ゴブリンのいる国   作:明石雪路

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最終話につき大増量です。どうか最後までお付き合いくださいませ。


ゴブリンのいる国 ~GOBLIN SLAYER!~

「皆さん、足下を見てください!」

 女神官が叫んだ。

 地面は、奇怪な現象が起きていた。

ゴブリンから流れた血は、庁舎に向かって流れていく。

先ほどまで石畳を真っ赤に染めていた血は全て、一つの意思を持つ生き物の様に、乱れること無く真っ直ぐに奔る。

それだけでは無い。ゴブリンの死体も、血の山河に取り込まれてゆくのだ。明らかに沈むほどの深さはないと言うのに。

首から剣の柄を生やしたゴブリンも、頭蓋骨が陥没したゴブリンも、首だけになったゴブリンも、首の無くなったゴブリンも。

遍く死体が血の河に飲まれ、流れていく。

異様な光景だった。

「何が起きてんのよ、これ!」

「儂にわかるかい! お前さんこそ二千年の人生で見たことないんか!」

「初めて見るわよこんなの!」

旅人がそっと河に触れてみるが、ただ血の流れを感じるだけだ。

「どうして死体が沈むんだろう。すごいな、これ……」

流れる血は全て庁舎の壁を上っていく。

展望台に集まっているようだ。

 

 そして、グチャリと。全員が確かにその音を聞いた。粘着質で、水気を含んだような不快な音を。

「何の、音だ?」

ゴブリンスレイヤーが不意に口にしたその言葉は、妖精弓手達の思いを代弁していた。

音の元は庁舎の屋上、展望台。

 

 

 

悪魔の手は、自分の体から止めどなく流れゆく血など意に介さず、血の河を見て狂喜していた。

「我が祈りは神に届いた……! 〈召喚(サモン)〉の祈りによって破壊神は降りてくる! この者によって四方世界の生物も文明も、何も残らない……」

そこまで言ったところで、大量の吐血によって言葉を失い、仰向けに倒れた。

自分の体が自分の血の中に沈むのがわかると、満面の笑みを浮かべて、流れに身を任せた。

 

 

 

展望台で、それはゆっくりと起き上がった。

生き物だ。

丸みを帯びた型は頭のようだ。折れ曲がった柱は腕のようだ。

西日でハッキリと表面を見ることが出来ないが、緑の表皮はぬめりとした粘液で覆われていて、気色悪くテカっている。

 

謎の生物の頭部と思しき球体の、真っ黒な穴がこちらをみた。

 

 「こちらを、見たんでしょうか……?」

女神官が震える声で言った。

果たしてゴブリンスレイヤー達を狙って動いたのか、何も考えずに動いたのか、そもそもゴブリンスレイヤー達を認識出来ているのか。

なんにせよ、それは腕を大きく振った。展望台を思い切り押し、跳躍。

 ゴブリンスレイヤー達の方角に飛んだものの、直ぐに重力に捕まって地面に落ちた。

顔面から地面に激突し、血しぶきをまき散らす。

グッシャア!、という肉が破裂する音が石の街に響き渡る。

 

