前話から見て「一方その頃・・・・・・」といった視点の話。
全然進まない。短め。
どうかしばしお付き合いください。
くたびれた男が頭の整頓に耽っている一方で。
アインツベルン城のサロンの一室に、三人の人物がいた。
扉に面する壁に寄り掛かり、腕を組んで彫像のごとく微動だにせず瞑目した男、ケラウノス。
彼の位置から九十度ずれた壁際で、目を開いてこそいるものの精巧なマネキンのように直立しながら凍てつく美貌で宙を見つめる女、久宇舞弥。
そして、悄然とした様子で柔らかな椅子の背面に身を沈める銀髪紅眼の麗女、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。
三人はただ、黙して各々の場所に陣取り、時を流すだけだった。
同一空間にいるものの、会話らしい会話もなく、無為に時間ばかりを浪費しているのは切嗣が休憩と称して独り退室したため、会議を進めるべき人物が誰もいなくなったからだ。耳鳴りのするような緊迫感の蔓延る現状は、安らぐ雰囲気とはほど遠い。
本来なら、こういう場面に橋渡しを行うのはアイリスフィールの役割だった。舞弥もケラウノスも、自ら相手と友好的に接触を図るタイプでないのは容易に見て取れる。
人の情動を身に積み学び、男を愛し母にすらなったホムンクルスは、たとえ苦手意識を持つ夫の相棒であっても、鋼鉄を体現したような寡黙な英雄であっても、
・・・・・・あくまで、アイリスフィールが健常であった場合の話だが。
存外達者なステアリングとシフト
殺伐な戦いの空気に当てられたゆえの疲弊ではなく、アイリスフィールの身体機能は明らかに弱っていた。倦怠感に支配され、頭が熱っぽく、手足が小鹿のように震えている。一見して風邪のような症状だが、アイリスフィールはそれが病気ではないことを知っていた。
とはいえ、後日やってきた切嗣たちの前では、なんとか意気を奮い立たせ平然とした調子を装っていたが、切嗣どころか舞弥ですらも、彼女の異常は容易に察せられた。
それでも作戦会議を開き知らんぷりを通していたのは、彼女の気丈な振る舞いに報いるため。切嗣はともかく舞弥は事情を知らなかったが、それが夫婦の間ですでに認知されている案件だと推理し、相手方が自発的に提供するまで説明を求める無粋はしなかった。
実際のところ、切嗣が退去したのはアイリスフィールの限界を悟ったからであり、小休止と称した真意は己のことよりも妻の状態を
ちなみに、自力で立つことも難事になりかけていた代理マスターを介助し、一切の疑問を差し挟むことなく黙って従っていた鋼の英雄は、会議中も口を開かず現在のスタイルで固定化され、話を聞いているのかいないのか判然としない姿勢を貫いていた。
出血こそ魔術を施した包帯で塞いでいるが、いまもなお彼の手のひらにはランサーの呪詛による痛手が尾を引いているはずだ。けれど、顔をしかめるでもなくケラウノスは平静のまま。痛みや苦行に対する耐性は超一級の彼らしい態度だった。
「これはね。あらかじめ決まってたことなのよ」
やおら開口した女の声音は、息絶え絶えでありながら穏やかだった。
「私は聖杯の器の所有者。時期が来れば霊的概念でしかない聖杯に実体の器を差し出し、その存在をこの世界に固着させるため戦いの間、器を管理し運搬する守り手・・・・・・話したこと、覚えてるかしら?」
「・・・・・・はい」
瞑想の構えを解かない偉丈夫の代わりに、怜悧な美女は頷いた。
よくよく注視すれば、彼女はわずかな動揺を滲ませている。氷の面相に小さな亀裂が走り、普段よりやや強張った表情筋。アイリスフィールは意外な気持ちと共に妙な安堵を懐いた。失礼千万だが、舞弥もちゃんと血の通った人間なのだ、気持ちが揺らぐことぐらいあるのだという、弱みを知ったゆえのささやかな優越が、舌を滑らかにした。
「実のところ、それは正しくないの。聖杯の器を担ってるのは本当よ。でも、そういった器を持っているのではなく、『
「・・・・・・・・・」
開示されたのは過去の失態。
まだ聖杯戦争のシステムが不完全であった前回の第三次にて、乱戦により聖杯の器が意図せず破壊される事故に見舞われた。それにより第三次そのものが無効となり、そのときの反省を生かしてアハト翁は次の第四次に備えて器に擬装を施した。
人間同様の生存本能を宿し、自らの意思で防衛しながら戦いの終端まで存続することを想定し設計された錬金生命・・・・・・それこそが『
晒された真実に舞弥はしばし沈痛な視線を床に落とした。
「切嗣は、承知の上なのですね?」
