CisLugI遺譚~不発弾が抱いた炎命~   作:あんころもちDX

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【Q.貴方にとって自殺は?】

「殺人とは、一体何なのだろうか?」

 

 男は、そんなことをトラックの助手席で呟く。

 彼の言葉は、まるでそこにいる誰かに投げかけているように感じるが、彼の声音からはこちらの返答を必要としているようには感じられなかった。

 

「文字通りに表すなら、『人を殺める』ということ。普通なら、忌み嫌う行為だろう」

 

 彼の視線は空中をさまよい、支離滅裂で自分勝手な持論を展開していく。

 

「だが、現代人は面白いことに他殺を許さず、自殺を許容する」

 

 そのまま、空中を見つめた状態で口角を上げて微笑む。

 

「命の価値は、皆平等(フェア)。素晴らしい言葉だ。──ならばこそ、僕はそれを奪う『殺し』もまた、全てフェアであるべきだと思うんだ」

 

 彼の微笑んだ顔は、酷く歪んでいる。目は虚ろで焦点が合っておらず、口元だけがまるで半月のような弧を描いている。

 

「自らの手で殺めようとも、他者の手で殺められようとも──結果は命が奪われたことには変わらない。それなのに、なぜ現代人たちは自殺と他殺を区別しようとするんだい?」

 

「……ドクター。すこーし黙っててくれませんかね。隣で延々と哲学みたいな話を語られると、運転の集中力が削がれますんで」

 

「それはすまないね、ドライバーくん。だが生憎ね、疑問は口に出さなければ気が済まない(たち)なものでね」

 

 ドライバーの男は手を強く握り締める。握り締めすぎて、手が震えてしまうほどだ。

 また、ドクターの悪い癖が始まった、と。

 

「僕は疑問なんだよ。世間の理屈では、まるで命は自分のものであるかのようだ」

 

 そして、心底不思議そうな表情と声音で誰でもない誰かに語りかけてくる。

 

「君達の命は誰かに与えられたものではないのかい? それとも、まさか自然発生でもしたと言うのかい?」

 

「……」

 

「普通に考えれば、君達の命は君達の両親から生まれたものなのだから、君達に命を与えたのは君達の両親だろう。あるいは、命を繋げた産婦人科医とも言えるし、宗教的な話になれば神様からの授かり物とも言える」

 

 そう言ってから、彼はドライバーに顔を近づける。その分だけ、ドライバーは彼から顔だけ距離を取る。

 

「ドクター。近いです怖いです」

 

「まあ、そう言わずに。試しに君の意見を教えてくれないかい? 君は何を根拠に、その命を自分の所有物と定義するんだい?」

 

「んー……そっすね」

 

 できることなら沈黙を貫きたい。……というか、その話題に明確な正解などあるはずもないのだ。

 考えるだけ、口を開くだけ無駄というものだ。

 

「例えば終末期医療におけるリビングウィルでは、命の決定権は当人にあり、少なくとも医療の世界では生死は当人の意思に委ねられているから……とかで満足していただけますかね」

 

「なるほど。たしかに医療の世界では、そうだろうね。だけど僕は、もっと普遍的な回答が欲しい。君の周りを取り巻く環境全てが、医療の世界というわけではあるまい」

 

「勘弁して下さいよ。自爆批判なら他所でやって下さい」

 

 ドクターはそこで、「フッ」と小さく笑う。

 

「僕は別に批判なんてするつもりはない。生きたい人間が生き、死にたい人間が死ぬ。それを肯定するこの世界を素晴らしいとさえ感じている。……──だからこそ」

 

 一拍置いてから、その麗しい表情から、悪魔のような一言が飛び出す。

 

「人を殺したいから、人を殺す。それもまた肯定されなければ、命に対してアンフェアだ。そこに善も悪もない」

 

「……はいはい。つまり何が言いたいんですか?」

 

 ドライバーが眉間に皺を寄せているのを見つめて、彼は首を傾げる。

 

「まあまあ、そうつれないことを言わないでくれたまえ。つまりだね、僕は現代人の考え方は余程自分勝手で残酷だと言いたいんだ」

 

「残酷、ですか……?」

 

「そう」

 

 ドクターは一度だけ頷くと、手元に置いていた聖書ををちらつかせる。

 その表情は、相変わらずこちらを観察しているようで気味が悪い。

 

