Fate/ZERO with シルヴァリオ   作:甲乙兵長

12 / 19


ダイジェスト気味になると文字数がかさむかさむ。

今回はとある人物視点の話。





【Act8/虚空に吼える/the Roar】

 

 

 

 陽だまりの加護があまねく地上を照らし温める。

 

 

 

 どれほど恐ろしい怪異が跋扈(ばっこ)し、凄惨たる暗躍が繰り広げられていても、あくまでそれは日の沈んだあとの話。人々の営みの多くは白昼にこそあり、平常に本日も廻っていく。

 新都の商店街には活気が満ちていた。

 道を譲りあいながら交錯する人波の中には、剣呑な風体で彷徨う警官を時折見かけるものの、見咎められるような後ろめたさは何もない。だから堂々と隣を通過する。

 

 

「――ちょっと君」

「え?」

 

 

 安易な目論見をすり抜けて、壮年の青服は柔和な笑みで一人の男を呼び止めた。

 

 

「悪いけど少し話を聞かせてもらっていいかな? 時間は取らせないから」

「は、はぁ」

「隣のその子とは、どういう関係? 親子にも、兄妹にも見えないんだけど」

「・・・・・・えっと」

 

 

 警官が示したのは男の隣に立つ幼い少女。

 見知らぬ大人にどこか怯えた様子を垣間見せるその娘は、身近にいた男の影に隠れるようにして袖を小さく強くつまんだ。唯一頼れる存在に縋りつく懸命な防衛行動に、身を寄せられた男は苦笑しつつ軽い調子で応える。

 

 

「この子俺の姪でして。兄貴が身体弱くてあんま一緒に出歩けないから昔から俺が面倒見てるんすよ。お陰で結構懐かれちゃいましてね。色んなとこに引っ張りだこっすわ」

「そうだったのか。悪いね。最近冬木も物騒で、子供がどんどんいなくっていく事件が相次いでてさ。そうでなくとも色んな場所で建物の爆発やらガス漏れやら・・・・・・」

「そりゃ大変っスねー。お勤めご苦労サマですホントに」

 

 

 掴みよく打ち解けることに成功し饒舌に世間話を進める。内心はとっとと去っていってくれよ糞がとか職務怠慢の言い訳にすんなやボケとか悪態を吐きながらも、表面上は露ほども闇を滲ませず、あいえクォーターなんすよ髪は地毛っス目の色も遺伝でハイ民族的出身はえっと南のほうのそうそうそのあたりで育ちはほとんどコッチでええ・・・・・・などと相手のペースに合わせて適当な相槌を打ち続ける。整合性を特に考えていないので深く突っ込まれれば危ういが、幸いにも相手の警戒心が下がっているのを手応えで感じていた。

 

 

「じゃあもう一個ついでで悪いけど、身分証見せてくれる? 免許証とかパスポートとか」

「―――は」

 

 

 和やかな雰囲気で進行していた歓談に、不穏な波紋が立った。

 引きつった笑顔で硬直した男に対して、警官はにわかに不審げな態度を再来させる。

 しまった。後悔してもすでに遅い。一瞬でも「あっやべ」といった空気をこちらが出してしまった時点で失敗だった。慌てて誤魔化しながらポケットを探るフリをしつつも、怪訝を露わにした警官の心証を取り戻せない。現物を提示しない限り、名誉挽回は成せないだろう。

 無論のこと、身分証など己が持っているわけもない。財布は預かっているが、中身は『兄貴』と称した人物のもので、免許証の顔写真も自分に似つかないものだった。そちらを明かせば盗人の線で咎められ、そもそも提示しなければ住所特定などされてややこしい事態に陥ってしまう。どちらにせよ、厄介な展開しか望めない。

 どうするべきかと脳細胞を隅々まで活動させ悪足掻きを考えるが、良案は飛来せず。有耶無耶と流すにも限界がある。周りの注目も集めだしていた。

 

 

「・・・・・・持ってないなら、一回ちょっと交番まで同行を―――」

 

 

