グランダムの愚王   作:ヒアデス

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EX.ED 送還

 宴が終わって翌日、ヴァンネット城では召喚した勇者を見送るための『送還の式典』が開かれていた。

 ヴァンネット城の屋上にて、仁王立ちするブルトンヌの前で俺は膝をつく。俺たちの後ろには何人かが通れるほどの隙間を空け、左右に分かれて整列する大勢のガレット兵たちと守護騎士たちやイクス、リヒトがいた。

 フィーたちは魔物が現れたとの急な報を受けて城の外に出ており、この場にはいない。

 

「ガレットの勇者ケントは召喚の役目を終え、本日故郷へと帰還される。勇者の(つるぎ)である神剣エクスマキナを召喚主ブルトンヌ閣下へ」

 

 ブルトンヌの隣で送還の口上を述べる獅子団副団長サブラージュに促され、俺は神剣が封じられている指輪がはめられた右手をブルトンヌに差し出す。

 ブルトンヌは厳かな顔で、しかし若干の間を空けて俺の人差し指から指輪を引き抜く。

 そしてブルトンヌはよく通る声で告げた。

 

「これにて送還の式典を終了する! 立て、勇者ケントよ!」

 

「御意!」

 

 

 

 

 

 

 式典が終わり、俺たちは城の近くにある岬に来ていた。

 俺たちが落ちてきた時と少し違うなと思いながら岬に近づくと、海中から小さな大地が浮かんできて岬と繋がって足場となる。この足場こそ俺たちが落ちてきた召喚台だ。こんな仕掛けになっていたとは。

 その驚きも冷めたところで、俺たちは見送りに来てくれたブルトンヌとチェルシーの方を振り返る。

 

「それじゃあブル閣下、色々と世話になった。フィーたちにもよろしく伝えておいてくれ」

 

「世話になったのはこちらの方だ。お前たちが力を貸してくれたおかげで魔物は倒れ、この一帯は再び平和を取り戻した。各国首脳会議も無事に開くことができるだろう。クラリフィエ殿たちもお前たちに感謝しているとのことだ。その功績を称えて貴殿にこれを授けたい」

 

 そう言ってブル閣下は白い小箱を俺に差し出してくる。

 おずおずとそれを受け取ると、開けてみろと閣下から視線で促され、俺は小箱を開ける。

 そこには青色の(じゅ)が付けられた銀のロゼットが入っていた。

 

「閣下、これはまさか……」

 

「ヴァンネットにおいて多大な功績を残した者に対して贈られる《獅子(リオン)勲章》だ。先代領主の代から伝わる由緒正しきものであり、勇者召喚において召喚主と勇者を繋ぎ、勇者をもう一度フロニャルドに召喚するために必要な《制約の品》でもあるそうだ。どうか受け取ってくれ」

 

「……はい、謹んで拝領します。我が主ブルトンヌ」

 

 勲章が入った小箱を掲げながら俺はそう答えた。

 この勲章は絶対に失うわけにはいかない。

 機会があれば、俺はまたフロニャルドに来たいと思っている。もしベルカの戦がなくなった後であの世界の復興にとりかかる時が来たら、フロニャルドのような世界に住む人々の知識と力は大きな助けになるだろう。……それに闇の書が完成すれば、その力で彼女の体を治すこともできるかもしれない。

 闇の書が完成したら、何とかしてもう一度この世界に来よう。闇の書の力でフィーを助けるために。

 決意を固めながら俺たちは召喚台に浮かぶ紋章陣の上に立ち、もう一度ブル閣下たちの方に振り返る。

 それと同時に――

 

「ブルさまー、昨日の宴に出てきたご飯すごくおいしかったよー!」

「魔物が出たらあたしだけでも呼べ。褒美は昨日みたいなメシでいいからよ!」

「領主様、どうかお元気で!」

「体には気を付けてくださいって、フィー様に伝えてください!」

 

 守護騎士やイクスは、ブル閣下に別れの言葉をかけたり一礼やうなずきを向ける。彼女たちに続いて俺も閣下に声をかけた。

 

「ありがとうブル閣下、またいつかここに来るよ。その時はよろしくな!」

 

「――ああ。貴殿たちがくるのを待っているぞ!」

 

 ブル閣下は笑みを浮かべながら、俺たちにうなずきと返事を返す。

 その直後、紋章陣から立ち昇る光が俺たちを包み込み――俺たちの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 ケントたちが光に包まれていくのを見て、ついブルトンヌは自らも彼とともに行きたいという欲求にかられるのを感じながらも、踏みとどまるように自らの足に力を込める。

 ケントたちを包む光は瞬く間に青い光の柱となり、空の彼方へと立ち昇った。

 それを見届けてブルトンヌは口から言葉をこぼす。

 