「その昔、かの十三番目の使徒は自身の(しゅ)を裏切ったという」

 

「突然、何ですか?」

 

「はは。まあ、聞きなよ」

 

 まるで昔話でも聞かせるような穏やかな表情と声音で口を開く。

 

「十三番目の使徒──イスカリオテのユダは自身の主を銀貨三十枚で売り飛ばした。……だが、それは主にとっては何の裏切り行為ではなかった」

 

「だとしたら、何が裏切り行為だったと言うんですか?」

 

「良い質問だ」

 

 手に持っていた聖書を開くと、その文章をなぞるように指を這わせる。

 

「主はユダの行為を天啓で予見していた。……いや、それどころか事前にそれをユダに伝え、ユダに実行するようにさえ言っていたという」

 

「それって……」

 

「ああ。つまり主からすれば、自身が銀貨三十枚で売られることは全てが予定調和であり、それは裏切り行為でも何でもない」

 

 そこでドクターは聖書を閉じる。まるで、話はこれで終わりとでも言いたげに。

 

「ならば、何故ユダは裏切りの使徒と呼ばれているのか。それはただひとつ」

 

 そこで、ドクターの瞳はドライバーから離れて自身の手首に装着された『起爆リング』を移る。

 

「『自殺』だよ」

 

「……」

 

 自殺が、裏切り行為。

 

「彼にとって、主を売り飛ばしたことはたとえ主からの命令であろうと、自分を許せることではなかった。だからユダは主からの救いを拒み、自らの手でその命を絶った。……だが、その行為こそが最大の裏切りに他ならない」

 

 ドクターは面白そうに笑う。

 

「『裏切り』とは、物事が抱える数多くある側面の一つに過ぎない。そしてそれは、時代によって変わる」

 

 人の決めた定義は、いつだって人の都合の良いように変わる。

 善も悪も愛憎も。罪と罰と常識でさえ。

 

「大昔の人々にとって、命を摘み取る行為は自分であろうと他人であろうと禁忌(タブー)だ。……だが、現代人はその認識を覆した」

 

 であるならば、と続ける。

 

「果たしてユダは裏切り者だったのか。それとも、ただの忠臣だったのか。……はたまた」

 

 最初から裏切り者などいなかったのか。

 

 彼は、まるで憐れむように自分の右腕に嵌められた腕輪を見つめた。

 ──そう、腕輪。通称『起爆リング』。

 人々に与えられた『尊厳』を守るための装置。

 人を、自殺に導く装置。

 その装置に一言「死にたい」と呟けば、十秒後に脳内に埋め込まれた針状の小型爆弾が爆発し、痛みを感じることなく速やかに死に至る。

 そしてその死は、一般的に『尊厳死』と認識されている。

 

「だが一方で、どんなに文明が発展して繁栄しようとも変わらないものもある」

 

 この星に芽吹く全ての生命体にとっての共通事項。

 それは決して人の手では変えられないし、変えてはいけない。

 裏を返せば、どんなに言葉を言い繕っても誤魔化せないものだ。

 

「この世に『死に方』はニ種類しかない。殺される『死に方』と、殺されない『死に方』だ」

 

 死に方は区別できる。だが、それによって生じる事象はその限りではない。

 

「一方で『死』は『死』でしかなく、そこに優劣は存在しない。にも関わらず、自分達の都合でその禁忌(じさつ)を容認し、この世界を染めてしまった」

 

 ドクターは「くくく」と顔を俯かせ、怪しげに嗤う。

 

「外的要因による死に方が『殺人』であると定義するならば、尊厳維持装置による死に方は立派な殺人行為だ。つまり、自殺も他殺も死の価値は大差ないというわけだよ」 

 

「ですが、ドクター。我々の祖国には『自殺法』、──いや、『自爆(・・)法』があるじゃないですか」

 

「『自爆』、ねえ……」

 

 『自爆』。起爆リングを使用しての自殺を、世間ではそう呼称する。

 

「……」

 

 何か含みのあるドクターの物言いに、ドライバー思わず項垂れる。

 まずい。せっかく終わりそうだった話題を蒸し返してしまった。

 

「自爆という言い方は、フェアじゃないと思うんだよね。その言葉は、まさに現代人が歪めた自殺の価値を表現するに相応しいものだろう」

 

