GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~   作:キョロ

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65、冷静な青年とチョコレート(過去編)

 エレベーターの扉が開くと同時に、俺は大股で出て自室のある方へと歩いていく。

 途中で名前も知らない男の神機使いを見かけたが、俺がチラリと視線を向けるとそそくさとどこかへ去ってしまった。

 はて……、俺は何かしただろうか? 特に不機嫌そうな表情をしているわけじゃないし、何かしらの暴言を吐いた覚えもない。

 そもそも彼は先輩だったはずだ。俺から逃げる道理など何一つないであろうに。

 

「……難しい」

 

 更に速度を速めて駆けこむように自室に入って、すぐに扉を背にしてへたり込んだ。

 人と接するのは、難しいな……。ちょっと情けなさすぎて涙出そうだ。まあ、出ないが。

 クールだなんだと言われている俺だが、そんなことはまったくない。普通に人と同じくらい考えたりしている。ただ、ちょっとそれを表しにくいだけだ。

 俺は顔に感情を出したり、言葉で気持ちを伝えたりするのが苦手だ。前に夏にそれを言ったら「コミュ障」と言われた。……そう、なのか? 少し違う気もするが。

 

「出しゃばりすぎたのかもしれないな……」

 

 ふと、先程のエントランスでの会話を思い出して顔を(しか)める。

 あの時のリーダーは明らかに困っていた。何か手助けをしようと思っていたのに、逆にリーダーを困らせるようなことをしてどうするんだ。

 空回りしてばかりじゃないか、まったく。このままでは新兵の域から脱せない。早く一人前になって、リーダーを支えられるようにならなければいけないのに。

 

 誰かに弱音を吐きたいところだが、そんなことをしては相手の迷惑になるかもしれないからな。ここはとりあえず我慢で押し通すのが一番だろう。

 結局のところ、俺が一番怖いのは誰かに嫌われる事だ。……こう考える人は、嫌われないことを前提で考えていると、どこかで聞いた覚えがある。その通りだな、的確過ぎて拍手を送りたい。

 

「おーい、邪魔するぞ……のわっ!?」

 

「っ、……なんだ、夏か」

 

「重い! よりかかってくるなよ!」

 

 扉に身体を預けていたので、扉が開くと自然に向こう側にいた人間に寄りかかる形になってしまったらしい。

 ちょうど俺の部屋を来訪した夏の足に思いきり寄りかかってしまった。愚痴を言いつつもしっかりと支えてくれるところは頼もしい。

 

「それで、何か用か?」

 

「んー、しいて言えばさっきのが気になって。……ん?」

 

「なんだ、俺の顔を凝視して。気持ち悪い」

 

「いや、あの……さ。ソロ、泣きそうな顔してる」

 

「俺が……?」

 

 夏に指摘されて思わず自らの顔をぺたぺたと触ってみる。ふむ、いつもと変わらず無表情だ。

 「いつも通りだぞ」と伝えれば、分かってないと言いたげな表情とジト目で見つめられる。な、なんだ気持ち悪い。俺は無表情がデフォルトだぞ。

 

「ソロは確かに表情読むの難しいけどさ、コツさえ掴めば簡単に分かるんだぜ?」

 

「俺をゲームの登場人物のように言ってくれるなよ」

 

「いやいや、事実としてソロの表情の変化って微妙なんだからな!」

 

「その些細な変化をお前はよく気づけるな……」

 

「ん? だって、小さい頃からの友達だろ? 気づいて当然だ」

 

 なんでもないことのようにさらりと言ってのける夏は、随分前向きだと思う。

 小さい頃から友達が欲しいと思っていた夏と俺。俺たちの違いはきっと愛想が良いか悪いか、そこなのだろう。

 夏は自ら率先して友達を作ろうと奮闘した。反対に俺は消極的でそれを眺めていることしかできなかった。

 結果は努力をした者の下についてくる、つまりはそういうことだ。

 

「ソロは無愛想すぎるんだって。もっと笑え!」

 

ほほほひっはふは(頬を引っ張るな)

 

「いいじゃんいいじゃん。笑えー」

 

