トリオンモンスターって呼ばないで!   作:わー

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9話目

 B級に上がってから、弥生の日常は大きく変わった。

 

 まず防衛任務に入れるようになった。金を稼がなければならない弥生にとってはこれはまさしく待ち望んだ事であり、誰よりも精を出して不定期に現れる近界民を倒す日々を過ごしていった。お陰で次の学費や日々の生活の食費などは何とか目処が付くようになり、モヤシにキャベツが追加されたりした。

 

 次に変わったのは、ボーダー基地内部で過ごす時間がさらに増えた事だった。端的に言うと水曜日は地獄と化した。だが、それ以外にも弥生は様々な人間から声を掛けられるようになったのだ。

 

 なんでも自分はどのチームとも組めるようにする特別な訓練を課されているらしい。水曜日以外の曜日は基本色んな部隊と戦ったり訓練をしたりするようになった。

 

 ボーダーにいる人間は誰もが世話好きだったり良い人だったりするが、コミュ障にとっては辛いだけなのでマジで本気にやめてほしかった。しかしその時間は給料が発生するらしいので弥生は最終的には笑顔で全てを受け入れた。

 

 それどころか炒飯を作ってくれるイニシャルKや焼き肉をおごってくれる鬼の登場により、食生活は以前と比べてはるかに改善されていた。本人に自覚はないが血色も少しばかりよくなって、肉もつき始めていた。

 

 また、色んなチームと組むことで様々な情報を手に入れられるようにもなってきた。特に弥生が驚いたのは、トリオン体でいる時は痛覚をある程度遮断することができるのだということだった。訓練やランク戦で痛い思いをしていたのは自分だけだったのだと知った弥生はなんだかとても複雑な思いをすることになった。

 

 

 そんなこんなで、割と充実した毎日を送っていた弥生だったが。

 

「新トリガーの実験体になってほしいんだ」

 

 ある日唐突に開発室に呼び出されて、そんなことを言われた。

 

 新トリガー?首をかしげて、白衣の男から視線を離して唯一知った顔の鬼怒田に目を向ける。鬼怒田はうむ、と厳めしい顔で頷いた。

 

「急に呼び出してすまんかったのう、弥生ちゃん。だがこれは君の為でもある。少しばかり付き合ってもらうよ」

「そういう訳で、これをどうぞ」

 

 それは別に構わないが、と小さくうなずいた。そんな弥生に、白衣の男がトリガーを手渡してきた。そして研究用の訓練室へと向かう。

 

「事の発端は先の第二次侵攻の折の事だ。人型近界民と接触した出水隊員が、トリオン量が多い雨取千佳ちゃんと君を優先して狙っていたように見えたという情報を報告してきてのう。レプリカ先生に確認を取ったら、トリオン量が多い人間は優先的に狙われるのだそうだ」

 

 えっ何それは。

 

 驚く弥生だったが、思い返してみれば確かにあのラスボスみたいな奴は目の前の倒しかけの出水よりも何故かC級の自分を襲ってきた。それがトリオン量の違いであるのだとしたら、理由は分からないが納得できる事だ。

 

 自身のトリオン量に助けられてきた事は多いが、その危機のほとんどがもしかしたらそのトリオン量が原因で招いた事だったのかもしれない。とするとかなりマッチポンプだ。騙された気がする。

 

「本来なら、トリガーの開発は慎重でなければならん」

 

 有無を言わさぬ口調で鬼怒田はそう言った。

 

「それは無論技術的な意味合いもあるが、何よりもトリガー技術が容易に兵器として転用できるのだという印象を周囲に与えないための配慮だ。他にも規律の乱れや士気の低下を防ぐために、あえて一定の同性能の武器を支給しているという面もある。だが、相手方が君みたいな子を率先して狙うと知ってしまっては、そうとも言ってられんのでな。安全の確保や戦力増強の為にも、専用トリガーの開発に踏み切ったわけだ!」

 

 鬼怒田が白衣の男の背中をバンと叩いた。

 

「彼は今回の新トリガー開発の主任だ。優秀な研究者だ。無論わしも手を加えた!後は実際に使ってみて、使い心地を確かめながら最終調整に移るだけだ!」

「ここ数週間ほぼ徹夜して作った苦労や努力が、やっと報われますねぇ…!」

 