「その話はもう終わったじゃないですか……」

 

「あっはっはっは」

 

 ドクターは笑いながら、ドライバーにまるで『君から振った話題だろう?』とでも言いたげに視線を向ける。

 ドライバーはそれはそれは重い重い溜め息を吐いて「はいはい」と呟く。

 

「いいかな、ドライバーくん。『自殺/kill one self』という言葉には、『殺す/kill』という字が入っている。人間は心の底では、自殺が殺人行為であることを認識しているんだ。だからその字を除外した『自()/d()e()s()t()r()u()c()t() one self』という表現にすることで、人間の潜在意識に存在する自殺を肯定する禁忌(タブー)から目を背けようとしている。少なくとも、僕はそう感じる」

 

「そう、ですか……。こちとら、その自爆に失敗(・・)した身ですんで、あまり言われると死体蹴りされてる気分になるんですが」

 

「おお、そうか。それは済まないことをした。僕の長話に付き合ってくれてありがとう。安全運転を心がけてくれたまえ、ドライバーくん」

 

「はいはい。それと、俺の名前はドライバーじゃなくて、一応『トランス』って言うんですけど」

 

「なら、君も僕のことはドクターではなく『ジャック』と呼びたまえ。そうでなければフェアじゃないだろう」

 

「はあ……」

 

 めんどくさい。ドライバー……『トランス』は溜め息を溢す。

 

「かしこまりましたよ、ドクター・ジャック。これでいいですか?」

 

「問題ないよ、“ドライバー・トランス”くん」

 

「……もう、それでいいです」

 

 項垂れるトランスを見て、ドクター ──ジャックはケラケラと笑う。

 

「それにしても、自殺法か。旧時代を思い出させるから些か懐かしいね」

 

 この起爆リングが製作されたのは、ここ日本。

 そしてそれを正式導入すると国際協和連合──『国合』が制定した九十年代前半の『人権宣言』。

 日本では尊厳維持法という法律が制定され、起爆リングの稼働が開始された。

 時を同じくして、人権宣言以前から自殺に肯定的だった祖国の『自殺法』もまた『自爆法』へと名称を変更し、日本の尊敬維持法と同じ機能を有することになった。

 そして現在、尊厳維持装置による尊厳死によって、死にたい人間が死に、生きたい人間は生きるという個人の命の選択の自由が確立されたことで死のクオリティは大きく底上げされたとされている。

 

「……死のクオリティが底上げされた、か」

 

「何ですか?」

 

「いや、なに。ちょっとした皮肉さ」

 

 死は死でしかない。それ以上でもそれ以下でもなく。

 であるからこそ、死のクオリティアップなど幻想以外の何物でもない。

 尊厳維持装置がもたらしたのは、痛みを伴わない自殺。

 ならばこれは、殺しのクオリティアップと言うのが相応しいだろう。

 『死のクオリティアップ』と『殺しのクオリティアップ』。

 どちらが民衆の支持を得る表現かは、一目瞭然だろう。

 自爆と自殺の表現もそうだが、己の正当性のために本質を見失わせるやり口は平等(フェア)じゃない。

 だからこそこの世界は一見合理的(システマティック)理性的(ロジカル)だが、ドクターからすれば狂気的(クルーエル)猟奇的(ドラマティック)だ。

 

 そんな物思いに耽っていると、トランスはドクターに「それにしても」と声をかける。

 

「ドクター、俺達が日本へ派遣されるなんてどういうことなんですかね?」

 

「ん……ああ、任意的(The Voluntary)安楽死(Euthanasia)協会(Society)──『VES』の上層部によると、『上地(かみじ) 鍔乍(つばさ)』という少年が例のウイルス『Daed(ダイダ) Loss(・ロス)』を散布した実行犯らしい」

 

「へえ、なるほど。つまり、そいつを確保するのが今回の俺達の任務ってわけですね」

 

 『ダイダ・ロス』。

 このウイルスに感染した者が起爆リングによる自爆を試みた場合、感染者をゾンビにへと変貌させる。

 世間ではこのウイルスによってゾンビ化した対象を『自爆ゾンビ』と呼んでいる。

 

「正解。まあ、確保の傍ら、日本国内のゾンビ掃討も併せて行ってほしいとのことだよ」

 

