GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~ 作:キョロ
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
あの後、意識せずとも身体は自然と自室へと向かっていた。習慣って怖い。
部屋に着くなり、いつも着ている赤いジャケットを脱ぎ捨ててベッドに腰掛けた。今までの流れはただそれだけだ。
多分あの出来事から一日は確実に跨いでいると思う。というか跨いだ。さっき時計の日付が違ってた。
いつも着ていたF制式レッドを脱ぎ捨てたのは完全に無意識だった。思い出したくないんだと思う。血の色だから、赤は。
「……はあ……」
俺は寝ていなかった。いや、でも記憶が所々途切れているから寝たのかもしれない。そこから既に曖昧だ。
部屋から出る気など全くなかった。というか一生ここに引き籠っててもいいと思う。駄目人間だとか、馬鹿だとかなんとでも言えばいい。
正直、俺は初めてこの神機使いという職業を辞めたいと思っていた。
初めてアラガミを倒したときのあの感覚。あれは今でも忘れられない嫌なものだが、それよりも今回のものは酷い。
アラガミを倒したときのことは直に手に残っている。昨日のことは直に記憶に残っている。
影響力が強いのは本来前者のはずだが、俺にとってのトラウマは後者のほうだった。
これは時間軸が後者の方が新しいものだからなのだろうか。俺のことのはずなのに俺自身が曖昧だ。
「……なーつー……」
「……」
「……開けてよー……」
ドンドンと乱暴に扉を叩く音の間に聞こえる女の声。まあ十中八九メリーだろう。
物に乱暴に当たられても困るのだが……。あいつはきっと女じゃないんだろう、それですべては解決する。
とにかく今は人に会う気など更々ないので、そのまま無視を決め込んで俺はベッドに上半身を埋めた。
寝れるかどうか試そうと思い瞼を閉じてみる。電気をつけていない部屋で普通瞼の裏に映る色は黒系統だが、今の俺の瞼の裏には赤以外の色はなかった。
囚われすぎだろ。いつもは否定しているメリーの罵倒を今なら受け入れられる気がする。
「……なー」
ズドンッッッ!!
「……はい?」
今、どこからか鳴ってはいけない音がした。いや、この部屋の中ではどの場所でも鳴ってはいけない音だった。
どこから鳴ったのだろうと確認するために上半身を起こした俺の目に入ったのは、もくもくと煙を上げている扉の跡だった。
おかしい。扉は鍵をかけているから絶対に開くはずがないのだ。おまけにあの煙ときた。
……これは、もしや。嫌な予感が脳裏を掠めて、しかし否定する気が無い自分がいることに気付いてしまった。
「あっ……。ちょっ、ちょっと蹴ったら、……ねえ?」
何故なら目の前に元凶であるであろう女……メリー・バーテンがバツが悪そうに立っていたのだ。どう否定しろと。
いつもの堂々とした態度とは違い、気まずそうに視線を彷徨わせた後部屋に入ってきた。さすがに立ち去る気はなかったようだ。
「……何これ」とメリーは俺の脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げると、すぐにまた捨てた。何がしたかった。
「でー、引き籠り夏くんはどうしたのかなー?」
机の近くに置いておいた貰い物の冷やしカレードリンクのダンボールを見つけたメリーは中身を出して扉へ向かった。あと二本だったらしい。
勝手に持ち出したセロハンテープを使って器用にダンボールを扉に貼り付けている。扉の代わりにするようだ。
作業の合間に聞いてきたメリーの問いに対して俺はだんまりを決め込んだ。言う必要なんてない。
「無視? 無視なの? ちょっと酷過ぎない?」
「うわっ」
顔を上げたら目の前にメリーの顔があった。思わず声を上げて後ろに後退りしてしまう。
扉にはきっちりダンボールが貼り付けてあった。こいつ、作業が早いな……。
俺の反応をどう思ったのかメリーがにやにや笑いながらさらに詰め寄ってきた。こいつはまた勘違いされたいのだろうか。
「んー? 言葉で言ってくれないとあたしもさすがに分からないわよー?」
「……うぅっ」
どうしてだろう。なんか泣けてきた。
ちょっと涙目になりつつもメリーに視線を向ける。なんであいつは楽しそうなんだろう。
「……あれ……」
