Fate/ZERO with シルヴァリオ   作:甲乙兵長

7 / 19
前回の宣言通り、番外その2。過去編にあたります。

とうとうUAが10000を超えました!

評価も600ポイント越え。初連載でわずか十話未満にも関わらずこれは重畳。

読んでくださった一見の方もお気に入りに入れてくださった方も、
評価や感想をくださった方々も大変感謝です!


とはいえ
閣下の威光やフェイトの人気有りきのものと捉え、慢心せず突き進みます。


【Act0.5/■■の星/■r■■■os】

 間桐雁夜(まとうかりや)は困惑していた。

 

 

 ――時は遡り、数分前。

 日の温かみとかけ離れた深淵の中、途切れ途切れにさざ波のような音が木霊する。

 深山町の小高い丘の頂に立つ間桐邸、その地下空間に敷設された深奥の魔術工房、『蟲蔵(むしぐら)』。何百年もの歳月をかけて鬱積した妄執と倦怠と怨念を苗床とした小奈落。新風の吹き込まないただ時を積み重ねただけの停滞した空間はその気質を腐らせ続け、()えた汚水の臭気漂う底なし沼のように深く、重い闇を生み出していた。

 雁夜は閉鎖された石造りの端々(はしばし)から、身の毛のよだつ蟲どもの蠢動を感じつつ、それらをまるで無きもののように一瞥もしなくなった己の精神の変貌具合を無感動に自覚する。一年という短い時間で、ずぶの素人同然の人間を聖杯戦争に参列させられるだけの魔術師として()()するには、生半な忍耐力では到底不可能だったのだ。体内を我が物顔で這いまわる生きた異物感と掻痒感(そうようかん)、それに伴う痛苦と嫌悪と絶望。意識を保っていることすら危うく、かといって全身を掘削される感触に気を飛ばす逃げ道すらなかった地獄の日々は、右手甲の令呪という形でなんとか結実した。

 刻印蟲(こくいんちゅう)によって(ひら)かれた疑似魔術回路。晴れて一端の術者に足を踏み入れた代償として、半死相と化した顔面に失った身体機能の数々。そして、寿命。雁夜の命の灯は、過酷すぎる蟲の虐待によってもはや一月と保たないほどに枯れ落ちてしまっていた。

 それでも構わない、と雁夜は改めて覚悟を抱く。すでに諦めた己の未来。運命を呪った逃避の末に行き着いた袋小路。だが、枯死寸前の命を糧に、必ず聖杯を掴み取る。・・・・・・幼く儚い閉じた蕾を、穏やかな陽だまりで花咲かせるために。

 

 

「詠唱の呪文は間違いなく覚えたじゃろうな?」

「・・・・・・ああ」

 

 

 雁夜に劣らず老いさらばえた、枯れ木の手足に皺だらけの禿頭の老怪人。杖を突くその矮躯は、間違いなく時間の病に蝕まれた黄泉路前のか弱さにも関わらず、落ちくぼんだ眼窩(がんか)でギラつく眼光は微塵の衰えも感じさせない。その眼の中には、蟲蔵に漂うモノと同じ昏い想念が渦巻いている。

 間桐臓硯(まとうぞうけん)

 魔術師としての間桐家の黎明から生き永らえる、人の形をしただけの化け物だ。

 

 

「よかろう。じゃがもう二節、途中に呪文を付け加えさせてもらう」

「どういうことだ?」

「なに、雁夜よ。お主の魔術師としての格は他のマスターどもに比べ些か以上に劣るのでな。ゆえに不足分の力量を、クラス補正による強化でサーヴァントのパラメーターを底上げしてやる必要がある」

 

 

 臓硯が語った秘策とは、サーヴァント召喚に際して、特定の呪文を差し挟むことでクラスを先決めしステータスを補強する方法だった。

 七つある英霊のクラスのうち、それが可能な枠はたったひとつ。

 

 

「英霊に『狂化(きょうか)』を施し、お主にはバーサーカーのマスターとなってもらう」

 

 

 それがどれほどの危険を犯し、術者に試練を強いる所業か――雁夜は薄っすらとだが、陰惨な嗜虐心を湛えた老人の面相に察しはついていた。

 だが、他に方策はなかった。

 勝ち残るには、あらゆる業苦と辛酸をこの身に降りかからせなければならないと彼は覚悟している。落伍者であった自分が六人の魔術師(狂人)に挑み打倒するには、己もまた狂気に堕ちるしかないと。皮肉だが、バーサーカーほど雁夜に似合う英霊はいない。

