呪術って噛まずに言える?   作:定道

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失礼ね、純愛よ

 

 

 声が聞こえる、生徒達の声だ。半ば覚醒して来た意識に生徒達の声が飛び込んで来る。

 

「五条先生? 寝てる……机の上も散らかしっぱなしだよ、だらしないなぁ」

「あっ、この椅子高い奴でしょ? やっぱり特級って高給取りなのかしら」

「呼び付けといてこれかよ、本当に適当な人だな」

 

 夢を見た。久しぶりにあの頃の夢を見た。

 

 我ながら女々しいとも思う、だけど時折あの頃の夢を見る。

 

 場面も時系列もメチャクチャだがあの声だけは決まって聞こえてくる。

 

『早く起きろ五条、お前は最強なんだろ?』

 

 本当に余計なお世話だ。お前に言われるまでもなく僕は最強だし、あの時すでに呪力の核心を掴んでいる途中だった。

 

 最後までうるさい奴だった。最後まで余計なお世話を焼く先輩だった。

 

 あの時、術式を無効化する“天逆鉾“で刺され倒れ伏した僕だが、死の淵で反転術式を習得して立ち上がった。

 

 その後、更に習得した虚式“茈“で伏黒甚爾を撃破した。

 

 僕が腹を抉った伏黒 甚爾は、最後に恵について語ってこの世を去った。

 

 恵と顔はそっくりだが、後に調べた所業から性根は真逆だと思われるあの男。そんな人でなしが最後に語ったのは捨てたはずの息子にまつわること。

 

 やっぱり愛は呪いだ。どんなに捨てようとしても最後まで付いてきてしまう。

 

 本当にしつこい、だから愛だ愛だうるさかった悠一はあんなにウザったい性格になったのだろう。

 他人を愛する事、他人に執着する事、そんなものを重要視していればああなるのも納得出来る。

 

 あの日、襲撃で死んだのは悠一と伏黒 甚爾の二人だけだった。

 

 傑は天内と黒井さんを庇って怪我を負ったが軽症、もちろん天内と黒井さんは無事。高専は施設こそ被害は出たが、職員にも生徒にも死者はいなかった。

 

 僕と傑の前に現れたのとは別の三人の悠一。二人は施設を破壊して回り、一人は先生、灰原、七海の前に現れ戦闘になったらしい。

 随分と消極的な戦闘を繰り広げた後に分身は消え去ったそうだ。恐らく傑と戦闘していた悠一が消えたのと同じタイミングで術式が解けて消えた。

 

 術式を取り込んで我が物にする行為にはやはり無理があった。他人の術式の使用は肉体の反発が強いのだろう。

 

 まあ、それを勘定に入れても悠一が本気で殺すつもりで戦ったら、先生はともかく灰原と七海は死んでいただろう。

 

 寝返るにしても中途半端な事をして悠一はこの世を去った。

 

 伏黒甚爾に撃たれた歌姫を治療し、覆い被さる様に悠一は死んでいた。肉体は中も外もぼろぼろで間違い無く死んでいた。

 

 硝子は遺体が崩壊しない様に外見を綺麗に直した。だから葬式の時にはそれなりに綺麗な状態の悠一が棺桶で眠っていた。

 

 自分を犠牲にしてでも歌姫を治したのは良くやったと思う。

 

 でも、それを言うならそもそも襲撃してくるなって話だ。

 

 結局、僕達に迷惑をかけるだけかけて、俺達の心を散々引っ掻き回して悠一はいなくなった。

 

 あの馬鹿があの夏にしたのはそういう事だ。土産も寄越さずに余計な物だけ残していった。

 

 

 あの後、天内の同化の拒否はあっさりと許された。

 

 星漿体は他にも存在したらしく、それどころか天内は本命では無かった。天内は星漿体の候補としては一番優先度が低く、外部組織に存在が露見したのは上層部の自演だった。

 

 要は撒き餌で目眩まし、天内は他の候補を守る為の餌で死んでも問題無いと上層部には判断されていた。

 

 だから、同化を拒んでもお咎め無し、そういう事だった。

 

 天内と黒井さんが自由になって嬉しい反面、まやかしの理由で命を落とした奴が居るという事実がある。

 

 俺も傑もそこだけは釈然とせずに上への不信感は募って行った。

 

 

