GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~   作:キョロ

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EATER編も残り二話ですよ!
ちなみにその残り二話はめちゃくちゃ長いです。


43、覚悟

 不意に目が覚めた。いや、目は覚めたのだが目は開けていない。ただ思考ができる程度の意識があるだけだ。

 目を開けようと思ってスッと息を吸った時、とても甘い匂いが俺の鼻の中に入ってきた。

 吸った瞬間脳が上手く機能しなくなった。夢から覚めたばかりなのに夢見心地になる。ふわふわと身体が浮いているような錯覚を感じる。

 頭の片隅で早く起きろ今日はもう始まったぞと俺を急かす声が聞こえる。しかしもっとこの匂いを吸っていたいという欲求に勝てずそのまま俺は横たわっていた。

 深呼吸をすると、それに比例して匂いがたくさん入ってきた。俺の思考はその甘さが増すほどドロドロに溶かされぼんやりと意識すら霞んでいく。

 

「起きてますか? 勿論起きてますよね? 朝ですよ、起きてください」

 

 しかし俺の意識は一人の声によって完全に覚醒した。

 バンバンと身体を叩かれて反射的に俺は飛び起きた。俺の寝ていたベッドの横には一条さんがにっこりと笑顔で立っていた。

 ……あれ? なんで一条さんがいるんだろう。辺りを見回して、ようやく自分が病室にいるということに俺は気付いた。

 

「俺、どうしてここに……。ごほっ、うえっ」

 

「あ、すみません。今すぐ焚くのを止めますね」

 

 甘ったるい臭いが鼻を突きぬけた。なんという刺激臭。あまりの甘ったるさに気持ち悪ささえ感じてしまった。

 しばらくして甘ったるい臭いが段々と薄れ、俺の咳も止まった。パタパタとうちわで扇ぐ一条さんがその後で現れた。なんかすみません。

 

「さっきのアロマは疲れ切ってる人には効果覿面らしいです」

 

「じゃあ俺は今疲れてないって事ですか」

 

「オオグルマさんに貰った物ですが、すごい効果がありますね」

 

「オオグルマ先生が……」

 

「あの人がアロマとか想像できませんよね!」

 

「言っちゃったよ、この人」

 

 オオグルマ先生には俺も数回会ったことがある。メリーが来る前にも時々ここに来た事があるからだ。まあ手当ては全部オネエサンだったが。

 「昨日残業だったんですが私も寝てしまいましたよ」はははと笑う一条さんだが、それでいいのだろうか。

 そういえばさっきまで俺もあの甘い匂いの虜だったな、と思いながらもそんなに急に嫌な臭いに変わるものなのかと疑問に思った。

 

「私も今は良い匂いに感じません。不思議ですね、あれは」

 

「ええ。……ところで、俺、いつここに来たんですか?」

 

「えっ? 昨日自分の足でここに来たじゃないですか」

 

 一条さんが不思議そうに俺に言ってくるが、生憎俺はここに来たという記憶がない。いつ、どうやって、何のためにここに来たのかも、さっぱりである。

 俺は昨日の記憶を何度思い返しても依頼後にメリーと話した後、自室のベッドにダイブしたところまでしか記憶がないのだ。そこから先は霧の中である。どうした、俺。

 ついに認知症でも始まったのだろうかと遠目になったところで一条さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「大丈夫ですか? 疲れてはいないようですが……」

 

「疲労の方はアロマのおかげで。ちょっと記憶が曖昧なだけですよ」

 

「だ、大丈夫ですか!? 今日は休んだ方が……」

 

「平気ですよ。俺、もう行きますね」

 

「あ、気を付けてくださいねー!」

 

 一条さんの声を背中に聞きながら、俺は病室から出た。

 なんだか朝から憂鬱だ。記憶がないとか一番大丈夫ですかって言われるよね。うん、何言ってんのか分かんないね。俺も分かんない。

 エントランスに出るとそこには既にメリー、ゼルダ、ソーマが待っていた。どうやら今日も第一部隊のお手伝いのようだ。

 

「遅いわよっ! 病室にいたからって許さないわ!」

 

「お部屋の鍵、開いていたそうですけど大丈夫ですか?」

 

