Fate/ZERO with シルヴァリオ   作:甲乙兵長

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今回はサブタイ通り、閑話です。閣下は出ません。

別の人物視点からの心情や描写を描いています。
たぶん、こういった表現も今後必要かと。

で、大体三人分の目線から描かれているのですが、最後のひとり、文面の中盤以降のいきさつは私の自己満足です。まぁ、物語上まったく無関係なわけでもないかも?

ではどうぞ。



【Act4.5/閑話休題/Another side】

 

 

 

 なぜこのような事態になったのだろうか。

 

 

 

 遠坂時臣(とおさかときおみ)は懊悩する。もはやどうしようもない結果を前にして、なおも過る後悔の念は絶え間なく。

 どんなときでも余裕を持って優雅たれ――代々受け継がれてきた遠坂の家訓。それを体現せんと貴人として、魔術師として己を磨いた生涯は、今宵呆気なく終局した。

 生粋の魔術師である時臣が求めた世界からの逸脱、すなわち『根源の渦』に到達する目論見は、彼の代で成るはずだった。聖杯戦争に勝利することで。

 そのために万全の準備を整えた。先代から懇意にしている聖堂教会の監督役とその子息に助力を願い、最強の性能を誇るサーヴァントを召喚した。事実、かの英雄王に敵うサーヴァントなど、存在し得るはずはないと、時臣は信じて疑わなかった。

 ギルガメッシュの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』は世界に散らばるあらゆる神具、武具の原典とも呼べる宝物を貯蔵する無限の兵器群。たった一つ所有するだけで戦局を左右する宝具を無尽蔵に備えた宝物庫は、圧倒的攻撃性能によって敵手を蹂躙する断罪の刃に他ならない。秘奥の乖離剣(かいりけん)などに至っては、原初惑星における天地開闢を再現する神造兵器だ。英雄王の性格上の問題はさておいても、性能はまぎれもなく英霊随一に違いない。

 だというのに、緒戦で英雄王は討ち取られた。

 アサシンの監視を通して状況を知る限りでも、敵の異常さが際立っていた。

 卑劣な手腕で背後から致命の一撃。のちに再生・復帰不可能なほど分解された上で謎の黒い瘴気のような力で肉片も残さず消滅・・・・・・尋常な英霊とは思えない。事実、言峰璃正(ことみねりせい)よりうかがった霊器盤(れいきばん)のクラスには、見たこともないクラスが新たに据えられていたという。

 もはや、考えても詮無(せんな)きことだ。

 すでに時臣の手に令呪はなく、最強と(あお)いだ英霊も消滅した。

 彼の聖杯戦争は終わり、根源への到達は叶わない。

 柄にもなく、遠坂邸の工房に籠り酒精(しゅせい)に浸る。

 自棄になったわけではない。時臣自身にとってはどうであれ、聖杯戦争はまだ終わっていないのだ。敗退したとはいっても、冬木の地を預かる身として役目を放棄するわけにはいかない。万能の願望機が、外様(とざま)の不埒な輩にかすめ取られることだけは断じて許してならないのだ。せめて、聖杯の渡り手を、こちらに都合の良い陣営に割り当てなければ。

 だが、いまだけは――己への抗弁を(わだかま)らせつつ、一時の堕落に身を(やつ)す時臣であった。

 

 

 ***

 

 

 そんな魔術師の有様を知る者のひとりに、言峰綺礼(ことみねきれい)はいた。

 彼は魔術の師である遠坂時臣が聖杯を掴むべく用意された密偵にして協力者だ。

 だが、ギルガメッシュの早期敗退という誰も想定していなかった驚天動地によって、もはや当初における協力者立場はお役御免も同然だった。

 一応、他のマスターを欺いていまだアサシンを使役している綺礼だが、客観的に顧みてアサシンで聖杯を掴むのはほぼ不可能と断じている。直接的な戦闘力ではどのサーヴァントにも劣り、諜報や情報収集などにしか役立たない暗殺者で勝ち残るのは困難を通り越して無謀極まる。もとより、アサシンを選択したのはその諜報力をふんだんに駆使し、攻撃性能に特化した英雄王を効率的に運用するための策であった。前提が崩壊したいま、綺礼単独での勝利には誰も期待など掛けていない。

