「……うるさい。そもそもあなたは何? 出久の何? 答えて。はやく」
「はァ? なんでンな事テメェに教える必要あるんだよッ!!」
「……そう、もういい」
轟さんはそう言ったのを最後に黙ってしまい、しばらくかっちゃんをその冷たい瞳で睨んだ。
かっちゃんもそれを迎え撃つ様に睨み返した。
今にも戦争でも始まるんじゃないかという緊張感に、僕の居心地はさらに最悪なものとなる。
そして、それは物理的な変化としても現れた。
……寒っ!
そう、寒いのだ。
気のせいなんかじゃない。
どう考えても気温が下がっている。
そよぐ風がもはや冬のそれなのである。
えぇぇぇ、何これ……。
なんか絶対よくないことな気がするけど……。
《轟凍火の個性の影響ですね。右半身から氷を、左半身から炎を放出し操れる個性です。現在、轟凍火は右半身の氷を操る能力を爆豪勝妃に対して使用するつもりなのでしょう》
な、なにその凄すぎる個性!?
むちゃくちゃだよ、強すぎる!
ほんと無敵なんじゃ……いや、ちょっと待って今シスなんて言った!?
轟さんがかっちゃんに個性を使おうとして───
《まったく問題ありません。遠距離は確かにあちらに分があるかもしれませんが、ワタシの解析と『斥力』があれば問題なく対処可能です。サンプルとしていくつか戦闘の際の攻略モデルを提示───》
違う、そうじゃなくて!
「ま、待ってよ二人とも!!」
シスのズレた解説が始まるのを遮り、僕はたまらず声を張り上げた。
二人の視線が僕に突き刺さる。
うわぁ……。
二人とも凄い怒ってる。
嫌だなぁもう……帰りたい……。
って違うだろ馬鹿か僕は!
この場を収めないといけないんだろ!
《帰りましょう。イズクが構う必要はありません。やらせておけばいいのです》
なんでこういう時にかぎってやる気なさげなの!?
さっきまですっごい生き生きしてたのに!
どうすればこの場が収まるのか2人を解析して分かったりしない!?
《……できますけど、イズクは疲れています。具体的には『ブドウ糖』が規定値を下回りそうです。こんな意味のないことに個性を使うことはやめましょう》
あぁぁぁぁ、もうッ!!
「えぇと……かっちゃん! こちら轟凍火さん。轟さん、こちら爆豪勝妃。僕の幼馴染みだよ!」
必死に頭を回転させても、僕には互いを紹介ぐらいしか思いつかなかった。
怖すぎる2人のせいで僕の額には嫌な汗が垂れてしまうけど、少しでも和ませたくて必死に作り笑顔を浮かべる。
やるしかないんだ!
今まで培った全てでこの場を収めてやる!
「……幼馴染み」
轟さんはとても小さな声でそう呟いた。
「おいデクッ!! コイツは一体なんなんだよッ!!」
「ダメだよかっちゃん、コイツなんて言っちゃ! 初対面だよ!?」
「アァ!? どうでもいいんだよンなことは。俺はコイツが気に食わねぇ」
「なんですぐそうやって人を蔑ろにするようなこと言うのさ!! それで傷つく人もいるっていつも言ってるじゃないか!!」
「だからなんで俺がモブでしかねぇこの絶壁女に、気ィつかわねェといけねぇんだよ!!」
「ぜ、絶壁って……、それもやめなよ!! 人の身体的特徴を蔑称にするの!! それにモブってのも───」
「───楽しそう」
「え……?」
「……出久、楽しそう」
かっちゃんと言い争ってたはずなのに、轟さんのその小さな呟きはやたらと鮮明に聞こえた。
思わず視線を向けると、轟さんの瞳が僕を真っ直ぐと見つめていた。
その目は、さっきまでが温かいと思えるほど冷たくて───
「……いらないよ」
「え、あの……轟さん、それってどういう……」
「……幼馴染みなんていらない」
有無を言わせぬ凍える威圧感。
轟さんの瞳には光がなかった。
底が見えないほど深い崖を覗き込んでいるかのような無限の闇。
全て呑み込む虚ろだけがそこにはあり───
───ゾクッ
ひっ……。
僕は掠れた悲鳴を震わせた。
言い表しようのない恐怖が全身を支配する。
……まて、僕はヒーローになるんだろ!!
