GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~   作:キョロ

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いきなりシリアスゥ……。
いつもより文章おかしくなってるかもしれません。
シリアスだから(にっこり)

では、スタートです。


38、そして消える

 暗い暗いここはどこだろう?

 

 どこか見覚えがあるようで全く見覚えのないこの場所はどこだろう?

 

 こうやって考えている頭は、もしかしたら錯覚なのかもしれない。

 

 私の、あたしの、僕の、俺の……。自分は、自分をなんと呼んでいた?

 

 覚えてない。何もかも。

 

 暗いよ。怖いよ。

 

 ……誰か、

 

 

 ――助けて……。

 

 

――――――――――

 

 

「マジかー……」

 

 ただいま、俺の部屋の前にて。

 普通なら扉のロックをしてすぐに通り過ぎてしまうんだが、今日ばかりは通り過ぎることが出来なかった。

 何故なら、いつかのあの日のように釘でメリーから手紙が届いていたからだ。

 ……メール使えよ。

 

『夏へ

 今日は朝から支部長に呼ばれたので行ってきます。

 ちなみに特異点らしき反応が愚者の空母らへんであったそうです。

 その捜索がゼルダとソーマのみらしいのでその抗議もついでにしてきます。

 とりあえずなんか任務やってこい。トラウマ克服したんだから大丈夫でしょ?

 じゃ、頑張って。

 メリーより』

 

「ははっ。……どーいうことだよ!」

 

 支部長に呼ばれたのはまだいいとしよう。あいつは支部長が直々に引き抜いてきた人材だ、用があってもおかしくはない。

 しかしだな、なんで俺はともかくメリーが特異点探しに行かないんだ!? ちょっとおかしいにも程があるでしょ。俺たちの今までの苦労は……。

 そしてそれを直接抗議しようとするメリーの精神も俺には理解できない。俺には無理だから心の中だけで抗議するよ。

 ……俺、一人で行くのかあ。嫌だな。いや、トラウマはもう大分消えたんだけどね?

 その証拠に今日の俺の服はF制式レッドだ。勇気を出して服装を戻してみました。

 

「うーん、と言ってもどうすればいいものか」

 

 とにかくエントランスへ来てみた。ブツブツ言っても始まらないからね。

 ちょうどゼルダとソーマが出撃時間だったようでついでに見送りもしておいた。行ってらっしゃい。吉報を待ってるよー。

 見送りを終えてから階段を下りてヒバリちゃんのところへと移動。今日は何の依頼受けようか。

 

「ヒバリちゃん、なんか適当に見繕って」

 

「メリーさんは……。ああ、特務ですか」

 

「多分そうだと思うよ。あー、いると邪魔だけどいないと暇だ」

 

「なんだかんだ信頼関係が築けているということではないでしょうか」

 

「あれは信頼関係と言えるのか?」

 

 ほぼ毎日殴られてる気がするよ。というか殴られてない日なんてあったっけ? ……駄目だ、とても大事なことなのに思い出せない。

 頭を抱え込みたくなる衝動を抑えてヒバリちゃんから依頼を受けた。とりあえずいつも通りの荷物でいけばなんとかなるだろ。

 

「んじゃ、行ってきます」

 

「お気をつけて」

 

 ヒバリちゃんの声を聞きながら俺は階段を上がって出撃用エレベーターへと乗り込んだ。

 あー、今日はいつもより時間使いそうだなあ。

 

 

――――――――――

 

 

 カンカンと辺りに鳴り響く神機が弾かれる音。久しぶりにこの音聞いた気がするよ。

 今更後悔する。ちゃんと選んでおけばよかったと。適当に、なんて言うんじゃなかったと。

 

「ヒバリちゃん、今度から自分選ばせて下さいお願いします」

 