 心も身体も、これまでの過酷によって極端に削ぎ落された。わずかに残った唯一にして最後の想いだけが、今の雁夜を衝き動かす。すなわち誰かを守る心と、誰かを憎む心だけが。

 ――かくして召喚はなされた。

 立ち込める陣風の名残がもうもうと視界を封じ、けれど靄の向こう側に佇む何がしかの存在は、はっきり確認できていた。

 

 

「こいつが・・・・・・」

 

 

 やがて網膜に映し出されたその姿は、深淵の工房よりなお暗い『影』であった。

 平面だった陰影が立体感を得たような、一切の光沢も反射もない黒い塊。そこに実在しているという感が希薄で、映写機が投影する立体映像のよう。目元と思わしき位置に連なる二対の獣の眼光が、冷徹に主たる人間を見据えている。

 辛うじて人間の形状を保っている幻のごとき影は、厳かな言霊を湿った空間に響き渡らせた。

 

 

「サーヴァント、ストレンジ・アヴェンジャー。大したことないちっぽけな負け犬さ。・・・・・・狙い通りのヤツじゃなくて悪いが、こっちにも事情があってね。しばらく世話にならせてもらう」

 

 

 ――間桐雁夜は困惑していた。

 間桐が狂化の(ばく)を仕込んだ英霊は円卓の騎士、その中でも騎士王を除いて最も尊く気高いと称賛された湖の騎士、サー・ランスロットであったはずだ。王の妃との叶わぬ愛をきっかけとして、排斥され、追い立てられ、最期には自らが奉じた偉大な主君の刃によって命を散らした『裏切りの騎士』。

 かつては騎士の中の騎士とまで謳われた煌めきは大衆に貶められ、座に刻まれた拭い去れない不名誉の烙印は崇高な騎士道に落ちる一滴のシミとなった。それこそが、ランスロットにバーサーカーの適性を与えた汚点である。

 しかし、目の前のコレはなんだ?

 アヴェンジャーなどというクラスは聞いたことがない。どう詳細を見定めても眼前の影は堕ちた騎士の成れ果てとは思えなかった。ましてや、狂化の詠唱を差し挟んだのに言葉を明瞭に発せられるだけの理性まであるという不条理。想定外が過ぎる。

 否、そもそもコレが誰であるかなど、雁夜からすればどうでもよかった。

 聖杯を獲得するため、(さくら)を救うため、そして・・・・・・遠坂時臣を殺すため。

 力が必要だった。誰にも負けない、障害を薙ぎ払い、敵を木っ端微塵に駆逐し、あらゆる理不尽を可能にするだけの圧倒的暴威の顕現が。狂乱したランスロットは、まさしくそれを叶える絶好のカードだったに違いないのに。

 全て、ご破算。

 踏み出した一歩目は、虚しく空を切って、雁夜の心を地の底へ誘っていく。

 

 

「クックックック――雁夜よ。これは当てが外れたなァ?」

 

 

 感じるはずもない浮遊感に脱力し、膝を突いた雁夜を上段から嘲笑うしゃがれ声。耳朶に張り付くような粘つく嗤笑(ししょう)に、怒りの念を燃やそうとするも、陥落していく精神は急速に意気を消沈させていく。死に体を支えていた決意が、覚悟が、決心が――色を失い彼の心身を冥土に手引きし始めていた。

 

 

「しかし、アヴェンジャーとは・・・・・・考えてみれば、お主には相応のサーヴァントやもしれんな。遠坂の(せがれ)に、この儂に、魔術師に、ただ恨み節を声高く吼えるしか能のない負け犬のお主には」

「・・・・・・・・・」

「さて。ではどうする雁夜? ここで膝を折ったまま桜と共に蟲の餌となるか? 時期にズレは幾分かあろうが、蟲どもの小さな胎の中でいずれは再会できやもしれんぞ? ま、先にくたばるお主と違い、桜は時間をかけてじっくりと嬲り者になってもらうがの」

「・・・・・・・・・ッ!」

 

 

 殺したい。

 今すぐこの人でなしの枯れ枝のような(くび)に手をかけへし折ってやれたらどれだけ・・・・・・。だが、骨と皮ばかりとなった己の手ではできるわけもなく、仮に可能だったとしても、なんの解決策にもなりはしないだろう。生への執念は何よりも秀でた怪物が、そんな程度で殺せるものか。

 しかし、けれど――でもっ。

 

 

「――なるほど」

 

 

