GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~   作:キョロ

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今回の話からBURST編スタートです。
章を変えるにあたって数字をリセットしようか悩みましたが、やめました。
多分BURST編はEATER編の半分くらいになりそうですからね。あ、理由になってない。

話の後半で残酷な描写が入ります。
苦手な方はご注意ください。

では、スタートです。


45、始まる日々

「あら、ゼルダ。おはよう」

 

「おはよう、ゼルダ!」

 

「おはようございます、夏さん、メリーさん」

 

 あの、『エイジス計画』もとい『アーク計画』が終わってから、早数日が経ちました。

 今日も元気に仲間に挨拶。というわけでこんにちは、日出(ひので) (なつ)です。

 前にも言ったと思うけど、大事なことだからもう一度言っとくぞ。俺の名前は「ひで」じゃなくて「ひので」だからな! 読み間違えるんじゃないぞ。

 

「今日は何の依頼におでかけだ? ゼルダ第一部隊隊長殿」

 

「そうですね、コンゴウ堕天でしょうか」

 

 今日も丁寧な口調で応じるクラウドブルゾンを身に着けた白銀の髪の少女。

 彼女の名前は白神(しらかみ) ゼルダ。まだ新型神機使いになってから日は浅いものの、功績は大きい。

 その功績を認められ、今では第一部隊隊長という位に就いている。

 ちなみに俺と同年齢の十八歳である。何この差。

 

「いいなー、あたしも連れてってよ」

 

「お前はこれからツバキさんのとこに行くんだから駄目だろ」

 

 若干グダりながら自分の意見を押し付けるスイーパーノワールを身に着けた黒髪の少女。

 彼女の名前はメリー・バーテン。新型神機使いであるが、それを抜きにしても異常な力を持ったやつだ。俺の後輩であるはずなのに、俺の先輩に見えてきてしまう。というかそれっぽい扱いを受けている。

 こいつも俺と同じ十八歳である。

 ……はあ、なんで俺だけ旧型なんだろうな。すごく悲しくなってくる。

 

「え? ツバキさんに……ですか」

 

「そうなの。ついでに夏も連れて行くけど」

 

「ふーん。って、え!? なんで!?」

 

「さあ? あたしは言われただけだし?」

 

 突然出現した新種のアラガミ、アルダノーヴァによってエイジス島は半壊。エイジス計画を強く推進していた極東支部支部長ヨハネス・フォン・シックザールがエイジス崩落事故で死亡。これがフェンリル本部が発表した“公式見解”だった。

 やっぱり一支部長があんなことをしたというのは体面的にマズイのだろう。まあ、人類を守るフェンリルの職員の一人が地球を滅ぼそうとしてました、なんて言えないよな。しかもアラガミを作りました、なんて事実も、マズイよなあ……。

 

 あ、そうそう。箱舟のことだが、飛ばなかったらしい。

 どこかの回路が切れてたり、燃料がなかったり、一部破損していたり……。とにかくさまざまな理由があって、船が地球から離れなかったそうだ。

 アーク計画に同意していた神機使いやフェンリル職員もすぐに復職できたってわけだ。とにかく人が足りないこのご時世、ありがたい話だよ。

 

「では、行ってまいりますね」

 

「気を付けてなー」

 

 ゼルダを見送ってから俺とメリーもエントランスから移動する。目指すは支部長室だ。

 シックザール支部長亡き今は代理としてツバキさんが支部長をやっている。前の支部長も威圧感半端なかったけど、ツバキさんはさらに半端ないよ……。なんといっても鬼教官だからな、おお怖っ。

 

「失礼します」

 

「よく来たな」

 

「いやあ、二人とも悪いねえ」

 

 支部長室に入ると、ツバキさんと一緒に何故かサカキ博士までいた。なんでいるんだろう。

 いつもは研究室からほとんど出ない引き籠り……ゲフンゲフン、研究者なのに。あ、でもよくよく考えたらアーク計画阻止の時に研究室から出てたっけ。

 その時に俺、荷物担ぎされてたっけ……。

 

