Fate/ZERO with シルヴァリオ   作:甲乙兵長

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ようやく出来あがった・・・・・・別の作品アイデアに浮気してたらこんなことに。

気が付けばこの作品の投稿を始めて三か月あまり。

ここまで続けられるとは到底思ってもみませんでした。

自分の時間を使って読んでくださる方々、

評価や感想を送ってくださる方々。大変ありがとうございます。

鈍足な更新ですが完結まで必ず行きたいのでお付き合いください。

2021.4.20 誤字訂正



【Act12/親と子/Connection】

「最悪の危機は脱したか・・・・・・」

 

 

 河川を望めるビルの屋上で、瀟洒(しょうしゃ)な男が安堵を呟く。

 宝石のはめ込まれた杖を手に、事態を見守っていたのはすでに闘争の敗者となった元マスター・遠坂時臣だった。

 冬木のセカンドオーナーとして街に降りかかった騒乱を座して待つことなどできなかった彼は、協力者の綺礼とは別行動で未遠川に訪れ、ことの趨勢を見守っていた。サーヴァントの(いくさ)に何ができるわけでもないが、報告を待つだけの沈黙を受け入れられる図太い神経は持ち合わせていなかった。

 結界から帰還した功労者たちはマスターたちと合流し、束の間の労いを交わし合う。ライダーに目立った負傷は皆無だが、傍目にうかがえる疲弊具合は相当なもので、平時の威圧感も幾分か減じていた。文字通り自らの存在を削った結界維持に、さしもの征服王も困憊気味の様子である。

 対してセイバーは表情こそ鉄面皮だが、被害は露骨で甚大だった。満身創痍という言葉の見本じみた重傷体。傷のない面を探すほうが困難なほど血に塗れ、それでもしっかりと二本の足で大地を踏みしめているのはさすがという他ない。治療術を施す聖杯の器を尻目に、剣の英霊は何かを探すように視線を巡らせていた。

 ともかく、危難は去った。キャスター討伐の報酬は此度の戦線に居並んだ全員に分配されるだろう。ランサーは功を成したとは言いづらいが、どうとでも誤魔化せる。ロード・エルメロイの早期退場にともなって聖杯を受け取らせる順位に変動は生じたが、保険は必要だ。

 キャスターが消滅したからといって時臣の仕事は終わらない。今もなお事後処理に苦心しているであろう璃正神父と連携を取り、魔術の隠匿に奔走しなければならない。明確な被害が出ず、隠滅限度の一線を超えなかっただけまだマシといったところだが。

 

 

 

「覗き見とは案外せこい奴だな。貴族サマの名が泣くぜ、魔術師」

「っ!?」

 

 

 

 思慮に没していた時臣のうなじに、獣の吐息が吹きかかる。

 瞬時に身を翻して宝石杖を構えると、十メートルほど距離を空けて影が佇んでいた。

 夜闇よりなお濃い漆黒に食い潰された、冥府の瘴気を纏う亡霊。

 時臣にとっては直接的な敗因であり、仇敵と称して憚りない不明瞭なサーヴァント。

 

 

「アヴェンジャー・・・・・・」

「おっと、俺が対外的にその名を名乗ったことはないと記憶してるんだが? 一体どこから仕入れた情報だ?」

「・・・・・・・・・」

 

 

 時臣は答えない。が、内心はつまらない隙を晒したと自省していた。

 アヴェンジャーの言う通り、彼がエクストラに該当すると知るのは召喚者当人か霊器盤でクラスをカンニングできる聖堂教会ぐらい。監督役と裏の繋がりがある時臣だからこそ、謎のサーヴァントがバーサーカーではないと承知していたのだ。

 魔術師は努めて冷静さを取り戻す。余裕を持って優雅たれ。慮外存在の急襲に波立っていた心境を、凪の湖面に落とし込む。

 

 

「ま、別にどうでもいいけど。アッチは片付いたようだし、今夜はとっとと解散するに限る。過敏な英雄サマとことを構えたくないしな」

「・・・・・・私を始末しておかないのかね?」

「余計な茶々を入れるならそうするが、今のお前にどう動かれても問題ない。どこの誰と(ねんご)ろだろうと、どこのどいつを御輿(みこし)に上げようと、知ったこっちゃないね」

「こちらの思惑は察しているわけか。では、なぜあえて姿を晒したのかな?」

「些細な興味。見極め。実の娘を生贄にした()()()()と呼ばれる奴の顔を、一度ちゃんと見ておきたかった。だが、想像よりずっと間抜けだってのがお笑いだ」

「なに?」

 

 

 くだらなそうな影狼の物言いに、時臣は訝しむ。

 

