アンケートの連中も顔見世します。
その日、いやここ三日ほど、夏芽は別世界に来ていた。
これは何の比喩も無く、地球とは全く別の世界だった。
文明の女神の恩寵によって高度に発展した文明の世界であり、もし地球が全土が工場になった場合にはこの世界の維持の為に人類は製品を生産するのである。
夏芽が来ていたのは、その世界にある教団支部だった。
言うまでもないだろうが、かの二柱の女神を拝する教団である。
教団、と言われたら教会を想像する夏芽だったが、彼女が見た教団の施設はどちらかというと役所だった。
クリスティーンと同僚とは思えない、クソ真面目そうな神官たちが住人たちの要望に応じて適切に対応をしていた。
ここ三日ほど、この教団の施設に滞在することになった夏芽が抱いた感想は、自分の知っている宗教とは根本的に違う、であった。
地球の宗教とは、究極的に言うなら自分が救われる為にある。神を信じることによって、現実の過酷さに耐えるのだ。
だがこの教団は、そう言う意味では宗教とは言えなかった。
この教団と住人たちが救われるのは、単なる
10の対価を支払えば、10の恩恵を得られる。それがこの教団の全てだった。
夏芽は待合室に飾られている、文明の女神の名言が刻まれているプレートを見上げた。
『神とは、システムである』
昔、一度だけ見た自分の故郷の守護神イヴも、同じことを言っていたのを彼女は思い出した。
夏芽が施設の奥からやって来た神官に呼ばれると、最後の面通しが始まる。
「では、双方示談という事で宜しいですね」
真面目を絵に描いたような神官が、夏芽とテーブル越しに向かい合うクリスティーンに言った。
二人が頷くと、彼は書類にサインをさせて退出した。
その後、諸々の手続きを終えると。
「あんたさぁ」
面倒な手続きを終えてぐったりしているクリスティーンに、夏芽は言った。
「どうしてあんな凄く良いヒトに師事して、こんな風になるの?」
「その話は止めてくれ」
クリスティーンは露骨に話題を断ち切った。
夏芽は、先日のクリスティーンのコンプライアンス違反の件でこの世界に来ていた。
三日かけて億劫になるほど検証を行い、精査し、対応をどうするか決め、結果示談になった。
その滞在中に、クリスティーンの師匠であるらしい大神官と会った夏芽だったのだが。
「……大泣きしてたわよ」
クリスティーンの師匠兼後見人らしいその大神官は、夏芽を見るなり涙ながらに謝り倒した。
この教団でもかなり偉い人らしく、夏芽の方も恐縮してしまうほどだった。
「止めろっつってんだろ」
クリスティーンは腕で顔を覆った。
「あの人はオレにとってメアリース様以上の恩人なんだ。
他の誰を裏切ったとしても、あの人は裏切れん」
「なら立場に相応しい立ち振る舞いをしなさいよ」
教団の神官は、ただそれだけで社会的信用が絶大であった。
だからこそ、その信用を裏切れば女神に睨まれるわけである。
「じゃあ、これからどんな顔をしてあっちに行けばいいんだよ」
「…………」
その言葉に、夏芽は返す言葉を持たなかった。
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夏芽が上位者対策局に戻った時、オペレーションルームは既に緊張状態にあった。
主任を始めとした自衛官たちや、千利たち魔法少女たちも待機していた。
「何かあったんですか?」
「……ああ、夏芽君。戻ってくれたか」
そこまで口にして、主任は固まった。
彼だけでは無く、その場にいた全員が夏芽の方を見て硬直した。
「ういーっす、今日からこっちに出向になったクリスティーン・オルデンでーす」
そこには、投げやりな態度でのたまうクリスティーンが居たからである。
「ええと、なぜ彼女が?」
「こいつの上司の意向、だってさ」
なぜ、と問われても夏芽にも答えられない。
一つ言えることが有るとすれば。
「なんだかオレ、四天王クビになったみたいでよ。こっちの手助けしてやれって異動命令が来たんだわ。
マジで意味が分からんのだけど」
彼女の様子からも、この異動は異例のようであった。
「まあ、分かるだろ? お上の意向ってわけよ」
「……監視は付けさせてもらいます」
「お好きにどうぞ。スパイをする自由なんて、オレには無いけどな」
そう言って、彼女は近くの椅子に座り込んだ。
異様な空気のまま、夏芽は話を切り出した。
「それで、皆揃って緊急事態ですか?」