「……さらばだ、ケント」

 

 そんな彼女の後ろから声がかかった。

 

「ブル様、勇者様のお見送りを済ませたところ申し訳ありませんがよろしいでしょうか?」

 

 その声にブルトンヌは慌てたように素早く後ろを振り向く。そこには肩にかかるほどのもみあげが付いた紫髪と青い眼を持つ側役がいた。

 

「バネッサか……何かあったか」

 

 ブルトンヌの顔を見た瞬間バネッサという側役ははっと目を見張るが、ブルトンヌは袖で顔を拭ってから視線でバネッサに先を促す。

 

「は、はい。ビスコッティ王国からプレストファッティ女王とドラジェ騎士団の団長様がお越しになりました。お二方ともブル様にご挨拶がしたいと仰られていますが……」

 

「そうか、ではすぐに向かおう。だが、その前に少しだけ顔を洗わせてはくれ。このままお二方と顔を合わせるのは(はばか)りたいところなのでな」

 

「……はい。お二方には少しだけお待ちいただけるように伝えておきます」

 

 側役はそう言って早歩きで城内へと向かう。

 そんな彼女の背中を見送りながら、ブルトンヌも城内に向かって足を踏み出す。彼女の両目からは一筋の涙が流れていた。

 ただ一匹取り残されたチェルシーはニャンと鳴き声を上げてすたすたと主の後を追った。

 

 

 

 

 

 かくしてガレットの勇者として召喚されたケントとその連れたちはガレット、そしてフロニャルドから姿を消した。

 ガレット獅子団領国領主ブルトンヌは彼らについて、勇者としての役目を終え故郷に帰ったと公表。

 その数日後に開かれた『各国首脳会議』の中でパスティヤージュ王クラリフィエは『大陸協定』を提唱し、各国の同意を得て可決された。

 フロニャ(ちから)を利用し興行という形で戦を認める制度は大陸中の人々を驚かせ、それによってわずか一日しかいなかったガレットの勇者のことなど瞬く間に忘れ去られてしまった。関係者の間でも彼らがその後どうしたのかわかる者はおらず、勇者ケントの一行は異世界に帰ったとも他の大陸へ旅立ったとも言われている。

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこはグランダム城の俺が政務で執る際に使う執務室だった。

 俺はいつの間にか椅子に座っていて、その前には机の上に乗せられた山盛りの書類があり、その向こうに額に青筋を立てている宰相がいた。一見二十代に見えるほど若作りの容貌も今は怒りのあまり眉間にしわが寄っている状態だ。

 …………もしかしてこれってまさか……

 

「おはようございます陛下。ようやくお目覚めになられたようですな」

 

「……ああ、おはよう……もしかして俺って今まで寝てたのか?」

 

 宰相はこくりとうなずく。

 

「はい。私が来た時には机に座りながらぐっすりと熟睡されておりました。もう少しで声を張り上げるところでしたよ」

 

 淡々とした風にそう述べる宰相の額には相変わらず青筋が何本か立っている。

 ……もしかして今までのは全部夢だったのか? フロニャルドという世界に行ったことも、魔物と戦ったことも、ブル閣下やフィーたちに会ったことも、全部執務中に眠りこけていた俺が見た夢だったというのか。

 

 いや、そりゃおかしいとは思っていたけど。

 あちこちで島が浮かんでたり、会ったばかりの美人領主から勇者なんて呼ばれたり告白されたり、おまけにフロニャ(ちから)とかいう加護に守られてよほどのことがない限り死ぬことがない世界なんて、色々とおかしなところだらけだ。ザフィーラやクロゼルクとかがいるし、動物のような耳と尾を持つ人間がいるくらいならおかしくはないんだが。

 しかし、それを抜きにしてもやはり色々とおかしい。なんで途中で夢だと気付かなかったのか。

 

「それで陛下、政務の方はいかがですか? 陛下の前にある書類は一枚も署名が記されていないどころか、目を通した形跡すら見受けられないのですが」

 

「……すまない。まだ確認していないんだ。一日ほど待ってはくれないか」

 

 絞り出すように言うと、宰相はあからさまなため息をついて見せる。

 本当に何で夢だと気付かなかったんだろう? 夢だと気付いていたら、現実に戻る前にあっちでもっと楽しんでいたのに。

 

「まったく、しっかりなさってください陛下。日々舞い込んでくる政務に追われて休みが欲しいのはわかりますがそんな調子では困ります。何の前触れもなく一日中姿をくらまして、今日になって戻って来たと思ったら座りながら舟を漕いでいらっしゃるなど――」

 

 ……えっ? 