 自室で()しながら今後に思いを馳せる。

 時臣は、これから先聖杯が渡るに都合の良いマスターを選出し、その勝利を確たるものとするため再び己を使うだろう。それについて是非はない。

 だが、綺礼には誰にも明かしていない個人的執着があった。

 それは他のマスターに先んじて聖杯に選ばれた彼が、此度の戦いで唯一(こいねが)った事柄。

 衛宮切嗣――魔術師殺しと言われる冷徹な殺戮者と邂逅し、生来抱く空虚な己に対する『答え』を見出すこと。かの男が九年前に辿り着いたであろう解答を、自分も得なければ・・・・・・この求道は終わらない。

 いかに心身を錬磨しようと、いかに信仰へ(かぶ)こうと、いかに名酒に浸ろうと、決して満たされることのない魂の空洞。世界に確たる命として言祝(ことほ)がれる実感などなく、生きていることに悦びを見出せない、ただ死んでいないだけの虚ろな影。そんな己と訣別すべく、この争闘に参じたのだから。

 アサシンの五感を通して、衛宮切嗣と思しき存在は確認できている。

 ランサーのマスターにして時計塔の魔術師、ロード・エルメロイを襲った凶弾の狙撃手。魔術に依らないその手管は、伝え聞く魔術師殺しに近しいものを感じた。やはり、かの男は聖杯戦争のただなかにいると確信する。

 また、教会外でアサシンの一人が回収した使い魔。CCDカメラを括りつけた蝙蝠は明らかに衛宮切嗣の放った監視だ。中立区である聖堂協会に監視の目を放つのは禁止されているが、敵は綺礼らの欺瞞に疑いを持っているからこその行動だろう。さすがの慧眼と言える。

 だが痕跡を残したのは失策だ。

 使い魔の件は綺礼の手元で握りつぶされているため、師である時臣や父の璃正には伝わっていない。彼らの介入は、求道の僧侶をして邪魔でしかないからだ。

 手掛かりはある。

 喫緊(きっきん)の問題はセイバーだ。彼は現在手傷を負っている。それは治癒阻害の呪詛を帯びたランサーの宝具によるものだ。剣を握る手のひらに損傷がある以上、必然、剣士であるセイバーの弱体化は避けられない。ならばこそ早急に、アインツベルン陣営はランサー陣営を倒し解呪を図ろうとするはずだ。

 エルメロイたちの所在もまた、使い魔の調査によって把握済み。

 混迷極まる緒戦を乗り越えた今晩だからこそ、切嗣が行動を起こす確率は高い。

 代行者としての武装を身に帯びて、(から)の男は自らの確執のため籠を飛び出す。

 その先に、答えを()る男との邂逅を待ち望みながら。

 

 

 ***

 

 

 端的に換言すれば、少女はただ運が悪かった。事実それだけに尽きる。

 近頃、冬木市界隈をにわかに騒然とさせる怪異。夜の人が寝静まる時間、子供が次々と姿を消していくという失踪事件。鍵のかかった自宅の部屋で、誰の認識にも触れないまま幽霊のごとく児童が消えていく(さま)は、さながら怪談じみた不気味さをもって人々に密やかな恐怖を伝播していった。

 これは未成年略取・誘拐事件である。少なくとも警察はそう判じ、特別対策本部まで設けられ子供たちの行方を探っているが、いまだなんの手掛かりも掴めていない現状。およそ普通の犯罪とは一線を画しているのを、現場の人間は肌で感じ取っていた。

 平和秩序の守護者たちをあざ笑うかのように、今宵も神隠しの犠牲者が列をなす。

 

 

「はーいはい。みんな乗ってって~。でも親御さんに気付かれないよう静かにね~」

 