「ひっ!」

「むう……」

女神官が小さく悲鳴をあげ、蜥蜴僧侶が鼻を突いた悪臭に呻いた。

落下したそれは、人間の頭に極端に短い首。首から生える一本の腕で構築されていた。

頭の大きさも腕の太さも、一階ほどの大きさ。

表皮は緑色。口から覗く黄色い乱ぐい歯は嫌でも生理的嫌悪感をかき立てる。

落下の衝撃で割れた皮膚から赤い体液を噴き出し、原型を崩していた。

「何だあれは」

「デカい頭とデカい腕。巨人のなり損ないってとこか? まあ、味方ってこたあねえわな」

「確かに、謎の病原菌に襲われた街。埋め尽くすほどのゴブリンを殺して、最後のこれが味方のはずがありませんな。何処の何奴か知らなんだが」

「どうする? 射る? 届くけど」

「弓で倒せるのでしょうか……。落下の衝撃で息絶えてませんか?」

「指が動いているので生きてますよ、あれ」

旅人の言うとおり、ソレは落下で絶命すること無く生存していた。

ひび割れた皮膚も端から繋がり始め、修復を進めている。

否、それだけでない。

「というか、体積が増えてませんか……?」

女神官の分析は正しかった。腕はもう一本、短いながらも生え始め、首から下もグジュグジュと水っぽい音を立てて増えつつある。

「直に、成体になると考えるべきか。……どう見る」

と蜥蜴僧侶にゴブリンスレイヤーは問うた。

「ふむ。我々の任務は、この街を滅ぼした首魁の調査です。首魁は死に、ゴブリンも殺した。必殺の必要は無い。退くべきかと」

「今すぐに倒さなければならない理由は無い、か」

退き、後に冒険者の一団か軍を呼ぶ。

おそらくこれが全員生き残れる選択肢だ。

 

 

 そう結論づけようとしたところで、「そうでもないかもしれません」と旅人が切り出した。

「あの巨人ですが、これから成長すると、倒せなくなるかもしれません」

「ど、どうしてですか?」

「あの巨人はさっきまで軟体動物のように潰れた形をしていましたが、今はそのような部分が無くなっていて、形を保っています。つまり、ある程度の再生が出来て、かつ自重に潰されないくらい堅くなったのかもしれません」

そう言って旅人は、森の人を向けた。レーザーポインタの赤い点が、肩にぽつんと浮かび上がった。

発砲。乾いた炸裂音がして、二十二口径の弾丸が肩に……刺さらなかった。確かに命中した弾丸は肉に埋まることも無くポトリと地面に落ちた。

「弾いた?!」

「すでに大分堅くなっとるな……」

 鉱人道士が呻いた。

 

 銃弾を喰らって気分が悪くなったか、無理矢理起こそうとする手を払うように巨人はうつ伏せのまま腕を無造作に振った。

 その動きは赤子そのものだったが、その一振りで頑強さが売りの石の民家は崩れ落ちた。 

 

 

 

 

 一党の脳裏に、最悪の想像がよぎった。

 

 この場で放置し、成長を止めなかった場合、剣でも術でも殺せない怪物になるのではないか?

 

 

 

「ど、どうしましょう……。」

女神官が問うた。その顔には絶望が陰っている。

 「爆薬を……仕掛ければ吹き飛ばせるか?」

 ゴブリンスレイヤーは旅人に問うた。

 旅人は首を横に振った。

 「あのサイズをプラスチック爆薬で外から吹き飛ばすのは難しいと思います。体内で起爆すれば吹き飛ばせると思いますけど……」

 

 それはつまり、あの巨人に近づかねばならないと言うことだ。

 設置しに行くまで奴が攻撃してこない保証は? 寝転んだだけで圧殺されるかもしれないのに。

 

全員が、ゴブリンスレイヤーを見た。ゴブリンスレイヤーは、全員を見た。

資源は乏しく、精も根も尽きかけている。

今もなお巨人は成長を続けていて、今近くに居るのは自分たちだけ。

どうする。

敵は巨人。魔神の手でも、川を堰き止める者でも、闇人でも、竜でもない。

 どうする。

 才能も知恵も技術もない。根性はある。それで?

