Fate/ZERO with シルヴァリオ   作:甲乙兵長

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久しぶり





【Act14/接触/Encounter】

 

 

 掠め取られた『聖杯の器』奪還のため車を走らせた切嗣たちが向かう先は、必然的に一ヶ所のみ。

 これまで一切の表立った行動を控え、白々しいほど沈黙を保ち続けた陣営の拠点。

 ―――マトウ邸であった。

 まだ朝と言える時間帯にも関わらず、周囲にはろくに人気がない。それも清爽な日差しの中にあって幽霊屋敷じみた薄暗さを漂わせる屋敷を前にすれば納得せざるをえなかった。

 車を降りた切嗣と舞弥はひそやかに迅速に、アイコンタクトのみで状況を開始。

 相手は没落寸前とはいえまがいなりにも御三家の一角。その伏魔殿。聖杯戦争暗部の底の底を担ったとされる翁の(はらわた)なのだ。不届きな侵入者を阻む要害として様々な罠が待ち受けているに違いない。アイリスフィールを狙うのは、聖杯戦争の生き残りにして倉庫街の一件以降我関せずに等しい静けさを保っていたマトウが筆頭候補であった。

 だが、切嗣たちの意気込みを嘲笑うかのごとく、潜入はいともあっさりと果たされた。屋敷内部にはマスターである雁夜、バーサーカー、さらにはマトウの首魁たる臓硯の姿は見当たらず、自室に軟禁された縁者らしき男がひとりだけ。

 

「知らない知らないシラナイィぃぃい! あんな化物! 暗闇! あんな恐ろしいモノが英雄などであるものかァ!!」

 

 男、間桐鶴野(びゃくや)を尋問して分かったのは、館の主人、聖杯戦争黎明から生きていると噂される老怪人・間桐臓硯がとっくに死亡しているという情報。そして、それを実行したのが召喚されたサーヴァントであるということだった。

 調度品や棚の裏、床下など。トラップを警戒しながらさらに進んだ……そこに。

 

「随分大胆な盗人じゃないか。歓迎の挨拶はいるかい?」

 

 鷹揚に両腕を広げて、小馬鹿にした態度で相対した影絵の超存在。

 漆黒に塗りつぶれた面貌には獣の眼光がはまり、冥府の冷気を身に帯びる。間近にするだけで身体の芯から冷え込むような怖気に支配されそうだ。違えるはずもない。倉庫街で黄金のアーチャーを即座に下した謎の怪物に他ならなかった。

 

「待てよ。話を聞け」

 

 ケラウノスを召喚すべく紡ぎかけた言霊を制し、影狼は言い聞かせる。

 

「おたくらが何を求めてやってきたのかは承知してる。その上で断言するが、俺らは無関係だ」

「信用に値するとでも? バーサーカー」

「あぁ、しないだろう。だから好きなだけ、気の済むように調べ尽くせばいい。来いよ。蟲蔵……お前ら魔術師は工房っつうんだっけか……に案内してやる。そこがこの館の秘奥であり深層だ。ま、いまや空っぽなんだが」

「それが、お前のマスターの意思なのか?」

「あぁ。カリヤはもう永くない。どの道、あと数日の余命だろう。あとのことは現場の判断に仔細任せるってな具合さ。

 俺は聖杯なんてほしくもない。ただ、この大地の底に眠るのと、お前さんが抱えてる特大の核爆弾を、丁寧に慎重に処理したいだけだ。実際、令呪をかざされるとヒヤヒヤする。俺には効きすぎる脅迫だよ」

 

 厭わしげでありながら、身近さをうかがわせる口調だった。

 返答を待たず歩き出した背中。無防備を晒しているのは信用を得るためか、あるいは術中へ誘っているのか。ともかく、サーヴァントに切嗣たちが直接手を下せるわけもない。

 右手甲を常に意識しつつ、あとをついていく。

 