「その様子を見ると体調に問題はなさそうだな」

 

 なんで俺が病室にいたってこと知ってるんですか、あなたたち。しかも部屋の鍵開いてたのかよ。なんて不用心なんだ俺は。

 だがなんとなく読めてきた。メリーがいつも通り朝に俺の部屋に忍び込んだが俺がいないことに気付き、どこを探してもいなかったため病室にいると見当をつけたってところか。

 すごい予想というか、なんというか。

 

「悪い。ちょっと疲れてて」

 

「ふん、今日はそれ相応の働きをしてもらうんだから」

 

「さすがに囮はしませんけど」

 

「お前ら、もう出撃時間を過ぎてるぞ」

 

「誰がお前らよ。え? 誰がお前らなのかしら、ソーマ?」

 

「朝から喧嘩売ってるんじゃないよ! それが俺の疲れの原因だよ!!」

 

 病室から出てきたばかりなのにいきなり頭が痛いってどういうことだ。Uターンして病室に戻りたいよ……。

 心なしか胃までキリキリと痛んできた気がして、俺は深いため息をついた。

 メリーとソーマが言い合いをしながら先にエレベーターの方に向かっていった。あの二人だけにしたら本気の喧嘩が起こりそうだな。

 二人の方へ向かおうとしたら、ゼルダがくんくんと鼻を動かしているのに気付いた。ん? どうしたんだろう。

 

「夏さんからすごく甘すぎる臭いがします」

 

「ああ……。それアロマの臭いだよ」

 

「アロマ、ですか? そんなものどこで……」

 

「なんか一条さんがオオグルマ先生から貰ったんだって」

 

「……オオグルマ……」

 

 気のせいかな、ゼルダが「オオグルマ」って言った気がする。ゼルダがさん付けを取るなんてこと、滅多にないんだけど。

 あ、そうか。この前聞いた洗脳の件か。やっぱり、そのことに関してはゼルダはまだ怒ってるんだな。隊員だから当然なのかもしれないなあ。

 ……あのアロマ、大丈夫、だよな?

 

 

――――――――――

 

 

 エントランス。俺は冷やしカレードリンクを片手に、メリーはブラックコーヒー片手にソファに座っている。

 ちなみにゼルダとソーマはサカキ博士に呼び出されたらしいので依頼後に研究室に直行した。なんでサカキ博士って第一部隊を扱き使うんだろうね。

 

「なあなあ、ボルグ・カムランって三種類いるけど、どれが一番美味しいと思う?」

 

「んー、そうねえ。……マグマ適応種かしら。あの赤が食欲を湧き立ててくれそう」

 

「……俺、冗談で振ったんだけど」

 

「あら、そうなの? ちなみに夏は?」

 

「俺はいいよ。アラガミなんて、どいつも不味そうだし」

 

「それもそうかもね」

 

 メリーに変な話を振った俺が馬鹿だった。メリーは頭のネジが五、六本吹っ飛んでるからおかしな質問も普通に考えちゃうみたいだ。もう振らねえ。

 しっかし、今日もいつもと同じように暇だな……。依頼後ってのは伸び伸びできていいけど逆に言えば何もないから何をすればいいか困る時間でもある。

 ぼんやりとこの後は早いけどベッドにダイブしに行っちゃおうかなー、と考えたとき身体が揺れた。

 いや、身体だけじゃなかった。メリーも、机も、エントランス全体も揺れていた。……え、地震!?

 唐突に、プツンと電気が消えて真っ暗になった。きゃあと女子の恐怖からの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ヒバリちゃん、何が起こったの!?」

 

「今原因を調べています! 電気は中央管理の補助電源が復旧するはずなので問題ないですが……」

 

 ヒバリちゃんの言うとおり、それからしばらくして電気は元通りになった。ヒバリちゃんはカタカタと未だキーボードを叩いている。

 こんなこと今までになかった緊急事態だ。一体何があったんだよ。

 

「アラガミが侵入!? すぐに閉鎖しないと……!」

 

「はあ!? このアナグラにアラガミがどうして侵入できるのよ!」

 

「分かりません! 今はとにかくアラガミがいる階を閉鎖します!」

 