 この場にはいないオペレーターを思い浮かべて俺はそう告げた。

 今回の討伐対象はシユウ堕天だ。……俺の天敵だよ。まったく嫌な依頼に来ちまったもんだ。

 一応ヴェノムがあるおかげで多少は何とかなっているんだが、剣自体の攻撃がほとんど効いていない。うああああ、来なきゃよかった。

 ……今度、違う神機パーツも作ろう。うん、じゃないとこの先やっていけない気がするよ。

 

「早く終われよ! 帰りたいんだよ!」

 

 こういう時にメリーがいてくれば俺のこと貶しつつもちゃんと手を貸してくれるんだけどな。

 今一番助っ人が欲しい瞬間だ。誰か来てくれないかな。

 足に力を入れて思い切り地面を蹴り、そのままシユウ堕天の頭に強引に神機を突き刺した。頼む、くたばってくれ。

 俺の願いは全く通じることなくそのまま動き出そうとするシユウ堕天。仕方なく俺はシユウ堕天を蹴って神機を引き抜いた。

 

「さて、これからどうしようかっ……!?」

 

 背後から寒気を感じて、咄嗟に横に飛んで回避した。体勢を崩してゴロゴロと地面を転がる形となったが、まあいい。

 俺がいた場所を貫いた剣のような形をしたものは勢いそのままにシユウ堕天を貫いた。……あ、依頼完了?

 でもなあ、

 

「こういう乱入の場合って、駆除しないと駄目かな?」

 

 俺を襲ってきたのは報告になかったボルグ・カムラン堕天だった。なんで原種じゃなくて堕天種が来るんだよ、面倒くさいな。

 まあシユウ堕天を倒してくれたことには感謝するけどな。ありがとー。

 ため息を一つ吐いて髪を左手で少し乱してから戦闘態勢に入る。連絡は事後でも構わないよな。

 

「かかって来いよ。トラウマ潜り抜けてちょっとはマシになったんだ」

 

 俺の声に呼応するかのようにボルグ・カムランが鳴いた。

 

 

――――――――――

 

 

 さすがに、二戦連続は身体に来るわ……。いつも運動と言う名の仕事をしているけどそれでも筋肉痛になりそうで怖い。身体バッキバキ。

 俺はエントランスのいつものソファで机に突っ伏していた。机の上には俺が飲み干した冷やしカレードリンクの缶が六本転がっている。

 簡単に言ってしまうと、俺はここでメリーの帰りを待っていた。

 ヒバリちゃんとか周りの人に聞いた感じでは帰ってきていないそうだからここで待ってれば見つけてくれると思う。

 ……と、二時間前の俺は思っていました。

 

「遅いっつーの……」

 

 ええ、二時間ずっとここで待ってます。座りすぎて尻が痛くなり始めてきた。

 一時間前に「もしかしたら既に自室か?」と考えて行ってみたけどもちろんいるわけが無かった。どこほっつき歩いてるんだよ。

 俺に一日中ここに居ろって言ってるのか? 昨日と言い今日と言い、本当にあいつはひどい奴だ。

 

「ちくしょう、こうなったら意地でも待っててやる」

 

 まだ居たの、と呆れられてもいい。どうせ俺は馬鹿だからな。開き直ってやるさ、事実だから。

 そんな俺を気遣ってヒバリちゃんが時折声をかけてくれたのはまた別の話。

 

 

――――――――――

 

 

「くっ、さすがに警備は厳重ね……」

 

 サクヤは今、エイジス島に侵入していた。

 と言うのもリンドウの腕輪を回収した際、彼の遺した置手紙に気になる部分がありそれを確かめるために来たのだ。

 置手紙の内容は『アーク計画』というものだった。表で発表されているエイジス計画とは一見無縁そうに見える計画だ。

 しかしこのアーク計画、エイジス島を隠れ蓑にしているのではないかというとんでもない推測があったのだ。

 リンドウ自身も確かめようとバグプログラムまで作成していた。サクヤはそれを使ってここまで来たのだ。

 

(もうそろそろ最奥のはずね)

 

 辺りの視界は暗く、前方が上手く見えない。慎重に慎重に一歩ずつ進んでいくが、それでもサクヤの不安は拭えなかった。

 不意に、サクヤは視界に何かが入った気がして足を止めた。前方ではない。上だ。

 

「なに、これ……」

 

 何かとても大きなものが見える。触手のような蔦のようなものが絡まったそれは視界が悪い今でははっきりと確認することが出来ない。

 しかしどう見たってこれは公表されているエイジス計画とは全く違うものだ。コウタが知ったらどんな顔をするのだろうとサクヤは顔を顰めた。

 

 

 ビー! ビー!