 

 おどけたように小声で(はや)すひとりの男。彼の号令に従って粛々と児童たちは幼稚園で使われるようなマスコットキャラクターが描かれている小型バスに乗り込んでいく。

 子供に男女の区別はなく、共通点を挙げるとすれば小学生ほどの年代ばかりであることぐらいか。彼らの眼は一様に茫洋としていて、夢現(ゆめうつつ)揺蕩(たゆた)っている。しかし小さな体躯は先導する男の命に従順な機械になっていた。

 ハーメルンの笛吹きを担う男の名は雨生龍之介(うりゅうりゅうのすけ)。現在冬木を舞台として悍ましい血と臓物の工芸に耽溺する快楽殺人鬼だった。

 さらに、彼の手の甲には三画の紋様が合わさった奇怪な痣が刻まれており、それは魔術師によって行われる聖杯戦争のマスターである証――令呪に他ならない。

 龍之介は魔術師ではない。だが、その傍流とでも言うべき血筋を無自覚に備え、意図しない召喚儀式を完遂してしまった奇跡によって、英霊を呼び出し使役する立場となった。

 だが男に聖杯戦争の仔細はいまだもってろくに理解できていないし、興味もない。彼はただ好奇心と探求心のおもむくまま、人体を切り開き内部の赤い(つや)めきにこそ価値を見出すものだからだ。

 ゆえにこそ、龍之介が呼び寄せた英霊は歪んだ感性に即した怨霊とも呼ぶべき怪物だった。

 

 

青髭(あおひげ)の旦那ぁ、やっぱすごいな魔術って。子供たちを集める手際がこんなに楽になるなんて便利便利♪」

「この程度のこと、(ワタクシ)めにとっては造作もないことですよリュウノスケ。これでまた、我々はより背徳的で甘美な探求に専心できるというものです」

 

 

 龍之介の傍らに立つ、闇と同化するかのような暗色のローブに身を包む痩身の男。青白い不健康な肌色と大きくつぶらな眼球は深海に潜む魚のような印象を与える。喜悦に歪んだ稚気(ちき)の微笑みは、純粋であるがゆえに(ウチ)の狂気をより如実のものとしていた。

 彼こそ龍之介に召喚されたサーヴァント。キャスター、ジル・ド・レェ(はく)その人である。

 かつて、輝かしい理想を体現した乙女を拝し、神の寵愛かくあれかしと祝福した敬虔な信徒であった男は、革命の象徴たる旗印を衆愚の欲望に奪われ、貶められ、辱められたのちに奉仕した神を呪い、多くの嘆きと怨嗟と血を振りまいた。

 当時、黒魔術と錬金術に傾倒し、無垢な少年の魂を何百人も享楽と涜神(とくしん)に捧げた狂気の怪人は、その邪悪な所業をもって英霊の座に据えられ、現代に現れた稀代の殺人鬼・雨生龍之介と共に再び残虐の限りを尽くしていた。

 彼らの無邪気で遠慮のない探求とやらのために、一体どれだけの子供が恐怖し絶望しながらその心身を弄ばれたか・・・・・・語るまでもなく、今の冬木に蔓延る未成年の行方不明者の数だけいたことだろう。

 そして、新たな供物たる哀れな子羊は虚ろな意識の中、自分がこれからどうなるかなど知りもせずしめやかにバスへ乗車していく。運転席には子供ら同様、無感動な眼差しでハンドルを握る男がいた。暗示にかけられた彼は、入力された命令を遂行するのみ。

 少女は遠からず血袋と化す一人に過ぎず、抗うだけの(すべ)も持たない。

 夢見心地な情景を他人事のように眺めながら、身動きのできない身体の内側でただただ(すく)むばかりの自意識。彼女はこれから自分の身に降りかかる災厄を本能で察していた。だからこそ、いつも学校で男子に虐められていたとき、心で反射的に唱えてしまう誰かの名前を、彼女は一心に叫び続けていた。

