有栖川夏葉は困っていた。何に困っているかって、事務所である。アイドルとしての活動には何一つ不満はない。放課後クライマックスガールズ、というグループに所属していて、みんなで楽しく活動している。
年齢は12歳、16歳、17歳×2、そして20歳の自分と、割とバラバラであるにも関わらず、恐ろしい程、まとまりがある元気なグループだ。
困っているのは、その中ではなく他のグループとの交流。人にもよるが、基本的にみんな良い人ばかりだ。家事スキルが高いけどドジを連発する子とか、一緒にいるだけでのほほんとした空気に浸れるけど表で永遠に日向ぼっこしてる子とか、百合百合してる姉妹とか、とにかく色々。
その中で、やたらと自分を見てくる子がいる。それも、顔を初めて合わせた日から。面識は無いはずが、やたらと注目されている気がするのだ。
グループも年齢も違うので中々、話す機会がなかったのだが、それがようやく訪れた。
「……白瀬さん、で良かったかしら?」
「ああ、構わないよ」
現在、この事務所には二人しかいない。その良い機会を使って、この際、正面から聞いてみる事にした。
「私は有栖川夏葉。放課後クライマックスガールズのメンバーよ。大学二年生」
「そうか。改めて自己紹介させてもらおう。私はL'Antica所属、白瀬咲耶だ。現在、高校三年生。よろしく」
「ええ、よろしく」
人をジロジロ見てきた割に、自己紹介や挨拶はしっかりとできるようだ。
さて、まずは聞くことを聞かないといけない。
「単刀直入に聞くわ。あなた、私に何か因縁でもあるのかしら?」
「……と言うと?」
「惚けないでくれる? 私の事、初めて顔を見た時から見ていたじゃない」
「……なるほど。なら、まずは非礼を詫びよう」
実にエレガントに頭を下げる咲耶。仕草と言い、口調と言い、顔と言い、身長と言い、お嬢様である夏葉から見ても、かなりの上流階級を思わせる……それこそ王子という雰囲気を見に纏った少女だ。
その上で、その少女はスマホをいじってからとある画面を見せてきた。
「こちらも直球で聞かせてもらうよ。彼とはどんな関係かな?」
「ブフォッ……!」
思わず、お嬢様であるにも関わらず吹き出してしまった。何故なら、見せられた写真には心当たりしかないから。
去年から友達をやっている、小柄な少年と遊びに行った記録だ。
そして、それを見せられたということは、咲耶は少なからずあの少年の関係者というわけだ。
「もしかして、あなたが圭吾の彼女かしら?」
「やはり、君が圭吾の友達か」
「すごい偶然ね。……あの子、美人と知り合う能力でも持ってるのかしら?」
なんて冗談のように夏葉は言うが、咲耶の表情はそれなりに真剣だ。笑みを浮かべてはいるものの、その目は決して笑っていない。
「……君は、私の彼氏とどんな関係なのかな?」
やはり来たか、その質問……と、夏葉は苦笑いを浮かべてしまった。どんなも何も普通に友達なのだが……。
「普通にお友達よ。やましい関係とかではないわ」
「……ホントに?」
「ホントよ」
「誘拐しようとか思っていないな?」
「思ってないわよ……てか、どんな状況なのよそれ」
どうやら、余程、圭吾のことが心配なようだ。まぁ気持ちは分かるが。
あのバカな少年はおそらく恋愛の意味が分かっていないから、誰にでも懐くし、距離を縮めてしまいそうだから、不安なのだろう。
ましてや、自分はあんな感じで写真で仲良く写っていたし、疑いの眼差しを向けられるのも、仕方ないと言えば仕方ない。
しかし、証拠を見せろ、と言われると困る。圭吾からは既に弁解は聞いているのだろうが、おそらくまだ夏葉が彼をどう思っているか、というのは分かっていない。
そして、それを説明しても、信用はされないだろう。何せ、どう言葉を取り繕っても自分の今の行動は「大学で良い人見つけたから、可能なら彼氏にしたいなー」という今時の女子大生そのものに見えるだろうから。
