ある夏真っ盛りの放課後、日直当番二人のささやかなお話。

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太陽と月の話

「太陽と月とどっちがいい?」

 

彼女は唐突な疑問を投げかけてきた。

 

「何だよ、いきなりにもほどがあるだろ」

 

思わず呆れた素振りをみせた。

 

放課後の教室、少しだけ入ってくる夕暮れの風、机の上に広げた学級日誌、そして日誌を書いている俺の顔を覗き込む前の席のクラスメイトの女子。

 

「なんとなく、この静かな雰囲気を変えてみようかなって」

 

頭の上に疑問符を浮かべているのが、俺でもわかった。あまり大した意味はないと見た。

 

「俺は月の方がいいね」

 

「え?なんでなんで?」

 

興味津々な眼差しをこちらに向けてくる。それこそこっちが「なんでそんな反応なんだよ」と言いたくなるくらいだ。

 

「さて安城、今日の天気はどうだった」

 

「雲一つない快晴でありました!」

 

「今日の気温はどうだった」

 

「最高気温は38度でありました!」

 

「これでわかっただろ」

 

言うなれば今日は炎天下というやつだった。今でこそ心地よい風が吹いているものの、日中の風は熱風と呼ぶのにふさわしいほどだった。

 

とどのつまり、本日はとんでもなく熱かったのである。

 

そして、そんな日に日直当番にぶち当たり俺はこんな時間まで安城のように元気でいられるほどの気力なんてほとんど残っていなかった。

 

「足立君の言ってることがよくわからないよ」

 

頭の上の疑問符が付けたされたようで、彼女は不満そうな顔をし始めた。

 

「俺から元気を奪ったお天道様なんぞ、好きになれるわけなかろう」

 

日誌を書き終え、それを軽く安城の頭に乗せる。

 

「じゃあ、足立君は月が好きなんだね」

 

満足そうに安城は言った。

 

「好きとか嫌いとかって話じゃないとは思うけどな、大体太陽ってのは割と可哀想だと思わないか?」

 

そんなことを言ったら、それまで座って頬杖をついていた安城が「え?!どういうこと?!」ととんでもなく食いついてきた。

 

この反応が俺がついからかってしまう原因なのだと。彼女は知りもしないだろうな。

 

「安城、お前月は見上げたことあるよな」

 

「うん、はっきりした月もちょっとぼやっとした月も」

 

「じゃあ太陽はどうだ?」

 

「こう、手をかざしてみたことはあるけど、あんまり長い時間は見られないよね」

 

「だろ?太陽ってのは地球を照らしてくれてるありがたーいものだっていうのに、大体は背中を向けられる だから可哀想だって思うんだよ」

 

大げさなアクションを取りつつ、俺は安城に説明した。

 

「比べるものじゃないけどよ、俺がもし太陽になれって言われても、人に見向きもされないならごめんだな」

 

「足立君ってときどきすごいこと言うよね」

 

淡々と言われた言葉がこれだ。

 

「お前が聞いてきたんだろ」

 

これにはそう返すしかなかった。

 

「その点お月様はたくさんの人に見てもらえる、星に願う人が居る限り、月に祈る人も多いからな」

 

例えを歌詞でしたことに、恥ずかしさを感じながらも安城に伝えた。

 

「という訳で俺は月が良い」

 

自分の意見を言った気恥ずかしさを誤魔化そうと、彼女が最初にした質問にようやくオチを付けた。

 

「そういう安城はどうなんだよ」

 

「え?私?」

 

自分に話題を振られることが予想外だったのか、安城は気の抜けたような声だった。

 

「私は、自分を見てくれている存在がいればいいから、太陽になってもいいよ」

 

「え」

 

思いもよらなかった答えに、俺も思わず気の抜けるような反応をした。

 

その瞬間、チャイムが鳴り響く。

 

「あ!!いけない帰らないと!足立君日誌持っていくよ!!」

 

彼女は日誌を持って教室を出ようとした。

 

「また明日ね!」

 

教室から出る間際、いつもの笑顔で挨拶をしていく。

 

独り残された教室の中、彼女の足音が聞こえなくなるまで立ち尽くしていた。

 

「なんなんだよ」

 

何も知らない癖に、あの笑顔を向けてくる彼女を見つめることもできなくて。

 

7月1日 結局自分に遠い彼女はやっぱり太陽みたいなもんだと、笑うしかなかった。



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