 閉鎖のための避難警告をヒバリちゃんが出しているとき、俺の携帯に電話がかかってきた。

 もともと連絡を取るような相手はいないのだが、今回ばかりは俺には電話の相手が分かっていた。

 携帯電話に表示される名前は『小川 シュン』。普段あまり話したことは無いが、メリーの来る前時々、来た後では喧嘩を止めるために時々あった。

 そして今回の件で俺はシュンと共同戦を張っていた。

 

『おっす、夏! ビッグニュースだぜ!』

 

「おう、シュン。随分と嬉しそうだな、何があったんだ?」

 

『特異点だよ、と・く・い・て・ん! 見つかったんだってさ!』

 

「……やっぱりか」

 

『ん、なんか言ったか?』

 

「いや、なんでもない」

 

 やけに嬉しそうにしているシュンは新時代に期待を抱いているからだろうか。

 残念ながら俺は全く興味がない。いや、全くではないが興味がない。

 

『俺、もう支度したいから! んじゃなー!』

 

「ありがとな」

 

 向こうからかかってきた電話は向こうから切られた。まあ教えてくれた情報は俺にとって大きかったからいいとしよう。

 俺がシュンと張っていた共同戦とは特異点のことだった。どちらかが見つけたら知らせようというもの。今回はシュンが見つけたようではないが。

 さて、これからどうしようかな。何をするかはもう決まっているんだけど。

 シュンは支度をするようだし、どうやら船の出航は近いようだ。時間もないっぽいし、始めるか。

 

「ちっ、なんか面倒になって来たわね……」

 

「急に立ち上がんなよ。コーヒー零すだろ」

 

「もう飲んだ」

 

「早いな、お前」

 

 俺もメリーと同じように立ち上がる。その際に冷やしカレードリンクを一気飲みする。味は、なかった。

 それがまるで今からやることに対して俺が緊張しているみたいで、思わず笑ってしまった。

 しかしそれはメリーの癪に障ったらしい。イライラした様子で睨み付けられた。怖い。

 

「何笑ってんのよ。半殺しにするわよ」

 

「怖いな。そんなの女が言う言葉じゃないぞ」

 

「今に始まったことじゃないでしょ。というか、なんでそんなに落ち着いてられるわけ?」

 

「慌てる必要が全くないからに決まってるだろ」

 

「……ついに頭が壊れた? ちゃんと置かれた状況を見なさいよ」

 

「見てるさ。見て、そう判断した」

 

 メリーが訝しげに俺を見てくる。いつもの俺らしくないってか。その通りだけど。

 呆れたようなため息を吐いた後、メリーはずかずかと俺に大股で近寄って俺の胸ぐらを掴んできた。え、なんで。

 

「何企んでるの。白状しなさい」

 

「ちょ、苦しい。苦しいから降ろして」

 

「白状が先よ」

 

「分かった、話す話す! ……最後までお前は変わんないな」

 

「……最後?」

 

 言っている意味が分からない。そんな顔でメリーは俺の顔を穴が開くほど見ていた。そんなに分からないか?

 メリーから解放してもらって服装を簡単に整える。こういう会話も、考えたら見納めなんだな。

 俺はメリーに微笑んだ後、そのまま抱きしめた。

 

「……は!? 何してんのあんた!?」

 

「ありがとう。さよなら」

 

「ちょっとどういうこと……っ!?」

 

 右手でメリーの腹部、つまり鳩尾に一撃。本当は峰打ちしたかったけど鳩尾パンチのほうが楽そうだったから変更した。

 気絶する保証はなかったけど案外上手くいったようだ。メリーの体重が一気に俺へとかかってきた。やっぱり重いな、お前。

 俺はポケットの中から箱舟に乗るためのカードを取り出してメリーの着ているコートのポケットへと入れておいた。

 さて、ここからこいつを運ばなければ。メリーを背負うと、唖然とした表情のヒバリちゃんと目があった。

 

「あ、エントランスでこんなことやってごめんね」

 

「え、あ、はあ……」

 

「こいつ起きるの早そうだから俺もう行くわ」

 