 

「一応確認しておこうか。お前、なんで桜を蟲爺に与えたんだ?」

「娘の幸福を願えばこそ。親ならば、魔術師ならば、ごく自然のことだろう」

 

 

 時臣の娘たち、凜と桜――姉妹は共に稀有な資質を備えて生まれた。

 片や全属性に適性を持つ『五大元素使い(アベレージ・ワン)』。

 片や架空元素、『虚数属性』を司る姉に匹敵する稀少性。

 どちらも次代を継承させるに足る高い魔術素養を有し、ゆえに葛藤の元となった。

 当主に選出できるのは姉妹のどちらか一人だけ。それは結果選ばれなかった側の魔術師としての道を潰し、凡人に堕としてしまう不可避の選択。いっそ素養がないのなら憂いはなかった。だが、二人の魔術素養は未来を閉ざしてしまうには惜しすぎた。

 だからこそ、家門の存続のため優秀な魔術師を欲していた間桐へ養子に出したのだ。

 男の説明を取り込んで、影狼には失笑すらなかった。ああやっぱりだ。コイツ、()()()()()()()()

 

 

「いずれ、姉妹で争うことになってもか?」

「無論だ。勝ち得たならば自負と誇りを胸に進み、敗者も栄誉を讃えられる。魔術師としてこれほど喜ばしいことはない」

「なら、その機会すらあり得ない場合はどうすんだよ」

「どういう意味かね?」

「お前の娘が、間桐の当主なんかじゃなくただ優秀な次代を産み出すための苗床でしかなかった場合は、どう言い繕うんだよって聞いてんだ」

「なんだと―――」

「臓硯にどういう話を聞いていたかは知らねえが、実際の桜の運用法はソレだ。あの小娘は地下の蔵に繋がれて、何千何万という無数の蟲どもに教育と称した虐待のもと心と体をひたすら嬲られ、そんな生活がこれからさき子を(ハラ)に拵えるまで延々と続く。すでに数日蟲蔵に放り込まれただけでアイツの心身はボロボロだ。知ってるか? あいつは悪寒のするような掻痒感に夜中飛び起きて震えながら朝を迎える。常に自分の身体を抱きしめて、在りもしない幻の蟲から自分を守ろうと必死になって、十にもならねえ小娘が誰一人信頼できず孤立無援で・・・・・・その絶望がてめえに理解できるのか? あ?」

「―――――」

 

 

 追い立てるような影狼の舌鋒(ぜっぽう)。喉奥から威嚇の唸りを漏出させて、弱者の代弁たる魔人は赤き四ツ目に零下の憤怒を灯す。

 差し向けられる殺意の波動は歴戦の魔術師たれど怖気を隠せない。しかし、時臣の頭には混乱が渦巻き、目の前の怪物に意識を割く余裕はない。

 感性が根っからの魔術師であってもヒトの親だ。心がないわけではない。

 魔術師にとって、子や孫は極論磨き上げた魔術刻印を継承させる()()である。五代以上の歴史を積み重ねてようやく一流と称される風潮からすれば、途中経過はあくまで雌伏の時。研鑚は絶やさずとも結果をその世代に求めるのは稀だ。当人の気持ちは別として。

 いわば、伝来の刻印を絶やしさえしなければ魔術師にとって子供自身などついでなのだ。そういった観念は特に珍しいわけでもなく、特別秀でてもいなければ愛情も温もりも与えず世話を他者に任せて放置する親も少なくない。己が目指す神秘の探求、根源への到達という大義の元ならば、彼らはいくらでも人道を踏み外せる。

 時臣は、よくも悪くも魔術師だ。けれど、血を尊ぶからこそ子に対する愛着は人並みにある。己の血を分けた実の半身を、どうして冷たく扱えようか。

 桜を養子に出す決断をしたのは、あくまで娘の幸福を、彼なりに考えたゆえの結論だった。もとより、凡人として生きるには娘は突出しすぎている。仮に、間桐へ迎えられず世俗で凡庸に生きる選択をしたならば、他所の魔術師が放置するはずがない。

 魔術協会、ないし時計塔上層部は魑魅魍魎の魔窟である。

 根源よりも現世利益と我欲を優先する老害たちからすれば、桜の持つ素養は魅力的。研究動物として飼い殺されるか、生きたままホルマリン漬けで保存されるか。いかにしろ、私欲を貪る者の手に堕ちれば明るい未来は欠片もない。

 容易くそれを許す時臣ではないが、それでも一番に考えるべきは次期当主たる側。彼はすでに長女を選んでしまった。肉親としての繋がりと、魔術家系としての役目と責任。二つを秤に乗せたとき、より重いほうを優先しなければならなかった。