「……それって、いつも以上に俺の『遺能力』が酷使されるわけですね分かります」

 

「それもまた正解。ご褒美に脳に優しい甘い飴ちゃんをあげよう」

 

「わーい。……飴は嬉しいけど、正解なんてしたくなかったですわ」

 

 そう覇気なく言うトランスにジャックは「まあまあ」と肩を軽く叩く。

 

「そう落ち込まないの。それだけボーナスには期待していい」

 

「ボーナス出たって使い道ないでしょ。特に日本じゃ」

 

 そう言って、トランスは自分の起爆リングをジャックに見せつける。

 

俺達(・・)の場合、これ機能してないんですから」

 

「なら、帰国するまでのお楽しみだね」

 

「……あぁ~~、国に帰りてぇ」

 

「そう言わずに楽しもう、ね?」

 

 トランスを励ますようにそう言った後、ジャックはトラックの荷台の方へ視線を向ける。

 

「それに、君が帰っちゃったら、後ろの皆も日本(ここ)に置いてきぼりだよ」

 

「わーってますよ。……ったく」

 

 そう口先を尖らせてから数分後、トランスの運転するトラックは都会の町並みから一変してとある山奥にある施設の地下通路へと入っていく。

 

 

 

「到着しましたよ、ドクター・ジャック」

 

「お疲れ様、ドライバー・トランスくん」

 

 トランスは運転席から降りると、荷台に積まれていた大量の段ボールに声をかける。

 

「おーい、皆。着いたぞー」

 

 

 

 

「うおぉぉぉ! はあああ! 久々の新鮮な空気、美味しいなあ!!!」

 

「声でかいよ、ロキ」

 

 大量の段ボールの中から出てきたのは、人、人、人の群れ。

 全員が全員、げんなりした表情を浮かべていた。

 その中で『ロキ』と呼ばれた少年が声を張り上げる。

 

「ていうかもっと他に良い移送手段無かったのかよ!」

 

 不満を爆発させるロキにトランスは溜め息を漏らす。

 

「仕方ないだろ。俺達は正規ルートが使えない以上、俺の遺能力を使うしかないんだ。これでもカーディフから一時間程度で着いたんだから大目に見てくれよ」

 

「だとしてももう少しやりようはあっただろ! 段ボールに突っ込むなんて雑すぎるんだよ!」

 

「そいつは悪かったな。帰りはもう少し善処するよ」

 

 ロキとトランスのやりとりを見て、ジャックは「いやぁ、若者は元気があっていいね」と無邪気に笑う。

 和気藹々(わきあいあい)なやり取りで微笑ましいが、ドクターからすればこの上ないほど歪な情景に見える。

 言い方を変えれば、とても見れたもんじゃない。

 

「さてさて、諸君。僕は一足先に研究所に行かせてもらうよ」

 

 だから喚くロキをトランスを始めとする自分の部下達に放任せて、自分はマイペースにその場を去って行くのだった。

 トランスが「ちょっと、ドクター・ジャック!」と呼ぶが、それも自身の笑い声でかき消していた。

 

 

 

────────────────────────―

 

 

 

「返せ! リンネを返せ!」

 

「くっ、こいつ一体どこから!」

 

 

 

「……ん?」

 

 すると、施設の表搬入口において何やら揉めてるような言い争いが聞こえている。

 いつもなら聞き流してスルーするところだが、何故だかこの瞬間だけは興味が惹かれた。

 環境の変化か、それとも自身の研究者としての勘か。

 

「やあ、一体どうしたんだい」

 

「ああ、ドクター。ようこそ、我がケイム日本支部へ」

 

 自身に敬礼する職員に対し、「まあまあ、そういう堅苦しいのは無しで」と言って敬礼を解かせる。

 

「それより、何か揉め事かな?」

 

「はい。それが、どうやってか分かりませんが、UXO(ユーゾ)搬入車に忍び込んだ者がいまして」

 

 そう言って職員が目の前の少年に視線を向ける。

 

「リンネを、どうするつもりなんだ!」

 

「そのリンネというのは、君の友達かな?」

 

「俺の大事な妹だ!」

 

「ほう……」

 

 少年の発言を聞き、ジャックは職員と目配せをする。

 

「職員くん。リンネという少女はいるのかい?」

 

