「全く、困ったものね、貴方が教会の関係者であるとバレたとしたら、風元素の神の目を持つあなたを、モンドの教会は放っておかない」
荘厳とした聖堂の中で、唯一影の差すその場所で、彼女は苛立ちを表すように毒突く。
「だから私が気を使って、貴方の自由を縛らないように行動してあげたのに、その意図も知らず、バーバラと一緒に行動するなんて……」
近寄り難い雰囲気を漂わせる彼女に、唯一近付いていく人物がいた。
男は柔和な笑顔で彼女の隣までくると、睨んでくるような目を向けられながらも、平然と話しかける。
「シスターロサリア、そんなところで何をなさっているので?」
「なんでもないわ、司教、行きましょう」
「何故上から……まぁ良いです、しかし件の冒険者、実に惜しい、信心深く教会に通う彼ならば、騎士団への抑止力になりうると思ったのですがね」
隠そうともしない態度。
この男にとって、神の目を持つ人間というのは、自らと、自らの所属する組織の格を上げるための道具に過ぎないのだらう。
こんな事に、"こんな不自由な事に"彼を巻き込むわけには行かない。
「そうね、そうだと、いいわね」
視線を逸らしながら呟いたその言葉には、全く気持ちがこもっておらず、
「ベント様と、付き添いのバーバラ様ですね、お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
丁寧な案内で、男性の騎士に騎士団本部の中へと案内される。
騎士団本部とはいえ、この施設の中にはモンド市民が自由に利用できる図書館を兼ねた設備もあるため、そこまで物珍しいものでもないのだが、逆に言えば図書館以外の予定で、それこそ客人として招かれることは稀だ。
というか普通は無い、どこかの売上が高い酒場のオーナーなどなら話は別だが。
「中でジン団長がお待ちです。それでは、私はこれで」
ここまで来て今更帰るわけにも行かない。
俺がノックすると、中から「入ってくれ」と声が聞こえてきた。
若い女性の声だ、年齢は俺と同じくらいだろうか。
西風騎士団のジン団長、彼女の演説は聞いたことがある。
毅然とした態度を崩さない彼女の印象に、悪いものなんて一つもなかった。
ただ、直接、関係者として顔を合わせるのは初めてのため、少し緊張してしまう。
「君が例の冒険者、ベントだな?」
ドアノブを捻り、中に入ると、出迎えてくれたのは西風騎士団の代理団長……ジン・グンヒルドだった。
「君について……いいや、君の力について話がある、どうぞ中へ」
しかし、部屋の中にいたのは彼女だけではなかった。
もちろん組織のトップに一人で応対させるような無能な組織では無い事は分かっているため、護衛の一人や二人いて然るべきだが、ここにいる顔ぶれは……過剰戦力、と言っても遜色ない程度のビッグネームが揃っていた。
図書司書、リサ・ミンツ。
俺でも彼女とは会ったことがある。図書館に行けば大体いるからな。
騎兵隊長、ガイア・アルベリヒ。
アンバーさんから、よくサボっているだとか、やましいことがあるとすぐ居なくなるだとか、よく愚痴を聞く男。
騎兵隊長とは言っても、統率する騎兵隊のほとんどは大団長のファルカさんが連れて行ったため、ボッ……実質一人の部隊になってしまったらしい。
偵察騎士、アンバー。
うさぎのように可愛らしく結ばれたリボンが特徴的な彼女は、視線を向けると人の良さそうな笑みを返してくる。
冒険者として大成するために、何度か彼女に弓や野外活動についての指導をしてもらったこともあったため、彼女とはそれなりに面識はある。
そして栄誉騎士の旅人、ソラ。
数か月前に突如として現れた、神の目を持たずして元素力を操る謎の旅人。
モンドを襲った龍災を鎮め、栄誉騎士に任命され、風魔龍を撃退した張本人。
顔を見たのは一度か二度程度だったが、彼のそばに浮いているなぞのマスコット、パイモンが、彼が真に旅人であることの証明となっている。
あとは全く表情の動かない人形のような少年と、その側につまらなそうに立っている、猫耳で緑髪の少女。
合計七人の、旅人(とパイモン)を除く全ての人物が神の目の保持者だった。
「ベント、失礼を承知して言うが、君の容態については、君が意識不明の状態だった時にすでに把握している。そして、君が"2種類の元素"を同時に扱えることも、だ」