 だから、かつてから友誼(ゆうぎ)厚き間桐の庇護下で当主となれば、安心できると・・・・・・。

 

 

(臓硯氏は、初めから・・・・・・間桐伝来の魔術刻印はすでに絶えていた。自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)による縛りもなかった。それでも信頼して任せられると思っていた・・・・・・しかし、まさか、そのような)

 

 

 いつしか構えていた杖を下ろし、項垂れたように佇む時臣。裏切りへの怒り。懊悩。自己嫌悪。いまその胸中はさぞ苦味に満ちているだろう。

 悄然とした様子は隙だらけ。俎上の魚同然だが、影狼に手出しする理由はない。

 突きつけられた想定外の現実に顔を伏せる男を滑稽と嘲笑うべきかとも思ったが、アヴェンジャーにとってこの魔術師にはなんの思い入れもなかった。

 よってフォローなんてつもりもなく。ただの事実を順に押し付けるだけ。

 

 

「臓硯は死んだよ」

「・・・・・・・・・」

「俺が殺した」

「・・・・・・そう、か」

 

 

 時臣は狼狽えず、疲れたように息を吐く。

 最後に手にかけたのは雁夜だが、同じことだ。

 

 

「ならば、聖杯を求めるのは間桐雁夜の意思か?」

「いいや? アイツにはもう時間がない。無理くり身体を弄って作り上げた即席の魔術師だ。この戦争の終わりまで保つかもわからん。かといって、俺も聖杯なんぞほしくはない」

「では、なぜ」

「参加してるのか? あえて言うなら、成り行き。本能(衝動)に従った末路。負け犬に共感した(さが)ってとこか・・・・・・あとは、ぶっちゃけあんま認めたくないが――前世(かつて)からの因縁」

「?」

「いや、忘れろ。知っても詮無い戯言だ」

 

 

 手を振って言葉尻を霧散させ、踵を返す。無駄話が過ぎた。

 何者かが接近する気配を感知。ケラウノスではない。だが、接触する対象は限定しておいたほうがいいだろう。

 

「待ってくれ、桜はいま・・・・・・」

「さてね。だが、無事でいられるのはいつまでかな。どっち道、影狼(おれ)雁夜(あいつ)もこの戦いが終われば消える。そのあとどうなるのかまでは、知ったことじゃない」

 

 少々感情的だった自覚があるためか、必要以上に冷たく返す漆黒の背。

 将来の話まで請け負うことはできない。見過ごした結果、少女がどんな末路を辿ろうとも。己は異邦人(ストレンジャー)。そもそもこの世界に存在しない死人の残影でしかないのだ。

 狼には予感があった。今宵をきっかけに、この争乱が加速する予感。

 長く血生臭い裏世界を生きた勘が、終端(おわり)の尾に指をかけていた。

 

 

 

 

 言葉もなく影は去った。

 行き違いに姿を現したのは、言峰綺礼。

 

 

「師よ。ご無事でしたか」

「綺礼か」

「先ほどサーヴァントらしき気配を察知したのですが、何が?」

 

 

 弟子の問いに、闇の眷属が去った虚空を眺めて、時臣は思いを馳せた。

 ――いずれ、姉妹で争うことになってもか?

 ――なら、その機会すらあり得ない場合はどうすんだよ。

 ――十にもならねえ小娘が誰一人信頼できず孤立無援で・・・・・・その絶望がてめえに理解できるのか?

 

 

 

 ――実の娘を生贄にした()()()()と呼ばれる奴の顔を、一度ちゃんと見ておきたかった。だが、想像よりずっと間抜けだってのがお笑いだ。

 

 

 

「・・・・・・いや、何もなかったよ」

「ですが」

「大丈夫だ。きみが気にする必要はない」

「・・・・・・・・・」

「今宵はもう退こう。璃正殿と協力して残った収拾に当たらねば」

 

 

 無言の追求から逃れるように、(さき)んじて男は歩きだす。

 今夜はもう物を考えたくはなかったが、状況と職責が休息を許さない。

 終わったならば秘蔵のワインの封を開こう。いや、その前に、旧知への手紙をしたためなければならないだろうか。

 昏い魔術師の心中を他所に置き、冬木には黎明が訪れる。

 

 

 

 物語は、着々と終始点(ZERO)へ近付いていた。

 

 

 




読了感謝!


狼さん、優雅くんにオコの回。

原作で優雅くんが間桐での桜の扱いを知っていたのか知らなかったのかは不明ですが、

この話では知らなかったってことにします。

相伝の魔術は家門の最重要機密ってことで。



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