ならば、どうするか? と、悩んでいると、咲耶が口だけは申し訳なさそうに言った。
「初対面……いや、初めて話す仲で無礼な真似をしているのはすまないと思っているよ。……でも、本当に彼のことは心配なんだ。何せ、ちょろくて騙されやすくて知識はあっても思考力がない……言わば、勉強は出来るバカ、の代表みたいな子だ。その癖、あの19‥……今年で20とは思えない容姿なんだ。私はとても心配しているんだ」
「なるほどね……まぁ、あなたの気持ちも分かるわ。たまに私も思うもの。『なんでこんなにバカなんだろう』って」
「圭吾の悪口は言わないで欲しいな」
「いやあなた今、自分でボロクソに言ってたじゃない……」
かなり面倒くさい女のようだ。第一印象の割に、何処か子供っぽさもある辺りは、まだ高校生と言えるだろう。
「……でも、あなたの気持ちは分かったわ。要は、あの子が心配なのね」
「うん。とても心配だ」
「なら、これを見なさい」
そう言うと、夏葉はスマホを取り出した。正直、これ以上、この話は面倒臭いが、同じ事務所に所属している以上、下手な揉め事はゴメンだ。
だから、賭けに出た。夏葉が見せたのは、去年の学園祭での出来事。購入したクレープを頬張って、鼻の頭にクリームをつけている圭吾な姿。
最悪の想定では「あ? 自慢か? マッスルドッキングするかコラ?」とキレられるパターン。だが、夏葉の見立てだと、おそらく咲耶なら……。
「どうやら君は信頼出来るみたいだね。心より非礼を詫びよう。だから、どうかその写真を送って欲しい」
「構わないわよ?」
やはり、過保護なだけあって彼氏の写真はとても欲しいようだ。もう彼氏というより親である。
とりあえず、賭けには勝ったようで、ホッと胸を撫で下ろした。
「これ程の写真……タダではもらえないな。代わりに、私からも一枚、提供しよう」
「え、いや……」
「絶賛だよ」
「高級料理か!」
ツッコミを入れたものの、咲耶はどこ吹く風。何食わぬ顔でスマホをスワイプさせ、写真を見せてきた。
そこに写っていたのは、今より遥かに幼い時の圭吾の写真だ。洗面所の前で、上半身裸でポーズを取っている。
「……何してるの?」
「私の着替えを目撃してしまい、部屋から出て『咲耶の身体は大人っぽくなってるのに、俺は全然、成長してないな……もしかしてポーズが悪い?』となって人の家の鏡の前でポーズを決める圭吾だ」
「具体的過ぎない⁉︎」
というか、そんなこと当の本人に言うわけないし、おそらく今のは全て咲耶がその場面を目撃した際の推測だろう。あまりに、詳細に彼のことを把握し過ぎている。
「ちなみに、これが中学三年生の時だね」
「中三⁉︎ ……え、待ちなさい。色々とツッコミが追いつかないんだけど……」
「良いよ、順番においで」
「まずそれツッコミを受ける態度じゃないから。あと、彼その身長で中三なの? うちの果穂の方がまだ育ってるわよ? あと中三で着替えを覗いたのに、そんなどうでも良い事に悩んで奇行に走ってるの? あとあなたの携帯、いつから買い替えてないの?」
「携帯はもう二度買い替えてあるよ。彼の写真は全てその都度、移行してる」
「執念!」
一つ一つ捌いていく夏葉。何なのだろうか、この二人は。知れば知るほど、関係が分からなくなる。
しかし、咲耶は何食わぬ顔でしゃあしゃあと夏葉に聞いた。
「とりあえず、連絡先を交換してくれないかな」
「そ、そうね」
そうだった。そもそも、ここまで話が拗れたのは咲耶が「その写真欲しい!」と言ったからだ。
なら、まずはそこからだ。お互いに連絡先を交換すると、早速写真を交換する。
その送られてきた写真を見下ろして、咲耶が独り言を漏らす。
「……ふふっ、大学生になっても変わらない子だね……」
「昔からこうなの?」