 落ち着いた声音が鼓膜を震わす。

 それは、間桐の親子による愁嘆場を黙って傍観し、醸造された怨念と有象無象の怪蟲たち蔓延る蟲蔵の隅々を見渡してから『影』が発した、納得の独白だった。

 

 

「ようは、まずやるべきは大掃除ってわけだな?」

 

 

 『影』はどこか場違いな軽い調子で肩を竦め――次瞬。

 

 

 

「じゃあとっとと死に絶えろ、(ゴミ)ども」

 冥府魔道の顎門(アギト)が開いた。

 

 

 

「な―――」

 

 

 驚愕したのはどちらか、あるいはどちらもだったのか。

 『影』――アヴェンジャーから放たれたのは魂まで凍えるような冷気を宿す腐敗した黒霧。不快感を催す蟲蔵の端々を瞬く間に蹂躙した闇の波動は、地下の小奈落を文字通りの小さな冥界へと変えてしまった。

 死に絶えろ死に絶えろ・・・・・・霧から伝わってくる凄まじい告死の怨念は、精神に入り込む猛毒だ。生きとし生けるものの全てを逃しはしないと、黄泉の竪琴をかき鳴らしている。

 雁夜は、そんな地獄のただ中で生きていた。

 死の波濤はうずくまる痩せた身体を律義に避けて、一片たりとも影響を与えないよう配慮している。空気を介しても肺を腐らせ臓腑を侵す穢れた瘴気は、すでに脆弱を露わにしている半死人を決して滅ぼさない微細な調整を施されていた。

 彼こそは、冥界の使徒がこの場で唯一例外と認めた敗北者であるから。

 対して、その他の外道畜生にかける慈悲など欠片もない。

 ゆえに徹底的に、ゆえに絶対的に、冥界賛歌は小蔭に蠢く魔蟲の群生をことごとく飲み込んでいく。蜘蛛の子散らすようにキーの高い絶叫を上げつつ逃げ回るが、わずかな隙間にすら容易く押し入る闇黒粒子になすすすべなく囚われる。無論、連中の大本である醜怪な悪鬼も同様に。

 ・・・・・・しばらく経って。

 頭を抱え胎児のように小さくまとまっていた雁夜は、黒い嵐が通り過ぎるのをひたすら祈って、よもやすでに自分も死んだのかとすら錯覚しかけていたが、肌が泡立つ寒気を感じられなくなってようやく、固く閉ざしていた瞼を開いた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 悪夢に見るほど見慣れた石の檻はそのままの姿で健在だった。

 だが、なぜだろうか。雰囲気が違う。否、そんな曖昧な感覚ではなく、確かな違いとして――音がない。

 荒い吐息と心臓の鼓動がよく聞こえる。

 いつもいつも、耳を塞ごうと脳髄にまで侵入してきていた小さな蟲どもの奏でる大きな擦過音が、不快な鳴き声が、まったく聞こえなくなっていたのだ。

 さらに言えば、空気も異なる。一人の老人を端にして空洞全体に蔓延っていた妄執と怨念の昏く重い湿った空気感が、大団扇(おおうちわ)で薙ぎ払われたかのように一掃され、深淵に元来あるはずの静謐な気配が漂っている気さえする。

 

 

「大体片付いたかね。少し呆気なさすぎるとも思うが」

「・・・・・・・・・お前、は」

 

 

 蹂躙劇を存分に果たしたアヴェンジャーは一息ついたとばかりに嘆息する。

 どこか清々した様子をのぞかせる人型のナニカに、雁夜は改めて問いかけた。

 

 

「お前は、なんだ?」

「言ったろう? ストレンジ・アヴェンジャー。お前のサーヴァントってやつさ。ま、俺自身そんなに今の身の上を承知してるわけじゃないんだがな」

「・・・・・・・・・」

「そう警戒するなよ――って言っても無茶な話だろうが。少なくとも、俺がお前さんの味方であるのは確かだぜ? なあ、哀れな敗残者」

「なっ」

 

 

 ストレートな侮辱に絶句する雁夜に、アヴェンジャーは失笑を漏らした。

 

 

「分かるんだよ、俺には。お前の歪んで捻くれた、屈折しきった魂の気配(カタチ)ってやつがな。契約の折りに流れ込んできたお前の思念は、守りたい、憎い、殺したい、嫌だ、逃げたい、苦しい、終わりたい・・・・・・そんな疲弊しきった灰色の苦言ばかりだった。大切なものを守りたい、でも自分の身もいまだ可愛い、溜まりきった激情を解き放ちたい、行き場のなかった憎悪をぶつけてやりたいってな」

