バッドガールズ・ダークサイド   作:やーなん

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皆さん、お待たせしました!!


壊れた日常 前編

 

 

「ティフォンさあ、あんた最近さぼり気味なんじゃないの?」

 魔王城、四天王専用の談話室にてそのような会話が繰り広げられる。

 

「さぼり? 何故にだ」

「だって最近全然お得意の怪獣を投下してないじゃないか」

 アウトサイダー、和夜に指摘されティフォンは肩を竦めた。

 

「我が作品は芸術だ。適当な粗製で良ければ幾らでも作れるが、それでは彼女らの相手になるまい」

 彼は時間が掛かるのは当然、と言う風な表情をしていた。

 

「だが、確かに我が作品の製造にばかり気を取られていてはいけないな。

 後で私なりのアプローチを考えておこう」

「そうしなよ。

 最近、ハーレの奴が機嫌悪いし」

「まあ、無理もあるまい」

 最近、と言うよりかの女神の宣言の後から魔王はずっと不機嫌であった。

 

「なにせ、あの時目の前で諫言を言うくらいであるからな」

 全世界に向けての女神のメッセージ。

 その際に、おどけた態度を取った魔王ハーレは、内心穏やかでは無かった。

 四天王の誰もが、彼の行動に生きた心地がしなかった。

 

 あの気難しい女神を揶揄するなど、正気の沙汰ではない。

 

「さて、それじゃあ僕もポイント稼ぎでもしてくるか」

 一か月後に、千人殺すと宣言した魔王。

 その期限はもう既に半分が過ぎている。

 

 お互いの勝敗は、ヤラセのテレビ番組のように不自然な拮抗がなされている。

 だがそれも、どうでもいいことだった。

 

「今日も適当にかき乱してやるか」

 あんな勝負、魔王側にとってついでに過ぎないのだから。

 

 

「申し訳ありませんが、今日から三日間ほど出動はお控えください」

 だが、その時、運営事務所の事務員が現れて、そんなことを言ってきた。

 

「え、なんで?」

 出鼻をくじかれた和夜は、彼女に尋ねた。

 

「このような申請があったからです」

 そう言って、彼女は書類を見せた。

 

「はああああぁぁぁ!?」

 そんなのアリかよ、と彼は思った。

 ティフォンも、そう来たか、と唸った。

 

 彼女の見せた書類には、要約するとこのようなことが書かれていた。

 

『水無瀬 大和、楪 成実、両名の出席日数が足りなくなる恐れがある為、学校に登校させたいので休暇を申請します』

 

「いやいや、おいおい、そんなのアリかよ」

「アリです」

 事務員は即答した。

 

「我が主上は文明を与える権能を持つ御方。

 その行使は何人たりとも犯されざる領域。

 文明とは優れた教育の上に成立するものであり、それを怠ることは自身の否定に等しい」

 それはまさに、絶対である神の権力を逆手に取った一手だった。

 

「あの羽虫どもの入れ知恵だろうな」

 ティフォンは可笑しそうに笑いながら、夏芽の両肩にいる妖精たちを思い浮かべた。

 なお、夏芽の発案だとは微塵も思っていない模様。

 

「あんたら、この世界の連中を家畜にするつもりなのに教育がどうとか言ってるのかよ」

「あれは我が主上の歯に衣着せぬ物言いが故であって、我々は別にこの世界の住人を隷属させたいわけでも、馬車馬のように扱き使いたいわけでもありません。

 単純にこの世界の評価が下がり、それ相応の扱いになるというだけです」

 だから事務員は教育を怠る理由にはならない、と口にした。

 

「……じゃあ、具体的にどうなるのさ?」

「単純に、これまで自由意思によって文明を築いてきた地球から、その発展の方針が我が主上の意向にのみ限定されます。

 貧富の差も、格差も、差別も排除され、全ての人類が統一した様式の生活基準で暮らして貰います」

 和夜は、一瞬それって良いことでは、と思ってしまった。

 

「我が主上の権能により、誰も飢えることなく、病むことなく、家の無い者は無くなり、職を失う者も無くなり、適切な教育をし、適度な娯楽や休暇を与え、誰もが健全に効率よく生活できるように保障します」

「まるで楽園だな」

 どこか皮肉るように、ティフォンはそう言った。

 