「そうさ。口調も仕草も性格も何一つ変わっていないよ。変わったのは、勉強して手にした知識量と、身長くらいじゃないかな?」
その身長も、咲耶の体感的には変わっていない。何せ、その分、咲耶も伸びているから。
「なるほどね……なんか、不憫な子ね……」
「でも、そんな彼を見ていると……こう、胸の奥がドキドキして、とても気持ち良くなるんだ。彼が楽しそうにしている素敵な笑顔は勿論、悔しそうにしている顔も、泣きそうになっている顔も、照れている顔も、怒っている顔も、全て……こう、唆られてしまう」
「……」
正直、目の前の女もだいぶやばい気がして来た。確か、チームメイトの西城樹里や杜野凛世の話だと、咲耶は寮組だったはずだ。良かった、自分は寮ではなく一人暮らしを選んでおいて。
「ま、まぁ……気持ちは分からないでもないわ」
ひとまず同意しておきながら、そろそろ気疲れしてきたので、別の話題にしたい。このままだと、自分もヤバい奴みたいに思われそうだ。
「ところで、あなた……」
「そんな唆られる顔をしておいて、中身も可愛くてね。一生懸命でプライドが高くて明るくて素直で……そんな子供みたいな容姿の人が子供みたいな顔してたら、もう私としては……にへへ」
双子のダメな姉みたいな笑みを浮かべていた。なんか、思ってた人とだいぶ違う。
「あの……あなた性犯罪とか手、出してないわよね?」
「そんな真似はしないよ。彼に嫌われてしまうからね」
「なら良いけど……」
その辺は弁えているようで良かった。大学生になると、タバコやお酒、パチスロだけでなく、エッチなことも解禁されると勘違いする輩もいるし、従って「あいてが大学生なら襲っても良いや」とか思われても困る。
「……それに、彼には私も恩があるんだ。あの底抜けの明るさと、見た目からは考えられない程の面倒見の良さがなければ、私はトラウマを抱えていたのかもしれない」
「そうなの?」
「ああ」
人に知られたくない理由なのか、それは話してくれなかったが……まあ、そこは分かる気がする。あの少年と一緒にいれば、大概のことは忘れさせてくれそうだ。
「……そうね。あの子、本当にアホな子だもんね」
「ふふ、その通りさ」
つまり、なんだかんだ言って目の前の二人は、お互いでお互いを支え合っているのだ。少なくとも、咲耶にはその自覚がある。だから、仮に自分がその気になったとしても、彼は相手にもしてくれないだろう。
「ねぇ、夏葉」
「何?」
「良かったら、次からも彼の写真を撮ってくれないかな?」
「はいはい。良いの撮れたら送るわ」
「ありがとう」
本当に嬉しそうにしてしまっている。その事にホッと胸を撫で下ろしつつ、せっかくなのでサービスしておく事にした。スマホの写真フォルダを咲耶に見せた。
「その中から、欲しい写真あったら持って行って良いわよ」
「本当かい⁉︎ ありがとう」
持っていく、というよりも送っておく、だが、まぁそこは言葉の綾。嬉しそうに目を輝かせた咲耶は、スマホの中を覗き続ける。
こういう面は、幼馴染なだけあって圭吾にそっくりだ。好きなものには目がない感じ。
なんだかんだ、仲良くやっていけそう……と、夏葉がそんな風に思った時だ。
「……ねぇ、夏葉」
「何?」
「これは、どういう、事カナ……?」
あれ、なんか声がブチギレてる。冷や汗を流しながら、そちらに顔を向けると、写真の中でお祭りに行っている自分と圭吾の姿が映されていた。問題なのは、その服装。夏葉は浴衣で、圭吾は甚平。当時のはレンタルしたものだが、お互いに花柄のものを着込んでいて、ベアルックに見えなくもない。
「……あ、それは、別に……」
「……」
結局、分かり合えない道を選択する事になった。それはそうと、その写真は圭吾の部分だけ切り取って送る事になった。
咲耶×夏葉、というカップリングが存在しなくてよかった。してたらファンからぶっ殺されてた。