「いかにもな、箱物ね」
夏芽は連れて来られた建物を前にそう呟いた。
夏芽が軍人たちに囲まれ相手の対応を待っていると、彼らの救護班らしき軍人が彼女を攻撃した三人の魔法少女を搬送。
その光景を黙って彼女は見ていた。
それが終わると、両手を上げて無手を示しつつ一人の軍人がスマホを通話状態にしてそれを差し出した。
『まず、私の部下たちの無礼を謝罪させてください。
そしてあの怪物を一撃で葬れるあなたを警戒せざるを得ないという状況も』
通話相手は落ち着いた女性の声だった。
「まああんな未熟な子たちにアレと戦わせざるを得ないって時点で察するわ」
先ほどの三人を一蹴した夏芽だったが、それは彼女が強いからというだけでなく、対応に出た三人の実力不足と実戦経験の少なさを感じていた。
『申し遅れました。私は上位者対策局の千利と言います』
「私は魔法少女フェアリーサマーで通しているわ」
お互いに名乗り合いを終えると、夏芽は視線を上に向けた。
そして、
通話相手の千利という人物は、魔法的な視界を通じて彼女を見ていた。
夏芽は何となくその視線を察知して見返したのだが。
「どうかしましたか?」
相手からは絶句、というか、困惑を通話越しに感じた。
『…………いえ、見つめ返されるなんて初めての経験だったもので』
「もしかして、失礼なことしちゃった?」
『いいえ、とにかく、事情をお聞かせ願えませんか?
未登録の魔法所持者で、あなたほどの実力者が居るという状況は異常なのです』
「私としても、現場の人間から生の話を聞きたいと思ってたところだわ。
招待を受けましょう」
『わかりました、ではそちらの局員たちに案内させます』
それと同時に通話は終わった。
夏芽は局員という立場らしい軍人たちの装甲車に乗り込み、都内の一角にある建物に案内された。
「いかにもな、箱物ね」
その特徴という特徴の見受けられないビルに、夏芽は率直な感想を漏らした。
そしてビルの表札は、『上位者対策局』と記されていた。
「上位者、ねえ」
夏芽にはこの並行世界の人類が、あの空飛ぶ円盤を大層恐れているということだけは理解した。
内部は清潔が保たれ、比較的新しい建物だというのが窺える。
彼女は武装は下ろした局員に連れられ、作戦指揮室と銘打たれたドアを潜った。
そこは大きなモニターが電子的に都内の各地域を表示しており、部屋の大半を機械が占めている。
並べられたテーブルにはこの組織の制服を着た女性たちがノートパソコンに向かってインカムで何かを矢継ぎ早に指示していた。
さながら、軍事基地のオペレーションルームと言うべきだった。
「御会い出来て光栄です、フェアリーサマーさん」
その部屋の中心にある、モニターとは別にアナログな地図が広げられている丸テーブルの奥に彼女は居た。
「私がこの上位者対策局指揮課の千利です
一応、実働部隊の責任者になります」
夏芽が実物の彼女を見て抱いた印象は、若い、だった。
自分の見た目が十代半ば程度なら、彼女はそれより少し上程度だった。
「随分お若いんですね」
「私なんてお飾りですよ、周りには本職の自衛隊や元軍人の方々ばかりでいつも助けて貰ってます」
それはそうだろうな、と夏芽は思った。
彼女が周囲の助けなしでここで働けるわけがない。
なぜなら彼女は、車椅子に座りアイマスクのような眼帯をしていた。
誰がどう見ても、足と目が不自由であった。
そんな人間が、実働部隊の責任者。
夏芽は早々にきな臭い物を感じていた。
「とりあえず、これ外していいかしら?」
「これ……? どういうことですか?」
千利の視線は夏芽を連れて来た局員に向けられた。
夏芽が示したのは、自分の腕に付けられた腕輪のような物体だった。
魔法を抑制する道具らしいのは、何かしらの抑え込む力を感じて察していた。
決して心地いモノでは無かった。
「ああ、気にしないでください。
こちらに争う意思が無いということを分かってもらうために付けましたから」
バツの悪そうな表情をしている局員に、夏芽はフォローを入れた。
どちらにせよ、夏芽には外部の魔力ストックがある。当人の魔力を封じたところで、大した意味は無いのだ。
「すみません、部下が更なる失礼を」
「別に構わないわ。こんなのオモチャだもの」
電子的なロックがされている腕輪がカシャンと手錠のように開いた。
周囲から驚くような雰囲気が発せられる。
「お返しするわ」
夏芽は自分が座った席からスッと彼女に魔力抑制装置を突き返した。
「……なんとなく、分かっては居ましたがフェアリーサマーさん。
あなたは上位者なのですね」
それはどこか諦念に近い言いようではあった。
「私はそんな大層な人間じゃないわ。
私は並行世界の地球から来たただの一個人に過ぎない。
そんなことを言われても、信じられないかしら?」
「……いえ、信じますとも。
五年前までならともかく、今の時代なら」
