうして、とか聞かれても……うーん、そんなの……咲耶が他の男に肌を見せるのが嫌だからで……。

 …………他の男? 違うって。俺だって、別に咲耶の肌が見たいわけじゃない。そんなえっちな男になった覚えはないし。……でも、不思議と目は吸い寄せられてしまう。胸ばっか見てるような男にはなりたくない。

 つまり……俺が見ないようにするために、ってことか? 

 ……これを口にするのは少し恥ずかしいけど……でも、言うしかない、よね……。

 頬をポリポリと掻きながら、呟くように言った。

 

「……め、目のやり場に、困るから……」

「……」

 

 ……今思ったけど、これって胸元空いてると見ちゃうから、って言ってんのと同じじゃね? 何それ死にたい。結局すけべじゃん。

 

「ご、ごめん! 今のは……!」

「まぁ、及第点かな」

「え……?」

「圭吾がそう言うなら、私はそれに従うさ」

 

 そう言うと、咲耶は胸元の第二ボタンを閉めた。谷間が隠され、ひとまず俺は安堵する。

 安堵、それはつまり油断を意味するわけで。ホッとした俺の耳元で、再び咲耶は荒っぽい声を漏らした。

 

「開けて欲しくなったら、いつでも言ってくれて構わないよ」

「ーっ……! さ、咲耶!」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 こ、この野郎……! 絶対に言うもんか。どんなに大人になっても、絶対にそんなこと言ってやらんからな! 

 

 

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