「はい、“人間”とは楽園を夢見るモノでしょう?」

 女神の化身たる事務員がそう口にするのが、最大の皮肉であった。

 神にとっても、楽園は夢でしかないという証明だった。

 

「つきましては四天王の皆様も休暇と相成ります。

 これからは向こうと調整して日程を組まなければ」

 必要な事だけを言って、事務員は帰って行った。

 

「休暇って、何をしろっていうんだよ……」

 毎日がほぼ休日みたいな日々だった和夜は呆然と呟いた。

 

 悲しいことに、四天王といえども出席日数には勝てなかった。

 

 

 

 

 

「まさか、こんな手が通じるとは……」

 最初にその提案を受けた時、主任はそんな馬鹿なと思った。

 だが、申請は通ってしまった。今日から三日、四天王たちは活動を控えると通達してきた。

 

「レプとコティの戯言もたまには役に立つのね……」

 夏芽はドヤ顔をしている発案者二人を見やった。

 

「相手の性質を理解し、解明すれば弱点を突くなんて余裕よ!!」

「神様なんてどれだけすごくても、所詮制約だらけだしね!!」

 これには人間たちは二の句を継げなかった。

 

 自衛隊の如何なる作戦よりも効果的な遅延作戦をこの二人は成功させたのだから。

 

 

「ところで、師匠。あの申請をした時に、事務員にこんなものを渡されたんですけど……」

「なにかしら、これ。招待状?」

 夏芽は封筒を千利から受け取って中身を見ると、そこには何らかのイベントの招待状が封入されていた。

 

「なにそれ、面白そう!!」

「行こうよ夏芽!!」

「……はあ、しょうがないわね」

 今回の作戦の功労者二人が面白そうにしているのだから、夏芽は断ることが出来なかったのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「今更、学校に行け、か」

 水無瀬は数か月ぶりに、自分が休学していた中学校に向かっていた。

 

 魔王と戦う覚悟を決めた時、彼女は生きてここに戻ることは無いと思っていた。

 自分たちが数日学校に行っている間は、四天王たちは活動をしない──なんて馬鹿げた話だろうか。

 

 だが、この一件は戦略上実に有益な情報でもあった。

 過去の戦いの記録から、世界的に見ても魔王の手下たちは学校を攻撃対象にしたことが皆無であると発見されたのである。

 

 そう、魔王とその軍勢は教育機関、特に公営の学校を戦場にしたり破壊したりできないという事実が浮き彫りになった。

 これはただちに世界中に共有される情報となった。

 

 尤も、それが希望となりうると言うには淡い幻想であると、この後水無瀬は知ることになるのだった。

 

 久しぶりに登校した、母校。

 なぜだか、水無瀬は違和感を抱いた。

 

 そして気づいた。学校とはもっと、騒々しいものではなかったか? 

 

「うちの学校、いつのまに進学校みたいになってるの?」

 自分のクラスに行くまでの道中、同級生のクラスはみんな礼儀正しくホームルームの始まりを自分の席で待っている。

 どのクラスも、どの学年も。

 

「……おはよう」

 彼女が自分のクラスの教室に入った時も、級友たちは他の教室と同じように規則正しく座っていた。

 

「……水無瀬、早く座れ」

 このクラスの学級委員長が、鬼気迫る様子でそう言った。

 教室の誰もが、久しぶりに登校した水無瀬の姿など気にもしていなかった。

 

「委員長、これ、どういうことなの?」

「ホームルームが始まる。早く座るんだ」

 説明は無かった。

 だが、言っていることは正しかったので、水無瀬は釈然としないまま座ることにした。

 

 そして、すぐに予鈴が鳴る。

 それが終わるのと同時に、“先生”も入って来た。

 

 水無瀬はギョッとした。それを責められるものは居ないだろう。

 

「それでは、本日のホームルームを始めます」

 もはや全人類が、知らない者は居ない女神と同じ顔がそこにあった。

 

 

 

 女神の化身による、淡々とした事務的なホームルームが終わると、ようやく教室の生徒たちは張り詰めた糸が切れたように姿勢を崩した。

 

「ねえ、さっちゃん、どういうことなの。何であいつが……」

 水無瀬は隣の席の友人に事情を尋ねた。

 

「みっちゃんが知らないのも無理は無いよね。

 あの日、神様が空に現れたあの日の次の日から、学校にあの人たちが来たの」

 友人の沙智子は、水無瀬に語り始めた。

 