「……いえ、これを見てください」
千利が中央の大モニターに視線を促す。
「これは、上野公園でしょうか?」
そこに映し出されているのは、上野公園の全体図だった。
「あなたが不在の間に、上野公園が未知の武装集団に占拠されたのよ。
それから今日まで、好き勝手野営しているわ」
「未知の武装集団?」
退屈そうなメイリスの言葉に、夏芽は聞き返した。
「未知……そう表現するしかない」
主任は苦々しそうにそう呟いた。
「……中継の映像を映します」
空気を読んで、気を遣ったオペレーターが、現地の様子をモニターに映した。
「これは……!?」
その様子に、夏芽も絶句した。
上野公園には、異形の群れが好き勝手にたむろしていた。
地球上では空想に過ぎない魔物としか言えない怪物たちが、野営地を築いてその周辺でくつろいでいるのだ。
『いえーい、上がり!!』
『くそ、また負けたッ!!』
『お前イカサマしてるだろ!!』
カードゲームをしている、ゴブリンやリザードマン、オーク。
『今日はどいつを的にするんだ?』
『うーん、足の速いやつはあらから食っちまったっすからねぇ』
丁度近場から調達した動物を弓で射殺した、ケンタウロスや女ばかりのエルフ達。
『命令はまだかー?』
『依然待機、少しは落ち着きを持て』
巨体を横にして、ぼんやりとしているサイクロプスやトロール。
……本当に好き勝手していた。
「なに、こいつら?」
「私たちが知りたいわ」
のんびりとしている彼らの様子に、メイリスも肩を竦めた。
「先ほど、政府の命令が出たらしく、自衛隊の攻撃がこれより彼らに加えられる予定だ」
その攻撃の蚊帳の外に置かれている主任がそう口にした。
「皆さんは行かないので?」
「対策局以外の手柄も必要なのだ」
夏芽の問いかけに、溜息と共に彼はそう言った。
「そろそろ、狙撃手が配置された頃だろう。
相手は人間では無いのだし、住人の不安も考えれば攻撃もやむ無しだろう。
ああ、今あのテントから出て来たのが、指揮官と推測されている存在だ」
主任が映像を指差す。
そこには、丁度野営のテントから姿を現した、軍服姿の犬獣人の姿があった。
「……は?」
彼の姿を認め、目を見開いて呆然とするクリスティーン。
「相手は装備を見る限り、中世レベルに過ぎない。
自衛隊だけでも十分対処できるだろう」
相手は暴虐を働く戦闘員と大差ない、彼らがそう判断するのも無理はなかった。
「おい、悪いことは言わねぇ。さっさと味方を下がらせろ」
立ち上がり、急にそんなことを言い放つクリスティーン。
だが、主任は彼女を一瞥だけして、モニターに視線を戻した。
その直後、銃声が鳴った。
「始まったようだ」
四方八方に配置された狙撃手が、魔物たちを駆除し始めた。
「あーあ、知らないぞ、オレは。忠告はしたかんな」
ただクリスティーンだけが、哀れなものを見る目でいた。
§§§
『初弾命中、引き続き目標を排除しろ』
狙撃手の銃弾が、魔物の頭蓋を貫く。
野営地には、血の花が無数に咲いた。
他愛も無い駆除作業。ただそれだけに過ぎないはずだった。
やがて、銃声が止んだ時、彼らは信じられない物を目にした。
「おい、お前たち。撃たれたぞ」
「撃たれたな」
「撃たれたぞ」
「やっと撃たれた」
「意外と遅かったな」
ぞくぞくと、致命傷を受けたはずの魔物たちが起き上がる。
一様に、その表情に笑みを浮かべていた。
「た、対象に銃撃が効果ありません!!」
『ひ、引き続き、銃撃を行え!!』
無線からの命令に、自衛官たちは従った。
「さて」
二発目の弾丸が、犬獣人に命中する寸前で、見えない壁に弾かれた。
「諸君、死すら嫌われ、地獄にも疎まれた外道どもよ。
戦争の秘訣は、相手に先に撃たせることだ。これで俺たちは、大義名分を得たわけだ!!」
不法占拠しておいて、彼はそんな物言いをしだした。
「なぜお前たちは、地獄にさえ行けない!?
我らが神にさえ嫌われたからか? いいや、違う。
お前たちこそが、地獄なのだ!!
お前たちの行く先々こそが地獄となり、生きるモノ全てを絶やすのだ!!」
──スキル“将器のカリスマ”*1 “破滅の呼び声”*2 “狂気の伝搬”*3発動。
「隊長、隊長!!」
「大隊長、大隊長!!」
「将軍、将軍ッ!!」
「我らの導き手!!」
彼らの眼の色が、変わった。
狂気的な熱狂が沸き上がる。
「彼らの銃の腕で、一斉射撃の容赦のなさで、彼らが訓練された優秀な兵士であるのが分かるだろう!!