 俺の頬を引っ張るのが楽しいらしく、夏はご機嫌な様子で引っ張るのをやめない。十八のくせして随分と無邪気だ。もう少し大人になってもいいだろうに。

 しかしまあ、こんな性格だからこそ救われることもあるんだがな。そんなことを思って、そういえばこいつとの出会いはいつだったかと俺は自分の過去を思い返し始めた。

 

 

――――――――――

 

 

 ソロ・ワイバーン。それが俺の名前。

 両親は物心つく前にアラガミの被害により死亡……、ということになっている。

 何故“なっている”という曖昧な表現で済ませたかというと、俺自身は捨て子なのではないかと思っているからだ。そう思う理由はもうひとつある。

 そのもうひとつとは、俺を引き取ったことになっているおばさんだ。なんでも俺は親戚に厄介者扱いをされ盥回(たらいまわ)しにされていたらしい。それをおばさんが嫌々引き取った、というのが現状だ。

 理由を重ねたが、何が言いたいのかというと、俺は引き取ってくれたおばさんを親族だと思っていない、ということだ。この世に俺の親族は誰一人として存在しない、俺はそう思うことにしている。

 

 なにしろ、親の話なんてまったく聞いたことがない。それにおばさんはといえば俺を前にして「なんで引き取ったんだろう」だとか「使えない」だとか「捨ててしまおうか」と散々愚痴や不満をぶつけてくる。

 俺はとりあえず衣食住を満たすためにおばさんのパシリとして活躍する毎日を送っていた。が、何年も続けていればしだいにそれも耐えられなくなってくる。むしろ十三歳までそれを続けていた俺を誰か褒めてくれ。

 耐え切れなくなった俺の行動はなんとも不良染みたものだ。家に必要以上いない、という行動を起こした。食事、睡眠などを取るとき以外は決して帰宅せず、ただずっと外でのらりくらりしている。特に目的もなく歩く俺は周りから見れば異端だったかもしれない。

 なんとなく悲しかったのは覚えている。だがこの不満を一体どこへぶつければいいというのだろう? アラガミか? それともなるべくしてなってしまった、理不尽な運命か、世界か。

 それこそ時間の無駄であり、まったく意味のない思考だ。

 

 俺はある日を境に、公園に通うようになった。

 特にたいした理由などは存在しない。が、恐らく俺は同世代の子供がどのように過ごしているのが見たかったのだと思う。それはそれは活発に活動していて驚いた覚えがある。

 公園に通うことを日課にした俺は、他の子供と遊ぶという選択肢をとらなかった。公園全体が見渡せる、隅っこに設置されていたベンチに座って眺める、それだけだった。

 何が楽しくてそんなことをしていたのか分からないし、そもそも俺は昼寝をしている時間のほうが多かったように感じる。

 

「――なあ、お前いつもここにいるけど、暇じゃないの?」

 

 夏と出会ったのは公園に通い始めて数ヶ月経ったときのことだった。

 いつもと同じように昼寝をしていた俺に対し、暇ではないのかと質問してきた夏は今の夏とさほど変わっていない。純粋、その言葉が相応しいほど夏は俺には眩しく映った。

 

「聞こえてる? それとも寝てるの? おーい、もしもーし」

 

「煩い」

 

「え、」

 

 昼寝を邪魔された苛立ち、そして羨望が組み合わさって、俺は八つ当たりで夏の腹に蹴りを入れた。勿論全力ではない。さすがにそこまでしてやるほど俺は心が荒んでいるわけではないのだ。

 しかし夏としては俺がそんな反応を返すとは思っていなかったのだろう。唖然とした表情で俺の蹴りを食らい、地面に膝をついた。少しすっきりしたのは秘密である。

 苦しそうに「うおおお……」と呻く夏を見て、俺は不安になった。そもそもが初対面、出会いとしては最悪だし相手はたぶん俺のことを思って話しかけてくれたはずだ。

 それを俺はぶち壊したわけだから俺は何倍返しされても仕方ないだろう。むしろ痛い目を見るべきだな、そう納得して腹を括る。

 