「・・・・・・・・・」

「そうやっていつも自分の内側で不平不満を漏らし続けてたんだろ? 自分の境遇はこんなに哀れで、なんで誰も助けてくれないのかって文句を垂れ続けてきたんだろ? 実際に口にする度胸もなく、現状を変えてやりたいというやる気もなく、流されるまま流されて、(やす)いほうへ楽なほうへ、逃げて逃げて逃げて逃げて――それで結局、袋小路」

「・・・・・・・・・っ。お前に、お前なんかに、何が―――」

「分かるとも。俺がそうだ。なあ同類」

 

 

 追い立てるような雑言の濁流は、不意に穏やかな清流へ立ち戻る。

 当惑を露わに呆然と見つめ返す雁夜に対して、アヴェンジャーは苦笑の音をこぼす。

 

 

「もっとも、俺の場合はあくまで特異点に記録された影でしかないが、魂にまで烙印された負け犬根性は、本来の冥王と大差なくこの身をかたどる原動力だ。だからこそ、お前の嘆きに、俺は応えたんだよ」

 

 

 雁夜には分からない。アヴェンジャーの語る意味のほとんどに理解が及ばない。

 だが、この英霊を呼び寄せたのが己の嘆きだと、涙ながらの叫びだと明かされた真実にどこか納得して。だからこそ、彼が是非もなく敗者(自分)の味方であることだけは飲み込めた。

 

 

 

「カリヤおじさん・・・・・・?」

 

 

 蔵の主も、忌まわしい眷属も余さず掃滅された暗所を出て、雁夜が向かったのは一人の少女の下だった。

 かつては物静かながらも、子供らしい希望の輝きを宿していた瞳は死んだように光を失い、苦痛に満ちた現実からか弱い己の心を守ろうと防波堤を築いている。情動を押し殺し、感情の起伏を極端に削ぎ落した痛々しい姿に、雁夜は暗澹たる思いを常々募らせていたものだが・・・・・・もう、隠す必要はない。

 臓硯は死んだ。

 敗者の代弁を気取る復讐者が、男の痛苦と慟哭を糧として願いを叶えてくれた。

 もはや雁夜と少女――桜を虐げる邪悪の権化は存在しない。

 だから、雁夜は今こそようやく、その小さな肩を抱いて告げてやれる。これまで言ってやりたくても、決して言えなかった希望を匂わす台詞を。己を守ることに必死な少女にとって、一際(ひときわ)残酷でしかなかった福音を。

 助かったんだよ、と。

 もう、辛い思いをしなくていいんだよ、と。

 家族の下へ――君のお母さんとお姉ちゃんに、もう一度家族として再会できるのだと。

 固く凍らせたその蕾を解凍するべく、涙ながらに言祝ぎを発しようとして―――。

 

 

 

 雁夜の背後から風切り音と共に放たれた手掌が、桜の胸を貫いた。

 

 

 

「―――え」

 

 

 口から間抜けにも零れ落ちたのは、疑問の体すらなさない一音のみ。

 目の前の現実を受け止められない。脳が許容を超えて停止している。桜の胸元に、ずっぷりと、黒い影の腕が食い込んで。サーヴァントの。確かな致命傷。もう助からない。どうして。なぜ。なぜなぜなぜなぜなぜ――理性が蒸発する。

 

 

「ぁ、アヴェンジャァアアアアッ! お前ッ! なっ、なんてこと・・・・・・!」

 

 

 黙って追従していたサーヴァントの唐突な裏切りに、激情のまま掴みかかる。半死半生をさ迷っていたはずの肉体は、怒りを起爆剤に本来在り得ざる力を発揮した。限界を超えた急稼働に骨が軋み筋肉が断裂する音が聞こえる。破断する各所の毛細血管。網膜すらも赤く染まり無事だった片目から血涙となって流れ出た。

 まぎれもない修羅の形相。己を視線だけで呪い殺さんばかりに怨恨籠った思念を真っ向から打ち付けてくる雁夜に対して、当のアヴェンジャーは飄々と言い放った。

 

 

「落ち着けよ、おじさん。よく見ろ。俺はその娘を欠片も傷つけちゃいない」

「な、に?」

 

 

 振り返り、改めて桜を観察する。

 どう見ても英霊の貫手は少女の胸部に吸い込まれている。だが、そこから血の一滴も流れてはおらず、暗い底抜けの空洞が広がっていた。貫かれたはずの桜もまた、困惑したように自身の胸元を凝視しながら、痛みに悶えるでも苦しみ喘ぐでもなくひたすら呆然自失しているようであった。