 自分の知らない場所でそんな計画が進行していたとは知らなかった。感謝よりも先に申し訳なさと、鬼怒田と研究主任のおかしなテンションへの若干の引きを感じながら、弥生は二人の後ろをついていった。

 

 訓練室に通された。何の変哲もない街の風景が即座に生み出される。そんな中弥生はトリオン体に変化する。

 

『構想の基盤になったのは、君の戦い方の記録を見た時だ。大量のトリオンキューブを生み出してからの絨毯爆撃を見た時は、本当にしびれたよ…!『アステロイドの雲』…これをちゃんとした武器として運用できないか、その考えこそがこの武器の始まりだったんだ!』

 

 はあ。弥生はなんと反応すればいいかわからずに、頬をポリポリと掻いた。少しだけ恥ずかしい。

 

『僕は、この新トリガーに『ネビュラ』の名を付けた…さあ、存分に使ってみてくれ!』

「…ネビュラ」

 

 目の前に現れた訓練用バムスターに対して、弥生は少し間を開けて、トリガーを発動させた。

 

「…?」

 

 次の瞬間、バムスターが光り輝く霧に包まれた。まさしく名の通り星雲と言った様相に首をかしげる弥生だったが―――

 

 バシュンッ!と、その光る霧に包まれた部分が、一瞬にして消し飛んだ。バムスターの巨躯の一部を根こそぎ破壊し、霧の一部がかかっていた家の部分もごっそりと消えていた。その光景を目の当たりにした弥生は、ひゅっ!?、と驚きで縮小された喉で驚愕の吐息を漏らした。

 

『超細分化したアステロイド…それがネビュラの正体だ。一応シューター用トリガーではあるが、射程は短く超近接、中距離用。一粒一粒が爆発する程度のトリオンを含むため、消費は非常に大きい。そもそも現状のアステロイドをさらに細分化させることと威力を保つことの両立は難しく、思いついたとしても机上の空論だったのだ。だが、弥生ちゃんのトリオン量では十分実用可能だと判断した。どうやら正解だったようだのう』

『使い心地はいかがですか?』

 

 身を乗り出すような調子で聞かれたので、弥生は何度かネビュラを使って具合を確かめる。

 

 動き自体は鈍間だが、発生が素早い。それにアステロイドと違って自分を起点に放つのではなく、敵の周囲に直接まとわりつくように発生させることができ、ある程度追尾させることも可能。うまく包み込ませれば大打撃を与えることが可能だろう。

 

 ネックとされた消費だが、確かに普通のアステロイドよりも非常に高い。だが、弥生にとってはこの程度は許容範囲だった。

 

「良い感じ…」

『よっしゃ!』

『うむ!うまくいったぞ!』

 

 いい年したおっさんが弥生の一言で大はしゃぎだった。弥生も珍しく口元を微かに緩めて、心なしか嬉しそうにしていた。

 

『でも、やはりもっとデータが欲しいですね…それも実戦に近い形の。訓練用近界民をもっと出していいですか?』

 

 どんとこい、と弥生が頷いたら、鬼怒田がそれを止めた。

 

『そう言うと思ってさっき近くを歩いていた村上隊員を確保しておいた。頼めるか、村上!』

『俺、さっきランク戦で負けたばかりなんですけど…いや、まあ頼まれたらやりますけどね…』

 

 そう言うや否や、ボーダー内でアタッカー第4位の実力者を持つ男…村上鋼が、弥生の目の前に現れた。

 

「よう。新しいトリガー作ってもらったんだってな。俺も興味あるし、一戦やるか」

 

 好戦的な笑みを浮かべる村上に、弥生はこくりとうなずく。何度か防衛任務と訓練で鈴鳴第一と組んだことがあり、村上とはその機会に知り合った。弥生はその時来馬と村上に懐き別役太一が大嫌いになった。

 

『神崎対村上…10本勝負、開始』

 

 開始の合図が鳴り、弥生はネビュラを展開し、村上は弧月とレイガストを出現させる。

 

