バッドガールズ・ダークサイド   作:やーなん

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前編後編で終わらせようとしたら、いつもの倍近く文字数が掛かってしまった!!
まあその分見所は満載なので、是非本編をどうぞ!!



最強の凡人と技能の天才 後編

「ふーむ、このマジックはイカシてるなぁ」

 ここは、魔王城。その主の私室。

 つまり魔王の自室だった。

 

 彼は世界的なオーディション番組を視聴していた。

 そこに出演しているマジシャンの手品に関心しながら、ノートにメモを取って行く。

 そうして、趣味に没頭していると。

 

 彼の個人用の端末から、着信音が鳴った。

 

「はいはいもしもし」

『やあ兄さん、久しぶり』

 魔王ハーレが通信端末を手に取って、通話を始めると相手の顔が立体映像で浮かび上がる。

 そこには、ハーレそっくりの顔があった。

 

 竜の頭を持った、怪物。

 即ち、魔王の一族。

 

「なんだ、お前か。最近精力的に活動しているみたいじゃないか。

 君の指導に当たった私も鼻が高いよ」

 弟分の連絡に、ハーレも趣味の手を止めた。

 

『それより、兄さん。コロシアムチャンネルのBR-698番を見てるかい?』

「コロシアムチャンネルだって?」

 弟の言葉に、彼は顔を顰めた。

 

「あの野蛮で悪趣味なチャンネルがどうしたって?」

 嫌悪交じりの言葉を、ハーレは吐いて聞き返した。

 

『まあ、見て見なよ』

「……」

 彼は弟に促され、テレビのチャンネルを変えた。

 

「ああ、なるほど」

 そこで放送されていたのは、今まさに地上で起こっている光景だった。

 

 それは、魔法少女フェアリーサマーと、魔王四天王クリスティーンのゲームだ。

 実況が白熱した戦いを解説したり、どちらが勝つかの賭けの倍率も表示されている。

 

 このコロシアムチャンネルは、文明の女神の管理下のあらゆる世界の殺し合いが実況中継される女神公認の公営ギャンブルである。

 娯楽の多様性の一環として、であるが言われるまでも無く賛否両論の代物であった。

 よその世界の人間が必死に戦って生きてるのに、それを見世物にするのは何事か、とバッシングの的になっている。

 

 だが、女神メアリースによって綺麗サッパリ戦争やらいがみ合いやらを取り上げられた人類には必要な刺激であると判断されているのか、未だ廃止にはなっていない。

 

「同時視聴者数は、五億人か……大人気だね」

 頬杖をついて、ハーレは感想を述べた。

 二人の戦いの行く末など、興味すら持っていなかった。

 

『兄さんはどちらが勝つと思う?』

「どちらでもいいさ。君の賭けなかったほうで良いよ』

『……僕は、クリスティーンに賭けたよ』

「ほう?」

 そこまで言われて、魔王ハーレは思い出した。

 

「そうだった、あいつはお前のお気に入りだったな」

 くッ、と笑いをかみ殺してハーレは通信端末の向こうの相手を見やる。

 

『ああ、彼女は僕のモノにするって決めているからね』

「お前も我が母と同じく、好く相手が悪趣味だ」

 だが良い変化だと、ハーレは思った。

 

 魔王一族は、そもそも生殖を必要としない。

 彼らの母神によって産み落とされ、寿命を終えるまで繁殖することもない。

 前世が女好きだと、沢山の女性を囲っている彼らの兄弟も居るが、子孫が出来ることは決してない。

 魔王とは、それ単体で完全な存在だからだ。

 

 そんな彼が、狂おしいほどに一人の女性を求めている。

 これを笑わずに何を笑えと言うのか。

 

 今、こうしてクリスティーンを求めている彼は、珍しいことに定番中の定番である転生特典、すなわち女神の御前で前世の記憶を願わなかった。

 だからハーレが彼を教育した時、人間なんて生き物に関心を持たなかった。

 

 だが、そんな彼も魔王としての最初の責務を始めて果たし終えると、“男”になって帰って来た。

 