折れそうになる心を何とか支え、奮い立たせる。
僕はヒーローになるんだ!
こんなことで屈する奴が、どんなに困ってる人も笑顔で救える最高のヒーローになんかなれるはずないだろ!!
頑張れ!! 緑谷出久!!
意を決して、僕は轟さんを真っ直ぐ見つめ返し、
「と、轟さんは! どうしてここにいたの?」
話題を逸らした。
これが、僕が見つけた唯一の活路だった。
「やっぱり轟さんも雄英を受けたの? ヒーローになるって言ってたもんね!」
「……あ」
「え、ど、どうしたの、轟さん……?」
轟さんが少しだけ言葉に詰まった。
あの目を見てしまったからだろうか。
たったそれだけの事なのに、僕はそれがとてつもなく怖かった。
「……覚えててくれた」
轟さんのその小さな呟きを僕は聞き漏らしてしまった。
「今なんて───」
聞き返そうとした次の瞬間には、再び轟さんが僕の胸に飛び込んできた。
女の子の柔らかい感触に、僕の思考はまたしても真っ白になってしまう。
「……嬉しい。不安だった。出久が覚えててくれて、本当に嬉しい」
あの冷たい瞳はなんだったのか。
何が彼女の琴線に触れたのか僕にはわからなかったけど、とても嬉しそうに、とても柔らかに笑うその姿は見る者全ては魅了するようだった。
思わず息を呑んじゃったんだけど───
───BOOM!!
我に返るには十分すぎる爆発音が響いた。
「いちいちひっつかねェと会話もろくに出来ねぇのかァッ!? 根暗女ッ!!」
かっちゃんが僕と轟さんを乱暴に引き剥がす。
僕は強烈なデジャブを感じた。
そして僕がさっき注意したからか、何気に轟さんの呼び方が変わってるあたり、かっちゃんのみみっちさがでている。
轟さんは一切気にすることなく言葉を続けた。
「……出久、一緒にこれから頑張ろう。2人でヒーローになろう」
「うん……と言いたいところだけど、まだ受かってるか分からないし……」
「……そっか。でも問題ない。私の家は金と権力だけはあるんだ。あのクソでドブ以下の父親を頼るのは嫌だが、出久の為なら───」
「───ざっけんじゃねェッ!!!!」
今までで一番大きなかっちゃんの怒声が響いた。
通行人が思わず足を止めてしまうほど。
そして、僕は幼馴染みだからわかった。
───かっちゃんが本気で怒っている時の声であると。
僕を跳ね除け、かっちゃんが轟さんの胸ぐらを掴みあげる。
「次、そんなふざけたこと言ってみろ。マジでぶっ殺すぞ? テメェはなんも分かっちゃいねェ。デクはなァ……強ェんだよ。他のモブ共とは違ェんだよ。知りもしねぇくせに、デクの力見くびるようなこと言ってんじゃねェぞッ!!!!」
あまりの迫力。
かっちゃんの本気の目。
僕はもちろん、轟さんまでもが放心してしまうほどの凄みだった。
「……ちが、私は……」
気圧されたのか、轟さんは俯いてしまった。
「ほら、いいかげん帰るぞデク」
かっちゃんが僕の手を引いた。
そこで僕はようやく意識を取り戻した。
轟さんは俯いてしまっている。
このままじゃいけないと思った。
だから───
「轟さん! また雄英で会おうね!」
「……チッ」
絶対受かってる、なんて断言できるほど自信に満ちているわけじゃなかったけど、今轟さんにはこの言葉をかけるのが一番いいと思った。
かっちゃんが盛大に舌打ちしてたけど。
僕の言葉に轟さんはゆっくり顔をあげて、
「……うん、さっきはごめん出久。また雄英でね」
少しだけ涙を浮かべていた轟さんは、それでも笑顔で手を振ってくれた。
こうして、波乱に満ちた僕の雄英受験当日は幕を閉じた。
色んな意味でやたらと疲れてしまっていた僕は、家に着くなり倒れるように寝てしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。