「……あら?」
その時、というよりは一瞬で、だったと思う。
不意に胸につかえていたものがスッと取れた。取れたというより消え去ったという感じが正しいのだろう。残ったのは空虚のみだ。
それがメリーにも伝わったのかメリーも怪訝そうに眉を寄せている。何故か自分の手をまじまじと見つめているが、それはどうでもいいだろう。
「とにかく、早く帰ってくれ」
「嫌よ。帰らない」
「俺のプライバシーはどうなるんだ」
「安心して。もう無い」
「安心できないよ!?」
思わずいつも通りツッコミをしてしまった。さっきまであんなに元気がなかったって言うのに。ちょっと拍子抜けだ。
「いつもの夏ね」と満足そうに頷いているメリーを見てため息をついた。どうやら一本取られたようだ。
メリーは移動して机の側にある二つの椅子を占領した。一つじゃ駄目なのかな。
「……んくっ、んくっ……。あー、やっぱ不味いわね」
机の上に置いた冷やしカレードリンクの内一本を手に取り飲んだメリー。お前自由すぎるだろ。自室か。
俺はもう一度ベッド身体を埋めた。動きが無い。
「で、何をそんなに悲観してるわけ? 三人中二人は助かったのよ?」
不思議そうな声でメリーは三度目になる質問をしてきた。
三人中二人、か。なんでそんなにも不思議でいられるのかが俺には分からない。
俺から見れば三人中一人が死んだのだ。なんでメリーは俺のその反対を見ることが出来るんだろう。
「……俺、人が死ぬのを見たの初めてなんだよ」
「ダサいわねー。そんなのでへこんだわけ?」
「っ、普通の反応だろ!?」
「あたしの支部なんかゴロゴロ死んでたわよ。無能ばっかり集まるからね」
「それでもそれは人の命に変わりないじゃないか!」
「どうでもいいわよ。だって、あたし接点無いもの」
本当に面倒そうにメリーはそう言い捨てた。俺にはそれが本心かどうかが分からないけど、ただその言葉に対して怒りを感じることはできた。
上半身を先程と同じように起こし、メリーを睨み付ける。
壁にあるディスプレイを見つめているメリーの表情はどこか退屈そうに見えた。
「俺は違う。俺はあいつと確かに依頼に行ったっていう接点がある」
「でも赤の他人には変わりがない。違うかしら?」
「だとしても! ……目の前でなんだ……!」
自分の手がもう少しで届くんじゃないかと言う範囲。その範囲内にあいつは確かにいた。
俺があいつの元へ走っていくのではなく、庇うとか途中に割って入って盾を展開してやれば良かったんじゃないかとか後悔が一気に押し寄せる。
あの一瞬の光景がまるで写真のように頭の中で残っているのだ。
視界の下の方に映る自分の伸ばした手。その先で崩れかけているあいつ。あいつの身体から噴き出す赤い、液体。
まるでその場にずっといるかのような感覚になり、吐き気を感じる。胸のあたりを右手で強く押さえた。
「っ、さっきからブツブツブツブツ……。あんた何様よ!!」
壊れるんじゃないかと言うくらい強く机を叩いてメリーは立ち上がった。
俺自身が叩かれたかのようにビクリと体が大袈裟に震え、同時に吐き気もどこかへと引いていった。
メリーが座っていた椅子は倒れていた。
「何? あんたは神様なわけ? なんでも助けられるわけ?」
「……」
「例えば今北極に死にそうな人がいるとして、あんたは助けに行けるの? 違うでしょ?」
「……俺は」
「あたしたちは人外な力を持っていても所詮人間なの。出来ることには限りがあるの」
「……俺は……!」
「だからこそ、手の届く範囲を護ろうと努力する。それが人よ。覚えなさい」
倒れていた椅子を丁寧に元に戻し、飲み干した冷やしカレードリンクの缶を捨ててメリーは立ち去った。
立ち去り際に「今日はいいから、明日はエントランスに来なさい」という言葉も残して。今のままじゃ使い物にならないということだろう。
まさか“人”についてメリーから説かれるとは思ってもみなかった。それだけ今の俺は酷い状態なのだろうか。
先程のメリーの話は理にかなっている。分かってる。自分だってそんなことは分かっているのだ。それでも認められない。
「分かってるよ……!」
俺はいつからこんなにも子供だったのだろうか。
膝を身体に引き寄せて顔を埋めた。さっきから目頭が熱い。止まらない。
「誰にもっ、死んでほしくないんだよ……!」
とんだお人好しね。そんなメリーの声が聞こえた気がした。