僕の個性がうるさい   作:黒雪ゆきは

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004 2月26日。

 時はあっという間に過ぎた。

 そして今日2月26日、雄英高校ヒーロー科一般入試本番。

 

「はぁ……緊張するなぁ……」

 

「どこがだよ。合格すんのは当たり前。気にすんならトップかそうじゃねぇかだろうが」

 

「かっちゃんは相変わらず凄いね……」

 

「アァン!? テメェの目線が低すぎんだよクソデクッ!!」

 

「でも今日さ、わざわざ迎えに来てくれてありがとうかっちゃん。おかげで少しだけ気が楽になったよ」

 

「は、はぁ!?!? そ、そんなん、たまたまだよクソがッ!! ちょっと早めに家出ちまったから寄っただけだ死ねッ!! これ以上この件に触れたら殺すッ!!」

 

「わ、分かったよかっちゃん」

 

 うわぁ、今日もかっちゃんはかっちゃんだ。

 すごいなー、緊張とかしないのかな。

 ……しないだろうなぁ、かっちゃんだし。

 かっちゃんは怒りながらズカズカと先に歩いていってしまう。

 

「なぁ、あれ爆豪じゃね? ヘドロん時の」

 

 僕もかっちゃんに着いて行こうとしたら、そんな声が聞こえてきた。

 

「後ろのやつは緑谷だ! 俺テレビで見たぜ、あいつがあのヴィランを吹き飛ばすとこ!」

 

「うわマジかよ、やっぱ雄英受けるのかぁ」

 

「こりゃ気合い入れねぇとな」

 

「でも、もじゃもじゃ頭だし……あんまり凄いって感じしないわね」

 

「ばっかお前知らないの!? あいつが───」

 

 いろんな視線が僕に突き刺さる。

 

 ……ちゅ、注目されてるぅぅぅ。

 

 ただでさえ緊張で心臓バクバクなのに、さらに変な汗まで出てきた。

 と、とりあえず受験会場に向かわないと。

 このくらいで動揺してどうする! 

 ヒーローへの第一歩を踏み出そう! 

 

 ロボットのような足取りでその一歩を───踏み外した。

 

 ……これだよ。

 

 僕は倒れながらそんなことを思った。

 

《問題ありません。ワタシが───おや、これは……》

 

 シスの声が聞こえた。

 たぶん、個性を発動しようとしてくれたんだと思う。

 そういう感覚があった。

 でも、発動していない。

 

 なのに───僕は浮いていた。

 

「大丈夫?」

 

 女の子の声が聞こえた。

 

「え? えぇぇええ!?」

 

 よく分からないふわふわとした状態に、僕は思わずバタバタとしてしまった。

 するとその女の子は、僕の身体をゆっくりと起こしてくれた。

 ようやく、僕の足は地面につく。

 いろんなことが一気に起こりすぎて、僕は放心してしまった。

 

「私の個性。ごめんね勝手に。でも、転んじゃったら縁起悪いもんね」

 

 両手を合わせながら、まだ名前も分からない女の子は麗らかに笑った。

 

「緊張するよね」

 

 そう言って笑う女の子は太陽のようで───。

 

 ま、まず、お礼を言わなきゃ! 

 

「あ、あぁの、ええと───」

 

 

 ───BOOM!! 

 

 

 聞き慣れすぎた爆発音が小さく響いた。

 

「え?」

 

 その音につられ、嫌な予感と共に僕が目を向けた次の瞬間には───

 

「何してんだ丸顔?」

 

「……へ?」

 

 なぜか、かっちゃんが僕を助けてくれた女の子の胸ぐらを掴んでいた。

 ただただ唖然とする麗らかな女の子。

 あまりにも突拍子のないことに、僕もすぐには何が起きたのか理解できなかった。

 

《彼女はすぐに手を出しますね。嫉妬、にしてもこれは度が過ぎています》

 

 そんな呑気なシスの声が聞こえて、ようやく僕は正気を取り戻した。

 

「何してんのかっちゃん!!」

 

 僕は慌ててかっちゃんの手を引き離した。

 

「アァッ!? テメェが居ねぇからッ!! わざわざ見に来てやったんだろうがッ!!」

 

「じゃあなんで胸ぐら掴んだの!?」

 

「そりゃあこの女が───」

 

「あのっ!」

 

 僕とかっちゃんが言い争っていると、麗らかな女の子が声を上げた。

 

「私なら大丈夫! うん! だからお互い頑張ろうね! じゃっ!」

 

 そう言って、まだ名前も知らない女の子は小走りで行ってしまう。

 だから僕は思わず呼び止めようとした。

 

「あ、まっ───」

 

「おいデクッ!! まだ俺との話は終わってねぇぞッ!!」

 

 僕の声はかっちゃんの怒鳴り声にかき消され、女の子は行ってしまった。

 

 ……はぁ。

 

 まだ、お礼も言えてないのに……。

 

 少しだけ嫌な視線をかっちゃんに向けてしまうけど、仕方ない。

 