 どうする。

 自分のポケットの中身を必死にかき分ける。

 何が最善か。何が最適か。

そのとき、ゴブリンスレイヤーは見た。

 

 

巨人が大きく動き出したのだ。

先ほど生えてきた腕で地面に突っ張り、もう片方の腕で近くの民家を掴む。

ビキビキと石づくりの民家をヒビ割らせながら巨人は姿勢を持ち上げた。

つまり、上半身は自重で潰れないほど頑強になったと言うことだ。おそらく、一党で一番の切れ味をもつ竜牙刀でも斬れなくなっただろう。

だが、そんな事よりも、ゴブリンスレイヤーは大事なものを見つけた

その巨人。影に隠れて見えなかったが、上体を起こしたことでそれが露わになった。

緑色の皮膚。耳まで裂けた口。申し訳程度に生えた体毛。

あれは、あいつは。

 

「ゴブリン、か?」

 

そのとき、彼の思考を埋めていた負荷は全て消え去り、たった一つだけが認識した事実が残った。

なんだ。いつものことか。

ゴブリンスレイヤーは、仲間達を見ると、はっきりと、決断的に言った。

「手は、ある。奴は、この場で殺す。」

彼はゴブリンスレイヤー。いくら大きさが変わろうが、ゴブリンを生かして逃がすなどあり得ないのだ。

 

 

 

小鬼巨人は、朦朧とした思考の中であらゆる情報が錯綜していた。

世界を滅ぼせ。祈る者を殺せ。四方世界を荒野に変えろ。

激痛が常に全身を奔り、思考は混濁し、まともな事など考えられない。

だが、荒れ狂う意識の中で、たった一つ不動のものがあった。すなわち、

 

 冒険者を喰らい、犯したい。

あいつらはいつもおれたちを蹂躙し、美味い汁を啜っている。一体何をしたというんだ。

許せない。殺さなくては。生きていたことを後悔させ、尊厳を塵になるまで蹂躙するのだ。

そこで。

 

 

 「〈偉大なりし暴君竜(バァロン)よ、白亜の園に君臨せし、その威光を借り受ける〉!」

竜吼(ドラゴンズロアー)〉。偉大な竜の圧力を纏うその咆吼は、小鬼巨人を注目させた。

巨人となっても中身はゴブリン。偉大な竜の覇気を浴びて、小鬼巨人はたじろいだ。重心が僅かに後ろに動く。

その機会をゴブリンスレイヤーは見逃さない。雑嚢からそれを取り出すと、民家の屋根の上から小鬼巨人に向かって投げつけた。

小鬼巨人は、目の辺りに極めて小さな衝撃を感じた。直ぐに割れたらしい。そんなものが効くはず……。

「GOAAABBB?! GOAAAAAAA!!」

「唐辛子や虫の死骸を混ぜた、催涙弾だ」

小鬼巨人は、目鼻を襲う激痛にもだえ苦しんだ。

如何に体型が大きくなっても、基本的な器官は変わらない。粘膜を激しく刺激する催涙弾は、小鬼巨人に効果覿面だった。

小鬼巨人は痛みに耐えきれず、仰向けに転がった。

大質量の物体が倒れた事によって、塵が巻き上げられる。蜥蜴僧侶は素早く待避。

上手く呼吸が出来ない。

小鬼巨人が口を開けたところで、

「こいつでもくらいなさい!」

ゴブリンスレイヤーの向かいの民家の屋上にいた妖精弓手の追撃が掛かった。

喉に向けて放たれた一本の矢。街路樹にお願いして分けて貰った最後の一矢。喉の奥に刺さった。いかな強者といえど、喉に喰らえば致命傷となる。それがゴブリンならなおさらだ。

目鼻を刺激され、喉奥を射られた小鬼巨人は仰向けになってもがいていた。矢を取り出そうと、口を大きく開けて咳き込む。

腕を振るう度に石づくりの民家は破壊されていく。だが、痛みは消えない。

目を掻け。小鬼巨人が顔に向かって腕を動かそうとしたとき。そのときであった。

 

「〈いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の力でお守りください〉!」

妖精弓手の横で、女神官が錫杖を掲げて祈った。〈聖壁〉は小鬼巨人の口をつっかえるように口内に展開された。光の壁は上顎と下顎を押さえ込み、口は開いたまま、閉じることが出来なくなる。信者を守るべく展開される壁は、今は巨人の口のつっかえ棒だ。

 これは攻撃じゃ無いです。拘束してるだけ……。

 女神官は心の片隅でちょっぴり言い訳した。

 