「……なるほどね、危険人物に対する正当な対処だと言いたいわけか」
「そうじゃぁないぜ、お前さん、何か大きな勘違いをしていないか?」
眼帯の男、ガイア・アルベリヒが口を挟む。
彼は胡散臭い笑みを浮かべながらわざとらしく大手を広げてみせる。
「ここにこれだけの人数が集まったのは、
「おい、ガイア……」
「代理団長殿はすこし回りくどいんだ、ここは、頼れる大人の男に任せてけよ?」
薄っぺらい言葉だが、凄みが感じられるのは、彼の実力ゆえか。
なんにせよ、ジンは静観の姿勢をとる事に決めたらしい。
「まずはお前さんの神の目についてだが、この事についてはアルベドに預けた方が早いだろう」
「僕は確信できる事実に辿り着くまでは、あまり口を出したく無いのだけどね」
必要最小限の表情筋を動かし、淡々と言葉を口にする少年は、アルベドというらしい。
彼は手元のスケッチから少しだけ視線をこちらに向けると、「はぁ」とため息をついて語りを入れてくる。
「君の神の目が摘出不可能って言うことはもう知っているだろうけど、これは君に対して大きなメリットと、デメリットを同時にもたらしていると思われる」
スラスラとなにかをスケッチすると、こちらに見せてくる。
見せてきた紙にはわかりやすい図解が載っていた。
「君の体は現在、完全に神の目と同化しているが、同時に神の目でもなく肉体でもない矛盾した状態となっている。この影響によって、君の生命活動を神の目が手助けする事により、君は呼吸や食事をしなくとも生きる活力を得られるようなった」
2週間寝たきりでも腹が減っていない理由はこれだったのか。
「だが同時に、君の生命活動そのものが神の目に元素力を与える活力となっているんだ。君が生きる限り、神の目は常に元素力を生み出し続ける、それは脈動し全身に血液を巡らせる心臓のようにね。そして人間は、そんなに膨大な量の元素力に耐えられるような構造をしていない。それ故に君が君である限り、生命力の消耗は続き、やがて死に至る事だろう。神の目が"外付けの魔力器官"である所以は、そこにあるのさ」
話を纏めるとだ、俺は神の目のおかげで生きながらえることができるが、同時に神の目の所為で命を削ることになるってか?
出鱈目だと切って捨てるには、あまりに重い話だ。
「だから僕は、君の右腕が欠損していることを利用して、余剰分の元素力を吸収、排出する機構を備えた義手を制作し、君に装着させた。これは延命措置であって、理由もなく行った事じゃないんだ、許してくれ」
「あぁ、義手か、ありがと……な……え?」
この少年が、俺の許可なく義手を取り付けた張本人だという話を聞いて、そしてそれが自分の命に関わる重要な事だったと聞いて、なんというか、喉まで出かかった文句もでなくなり、なんというか、とても複雑な気分になった。
そんな中、ガイアがアルベドとの会話に割って入り話を進行させようとしてくる。
「さて、アルベドも話したいことは沢山あるだろうが、まずはベントに発現した能力についての話に、さっそく移ろうじゃないか」
コイツは何処かの式典で司会者でもやってた方が稼げるのではないだろうか。
もっとも、こんな軽薄そうな男に何かを頼みたいと思うようなもの好きは、そうそういないだろうが。
「二種類の元素を扱える、これに該当する有識者はこの中に二人いる、まずは自己紹介から行こうか」
ガイアに促されるように前に出てきたのは、旅人と、緑髪の少女。
旅人は堂々としたたたずまいだが、少女は終始おどおどしているような態度だ。
「俺は空、知ってるとは思うけど、西風騎士団の栄誉騎士で冒険者もやってる。こっちは相棒のパイモンだ」
「よろしくなー!真っ黒の兄ちゃん!」
「わ、私はスクロース、西風騎士団の錬金術師で、アルベド先生の弟子で、です……」
俺が何故二つの元素力を扱えたのか、それを考察する有識者とやらが、本当に務まるのか……俺はパイモンのノリの軽さを見て、若干不安を感じざるを得なかった。
※訂正
バーバラのデートイベントにて、枢機卿が留守であることと、モンドに居る枢機卿も多忙であることが示唆されたため、ロサリアのセリフの一部を変更しました。
枢機卿→司教