 壮年の警官が口を開きかけた瞬間、無線のノイズが耳に届く。

 それに刹那傾注した警官に、チャンスは今しかないと男は悟る。

 旋風が視界を薙ぎ払う。

 にわかに生じたつむじ風は、瞬間その場にいた人々の目視を奪い、辺りを一時騒然とさせた。風はやがて収まったが、改めて周囲を見回したとき、警官の前から怪しげな男と少女の姿は、影も形もなくなっていた。

 

 

 

 

「はぁー、あぶねー。もうちょっとで連行されるとこだった。ったく。どこの場所でも、司法の(イヌ)は職務に忠実だぁねー。ちったぁ力抜けないもんか」

「・・・・・・・・・」

「しかも逃げた先にあのドデカい褐色オヤジ(大王様)がいやがるもんだから大慌てだ。幸い店の冷やかしに熱中してたみたいだから見つかりはしなかったようだが・・・・・・無駄に体力と精神力をすり減らしたよ。はぁ」

「・・・・・・・・・」

 

 

 獣のたてがみのような銀の髪を揺らしつつ、深い嘆息を虚空に放つ。

 寝不足気味のような目つきの悪い赤い虹彩が、ふと左下から向けられる虚無の視線に向けられた。

 

 

「・・・・・・なんだ?」

 

 

 連れの少女――間桐桜は無言のまま己の右手を注視する。

 子供の小さな手のひらを包む無骨な手はまさしく男――オルトロスが握ったものだった。

 魔力の解放で突風を呼んで目くらましとし、サーヴァントの機敏さで移動する際、咄嗟に少女の身を抱えここまで来た。商店街から距離を置き、方角的に以前訪れた埠頭へ向かう途中に作られた吹きさらしの休憩所。木造の東屋に敷かれたベンチに腰掛け、陰気な男と少女はいまだ手を握ったまま。

 気付くとすぐにほどいたオルトロスだったが、今度は桜がお返しのように四指を捕える。袖をつまんだときと同様、存外力強い。あるいはただ、繋がりを保つため必死なだけかもしれないが。

 

 

(・・・・・・なーんでこうなったかねぇ)

 

 

 あの日。

 オルトロスが間桐雁夜に召喚されてから幾分か時が過ぎた。

 聖杯戦争という騒乱の最中、オルトロスは最初の頃こそ色々とやらかしたが、そのあとはほぼ表に姿を見せず、間桐邸宅の地下空間――かつては有象無象の蟲がひしめいた穴蔵に籠り、淡々と状況を見定めるに専心した。

 闇の眷属たるオルトロスは基盤となった冥狼とも、大本たる冥王とも異なる新たな魔星。異邦の地に現界した閃奏の排除機構(カウンター)として引きずられた走狗に過ぎない。

 英霊という格式(カタチ)を得た銀幽影狼(オルトロス)は、前身(かれ)らと同じく決して優秀な魔星ではない。滅びの使徒の優位性を保っているのは、あくまであらゆる異能に対する否定存在(アンチ)だからだ。相性の問題でしかないわけである。

 正面切ってのせめぎ合いなど英雄(馬鹿)の領分。自分には自分のやり方がある。

 だが、様子見を決め込むにしても鬱陶しい邪魔者がいた。

 アサシン。

 黄金のアーチャーに亡き者にされたはずの髑髏面の隠者。しかも単独ではなく、二・三人ほど隠れ潜む気配が、間桐邸の外を張っていた。暗殺者の勘と音響探査を持つオルトロスには、連中が自分たちを監視している様子が克明に感知できる。アサシンの存在を身近に捉えたのは例の倉庫街での顛末を終えてから。それ以前はマークされていなかった。

 今思えば、アサシン脱落の状況はどこか出来過ぎていたようにも感じた。もしそれらが誰かの描いた謀略であったなら、自分たちはまんまと奇術師の術中に(はま)っていた観客である。種明かしされるまで、盲目的に目先の事実しか認識できていなかった間抜けだ。

 サーヴァントはマスター一人につき一体きり。この大原則の裏をどのように掻い潜ったのかはともかくとして、問題提起すべきは身動きを取ろうにも取れなくなった状況である。ああもぴったり見張られていては偵察も何もできやしない。霊体化してもサーヴァントであれば気配は探れるであろうし、仮に空間跳躍させた滅奏で排除しようと、それで全て解決するとは限らない。一人死んで二・三人現れた。もし監視の目が他の聖杯戦争参加者にまで割り振られていると仮定したなら、さらに多くのアサシンが間桐に向けられ、より敵の注意を引く可能性が高い。