「GGOOOO? GAABBAAAAA!」

「いっ、今です!」

 「頼む!」

「ほいきた任せい!」

 

応じたのはやはりゴブリンスレイヤーと同じ屋上で待ち構えていた鉱人道士だ。先ほど集めた砂を宙にまく。土精(ノーム)は大地と関わりある限りどこにでもいるものだ。

「〈仕事だ仕事、土精ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる〉!」

石弾(ストーンブラスト)〉の魔術。

粘土は回転しながら質量を増し、大きな塊になる。

 「旅の、やれ!」

「はい!」

旅人は、応じてナップザックからプラスチック爆薬を取り出した。

五キロの粘土状のそれを延ばして回転の止まった〈石弾(ストーンブラスト)〉に貼り付けると、旅人はボールペン状の電気信管を埋め込んだ。念のため、四本ほど埋め込む。時限式が二本、無線式が二本。

 

 

 「くっつくのか、それは」

 「プラスチック爆薬自体くっつきやすいんですけど」

 「ニカワも塗ったからな。べっとべとじゃい、べっとべと」

 

 

 

 

 

「ぶち込むぞ!」

石弾(ストーンブラスト)〉大玉拵え(バージョン)爆薬合わせ(コンボ)は、口を大きく開けた小鬼巨人の口にたたき込まれた。

顎が外れんばかりにぶち込まれた〈石弾〉は小鬼巨人の口を開けたまま、瓶の口のコルクの様に塞いでいる。

旅人は、カノンを抜くと、三発連続して撃った。事前に決めておいた合図だ。

爆薬セット完了。速やかに距離を置いて待避し、地面に伏せて耳を塞いで口を開けて待機せよ。

最後の仕掛け役である鉱人道士と旅人も急いで移動し、小鬼巨人から三軒離れた民家に飛び込んだ。

「爆破します。」

伏せた旅人はそう言って、無線機のスイッチを押した。

無線機からの信号を受け、電気信管が化学反応を起こして粘土状の爆薬に連鎖、起爆。

一瞬にして空気を何百倍、何千倍にも膨張させた五キロのプラスチック爆薬は、小鬼巨人の頭部どころか上半身も巻き添えにしながら吹き飛ばした。

恐るべき爆風は周囲の民家の窓ガラスも粉砕。隠れていた冒険者に降りそそぐ。

 轟音が街を一気に走り抜け、その後に静寂が訪れた。

石の街南通り。庁舎近くにて。

 頭部と胸の何割かを失った小鬼巨人が、血を噴き出しながらゆっくりと倒れた。

 代謝能力を失った小鬼巨人は、心臓の鼓動を完璧に止め、死んでいた。

 

 

 

 

 

 「結局ゴブリン退治だったのよ」

 冒険者ギルドにて。

 ため息をついて妖精弓手は檸檬水をぐいと呷った。

 卓の正面の牛飼い娘は、苦笑しながら話を聞く。

 「彼は昨日帰ると直ぐに倒れる様に寝ちゃったから」

 「まあ、そりゃ疲れるわよ。何度も街を走り回ったからね」

 それは妖精弓手も同じのはずだが……。一晩ぐっすり眠ればけろっと直るのは森人らしいと言うべきか。

 「しかも疲れた体を引っ張って馬車に戻ったらモトラドが『おつかれー』ですって。気が抜けちゃったわよ」

 「そうなんだ。ところで、そのモトラドさん達は?」

 「報酬持って燃える水買いに行ったわ」

 

 

 

 「お願いします」

 「お久しぶりー」

 「ふん、やっときおったか」

 

 

街の端。錬金術師の工房に旅人とモトラドが来ていた。

 工房に所狭しと並ぶ水瓶(フラスコ)や試験管と言った実験道具の奥に座る老錬金術師は新聞を放ると鼻を鳴らした。

 