「な、なんだよデク……お、俺が悪いっていうのか!?」

 

「……いつも僕言ってるよね。少しだけ、ほんの少しだけでもいいから他人を気遣ってよって……」

 

「なんで俺がよく知らねぇモブに気ィつかわなきゃなんねぇんだよッ!」

 

「そうそれ! そういうとこだよ! とりあえず知らない人をモブって言うのやめなよ!」

 

「あぁゴタゴタうっせぇなッ!! ほら行くぞッ!!」

 

 かっちゃんが僕を引き摺るように会場へ連れていく。

 なんでかっちゃんはこうなんだろう……。

 ヒーローを目指すんだったら、こういう所を直さないといけないんじゃないかな……。

 せっかく才能に溢れてるのに、これじゃヒーローらしくないよ。

 

《でもイズクにだけは優しいですよね。なぜでしょうね》

 

 ……シスも大概だよ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 筆記試験を終えて、僕はほっと一息をつく。

 

 一抹の罪悪感を抱えて───。

 

 はぁ……本当に良かったのかなぁ……。

 

《当然です。ワタシはイズクの個性。使って何が悪いのでしょう。確認した中には知性を向上させる個性を持っている者も幾人かいました。むしろ、ワタシを使わないことは全力を出さないことと同義ですので、他の受験生への侮辱です》

 

 ……そう、シスだ。

 

 シスのおかげと言うべきか、シスのせいというべきか……僕はたぶん───筆記満点だと思う。

 

《当然です。ワタシはイズクが今まで取得した情報を全てデータとして保管しており、必要に応じてイズクに提示できます。加えて、ケアレスミスも全て指摘しましたので満点以外ありえません。これで満点でなかったら雄英を訴えましょう》

 

 ……うん、ちょっと静かにしてて。

 

『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』

 

 僕がちょっと落ち込んでいたら、実技試験の説明が始まった。

 いや、あのヒーローは───

 

「ボイスヒーロー・プレゼントマイクだぁ!」

 

 すごい! 

 ラジオ毎週聴いてるんだよ僕! 

 雄英の講師はみんなプロのヒーローなんだ! 

 感激だなぁ! 

 

 その後も実技試験の説明はつつがなく行われた。

 途中で、眼鏡の真面目そうな人に怒られてしまったけど……。

 

『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! “真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者”と! “Plus Ultra”! それでは皆、良い受難を!』

 

 プレゼントマイクの説明が終わる。

 いよいよ実技だ。

 はぁ、やっぱ緊張する。

 でも個性が発現してから今日まで、シスと一緒にずっと頑張ってきたんだ。

 だから絶対大丈夫。

 

 僕は緊張を紛らわすために、無理やりそう思い込んだ。

 

《えぇ、イズクは努力を続けてきました。何一つとして問題はないでしょう。加えて、どんな突発的な事象であろうとワタシが解析し、対処してみせます。安心して下さい》

 

 うるさくて夜なかなか眠れない時もあったシスの声が、この時だけはありがたかった。

 

 うん、ありがとシス。

 

 僕は会場に移動するために、静かに席を立つ。

 

「おいデク」

 

 その時、かっちゃんが僕を呼び止めた。

 

「手抜くんじゃねぇぞ。本気のお前に勝って一位になんのは、この俺だ」

 

 ……はは。

 

 かっちゃんはいつも変わらない。

 受かるかどうかを気にしてる僕なんかとは大違いだ。

 常にトップを見据えてるその姿勢は───本当にかっこいいよ。

 でも長い付き合いだから分かる。

 これは、かっちゃんなりの激励でもあるってことが。

 

「───うん。全力を尽くすよ」

 

「……分かりゃあいいんだよ」

 

 それだけ言うとかっちゃんは歩き出す。

 少しだけかっちゃんの背中を見送ってから、僕も歩き出した。

 

 僕は演習会場Bに向かう。

 しばらくドキドキしながら歩き、途中からバスに乗って移動すると広いビル群が見えてきた。

 

 大きな門にどうしても萎縮してしまう。

 

 うわぁ、みんな自信ありげだなぁ……。

 

 その時、校門前で助けてくれた麗らかな女の子が見えた。

 同じ会場だったんだ。

 

 お礼を言おう───と思ってやめた。

 

 今はダメだ。

 邪魔になるかもしれない。

 全て終わってからお礼を言おう。

 

 そう思って僕も心を落ち着けようと大きく深呼吸をして───

 

『ハイ、スタート!』

 

 唐突に賽は投げられる。

 困惑により静寂だけがこの場を支配する。

 

 そう、誰も反応できなかった。

 

 当然僕も。

 

 でも───シスは反応した。

 

《言ったでしょイズク。何一つとして、問題はないと》

 

 僕の意志を無視して発動される最大出力の斥力。

 

「うわぁぁあああ!!」

 

 情けない叫び声と共に実技試験が始まった。

 




お読みいただきありがとうございました。

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