 

「一日中姿をくらまして……俺、今までずっとこの部屋で寝てたんじゃなかったのか?」

 

 俺の問いに、宰相は怪訝そうに眉をひそめながら言った。

 

「何を言っておられるのです? 陛下は昨日(さくじつ)の間、ずっと城のどこにもおられなかったではないですか。この部屋にも寝室にもあの庭にも、どこにも陛下の姿がなかったのです。住民たちに気取られないように城下町に捜索を出し、他国が放った刺客による誘拐の線もあるかもしれないと考えて高官たちを集めて意見を交わし、万が一の際に備えておりました。そして今日になって執務室でお休みになっている陛下の姿を見た時は思わず殺意が――拍子抜けしてしまいました」

 

 怖! 温厚なこの人がこんなに怒っているところは初めて見るぞ。

 しかし俺は本当に昨日どこにも行った覚えはないぞ。昨日はずっと…………まさか!

 

「……な、なあ、昨日、守護騎士たちやイクスはどうしていたんだ? そんなに必死になって俺のことを探していたのなら、当然あいつらにも聞いて回っていたんだろう」

 

 恐る恐る尋ねる俺に宰相は困惑が残った顔になって、

 

「それが……昨日は陛下と同じくあの方々の姿も見えなかったのです。……あの方々も今日になって姿を見せているらしいのですが……」

 

 あいつらもいなくなっていたのか。俺が覚えている限りではあいつらも一緒に……ではやはり俺もあいつらも……。

 

「……ところで陛下、先ほどから気になっていたのですが、それは何ですか?」

 

 突然かけられた宰相の問いに、俺は彼の視線の先を追う。

 宰相の視線は俺の手元に届いていて、そこには白い小箱があった。

 

「これは……何でもない。ちょっとした貰い物だ」

 

 首を振りながら答える俺に宰相は眉をひそめながら。

 

「はあ……陛下、大丈夫ですか? 体調がすぐれないようでしたら私が政務を代わりますが。もちろん、どうしても陛下の決済が必要なものはのちほど確認してもらいますが」

 

 激怒寸前から一転して、心配そうな顔になって尋ねてくる宰相に俺は首を横に振りながら答える。

 

「いやいい。寝起きでちょっと混乱していただけだ。俺がやる。そんなことで自分がやるべき政務を貴公に押し付けるわけにはいかない。何とか頑張ってみるよ」

 

 俺の返事に宰相は目を丸くして、感心したように息を漏らした。

 

 あれが夢であろうがなかろうが、一つだけはっきりしていることがある。

 それは俺がリヒトのことが好きだということ事だ。以前からまさかと思っていたし、その気持ちはあそこ(フロニャルド)にいた時だけのものではないだろう。

 身分の差など色々問題はあるが、ここで仕事を宰相に押し付けるようでは彼女にふさわしい男にはなれない。

 だから、ここで頑張らなくてどうすると思った。

 

「そうですか……分かりました。……ところで分かっておられるとは思いますが、そこに積んであるのは昨日の分の案件です。今日の分はのちほどここまで運ばせます……私が見る限りそちらと同じぐらいはありましたな」

 

「――えっ!?」

 

「ではお願いしますよ陛下。後ほど運ぶ分も合わせて、今日中には片付けていただきたいものです」

 

「ま、待て、それはさすがに――」

 

 俺の制止に聞く耳持たず宰相は部屋から出て行って、無情にも扉はばたんと閉まり、部屋には扉に向かって空しく手を伸ばしている俺だけが取り残される。

 ……やっぱり今日くらいは調子が悪いふりをして手伝ってもらうべきだったかもしれない。今日は寝られないかもしれないな。

 失敗を悟りながら俺は手を下ろし、その拍子に机の端に置かれてあった小箱に触れた。

 山積みの書類の前にある白い小箱に視線を移す。

 あれが夢だったのかどうかは、後で昼食の時にでも守護騎士たちやイクスに聞いてみればわかることだ。これを開けるまでもない。

 しかし、それでも俺はこれの中身を確認せずにはいられなかった。

 俺はゆっくりと、恐る恐る小箱の蓋を持ち上げる。

 そして箱の中に入っている者を見た瞬間、感動のあまり肩が震えるのを感じた。

 箱に入っていたのは、ブルトンヌという一日限りの我が主君から賜った、栄誉ある獅子(リオン)勲章だった。

 

 

 

 

 


 

 ある時期から愚王ケントの執務室に置かれていた、銀でできた謎の勲章。

 ケントの死後、この勲章はしばらくの間所在不明となっていたが、のちに彼の寝室の棚から発見されて、ケントの愛剣ティルフィングとともに異母妹ティッタに譲渡され、彼女の裔たるセヴィル家に受け継がれていくことになる。

 

愚王伝 外伝終

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