 

 

「っ!?」

 

 それは唐突な出来事だった。

 急に警報が鳴りだし、暗かったその場所は赤い光に包まれる。

 サクヤは慌てて状況分析のために周りをすぐに把握する。しかし、それはあまり得策ではなかった。

 前方からレーザーが飛んできた。前ではなく周囲に気を配っていたサクヤはその反応に遅れてしまった。

 駄目だ、避けられない。

 

「しまっ……」

 

「危ないっ!」

 

 当たる。そう覚悟したサクヤの目の前に飛び出たのは、赤い新型可変式の神機を手に持った一人の少女だった。

 少女はサクヤを庇うように立つと即座に盾を展開してレーザーの威力を吸収した。

 盾を解除して銃形態へと神機を切り替え、レーザーを撃ってきたと思われる場所に銃撃を放つ。着弾した場所で小規模な爆発が起こった。

 一連の動作を終えて神機を下ろし、「ふぅ」とほっとしたようにため息を吐くその少女をサクヤはよく知っていた。

 

 

「アリサ……! あなた、なんでここに?」

 

 その少女はアリサだった。

 しかしサクヤには何故ここにアリサがいるのかが本当にわからなかった。

 サクヤは誰にも言わずにアナグラを出、このエイジス島にやってきた。だからついて来る者など誰も居ない、そのはずだった。

 ……いや、一人話した人がいる。その人物を思い浮かべてサクヤは思わず苦笑した。

 

「勝手に置いていった挙句死んだりなんかしたら、笑い話にもなりませんよ!」

 

 多分、ゼルダに聞いてきたのだろうと思ったサクヤの推測は当たっていた。

 実はこっそりと抜け出すつもりが同じ階に住んでいるということもあり、今朝方ばったりと鉢合わせしてしまったのだ。

 ゼルダはすぐにサクヤがいつもと調子が違うことに気付いてその訳を聞くまで問い詰めた。ゼルダにしてはかなりしつこいものだったと思う。

 観念して話したサクヤの後を、やはりゼルダはついていくと意見した。しかしそれは駄目だと今度はサクヤがその理由を言い返せないほど並べ立てた。

 結局ゼルダはついていくことを断念し、仕方なく支部長に言われた特務の方へ出かけて行った。

 それで終わりだと思っていたのだが……。ゼルダもどうやら問い詰められると弱いタイプらしい。頭を下げられただけで承諾してしまう子だから。

 

「ようこそ、エイジスへ!」

 

 いつのまにか明るくなった視界。その視界に移ったのは高らかと二人にそう告げてきた極東支部支部長であるヨハネス・シックザールだった。

 その姿を見たサクヤは悪い予感が当たってしまったと苦虫をかみつぶしたような顔になる。

 そもそもリンドウの件からおかしかったのだ。更にエイジス計画の発案者はヨハネス。エイジス島を自由にできるのは最初から一人しかいなかった。

 

「思っていた楽園と違って落胆したかね? しかしこれが現実だ」

 

「支部長、やはりあなたが……。これは一体どういうことですか!?」

 

「……彼はここに侵入する手筈まで整えていたのかね、サクヤ君」

 

 確信が事実に変わった瞬間だった。あの置手紙で薄々気付いていたことが、ここに来て覆せないものとなってしまった。

 リンドウはただの事後ではなく意図的に殺された。その事実がサクヤには何よりつらかった。

 

「惜しい。実に惜しい人物を失ったものだ」

 