「――つ。おい、夏。聞いているのか?」

 

「……はっ、聞いてませんでした!!」

 

「素直すぎるでしょ、あんた」

 

 やっべえ、ツバキさんの話を無視してた。

 あの荷物担ぎの件を思い出すとついつい遠目になっちゃうんだよな。

 

「ええと、何の話でしたっけ?」

 

「……もういい、結末だけ話すぞ」

 

「はい」

 

「本日をもってメリー・バーテンを第四部隊隊長、日出 夏を第四部隊副隊長に任命する」

 

「はい?」

 

「あ、辞退は不可能だと思っておいたほうがいいよ」

 

 んー? なんだかいきなり話が飛びすぎてわからなかったよー? まあ説明を聞いていなかったのは俺ですがね!

 というか、なんで俺が副隊長……? 俺ってなんかすごいことしたっけ。ゼルダはすごいたくさん功績あるし、メリーはそれ相応の実力がある。でも、俺ってなんかしたっけか。……なんかへこんできた。

 

「じゃあ、ツバキくん。私の話をしてもいいかな?」

 

「ええ、こちらの用事は済みましたので」

 

 なんかどんどん話が進行していってる!?

 うわああああ、こんなことならちゃんと話を聞いておけばよかったああああ。今更ながら馬鹿な自分を殴りたい。試しに殴ってみた。普通に痛かった。

 ……俺、なにやってんだろ。

 

「君たちに正式な任務として頼みたいことがあるんだよ。あ、長期のね」

 

「また、長期なの?」

 

「うん? そういえばメリーくんはヨハンの特異点探しをしていたんだったね」

 

「俺も巻き込まれるような形で参加しましたけどね」

 

「まあそれはさておき」

 

 さておいちゃうのか。おいちゃうのか。今の会話なんだったんだ。

 サカキ博士の話題展開に苦笑するが、そんなことをしてもサカキ博士が話すを止めることは無い。なんだかんだ俺って周りに振り回されやすいような気がする。

 

「最近、おかしなことが多いのは知ってるかい?」

 

「おかしなこと? ……月の緑化現象とか?」

 

「あとは、討伐アラガミが死んでたりとか、かしら?」

 

「うん、そうだね」

 

 俺とメリーの答えにサカキ博士は満足そうに頷いた。

 今上がった二点は最近騒がれている話題である。まあメリーのほうのはアナグラ内のみでだが。

 

 一点目、月の緑化現象。

 アーク計画を阻止したあの日以来、月に地球と似たような緑が観測されるようになった。原因は一切不明であり、今でも議論が繰り広げられているよく分からん現象だ。

 だがあの日あの場所に居た俺たちはあのシオという子が関係していると考えている。勿論それを口外するつもりはない。色々と面倒そうなことになるし、俺に難しいことは分からない。

 

 二点目、討伐アラガミの死亡。

 これはアーク計画が終わってしばらくしてから起こっている謎の事件だ。討伐任務を受注しても討伐すべきアラガミが既に殺されている……。そんな不思議な事件だ。

 当たり前であるがその任務の前に神機使いが行ったという形跡はない。その前の任務でもついでに討伐した等の報告はないそうだ。

 

 以上が最近のおかしなことだ。

 大雑把に説明したけど大体分かってくれただろうか。

 分かんなかったらググってくれ。結構有名だからすぐ出ると思う。

 ……え、出なかったら? なんとか頑張ってくれ。

 

「もう一つあるんだけど……、分かるかな?」

 

「もう一つ?」

 

「そんなの知ったこっちゃないわよ」

 

 早くもメリーは諦めたようだ。というか面倒なんだと思う。たまには頭を使ったほうが良いと思う。いや、人のこと言えないけど。

 でももう一つあるなんて聞いたことがないなあ。それに、俺よりもメリーの方がそういう話は耳に入ってきやすいし。メリーが知らないなら俺が知っているわけが無い。

 

「旧市街地で行方不明者が増えているそうだ」

 