『兄さん、僕は一族の頂点。第一位、偉大なる“マスターロード”に成るよ。

 我らが大いなる御二柱に意見し、モノ申すことができる立場になって、クリスティーンを僕のモノにする』

 その弟の言葉に、兄は嬉しそうに目を細めた。

 魔王一族の第一位、彼らの母神が敬意を持って接したという龍人種の偉人の名を称号として冠することが出来れば、兄としてこれほど素晴らしいことも無い。

 

 そこまでして、いやそこまでしないと、あの女は手に入らないのだ。

 

『だから、今は彼女を預けておくよ。

 でも乱暴に扱ったら……僕は兄さんでも殺しちゃうからね?』

 返事も聞かずに、ハーレの弟は通話を切った。

 

「自分が彼女を手に入れる時、一番抵抗してほしいくせに何を言っているんだか」

 通信端末を置いて、魔王ハーレは初めて戦いの内容に目が行った。

 

「さて、人気はフェアリーサマーの方が上だが果たして……」

 彼はリモコンを操作して、戯れに彼女に一口賭けたのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「我らが主上の管理下にある世界は、大まかに『レベル制*1』と『スキル制*2』が存在するのは知っているか? 

 最近の流行りのアニメであるだろ、ステータス!! って言えば出てくるあれだよ」

「下らないわね」

 夏芽はクリスティーンの解説を切って捨てた。

 彼女のいた時代からすれば、とっくに廃れた概念だった。

 

 と言うか、昔夏芽が異世界に呼ばれた時、そこは『レベル制』の世界だった。

 思わず「RPGかよ」とツッコんだ覚えもある。

 

「そう言うなよ、管理するのには便利なんだぜ、これ」

 そう言って、クリスティーンは自分の“ステータス画面”をちらつかせた。

 

「神官権限──ステータス観覧」

 彼女は自分のステータスを消すと、夏芽を指差しそう言った。

 すると、クリスティーンと同様に、パッと虚空に四角い半透明のパソコンのウインドウみたいなものが現れた。

 

「ほうほう……え、お前処女なの?」

 次の瞬間、クリスティーンが居た位置に魔力の鉄槌が叩きつけられた。

 

「まあまあ、そんなに怒るなよ私も同じだからよ!!」

「死ね!!」

 茶化すように笑いながら、クリスティーンは予備動作の見えない動きで攻撃をかわしていく。

 

「と、まあ、こうしたステータスに縁のないお前にもしっかりと存在するわけだ。

 だけどな、ここを見て見ろよ」

 彼女は、夏芽のステータス画面をスライドさせ、ある項目を指差した。

 

 

称号“魔法少女フェアリーサマー”

レベル──

スキル──

 

 

 当たり前だが、レベル制スキル制そのどちらにも該当しない世界出身である夏芽には、レベルもスキルの項目も存在しなかった。

 

「レベルも無い、スキルも無い。

 そんな世界の人間の、最強とやらがどんな奴なのかってな」

「…………」

 思わずカッとなった夏芽は、相手の思惑を見定める為に黙り込んだ。

 

「初め、この世界に派遣されると聞いて、原住民どもはどんな下等人類かと想像してみたが……いやはや、想像以上だったぜ!!」

 クリスティーンは手を叩いてニヤニヤと挑発するように笑っていた。

 

「下等な人類はそれにふさわしい下等な連中だったわけだ!! 

 あんたも大変だよなぁ、こんなゴミみたいな人類の味方しないといけないなんてな!!」

「その口、二度と利けなくするわよ……」

「んん~? 何か気に障ることでも言ったか?」

 クリスティーンは挑発的な態度のまま嘲笑う。

 

「あんたこそ、神様から貰った力で粋がってるなんて、随分とお粗末な人間なのね。程度が知れるわ」

「おいおい、勘違いするなよ」

 チッチッチ、と彼女は指を振った。

 

「この力は、オレのだよ。与えられた物で何が悪い。

 もう貰ったからオレのだ。違うか?」

「……」

 一瞬、夏芽は彼女が何を言ったのか分からなかった。

 それくらい、予想外の返答だった。

 

「この世界の下等人類どもはホントバカだよなぁ!! 