「戯言を! あなたがそう仕向けさせたのね!?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 ヨハネスは否定しなかった。この場で否定することは何の意味もない。計画は達成目前だ。バレてしまっても問題は特に発生しない。

 しかし、あの時、リンドウが生きていた頃は違ったのだ。

 アーク計画のために必要となる『特異点』が見つかっていないあの頃は、まだその全貌を知られるわけにはいかなかった。知られてしまえば手を打たれる。更に言ってしまえばリンドウは別の人物と繋がっていた。あの状態のままではアーク計画が知られてしまうのは時間の問題だった。

 だから、先に手を打った。

 

「アラガミの引き起こす終末捕喰により、この星はいずれ完全なる破壊と再生を迎える」

 

 全ての種が一度完全に滅ぶ。しかしそれは悲しむべきことではない。何故ならその後に待っているのは再生なのだ。歴史も種と共にリセットされる。その後になら、アラガミに怯えることなくまた新たな歴史を歩んでいくことが出来る。

 だがそのまますべてが滅んでしまっては何の意味がない。そこでこのアーク計画だ。真に次世代へと生き残るべき人物を箱舟に乗せ、全てが終わった後にまた生まれ変わった地球へと舞い戻る。

 それこそがエイジス計画の裏で行われていたアーク計画の全貌だった。

 

「……しかし、残念なことに箱舟の席は限られている」

 

 そう。問題はそこだった。

 いくらアラガミの出現によって減ってしまった人口と言えど、その数はとても多い。極東支部周辺だけでも多いのに、それが全世界となったらどれほどの人が未だ生命活動を続けているのか。

 すべてを運ぶことなど不可能。だから、選ぶ。次世代に無能な者は要らないのだ。

 

「本当に、本当に残念なことに君たち二人はそのリストから外れてしまった」

 

 そして、これほど重要な情報を握った人物を返すほどヨハネスは甘くはない。

 

「申し訳ないが、ここで消えてもらおう」

 

 ヨハネスは合図のために手を上げる。それを見たサクヤは身構える。

 だが、それはいつまでたっても起こらなかった。怪訝そうに眉を潜めるヨハネスを尻目に、余裕そうにアリサは一歩前へ進み出た。

 

「あら? 残念ながら残りのセーフガードは私がすべて破壊しましたけど?」

 

「……そうか、それは困った。なら手伝ってもらうとしよう」

 

「えっ……!?」

 

 何をしても無駄だ、そう思っていたアリサは非常に驚いた。いや、アリサだけではなくサクヤも同様だった。ヨハネスがいる方向から一人の男が歩いてきた。それはアリサがよく知っている人物で、アリサをよく知っている人物だった。

 

「オオグルマ……」

 

 彼の名前はオオグルマ ダイゴ。かつてアリサの治療をしていた……というのは表向きで裏では洗脳を行っていた人物だ。その洗脳によりアリサはリンドウを殺した。いや、正確には殺しかけた。その手ではかけていないがその要因を作ってしまった。

 事件の後、オオグルマは別支部に異動となりその途中でアラガミに襲撃され死亡。サクヤがアリサの過去を聞いて調べられたのはそこまでだった。

 しかしその死んだはずの男が今、目の前に立っている。幽霊、と疑いたくなるアリサは既に混乱に陥っていた。

 

「なんで……、なんであなたがここに……」

 

 アリサが呆然とした中、“ソレ”は動き出した。

 サクヤたちの背後から一直線にアリサに向かっていたソレは、躊躇うことなくアリサの命を狩り取ろうとその刃を首元へと向け――

 

「っ、アリサァ!」

 

 サクヤがアリサを弾き飛ばすことにより事なきを得た。

 攻撃を失敗させたソレは悪態一つつくことなくユラリと身体を揺らして獲物へと視線を向けた。ソレはだらりと両腕をだらしなく下げ、大分猫背になっていた。しかしその足はしっかりと地面を踏み立っている。その瞳はまるで血のような紅に染まっており、光はない虚ろなものだった。虚ろな瞳は動揺することなくサクヤたちを捉えている。