 

 

(たす、け―――とお、さ―――さん――――)

 

 

 救いの慟哭は聞き手を持たず。いよいよ彼女の前に乗降の段差が迫る。

 わずか数段しかない乗降口の階段は地獄への片道切符。二度と光の届かない暗闇に続く処刑台へのカウントダウンだった。

 親兄弟にすら認知されることなく、深淵の悪夢に至る最初の一歩を小さな足が踏み出さんとした――そのときに。

 

 

「っ!? リュウノスケ大きく一歩下がるのです!」

 

 

 異変を察知したキャスター。英霊としての超感覚かまがいなりにも戦場を駆けた経験則か、どちらにせよ、彼の助言は紙一重間に合った。

 龍之介は意図が分からずとも青髭に全幅の信頼を置いているがゆえに判断に迷いはなく、よってだからこそ彼は生き残った。

 虚空に突如現れた、夜よりなお深い色の闇黒空洞。手のひらサイズほどのそれは、先ほどまで龍之介が立っていた場所の、ちょうど心臓あたりに位置する空間に実体のない(アナ)を開いていた。

 ソレがなんであるのか。キャスターにも、龍之介にも理解はできない。

 だが何より生者の本能が、いち早くその孔の危険性を全力で訴えていた。

 

 

()でよ我が手足! 螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)ッ!」

 

 

 防衛手段として、即座にキャスターは携えた魔導書――宝具を紐解く。

 書物から流れ出た血色の魔力はすみやかに地面に幾何学(きかがく)な円陣を描き、深きところの魔を現世(うつしよ)に呼び出した。

 現れたのは暗色のタコのようなイソギンチャクのような、無数に蠢く触腕とその中央で開かれた刺々しい牙の並ぶ口腔を持った怪生物。触腕一本が大人の腕ほどの太さがあり、腐臭漂う円形の口は獲物を求め(あえ)ぐように収縮する。およそ真っ当な生態系に存在しないであろう怪魔こそは、(そと)なる深淵より零れ出た邪神の眷属そのものだった。

 キャスターの宝具による咄嗟の召喚は命令を含まない単純な自己防衛の賜物。よって、出現した怪魔は生物的本能に従い目先の存在を捕食にかかった。

 暗示のただ中にいる少女に、逃げるなどという思考が()ぎるわけもなく、なまじ過ぎっても身体の自由は利かず、目と鼻の先に迫る大口を呆然と見送るのみ。

 少女の視界は暗闇に閉じ、異形の胃袋まで噛み砕かれるかと思われたが・・・・・・どうにも違う。一向に痛みも何も襲ってこない。

 ふと、気付いた。視野が真っ暗に染まったのは、大きな黒い人影が立ちはだかっているからだと。

 影がそのまま立体感を得たような、光を一切通さない闇黒のヒトガタが、その腕で怪魔の侵攻を妨げていた。

 

 

「ッ。やらかした・・・・・・ああまったく。タイミングが良いのか悪いのか」

 

 

 舌打ちをこぼし、触腕に絡めとられながら影は嘆息した。

 キィキィと不快な鳴き声を漏らし食らいつこうとする怪魔へ向けて、影は悠然と片手をかざす。

 

 

「鬱陶しいんだよ、気色悪ィ」

 

 

 迸る闇の波動。万象の生きとし生ける存在をすべからく終滅させる冥界の(ウタ)が、その意義を実行する。開門した死への直通路に抵抗らしいこともできないまま、対振動と対消滅によって怪魔の実体は分子以下にまで散り散りとなった。

 その光景にキャスターは走馬灯のような閃きを脳裏に走らせる。

 間違いない。あの力、あの姿。遠見(とおみ)の水晶を通じて見た先の海浜倉庫にて、黄金の鎧甲冑を瞬く間に葬った邪悪なる異能の影。

 

 

「悍ましい闇の使徒め・・・・・・魑魅魍魎(ちみもうりょう)(にえ)となれ!」

 

 