 一度貰ったもんは、難癖付けてでも自分の物にし続けるのが人情ってもんだろうに!!」

 盗賊の理屈だった。盗人猛々しいとはこのことだった。

 だが、この世界で、魔王に屈した誰よりも──人間らしかった。

 

「それなのにお前らと来たら、ちょっと我らが主上に言われた程度でビビりやがって。

 お前ら、ママに育てて貰ったんだから全財産寄越せって言われてもそうするんでちゅかね~? 

 ────ははッ、これを下等って言わずに何が下等なんだよ!!」

 クリスティーンの嘲笑には、少なからず怒りにも似た感情が混じっていた。

 

「オレの故郷だった世界は、この世界よりよほど発展が遅れたクズみたいな世界だったが……それでも全人類の存亡を賭けて魔王と戦ったぜ? 

 なるほどな、我が主上の言う通りだ。尊厳が無いなら、人間である価値も無い。

 お前ら人類は下等ですらない、家畜と同じ扱いで十分ってなわけだ!!」

 少なくとも、夏芽は彼女の大部分に言い返せなかった。

 

「だけど、戦っている人間は居るわ」

「お、認めたな? 戦ってない連中の、惨めな家畜根性を」

 夏芽が言い返しても、クリスティーンは鼻で笑うだけだった。

 

「その戦う人間ってのは、どれくらい居るんだ? 

 いったいどれだけの人間が、その戦ってる人間が脅威を排してくれると期待“だけ”してるんだろうなぁ!!」

 その人間の愚かしさを、今の日本の東京が体現している。

 真上に魔王の居城があるのに、その下にはまだ何十万人もの人間が住んでいる。

 政府も経済の中心地を止めるわけにはいかないし、魔王も手加減してくれてるから強く住人を追い出せない。

 

 なんて、愚かで馬鹿馬鹿しいことだろうか。

 

 

「…………あんたは」

「ん?」

「あんたは、自分より弱い人間を守りたいと思ったことは無いの?」

 夏芽は、理解できなかった。

 

「人間は愚かよ。誰だって知ってる、歴史も証明してる!! 

 でもその愚かさの中で必死に生きている人たちを守りたいと思って何が悪いの!!」

 夏芽は信じられなかった。

 

「ん~、ごめん。無い。マジで無いわ!!」

 こんな自分本位な人間が存在することに。

 

「だってこの世は、自分か、それ以外だろ。

 自分を一番に置くのが当然だろ。

 それに、弱者を守るだぁ? お前のそれは、お前の守ってるのは“弱者”って記号だけだよ。

 なあ、異世界人。お前の思い浮かべるこの世界の弱者って誰だ? それを元の世界の知り合いと比べられるのか?」

「──うるさいッ!!」

 いい加減、夏芽の堪忍袋の緒が切れた。

 

「私は私がやりたいことをしてるだけだッ、他の誰にも文句を言わせない!! 

 理屈とか優先順位とかどうでもいい!! そんなの目の前の敵を片っ端から全部ぶっ壊せばいいのよッ!!」

 彼女は、頭が悪かった。

 

「もう師匠の教えとか知るかッ!! お前がムカつくからぶっ飛ばす、それ以上の理由なんて要らない!!」

「あー、夏芽。ゲッシュ……」

「うるっさい!! 今は私を呪ってくる神々より私が強い!!」

「ダメだこりゃ」

 二人の問答に飽きて来た妖精二人も、夏芽のこの物言いには呆れるばかりだった。

 

「最初からそれでいいんだよ、バーカ」

 クリスティーンが上半身を落とすと、その姿が消えた。

 

「(初速と加速が見えない、トップスピードと急停止の緩急が大きすぎる)」

 完全に、クリスティーンは物理法則を無視した動きをしていた。

 

「ならッ」

 相手が速い、どうあがいてもそれは覆らない。

 だがどうやったところで。

 

「“風刃”」

「捉えた」

 自分に攻撃する瞬間は、足を止めねばならない。

 魔力の槍が、地面から突き出た。

 

「おっと」

 不可避のタイミング、だというのにクリスティーンはくるりと体を反転させた。

 そのまま振り向きざまにナイフを一閃。

 

 あまりにも早すぎるナイフ捌き。

 受け流すのも難しい、夏芽は避けるだけで精いっぱいだった。

 