「ええ、まあ。先ほど、金剛寺学園附属病院から搬送されてきたUXO(ユーゾ)です。その車両に、この少年が……」

 

「なるほど。因みに、その少女の遺能力と影響段階(ステージ)は?」

 

「はい。精神念話(テレパシー)S(ステージ)4です」

 

「テレパシー、それにS4か! 僕もお目にかかったことのないレアケースの組み合わせ。それは中々に興味深いね」

 

 何度も「ふむふむ」と頷くと、ジャックは少年に向き直る。

 

「君、名前は?」

 

「俺のことなんてどうでもいい!」

 

「そうか。少しばかり親睦を深めようと思ったのに」

 

「そんなことよりリンネを──」

 

「じゃあ、その妹さんを取り戻したとして、君に何ができるのかな」

 

「──っ!?」

 

 ジャックの言葉に、少年は絶句する。その言葉の真意に戸惑う。

 

「ここにUXO(ユーゾ)として搬送されたということは、君の妹は起爆したのだろう? ならば尊厳維持法において、起爆した人間がどういう風に世間で扱われるか、当然理解しているよね」

 

 起爆リングによって自爆した場合、その時点で人権はなくなる。

 通常、自爆すれば死に至るのだから当然と言えば当然だ。

 だが仮に自爆しても尚、生き残ってしまった場合は存在しない人間が存在することになる。

 

「君に妹さんを守れるのかい。一人分のベーシックインカムでは、養うのはあまり現実的ではないね」

 

「それは、──」

 

「それに今の時代、人権宣言以前の旧時代より就職は難しいと思うが」

 

「……」

 

 沈黙する少年を見て、ジャックはふとある考えが頭を過る。

 目の前の少年をここから退去させることは、自分の遺能力を以てすれば簡単に実行できる。

 だが一方で、高いステージを持つ遺能力は親族に遺伝しやすいという研究結果も祖国で確認されている。

 上手くいけば、貴重なUXO(ユーゾ)を一気に二体確保できるかもしれない。

 果たしてこのまま、ダイヤの原石足りうる存在を逃がしていいものか。

 

「少年くん。君にとって、『生きる』って何かな?」

 

「え……」

 

 少年はジャックの質問の意図が読めず、ただただ首を傾げる。

 

「僕はね、一種のギャンブルだと思うんだ」

 

「ギャン、ブル……?」

 

「そう。たとえ今日が最悪でも、明日は少し良くなるかもしれないし、もっと悪くなるかもしれない。そうした賭け事の連続であり、生きようと思った分だけ、サイコロをより多く振れる。そして、そんな賭けの場から降りることを、『死ぬ』って言うんじゃないかな」

 

「生きることは、賭け事の連続……」

 

 ジャックは頷く。

 

「そう。だから一つ、君も賭けてみないか。妹さんと一緒にいられる未来を」

 

「……」

 

 少年の瞳を覗き見る。今、彼の心は振り子のように大きく揺らめいている。

 畳み掛けるには十分な精神状態だ。

 

「君は、妹さんのために命を張れるかな?」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

「そうか、なら君ができる行動は二つ。だがそれに伴う結果は三つ」

 

 まあ、少年の言動から読み取れる性格から察するに、行動は一つ、結果は二つだが。

 そんな事を思いながら少年に賭けの内容を伝える。

 

「一つ、この施設と妹さんのことを全て忘れて君の日常に戻る」

 

「そんなことはできない!」

 

「……フッ。だろうね」

 

 その言葉を聞いて安心する。最早彼は自ら逃げ道を塞いだ。

 ここから先は本当のギャンブル。それも、実質ただのロシアンルーレットだ。

 

「なら、ここからが本題だ。君が取るべき行動、二つと三つは同じことだが、それぞれ結果が違う」

 

「何をすればいい……?」

 

「簡単なことだ」

 

 そう言うと、ジャックは少年に一歩近づいて彼の手首に嵌められた起爆リングを軽く小突く。

 

「起爆するんだ」

 

「えっ……はっ……?」

 

「頭の爆弾を起爆して、そのまま死んだら君の負け。生き残れば、君の勝ち。単純な話だろう」

 

「でも、それは……」

 

 少年は絶句し、迷う。予想だにしなかった条件に、脳の処理が追い付かない。

 ジャックはそんな少年の耳元で追い討ちをかける。

 