 「これが冒険記録(アドベンチャーログ)で、これが小切手。ギルドの受付にお金は預けてあります」

 錬金術師は眼鏡を持ち上げて目を近づける。なるほど、確かに証明する判も押してある。

 「ちょっと待っとれ」

 

 二枚の紙を卓に放ると、錬金術師は店の奥に引っ込んだ。

 

 「今更だけど、モトラドのエンジンの仕組みとかを売ればいくらかになったかな?」

 「それは意味ないと思うよ」

 

 旅人の提案をモトラドは否定した。

 

 「どうして?」

 「燃料の金額を考えてみて。燃料がそんなに高価ってことは、それほど貴重ってこと。この国でモトラドを作っても燃料が高すぎて乗ってられないよ。石の街の装甲車とかも同じじゃない?」

 「ははあ、なるほど。でも、研究者ならとりあえず技術は見ておきたいんじゃない?」

 「そんなものとっくに知っとるわい」

 

 台車に燃料の入った一斗缶を乗せて錬金術師が戻ってきた。

 「知っている?」

 

 旅人の問いに錬金術師はああ、と返した。

 

 「数十年前にな。儂が都で師の元で研究者をやっていた時だ。黄色くて小さい馬車に乗った二人組がやってきてな。そのときに見せてもらった。」

 「……それってもしかして」

 「……かもね」

 「若い女と男の二人組は、お前さんのように都で冒険者登録をして、街を襲う上位悪魔の群れを退治して話題になっとったよ。残念ながら銀行の財宝は悪魔どもによって幾ばくか奪われてしまったらしいが。おお、そのときにパースエイダーとやらも見せてもらった。お前さんの持っている奴と同じ形だったような……。何か知っておるか?」

 「いえ、何も」

 

 旅人はゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

 

 燃料をモトラドに詰め、残りを燃料缶に移し替えると、旅人達は冒険者ギルドに戻った。

 自在扉を開けると、いつも通りのその外れ。彼等の定位置にゴブリンスレイヤー一党がそろっていた。今回は牛飼娘も一緒だ。

 妖精弓手が手を振って呼ぶ。

 

 「燃える水は買えた?」

 「ええ、しっかりと」

 「次に何処行くか決まっているの?」

 「とりあえず都の方にいって観光して、その後魔術学院?に行って元の世界に帰る手段を探そうと思います。」

 

 長椅子にかけた女神官が問うた。

 「いつ出発するのですか?」

 「このあと食事を終えたら、直ぐに。さっき必要な物は全て買いそろえましたから」

 「それを早く言いなさいよ!」

 

 妖精弓手が驚いた口調で言った。

 「旅の出発となれば祝うもんでしょ! 注文おねがーい!」

 「ったく、森人は祭りみたいな騒ぎが好きだの」

 「そういう術士殿も酒を用意しているようですが」

 「これはいつもの。今飲む酒はこれから注文するんじゃい」

 

 

 鉱人道士と蜥蜴僧侶はそう言って目を合わせると笑った。

 

 

 「どうしましょう。何も用意してない……」

 

 困った様子の女神官に、ゴブリンスレイヤーは「用意」とオウム返しに言った。

 「とは」

 「折角一党を組んでいたのですから、何か贈り物くらいは用意した方が」

 「まあ、彼はそういうのあんまりやったこと無いから」

 女神官は焦り、牛飼娘は呆れたように笑った。

 それはともかく、料理は来た。昼間といえど宴の始まりに変わりは無い。

 「それでは、私たちの帰還と、石の街の復興と、旅人さんの旅に!」

 

 乾杯の音頭とともに、ジョッキがガツガツとぶつかった。

 