「なら、これでどう!!」

 夏芽は全身に魔力の装甲を展開した。

 相手は速い、だが速いだけだ。防御を固めればこちらに決定打を与えられない、そう判断した。

 

「間抜け!!」

 クリスティーンの蹴りが、障子紙のように夏芽の魔力装甲を粉砕して彼女を蹴り飛ばした。

 

「んなッ!?」

 常識が通用しないとは、分かっていたはずだった。

 ただの蹴りに過ぎないのに、10トントラックに衝突したかのような一撃だった。

 

 夏芽は近くの廃ビルのコンクリートを突き破り、瓦礫をベッドに額から流れた血を拭った。

 

「私は“スピードコンバート”ってスキルを持ってんだ。

 ゲームとかじゃ、相手を攻撃するのに攻撃力とかを参照するだろう? 

 このスキルは私の攻撃を全て、素早さ依存にすることができるわけよ」

 クリスティーンは自分の能力を解説できるくらいには余裕そうだった。

 

「なら、そのように対応するだけだわ」

 元の道路に戻って来た夏芽は、口の中の血を飛ばしてそう言った。

 

「(くそッ、杖が無いのが痛い……)」

 夏芽の戦闘能力は、そのおよそ六割が愛機である魔法の杖によるものだった。

 彼女は武器を失うだけで、格段にその戦闘能力が落ちる。

 

 対して、クリスティーンはナイフ一本で夏芽に猛攻を仕掛ける。

 

「“アイテムボックス”*3

 クリスティーンが動く。

 虚空からもう一本、ナイフを取り出し嵐のような連続攻撃が繰り出される。

 彼女は足さえ止めて、インファイトで夏芽を切り刻もうと斬撃と刺突が雨のように降り注ぐ。

 

 ライト級ボクサーのジャブの如き刺突の連打、しかしその実態はヘビー級ボクサーの渾身のストレートのような弾幕のそれだった。

 夏芽には目の前の連撃が迫りくる槍衾かショットガンにしか見えなかった。

 

「まだ凌ぐか、じゃあもっと手数を増やしてやろう」

 嗜虐の笑みを浮かべるクリスティーンが、ぎりぎり動作を見極めて攻撃を避けている夏芽に言い放つ。

 

「“つむじ風の刃”!!」

 その直後、攻撃を避けたはずの夏芽の頬に、花が咲くかのように裂傷と血飛沫が爆ぜた。

 夏芽は見た。見えない刃が、まったく別の角度からクリスティーンの攻撃に合わせて追撃してくるのを。

 

 両手と合わせて、三刀流。いや、左右の攻撃に合わせて見えざる刃が飛んでくるので、四刀流か。

 単純に、手数が倍。だが厄介さはそれ以上だ。

 見えない敵が左右からクリスティーンと連携して追撃してくるようなものだ。

 手数以上に、見えざる敵が増えているようなものだった。

 幸い、とまでは言えないが、見えざる攻撃は『速度依存』では無いようだった。

 

 このまま接近戦を許せば、ズタズタに切り刻まれるのは目に見えていた。

 

「夏芽~。なに舐めプしてるの~?」

「そろそろ飽きて来たよー」

 夏芽は好き勝手なことを言い出す妖精二人に言い返す暇も無い。

 

「うるさいっての!!」

 無数の傷跡を負い、魔法の上昇気流で追い返すも、文句を言い終える頃には最接近を許す。

 

「文句があるなら手伝ってよ!!」

「はぁー、もう」

 呆れた妖精コティが夏芽と感覚を接続した。

 その瞬間、夏芽の意識は無限に引き延ばされる。

 

「なによ、今忙しいの!!」

 全ての時間が止まったような感覚の中、夏芽はコティを睨み返した。

 

「なにムキになってるの、こんな相手簡単に倒せるでしょ」

「しょうがないじゃない。夏芽ってばRPGとかしないし」

 妖精レプも、夏芽の非効率で感情的な行動に肩を竦めていた。

 

「はぁはぁ、じゃあどうすればいいのよ」

 息を整えながら、夏芽は二人に尋ねた。

 武器の無い夏芽に、この速度で動く相手の対処は限られた。

 