千利はスッと視線を虚空に向けた。
その先には、あの巨大な円盤が浮いているのだ。
「彼らは、異世界からやってきた、そう主張していますから」
「なるほどね」
あんなモノに乗っているのにエイリアンとかじゃないのか、と夏芽は思った。
「彼らがやってきてすぐ、彼らは私達にゲームのルールを説明しました」
「ゲーム?」
「私が説明するよりも、この映像を見るのが一番でしょう」
千利が周囲に指示をすると、中央の巨大モニターの映像が切り替わった。
「これは五年前のあの日、あの円盤がこの地球に降り立ってすぐの事でした。
当時放送されていた、生放送のお昼の情報番組で起こった出来事です」
§§§
「やはりあれは、エイリアンなのでしょうか」
映像の中で、スタジオに居る司会が有識者に尋ねていた。
番組のテロップには、『謎の巨大円盤出現!?』と画面端に表示されていた。
「分かりません。今我々の頭上に現れた謎の円盤は何のアクションも示していません。
政府は至急交渉のチャンネルを得ようと慌ただしく準備しているようですが」
「となると、やはり彼らの目的は侵略なのでしょうか」
「今の段階ではどうにも」
司会も、番組に呼ばれた有識者たちも、不安を隠し切れない様子だった。
そんな時だった。
突如として、悲鳴が観客席で上がったのだ。
「どうした、なッ、誰だあんた達!?」
司会が異変を察して、そちらに目を向けるがその表情に恐怖が浮かんだ。
「しんりゃくぅ~?」
妙に間延びした、男の声が入り込んだ。
「ボクちゃんたちが、そんな野蛮なことするわけないじゃなーい♪」
それは、異形だった。
ヒトの形をしているが、それは形だけだった。
全身を覆うのは、爬虫類の鱗であり、黒い光沢を発していた。
そして、その頭は人に非ざる龍の顔だった。
ただ何よりも、その異形の格好が異様だった。
まるで道化師のように赤と青の服装で、龍の顔には独特の化粧が施されていた。
「まずは名乗ろうか♪
ボクちんは魔王ハーレ。魔王一族の四位たる、通称“道化”のハーレ。
そう、あの円盤の主さッ!!」
間延びしていたと思ったら、急に甲高い声で龍のヒトは名乗った。
スタジオは瞬く間に、彼の従僕によって占拠された。
「じゃ、じゃああんた達が、エイリアン!?」
「ノンノンノーン、ボクらは宇宙人じゃないよ!! 異世界人さ!!」
怯える司会に魔王ハーレはおどけたように馴れ馴れしく近づいて肩を組んだ。
「ボクちゃんたちと君たちは隣人!!
お近づきのしるしにボクの芸を見せちゃおう♪」
そして彼は司会の男の腕を掴んで上へと放り投げた。
「それ、あそれ、それそれそれ♪」
なんと魔王は、人間でお手玉をし始めた。
人間では考えられない腕力。これがテレビの演出では無いことは明らかだった。
「おっと、お、おっとぉ」
が、彼は道化師らしくオチを付けた。
勢い余って真上に投げた司会が、自分の上に落下してきたのである。
「あいたたた……あれぇ?」
一緒に倒れる魔王と司会。
だがその寸前に、カメラには魔王の頭がスポーンとどこかに飛んでいくのが映っていた。
「だれかー、ボクちゃんの頭持ってきて~」
首なしになった異形の道化師が、身振り手振りで態度を示し、すっぽ抜けた頭が遠くから助けを求める。
芸としては素晴らしいはずなのに、すべっていた。
どうしようもなく、空気が読めていなかった。
観客席も、有識者たちも、恐怖で固まるばかりだった。
「よいしょ、っと。
さーてと、何から話そうかな♪
じゃあそこの君、最初の質問をどうぞ!!」
頭を元に戻してから、魔王ハーレは有識者の一人を指示した。
彼の部下によって乗っ取られたカメラが、そちらに向いた。
「き、きみたちの目的はなんだね!?」
どこかの大学の教授らしい彼は、絞り出すように質問を吐き出した。
「うーん、ボクちん達はねー、さっき隣人だと言ったけど。
仲良くする気はちーっとも無いんだ!!」
あはは、と道化の魔王は笑った。
「僕らは使徒。僕らが仕える大いなる女神に命じられ、僕らはやってきた」
その言葉を言う時だけ、異形の道化師は真顔になってそう言った。
「僕たちの目的は、君たち人類に試練を与える為だ。
その為に、僕らは君たちに破壊や混乱、恐怖を与えるだろう。
それがいつまでか、どこまでやれば我が主上が満足なされるかは、ボクちゃんの知るところじゃないけどね~」
破壊、混乱、恐怖。
それが目的だと、魔王は語った。
「でも流石に、ちょっと今回はボクもいつもとやり方の注文が違くてねー、困ってたんだよ。
だからボクちゃんとしても、無益な殺生はしないことにしたんだ♪」
ぐふふ、と大げさに両手で口を覆い、魔王は笑った。
「ボクちゃんたちが齎した物理的な損害は、全てその国の通貨で補償しよう♪
それ以外の経済的損失とかについては、まあそっちは政府が頑張って♪
それも試練ってことにしておこう!!