 

 

「ああいう外道はな、いざというときの悪辣な罠や悪意ある保険を常に布石としてどこかへ秘めてるものなのさ。昔取った杵柄ってやつで、そういう連中の悪足掻きがなんとなくわかっちまう。あんまりにも簡単すぎて、違和感だらけの最期だったもんだから警戒していたら、鼻につく嫌ぁな気配がこの娘から漂ってきやがった。で、試してみた結果、案の定だったわけだ」

 

 

 アヴェンジャーの手が引き抜かれる。少女の胸元に開いていた空洞はそれと同時に閉じていき、わずかな損傷も残していなかった。

 けれど、緊張の糸が切れたためか桜はふっと意識を遠のかせ、崩れ落ちる寸前に雁夜が抱き留める。

 

 

「なんで、傷も何もなく・・・・・・」

「そういう力なんだ。限られた空間内を飛び越えて干渉する異能。まぁ俺のじゃなくて他所からの借り物というか、かつての相互干渉による副産物というか、自前のモンじゃないんで、制御には慎重にならざるを得なくてね。相手の体内とかに直接滅びの詩を届けるだけなら遠慮も加減も必要ないが、今回は神経張りつめる外科手術みたいなもんだったからなるだけ安全性を考慮したやり方をとった。・・・・・・驚かせて悪かったよ」

 

 

 だが、とアヴェンジャーは少女の内側から摘出した物体を差し出した。

 

 

「お陰で悟られずに取り出せたぜ」

 

 

 影の手に握られた物体は、一匹の小さな蟲だった。それは、雁夜が見慣れた怨敵の遣いに相違なく、再燃した怒りに総身が震えあがる。

 

 

「臓硯の蟲・・・・・・」

「というより、これが本体だろ。あの妖怪ジジイの」

「なんだって?」

 

 

 この、蟲そのものが臓硯?

 呆気に取られた様子の雁夜を尻目に、アヴェンジャーは語りかける。

 

 

「下のほうで人の形をとってたアレは、蟲の集合かなんかで作ったダミーだろ。不死身の代償なんて風に考えれば、それほど意外なわけでもない。時期までは知らないが、己の核を人質のその娘に埋め込んで、お前に手を出させないようにしてたんじゃないのか? あるいは、魔力の馴染みを良くするためだとかなんとか・・・・・・ろくな理由に違いはないがな。なぁ。そうだろ? いい加減だんまりは止せよ。そんなザマでも口くらい利けないのか?」

 

 

 呼びかけながら、わずかに力を込めて手中の蟲を圧迫する。

 微々たる加減とはいえ、相手がこんな小物ではサーヴァントの膂力であっという間に潰してしまいかねない。だから適度に潰れぬよう、適度に苦しむよう、アヴェンジャーは絶妙な拷問を施す。

 結果、頭に直接響くしゃがれた声音が苦しげに返ってきた。

 

 

(ぐくっ・・・・・・まさか、こうも簡単に勘づくとは)

「臓硯・・・・・・ッ! 貴様桜にっ」

(ハハハ。今後の『教育』のためにも、そして貴様が苦しむのを特等で眺めるにも、桜の裡に潜んでおったほうが都合が良いと考えたのじゃが・・・・・・移りたてで馴染み切っておらんかったとはいえ、寄生した儂を引きずり出すか。しかも小娘を無傷のまま。雁夜、死ぬ間際に厄介なモノを引き寄せよったのぉ)

「黙れ!」

 

 

 影の手から無理矢理奇蟲をかっさらい、両手でぎりぎりと握りしめる。

 

 

「これ以上桜を苦しませてたまるものか! これ以上貴様の玩具にされてたまるものか! 今死ね、すぐ死ね、この世から消えてなくなれ臓硯ッ!」

(ぐぉ、ぉッ・・・・・・ク、ハハハッ。儂を殺すか。そのやせ細った手で縊り殺すかっ。良かろう、最期に恨みを己で晴らせて清々するじゃろうてッ)

「そうともッ。ずっとこの時を待っていたんだ! 夢見るほどに乞い焦がれたんだっ! 貴様を殺し、時臣を殺し、魔術師なんて外道たちから、桜も、凜も葵さんもっ、みんな救い出してッ」