兵士とは訓練されることで、最適化され強くなれる!!」
では、と犬獣人が狂気の相貌を喜悦で歪めた。
「人間種しかいないこの世界の兵士は、空から襲われる訓練はしているのかな?」
その言葉の直後だった。
「う、うわあああぁぁぁ!?」
数百メートル離れていた狙撃手が、悲鳴を上げた。
「きゃはははははは!!!」
いつの間にか、彼の真上には鳥のような影があった。
それは、三メートルもの大きさのある鳥、否、鳥人間だった。
両手は翼、足はかぎ爪の種族、ハーピーだ。
身長は140㎝程度なのに、両手を広げればその横幅は三メートルにも及ぶ。
彼は、気づけなかった。
大声で演説をする犬獣人に気を取られて。
狙撃手の体に、縄が掛けられる。
ハーピーは大人一人分の重さを、引きずりながら低空飛行を始めた。
「あが、ごッ、ごが!!」
道のでこぼこで、引きずられる狙撃手がバウンドする。
余りにも惨い仕打ちに、仲間が彼を助けようと銃口を向けるが。
「よう」
スコープに、目玉が映った。
「ひ、ひぃ!?」
「狙撃手ってのは撃ったら移動するもんじゃねえのか?」
仲間の狙撃手の前に現れたのは、狼人間ライカンスロープだった。
「まず、一匹」
人狼は手にしていた猟銃で狙撃手を撃ち殺すと、次の狙撃手を狩りに走った。
「探知魔法に感アリ!!
北に敵集団接近中!!」
「雑兵の召喚をしろ、数ですり潰せ」
隊長は味方の報告に冷淡に対処を命じた。
その丁度同時刻、彼らの野営地の来たから十数名の自衛隊員たちが突入してきた。
「ぎゃはは!! 周りに何も居ないとおもったか!!」
緑色の肌をした醜悪な小鬼、人間がイメージするゴブリンにしてはスマートな体形で背の長い男が、笑い声を上げた。
自衛隊員たちの周囲、四方八方から無数のゴブリンが異界より呼び寄せられた。
「どうだ、ニンゲン様よう、ザコにボコボコにされる気分は!!」
子供同然の体躯のゴブリンにまとわりつかれ、押し倒され、粗末なこん棒で近代的な武装をした人間たちが一方的に殴り殺される。
その光景を見て、嗤う長身ゴブリン。
「て、撤退、撤退だ!!」
上野公園はもう既に地獄絵図を描いていた。
「くすくす、もっと遊ぼうよ!!」
壊れた
「た、隊長ー!!」
空に攫われて言った味方を見て、自衛隊員が悲鳴を上げる。
だが、それも銃声と共に崩れ落ちた。
「これで、十五匹」
足を止めた憐れな人間に、人狼が容赦なく銃弾を浴びせる。
「助け、助けて!!」
「じゃあ、下ろしてあげる!!」
ハーピーの足に摑まれ、上空に連れ去られた自衛隊員が急降下に叫び声を上げた。
そして。
ぐしゃり。
「あはははははは、トマトみたいに潰れちゃった!!」
頭から地面に叩きつけられ、壊れた人形みたいに首や手足が捻じ曲がった死体を見下ろして、笑い声をあげる女ハーピー。
そんな彼女は、近づいてくるローターの爆音に顔を顰めた。
軍用ヘリだ。
機銃の銃口を地上に向けるヘリコプターのパイロットは、信じられない物を見て鼻で笑った。
見目麗しい女エルフたちが、空高いヘリコプターに向けて弓矢を向けているではないか。
「弓矢でヘリを落とせるのは、映画だけだぜ。お嬢ちゃんたち」
機銃が地上を蹂躙しようとその瞬間、ヘリコプターはハチの巣になった。
地上からの、弓矢で。鋼鉄のヘリを矢が軽々と貫通して。
パイロットは何が起きたのかもわからず即死し、地上に墜落していった。
「まったく相手はお行儀がいいな。……こいつらお飾りだな」
犬獣人は相手の指揮官が、その部下が戦場経験が無いことをすぐに理解した。
「おい」
彼の視線を受けて、サキュバスが、吸血鬼が動いた。
「おにいさーん、良いことしましょ」
「私の眼を見ろ」
逃げまどう自衛隊員の影から現れた両者が、魅了の力で相手を操り人形にする。
「あひゃ、あひゃひゃはははは」
「な、や、やめろぉ!!」
魅了され操られた自衛隊員が、仲間を撃ち殺していく。
戦闘の混乱は、狂乱していても仲間を軽々と撃つことを躊躇わせる。
自分の命を守るために、その仲間を撃ち殺すまで。
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弓矢でヘリが落とされる光景を見て、オペレーションルームの人間は絶句していた。
「どうなってるんだ……」