「簡単だよ」

 夏芽のいた地球で、数多のゲームのリアルタイムアタックを披露したり、FPS大会を荒らしまくって出禁になりまくった妖精レプはごく単純な攻略法を伝えた。

 

「え、マジ?」

 真顔で尋ねた夏芽に、妖精二人は飽きてるからか真面目に頷いた。

 

 そして次の瞬間、夏芽の意識が現実に戻った瞬間に反撃に打って出る。

 

 体を後ろに倒し、両手を地面に体を支え、両足の蹴りをお見舞いする。

 クリスティーンの動体視力は、常人を遥かに超越している。

 そんな反撃は見て避けれるレベルだった。

 

 彼女がバックステップから着地し、再び夏芽を切り刻もうとしたその時だった。

 

「我、ドルイトとして汝にゲッシュを与える」

 夏芽の取った対応は簡単だった。

 

「──私に危害を加える場合、逆立ちをして両手が地面に接してはならない」

「何いってんだ、バカが!!」

 完全に、世迷い事だった。

 戦闘中にするようなことでは無かった。子供の悪ふざけで「バリアー中だから無敵です」とでも言っているかのような幼稚な物言い。

 

 

 

『認める』

 

 夏芽を切り裂く寸前で、クリスティーンの手が止まった。

 

「そ、そんなのアリかよ、我が主上!?」

 そんな幼稚な制約が、他でもないクリスティーンの崇める女神によって承諾されてしまったのである。

 

「ドルイトの資格持っててよかったわ」

 ケルト神話に置いて、大抵の英雄の死因となる誓約(ゲッシュ)

 何もこれは、自分が自身に課すだけのものではない。

 

 なんとこのゲッシュ、相手(・・)が一方的に、たとえそれが戦争の相手だろうと課すことも可能なのである。

 これを使って軍隊や英雄を足止めするのは、ケルト神話では常套手段である。

 

「舐めるんじゃねぇ!!」

 夏芽は、無茶苦茶を言ったつもりだった。

 だが、クリスティーンは普通ではなかった。

 

 彼女はナイフを上に投げ捨て、側転をするかのように地面に手を突き、腕の力だけでジャンプし、その際に靴を脱ぎ捨て、足の指だけでナイフの柄を掴んだ。

 そのまま空中で横回転しながら、クリスティーンはナイフを振り下ろす。

 

「まだやる気なの!?」

「オレが、いつ、敗北を認めた!?」

 まるでブレイクダンスのように、上下さかさまになったクリスティーンは怒鳴った。

 

「このオレが、勝つまで!! 終わりじゃねえんだよ!!」

 上下さかさまになろうとも、彼女のスキルは生きている。

 精彩を欠いたクリスティーンの攻撃を見極め、追撃の刃を夏芽は避ける。

 距離を取る夏芽は、しかしクリスティーンはただでは許さなかった。

 足だけ彼女はナイフを投擲する。

 

「投擲ってのはね」

 己の師匠に、未熟だと言われていても、夏芽は師から教わった技を確実に会得していた。

 

「こうやるの!!」

 飛んできたナイフを蹴り上げ、上空に弾かれ地面に落ちる寸前だった。

 その柄を足の甲に当て、サッカーボールを蹴り返すように投げ返した*4

 

「あぐッ」

 そのナイフは、持ち主の太ももへと突き刺さった。

 

「これで、終わりね」

 クリスティーンはダメージを前提としない前衛だ。

 足を負傷した以上、どのようなスキルがあろうとも、最高のパフォーマンスは発揮できない。

 

 さて、読者の皆様に置かれましては、二人の戦いは勝敗のルールがあったのを覚えておられるでしょうか。

 相手の両手両足、首のリボンを外した方の勝利というゲームだ。

 

 夏芽のリボンは……もう語る必要も無い。

 後は彼女が、クリスティーンの首のリボンを外すだけで勝利に終わる。

 這いつくばる彼女に、夏芽が歩み寄ろうとしたその時だった。

 

 固唾を飲んで二人の戦いの行く末を見守っていた観客、戦闘員たち、リクルート隊の面々が、その光景に息を呑んだ。

 