 排除するだけなら容易いのだ。ただその先が見えない。ゆえに下手な手出しもできず、オルトロスは巣籠りを強制されて結構なストレスを抱えていた。いっそ後先など構わずやってくる虫けら全部ぶち殺せば万事解決なんじゃね? などと益体ない妄想に耽り始めたあたりで、事態は動く。

 監視していたアサシンの気配が、突然不自然なまでに活発化した。そして今までの任務を放り出し、魚群を察知した海鳥のごとくある場所を目指して去っていったのだ。

 なんらかの大きな変転があったと見るや、オルトロスはアサシンのあとを追った。気配遮断などという便利スキルは有していなくとも、元掃除屋であった手並みは相手に追跡を悟らせはしない。まあそもそも、連中は追手の存在に配慮している様子すらなかったのだが。

 闇に紛れる者として杜撰(ずさん)な危機管理だと呆れたものの、何かに急かされるかのようなアサシンたちの動揺は背中越しでもよく伝わった。つまり連中の行動は本意ではなく、裏で抗いようのない指示を出した奴がいるということだ。サーヴァントにそんな強権を発揮できるのはマスターしかいない。

 おそらく令呪によって招集されたのであろうアサシンたちが辿り着いたのは不気味な森林地帯にぽつねんと建つ古風な城。その城壁の内庭で、実に数十体にも及ぶアサシンに包囲されたライダーと・・・・・・光狂いの英雄がマスターと共にいた。

 何やら酒盛りでもしていたような雰囲気で、(たる)を間に据えて酒杯を手にしていたライダーたち。問答がどうとか器がどうとか褐色の巨漢が宣っていたが、そんな雑音よりオルトロスは努めてあの煌めく王者を視界に入れないよう必死であった。

 あの夜は、鬱憤晴らしに丁度いいアーチャー(生贄)がいたからまだ我慢できたが、今の自分がヤツと相対すると敵対以外の道はない。

 光は光で素晴らしい。何も成していない敗者の戯言や他人の足を引っ張るしか能のない屑が排斥されて然るべきなのは百も承知。だが、そんな当たり前の道理に反してまで根源衝動に支配されるのが魔星の(サガ)である。奴がどうだかは知らないが、少なくともオルトロスは、光狂いを前にすると我慢が利かなくなってしまう。

 喰らいつかずにはいられない。滅ぼさずにはいられない。

 離れた屋根上から自制に努めつつ影狼が状況を傍観していると、アサシンの一人が交渉決裂の短刀(ダーク)を振るった。ぶちまけられた酒に激昂するでも狼狽えるでもなく、静かで確定化した殺意をかもし出すライダーは、そのまま膨大な魔力を放ち、次の瞬間にはその場に集った全員が消失した。当人は無論のこと、英雄も、アサシンたちも、各々のマスターすらも。

 やがて消えたときと同様に再び姿を現したライダーたちだったが、無数のアサシンは神隠しにあったまま、二度と戻って来なかった。傍目には分からない何がしかがあったのは間違いないが、推し量る術を狼は持たない。その夜は一先ず情報収集は切り上げて、気付かれる前に城を立ち去った・・・・・・。

 そして現在。

 一晩経っても監視が復活しなかったことからアサシンが本当に消滅したものと再認し、オルトロスは街に出た。なぜか頑として同行を望んだ少女を連れて。

 

 

(懐かれてんのは分かるんだが・・・・・・なんで懐かれてんのかサッパリわかんねぇ。むしろ怖がってすらいたはずなのに、この変わり身はなんなわけ?)