「は? 行方不明者が増えてるからなんなのよ」

 

「実は、見つかってるんだよね。行方不明者らしき人」

 

「……あの、サカキ博士。らしき、ってどういう……」

 

「それはこの資料を見れば分かってくれると思うよ」

 

 半ば押し付けられるような形で二人分の資料を渡された。なかなかに分厚い。

 メリーにも一つ渡してから、早速中身を確認してみる。

 

「――っ!?」

 

 一枚捲って、一気に不快感が襲いかかる。朝食べたものが逆流しそうになり、慌てて口元を手で押さえて鎮めた。

 ちらりとメリーを見てみると珍しく険しい表情で資料を見ていた。さすがのメリーでもこの資料は思うところがあったのだろう。

 

「……見つかったって、そういう意味なの?」

 

「うん、そういう意味なんだよ」

 

 資料には、写真が載っていた。ただし、死体。

 血は地面にべっとりとこびり付き、しかしあるべきはずの身体は映っていない。そこにあるのはただ人間の“頭”と“内臓”だけだ。それ以外身体の一部はない。どの写真も同じものしか映っておらず、俺は見るのを止めた。破り捨てたい。

 

「……アラガミ、かしら。でもそれならこの残し方は妙ね」

 

「でも人間という線も薄いんだよ。喰らった跡があるからね」

 

「喰らって快感を得る人間? いえ、さすがに骨までは喰らわないわね」

 

「とにかく疑問が多すぎるんだよ」

 

「……あれっ? これって神機使い、ですか?」

 

 なんだか俺だけが蚊帳の外になっている気がして居た堪れなくなった。

 同じ資料ではあるがメリーの資料を覗き込むと、写真の一つに腕輪と神機が映っていたのが見えた。腕輪がついているべき部位である腕は写真に目を凝らしても見当たらない。

 やっぱり喰われてんのかな……。

 

「ああ、この件を数人の神機使いに調査させてみたんだけどね」

 

「まさか、帰投していない……?」

 

「そのまさかだよ。帰投者はゼロだ」

 

 何ですかそれすごく怖いんですけど。

 神機使いも喰われたってことは、相手は相当強いよなあ。というか、なんか話の流れ読めてきた。どうしよう、猛ダッシュで逃げたい。

 冷や汗が止まらないんだけどどうすれば止まると思う?

 

「……あの、依頼って」

 

「二人にこの事件の調査を頼みたい」

 

 ですよねー。そんな事だろうと思いましたー。

 って、はああああ!? なんですか死んで来いって言ってるんですかパワハラですか。副隊長になった瞬間死んで来いとか俺嫌われすぎでしょ。……あ、でもメリーもなのか。

 

「あたしは辞退したいわ」

 

「それは駄目だよ。神機使いも死亡してるんだから実力ある人物に任せないと」

 

「あれ、俺たち消耗品みたいな感じですか」

 

「いやいや、そんなことはないさ。ただ、第一部隊は忙しいからね」

 

 つまり厄介払いですね分かります。なんでいつも面倒なことばっかりが俺のとこにくるんだ……! 考えてみればメリーも面倒なことの一部みたいなもんだしさあ。

 俺って神様に嫌われてんのかな。あ、神様なんてそもそもいないか。

 

「辞退、したいんだけど」

 

「珍しく弱気だね? どうしたんだい、メリーくん」

 

「ちょっと気が乗らないのよ」

 

 ぼそりと呟くように言ったメリーはまた写真に目を戻した。写真を見ているメリーは真剣に見えるが不安そうにも見える。そんなメリーは見たことがなくて見ているこっちが不安になってくる。

 そう思ってしまうのは俺がいつも先陣を切って立つ彼女を見ていたからだろうか。

 

「……まあ、調査くらいならいいかもね」

 

「他の任務の間でもいいから、ぜひ頼むよ」

 

「分かりました」

 

 了承したはずのメリーはどこか浮かない。

 メリーを見て、俺はどこか引っ掛かりを覚えた。

 

 

――――――――――

 

 