「あのクソエルフどもは魔法属性の矢を撃てるんだよ。
あんな魔法防御の低そうな鉄の箱じゃあ、そりゃあハチの巣になるわな」
呆然と呟く主任に、クリスティーンがぼやいた。
「知っているんですか、彼らを」
「知ってるも何も、あいつの副官してたんだ、オレ。まあ、神官見習い時代にな」
驚く千利を他所に、クリスティーンがモニターに指差す。
そこには、矢継ぎ早に指示を出す犬獣人が居た。
「いやー、オレの後釜がまさかあいつとはなぁ。
……マジで勘弁してくれんかなぁ」
彼女は心底嫌そうに、或いは辟易したようにそう呟いた。
「なんなの、あの連中は……」
世界的に見ても練度が高く、優秀であるはずの自衛隊が、手も足も出ずに一方的に虐殺されている。
まるで怪獣映画のかませ役のようだった。
その凄惨な光景に、目を逸らす者も多い。
「あいつらはな、それぞれが
現実でも創作でもいいから、一番最悪な殺人鬼を思い浮かべてみろ。あそこにはそう言った犯罪者が約100人いる」
クリスティーンの解説に、誰もが絶句するほかなかった。
モニターの奥で繰り広げられているのは、戦闘と言うより惨殺だった。
ハーピーが逃げる人間を捉まえ上空から叩きつけ、その有様を見て笑っている。
バラバラに逃げる人間を煽りながら追い立てて殺す人狼。
精鋭の自衛官が害獣同然のゴブリンに袋叩きに遭っている。
勝負が決して退屈そうにしている女エルフ達が、生き残りを捕まえて射撃の的にして遊び始めていた。
地獄絵図だった。
わざわざ惨く殺し、遊んで楽しんでいる。
「あそこに居るのは、誰も彼も快楽殺人者ばかりだ。
地獄に墜とすのも無駄、更生させる意味も無い。
だったら戦場に投入して使い潰そう、という我が主上の判断から創設された懲罰部隊。
それがあいつら、リーパー隊だよ」
まるで汚物でも見るような、視界に入れるのも億劫そうに彼女は言う。
「本当はそうして、使い潰されるだけの烏合の衆のはずだった」
「はずだった?」
「あのコボルトの隊長が、ゴミどもを精鋭に変えちまったんだ」
彼女は千利に頷いて見せた。
「あの100のゴミどもが、束になっても敵わないイカレ野郎だ。
しかしこれでハッキリしたな、私がこっちに異動になった理由が。
──お前らがまともにあいつと戦ったら、全滅するからだろうな」
確信をもってクリスティーンは断言した。
かつての戦友に対する、畏怖にも似た信頼があった。
「あの獣人が、そこまでの人物なの?」
「お前、なに他人事みたいに言ってんだ?
お前もだよ。お前も含めて、あいつには勝てないって言ったんだ」
クリスティーンは至極真面目な表情で、夏芽に言い放った。
「あんなヤバい奴、オレは他に知らない。
あの男は、それほどの怪物なんだ」
彼女自身も、自分が置かれた立場を思い返して冷や汗を流していた。
「なあ、水無瀬。どう思う?
あいつらは神も裁けぬ悪の軍勢だ。お前はあいつらと、戦うか?」
「戦わない理由なんて有るんですか?」
水無瀬は即答だった。
モニターの奥の惨状から、少しも目を離していない。
その時だった。
電話のコール音が鳴った。
「しゅ、主任。テレビ通話です!!
は、発信源は──上野公園」
それはまるで、ホラー映画のような絶妙なタイミングであった。
「……繋げ」
彼は顔を顰めながら、部下に命じた。
『──初めまして、上位者対策局の諸君』
戦争の怪物が、電話越しに次の標的を見定めて目を細めた。
とりあえず、次回、後編で二章は終了になります。
次回の投稿をもって、今回のアンケートを締め切りとします。
今回のお話で誰が怪人枠として順番に出るか皆さんに決めて貰おうと思います!!
それでは、また次回をおまちを!!
登場するリーパー隊の隊員、誰が良い?
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下種野郎ゴブリン
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狩りをする人狼
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撃墜王ハーピー
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肉食系エルフ軍団