 

 

 召喚された夜、確かに恐れを瞳に宿していた少女は、不気味な影の塊でしかない怪物の傍に寄ってきた。トラウマでしかない蟲蔵の底まで押し入って、霊体化した狼を視線で探しながら、結局見つけられず適当な石壁の隅に膝を抱えて気絶するように眠る・・・・・・。桜が繰り返す謎のルーティン。

 狂乱ぶりを焼き付けて、叔父に恐怖を抱いたのならまあ理解できる。別室で軟禁されている雁夜の兄とやらも蟲爺と一緒になって桜を虐めていたらしいから、そちらも敵視するのはわかる。傷つけようとする輩もいないが、頼れる相手が、縋れる誰かが存在しない虚しさは心が凍えるようだろう。

 だからといってなぜ自分の下なのか。孤独に部屋のベッドで同じように膝を抱えていればいいではないか。夜ごと悪夢に飛び起きて、やってくるのがどうして地下なのだ。冷たい元苗床に戻ってまで、震えながら、しかしどこか安心したような表情で眠るのはなんなのだ。本当にわけがわからない。

 そして、このベッタリ感である。単独偵察のはずが、要らぬコブ付き。

 

 

(最初の呼びかけに応えたのが不味かったか? それで舐められた? 与しやすいと悟られたか。いや、なんか違う気がすんだよな。うまく言語化できねぇけど)

 

 

 無論、本当になんのメリットもなければ、オルトロスだって椅子に縛り付けてでも娘は置いてきただろう。そうしなかったのは、仮にも彼女の存在が有用だからだ。

 現在、オルトロスは魔力供給を桜から行っている。決定的な理由として、マスターである雁夜がサーヴァント維持に割けるだけの魔力を回せないからだ。

 臓硯の消滅によって雁夜の体内の刻印蟲・・・・・・魔術回路の代わりを成していた生物は死に絶えた。それによって魔力を励起させられなくなってしまったのである。ただ、完全に消失したわけではなく、残骸として回路の一部がとどまっているため、辛うじて令呪を喪失せずマスター権が失われることもなかった。

 とはいっても、現状では魔力を補給する術がない。初めのうちはオルトロスが霊体化したりして己の貯蔵分から工面していたが、アーチャー廃滅やキャスターとの遭遇で持ち前の魔力も底を尽きかけ、窮状だった。街に混乱を起こさないため回避しようとしていた道筋だが、最悪生きた人間を喰らっていかなければならないかと覚悟していた・・・・・・。

 

 

『わたしのじゃ、ダメですか・・・・・・?』

 

 

 鶴の一声は意外な場所から上がった。

 間桐桜。確かにオルトロスは最初彼女の魔力の性質が自分に()()と考えていたし、非常時に活用することも視野に入れてはいた。蟲の凌辱によって、不本意ながら土台はすでに出来上がっている。何も物理的に食さなくても、軽い接触や、近場に居座ってもらうだけでいい。少女一人から捻出できる分量はたかが知れていようが、まったくないよりはマシだ。霊地であり、召喚場所でもある間桐邸の地下に籠り、霊体で温存を心がければ、時間は多少かかっても力は取り戻せるだろう。

 だが本人から進んで差し出されるとはさすがに考慮の範囲外だった。

 当然、いの一番に反対したのは雁夜だ。彼は桜を地獄から救い出すことを目的に聖杯戦争への参加を表明した。彼の目的の半分は使い魔によって成就したと言っていいが、それが再び覆されかねない事態に陥っては本末転倒。なるべく危険から桜を遠ざけ、普通の女の子として生きてもらいたいのが、雁夜の本懐である。

 しかし、桜は意見を覆さなかった。

 オルトロスは考えに耽る。桜の自己犠牲精神の出所はともかく、その提示内容に否はない。リスクを犯して赤の他人から強奪するより、少女から搾取したほうが一番穏当にことが済む。

 けれど、受け入れがたいのは影狼も同じ気持ちだった。

 その根源は、脳裏にちらつく冥王の記憶。かつて彼が属した組織を裏切ってまで守ると誓った、か弱く明るくしたたかな少女に対する情動が・・・・・・共通項をあてがって現在に影響を与えている。

 

 

(まあ確かに逃亡した初めの頃は、ミリィもこんな感じだったか・・・・・・でもなんだかんだ家事とかを担ってくれるようになって、自分の得意分野で仕事も見繕って、明るく振る舞うまでに戻って銀狼(ゼファー)の世話をしてくれて・・・・・・それに比べアイツのダメ男ぶりはなんだかね。金こそ稼いでちゃいたが、自堕落というかなんというか。こんなんが本家(オリジナル)なの?)

