小さな水の中、鮮やかな赤を纏う彼女が抱いたのは恋という炎。

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金魚姫の憂鬱

―水の張られた小さな世界で、彼女は自分に言い聞かせるように届かぬ想いを彼の人への想いを自分の胸へと響かせるのであった。―

 

 

 

 

 

 

ねえ、ねえみてみて?アタシとっても綺麗でしょ?

 

 

 

やんわり透けた鱗に混ざって鮮やかに差す赤の色、桜の花みたいだってあの人が言ってくれたの。

 

 

 

こんなちっぽけな世界の中で、何のために生きているのかわからなくて、ただただ揺れる外の世界を

 

泳ぎながら見てただけだったの。

 

 

 

初めてだったわ。

 

硝子越しにそっと指を近づけて

 

「綺麗だね。」「かわいいね。」って優しい声がしたの。

 

 

 

騒がしい喧噪の中にずっといたはずなのに、あなたの低くて優しい声は、何よりもアタシの躰に響いたの。

 

 

 

ねえ、ねえもしかして、これが恋というものに落ちる音?

 

 

 

もっと聴きたいの。

 

もっと教えてほしいの。

 

 

 

躰に響くこの音を、あなたでもっと響かせたいの。

 

 

 

それ以上は望んでないの。

 

 

 

いいえ、望んでしまったら、アタシはきっと死んでしまうの。

 

 

 

硝子越しのぬくもりじゃ絶対に足りなくなっていく。

 

けれどこの小さな世界を、アタシは出られないの。

 

 

 

大きな火傷じゃきっと済まないの。

 

 

 

アタシの綺麗な赤い色が、きっと炎になってしまうの。

 

 

 

ああ、それでもアタシ

 

あなたに触れてほしいと思ってしまうの。

 

 

 

硝子越しのもどかしい指先を追いかけ泳ぎながら、アタシは恋と一緒に憂鬱を響かせるの。

 

 

 

ねえ、ねえあの人 どうしてここに来てくれないの?

 

アタシの恋はここで、相も変わらず響いているのに、響くだけじゃどうしようもなくなって。

 

水の中なのに、まるでアタシの躰燃えているようなの。

 

 

 

アタシの憂鬱は、火を伴って、その内この桜の花も燃えてしまう気がしてならない。

 

 

 

それでもここでアタシは、消えない恋を抱いてるの。

だってこの想いは、きっとあなたには届かないから。

 

 

 

いっそこの想いも躰も燃えて燃え尽くして、消えてしまえばいいと思うの。

息をしていても、これほど苦しい灼熱に、アタシは耐えきれるほど強くないの。

 

 

 

静けさの中でただ泳いでいたアタシの世界は、あなたのせいでこんなにも苦しくなってしまった。

アタシの美しいはずのこの赤が、情念めいたもので燃えてしまう。

 

 

ただのひと時で。

 

 

アタシは生きることより、大きなものを望んでしまった。

 

 

 

―水の張られた小さな世界を、今日も静かに金魚の姫君は揺蕩いながら、自身を焦がす恋の炎に言葉を乗せて、小さく響かせる。

その命が尽き消えるまで、鳴り響く想いは今日も赤い彼女の躰を、容赦なく燃やしていくのであった。-




「詩」という区分をつけるときに

「言葉に美と響きを乗せて想いを表現している作品。」と書いてあって





「大丈夫か?美しいか?これ」と不安になりました。

大丈夫だよ 響いているもの。



短い作品ではありますが、読んでいただきありがとうございます。


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