本編、なのですが。
すみません今回はほとんど一人の独白と原作ダイジェストになります。
この作品の主役に位置する閣下に見せ場を作りたいのは山々ですが、
諸々の経緯や心情をある程度匂わせていないと展開が不自然に思えるかもなので、
このような形に仕上がりました。
言い訳終わりっ。
ではどうぞ。
鬱蒼とした森林地帯の一角、冬木市新都から車で一時間余りの人里離れた場所に、その居城はある。
アインツベルンがかつて誇った財政と強権を惜しみなく投資し極東の辺鄙な山間へ移築された、御伽の世界からやってきたようなその古城は、地元で都市伝説的に知られる『あやかしの城』。六十年周期で開催される聖杯戦争を想定して築かれた、アインツベルンの主要拠点だった。
逗留地に使われるまではごく最低限の点検しかされていなかった城内は、何十年と埃を被っていたとは思えないほど整え磨き抜かれ、醸成された古風さと豪奢さを赴きとして同居させた生活感を取り戻していた。
とはいえ、居城で主に活動しているのはたったの四人。持て余した面積を思うと無駄遣いも甚だしいが、それに頓着するような小心者は誰もいない。
夜風にくたびれたコートの裾をはためかせ、テラスの端で孤独に紫煙を吐いている切嗣は、暗闇に沈んだ樹林を虚ろに眺めながら機械的に思索を巡らせていた。
倉庫街での戦闘からすでに一昼夜経ち、状況は多く変転している。
(まず目下の優先事項であったランサーの呪縛解除は、進展なし。ランサーはいまだ健在)
ランサーとの戦闘後、アインツベルン城へ戻ったアイリスフィールたちとは別に、切嗣はランサーのマスターが拠点としている冬木ハイアットホテルに強襲を仕掛けた。
強襲と言えば直接矛を交えたように聞こえるだろうが、実際は対峙してすらいない。当初の計画通り、ロード・エルメロイは生活空間としていた
工房化されているであろう魔術師の棲家に正面切って挑む馬鹿はいない。それが魔術師殺し、魔術師の裏を読むことに長け、胡乱な貴人の流儀やプライドに固執しない切嗣ならなおのこと。ケイネス卿は、
いかな魔術防護――切嗣の凶弾を凌いだ自律防御手段を用いたとしても、建物ごと圧殺されたのではひとたまりもあるまい・・・・・・と、目論んでいたのだが。
ランサーの槍の呪いはいまだセイバーを蝕んでいる。ということは、謀殺は失敗したという他あるまい。
仮に、ケイネスが予定通り死亡していたとしても、単独行動スキルを有さないランサーがマスターを失って長時間現世に留まることは不可能だ。ならばありえるのは、現時点でマスターは生存しているか、再契約を行い新たにマスターを獲得したかの二択。後者は候補が絞れない以上、順当に考えて前者が既定路線だ。
相手の防衛強度を見誤ったのは確かに失態だが、拠点を喪失したケイネスは実質工房を失ったと言って過言ではない。争闘中限りのにわかとはいえ、魔術師にとって己が歩んだ魔道の集大成である宝物庫を破壊できたのは重畳だ。できれば再び隠れ家を見出し、要塞を築かれる前に叩きたかったが・・・・・・不測の事態で目を離している隙に、瓦礫からケイネスの姿はどんな形でも発見できなかった。冬木の裏に張った情報網によると、現場の瓦礫撤去を行っていた作業主任がトラック一台と共に消え、数時間後に発見されたが、運転手を務めた主任は人事不省・・・・・・昏睡に陥り、荷台には何も乗っていなかったらしい。暗示で操作し、自身を運ばせたのだろう。一応、トラックの周囲一帯に使い魔の網を張り、索敵を行わせてみたものの、おそらく徒労に終わるのは見えている。