「どうしたんだい。妹さんのためなら、命を張れるんじゃなかったのかい?」

 

「──っ!」

 

 その言葉に、少年は歯を食い縛る。

 瞳は赤く充血し始め、ひたすら自身の起爆リングを見つめる。

 

「……上等だ。やってやるよ!」

 

「期待しているよ、少年くん」

 

 少年を優しく見守るジャックに、職員は慌てたように駆け寄る。

 

「ちょっと待って下さい、ドクター! 貴方の遺能力を使えば、それで済む話でしょう?! いくらドクターと言えどこんな横暴は──」

 

 余計な口を挟もうとする職員の頭をすぐさま掴み、左側の眼帯の裏にある()に指を当てて能力制限を解除する。

 

「“この少年の起爆を見届けるのは、僕の研究の一環である”」

 

 すると、見る見る内に職員の表情が失われる。

 

「──はっ、ドクターの研究に口を挟もうとした自分がどうかしていました」

 

「君は邪魔だ、職員くん。今、僕の部下が地下にいる。この場所を案内してあげなさい」

 

「かしこまりました」

 

 そう言って、職員は地下の方へと向かっていった。それを見送り、ジャックは再度少年に言う。

 

「さあ、続けなさい」

 

 異様な光景に、少年は目を剥いた。

 そして同時に自分の選択に、後悔の念を少なからず抱いてもいた。

 今自分は、得体の知れない悪魔に邪悪な契約を持ちかけられているのでは、と。

 思わず後ずさろうとすれば、逃さないとばかりにジャックは言葉を重ねる。

 

「それとも、怖気づいたのかな?」

 

 その言葉で、少年の歩みは止まる。

 止めなければならなかった。

 

「そ、そんなことはない。俺にとって、リンネは大切な妹。絶対に俺が守るんだ、だから!!」

 

 何度も何度も、口を開いては閉じ、身体が震える。

 それでも、何とか。その決定的な言葉を出そうともがく。

 

「リンネがいない世界で生きる……? そんなの、死んでるのと変わらない。そんな世界で生きるくらいなら、いっそ!!」

 

「いっそ?」

 

 

「“死にたい”っっっ!!!!」

 

 

 言った。言ってしまった。

 少年の『死にたい』という言葉に反応し、起爆リングからアナウンスが流れる。

 

《了解致しました。解除の場合は、再度音声での認証をお願い致します。起爆まで、十、九》

 

「さあ、少年くん。起爆までのカウントダウンが始まったわけだが、発言を撤回する気はあるかな?」

 

 起爆リングのシステムとして、カウントダウンが零に至る前に『生きたい』と発言すれば、その時点で自爆が中止となる。

 

「無い! これが、俺の生き方だ!」

 

「力強い言葉、頼もしいね。ならば賭けに勝てるよう、君の頭の中の爆弾に祈っておきなさい。『どうか不発でありますように』とね」

 

「はあ……はあ……」

 

《三、二、一……起爆します》

 

 

 次の瞬間、まるで風船でも割れたような破裂音と共に少年の断末魔が廊下に響き渡る。

 

 

「ああああああああああ!!!!!」

 

 それだけじゃない。脳内の爆発の余波で少年の右目のみが盛大に宙を舞う。

 ジャックは己の手を広げ、それをキャッチした。

 

 

「おめでとう、少年くん」

 

「あああ……があああああ!!!!!」

 

 頭が割れるような激痛に悶絶する少年の叫び声に呼応するかのように壁に亀裂が走り、天井の電球が割れていく。

 

 

 

「君は賭けに勝った。それも強力な遺能力『衝撃念力(サイコキネシス)』を獲得した」

 

 ジャックは、勇気ある決断によって未来を勝ち取った少年に惜しみのない拍手を贈る。

 

「これで君も、我々と同じ『UXO(ユーゾ)』だ」

 

 『UXO(ユーゾ)』。正式名『特異的(The Unusual)未知(X)物体(Object)』。

 それは、不完全な自爆によって脳の一部を欠損したことでサイキック『遺能力(いのうりょく)』に目覚めた爆破不良者の総称である。

 そしてこれは、世界から存在を抹消された彼らの、『死』の正当性を問う物語である。

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