 そして夏が終わり、一年が終わる少し前に歌姫が失踪した。

 

 悠一の葬儀でも取り乱す事も無く、喚き散らす事も無く、静かに遺体を眺めていた歌姫。

 

 顔の傷を硝子が治そうとしたのを拒否し、呪術師として復帰して淡々と任務をこなしていた歌姫。

 

 俺達と話しても、大きな声や反応を見せなくなり静かに微笑む様になった歌姫。

 

 伝言も手紙も何も残さずに俺達の前から姿を消した。実家の方にも何もメッセージを残さなかった。本当にいきなり、忽然と姿を消した。

 

 もちろん、俺達は出来る限り歌姫を捜索した。呪術総監も呪詛師と認定された悠一の恋人が行方を眩ませたとあっては捨て置かない、それなりの人員が歌姫を全力で捜索した。

 

 だが、全く痕跡は見つからない。目撃情報も残穢も全く残さずに歌姫は消えた。

 

 俺達が高専を卒業する頃に、呪術総監は歌姫は人知れない所で後追い自殺したと判断して捜索を打ち切った。

 現実に絶望した術師が行方不明になるのはそこまで珍しいケースではない。

 

 でも、僕はそうは思わない。あの夏以降、儚く消えてしまいそうな雰囲気を纏った歌姫だが、自分から命を投げ出すはずがない。

 

 悠一は最後に力を振り絞って歌姫を治療した。歌姫に生きて欲しいと願ったはずだ。

 それを歌姫が無下にするとは思えない、きっとどこかで生きているはずだ。

 

 せめてビデオレターでも送って来ればいいものを……歌姫と親しかった硝子はかなりショックを受けていた。人に心配をかける所まで彼氏に似てしまった様だ。

 

 僕も、個人的に探偵や術師界の情報屋に依頼して情報収集を続けている。だけど全く網にかかって来ない。

 

 

 そして冬が終わり、僕と傑と硝子が三年生となった夏、今度は傑が僕達の元から去って行った。

 

 任務の最中、現場の村人百人以上を皆殺しにしてアイツは逃亡した。

 

 傑は呪詛師となった。アイツは自分の意思で人を殺した。

 

 傑がその村で何を見たのかは正確には分からない、紙の上での情報しか僕には分からない。だって、僕は現場にはいなかったから。

 

 俺と傑と硝子は三年生になってから、正確にはあの夏が終わってからは一緒に任務をこなす事がなくなったからだ。

 

 傑と……親友である傑と共に居る時間は少なかった。ひたすら最強を模索していた僕は周囲が見えていなかった。

 

 傑がおかしくなったのは村での出来事だけが理由ではない、今ならそう断言出来る。

 

 傑が任務に出る一週間程前に、俺達に知らせが入った。

 

 一般人として暮らしていた天内と黒井さん、二人が盤星教の元信者に殺されたという知らせだ。

 

 俺は……俺と傑は約束を守れなかった。守ってやるって言ったのに天内を……黒井さんを守ってやれなかった。

 

 盤星教はあの夏が終わって一ヶ月後には解体されていた。悠一の件で呪術界が介入する口実が出来たと言うのが理由だ。

 でも、本当はいつでも潰すことなんて出来たのだろう。星漿体と呪術界への敵意をコントロールするために存続させていただけだ。

 

 あの計画も、悠一が生まれたあの実験も、裏では呪術界の支援があった。

 

 よくよく考えれば、あれ程の量の呪霊を調達できるのはそれなりに大きな組織でなければ不可能だ。

 結局は自分達の行った所業がコントロール不能になっただけ、悠一の暴走は呪術界にとっては身から出た錆だった。

 

 本当にくだらない奴等が上に居座ってやがる。上層部には老害しかいない。

 

 僕は別の任務で参加出来なかったが、傑は冥さんと一緒に盤星教関係施設の捜索に参加したらしい。 

 

 そこで、悠一や他の実験体が教育されている映像記録を押収したと後に冥さんに聞いた。冥さんは止めたが傑はそれを見たとも教えてくれた。

 

 気付けなかった……いや、傑なら大丈夫だと高を括っていた。

 

 あいつが揺れている時に、親友が苦悩している時に俺は頭を叩いてやれなかった。突っ込んでやれなかった。

 