「ってーなあ! 初対面だぞ? 初対面! なんで俺蹴られたの!?」

 

 涙目ながらもこちらを見てくる夏。今でもエントランスで時々見かける表情と変わらない。

 痛い痛い、と片手で腹を押さえて片手で目尻にたまった涙を拭き取る夏は、よく痛みに耐えたなと賞賛を送りたいくらい強かった。加害者だという事実を完全に棚に上げてそう思っていた俺は馬鹿であるに違いない。

 なかなか痛みが治まらないのか不満そうにしている夏はごく自然に俺と同じベンチに腰を下ろした。あまりにも自然すぎて邪魔だとも言えない。

 

「なんだよ……、俺のどこがいけなかったんだよ……」

 

「……悪い、昼寝の邪魔をされて少し気が立っていた」

 

「おお、俺の価値は昼寝以下ってことか、結構悲しいぞ」

 

「俺とお前は初対面のはずだが?」

 

「ん? ……あ、そうだった。あと“お前”じゃなくて、夏。日出 夏、って言うんだ」

 

 一転して笑顔を浮かべた夏の表情は年相応であり、無邪気さを感じさせる。俺にはないもので羨ましく思う。だが不思議と嫉妬は感じなかった。

 初対面であるが、俺は夏のことを知っていたし、夏も俺のことを知っているようだった。俺は夏が他の子供と遊ぶところを見ていて、夏は俺がベンチにいるところを見ていたのだろう。

 心配か何かされたのだろうか。俺としては一人でここにいても誰かといても変わらない気がしたのだが。

 

「俺は、ソロ・ワイバーン」

 

「ソロ……さん? って、大人びてるけどいくつ?」

 

「十三」

 

「えっ、俺と同い年!? いやいや、サバ読んでるだろ、それ?」

 

「俺がそんなことをして何か利益はあるのか……?」

 

 しきりに俺の年齢を否定しにかかる夏は、どうやら俺と同い年らしかった。やはり俺は普通とは少しずれているのだと、このときまた思い知らされた。

 

「んじゃ、ソロって呼ばせてもらうから夏って呼んでくれよ」

 

「夏」

 

「よしっ。それでさ、ソロ。いつも見てたんだけど……お前悲しくないの?」

 

「悲しい? 何がどうしてそうなる」

 

「いつも一人でここいるから、寂しくないのかなーって」

 

 気遣いをしてくれたのも、夏が初めてだった。驚いてしばらく返事を返せずにいたが、少し経ってようやく悲しくないとだけ返しておいた。他にどうやって返せばいいのかも分からないため、無難すぎる答えしか返せない。

 悲しくないか。夏に言われるまで考えもしなかった。苦しいと思ったことは確かにあるが、思ったところで現状は変わりはしないのだから。嘆くよりは前を見なければならない、それが今の世の中だ。

 

「嘘つくなよ、死んだ魚みたいな目してるんだから」

 

「俺を殺すな。あと俺は魚じゃない」

 

「というわけで寂しいソロくんのために、俺たちは今日から友達決定って事で!」

 

「勝手に話を進めるな……まったく」

 

「そう言っちゃって、満更でもないくせにー」

 

「……殴るぞ?」

 

「ごめんなさい」

 

 何故付きまとってくるのかは分からない。でもなんとなく、これもまたいいだろうと思えた。

 夏は出会ったばかりだったが不快感を感じるわけでもなかったし、俺は実のところ“友達”という響きに魅入られていた。くすぐったいような嬉しいような、なんとも言えない気持ち。

 今までなかった気持ちに内心で首を傾げつつも俺は「また明日」と初めてする約束事を残してその日は帰った。

 

 

 

「ソーロー!」

 

「煩いぞ、馬鹿夏」

 

「ごめんって」

 

「……腹を守る意味はあったのか?」

 

「……反射かなー」

 

 それから俺と夏は毎日のように会っていた。待ち合わせ場所はベンチで、時間は特に決まっていない。何しろ俺はほとんど一日をそこで過ごしているから特に決めなくても問題なかったのだ。