 戦闘訓練の時間だ。

 

 

 

 

 始まりはすぐに訪れた。動き出しは若干村上が早く、引き絞った矢のように鋭く駆け出していた。

 

「ッ!」

 

 それを光の霧が捕まえた。即座に足を止めその場から跳躍した村上は、空中で重心が変わったことに気が付いて間に合わなかったことを悟った。瞬く間に光り輝き中のものもろとも消えたネビュラの霧に片方の足を食われたのだ。

 

 そしてすぐに気が付く。空中で、村上は雲のように漂う霧に既に包囲されていた。誘い込まれた、そう考えた瞬間には、村上は目を見開きながらその場から消し飛ばされていた。

 

『村上、緊急脱出。1対0』

 

「…なるほどな」

 

 村上は小さくつぶやいた。

 

 あれは広範囲破壊攻撃だ。囚われたらその時点で終わり。これでは近づくことさえ難しい。

 

 あれをどう攻略するか。思考しながらも、次の勝負が始まる。街に無作為に転移され、村上は即座に駆け出した。弥生がすぐにそれに気が付き雲を発生させるが、村上は家の壁を蹴り電線を利用して移動してを繰り返し、飛び跳ねるようにしながら近づいていく。

 

 動きを止めたらその時点で飲み込まれる。なので、動きで翻弄する。それが村上の考えた事だった。だが。

 

「…広いな」

 

 ネビュラが、弥生を中心に広範囲に展開される。光の霧が緩慢に渦を巻いて周囲を飲み込まんと手を伸ばす。膨大なトリオン量に物を言わせたシンプルな物量作戦に村上は足を止めて反転、距離を取る。だが同時に駆け出し距離を詰めた弥生の雲に飲み込まれてまたも消し飛ばされた。

 

 次の試合では、村上はレイガストのシールドモードと広範囲のシールドで360度を囲って防ごうとした。しかし、そんな盤石な防御で備えていてさえ、ネビュラにその上から食い殺された。

 

(シールドで防いだとしても、掘削機のように削られてしまう。レイガストのシールドモードでさえ一秒も持たない…えげつないなあのトリガー。いや、というよりも、あのトリガーを平気で使いこなす神崎自身か)

 

 どう見ても燃費がよさそうには見えない。流石はトリオンモンスターと言ったところだった。

 

 4戦目、5戦目と試合を重ねた。結果はどれも似たようなものだった。村上は流石にこのままでは鬼怒田達の期待に応えられないし、何より負けっぱなしは嫌だった。なので、神崎に一声かける。

 

「…神崎。すまないが15分だけ時間をくれ。そのネビュラとかいうトリガー…攻略してやる」

 

 画面の向こうで頷いた神崎に一言感謝を告げつつ、村上はベッドの上で片膝を立てて目を閉じた。

 

 神崎はここからが本番であることを知っていた。村上鋼の本当の強み…反則染みたサイドエフェクトの効果を弥生は知っていた。

 

 15分後、また試合が始まる。

 

 弥生はまたしても駆け出し、村上を自身のテリトリーに入れて先手必勝とばかりにネビュラを発生させた。空中に飛んで電線を足場にして上空に降り立ちつつ、村上を雲に飲み込もうとする。

 

 だが、村上はそれを余裕を持って回避した。さらに、手に持った刀を振り絞り叫ぶ。

 

「旋空弧月!」

「ネビュラ」

 

 雲を盾にして、村上の攻撃を防いだ。そして次に目を向けると、村上の姿はどこにもない。見失ってしまったらしい。

 

 村上の姿を探して目を動かす弥生に、死角から旋空弧月が飛来する。弥生はそれを雲を足場にして避け、盾を作って防ぎつつ、村上の後を追う。だが、村上は20m前後の距離を取ったまま、隠れては攻撃してを続けた。

 

「ふむ。流石村上隊員だ。もうネビュラの射程範囲を把握したか」

「なるほどなるほど…ネビュラを使いすぎると、視界が埋まって逆に隙ができてしまうのか…」

 

 鬼怒田は感心して唸り、研究員は鉛筆でノートを取りながらぶつぶつとデータを収集している。この男、実はこういう所ではアナログ信者であった。

 