彼の相棒の問いかけに妻は力なく頷いた。だからこそ、伴侶たる男は誰より苦悩するのだ。己の目指す奇跡を成すには、どうあっても大事な片割れを犠牲に捧げなければならない。・・・・・・切嗣にとって、それがどれほど残酷な通告か、察するに余りある。
「二人のサーヴァントが敗退したことで、器としての機能を取り戻し始めた身体が、外側の余分な機能を圧迫しているの。こんな状態になってるのはそのせい。いずれは、英霊が敗退するごとに小聖杯へ魂は捧げられ、生体としての在り方は消えてただのモノに還っていく。もう一人か二人
「・・・・・・・・・」
「だから、今のうちに言っておきたかったの。二人には、切嗣を最後まで支えてほしい。・・・・・・
自分がいなくなったあと、彼の道行きが閉ざされないように。
愛した女を失って、切嗣が崩れ落ちてしまわないように。
ヒトならぬ身として産まれた命は、萌芽した感情による『自己犠牲』の名のもと、一人の救済者の礎となる。一族の使命でも、製造意義でもない。ただ愛した男の役に立ちたいがために。そして、アイツベルンの宿業を
たとえ今回の第四次で聖杯を獲得できなくとも、君主のアハト翁は諦めない。現時点でアイリスフィールで実証された反省と改善点を娘のイリヤスフィールに施し、第五次に備えていることからしてそれは明らかだ。イリヤは自分のように早期から人としての機能を喪失していく問題はない、在るがままの肉体そのものが『器』になる。しかしそれがなんの慰めになるものか。今回で終わらせなければ、どうあれ愛娘が生贄にされる事実に変わりはない。
舞弥は、冷たい汗をかきながら儚くも決然とした微笑みを浮かべ、自らの死を受け入れる女性の姿に、静かな敬意と決意を抱く。
「私は、あなたを誤解していたようです。もっと、どこか遠い存在なのかと」
「フフ・・・・・・そんなことないって、わかってくれた?」
「ええ」
微かに苦笑するような響きを乗せて、舞弥は頷いた。
「セイバー」
「・・・・・・・・・」
「彼の理想を全て肯定してほしいとまでは言わないわ。貴方には貴方の生きた世界が、見てきた景色がある。それは切嗣の価値観と寄り添えるものではないのかもしれない。でも、どうか力を貸してあげて。それが、私から言える唯一の我がまま」
「・・・・・・勘違いするな。一度結んだ契約を、違えることはしない」
ケラウノスは憤然と厳しい眼を開き告げる。
「確かに、俺は衛宮――マスターの思想に全面的な同意はできん。ヤツ本人も、俺に共感を示してほしいなどとは露とも考えていないだろう。だが、それはそれ。協力関係とは別問題だ。もとより契約の席で言ったはず。俺は俺の使命を成すため、ここに来たのだと」
「貴方の、使命とは?」
「具体的に語ることはできない。しいて言えば、
「星の、脈動?」
「あくまで俺独自の所感だ。ともかく、この戦いの先にこそ、俺の目指すべきところはある。
女二人が首を傾げる中、多くを説明するでもなく、ケラウノスは自己完結したまま閉口した。
再び無言を貫く頑固者にあえて追及する愚を犯さず、少なくとも今後の戦いも請け負う気概はあると認識する。現状の表明は十分だ。
舞弥は話し込んでいる間にアイリスフィールの顔色が和らいできたのを察し、会議を再開すべく切嗣を呼びに退室した。
その背を見送ったアイリスフィールの肩に、黒衣の
「アイリスフィール」
「なに? セイバー」
顔だけで振り返ると、蒼鋼の瞳が凛とこちらを見下ろしていた。
――ドクンッ。
「ッ! ・・・・・・ぁ、胸が、熱・・・・・・い?」
突如、赤熱した石を心臓に投げ込まれたのかと思うほどの灼熱感が、アイリスフィールの内側を焼いた。
だがそれは、飲み込んだ熱湯が喉元を過ぎるようにやがて消えていき、胸焼けの症状は途端に収まった。女はわずかに温かみの名残を持つ胸元を押さえ、当惑する。
「今のは、魔力?」
「些細な介添えだ。少しは活力になるだろう。マスターが本懐へ邁進するためにも、まだお前の力が要る。・・・・・・己が恥に頼るのは業腹だが、俺にできるのはこの程度だ」
そう言って、ケラウノスは身を翻し元のポジションへ戻っていった。
アイリスフィールは男の独語に理解を示すことはできなかったが、一つだけ飲み込めたとすれば、彼なりの不器用な気遣いであったということぐらいだ。
その後。
何やら別人のように前傾思考となった夫を交えての作戦会議は翌日の黎明まで続き、いつの間にかアイリスフィールは使い魔の温情を記憶の隅に追いやっていた。
宿す種火・・・・・・火種宿す?
伏線は張り巡らすものの、上手く活かせるかは不安です。