(そしてお主が全てかっさらう、か? フハハハ、雁夜。やはり貴様も儂の(たね)だ。間桐の血統だ。大事なものに腰退けて、何もかも手元からなくなって初めて求めだす。やがては他者から奪うという発想に到る・・・・・・それでこそだ息子よ)

「ッ」

(精々足掻くがいい。その死ぬ寸前の(てい)たらくで、普遍の穏やかさとやらに腐心するがいい。じゃが、忘れるな。貴様の元には結局、何一つ残りはしない。愛した女も、その子も、どれだけ血に染まり傷つこうとも、お主の手元に置いておけるはずもないのじゃ。ほんの一時の夢に溺れ、地獄の業火に魂まで焼き尽くされるが定め。それが間桐の血に連なる者の最期じゃ・・・・・・クク。クカカカカ―――)

 

 

 (臓硯)を床に叩きつける。なおも哄笑は止まない。

 無様に蠢き高笑いをするだけの臓硯を、踏みつける。一度ならず、二度、三度。

 何度も何度も、耳障りな笑いが消えてなくなるまで。いつまでもいつまでも、ひたすらに全体重で蹴り潰す。反動で足が砕けてしまうほどの激痛に苛まれながらも、まだ嘲笑は終わらない。どこまで生き汚いのか。どこまで執念深いのか。蟲の癖に。小さな小さなムシケラのくせに。こんなにも自分たちを苦しめて、貶めて。なおも足りないというのか。・・・・・・もっと。もっと叩きつける。もっと粉みじんに。もっとすり潰して。二度と、紛い間違っても生き返ることなどないように。

 声が五月蠅い。鳴き声が五月蠅い。笑いが止まない。耳元に。すぐ近くで(さえず)る邪笑。脳髄に入り込んで、上段から見下して、何もかもが喧しい。嘲笑も、鼓動も、荒ぶる吐息も、背中の声すら、全て―――。

 

 

「オイ! もうやめろッ」

「―――――」

「足底見てみろ。とっくに死んでる。それ以上はお前が死ぬぞ」

 

 

 息を乱しながら、肩を掴んだ手を見やる。酸欠で視界がぼやける。続けて、手の主に視線を転じて、四ツ目の獣眼を捉えた。影絵のサーヴァント。アヴェンジャーは、厳しい眼光で雁夜を諫めていた。

 足元を見れば、そこには蟲だったモノのバラバラな残骸だけ。とっくに臓硯はこと切れていた。

 正気を取り戻した今になって、乱れた呼吸を意識した。苦しい。肺が空気を取り込めない。過呼吸。心臓も不自然に脈打っている。立っていられない。前が、暗い・・・・・・。

 膝を突いた雁夜を支え、アヴェンジャーは溜息を押し殺す。蟲爺の虐待に、よほど腹に据えかねていたのは理解できるが、我を忘れるにもほどがあるだろう。止めなければ、本当に手遅れだったかもしれないと思うと、先行き不安なのは避けられない。

 何より。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 横目でうかがった一人の少女。雁夜の騒がしい乱心具合に意識を取り戻した子供は、恐ろしいモノを見るような目で叔父と、影を見つめている。虚ろだった瞳に感情らしいものが再来したのは僥倖だが、明らかに負の感情しか灯っていない。

 

 

(まったく、とんだ厄介ごとに首突っ込んじまったなぁ)

 

 

 現実逃避気味に遠くを見る。懐の半死人はとうに気を失っていた。命に別状はあるまい。とはいえまずは、横たえられる場所に移すべきだろう。

 

 

「・・・・・・名前」

 

 

 ふと、桜と呼ばれていた少女は、魔獣の眼を見返し呟いた。

 

 

「あなたの・・・・・・お名前は?」

「・・・・・・・・・」

 

 

 無視を決め込むかとも(よぎ)ったが、この娘にはできる限り協力的であってくれたほうが自分にとって都合が良い。彼女の宿す魔力には、妙な感覚があった。それはマスター、雁夜にはないのものだ。もしかしたら使()()()やも。

 

 

(・・・・・・俺も、こいつらを(わら)えはしないか)

 

 

 胸中で苦笑しつつ、虚影を纏った復讐者は鬱陶しげに告げた。

 

 

 

「ストレンジ・アヴェンジャー、『オルトロス』。滅びの極晃(ホシ)に残留した、冥王の影。(ふた)つめの(かお)。それが、この外殻(カラダ)に与えられた側面(なまえ)だ」

 

 

 

 




読了感謝!

ようやっと名前を出せたNew狼さん。

ただし前途は相変わらず暗い模様(笑)

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