 黒い短髪の髪に、黒のコート。更に黒い神機という組み合わせをした“少女”を二人は知っていた。

 

「メリー? そんな……、どうして」

 

「……」

 

 返事はなかった。しかし声はきちんと届いていたようで瞳が少し揺れたような気がした。

 返事の代わりと言う様にメリーは思い切り地面を蹴って前へと前進する。その速さは神機使いという枠を考えても異様なものだった。先程の出来事から頭を切り替えたアリサはただ盾を展開することしかできなかった。逃げるために背を向ければ、間違いなく殺される。そう確信があった。

 

「ぅ、っく……!」

 

「支部長っ! あなた、メリーに何をしたの!?」

 

「それは言わなくても分かると思うが?」

 

 特に、アリサは。その言葉を聞いたアリサは完全に押し黙った。

 そのままメリーはアリサを弾き飛ばすと追撃はせずに近くにいたサクヤに狙いを変更。凄まじい勢いで神機を振るう。旧型の遠距離式には盾と言う機能がついていなかった。だからサクヤにはひたすらそれを避け続けるという手だてしか残っていない。

 それが何十、何百と続けばいくら神機使いと言えど体力の限界が来る。

 

「やあ!」

 

「がっ!?」

 

 そこでノーマークだったアリサが背後からメリーにタックルを食らわせる。同じ神機使いだ、傷をつけるわけにはいかない。

 サクヤから狙いがアリサに変更。その間にサクヤはこの場から撤退する方法を考える。

 

(あれ……?)

 

 ふとメリーの動きがいつもとは鈍っているような気がしてサクヤは再度アリサと交戦中のメリーを見直す。

 神機を振るうスピードは普段の倍ではあるがその狙いはめちゃくちゃ。当たれば問題ないとばかりの攻撃だ。それに目の前のことにしか集中していない。そのいい証拠として先程のアリサのタックルの時にメリーは気付くことがなかった。彼女らしくない。

 

「メリーさん! 目を覚まして!」

 

「ああああ!!」

 

 突如大声を上げるメリー。そして今までで一番重く、速い攻撃をアリサに放つ。

 すぐにアリサは対処のために盾を展開。瞬間、メリーの神機が盾に接触してどんどん押してくる。……マズイかも知れない。アリサはそう思いながら冷や汗をかく。

 今もアリサの身体は段々と後退しており、神機からはミシミシと嫌な音が聞こえてきている。このままでは神機を壊され、その勢いで自分も斬られる。だからと言って抜け出すことは不可能だ。逸らそうにも縛りつけられたようにそれら行動が出来ない。

 

「メリーさんっ!!」

 

 

『メリー』

 

 

「っ、ぅ、あ……?」

 

 アリサの悲痛な叫び声が響き渡った時、メリーには別の声が聞こえていた。よく知った、青年の声。その声を聞いたメリーは急に目に光を持ち、力が抜け、地面に倒れ伏した。

 誰もがその訳が分からずに呆然とした。メリー以外にその声が届くことは無かったのだ。分かるわけが無い。

 

「っち、やはり長時間のコントロールは不可能か!」

 

「……なつ……」

 

 だから、焦ったような声をオオグルマがあげたことでその理由を作った人物の名を呟いたメリーの声を聞いたものは誰も居なかった。ただ一人、一番間近にいたアリサだけはかろうじて聞き取ることが出来たのだが。

 

「それならっ、お前も協力するんだ! アリサ!」

 

「アリサっ!」

 

 危険だ。直感で何をするのかを感じ取ったサクヤは声を上げる。

 アリサは釘づけと言った感じでこちらに意識を向けていない。ただオオグルマに目を向けていた。

 

один(アジン) два(ドゥヴァ) три(トゥリー)!!」

 

「――」

 