「よくわからないけど、学校の運営とか教育委員会に口を出せる立場みたいで……ははは、そりゃあそうだよね、神様の使いだもん」

 彼女は諦めたような薄笑いで肩を竦めた。

 

「それから、先生が三割くらい辞めさせられたって聞いた。

 その穴埋めに、あの人たちが教員が揃うまで代役をしてるんだって」

「それで、学校がこんな感じになったわけね」

 そりゃあ逆らえないわよね、と水無瀬は思った。

 相手は、空調を変える感覚で酸素を一瞬で世界中から消し去れる本物の神なのだから。

 

「うちの学校って偏差値、低い方じゃん? 

 不良もそこそこ居たって言うか、バカな奴らが反発したりもしたわけ。でも……」

 沙智子は視線を教室の端に向けた。

 その先に居たのは、素行不良でクラスでも問題児だった少年……のはずだった。

 

 彼は必死に休み時間にも関わらず、机に齧りついて必死に勉強をしていた。

 

「どうなってるの?」

「……“指導”が入ったの」

 口に出すのも恐ろしいのか、沙智子は小声でそう言った。

 

「“指導”?」

「わからないけど、とんでもなく恐ろしいことだってのは知ってる。

 だって、すごい悲鳴が指導室から学校中に響いてたんだから……」

 そう言ってから、彼女は身震いした。

 まるでその悲鳴を思い出したかのように。

 

「……ちょっと、直談判してくる」

「────止めて!!」

 悲鳴じみた友人の声に、水無瀬は上げた腰を落とさざるを得なかった。

 見れば、クラスの生徒たちが懇願するような視線を水無瀬に向けていた。

 

「水無瀬、俺たちは今、クラスごとに点数が与えられている。

 誰かの素行が悪いと、そこから点数が引かれる。それは俺たちの成績にも影響するんだ」

 委員長が苦々しい口調でそう言った。

 勿論、その点数が低いとどうなるかは言うまでもないことだった。

 

「そんなの監視社会じゃない……!!」

「そうだな。俺もそう思う。

 だが、忘れたか水無瀬。お前が休学する前のこの学校の、この教室の姿を」

 委員長は額縁眼鏡に触れて目を伏せた。

 

「……」

 水無瀬は何も言えなかった。

 この委員長は、典型的ながり勉で、この教室の生徒たちは毎日のようにそれをはやし立てて馬鹿にしていた。

 イジメと言うほどではなかったが、彼はいつも迷惑そうにしていた。

 猿かこいつら、と水無瀬も思うくらいには騒がしいクラスだった。

 

「少なくとも、真面目に学校生活を送っている分には何も言ってこないし、特段干渉されるわけでもない。

 能力もやる気の無い先生や生徒は一掃され、それどころか神の化身に教えを乞える」

 進路相談にも乗ってもらったしな、と委員長は言う。

 要するに、他人事だった。

 

 ダメな奴がどうなろうと、彼には関係無いのだ。

 正しく健全な学校として生まれ変わり、彼は恩恵を受けた側だった。

 

 

「それでも、間違ってるよ……」

「それを決めるのが、神様なんだろうな」

 絞り出すように声を出した水無瀬に、委員長は自嘲気味に笑うしかなかった。

 

 

 

 水無瀬としては悔しいことに、“先生”の物理の授業はとても分かりやすかった。

 かつて、このクラスの科学の授業の平均点が20点以下*1だったが、前の小テストでは平均80点越えらしかった。

 そう、このクラスで一番のバカは、水無瀬だった。

 何か月も休学していたのだから当たり前だった。

 

「先生、わからないところ教えてください」

「勿論構いません」

 このままではクラスの足を引っ張ると、彼女は頭を下げた。

 

 放課後の教室で、水無瀬は勉強を見て貰えることになった。

 それが一通り終わると。

 

「先生、教えてください。

 恐怖で人間を縛り付けることが正しいんですか?」

 夕日に照らされる教室で、二人きり。

 水無瀬は無機質な神の化身に問うた。

 

「善し悪しではなく、暴力や恐怖は効果的に使えば秩序の維持に長期間貢献します。

 一罰百戒という言葉もあるでしょう?」

「そんな理屈は聞いてません」

「では、残念ながらあなたの満足の行く回答を私は出来ないでしょう」

 人形のように整った容姿の彼女は、淡々と答えた。

 