 説明するほどの時間は残されていない。立ち直りが早そうなメリーが長時間気絶するとも思えなかったからだ。

 さっさとエレベーターで移動し、箱舟に向かうための道までたどり着いた。ここで待ち合わせをしているんだけど……。あ、もう来てる。

 少し速足で俺はその人に近付いた。

 

「どうも、ブレンダンさん。厄介事押しつけてすみません」

 

「いや、俺は構わない。夏はこれでいいのか?」

 

「俺はそもそも話を持ちかけられた時に決めたんです。だから、これで」

 

「……そうか」

 

 俺が待ち合わせしていたのはブレンダンさんだった。本当、すみません。

 ブレンダンさんは何か言いたげに口を開いたがすぐに閉じた。俺は超能力者じゃないから何を言おうとしてたのかはよく分からない。

 俺は箱舟に乗るつもりなど初めからなかった。チケットは今は持ってないから行く資格もない。だからここからはブレンダンさんに運んでもらうことになっていた。

 これは少し前、俺がチケットを受け取った次の日くらいに電話で頼んだ。本当は直接会って頼んだ方がよかったんだろうけどね。

 ブレンダンさんにメリーを渡してチケットと重いことを伝えた。体重のことに入った時は苦笑していたが。

 

「じゃあ俺は行くぞ」

 

「お元気で」

 

 短い言葉で別れを済まし、ブレンダンさんはメリーを背負って歩いていった。

 姿が見えなくなるまで見送っていたかったが俺にはそういうわけにもいかなかった。

 と言うのも、なんとも空気の読めない携帯電話が鳴ってしまったからだ。

 

「こんな時に誰だよ……。げっ、支部長!?」

 

 俺は慌てて電話に出るために携帯のボタンを押した。

 

 

――――――――――

 

 

 時は少し経ち、ゼルダたち第一部隊は走っていた。

 先程極東支部でお尋ね者扱いになっていたアリサ、サクヤと合流。続いてコウタと合流した後、地下に移動してツバキにエイジスに行くための鍵を開けてもらったのだ。

 久しぶりに揃った第一部隊の気持ちは同じ、「支部長の凶行を止める」というものだった。

 シオが支部長に奪われた今、終末捕喰がいつ起こるか分からない。残された時間は数えるほどしかないかもしれないのだ。

 だから、エイジスまでの道のりを全力で走る必要があった。しかしそれを邪魔する者がいた。

 

(……甘ったるい臭い?)

 

 ふとゼルダは嗅いだことのある臭いを感じ、走るスピードを緩めた。それを疑問に思って他のメンバーもゼルダに合わせてスピードを緩める。

 この臭いはソーマも無論気付いていた。面倒くさそうにチッと舌打ちをする。臭いを感じていても分からないのはアリサ、サクヤ、コウタの三名だった。

 

「――支部長って、人遣い荒いよな? 俺遣ってどうすんのって言いたいよ」

 

 心底面倒だと言う様に目の前に立つ人物は言った。

 その人物は茶色の髪に蒼の瞳を持ち、F制式レッドを着用し耳あてを肩にかけている。

 蒼に輝くサリエルで作られたショートブレードと盾の組み合わせの神機を担ぎ、その様子はどこか気怠そうだ。

 ゼルダは大きく目を見開いた。彼がここにいる筈がないのである。第一部隊はその進行を止めざるを得なかった。

 

「なんでここにいるんですか、夏さん……!」

 

 その人物の名は日出 夏。第四部隊に所属している旧型神機使いである。

 名前を呼ばれた夏は相も変わらず面倒そうな態度を崩さない。夏がここまで面倒そうにすることは今までなかった。

 どうやら夏は厄介事を任されたようだった。

 

「いや、なんかここに立って時間稼げってさ。なんで俺なの?」

 

「そんなの、私たちに聞かないでくださいよ」

 

「俺たち今急いでるんだ、そこ退いて!」

 

「悪い。その頼みは聞けないんだよ、コウタ」

 

 コウタの頼みを夏は即断った。特に考えた様子もないところから見ると相当きつく言われているようだ。

 「断ったら減俸だよ? これ以上俺が金欠になったらそれこそ死んじゃうよ」これから地球が滅びるかもしれないというのに何故夏はここまで楽観的でいられるのだろうか。

 いつもと同じような態度を貫き通す夏にゼルダは少し違和感を感じていた。この緊急事態で混乱する人は山ほどいる。こうやっていつもと変わらない人のほうが少ないのだ。

 ほとんどこの件に関与していなかったはずの夏にそこまで冷静になる要素はあるのだろうか。

 