 余計な事を考えるなと、俺達は揃って最強なんだと言ってやるべきだったのだ。

 

 勝手に付いて来てくれると思っていた。自分の最強に夢中で声をかけるのを怠った。

 

 考えは言葉にしなくちゃ伝わらない、そんな当たり前の事を見失っていた。

 

 そのツケは結局、去年になってようやく回って来た。

 

 傑は憂太の里香ちゃんを手に入れる為に、新宿と京都に百鬼夜行を仕掛けて陽動とし、単独で高専を襲撃して憂太に撃退された。

 

 その逃亡中、僕が傷付いた傑を見つけて止めを刺した。僕は親友をこの手にかけた。

 

 傑は最後に自分は心の底から笑えなかったと吐露し、非術師は嫌いだと言い残して死んだ。   

 

 傑は……僕達と居た時は心から笑っていたはずだ。そんな事も忘れてしまう程に、分からなくなってしまう程に変わってしまっていた。

 

 なあ悠一、確かに僕は最強になったよ。

 

 でも、僕一人が最強になっただけじゃ世界は変わらない。

 

 呪術師が人を助け、呪術師も救われる世界。

 

 おめでたい愛とか慈しみとか、綺麗事を好きなだけ言える世界を作るには僕一人が最強なだけじゃ駄目みたいだ。

 

 だから僕は教師になった、呪術界に押し寄せる新しい波。そいつ等に最強を教えてやる為に教師になった。

 

 最近になって、高専には僕に次ぐ奴等が続々とやって来た。まるであの頃みたいだ。

 

 危ういが強い秤、お前と同じで愛とか友情が大好きな憂太、クソ真面目で責任感の強い恵、そして……

 

 そして、悠仁がやって来たよ。お前とそっくりの悠仁が宿儺の器として僕の前に現れた。

 

 きっとこいつ等はお前と同じだ。僕に置いていかれない様にどんどん強くなってくれる。

 

 だから……今度は大丈夫。僕だけじゃない、最強を継ぐ奴らが大勢居る、だから何とかなる。

 

「五条さん? 全く、人を呼び付けておいて寝ているとは……」

 

 七海の声も聞こえる、そう言えばついでに呼んでいたっけ?

 

「あっ! ナナミン、ちっーす!」

「虎杖君、ナナミンは止めてください」

「虎杖お前……七海さんになんて呼び方を……」

 

 はは、何だか懐かしくなるやり取り……僕も年を取ったかな? 昔を懐かしむのはおっさんの特徴だ。

 

「いいじゃないか七海、生徒にあだ名を付けてもらえるのは良い教師の証だよ」

 

「灰原、私は教師じゃない。分かってて言うな」

 

 くくっ……そうだ。今日は灰原も京都から来るんだったな、相変わらず仲の良い後輩達で安心する。

 

 七海は一度は術師から離れた。だけど仏頂面に見えて感受性の高い性分、結局は呪術界に戻って来た。呪いを見て見ぬ振りを出来る性格じゃない、予想通りだ。

 

 灰原は京都の高専で教師をしている、随分と生徒に慕われている様だ。呪術師にしては珍しい明るく素直な性格は教師にピッタリかもしれない、前を歩く奴が辛気臭くしてたら希望なんて持てないからね。

 

「盛り上がってるねえ、君達。僕の寝顔がそんなに貴重かな?」

 

「うげ、起きてたの先生? もしかして狸寝入り?」

「寝顔って……目隠ししたままじゃ拝めませんよ」

「もしかして今日は皆で任務に行くの先生? 場所は? 東京? お土産買えるとこ?」

 

 やれやれ、悠仁以外も生意気で可愛げのある生徒達だよ。

 

「んー任務とはちょっぴり違うかな? お土産は買えるよ悠仁、僕には甘い物よろしくねー」

 

 これで埼玉銘菓なんて買って来たら笑える。素直さは全然違うが見た目は本当によく似ている、

 

「五条さん、生徒にお土産を集るのは教師としていかがな物かと」

「まあそう言うなよ七海、生徒にお土産貰うのって凄い嬉しいんだ。京都の皆もよく買って来てくれるよ」

 

 うーん……憂太以外の生徒達は僕に滅多にお土産をくれないよね。けっこう奢ってあげてるのになあ……何が原因だろう?

