GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~ 作:キョロ
気が付いた時、見慣れた病室の天井が目に入った。
……はて。どうして病室に来ることになったんだったか。全然記憶にないんだけど。病室のベッドに寝かされるようなこと、したっけなあ……。
うーん、と唸っていると仕切られていたカーテンが開かれ、オネエサンが顔を覗かせた。あっ、これすごい怒ってる。口角は上がってるから一見笑顔のように見えるけどこれ怒ってるよ絶対……!
それからベッドの上で正座させられて訳の分からぬまま大反省大会という名のお説教が始まった。どうやら俺は昨日訓練場でぶっ倒れて今までずっと寝ていたらしい。昨日はロミオにここまで連れてきてもらったらしい。ありがたやー、と思う前に次から次へとオネエサンからのお説教の言葉。「まったく最近の神機使いさんたちは本当に無茶が好きなんだから! 第一ねえ……」と最終的に俺が関係ない方向に話が進んでいったが、ここで口を挟むとお説教が伸びると俺は学んでいたのでお口にチャックして聞いていた。
起きた時間を確認していなかったのでお説教が何時間続いたのかは分からなかった。もしかしたら数十分かもしれない。まあ俺にとっては長く、堪えた。なんだかオネエサンの説教って母さんに怒られてるような錯覚に陥るから、地味に落ち込むんだよなあ……。まあ物心ついたとき母さんはいなかったから、たぶんこんなものだろ、ってくらいの錯覚だけど。
「あの人、ほんとう過保護だよなあ……」
病室を出て区画移動用エレベーターに乗り込み、そう一人ごちる。
思えば俺が初陣で怪我を負ってからの縁である気がする。このアナグラで一番最初に仲良くなったのもあの人かもしれない。意外と長い縁なんだな。だけどこうやってふと自分の身の回りのことを振り返ってみると案外寂しいものである。なんかその、自分が老け込んだみたいで。……ええい、もう老化の話は止めよう。嫌になる。
参ったなあ、と思って頬を掻いていると、ちょうどエレベーターが目的地であるエントランスに着いた。いつも通りの喧騒に、ああ、ここだけは変わらないな、なんて安心しながらその空気に触れる。だけど、なんだか寂しいな、なんていうのも……。うあああ、もう老化の話は止めだってば。
「あっ、夏さーん。おはようございますー、昨日倒れたそうですが大丈夫ですー?」
呼ばれてそちらに目線を向けると飛鳥がいた。言葉にはからかいの色が含まれているが、その表情は本当にこちらを心配している優しいものだった。一瞬、ゼルダとかぶりドキリとさせられる。いやいや、あの真面目のゼルダと不真面目の飛鳥。外見的に似るなんて万が一にもありえない。でも、今の感じは……?
そうやっていつもなら考えに耽っていたのだろうけど、今回ばかりはそうはいかなかった。飛鳥の隣にいた人物に、目を奪われる。白いシャツを中に着こみ、黒いコートに黒いズボン。黒いフレームの眼鏡の奥に見えるは黒の双眼。三年前より伸びた髪は後頭部に一つに結われて尻尾のように揺れている。俺の姿を捉えた瞳が細まり、口角は上がる。いつぶりだろう、彼女らしいそんな笑みを見たのは。
「メリー!!」
「やっほ。ただいま」
気怠そうにひら、とこちらに手を振ってくるメリーにちょっとした懐かしさを感じてしまった。ほんの数週間くらい会っていないだけなのに、どうしてこんなにも心細かったのか分からない。ちょっと泣きそうになってしまったがからかわれる予感がしたのでぐっとこらえる。
いつ帰ってきたんだとか、怪我してないかとか、いろんなことを聞きたくなって頭のなかがごった返してしまう。まず何を言ったらいいのか分からなくて「お帰り」とだけ口に出た。お疲れ様、とかも言いたいのだが他の言葉は頭の中に浮かんでもすぐに溶けていってしまう。