「死にたくねえ! 俺ぁまだ死にたくねえよおおおお!!」

 ――旧市街地。

 辺りはすっかり暗くなり、月の光も雲によって遮られている場所で、男は叫んでいた。顔は涙やら鼻水やらでなんとも悲惨なことになっており、とてもじゃないが近寄ろうとは思えない。

 普通の人間なら、自身の顔がこんなにも汚いなら真っ先に拭い取ろうとするだろう。しかし、男はそれができなかった。何故なら、男にはそれを行うための腕がなかったからだ。いや、腕だけではなく脚もない。男は手足を斬り飛ばされていた。傷口からはとめどなく血が溢れ続けている。あと数分も放っておけば間違いなく男は血液の不足によりこの世に別れを告げることになるだろう。

 そんな男の前に人が一人。しかし、辺りが暗いためにその人物が男なのか女なのか特定することができない。

 その人物は黒い衣服でも纏っているのか、姿も曖昧に見えた。ただ一つ、はっきりと視認できるのは獰猛な獣に似た“紅”の瞳だった。

「来るなああああ、来ないでくれええええ!」

 目の前にちょうど人がいるのだから助けを求めれば良いのに、男は情けない声を上げて拒絶した。

 理由は至極簡単。その人物こそ、男を首と胴だけにした張本人であるからだ。

「……ごはん」

 その人物は嗤った。声を聞いて、ようやくその人物が女と分かる。

 男は身をよじって抵抗するが、手足がない状態でその行動はまったくの無意味であった。

「っああああああ!!!」

 激痛が男を襲い、口から絶叫が溢れる。激痛の原因は、腹にあった。

 信じがたいことに女は男の腹に自らの両手を“突き刺して”、両手はナイフであると主張するかのように腹を縦に“裂いた”のだ。女は男の苦悶の声を聞いてケタケタと壊れたように嗤う。

 男の声をBGMにし、女は尚も作業の手を止めない。腹から臓器を一つ一つ引きずりだし、勿体なさそうに付着した血を舐め取ってから投げ捨てる。淡々とそれを繰り返し、ついに男の臓器は肺と心臓だけになった。

「ひゅー……、ひゅー……」

 男は既に虫の息だった。白目を向き、しかし意識だけは飛ばすことができない最悪な状態。痛覚を「痛い」と感じず、だが身体だけは激痛に素直に反応して跳ねる。生き地獄もいいところだ。

 男が血を吐き、口元に伝う。唐突に男の全身から力が抜け、男はついに反応しなくなった。どうやら、解放されたようである。

「……ち」

 女は男が死んでも何とも思わず、男の口から伝った血に目を向けた。

 そして、まったく躊躇わずに、キスをした。

 いや、正しくはキスではない。男の口内に残る血を、文字通り貪った。しばらくして十分に堪能したのか、女は男の口から離れ、口元を拭った。

 ここでようやく女は男が旅立ったことに気付き、つまらなさそうに口を尖らせた。女は足元に落ちていた、斬り飛ばした男の右腕を拾い上げる。

「……」

 また、当たり前のように、それがさも当然のことであるように、女はそれに噛み付いた。

 噛み千切り、咀嚼し、飲み込む。それを機械的に繰り返す女は獣同然だった。右腕を残すことなく――無論、骨も――喰らった女は左腕を拾い上げ平らげた。

 そうやって喰らっていき……、残ったのは男がいた辺りに広がる血と頭(目玉と耳と舌はない)と、先程投げ捨てた臓器と残っていた肺と心臓だった。

 ぺろりと口の周りについた血を舐めとり、女はさっさとその場を後にしようとして、

「順風、成長、大成功。素晴らしいよ、君は」

 一つの人影によって行く手を妨げられた。

「はかせ」

 女はその人物を捕喰対象と見ていないようで、寧ろ親しげに「博士」と呼ばれた人物に抱き着いた。博士は穏やかな様子で女の頭を撫でる。女は目を細めて嬉しそうだ。

「はかせ、はらへった」

 