 ニコニコと笑顔を浮かべる夏はいつだって楽しそうだし、前向きで明るい。そんな夏を見ていると俺も元気を貰える……ような気がした。勘違いかもしれない。

 

「今日はな、おばさんからビッグプレゼント貰ったんだ!」

 

「ビッグ? 大きいものを持っている様には見えないが」

 

「そうじゃなくてさ……。じゃーんっ、これなんだと思う?」

 

「茶色の板」

 

「チョコレートね」

 

 呆れたとでも言いたげな物言いにムッとする。知らないものは仕方ないだろう。

 夏のおばさんとは時々家にお邪魔することもあったので面識はあった。優しい人というイメージが強く、関係ないはずの俺もよくしてもらっていた。

 

「チョコレート。これが噂の……」

 

「なんだ、食べたことないのか? 確かに滅多に配給されないけど」

 

「も、貰っていいのか? お前のだろう?」

 

「二人で食べようと思って持ってきたからな。ほい、半分こ」

 

 甘くて茶色い板、チョコレート。名前しか聞いていなかったため、俺は味を知らない。

 チラチラと夏に視線を移せば苦笑いされる。俺の反応が面白いのだろうとは感じていたが、このときばかりはそれを指摘する気になれなかった。それだけチョコレートに興味を持っていたのだ。

 ドキドキしながら一口含めば、甘い味が口いっぱいに広がって溶けていく。幸せを感じさせるその甘さに表情が綻ぶのを自分でも感じる。

 

「っはー……、ソロのそんな表情初めて見たかも」

 

「すごく美味いな……。こんなものは食べたことがない」

 

「だろー? よし、ソロが幸せそうだし、俺の分もやるよ!」

 

「え゛。いや、さすがにそれは悪い」

 

「いいって! その代わり俺はソロの顔眺めてるから」

 

「やめろ、気持ち悪い」

 

 夏から半分になった片割れを貰い、口に入れる。やはり、甘い。甘い味が広がっていくのと同時に俺の疲れも消えていくようで、なんとなく不思議な気分になる。

 そんな俺を夏が横から眺めてニヤニヤと笑っていたが放っておくことにする。あまりにも鬱陶しかったら拳を構えれば自然に身を引いてくれるはずだ。

 鬱陶しい気持ちが芽生えるまでは許しておいてやろう。チョコレートに免じて。

 

「……そっかあ、そんなに美味しかったかあ」

 

「最高の気分だ」

 

「まさかソロの最高の笑顔を見るためにチョコが必要だなんて思わなかった」

 

「そんなに笑っているのか?」

 

「うん。年相応、って感じだよ」

 

「どうやら俺はお菓子が好きらしい」

 

 嫌な気分も溶けていく気がする。お菓子とはこの世の中で一番素晴らしいものなのではないだろうか。

 尚も俺の様子を観察するように見ている夏は「また今度持ってくる」と俺に言ってくれた。俺は黙って、数度その言葉に頷いた。

 

 

 

 俺が夏を見かけなくなったのは、果たしていつだったか。

 ある日突然、神隠しでもあったのではないかと疑いたくなるくらい突然に、夏は公園に来なくなった。

 全く勝手なやつだ。友達になろうだなんて押しかけておいて、しばらくしたら見向きもしない。

 大雑把な計算でもあれから四年は経っている訳か、随分長い時間ここに通っていたものだ。

 

「むぅ……、暇だぞ、馬鹿夏」

 

 呼びかけてみても返事は返ってこない。いないのだから当たり前なのだが。

 それから俺はいつもと同じように毎日公園に通ってみた。しかし、一週間経っても夏が俺の前に現れることは無かった。

 何故だろうと考えてみて、そういえばあの前日はアラガミが侵入してきて、それで別れたのだということを思いだす。もしや、あいつは喰われたのではないだろうか。

 そこまで考えてみるとなんだかとても悲しくなってきた。俺は夏に依存していたのではないだろうか、そうして寂しさを隠していたのではないだろうか。

 

「お前はもう、このベンチに来ることは無いのか?」

 