 

「嘘、あの人達お土産買って来るような常識あるの? 交流戦の時も八つ橋持って来なかったじゃない」

「まあ灰原さんは慕われているんだろ、誰かと違って手放しで尊敬出来る教師だし」

「交流戦以来、東堂から任務のお土産が送られて来るんだよなあ……何故か俺の番号もアドレスもIDも知ってるし」

 

 仕方ない、生徒に慕われる担任を目指しますかね。

 

 何か……ああ、プレゼントなんていいかもしれない。

 

「んー、しょうがないなあ。なら虎杖君にはお土産代の先払いとしてコレを差し上げましょう」

 

 机の上に置いてあったボールペンを悠仁に手渡す、ペンは悠仁の手の中で相変わらずピカピカと新品の様に光っている。

 

「五条さん、それは……」

「七海さん、あのペンに何かあるんですか? 妙な呪力が込められてますよね」

「へー高そうなペンだな、貰っちゃっていいの先生?」

 

 うんうん、悠仁にはコレが良く似合う。僕が持っているよりはアイツも文句を言わないだろう。

 

「それはねえ、僕の学生時代の馬鹿な先輩の忘れ物だよ。丁度いいから拾って使ってたんだ」

 

「うわ、最低のモラルね……」

「おいおい……俺が子供の頃から使ってたぞ? 何年越しだ?」

「借りパク!? やめてよ先生、“屠坐魔“の件がばれて真希さんにメチャクチャ怒られたんだからさあ」

 

 真希は気が強いからね、最近は憂太に会えないからイライラしている。

 

「大丈夫、大丈夫。悠仁が持っているならアイツも文句言わないよ。もしも返して欲しいって言ったら渡してあげて」

 

 どうかな? 案外もう要らないなんて言い出すかもしれない……それは無いか。アイツが歌姫からの贈り物に執着しない訳がない。

 

「……まあ、五条さんがそう言うなら虎杖君が持っていても問題ないでしょう」

「そうだな、後輩には優しい人だった……ちょっと変わってもいたけどな」

 

 七海と灰原も同意している。

 

 これは僕達の自己満足だ。一種の呪いかもしれない。

 

「ええー本当に? あっ、先生達の先輩って事はその人も呪術師か。それなら俺も会う機会があるかな?」

 

 現実には存在しない、あり得たかもしれない未来や可能性。

 

 そんなものに思いを馳せるのは不毛だと言う人も居るだろう。下らない感傷だと否定する人も居るだろう。

 

 でも、願うのは自由だ。

 

 自分の信じたい物は自分で決めればいい、誰にも文句をなんて言わせない。

 

「ああ、あるかもしれないね。その時は埼玉土産を山ほど持って来るさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埼玉県大宮市内、駅から徒歩十分の所にあるマンション。

 

 今日の目的地はそこだ。ニヶ月毎に彼女に会いに行くが毎度場所が変わって実に面倒だ。本人はずっと籠もっているだけだから楽だろう。

 だが、私はか弱い反応を頼りに部屋を探し当てなくてはいけない、私ですら見つけるのが困難な程に隠された空間なので骨が折れる。

 

 だが、それも今日で終わりだ。約束の物を受け取ったら二度とあの場所を訪れる必要は無い。

 

 彼女の望みはあそこで閉じこもって暮らす事、私の望みは彼女が作った物が完成したら受け取る事。

 互いにそれ以外は不可侵で、契約後も互いを害しない。加えて彼女があの空間にこもるのを支援する。そういう縛りを結んで彼女と私は契約をした。

 

 西棟のエレベーターで六階まで登る、その後に階段で四階まで降りる。渡り廊下を経由し、東棟のエレベーターで最上階まで登る。その後に一番西側にある部屋へと向かう。

 

 そして辿り着く、本来は住民の存在しない913号室のチャイムを鳴らす。

 

 返事は無い、だけどガチャリと鍵が開いた音が聞こえる。それを合図に私は部屋の中へと入って行く。

 

「やあ、ニヶ月振りだね。いや、君から見れば一年振りかな?」

 

 返事は無い、彼女は部屋の中で食事を取っていた。

 

 隣に私が引き取りに来た物を座らせて、対面には私が提供した人形を座らせて昼食の時間を過ごしていた。

 

 傍から見れば、普通の一家団欒に見えない事もない。

 