 テーブルに所狭しと並ぶご馳走を、みんなで分けて頬張っていく。

 獣人女給に呼ばれて何故か牛飼娘も手伝う事になってエプロンつけて厨房に乱入。

 たちまち酒場にシチューの甘い香りが漂い始める。

 「そういえば、街で食べてた携帯食料ですけど。」

 「はい」

 「あれって美味しいんですか?」

 女神官の好奇心に、旅人は携帯食料を一本上げることで答えた。

 一部始終を見ていたゴブリンスレイヤー達にも分けて、一斉にパクリ。

 全員が微妙な顔をするなか、ゴブリンスレイヤーが平気そうに平らげたので場に笑いが起こる。

 昼下がりに急遽始まった宴会は大いに盛り上がったのだった。

 

 

 「それでは、ボク達はこれで。」

 

 街の外れに、皆が集まっていた。

 「むこうについたら手紙でもおくってよ」

 そう言って妖精弓手は葉に包まれた薄く小さなパンを取り出した。

 「森人の保存食。森の人のよしみもあるし」

 

 「達者でな、旅の。こいつは餞別よ」

 鉱人道士はそう言って布に包まれた飾りを一つ手渡した。鳥を模倣(モチーフ)とした物だが緻密な細工が施されており、業物である事が伺える。

 「鉄と縁のある鉱人の飾りよ。自分でつけるなり、向こうの街やら国やらで売るなり好きにしたらええ。」

 

 「拙僧は、そうですな。旅の安全を祈らせて頂きましょう」

 蜥蜴僧侶はそう言うと両手を合わせて印を結んだ。

 「白亜を歩し偉大な羊よ、永久に語られる闘争の功、その一端なりしへ彼の者を導き給う」

 武勲と功、名誉ある死を祈る物だが、冒険も旅も大差はない。

 「神官殿も、祈っては如何ですかな?」

 「で、では。交易神ではないですが……。慈悲深き地母神よ、旅行く者に、加護と幸がありますように」

 「ありがとうございます。ありがたくいただきます。祈りも、心強いです」

 「でもやっぱ何か実物を」

 旅人がモトラドのタンクを殴った。

 「イテ」

 

 

 妖精弓手はゴブリンスレイヤーの小脇を突いた。

 「ほら、オルクボルグも」

 「俺か」

 ゴブリンスレイヤーはそう言って、顎に手を当てた。

 そして、

 「これならどうだ。」

 雑嚢から一つ指輪を取り出すと、旅人に渡した。 

 「これは?」

 「水中呼吸の指輪だ。つけていると、水の中でも息が出来る。長時間は持たないが」

 「えっ」

 驚いたのは女神官だ。蜥蜴僧侶と鉱人道士は笑いをこらえている。意地悪なことだ。

 「旅人さんって女性ですよね」

 「そのようだな」

 「えっ!」 

 ゴブリンスレイヤーはいたって普通に答えた。まるで動揺していない。これは指輪の意味もわかってないな、と銀等級冒険者達は思った。

 その情報に驚いたのは牛飼娘だ。さっきまで微笑ましく見ていた牛飼娘は半眼を作ってゴブリンスレイヤーを軽く睨む。

 「へー……ほー……ふーん」

 「どうかしたか」

 「いや、まあ、別に」

 

 わかってないんだろうな。変にアプローチするのは止め、はあ、とため息をついた。

 「苦労するねー」

 「まあ、ゴブリンスレイヤーさんですから」

 モトラドが茶々を入れ、女神官が苦笑しながら返した。だが、その失言をモトラドは逃さない。

 「あれ? てっきり牧場のお姉さんが……ああ、なるほど」

 「えっと、その……ノーコメントで」

 

 女神官が手をワタワタと振ってごまかした。

 

 

 「では、ボクはそろそろ出発しようと思います。ボクと一緒に依頼を……冒険をしてくださって、ありがとうございました。」

 

 旅人はゴーグルを着けるとモトラドに跨がり、アクセルを軽くあおった。 

 エンジンが快調に吹け上がる。

 

 「では、さようなら」

 

 冒険者達は、土煙を上げて走り去るモトラドをしばらく眺めていた。

 

 