 まるで意味のない問いかけをして、それから俺は空を見上げてみる。腹立たしいくらいの快晴だ。

 ここに来るのはもうやめようか。俺もいつまでもここにいるわけにはいかないだろうし。ベンチから腰を上げて歩き出そうして、ふと近くに愛らしい花が一輪咲いているのが目に入る。

 確かこれは……“菜の花”だっただろうか。前に夏のおばさんが見せてくれた花の辞典に、そういった名前の花が乗っていたような気がする。花言葉は、……。

 

「俺も少しくらいなら、お前を見習うべきかもしれないな」

 

 菜の花を摘んで、ベンチの下に盛り土を作ってからそこにそっと置く。なんとなく、墓っぽいものを作ってみた。ただの気分だし、いずれ壊れてしまうだろう代物だ。

 それでも俺の心を整理させるには十分なもので、手早くその作業を済ませてしまってから俺は公園を後にした。これからは誰かに依存するのではなく、誰かに頼られる人になろう。

 俺に手を差し伸べてくれた、あいつのように……とまでは言わないが。

 

 

――――――――――

 

 

「……夏の墓は、今どうなっているだろうか」

 

「ファッ!?」

 

 ボソリと独り言のつもりで呟いたのだが、目の前にいた夏にはばっちり聞こえていたようだ。露骨に挙動不審になると、不安そうに目線を泳がせている。

 

「俺は、いつ死んだんだ……?」

 

「一年前に突然姿をくらましたのはお前だろう」

 

「そうだけど! 勘違いされたのは聞いたけど、墓まで作ってたとか……」

 

「なんてことはない、花を一輪置いた程度だ」

 

「さいですか」

 

 あの後、夏が生きている可能性があると思ったのは、アラガミが侵入してきた際に似たような姿を神機使いたちの中に見たような気がしたからだった。

 夏と会わなくなってから同じように夏のおばさんとも会わなくなっていたため、確かめることは出来なかったのだが……。まあここでその真偽ははっきりさせることが出来たわけだ。

 

「そりゃ悪かったと思ってるよ。後で謝りたくって公園行っても、ソロいなかったし」

 

「家に来るという手段は……無理か」

 

「ソロの家は一度だって教えてもらえなかったからなー」

 

 そういえば家に上げても何かをしてやれるわけではなかったから招かなかったんだった。大したおもてなしをしてやれないのなら最初から上げないほうが良いと判断した覚えがある。

 思えばあの時も何かをしてやる、ということは無かった気がする。いつも夏や夏のおばさんが何かしらしてくれていた。なにもお礼は出来ていないわけだ。今度おばさんには何か持っていくとしよう。

 

「……あ、俺の部屋にチョコあるけど、来る?」

 

「食べる。是非貰う」

 

「食い付くの早いな……」

 

「チョコレートは好物なんでな」

 

 あの病み付きになる甘い味を思い出して、ごくりと唾を飲む。

 俺にとっての幸せの味はきっとチョコレートだ。でも普段食べている味じゃない。勿論チョコレートは美味しいのだが、一番幸せだと感じたのは最初に食べた、貰ったチョコレートだ。

 あれはよっぽどのことでもない限り超えることがないと思う。

 

「夏」

 

「お? なんだー?」

 

「いつも、ありがとう」

 

「……え?」

 

 ポカンと間抜けに口を開ける夏。変な顔をするんじゃない。

 そんなに俺の言った言葉は変なことだっただろうか? 感謝するというのはとてもいいことであると思うし、いつも世話になっているからこそ出た言葉だったのに。

 変なやつ、そう思いながら俺はすいと夏の横を通って先にエレベーターへと向かう。

 

「……あっ、ちょ、ソロ! もう一回! 今のもう一回!」

 

「ありがとう?」

 

「何故疑問形」

 

「二回求められた理由が分からなかった」

 

 俺は感謝することが少ないのだろうか。だとしたら、改めていったほうが良いのだろうな。

 どうしたというのか妙に嬉しそうに笑う夏に少し違和感を覚え、なんとなく視界に入れないように気を付けながら俺たちはその場を移動した。

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