 

『良いのか、我がいとし子よ』

 コンクリートの地面に這いつくばるクリスティーンを抱きしめるように、或いは覆いかぶさるように。

 

 ──邪悪な、“何か”が居た。

 

 

『このままでは、負けてしまうぞ。

 無様を晒し、屈辱を噛み締めるだろうな』

 黒い靄のような、辛うじてヒト型だと分かるそれが、クリスティーンに囁きかける。

 

『我が力を、貸し与えよう。

 我がいとし子よ、我が神官たるお前には、その資格がある』

 甘い甘い、誘惑だった。

 一度誘い込まれれば、耽溺してしまいそうなる愛情の沼がそこにあった。

 

「要らねぇ」

 だが、クリスティーンは横目で睨んでそれを跳ね除けた。

 

「オレが欲しいモノは、オレが決める。

 負けそうになったら一発逆転のチート能力を与えるのが、あんたの親心なのか? 

 それに誰がいとし子だ、親子ごっこはトカゲとでもやってろ!!」

 クリスティーンは起き上がった。

 誰の助けも借りず、太ももから大量の血を流したまま。

 

「私は、オレは!! 

 あのゴミクズだったオレの故郷全てより価値が有ると、あんたが認めたんだ!! 

 分かるか、それと同じくらいゴミみたいなこの世界の全部よりも、オレは価値があんだよッ!!」

 呆れ果てるほどの傲慢、信じられないほどの自尊心、破滅にさえ片足を突っ込むエゴ。

 欲望や邪念に満ちているのに、溢れんばかりの克己心と反骨精神。

 

「それなのに、あんたのおかげで勝てました、なんてオレに言わせるつもりか!!」

 邪悪の化身は、裂けるような笑みを浮かべていた。

 まるで最初から、その言葉を聞きたかったとでも言いたげに。

 

「このオレに(・・・)、敬って貰いたかったら今まで通り黙って見てやがれ!!」

 仮にも神官とは思えない、不遜極まりない言葉だった。

 

 

『く、くくくッ』

 だが、だからこそ。

 

『……あの時、お前を我が魔王(むすめ)にしなかったのが本当に悔やまれる』

「カミサマに願うのは、もう真っ平御免なんだよ」

 彼女は神に価値ある者と認められたのだ。

 

 風に晒される砂のように、満足げな黒い靄は消え去った。

 

「……んじゃ、休憩は済んだか?」

 飽くまで休憩時間を与えてやったという体の彼女に、夏芽もため息が漏れた。

 

「三下と言ったのは、訂正するわ。

 あんたは一流の頑固者よ」

 夏芽も、初めての経験だった。

 こんな悪党に、ある種の敬意を抱いてしまうのは。

 

「さっきのゲッシュは取り下げる。

 その代わり、私も本気で貴女を倒す」

「今まで本気じゃなかったって、言い訳か?」

「あなたが私達地球人を、レベルもスキルも無いって見下してたのと同じよ」

 夏芽は、長らく自分と張り合える相手と巡り合えなかった。

 最強になってしまってから、ずっと。

 

「これを使うまでも無い、ってね。

 ────イヴⅡ、起動よ」

 

『はいはーい!!』

 それを見た、この地球の住人とクリスティーンはギョッとした。

 

 時には魔王の運営事務所の事務員、時には学校の先生の代役。

 その女神の化身が、二頭身のホログラムとなって虚空に浮いていた。

 

『ハローハロー、みんなの偶像(アイドル)!! イヴⅡちゃんだよー!! 

 今日はみんなのヒーロー、魔法少女フェアリーサマーのマスコットキャラとして出張中!! 