 その言葉は洗脳でいつも使っていた言わばキーワードのようなものだった。ロシア語で『3、2、1』という意味を持つ言葉である。それを聞いたアリサは言葉を失った。そして誰に言われるわけでもなくサクヤに神機の銃口を向ける。

 正確には言われたのではなく、その瞬間の中で頭の中で情報をすり替え指示されたことを忠実に実行しているだけである。

 

「アリサー!!」

 

 大声を出してもアリサには届かない。サクヤはそれを分かっていても叫ばずにはいられなかった。無我夢中でアリサの元へ走り出していく。

 アリサはそれを目にしても特に反応せずに曖昧な標準でサクヤに向かってレーザーを撃っていく。それらは一つもサクヤに当たることは無く、ただギリギリのところを通り過ぎていく。半ば脅しにも近いそれを目の当たりにしてもサクヤは歩みを止めることは無かった。

 サクヤには分かっていた。アリサはあの程度の洗脳を受けても負けることは無いと。理由は単純。あの日、リンドウをアリサが殺すはずだった時、アリサはその洗脳に逆らいリンドウを銃撃しなかったからだ。強固な洗脳を受けているのならそれは絶対にありえないこと。しかしアリサはそれに構わなかった。自我が洗脳に勝ったのだ。

 

 サクヤはそのままアリサに向かって跳び込む。次いで響く引き金を引く音。

 聞いたオオグルマは狂気的なまでの高笑いをする。洗脳にかかった今、アリサは自分のものなのだと。死に行くようなものなのだと。そう信じて疑わなかった。

 

「っなに!?」

 

「お生憎様、回復弾よ!」

 

 ぐったりとしたアリサを支えるように立ち、放った言葉を証明するような緑色の光に包まれたサクヤを見るまでは。しまった、とすぐに次の対策に移す前にサクヤは神機の引き金を引く。辺りは強い光によって白一面に覆い尽くされた。

 光が引いた時、その場に居たのは支部長、オオグルマ、メリーの三名だった。支部長は舌打ちをするが事が終わった今悪態をついても意味はない。

 オオグルマはオオグルマで苛立っていた。自分の洗脳が二人も不完全に終わったのだ。メリーは急ごしらえだからいいにしろ、あのアリサまでもだ。自分のプライドをへし折られたような気分だ。だが心のどこかでその事実を喜んでいる自分がいる。アリサは、自分の犬は強くなったのだと。

 

「こいつはどうしますか?」

 

 オオグルマはメリーに近寄ると苛立ちを隠そうともせず、右腕を掴んで強引に持ち上げた。

 痛みを伴うはずの行動にメリーは反応しなかった。まるで死人のようにされるがままだった。目は固く閉ざされているが呼吸はしているようだ。

 

「……どうせ彼女にとっては夢のようなものだ。戻しても構わないだろう」

 

「そうですか」

 

「それに“パートナー”が心配しているだろうしね」

 

 オオグルマは怪訝そうに支部長を見たが、すぐに納得したように「ああ」と声を漏らした。

 あれは馬鹿そうに見えて時に鋭い所を突いてくる。普段は放っておいても問題ないのだが、メリーに一番近い。戻さなくては危ないだろう。

 まあ、もう隠さずとも目前まで完成は迫っているのだが。支部長は笑みを深めた。

 

 ――人類の再生の時は近い。

 

 

――――――――――

 

 

 ゼルダの自室にて。今この部屋には主であるゼルダの他にソーマとコウタが集まっていた。その理由はエイジスに侵入したサクヤからの報告を聞くことだった。

 最初こそ真剣な顔で報告を聞いていたコウタだったが、話が進んでいくにつれてその顔からは色が消えていった。

 

『これが私が聞いた話の全て。そして、そこにあると思うけど箱舟に乗れる人のリストよ』

 

 リストはコウタが座っているソファの目の前に設置されている机の上に置かれていた。そしてそのリストには第一部隊の全員の名前や、夏、メリーなどの名前も載っている。しかし、今回のことによりそのリストからサクヤとアリサの名前は消えるだろう。