 「良い街だったね」

 「うん、料理も美味しかったし、何より珍しいものを沢山見られた」

 「見たかったな、ゴブリンの巨人」

 「死体は見たじゃん」

 「生きて歩いてるところを、だよ。」

 「次の街にはどんなものがあるんだろうね」

 「やっぱりそこでも冒険するの?」

 「まあ、それ以外にお金稼ぐ手段見つからないし。割も良いし」

 「慣れてきたねえ。放り放ってはホーリー設えだね」

 「そうだね」

 

 気の抜けた会話を続けていると、モトラドが言った。

 「この方角で合ってる?」

 「多分。道に沿って走ってるし、間違えることはないと思うよ」

 「道、ある?」

 促されて見てみると、いつの間にか踏み固められた道は消えて無くなっていた。

 「あれ、いつの間に」

 アクセルを止め、惰性で減速して停車すると、モトラドから降りた。

 ジャケットのポケットから方位磁針を取りだした。

 「まじか……」

 「どうしたの?」

 旅人は黙って方位磁針をガソリンタンクに向けた。

 方位磁針の針はぐるぐると回っている。

 「まただね」

 「ここでかー……」

 

 

 「折角だし着けてみるか」 

 旅人はゴブリンスレイヤーからもらった水中呼吸の指輪を、右手の手袋を外して人差し指にはめた。

 途端に薄い膜が張られた様な感覚と共に凍てつく寒さも、冷たい空気も離れていった。

 やがて、突如視界を埋めるほどの吹雪に見舞われ、何も見えなくなった。

 

 

 

 「ここは、何処だ?」

 

 

 気がつくと、太陽は沈んで夜になっていた。

 風はなく、エンジンを切った今は静寂しか無い。

 

 「どうやら元の世界に戻ってきたみたいだね。空を見てご覧よ」

 

 黙って見上げると綺麗な満月が一つ、満点の星の中に浮いている。

 緑の月は、無い。

 

 「じゃあ、向こうの方にある城壁に囲まれているのは」

 「新しい国じゃないかな?」

 「最初に行こうとしてたお菓子の国かな……。甘い匂いがするし」

 

 

 キノはため息を吐くと、目をつむって下を向いた。

 

 「……なんというか、捜し物をしていたら昔諦めた物が先に見つかったような」

 「その心は?」

 「嬉しいけど今じゃ無い……」

 

 キノは目を開けると、

 

 「じゃあ、行こうか、エルメス」

 「はいはい。安全運転よろしくね、キノ」

 「……?」

 「どうしたのさ」

 「なんか、久々にエルメスの名前を呼んだ気がして」

 「そういえば、キノってしばらく呼んでなかったような」

 

 

 「まあ、いいか」

 「そだね」

 

 キノは、水中呼吸の指輪をポケットに戻すと、手袋をはめ、エルメスに跨がった。キックスターターを蹴り飛ばしてエンジンをかけると、サンドスタンドを戻した。

 

 「じゃあ改めて。行こうか、エルメス」

 「そうだね、キノ」

 

 エルメスを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

ドーモ、明石雪路です。 
『ゴブリンのいる国』は如何だったでしょうか。原作をリスペクトした結果、ゴブリンスレイヤーが旅人とゴブリンを殺す話になりました。
たまたま本棚に並んでいたゴブリンスレイヤーとキノの旅を見ていたら思いついたのですが、キチンと終わらせることができて良かったです。順番が違ったらアーカードの旦那が来るか、キノがダンジョンで魔物を食べる所でした。
それはさておき、これにて『ゴブリンのいる国』は完結となります。
感想をくれた方々、評価をいれてくれた方々、誤字脱字報告をしてくれた方々、そして何より呼んでくれた方々。本当にありがとうございました。
ここまで書くことが出来たのも皆様の協力のおかげです。
人生初の後書きなもんで、調子に乗ってますごめんなさい。
今後はオリジナルの作品でも書こうかと思っております。気まぐれに目を通して頂けたら幸いです。 
それでは。

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