ロード・エルメロイとランサーに関しては、行方不明。次の拠点はより人目を忍んだ場所を目指すと想像するが、ピックアップに時間を要する。
それならば、続いての案件で勝手に出てくるのを待つべきか。
(キャスターの暴走。魔術の隠匿・隠蔽に一切の配慮なし。マスターは『冬木の悪魔』こと連続殺人の主犯である可能性大。児童を誘拐し、行方不明者含め、すでに三十人以上が犠牲となった。神秘の露見を恐れ、監督役の教会のルール改定に
昼間から警官が忙しなく巡回し、夜間はより厳に警戒網を強め対策しているにも関わらず、犯人たちは散歩気分で冬木の闇を闊歩してる有様。相手が人知の及ばぬ埒外ではさもありなん。昨夜の一夜を除いて、今宵も彼らは狼藉を繰り返していることだろう。
キャスターの正体は知れず。わずかでも魔術に傾倒した痕跡ある者であれば誰であれキャスターの称号を得るに相応しくなるため、手掛かりが薄い現状では特定は困難。だが、別段切嗣はキャスターに対し過度な注意が不要であると断じていた。クラス相性ではセイバーに圧倒的有利なのも当然ながら、何も自分たちが積極的に
確かに聖堂教会の提示した令呪の追加報酬は旨味があるが、どちらかといえば、その報奨に目が眩み這い出てくる他のマスターを討ち取る好機にこそ切嗣は遣り甲斐を見出していた。
特に、此度の報酬を血眼になって求めるのはランサーのマスターだ。セイバーへの奇襲で一画浪費し、他よりも後がないのは当人も自覚があるはず。ならば前のめりにキャスター討伐へおもむくのは必定。そこを再び襲う。今度は逃さない。
教会からの休戦協定が出ているが、切嗣には知ったことではない。あえて罰則が設けられなかったということはむしろルールの裏を読む輩を意識してのことだろう。とはいえ、今回の監督役が『あの男』の父親である時点で信頼は無きに等しい。遠坂との縁をほのめかす情報筋もある以上、やはり遠坂邸の一幕は狂言の類であっと見るべきか。
しかし、それもほとんど無為に終わった。
(遠坂時臣は消去法的に黄金のアーチャーのマスター。であるなら、すでに聖杯戦争は敗退。直接的な脅威となる可能性は低い。とはいえ願望機をろくに素性の知れぬ輩へ渡すくらいなら、少しでも使い道が真っ当なマスターへ聖杯を渡るよう仕向けるはず。『あの男』に指示を出していたのが遠坂であるのなら、こちらに接触を図ることもあり得る)
結局終始
主たる時臣は一度も外の空気に触れずして、工房内でことを終わらせた。
新たに英霊を戴く可能性もないではない。聖杯は一度令呪をもたらした人物を容易く見捨てはしないのだ。再び何がしかの形で召喚、あるいは現存のサーヴァントと契約しようと画策したなら、令呪は再度かの魔術師の下へ戻る。それこそ、敗退したマスターを聖堂教会が保護する理由でもある。
だが、あのアーチャーのステータスは相当に逸脱した規格外であった。あの英霊を超える使い魔を召喚するのは困難極まる。かといって、現在の布陣で独立状態にあるサーヴァントはいないし、協力関係を築けるかも分からない。分の悪い懸けだ。時臣にそこまで聖杯に固執する理由はあるだろうか。あるかもしれないし、ないかもしれない。一番あり得るのは、此度は他へ譲り次代に託すことだろう。実際、当初の間桐がそのようなスタンスであったはずなのだ。
仮に聖杯を自分以外の手に渡らせるとして、一体どの陣営に与えるか―――。
五本目の煙草に火を付け思考を続行。風が少し強い。森から背を向けなけなしの壁を作って燃え尽きるまでの延命処置を施す。
切嗣が真っ先に候補として浮かべるのは、ケイネス、アインツベルン、ライダーの順。