「にしても、あのおっかない英雄様をよく制しているじゃないか、アインツベルン。いや、アイツはアイツで頑固ではあるが学習はするか。いざ決意を燃やしたら結局同じなのに変わりはないだろうけど。ま、目先の闘争に専心するあまり、マスター吸い殺そうとしてるところがらしいっちゃらしい」

「お前は、セイバーを知っているのか?」

「腐れ縁。もしくは宿敵ってやつ。元の世界で殺し殺されした熱烈な関係サ。うぇっ、自分で言ってて気ッ持ち悪ぅ」

「…………」

 

 心底おぞましいとばかりに肩を抱く影狼に、切嗣は妙な人間臭さを感じた。英霊というのは基本的に精神構造や身体構造が余人とは異なる誰かがなり得る者。ディルムッド、イスカンダル、黄金のアーチャー……ケラウノスはその代表例と言える霊長の最先鋒だ。

 英雄などただの殺戮者。切嗣が抱く観念に迷いはないが、多くの人々にとって彼らは誇るべき強者であり憧れるべき偉人である。

 だというのに、前を歩くこの男の、気安さや卑屈さはなんなのか。

 いや、そもそも、コイツは本当にバーサーカーの英霊なのだろうか?

 静かすぎる。理性的すぎる。狂気の呪文に魂を縛されておらず、自由気侭に振る舞っている。

 何か、自分たちは致命的な思い違いをしているのでは……。

 

「所かまわずな悪の敵、閃奏は排除機構(カウンター)……こっちの世界でいう抑止力とかいうモノに似た存在だからな。アイツがコッチ側に引き寄せられたお陰で、対極属性の司るこの滅奏(おれ)も、特異点から対抗として派遣される形になっちまった。下っ端は辛いね」

「貴様も、別世界の未来の地球からやってきた存在というわけか」

「当然そのあたりも把握済みね。ま、そりゃそうか……あいつが光なら、俺は闇。奴が誇れる輝きを奉ずるなら、こっちは泥を舐め地を這いずる敗者を尊ぶ。能力主義と属性主義。向う見ずな全進全霊と過去を慰めに唯一無二の大事を守る存在。どっちもどっちな大馬鹿野郎さ。だからこそ、俺は負け犬たる雁夜に惹かれたわけだが」

 

 振り向いた横目が、推し量るように英雄のマスターを射抜く。

 

「おまえは……なんでだろうな? 一目見てわかる。お前と英雄じゃ釣り合わない。ヤツの雄々しさはお前にとって邪魔だろう。戦力的価値以前に、相性が圧倒的に悪いはずだ」

「知ったような口を利くな」

「確かに俺はお前を知らん。だがな、共感性を刺激される人間はおのずと感覚的に読めるつもりだ。なぁ、最近、夢かなんか見たことあるか? 夜空の月に、ノスタルジーな想いを馳せたことは?」

「なにを――――」

 

 ――――忘れるな。

 

「………っ」

 

 くらっ、と平衡感覚が揺らぐ。内側から脳が揺さぶられたような感覚。咄嗟に舞弥が支え正面の影狼が何か細工したかと敵意の視線を遣るが、切嗣がそれを制した。

 

「大丈夫だ。なんでもない」

 

 理解不能な状態を伏せて気丈に振る舞う男に、闇の魔狼は納得を示す。

 

「なぁるほど。まったく覚えがないわけじゃないらしい」

「…………」

「怖い面で睨みつけんな。警戒せずとも、もうお喋りは終わりだ。ついたぜ」

 

 冷ややかな石の通路。小高い丘に建てられた邸宅の地下空間に続く重々しい鋼鉄扉に手をかけ、影狼は先導していく。

 そこは間桐の有する魔術工房。間桐が数百年と賭けて育んできた魔導の粋が宿る場所のはずだった。しかし、広がるのはただただ広大なだけの空洞。明かりも何もほとんどない、奇襲にはうってつけの地理なのだが、切嗣たちの警戒を他所に影狼はズンズン勝手知ったるとばかりに階段を降っていく。