 

 

 いい大人が十代前半から半ばの少女にお世話してもらっている記憶を確認し、顔を(しか)めていると、左下から改めて強い視線を感じた。

 物珍しげに風貌全体を眺めるような視点運び。見咎めたのを察して顔を逸らすも、細かに盗み見ている。思わず、苦笑いをこぼした。

 

 

(悪態ついても、結局は俺も性質悪く純化した同類だし。ナリまで今はほぼ借り物だからな)

 

 

 異形の冥狼と比べ、影狼の己は冥王に近しかった。髪や瞳の色は月乙女と同じ銀と赤。他は銀狼そのままな虚影の纏いを脱ぎ去った姿形。喧噪に紛れるためとった本質の形態が、少女には珍しいのかもしれない。

 

 

「さて、休憩ももういいだろ? 次行くぞ」

 

 

 思考を切り捨て、よっこいせと、オヤジ臭く立ち上がる。

 桜の思惑も、雁夜の未練も、どうでもいい。彼らの嘆きに共感は示すし、存在維持の恩返しにできる限りの協力はしよう。だがそれだけ。必要以上に馴れ合うのはサービス外だ。

 精々互いに利用し利用される互助機構として、最後まで役割を全うできればそれで良い。

 

 

「どこに・・・・・・行くんですか?」

「とりあえず、街を一通り見て回る。一番臭い本命に目星はつけちゃいるが、一応な」

 

 

 それから、少女を連れた影狼は様々な場所を観光した。

 基本徒歩だが、時折桜の様子をうかがって電車やバスに乗って移動する。現代知識を自動挿入(インストール)された影響で切符や金払いに手こずることこそなかったものの、自動化が進んだテクノロジーにやはり元の世界と照らし合わせて旧西暦は色々と勝手が違うと再確認した。

 繋いだ手を放す素振りもなく、茫洋とした硝子の眼に風景を映し出す桜は、ふと通りがかった公園を一心に見つめていた。まるで、懐かしい記憶を垣間見ているような、懐古の虚ろを瞳に宿して。

 

 

「なんだ。思い出の場所か?」

「・・・・・・ううん。もう、なんでもない」

 

 

 今までの熱量が嘘だったように、冷たく視線を切った桜は握った男の手を引っ張り先導する。牽引するその姿は、早く場を離れたい焦りに駆られているように思えた。

 そんなこんながありつつも、時間は流れ、やがて黄昏時に到る。

 暁が一日を締めくくる最後の仕事を終え、砂金の粒が夜空を彩った。

 間桐邸に帰宅した桜とは玄関で別れ、オルトロスはとある一室のドアを叩く。

 

 

「帰ったか・・・・・・桜ちゃんは?」

「ああ。部屋に戻ったよ。子守は疲れるぜまったく」

「お前に押し付ける形で済まないな。俺は、あの子に嫌われてしまっているし、身体もこんなだしな」

 

 

 病床につく白くやせ細った男は間桐雁夜。かつては養女の桜と共に臓硯の傀儡とされていた敗北者。オルトロスのマスターでもある。

 魔力供給云々以前に、今の彼では魔力を励起するだけの余力もない。彼の命をなんとか長らえていたのは、苦痛の元凶たる刻印蟲そのものだった。それがほぼ死に絶えたということは、残り一月程度しかなかった寿命がより困窮する現実に他ならない。ろくに二本の足で立つこともできず、もはや聖杯戦争の終息を見届けるのすら叶うかどうかといった具合である。

 

 

「いっそ聖杯に延命でも嘆願するかい? そうすりゃもうちょっとあの娘を見守れるぜ?」

「魅力的だが、やめておく。負け犬の俺に、そんな願いは似合わない。第一、聖杯が偽物かもしれないと言ったのは、お前だろう?」

「ま、そうだ。とはいえ俺のは単なる推測だ。この地域はよくよく調べりゃ昏い怨念だらけでな。マグマのように地の底を這いまわってる。そんでやっぱり精査したところ一番怪しいのはあの円蔵山とかいう山だった。まぁそもそも、願いを一つだけなんでも、なんてのは煽り文句として上等過ぎて、胡散臭さしか感じないがね」