 BGMスタート♪ さぁて、よいこの皆、超絶究極ッ必殺魔法の炸裂だよー!!』

「うわ、出た」

「こいつが出る前に帰りたかったのに」

 どこからともなく音楽が鳴り響き、きゃぴきゃぴきゃるるんと愛想を振りまく二頭身のホログラムに、妖精二人の反応は悪かった。

 

「“ティターニア”*5との同期開始。

 魔力充填、出力1000%、呪力最大展開、未来予測開始」

『演算終了、命中率100%。誤差0.00002%

 権能承認。魔法少女フェアリーサマーに代行権限を付与。

 術式解凍……終了。我ら、人類の幼年期を見守らん。

 ────神意執行。必殺魔法“ロード・オブ・オーバーロード”を発動』

 

 大地が震える。

 空気が鳴動する。

 

 人々はあの日を思い出した。

 夏芽が、魔王と戦ったあの日を。

 

 彼女の右腕に、無数の魔法陣が重なり、砲身となる。

 

「“ロード・オブ・オーバーロード”発動*6!!」

 その瞬間、周囲から音が死んだ。

 魔法の光りが太陽光を塗りつぶし、射線上の……いや、地球の裏側、宇宙の果てまで逃げても敵を撃ち貫く!! 

 

 

「あー、その、なんだ。盛り上がってるところ悪いんだが」

 その文字通り、撃つことを許せば必殺の魔法を前にして。

 クリスティーンはちょっとバツが悪そうだった。

 

 ──スキル“天秤の女神の祝福(■■■ちゃんのアフターサービス)”発動。

 

『あ、え?』

 この時、非常に高度な人工知能であるイヴⅡが困惑の声を漏らした。

 

『うそ、0.00002%を引いたって言うの!?』

 この距離で、余波だけでも間違いなく致命傷を受けると言うのに。

 

「オレ、一度だけ“必中”攻撃を無効にするレアスキル持ってるんだわ」

 クリスティーンは無傷で夏芽の前に躍り出た。

 

「────ッ」

 これまで数多の強大な敵をこれで倒してきた夏芽は、大魔法の発動の硬直もあって驚き、動けなかった。

 

「“必中必殺”」

 まるで意趣返しのように、必中で必殺のスキルによって放たれたナイフの斬撃が、夏芽の首を掻き切った。

 明らかに致死量の血飛沫が、地面に花開いた。

 

 どさり、と夏芽の体が地面に崩れ落ちた。

 

 

「まあ、勝負は時の運ってわけだな」

「まったく、空気の読めない奴め。

 普通必殺技を撃たれたら黙って直撃されるべきだろうに」

「てめぇ、オレに死ねって言いてえのか!?」

 ずっとカメラを構えていたティフォンが不満を述べたが、その態度にクリスティーンもカチンと来た。

 

「それより良いのか、彼女のリボンを外さなくて」

 だが、その言葉で彼女も振り返った。

 

 

「あれあれ、夏芽死んじゃったよ」

「すーぐ油断して死んじゃうんだから」

 夏芽といつも一緒にいる二人の妖精が、くすくす、と笑っていた。

 その二人が、夏芽を中心にくるくると舞うように飛んでいた。

 

「夏芽、また忘れちゃったの?」

「私たちは“ずっと”友達なのよ?」

「そう、ずっと、ずっと!!」

「ずっとってことは、ずっとなのよ!!」

「そう約束したものね!!」

「でも、このままじゃ夏芽は嘘吐きになるわよ?」

「そうだね、嘘吐きは殺さないと」

「でも、夏芽は死んじゃったよ?」

「仕方ないから他の人に責任を取ってもらおう!!」

「そうだね、じゃあ夏芽の友達から殺そうか!!」

「次に知り合いも殺そうね!! でも面倒だなぁ、何人殺せばいいかわかんないや!!」

「でも、ズタズタにしないと」

「そうね、バラバラにしないと」

 人間には、人類には、まったく理解できない価値観の元で、妖精二人が無邪気に相談を終えた。

 まるでグリム童話の原作のような、残虐で悪意のない絵本のような、冗談のような残酷な話だった。

 

 

「待ちなさいよ……」

 死体になった夏芽の体が、自然発火し燃え上がる。

 

 まるで灰の中から生まれ変わる不死鳥のように、夏芽はもう一度の命を得て立ち上がっていた。

 

「……まだ、私は約束を破っていないわ」

 死者蘇生、否、転生の魔法だった。

 ケルト神話には輪廻転生の概念が存在する。

 それを元に、幾多の伝承と統合し、昇華したのが彼女の転生魔法だった。

 