 後ろの舞弥に視線でカバーを任せ、二人も続いた。

 果たして、奈落の底、静謐な石の牢獄に、彼らはいた。

 運び込まれた簡易ベッドの上には、白骨死体と見まがうばかりの白髪男が寝転がる。顔の半分が歪に硬直した半死相。肉が削げ落ち、骨と乾いた皮膚が張り付いて辛うじて生き物の形を保つ。開いた瞳は焦点があっておらず、どこでもない虚空を漂っていた。

 カサカサの唇がわずかに空気を取り込む様子で、なんとか生きていることを認識できる、まさに瀕死体の男。

 そして、その傍らで恐怖に強張る幼い少女。

 

「寝てるコイツが、マスターの間桐雁夜。隣の小娘が姪の桜。見ての通り、ここには死にかけの男と無力な子供しかいない」

「………」

「上に置いとくのは不安でね。地下で寝かせといたほうが襲撃なんかの籠城には持って来いだ。ま、唯一の戦力である俺が離れられなくなるデメリットはあるが……」

 

 独り言ちる魔狼の言葉を、聞いているのかいないのか。切嗣は横たわる雁夜から、視線を桜に向け、その死んだ眼を直視する。

 

「この少女は、遠坂の次女では?」

 

 控えていた舞弥の問いに、オルトロスは肩を竦めた。

 

「捨てられたのさ。実の父親に。正確には、間桐の爺との盟約にもとずく養子らしいが、ガキの側からすればそう変わらん。虐待に遭っていたならなおさらな」

「虐待?」

「いまや綺麗に掃除されて静かなもんだが、元々この蟲蔵にはその名の通り大量の怪蟲が何万匹と蠢いていた。で、間桐臓硯はそこに桜を放り込み、日がな肉体に家相伝の魔術を馴染ませるための調教を施していたんだ……三日で子供の精神がブッ壊れるくらいには過酷な責め苦をな」

「っ」

「蟲爺にとって今回の第四次聖杯戦争は端から勝ち負けはどうでもいい、単なる個人的な享楽と準備期間。奴が欲しかったのは第五次に備えた次世代の魔術師だ。桜自身に興味はなく、ただ次の子を拵える優秀な揺りかごが必要だったから、遠坂から引き抜いたんだ。あっちはあっちで、跡目をどうする云々があったらしいが、知ったこっちゃない。まったく、魔術師ってやつはどいつもこいつも……。そこまでして根源とやらに投身自殺したいもんか? 実行は構わんが、どこかでひっそり迷惑をかけずにやってほしいぜ」

「………僕には関係のない話だ」

 

 搾りだした台詞は、平坦。そうとも。魔術師は人でなしだ。いまさらその悪辣さを見せつけられた程度で動揺などない。

 しかし、子を持つ親として、何も思わないほどキリツグは冷徹に徹しきれていなかった。圧し殺した声音が無意識下の情動を司る。

 

「そら、俺らは適当してるから、調べたきゃ調べろよ。何度でもいい募るが、ここに器はいない」

「……僕らが求めるものをどうやって知った」

「俺はこれでも生前暗殺者でもあった。気付いてなかったろうが、郊外での顛末は全部見てたのさ」

「なら、あのサーヴァントは……」

 

 影狼でもなく、イスカンダルでもない。数が、合わない。従って集約的に、あれが召喚、再契約によって現界した新たな英霊なのは明らかだった。問題は、その契約者。雨生龍之介は死亡している。残る参加者は二人、遠坂か、()()()……。

 

(冷静に状況証拠を組み立てろ。論理的に判断するんだ)

 

 己に言い聞かせた切嗣だが、それでも彼の内側では言峰綺礼がそうであるという予測が消えない。完全に理屈ではなく反射の思考だ。綺礼へ抱く極度の危険認識が、彼に条件反射のごとく対象の排除を強いているかのよう。

 だが綺礼に対する観念は無視しても、遠坂が再びサーヴァント契約を行ったとは考えにくかった。純粋に魔術師であり貴族の気風。それはケイネスを貶めた切嗣なら把握できる魔術師らしい悪癖だ。誇りと伝統を重んじるそんな男が、根源到達の悲願成就のためとはいえ退場しておいて出戻るなどという()()()()()真似をするだろうか。