「俺は難しいことは分かんないよ。でも俺の目的は一つだ。箱舟を飛ばす」

 

「っどうして!」

 

「強引に押し込んでおいたやつがいるんだよ。俺は、何が何でもそいつを守る」

 

「だから邪魔させるわけにはいかない、と? ふざけんなよ」

 

「ここを塞いでるのが俺でよかったな。下手したら()が塞いでかもしれないぞ」

 

 “女”の部分を敢えて含みを持たせて夏が言う。ゼルダが思いつく限り、それは黒い少女しかいなかった。

 ソーマが睨み付けても尚夏の態度が崩れることは無い。過ぎる時間と比例して苛立ちも増していく。

 物理的に黙らせようかと本気でソーマが考え始めたとき、ゼルダが神機を置いて前に進み出た。

 

「……ごめんなさい、夏さん」

 

「え? うおっ!?」

 

 ゼルダが全力で夏に駆け寄り、右足で夏の左の脇腹を横に蹴りぬく。手加減無しの一撃だった。夏はそれに反応できずそのまま壁に激突していった。

 ゼルダの少々乱暴な手段に唖然とする第一部隊だが、すぐに夏の状態を遠くから確認した。

 夏は壁を背に座り込み、だらりと力なく頭を垂れていた。何も反応がない所を見ると気絶しているようだ。

 

「障害を排除、ですね」

 

「いや、アリサ。夏さんを障害って言っていいのか?」

 

「この場合は仕方ないとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないかしら?」

 

「……時間がない。急ぐぞ」

 

『……ふふ、やっぱり駄目かあ』

 

 クスクスと、どこからか笑い声。第一部隊は一度は解きかけた警戒態勢を引き締め直す。

 声の発生源がどこからなのかはすぐに分かった。夏だった。

 だが夏はピクリとも動いていない、動いた様子がない。何かそういう機械がついているのだろうかとゼルダは首を傾げた。

 

『知り合い相手じゃてんで駄目だね。殺してもいいって言ったのに……、駄目かあ』

 

「誰ですか!?」

 

『んー、誰だろうね? 教えてあげなーい』

 

 相手をおちょくるような口調の誰かはクスクスと笑い続ける。無邪気な笑い声の中には残酷な響きもあった。

 声はボイスチェンジャーでも使っているのかまるでドラマの犯人が喋っているようなおかしな声だった。

 ただこれで支部長にオオグルマ以外に共犯がいる可能性が出た。ゼルダは気を引き締める。

 

『でも日出 夏にはもう少し活躍してもらわなきゃならないんだよね』

 

「まだ何かやらせるつもりなんですか? 第一、夏さんは意識がありません」

 

『あのさあ、意識のあるなしなんて関係ないんだって。正直いらないし』

 

「えっ、どういうこと?」

 

『さっき見たでしょ。日出 夏に意識があっても邪魔なだけじゃん。だから、俺が代わる』

 

「代わるって……。何を?」

 

You are under the control of me(君は私の支配下にある).……つまりはそういうことさ』

 

「ぐ……」

 

 声が言った途端、気絶しているはずの夏から苦悶の声が上がった。

 フルフルと頭を横へ振りながら何かを抑えるように両手を頭に強く押し当て、怯えるように身体を縮ませる。

 

「うぅ……!」

 

「夏さんに何をしたんですか!」

 

『ちょっと過去を思い出してもらってるだけだよ、大したことないって』

 

 けらけらと大したことがないように声は笑うが、夏は苦しげに蹲ったままだ。伏せられた顔には涙が流れている。

 夏は声の言うとおり、少し前のことを思いだしていた。

 それは夏の依頼の同行者が死んだときの記憶。氷柱に貫かれた同行者の身体と血が舞った様子が静止画として夏の脳裏に鮮明に浮かぶ。

 その同行者が一瞬でメリー・バーテンに、氷柱はゼルダの神機にすり替わった。

 