 二人のおっさんが見守る中、戦いは激化していく。捕まえたいが中々範囲に取り込めない弥生と、範囲の外から攻撃を繰り返す村上。旋空弧月が空に何度も閃き、ネビュラにより家が倒壊していく。

 

 均衡が崩れたのは、弥生がネビュラの操作に慣れ、移動速度が上がった瞬間だった。

 

 光り輝く天の川の上を凄まじい速度で駆け抜けて、今しがた家に隠れた村上を家ごと霧に包み込んで吹き飛ばす。轟音が鳴り響き、土煙が空へと上がった。

 

 緊急脱出の光は現れない。代わりに土煙から村上が飛び出した。ぎりぎり範囲外に逃げ延びていたらしい。だが損傷は激しく、レイガストを持っていた左手が吹き飛んでいた。

 

「まだだ…!」

 

 旋空弧月が繰り返し迫るが、弥生はそれを避けながら距離を詰める。二宮の攻撃に比べるとあまりにも直線的過ぎた。

 

 弥生は勝った!第三部完!と思いつつ止めを差しにかかる。次の瞬間だった。

 

「スラスター、オン!」

 

 村上の声に反応するように、何かが噴射し空気を切る音が響いた。完全に弥生の死角となった場所…すなわち倒壊した家の破片から、レイガストが飛び出したのだ。

 

 村上の狙いはこれだった。完全な意識外からの攻撃。これが唯一の攻略法だ。

 

 だが。

 

「―――ネビュラ」

 

 弥生はそれを目もくれずにネビュラで防いだ。高速で迫るレイガストはネビュラの雲に接触して、一瞬のうちに分解され、弥生に届くころには無数の火花と化して何の損害も与えられなかった。

 

 そして無表情のまま村上を見る。内心死にかけたことにめっちゃドキドキしているが、村上にとってはそれが余裕の表れに見えて苦笑するしかなかった。

 

 これは二宮との訓練の成果だった。ランク戦や戦闘訓練では、弥生のサイドエフェクト、危機感知は反応しない。それは死への恐怖がないからだと睨んだ二宮は、死の恐怖が染みつくまで何度も何度も丹念に弥生を吹き飛ばした。その結果弥生は訓練でも危機感知を発動できるようになったのだった。代償は弥生の心である。

 

 弥生は腕を下から上へと振り上げ、地面を這って立ち昇ったネビュラの星雲が村上を包み込み、試合は決した。

 

 

 

 

 

「一対一じゃ無理です。せめて部隊で当たらないと勝てませんね」

「うむ…村上相手にここまでとは。予想以上に凶悪のようだな、この組み合わせは」

 

 その後弥生と村上はすぐに解放された。今から最終調整に入るらしい。鬼怒田と白衣の男に見送られて、弥生と村上は研究室を出た。

 

「神崎、初めてあのトリガー使ったんだろ?大分こなれてたじゃないか。何より立ち回りも上達してた。訓練の成果が出てるんじゃないか?」

 

 その言葉に弥生はむふんと鼻を高くした。無表情のまま得意げな様子の弥生に、村上は軽く微笑みながら先を歩く。

 

 弥生はサイドエフェクト抜きで語れば、戦闘に関しては良くも悪くもない、凡庸なセンスである。とはいえちゃんと努力すればその分ちゃんと伸びるタイプであり、本人も学ぶ姿勢があり努力を続けている。まだ話をした回数は少ないが、村上にとっては好ましい人物ではあった。

 

 そういえば、背格好もそうだけど、どことなく雰囲気が空閑に似ているかもしれない。あの小さな勝者を思い出す。今日は負けてばかりだったが、悪い一日ではなかった。

 

「とはいえ、何度も負けてやるつもりはない。次は必ず勝つぞ」

「…」

 

 サムズアップする弥生に苦笑する村上。

 

「そうだ…今日は何か奢ってやる。ラーメンでも行くか」

「!」

 

 弥生が物凄い勢いで肯定し、二人は並んでボーダーを出たのだった。

 

 この後、別役にばったり出くわして俺も行くと言い出し、弥生は速攻その場から遁走した。

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