 金切り声の続けざま、血濡れの魔法陣より召喚される無数の怪魔の群れ。

 一塊(いっかい)の濁流のように獲物へ殺到する形容しがたい醜悪な情景を、一層不愉快げに鼻を鳴らし影は言い捨てた。

 

 

「よりにもよってお前に悍ましい呼ばわりされたくない。性根の腐りきった畜生が」

 

 

 唸り猛る低い獣声。

 次瞬、掲げた五指より放散された黄泉の瘴気が、先の消滅の再演を呼んだ。

 触腕を振るい粘液を滴らせる怪魔の鉄砲水はまたも影に到達する前に(ゴミ)と化し、不埒な魔性どもはこの世から永久追放される。大火に一杯の水をかけるかのような徒労感。死を恐れぬ魍魎の特攻は闇のヴェールに阻まれて、わずかな微風すらも怨敵の元へは届かない。

 本来なら怪魔たちは同胞の亡骸すらも触媒とし連鎖的に召喚され続けるはずだった。一向に数の減らない群体による波状攻撃は、たとえ武に優れた英雄であろうと苦戦必至の障害となるはずだった。終わらない連戦、増え続ける魔性は確実に個の武勇を疲弊の淵へ追い詰める。

 しかし、欠片も残さず消滅させられては連鎖召喚は成立せず、結局は魔導書から逐一呼びだす他にない。魔力炉心そのものである魔導書はその程度のこと負担に感じるわけもないが、数の有利をこうも無意味に帳消しされては相性の悪さを実感せざるを得なかった。

 キャスターの判断は早かった。

 狂っていても、かつて元帥にまで上り詰めた戦略眼は迷わず逃亡を選択。

 子供たちは惜しいが今拘泥すべき優先順位はマスターの保全である。

 闇に堕とされた怪魔に代わり新たに取り巻いた援軍は、その身を自ら破裂させ血の濃霧を辺り一帯に振りまいた。赤い煙幕に覆われた視野の中、尻もち突く龍之介を抱え青髭は風体に似合わぬ機敏さで影との距離を開いていく。

 

 

「――索敵振(ソナー)

 

 

 放った微小の振動波によって、イルカや蝙蝠のように環境盤面をマッピング。

 影は敵手の位置を逐次把握していた。とはいえ野外の反響探知(エコーロケーション)は効果範囲が心もとない。あと数秒すれば敵は魔の手を逃れてしまう。

 逃がすか、とけぶる視界で手のひらを向け、狙いを定める。

 標的はキャスター自身。マスターはどうとでもなるにしろ、あの男は厄介だ。音響探査で脳内に描かれた透明な立体風景に、高速で移動する魔術師を補足。マスターが足かせとなり霊体化で逃げることは不可能。現界している今なら容易く(ほふ)れる。その胸部、心臓位置に意識を集中し虚空の孔を穿たんと局所冥道を開こうとした・・・・・・が。

 

 

「―――っ!」

 

 

 腕が、透けている。

 いや、腕どころか、身体の各所が粒子のような燐光を散らし実像をぼやかせていた。

 

 

「・・・・・・魔力切れ」

 

 

 ・・・・・・思えば、あの忌々しい金ぴかを前にしたとき、張り切り過ぎて力を必要以上に行使した。徹底的に目を突く黄金を排除せんとした結果が倉庫街での暴虐。その上、余計なことに首を突っ込み冥界賛歌を(うた)い続けた。現界に必要な自前の魔力を切り売りしている以上、不足していくのは必定で、ああつまり。

 

 

「はぁ・・・・・・やっぱりやらかしだ。野郎も、逃げたか」

 

 

 明滅するように、実体と非実体を行き来する外殻(カラダ)は困窮を訴える。

 キャスターは逃げ延びた。今夜動くことはもうないだろうが、後日改めて、飽きもせず贄の調達を再開するに違いない。仕留められるはずの状況で仕留め損なったのは言い訳の利かない大失態だ。