「……いや、だ……」

 

「……あ?」

 

「夏さん、大丈夫ですか!?」

 

「おい待て、行くな。何か様子がおかしい」

 

 夏の元へ駆け寄ろうとしたゼルダをソーマが制した。夏は動きを止めていた。

 くしゃりと髪を乱すように掴んでいた右手はいつのまにやら神機へ向かい、左手は地面につけていた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

「っ、」

 

 絶叫。まさにその言葉が相応しかった。

 夏の行動は早かった。左手で体勢を立て直すと一気に駆け出し、ゼルダへと向かって剣戟を繰り出した。

 しかし第一部隊の隊長であるゼルダも負けてはいない。突然の行動に即座に反応。盾を展開して、そのまま弾き返した。

 弾き飛ばされた夏は空中で体勢を整えてなんなく着地した。普段の夏がやろうとしたら中途半端で落下しそうだ。

 

『あはははは!! ほおら、意識なんてない方が断然動きが良いじゃないか!』

 

「夏さん、どうして……!」

 

『そこにいる赤い女の子とか黒づくめの女の子と原理は一緒だよ』

 

「……夏さんを洗脳したと言うことですか!? いつ、どうやって!」

 

『それを教えたら意味ないでしょうが。で、どうする? 時間無いよ?』

 

 にこやかに余裕そうに告げてくる声と違いゼルダは必死だった。

 夏が仕掛けてくる鋭い攻撃をいなしたり防いだりしなければならなかったからだ。

 ゼルダは攻撃を防ぎつつ夏を観察していた。動きはいつもと違って格段にいい。今はそのおかげで立ち回りに悩まされているのだが。

 前にメリーが操られていたと聞いたときと違うのはその行動と瞳だろうか。

 現に夏は今のところゼルダしか狙っていないし、瞳は紅くない。おまけに言ってしまえば瞳には若干光があるようにも見える。

 ということは夏はメリーのときよりかは意識があるということだろうか。しかし先程夏は確かに意識を失ったはず。無理矢理呼び起こしたのか。

 疑問は尽きない。

 

『ほら、日出 夏。早く倒さないと、そいつ、メリー・バーテンを殺しちゃうよ?』

 

「……」

 

 一度距離をとった夏から送られる明確な殺意。しかしそれを受けてもゼルダは動じなかった。

 それよりも許せないことがあったからだ。

 

「……あなたは、夏さんの仲間意識を利用しているんですか?」

 

『うん、そうだよ。だって日出 夏は親いないし、メリー・バーテンと仲良かったし』

 

 まるで当たり前だというように『都合がよかったんだ』と言う声の主にゼルダは殺意を抱いた。

 その殺意は内に吸い込まれ、ゼルダのまとう雰囲気が一変する。

 

「選手交代だ。表には最終戦に備えてもらおう」

 

『おや、なんで裏の子が出てこれたの? ふっしぎー』

 

「黙れ。……しっかし、お前の声どっかで聞いたことあんな? あ?」

 

『……』

 

 今度こそ声は黙った。勘の鋭い裏のゼルダが出てきた今では喋ることは正体をバラすことと同じだ。

 ゼルダは怠そうに立っているが瞳には怒りが見えている。

 それは裏のゼルダも夏に対して仲間意識を持っていたという証拠だった。

 

『さすがに裏はなしだよー。……まあいい時間稼ぎにはなったし、もう切り捨てるか』

 

「切り捨てる、だと? おいてめえ、もういっぺん言ってみろ。殺すぞ」

 

『言ってろ。じゃあねー』

 

 ボンッ! と破裂音が響き渡った。夏が着ている上着の襟の右側が少し焦げていた。そこに機械が仕込んであったようだ。そこに近い夏の頬も火傷していた。

 夏はふらふらと前に数歩前進した後、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。顔面を強く打ったようでとてもいい音が辺りに鳴り響いた。

 それを見届けて裏は表へとバトンを渡す。この間と同じくすべてを見ていた表側のゼルダは悲しそうに顔を歪めていた。

 

「夏さんっ、大丈夫ですか?」

 

「気絶しているみたい」

 