 だが、よく見れば分かる。彼女以外の人の形をした物、人を模した物に表情が無いことを。

 

 私に言わせれば気味の悪い光景、彼女が言うには幸せな家族の空間。

 

 やはり女の情念は恐ろしい。長く生きていているがこれにはヒヤッとさせられる。彼女の両手の指に嵌められた八つの指輪もおぞましい、本来は薬指のみに嵌めるサイズのそれを、親指以外の全ての指に呪力で固定している。

 

 この部屋の中は外の世界と時間の流れが違う。この部屋の中で一日過ごしても、外の世界では大体四時間ちょっとしか時間が経過しない。この部屋は現実の約六倍の速度で時間が流れている。

 

 この部屋は彼女の領域だ。それを私が提供した呪具と、彼女の結界術を組み合わせる事によって、ほぼ永続的に維持する事が出来る。

 

 さらに、埼玉県内にある扉であればどれでもこの空間にアクセスする入口となりうる。

 前情報無しにこの場所に辿り着く事はほぼ不可能だ。仮に一度見つけられても入口を変えてしまえばそれまで、呪術師達に捕まる事はあり得ない。実際に彼女は捜索されているが痕跡すら掴ませていない。

 

 彼女はあまり外へは出ていない様子だ。物資の補充以外は殆どの時間をこの空間で過ごしているのだろう。食料はそこまで問題にならないはずだ。

 

 なにせ彼女はもはや半分は呪霊、呪力さえあれば食料を取らなくても生命を維持出来る。食物を摂取するのは嗜好以上の意味を持たない。人形と一緒で老化もせずに姿を保てる。

 

 だが、制作を依頼した物を育てるには食料は必須だ。なので昼食の邪魔をしたりはしない、終わるまで黙って観察する事にしよう。

 

 最後のおままごとぐらいはゆっくりと見守ってあげよう。

 

 そこらに漂う呪力、もしくは呪霊を狩って得られる呪力、それを利用すれば空間内においては大抵の物を創造する事が出来る。複雑過ぎる機構、自分の知らない物、それらを除いた物品は呪力さえあれば自前で賄える。

 戦闘には役に立たない特殊な領域展開、ただひたすらに自分の執着する人形と過ごす為だけの閉じられた空間。

 

 私が望む物とは違う、だが私からは決して生まれない可能性の産物でもある。そういう意味では貴重なサンプルだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、食事は終わったかな? 約束通りその器を渡してくれ」

 

 頃合いを見計らって声をかける。返事は無い、嫌われたものだ。

 

 彼女は隣に座った器を席から立つように促す、それは大人しく無表情で彼女に従う。

 

 そして彼女は、目線を合わせて器を抱きしめた。別れを惜しむ様に強く抱きしめている。

 

 

 無表情で抱きしめられている器、外見は五歳程度の子供。

 

 彼女が自分で産んだ器、私の依頼の品だ。

 

 

「必ず会いに行くから……待っててね」

 

 

 よく言うよ、まるで愛情深い母親気取りだ。

 

 自分の欲望を、自分の執着を満たす為に、その抱きしめている器を私に差し出す癖に被害者気取りか? 

 

 狂った女は怖いね、そうやって自分を被害者の様に飾り立てる。

 

「おや?」

 

 もう一つの人を模した物が動き出した。僕が高専で回収してあげた分身である二人の虎杖 悠一の肉体。消える前に固定して、その内の一つを基に造った人形、姿形は虎杖 悠一そのままで彼女の執着の対象。

 

 それが動き出して彼女の側に寄り添った。人形の癖に面白い動きをする。なかなかよく出来た動きだ。

 

 まあ、自分と同じ反応に惹かれているだけだと思うけどね。二つ回収した内のもう一つの分身の肉体、それは彼女が食らった。

 

 器を産むために、人形の子を宿す為に、人形に魂を宿す為に、人形とずっと過ごす為にはそれが必要だと教えた。

 そうすると、さしたる抵抗も見せずに言う通りにしていた。この女は中々どうして呪術師だ。

 

 そう、この人形に魂は存在しない。あの時、虎杖 悠一の本体は領域の中にあった。魂は本体にしか宿らない。

 

 伏黒 甚爾は、セーフティ用に作った崩壊用の紐を破った。彼の本体だった肉体は崩壊を始め、魂はバラバラに砕けたはずだ。

 