「おや、俺にはたった今、君は食事していたように見えたけど」

 

「たりない、はらへった」

 

「んんー、じゃあ俺の腕でも食べる?」

 

「いらない。はかせ、たべもの、ちがう」

 

「それは嬉しいなあ」

 微笑んだ博士を見て女も笑う。これだけ見たらただの親子にしか見えない。

 しかし女はその話し方の割に身長は高く、歳は確実に十五を越しているだろうと思われた。異常なその場所に、血の臭いが充満していた。

 博士はふと、血溜まりへと視線を向け顔をしかめた。

「また頭と内蔵だけ残して……。好き嫌いは良くないよ」

 

「まずい、くいたくない」

 

「そう言われてもねえ」

 困ったように呟く博士は、きっと本当に困っているのだろう。

 しかし、それは女が食べたものが人間であるというのは無視して、喰い残された内蔵の処理に困っているのだ。「煮込んだら食べるようになるかな」博士と呼ばれたこの男も、十分常識から逸脱していた。

「ああ、また神機を使ってないの?」

 博士は女が背負っているものを指差した。博士の言う通り、女は黒い神機を背負っている。しかし背負っているだけであまり傷などは見当たらず、使っているのかは疑問である。

 女は博士の指差した先を見て理解し、少し嫌そうに口を尖らせた。

「これ、しょくじ、つかわない。て、いい。にく、かんじ、わかる」

 

「例えば?」

 

「めりめり、ぶしゃあ、ぐちゅぐちゅ。あと、あと……」

 

「もういいよ」

 博士は嬉々として続きを言おうとした女の言葉を止めて、額に手を当てた。

 こうなるように育てたとはいえ、少し気分が悪くなった。

 まだ自分も少しは人の域にいるということかと博士は苦笑した。

「……そうだ、今日はお別れを言いに来たんだ」

 

「おわかれ……?」

 

「そう。しばらく、君に会えそうにないんだ」

 

「っやだ! いっしょ、いる!」

 

「仕方ないんだ。本業が忙しくてね……」

 いやだいやだと駄々をこねる女は今にも泣きそうである。

 男は悩むように顔を伏せ……懐から取り出した一本のナイフで、何を思ったか自らの左耳を切り落とした。突然の出来事に、彼を慕っていた女も呆然とする。左耳から流れる血をびくびくと見つめている。

「は、はかせ。みみ、みみ……」

 

「大丈夫。取っても聞こえない訳じゃないし、痛くないし、ここなら無くても髪が長いからバレない」

 

「でも、でも」

 

「食べなさい。これは、また会う約束みたいなものだよ」

 半ば強引に、博士は切り取ったばかりの左耳を女の手に握らせた。

 女は迷うように視線を博士と耳にさ迷わせていたが、やがて決心したように口の中へゆっくりと入れた。何度も何度も咀嚼し、三十回は過ぎたところでごくり。飲み込んだ。

 博士は満足そうに頷く。

「また会えるよ」

 

「……は、はかせ」

 

「ん、どうしたの?」

 

「そ、その……ち、もったいない……。もらって、いい?」

 

「……美味しかったの?」

 尋ねた博士にこくこくと首を縦に振る女。

 申し訳なさそうな顔をしながらも、喰欲故か口元に涎が見えている。そんな女にくすくすと笑いを返しながらも「構わないよ」と博士は了承の言葉を言った。

 顔を輝かせた女は博士に飛びつき、固まりかけてきた血をぺろぺろと舐めとりはじめた。博士は女の行動を気にすることなく、静かに頭を撫でた。

「しばらく会えないから、先に言っておくよ」

 

「なに?」

 

「君が“ホンモノ”になるために、喰べなくちゃいけない人間がいる」

 

「そうなの?」

 

「そう。……これがその人間の写真」

 博士は写真を取り出し、あくまでも舐める作業を中断する気はない様子の女にも見えるような位置に差し出した。

 女は写真を見て目を丸くし、食い入るように見つめる。博士は女の反応を見て僅かに口角を吊り上げた。

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