ああそうだ、もし人的な損害が出た場合だけど……」
魔王は笑う。邪悪に。
「その場合は、君らの言い値にしよう。君たちが死者の値段を決めるんだ!!」
まるで悪魔のような物言いだった。
「あと、大量破壊兵器は禁止しよう。
これからボクちゃんの配下が、世界中の核兵器やそれに匹敵する兵器を取り上げて回る。
所要時間は十時間程度で終わるだろうけど、くくくく」
彼は、魔王は知っている。
この世界のパワーバランスが核兵器によってある種の均衡が保たれていることを。
「我が主上たる女神が司るは、人間の文明。
人間の文明は争い合うことで発展してきた。
ボクちゃんが、君らのくだらない均衡なんて取っ払ってあげよう!!」
混乱。
「それから、ボクちゃんも定期的に配下を投下するよ!!
君たちは全力でこれを排除するんだ!! それが出来なければ、生活圏はめちゃくちゃになるだろうね!!」
破壊、恐怖。
「ボクちゃんたちよりずっと、君ら人類が同胞を殺すだろう!!
そうさ、それが人間の本質さ!! 他人を踏みにじり、蹴落とし、利益を奪い取る!!
その悪こそを、ボクちゃんは愛する!!
だから君たちは存分に、人生を謳歌するんだ!! 我が神はそれを望んでいる!!」
まさに、魔王。
邪悪の権化。
「それじゃあ、君らがボクちゃんの居城にちょっかいを掛け終わったら、改めて各国の政府にお邪魔するとしよう」
道化師は恭しくカメラに一礼し、部下と共に去って行った。
……映像は、以上だった。
「魔王、それも四位か」
夏芽はこの世界に訪れた脅威にため息が出た。
余りにも、自分の手に負える事態を超えていた。
「この放送の後、魔王は自らの宣言を実行しました。
今、この地球上に核兵器なんて存在しませんよ。実に鮮やかにやられました。
多くの国が報復に、あの円盤に攻撃を仕掛けましたが……」
「どうせ無駄だったんでしょ?」
「はい……」
千利の溜息や、周囲の局員たちの様子からそれは嘘では無かったのだろう。
「我々人類は、あの円盤にもう既に敗北しているのです」
彼らは、人類は認めざるを得なかった。
魔王が、自らの頭上におわす彼を“上位者”である、と。
その気になれば好きなように何かを取り上げ、滅ぼそうと思えばいつでもできる。
人類という虫けらを見下ろす、神の使徒なのだと。
「魔王……上位者たちの兵器や兵員の強さは、尋常ではありませんでした。
連中によって事実上の支配をされた地域もあります。お陰で国家間の争いなんて昔の話です。
ふッ、それで恐怖に怯えるくらいなら、と自分からその地域に行く者も後を絶えないくらいですよ」
「こういうことは言いたくないけど」
夏芽は良く知っている。
魔王一族、とやらのいつもの手口を。
「あいつら、飽きたらあなた達を滅ぼすわよ。
あなた達が完全に魔王に屈服した時、きっと奴はそうする」
もっと下位の魔王一族と、夏芽は戦ったことが有る。
その時はほぼ互角だった。お互いの本気で殺しあったら世界が持たないほどで、結局決着も付かなかった。*1
そして今回は、それよりずっと格上の魔王。
魔王と夏芽が戦いになった時点で、この地球は終わりなのだ。
「連中の言う“試練”ってのは、とにかく現地の人類を瀬戸際まで追い詰めること。
なぜか今回はそうじゃないみたいだけど、最後は変わらないはずよ」
「フェアリーサマーさん、あなたは彼らを知っているんですね」
「昔、ちょっとね」
まさか異世界召喚の経験もある、なんて言っても信じられるかどうか、と夏芽は思った。
「魔王の降臨と同時期に、私達のような魔力を持つ人間が現れ始めました。
私達はこれさえも、魔王の齎した恩恵だと推測しています」
「まあ、連中なら出来るでしょうね」