 サクヤが夏に近寄って容態を確認する。

 夏は先程のゼルダの蹴りとたった今打った額以外に外傷はないようだった。赤くなっている額が痛々しい。

 サクヤから夏の容態を聞いてゼルダは少しホッとした。

 

「……とりあえず、夏さんはここに置いて行きましょう」

 

「置いてっちゃうの?」

 

「連れて行くわけにもいきませんし……。帰り際に回収すれば問題ないはずです」

 

「回収って……」

 

 ゼルダは夏を壁際まで運び、壁に寄りかからせるようにして座らせた。

 夏はまだ呻っていたが小声のため何を言っているのかを聞き取ることは出来なかった。

 夏から離れてからもちらちらと様子を覗っていたゼルダだったが、やがて覚悟したように第一部隊に向きなおった。

 

「行きましょう、エイジスに」

 

 第一部隊のメンバーは無言で頷き、先を急ぐために通路を走って行った。

 ゼルダは夏が先程言っていた“守るべき人”はメリーであることを半ば確信していた。

 それは男が言っていたということもあるが、夏が一番親しかったのがメリーだったからというのもある。

 助けたいという気持ちは分かる。しかし、その方法では両者に後悔が残るだろう。

 二人の為にも、止めねばならない。ゼルダは神機に込める力を強めた。

 

 

「ふふ、ふふふふ」

 

 それからほどなくして、一人残された夏の元に一人の男が近寄った。

 男の右手には鋭利なナイフが力強く握られている。気絶している夏に男は歪んだ笑みを見せた。

 男は夏の近くにしゃがみ込み、狂気染みた瞳が夏を捉える。

 

「失敗だったなあ、面白くないなあ、殺しちゃおうかなあ」

 

 男の中では第一部隊は夏によって殺される、そんな筋書きがあったのだ。

 その筋書きが見事にガラガラと音を立てて崩された。折角目の上のたんこぶを皆殺しに出来、尚且つ再び夏の絶望した顔が見れるいい機会だったのに、全て台無しである。

 男はにこにこと嗤いながらナイフを夏の首元に寄せて皮を少し切った。切った箇所から血が滲み出、つうと首を伝う。それを見て男の歪んだ笑みが深まる。男は傷ついた夏を見て快楽を感じていた。とんだ性格の持ち主である。

 

「ふふふ、メリー・バーテンの歪んだ表情見てみたいなあ」

 

 強気な彼女が再び感情を失くす瞬間を思い浮かべ、男は歓喜にその身を震わせた。

 にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべ、今にも夏の首を斬ろうとしていた男が唐突に動きを止める。

 こつりこつりと誰かが男の方へ向かってくる足音を聞いたからだ。

 不愉快そうにその方向を睨み付けた後、男は軽い舌打ちをした。

 

「……あーあ、時間切れか。バイバイ、夏くん」

 

 殺すという手段も男にはあったが、筋書きがなくなった今男は今の現状に興味を失くしていた。

 男は親友に言うように優しく夏に言うと暗闇へと姿を消していった。

 

 

 次に現れたのは第一部隊から少し遅れてエイジスに向かうサカキだった。

 時間を確かめるように時計を見ながら速足で歩いていたサカキは不意に通路の隅にいる夏に気が付いた。

 サカキは首を傾げ、興味本位で夏に近寄った。

 

「おや? ……気絶しているようだね。しかし、なんでここに?」

 

 夏の首元に切り傷があることに気付き、怪訝そうに眉に皺を寄せた。

 とりあえず持っていたハンカチで雑ながらも血を拭い軽く消毒液をつけておく。

 ちなみに消毒液は夏の私物である。いつでも手当てができるように夏はいつも携帯している。

 ハンカチを仕舞った後、サカキは考え込むように顎に手を当てた。

 つまり夏をこのまま放置しておくか、どうするかということである。

 

「よっと……」

 

 考えた結果、サカキは夏を連れて行くことにした。

 夏を荷物担ぎし、再びサカキは速足でエイジスへと向かっていった。

 その場には夏の苦しそうな呻き声と足音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ――役者がエイジスに揃った。ただし、プラス一名つきで。

 

 

 

 

 

「……ん……」

 

 

 

 

 

 ――いや、一名とは限らないかもしれない……。

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