 この人形は、確かに肉体の構成という意味では生前と同様だ。

 

 だけど魂は戻る事は無い、崩れてしまった魂の情報は降霊術でも降ろす事は不可能だ。魂の形など観測する方法は存在しない、形の分からない物を修復できる者など存在しない。

 

 虎杖 悠一は確かにいい線までいった。あの実験で得られるはずの成果を越えて、私の想定以上の結果を見せてくれた。

 

 そこにはとても感謝している。だからこんな茶番にも付き合ってあげている。

 

 虎杖悠一で私が失敗したとすれば、欲張り過ぎた所だろう。

 

 彼の肉体には色々詰め込み過ぎた。能力は用途に合わせてシンプルに纏めた方がいい、次に活かすいい教訓となった。

 

 今度は上手く造るとしよう、彼女はその人形との間に最高の素体を作ってくれた。器としては私の求めている物を完璧以上に満たしている。

 

「そろそろ良いかな? 名残惜しいだろうが私も暇ではないからね」

 

 いつまでも器を抱きしめる彼女に声をかける、促さないといつまでもそうしていそうだ。家族ごっこをこれ以上見せられるのは勘弁してほしい。

 

 彼女はこちらに向き直り憎しみを込めた視線を私に向けてくる、恐ろしい表情だ。

 

「もっと感謝して欲しいものだね、これだけ協力してあげたんだからさ」

 

「縛りによる契約は守る。それ以上を求めるな」

 

 やれやれ、嫌になるね。自分がまだ善良な人間でいるつもりかな?

 

「まるで私だけが悪者みたいな言い草だ。心外だね」

 

 人形に自分が愛する男の魂を宿らせる為に、人形との間に子供を設けてそれを差し出す。

 納得して同意したはずだ。別に私は提案をしただけで強制などはしていない。

 

 もっとも、虎杖 悠一の魂が元に戻る事などないだろう。砕けた魂を元に戻せた事例など、人よりも長く生きてきた私でも知らない。

 

 まあ、これだけ偏執的な執着を人形に注ぎ続ければ、付喪神の様に人間の様に振る舞うぐらいはするかもしれない。今も彼女の側に寄り添う人形はなかなかにそれらしい。

 

 でも、結局はままごと遊びと一緒だ。彼女が存在しない記憶を人形に植え付けて反応を楽しむ人形遊び、それ以上にはならないだろう。

 

 だが仮に、万が一が起こり、人形に虎杖 悠一の魂が戻って来たらそれはとても面白い、素晴らしい事だ。

 

 私では導けない可能性、混沌から生まれる奇跡、愛という呪いが引き起こす未知の現象。

 

 それを実際に観測できるのであればとても喜ばしい。是非ともこの目で見てみたいと思う。

 

「じゃあね、この器は確かに貰っていくよ。君はせいぜいその人形と楽しく過ごしてくれ」

 

 私は器の手を取り玄関へと向かう、器は無表情のまま抵抗もせずに手を引かれて歩き出す。

 

 彼女と人形はそんな私達をじっと見詰めていた。子供を売った親が我が子に向ける視線、様々な呪いが込められた人間の汚らしいエゴが込められている。

 

 ああ、忘れる所だった――

 

「そうそう、この器に名前はあるのかな? 生みの親の執着が籠もった名前の方が呪力が増す、教えてくれないかな?」

 

 名前は大事だ。名は体を表すとも表現される程に肉体に与える影響は大きい。

 

 名前に意味があった方が器の強度が上がる。執着心の込められた強い呪いが名にかけられていれば素体としてより貴重な価値を持つ。

 

 

「その子の名前は悠仁、虎杖 悠仁よ。私と悠一の子供はきっと人を助ける子に育つわ」

 

 

 ああ、なんて身勝手な願いだ。愛に狂った母親が自分勝手な希望を子供に託している。

 

 

 やはり愛と呪いは同義だ。こんなにも人を縛りたがる。

 




 









 ここまで読んで頂いてありがとうございます。おかげ様で一応の完結まで書き上げる事が出来ました。沢山の評価や感想に感謝しています。

 このお話の展開についてと、続編の予定についてを活動報告の方に書いてあります。興味のある方はぜひ見てください。
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