 最強にして不滅、永遠の乙女にして夏を司る妖精の化身。

 それが魔法少女フェアリーサマーなのだ。

 

「はぁ、こりゃあ素直にゲームのルールで勝つしかないか」

 これを殺し切るのはまず無理だろうと、流石のクリスティーンも匙を投げた。

 

 二人は決着をつけるべく、今度こそ相対する。

 ……のだが、ゲームの終わりは思いもよらぬ形で訪れた。

 

 

「もし、少しよろしいでしょうか」

 これから最終場面だというのに、空気も読まずに同じ顔の事務員が現れた。

 

「なんだよ、邪魔するんじゃねぇ。

 これはお遊びだって言ってんだろ!!」

 気分を害されたクリスティーンが横目で睨みつけるが。

 

「そんなことは問題ではありません。

 ──従軍神官クリスティーン・オルデン。あなたは先ほど、重大なコンプライアンス違反を行いました」

「はぁ!?」

「他者のステータスを許可なく公開、および公言することはプライバシーの観点から大変問題なことです」

 講習で習ったでしょう、と言う事務員の言葉に、クリスティーンの表情から血の気が引いて行った。

 

「よって、我が主上から謹慎を言い渡しに参りました。

 このことは貴方の師にも報告させて貰います」

「ちょ、待ってくれ!! 師匠は関係ないだろ!?」

 うろたえるクリスティーンに、事務員はジロリと見つめ返した。

 

「それとも、“指導”の方がよろしいでしょうか?」

「わ、わかった、私が悪かった」

「はい、では」

 事務員はクリスティーンの頭を鷲掴みにすると、そのまま彼女を引っ張り一定の歩幅で夏芽の前に歩み寄る。

 そしてクリスティーンの頭を下げさせ、自らも頭を下げた。

 

「この度は、こちらの不手際で重大なコンプライアンス違反が発生してしまい大変申し訳ございませんでした。

 今回の一件はこちらの裁判所に訴訟することも可能でございますが、いかがでしょうか。

 要望がございましたら、弁護士の手配や裁判の日程など連絡いたしますが」

「ええと、……お任せします」

 有無を言わせない丁寧な対応に、夏芽もかしこまってそう言ってしまった。

 

「では後ほどご連絡いたします」

 そう言って、事務員はクリスティーンを連れて消え去ってしまった。

 

 

「で、これってどっちが勝ったの?」

「相手が居なくなったんだし、夏芽の勝ちじゃない?」

 妖精二人が首を傾げてそう言った。

 

 結果的にそう言うことになったが、結局夏芽はティフォンの即売会を止めさせる気力も無くなり、普通に帰って寝ることにした。

 

 ちなみに、ケルト神話において、ゲッシュを破ると大抵の場合不名誉な事が訪れたりする。

 夏芽が処女であると、ティフォンがネット上に放送していた関係でこの地球上に知れ渡っていると知るのはそれほど遠くない未来の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
具体的には、経験値によってレベルが上昇し、適正に応じた能力が成長するタイプの世界。

*2
こちらはレベルより、獲得する技能が重視される世界。分かりやすく例えるならスカイリムとか。

*3
異世界転生小説の御用達のスキル。その用途は解釈次第で小物入れからチート能力まで応用可能。

*4
伝承曰く、ケルト神話クーフーリンの持つ魔槍ゲイボルグは、足を使って投擲し使用されたと言う。

*5
魔導頭脳“イヴⅡ”の本体。魔法版量子コンピュータであり、夏芽の出身地球でも再現不可能な神のオーパーツ。

*6
魔法少女フェアリーサマーの必殺魔法。未来演算と呪詛により、“必中”する魔法砲撃を敵にお見舞いする。相手は死ぬ。




今回は割と本格的なバトルシーンでしたが、私は他の作者様のような綿密な戦闘描写とかが苦手です。
読めば情景が浮かび上がるような戦闘とか、憧れますよね!!

次回は、アンケートの通り、海外の四天王について描写します。
それでは、また!!

次回はどんなお話が良い?

  • 魔王ハーレ―の回顧
  • 夏芽のガチバトル
  • 四天王の掘り下げ
  • 海外の四天王の動向
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