「ですので、この方針については我が主上に尋ねてください」

「はあ、そんなこと、不可能でしょ」

「では、代わりましょうか?」

「え?」

 それはまるで、照明の電源のオンオフを切り替えるような気軽さだった。

 一瞬で、無機質で機械的だった彼女の口元に、自信に満ちた笑みが宿る。

 足を組んで、椅子に深くもたれ掛かる。

 その所作だけで、雰囲気が一変していた。

 

「さて、この方針が間違っているか、だったかしら?」

 女神が、そこに現れた。

 ちっともありがたみを感じさせない降臨だった。

 

「私は文明の女神。この私こそ、人類の歴史そのもの。

 ここに歴史の教科書があるわよね」

 女神は、中学生が使う歴史の教科書を机の上に広げた。

 

「差別、弾圧、虐殺、人間の歴史は多い方が上から抑えつけ、一方的な押し付けの積み重ねよ。

 ねえ、あなたが美徳だと思ってる平等だとか、正義だとかは、建前に過ぎないのよ」

 女神は優しく、水無瀬に授業を行う。

 

「だとしたら、本来神たる私があなた達に強要するのは、そう言った一方的な差別や暴力だと思わない?」

 その女神の言葉に、思い当たることが水無瀬にはあった。

 

 そう、魔王の襲来だ。

 

「私はこれでもあなた達の自主性に任せて来たつもりだったわ。

 でもそれではダメだと思ったから、こうしているの。結局それが一番効率が良い」

「だから、あんな化け物を寄越したんですか!?」

「じゃあ、洪水の方が良かったかしら? 

 この地上から陸を消し去った方が良かった?」

 まさしく、神話の神のように傲慢に彼女は笑う。

 

「あなた達は自覚するべきよ。

 空気に感謝する人間は居ないけれど、その当たり前が有るのは私のおかげなんだから」

 その言葉に、水無瀬はギュッと拳を握り締めた。

 こんなのが、自分たちの造物主なのかと、悔しくて。

 

「私はこれでも最大限に配慮しているつもりよ。

 それに、今回のゲームは我が盟友が指し手にいる。貴女はその持ち駒。

 久々に面白くなりそうだわ。予測できないイベントも多く起こってるし」

 こんな、今地上で起こってる出来事をゲーム感覚で見下ろしているのが、自分たちの大本だと思うと、泣きたくなった。

 そんな彼女を、女神は薄ら笑いを浮かべて見ていた。

 

「私たちが手を引いてほしいと思うなら、魔王を倒しなさい。

 苦悶に満ちた雨を浴びながら、絶望と言う水底から抗いなさい。

 希望と言う息継ぎをしながら生き長らえて、戦いなさい。それこそが、我が盟友を楽しませる。私も退屈しないで済む」

 残酷な言葉だった。この女神はこれっぽっちも相手が勝てるとは思っていないのだから。

 先んじて教育に介入しているのが、その証拠だった。

 

「──私は、絶対に負けない」

 水無瀬は精一杯、目の前の黒幕を睨みつけた。

 

「全ての人間があなたのようなら、そもそもこんな事態にはならなかったのにね」

 そう応じた女神はどこか愚痴っぽく。

 

「じゃあ、これからも勉学に励みなさい」

 そして本当に教師みたいに水無瀬に激励した。

 

 

「諦めて、絶対に諦めてやるもんか」

 水無瀬の乾いた心に、燻った闘志の炎が燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

*1
作者が中学時代、物理のテストで20点を取ってクラスで一番だった時の心境よ……。




いつもご愛読くださる読者の皆様、更新に間が開いてすみません。
ここしばらく、新しい仕事を貰いまして、車での長距離移動を頻繁に行うのです。
そのおかげで執筆時間とモチベーションが保てず、更新が開くことになりました。
あと数日は仕事の都合で休みなので、更新できればと思います。

今回も思ったより長くなってしまい、前編となりました。
後編の後、何を書くかアンケート募集します。
作者のモチベーション維持の為、ご協力ください。

次回はどんなお話が良い?

  • 魔王ハーレ―の回顧
  • 夏芽のガチバトル
  • 四天王の掘り下げ
  • 海外の四天王の動向
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