 血霧はすでに晴れ、穏やかな夜の静寂が横たわる。

 だが、騒ぎを察した近所の住人が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。あるいは警察か。次々灯り始める近隣民家の明かりと共に、遠い場所で喧しいサイレンが鳴り響く。ろくに人払いもかけていなかったのか、と敵手の杜撰さに苛立ちが募った。

 

 

「あの・・・・・・」

 

 

 その場を離れようと霊体化しかけた背中に、小さな子供のか細い声。

 顔だけ振り返ると、最後にバスへ乗ろうとしていた少女が、震えながら異形の人影を呼び止めていた。キャスターが去ったことで暗示が解けたのか、と推察する闇の使徒に対して、少女は何かを言おうとして、それでも震えた喉は意味のない呼気を漏らすばかり。

 彼女はたった一言が言い出せない。

 ありがとう、と。

 助けてくれてありがとう。

 その感謝の言葉を、目の前の誰かに伝えたいだけなのに。

 怖い。

 命の恩人に、こんな感情は間違ってる。そう反論する理性だが、生き物としての本能が眼前の影を恐ろしいモノと認識してしまっていた。濃密な死の気配。冥府の亡者しか持ちえない人外の冷たさは、幼い子供には刺激が強すぎた。

 そんな少女の心のあり様が、手に取るように分かっている影は、ぽつりと呟く。

 

 

「気にするな。こんな化け物に、礼なんざいるかよ」

「・・・・・・・・・」

「感謝されたかったわけじゃない。助けたかったわけでもない。ただ、お前くらいの(とし)の女の子に、昔ちょっとばかり縁があったってだけの話だ」

 

 

 真実、それだけ。

 ただ倉庫街での闘争を隠れて傍観するだけだったはずが、あの男と同じくらい輝かしくて鬱陶しい奴がいて、それが傲岸に(さえず)る姿に忍耐が保たなかったものだから。

 つい、魔が差した。

 彼女らを救ったのだってそうだ。帰還の最中たまたま目に付いた、今にも連れ去られそうな既視感を覚える身の丈の少女がいたせいで、とんだ軽挙に出てしまった。

 

 

「まったく。魔星(ませい)の悪い(サガ)だよなぁ、過去の記憶や衝動に引っ張られるのは。お陰でとんだリスクを犯す羽目になった」

 

 

 だから、まあ。

 

 

「いいんだよ。それで。死は怖い。死は恐ろしい。化け物は嫌だ。近づきたくない。当たり前の感情なんだ。俺はそういった力を源にする魔狼だから、我慢して同じ視点に立とうとしなくていい」

 

 

 お前はこっちに来なくていい。

 越えちゃいけない境界線が、ここにはあるのだと、影は諭した。

 妙に実感たっぷりな、手痛い目に遭った経験をもとに告げるごとく。

 

 

「じゃあな。もう二度と巻き込まれないように、普通の凡人として生きろよ。それがきっと、お前みたいな臆病者には幸せ(似合い)な生き方なんだから」

「ま―――」

 

 

 ようやく何かを言えそうになったにも関わらず、大きな人影は姿を消した。

 霞のように痕跡を残さず、ただ遠くから、サイレンとは違う、狼の遠吠えらしき声が聞こえた。

 そこで少女――コトネは、支えていたなけなしの勇気が限界を迎え、静かに意識を闇に落としていった。

 

 

 





読了感謝!


ウンコたれ、もとい優雅たれさん。

愉悦部創設以前のキレイな綺礼。

謎の人間オルガン少女。


以上の三本でお送りしました。三つめは実質狼さん劇場でしたが。

ちなみにモブ少女、凜の腰巾着ちゃんが本当に人間オルガンだった娘だったかはわかりません。作者の勝手な想像です。もしかしたら路地裏で怪魔に食われてたのがそうかもしれませんし。

彼女の救済によって赤い小悪魔の冒険は始まる前から打ち切り。次回作にご期待ください。


たぶん、次話も本編は進まないです。



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