「勿論この力は恩恵だけでなく、混乱という形で現れましたが。
っふふふ、彼らはご丁寧に魔力の扱い方も教えてくれましたよ。それで自分たちに対抗しろ、とでも言うように」
自嘲の笑みを浮かべる千利に、夏芽は問いを投げかけた。
「教えてくれた?」
「魔王は言っていたでしょう、被害の補償をすると。
少し離れたところに、彼らが置いて行った事務所がありますよ。
苦情の対応や被害金額の補償、あの円盤とのホットラインも兼ねて色々と事務作業をしています」
「…………いっそ嫌味なほど丁寧な対応ね」
そのある種超然とした対応が、上位者と称される所以なのかもしれない。
「ただ、魔力に目覚める人間と言うのがある共通点を持った十代の少女に限られるのです」
「ある共通点?」
「はい、魔力に目覚める要因は一貫して──何かしらのトラウマを持っていることなのです」
「ああ……道理で」
夏芽にとって、あの時遭遇した三人の魔法はかなり特化していると思っていた。
それも当然だろう、あれはトラウマを克服する為に本能が魔法として生じているのだ、と彼女は考えた。
彼女が居た元の世界でも、そういう事例は多々あった。
「私が子供の頃に、絶望すると闇堕ちする魔法少女のアニメが流行ったけど、ここは絶望をしないと魔法が使えない世界とはね」
悪趣味が過ぎる、と夏芽は感じた。
この世界に芽生えた魔法は、余りにも限定的で残酷だった。
「私も今年で十九歳になりました。
魔法を得た少女は、二十歳を期に急激に魔力の衰えが始まります。
二十歳以降の魔力は全盛期に比べれば十分の一程度で、とても戦闘には耐えません」
「そして、この組織は彼女らを戦力として運用する組織、と」
「はい、その通りです」
苦渋がそこにはあった。
無力に苛む悲しみが彼女にはあった。
「私のような魔法所持者の第一世代は“卒業”間近や、既に魔力の大半を失っています。
別の世界の住人であるというあなたに、こういうことを申し上げるのは辛いのですが……」
「悪いけれど、私は調停者なの。
ルールがあり、そこをお互いが尊重している以上、私が手を出すわけにはいかない。
もし私が戦うことが有れば、それは誰かが何かしらがバランスを崩そうとしている時よ」
夏芽は機先を制して、彼女にそう告げた。
実際のところ、彼女の中で先ほどドクター・ティフォンの怪獣を倒したのは自分の中で“ルール違反”なのだ。
彼はとっくに、この世界のルールの中に存在しているのだから。
「やはり、ダメですよね……」
「でも個人として、先達としてなら、いろいろと手伝ってあげられるかもしれない」
「えッ?」
気落ちする彼女に、慰めるように夏芽は言った。
「先ずはあの三人を、鍛えてあげる。
とてもじゃないけど、あんな未熟な子たちが戦うのは見てられない」
「あ、ありがとうございます。
それだけでも本当に、本当に助かります!!」
千利のアイマスクから、涙が滲んでいた。
よほど切羽詰まっているのが、それだけで現状を物語っていた。
「相変わらず、お人よし~」
「うるさいわよ」
「でも新しい暇潰しが見つかったわね、しばらくは楽しめそう」
やれやれ、と新しいオモチャを見つけたという顔をしている妖精二人に呆れながら、夏芽は溜息を吐いた。
これは簡単にあのバカを連れ帰るわけにもいかなくなった、と内心彼女は気が重かったのである。
これでようやく、この作品の世界観を大体説明できました。
魔法少女フェアリーサマーは主人公だけどあくまで師匠ポジ。
次回からはどんどん違う魔法少女たちを出していきますね!!
魔法少女フェアリーサマーはどれくらい活躍してほしい?
-
たくさん!!
-
ほどほどに!!
-
少なくていい!!