 更に収容者はリストに載っているものだけではなかった。その収容者の二等親以内の親族も一緒に箱舟に乗ることが許されていた。これはエイジス計画という希望を失ったコウタにとても良い誘惑となっていた。

 

『このままいけばあなたたちは「救われる」側ね』

 

『それどころか私たちはお尋ね者扱いでしょうけど』

 

「……エイジス計画が、嘘だって? そんな、そんなことが……」

 

「……コウタさん」

 

 コウタの悲しみをゼルダは分かっていた。ゼルダにも母と兄がいるからだ。

 どちらにせよゼルダは箱舟に乗る気はない。個人を救うのではなく、全体を。それがゼルダの信条だ。見殺しにして自分だけ生きることは出来なかった。

 

「俺はあいつに従う気なんてない。……それに俺の身体は半分アラガミだ」

 

『それでも支部長は……、あなたのお父様はあなたもリストに入れているわ』

 

「そんなの知ったことか」

 

 ソーマは素っ気なく返す。ソーマのいつもの態度にゼルダはどこか安心していた。

 サクヤ、アリサ両名は今この場にはいない。コウタも錯乱状態に近い。そんな中でどこか無意識に“いつも通り”を求めていたのだ。

 

『改めて言っておくけど、私はこの船を認めるつもりはないわ』

 

『私たちは支部長の凶行を止めようと思ってます』

 

『そのためにしばらく身を隠してエイジスの再侵入方法を探すわ』

 

 ゼルダは歯がゆい思いでいっぱいだった。

 自分が皆をまとめ、そして守っていかなければならないのにこれははなんだ。何もやるべき仕事をこなすことが出来ず、おまけに今回は未然に防げたかもしれない子の出来事。

 二人の働きのおかげで得ることが出来た情報も大きいが、それ以前に二人を危険に晒してしまった。これではリーダー失格だ。

 

『選択するのは皆の自由よ。向こうにつくもよし、留まるもよし』

 

『まあ、邪魔するようなら全力で排除しますけどね』

 

『こら、アリサ!』

 

『冗談ですってば。……でもできればそうならないよう祈ってます』

 

『……それじゃあ切るわね。皆、後悔しないようにしっかり考えるように』

 

 その言葉を最期に通信は途絶えた。部屋に残るのは静寂のみだ。

 誰一人その場から動くことなく、誰かが声を発するのを待っていた。

 

「……俺、アーク計画に乗るよ」

 

 最初に言葉を発したのはコウタだった。ゼルダとソーマはコウタに視線を向け、次の言葉を待つ。しかしその視線は咎めるようなものではなく先を促すものだ。

 何も責める必要はないのだ。ゼルダにはゼルダ自身の考えがあっても、それが他の人と同じ考えとは限らない。選択は二択でもその選択に至るまでの思考は人の数だけあると言っても過言ではないのだ。

 

「それがどういうことかってのも分かってる。でも、俺は母さんたちを守らなきゃいけないんだ」

 

 コウタはまた上げていた頭を下げ、視線を机に向けた。拳は膝の上に乗せられており、何かに耐えるように力強く握られていた。

 家族を持っている者ならそちらに考えがいっても仕方ないだろう。その考えにいかない自分は何なのだろうとゼルダは自問した。

 

「俺は……、どんなことをしてでも母さんたちを守るって決めたんだ」

 

 顔を上げたコウタの目には強い決意が宿っていた。それは揺らぐことは無いだろうし、それを態々揺らがすつもりもなかった。

 選択はあくまで自由。

 

「だから俺はアーク計画に乗るよ」

 

「……好きにしろ」

 

 ソーマはそれだけ言い残して部屋を後にした。

 コウタはまた俯いたが、ふと顔を上げてゼルダに視線を向けた。

 

「……リーダーはどうするの?」

 

「私は今の生活が楽しいので遠慮します。今のこの環境が好きなので」

 

「そっか……」

 

 コウタはしばらく立ち上がることは無かった。

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