 

 

 あえて語らなかったが、オルトロスが最も聖杯を怪しいと踏んだ理由は言わずもがな英雄の存在である。

 

 

(あの邪悪絶対殺すマンが引き寄せられる場所がマトモなわけないしな)

 

 

 混乱するので口にはしないが。

 そのあといくつか言葉を交わし、見舞いを終えて部屋を辞すと、扉に面した壁に背中を預け黄昏る小娘が一人。

 苦笑しながら扉を閉め、微妙な距離を置いている桜の傍に歩み寄る。

 

 

「話したけりゃ、盗み聞いたりせずに入ってくりゃいいだろう」

「・・・・・・・・・」

(ま、接し方が分かんない、って感じなのは見てわかるけど)

 

 

 桜にとって雁夜は間接的な救い主にして同じ被害者仲間。だが桜よりも鬱屈させた叔父の醜い内面を覗き見たせいで、接触に怯えが混じってしまっている。対する雁夜も、そんな桜の動揺に引け目を感じてしまっているゆえ自ら踏み込むことができない。

 要は互いに遠慮しあう微妙な距離感ができあがってしまったわけだ。

 折衝や仲介なんて柄じゃないし、人間関係のこじれねじれなんて関わるべきじゃない。しかし、どうにもこの二人を放置しておくのは己の士気に直結する。我ながら甘く、度し難い性格だと自嘲しながら、影狼は桜の肩を叩いた。

 

 

「お前、これからしばらく叔父さんの介護してやれ」

「え・・・・・・?」

「この先俺は忙しくなるだろうし、世話焼いてる暇もなくなってくる。マスターのお守してる間に取り返しのつかない状況に追い込まれてちゃ本末転倒だからな。だから、桜が、雁夜の面倒を見るんだ。他に頼れるのがいないのはわかるだろ?」

「・・・・・・・・・」

「やれることだけでいい。少しずつでいい。アイツも、俺みたいな冴えない男に介護されるより、お前に世話してもらったほうが嬉しいだろうしな」

 

 

 半ば押し切る形で、任せたとバトンを渡し、考えさせる隙を与えず頷かせる。

 似合わぬお節介はここまで。関係性が改善するか、停滞するか、悪化するか。全ては二人の間で完結することだ。無責任に受け取られようと、外様のオルトロスにできるのは結局相手の背を強引に押してやることだけ。

 肩の荷が少し軽くなった気分のまま、地下で一旦回復してから夜の街を偵察するかと思案しながら階段に向かい―――。

 

 

 

 ゾンッ! と。空間を伝播する大震が、冬木一帯に轟いた。

 

 

 

「―――――ッ」

 

 

 五感ならぬ知覚にてそれを察知したオルトロスは、すぐさま屋敷を飛び出した。

 莫大な魔力の波濤。その発生源まで、一直線に闇を駆ける。

 霊体で走りながら、周囲の夜気で衣を編むように姿を変貌させていく。

 冴えない銀髪の男から・・・・・・銀の狼面をかぶり漆黒に塗り潰れた人影へと。

 波紋の中心であった未遠川中流、ライトアップされた鉄橋のアーチ上に飛び乗ったオルトロスは、眼前の光景にしばし思考が空白化し――次いで、低く濁った後悔を吐いた。

 

 

「ああ・・・・・・やっぱりあの日に始末しとくべきだった―――」

 

 

 川底に蟠った視界に映すも悍ましい怪魔の群れ。キャスターの呼び寄せた醜怪な眷属。

 それらが召喚主であるはずのキャスターに無数の触手を次から次へ纏わりつかせ、ついには鯨をも上回る巨大な肉塊となって一つの怪物として立ち上がる。

 鉄橋の屋台骨たるアーチからでも見上げなければならない威容へ進化した大怪魔は、魔なる雄叫びを夜空へ響かせた。

 

 

 

 まるで、遥か天上の尊きものへの宣戦布告のごとく。

 

 

 

 






読了感謝!


アサシン退場ならびに然り! は省略しました。

問答内容はまぁ、回想とかで機会があれば。

ようやっとここまで来た。書きたかった場面のひとつがもうそろそろ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。