ケイネスは聖杯に懸ける願望というよりも時計塔のロードという立場にさらなる箔を付けるため、ないし、魔術闘争における矜持のぶつかり合いこそを目的としている節がある。たとえ、目的が根源の渦に到る類だったとしても、最も願いによる被害が少ないのがケイネスだ。その他の卑俗的な願望は、貴人を自称する彼に見合ったものではない。
次点で、アインツベルン。これはアハト翁が掲げる目的が終始一貫して
続いてライダーだが、これはもう消去法の結論だ。キャスターは論外。アサシンは敗退。かつてなら、三番目に挙がるのは間桐であったかもしれないが、アーチャーを倒した下手人が何を隠そうこの間桐陣営。別に、こっぴどく敗北を舐めたからなどという狭量な理由ではない。端的に、勝率が不確定過ぎるからだ。
今回、見送る手筈だった挙動を急遽方針変更して
サーヴァント、おそらくバーサーカーであろう影の凄まじい殺傷技術と未知の能力は、確かに脅威だ。無視は絶対にできない。しかし、マスターの素質から考慮して、対策の練りようはあると切嗣は見ていた。あえて手を出さず、魔力消費の激しいバーサーカーの暴食による自滅を待つのも手段のひとつかもしれない。
とはいえ、三番手以降の候補はどんぐりの背比べ程度の差異。本命と保険でケイネスとアインツベルンという推測はおおよそ間違ってはいないはずだ。むしろ大穴を埋めて万全にビクトリーロードを整えるのが時臣の差配の光るところであろう。
そう。ここまでは単なる状況整理とこの先の独解推論。本題となるのはここからだ。
(言峰、綺礼・・・・・・)
脳裏に呟くだけで口腔に苦い味が広がる。ニコチンとタールの煙とは別種の、生理的な拒絶反応が味覚に異常を来したのだ。
(・・・・・・言峰綺礼は動いてきた。教会で保護されている身に在りながら、ケイネスの動向を張っていたのを予測して、逆にこちらを補足にかかってきていた。遠坂時臣の指示にしては、やり方に妙な執着を感じる。しかも交戦した舞弥によれば、僕の名を憚りなく呼んでいたと・・・・・・奴は、僕を狙っている)
最も恐れていた事態である。
言峰綺礼。この戦争に関わる以前なら気にも留めなかったはずの男。聖堂教会の代行者。その身に苛烈なまでの修練を強い、一時は時臣の師事を得て魔術にも貪欲に取り組んだ。だが、切嗣は知っている。この男の底知れない危険性を。経歴を漁っただけで垣間見えた、綺礼の裡に眠る空洞を。
信仰に熱するでもなく、学びに傾倒するでもなく、ひたすらに己を苦難へ貶めては貪るように技巧と技術を錬磨していき、あと一歩というところで今まで
先に推察した通り、この僧侶は探求者。あるいは修験者だ。
真っ当な道には生きがいを見つけられない破綻の怪物。いるのだ。たまにこのような生来の欠損を抱える人でなしが。切嗣は戦場という悲嘆と熱狂と愛憎が渦巻くただ中で、それをよく知っている。そもそも、切嗣自身が、すでに生まれながら欠陥持ちだ。
迷う思考とは別に躊躇いなく駆動する肉体は機械的で、人間的ではない。成長に従ってそう仕上げたのも切嗣だが、もとよりこの身は壊れていた。愛しているはずの人物を、心や感情とは別の部分で冷徹に殺せる己が
破綻者にはどうあっても良い未来など訪れはしない。普遍性の在り方に適さない自分たちのような人間は、生きているだけで周囲と摩擦を起こし火花を散らす。それはやがて大きな大火と化し、自分か、それ以外を滅ぼすまで消えはしてくれないのだ。
(だから、お前は死ななければならない。お前の本性を知る、この僕が殺さなければ)
空虚な人でなしに聖杯が渡ったらどうなるのか?