 しかも、かつてのアーチャーとは対称的な負の存在感を放つ英霊を伴ってなど……。

 

「どうした? ぼーっとしてる時間はねえんじゃねえのか?」

 

 素朴な様子で訊ねる狼にキッと睨みを利かせ、切嗣は身を翻す。

 

「行くぞ舞弥。ここはもういい」

「……わかりました」

「潔白は証明できたのかね」

 

 軽口に答えず、黒衣の主従は地下から去ろうとしている。おそらく切嗣の頭のなかは、焦燥に支配されながらも次の手を打つ行程をシミュレートしていることだろう。

 余計な口を開く気はなかったが、切嗣のかもす敗残の魂の気配に、闇の眷属は言葉を残すことを選択した。

 

「なぁ、どうか教えてくれ。昨夜お前が語った奇跡の使い道は真実か? お前が本当にやりたかったのは、世界の救済なんて絵空事なのか?」

 

 揶揄の意味合いをわざと多分に含ませて、狼は問う。

 男は止まらない。

 

「どんな償いをしたって犯した罪はそそげない。そんなことは誰だって知ってる。けどな、誰かが許してやらないと、ソイツはいつまでもただ苦しいばかりなんだよ。未来が閉じてる。それじゃ、ソイツの犠牲になった連中も、見守る誰かも、浮かばれないんじゃないのか」

 

 男は振り返らない。

 

「お前が許すべきは、他の誰でもない。自分自身だ。そうやって初めて、お前は今まで置いてけぼりにするばかりだった死を悼み――過去を、見つめ直せるんだ」

 

 男は、…………。

 

「本当に、守るべき大事が手元にあるのなら逃すな」

 

 

 

 お前は、なんのために戦っていたのか。

 よくよく思い返せ。

 

 

 

 ……男は去っていった。

 

「さて……いよいよ潮時か」

 

 溜め息をつく異形の英霊に、桜が不安げな視線を送る。

 それを正面から受け止めつつ、過去の残影は歩きだす。

 やるべきことを成すために。広げられた風呂敷を畳むために。

 

「じゃあな。あとは頼んだぜ」

「――――うん」

 

 バイバイ。

 少女のささやかな別れを(はなむけ)に、オルトロスが動きだす。

 

 

 

 

 一方。

 消耗をカバーするためライダー一行は召喚に使用した小山に来ていた。食事で補給をとり、睡眠で英気を養ったウェイバー。イスカンダルも彼からの魔力供給によってある程度の回復が見込まれた。

 寝袋を畳み、ちょっとした登山家のような装備の荷物を担ごうとしたところで。

 

「坊主、気を付けろ」

「ライダー?」

 

 霊体から実体に置き換わり、すぐ隣に空間を威圧する巨漢が現れる。言葉はブレない鉄芯のように固く、その表情は、立ち会い寸前の強者の面構え。

 

「面倒そうなのが来よったぞ」

 

 ライダーが厳かに口にした瞬間、彼らの前に、兆しなく漆黒の魔力が吹き上がった。まるで間欠泉から噴きあがる蒸気のごとく。

 闇の柱から像を得たのは、まったく見覚えのないサーヴァント。

 

「なんだ、こいつ……バーサーカー?」

「あやつではない。カタチこそ似とるが、こいつから放たれる念は見たとこ奴より燃えるように激しく、奈落のように静かで、深い憎悪だ。どうやら新顔らしいな」

「……いつもみたいに、誘いかけないのか?」

「残念ながら、アレはそういった問答を受け付ける類いではなかろうて――来るぞ、備えろよ坊主!」

 

 暗黒に塗りつぶれたかんばせに、灼熱の眼光がギラリと光る。

 

 

 

「ォォオォオオオオオオオッッッ!!」

 

 

 

 天よ届けとばかりの咆哮が草木から生き物を駆逐し、異形のヒトガタとライダーの一騎討ちが開幕した。

 

 

 

 

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