・・・・・・勝ち残らせてはならない。そう思う一方で、首を傾げる測り手としての自分。
聖杯戦争の大局において、綺礼はすでに敗北者。時臣と同じく戦いの行く末を座視するしかできないはずだ。代行者としての戦闘力はなるほど脅威だが、サーヴァント以上とまで呼べるレベルではない。今後の戦争に介入したとて、それが綺礼の独断だとして、一体なんの不都合があるだろうか。
綺礼に拘泥するのは、戦局を見誤る隙を生みかねないのではないか。
冷静に訴える合理的な己の声に、切嗣は珍しく判断に迷う。いつもなら、機械と化した魔術師殺しはこの程度の取捨選択に行き詰まることはないのだが、今夜の自分はどうにも鋭さに欠けている。
(いや、衰えたのは自覚ありきのことだったじゃないか)
久方ぶりに
人形でしかなかったはずの女を、愛してしまい―――娘にまで、愛着を抱いてしまった。
人間としてそれは正しい情動だ。だが、叶わぬとも叶えたい理想のため、誰よりも冷酷に、そして過酷な生涯を歩み続けなければならなかった切嗣にとってそれは、その温もりは、どんな刃物や銃弾よりも男の心身に深く深く食い込む大きな棘だった。
機能不全を訴える精神は、一度は戦場の気配に立ち戻ったかに思えたが、あくまでそれは荒療治の対処療法。根本的に、衛宮切嗣は拭い去れない光を得てしまっていたから。
願望の釜を奪われたのちに待ち受ける想像だにしない世界。継続される世の争乱。大地に流れる血と涙。夢半ばに敗れることはつまり、認めがたい現実の連続性が保たれるということで、ひいては、娘が次なる儀式の犠牲になるという――ああ、そんなこと。
(
抵抗を示す理性。静かな激憤を
今までにない過剰な流動に、凝り固まった精神が悲鳴を上げる。
それを正しく認識しようとする切嗣だったが、すぐにそんな些事は流れ去った。
――冷たい諦観と絶望に沈んでいた魂に、太陽が宿る。
「切嗣。今後のことですが―――」
「最優先は変わらない。僕らはランサーのマスターを叩く。そのためには、情報がいる。キャスターの居場所を探るんだ。いままで以上に使い魔を放っても構わない。多少の大袈裟な動きも許可する」
「・・・・・・・・・」
対策会議のため招集にきた舞弥は絶句した。
久宇舞弥は、ずっと昔に切嗣にその身を救われてから、彼が最も血生臭く冷酷であった、アイリスフィールも知らない殺人機構であった頃の男を知っている。
冬木で再会して、彼は衰えたと思っていた。銃器の扱いではなく、その心が。それを再び戦場に立ち戻すための協力もした。自分はそのための補助部品たるべく育てられたのだから。
けれど・・・・・・これは
死人のように倦んだ瞳の奥には熱情が灯り、活力が総身からあふれ出ている。
まるっきり別人だ。未知の切嗣がそこに立っていた。
ほぼ煤になった煙草の残骸を踏み消し、切嗣はコートのポケットに手を差して舞弥の横を通り過ぎる。
「たとえ使い魔を活発化させたとしても、傍目にはキャスターを追っているようにしか見えないさ。事実だしな。言峰綺礼がこちらを捕捉しようとも、万全を整えて迎え撃てばいい。そのためにこの城へ合流したんだ」
「・・・・・・セイバーは」
「アイツには陽動としてあえて前線に立ってもらう。僕らのように漁夫の利を狙う奴は少なからずいるだろう。だからこそ、キャスター討伐の戦域に身を投じてもらう。手傷はあるが、最強戦力を欠いたマスターを討ち取るため、やってきた他のマスターないしサーヴァントを迎撃する。いざとなれば、令呪でセイバーを強制帰還させるさ。アイリが動けない以上、ここに根を張るしかない」
「わかりました。ではそのようにセイバーに」
「いや。僕が直接言う」
「ッ!? ・・・・・・よろしい、のですか?」
「問題ない。今さらこのくらいのことで文句を言うほど、アイツも小さくないだろう」
「・・・・・・・・・」
舞弥が言いたいのはそういう意味ではなかったが、もはや彼女は二の句が継げない。あれだけ頑なに、心の均衡を保つためセイバーを視野から追い出していた切嗣が、意思を翻して自分が対話するといった。決して長いとはいえない暇の間に、彼の中で何が変わったのか―――。
思わず立ち止まって、追従していた背中が遠ざかるのを見送ってしまう。
物理的にも、精神的にも、同域にあると信じていた男の背には、不退転の決意が燃えていた。
それはまるで、あのサーヴァントの背後を眺めているような錯覚を、舞弥に抱かせた。
読了感謝!
・・・・・・書ききってからやっちゃった感はありますが。
まあでも、契約で繋がってる魔術師に記憶が流れたりするんだし、
こういった影響もあり得るかな? と。