「……メリー、お前、昼間から飲んでるのか」
代わりにメリーの頬に朱が差していることに気付いてしまって、そっちのほうが口に出てしまった。メリーはよっぽど疲れが溜まっていない限り、酔うことはない。だけど“飲んだかどうか”は一目見れば分かるのだ。こいつ……、たぶん今日は有給でもとっているんだろうけど昼間から酒飲みおって。
俺の指摘は当たっていたのだろう。メリーが明々後日の方に目線を向ける。
「気のせいじゃない?」
「ほほーう? ならば俺に息を吹きかけてもらおうか。酒の臭いで判断する」
「変態!」
「おい待てそんな濡れ衣着せて逃げられると思うなよ!!」
確かに大変だったのかもしれないけど久しぶりに見た仲間の顔が酔ってる顔ってどうなのよ。いや、メリーの場合これは酔ったのうちに入らないのかもしれないけど……。というかやっぱり酒臭い。
メリーはそれから俺の言及が面倒になったのか「あ、あー! サカキに報告するの忘れてたわー! 戻って来たばっかりだものー! 報告いかなくちゃー!」とわざとらしいほど棒読みで言うとたったか区間用エレベーターに乗り込み、姿を消した。あいつめ、今度会ったら説教しておかなくちゃならんな。
「二人って随分と仲がいいんですねー?」
「ん? ああ……、いつも俺が振り回されてばかりだけどな」
「満更でもないって顔してますよ」
「あ、分かる? ま、三年もこんな関係だと、むしろないほうが寂しくなるさ」
むしろこの掛け合いが日常になってくる。や、別に罵られたいわけじゃないんだけど。一種のコミュニケーションというか、戯れというか、挨拶みたいなもんだ。飛鳥もなんとなく俺とメリーの関係を理解したのか、はたまたメリーから既に俺との関係を聞いていたのか、ただ笑うだけだった。弄られるかなー、って思ってたんだがそうでもなくて安心した。
と、そこへメリーと入れ違いでハルさんが現れた。俺と飛鳥を見つけると「おー」とこちらに近寄ってくる。そういえば、二人は昨日ルフス・カリギュラを倒しに行ったんだっけ。どことなくハルさんはスッキリしているように見える。憑き物が落ちた、みたいな感じだろうか。晴れやかな表情のハルさんを見てちょっと嬉しくなる。これも飛鳥のおかげだと考えると感謝してもしきれないし、同時に力になれなかった自分が悔しくもある。俺は結局、ハルさんの事情を知らない。
「夏、メリー見なかったか? ついさっき帰ってきたらしいんだが……」
「えー? 今までここで僕たちとお話してましたよ?」
「サカキ博士に報告するって言って行っちゃいましたけど。会ってないんですか?」
「……ふーん、ほーう? 隊長の俺にも会わず報告も後回しで最初に会うのがお前、ね……」
「ちょ、顔近い! そんなサカキ博士みたいにズイッと来なくていいですから……!」
サカキ博士の真似とかいいからちゃんと距離を取ってほしい。この体勢久しぶりにしたけど結構腰が辛いんだからね! 本当、勘弁してほしい。あと意味分からないことを言わないでほしい。別に誰に会おうがメリーの自由だろうに。……最初に会いに来てくれて嬉しいけど。
視線を逸らしていたらハルさんが体勢を戻してくれたけど、その代わりに飛鳥と二人揃ってニヤニヤし始めやがった。だから! なんで俺をからかい始めるの! 俺何もしてない!
「で? ハルさん、何の用なんですか?」
「ああ、そうだった。……副隊長さんよ、改めて昨日はありがとうな」
「へ? ……僕はただ赤いカリギュラを見に行っただけで何もしてないですけどー?」
「謙遜はいい。お前さんは十分によくやってくれた」
「だから何のことですか? 僕は世にも珍しい赤いカリギュラ見物に行っただけですー」
ぷい、と俺からもハルさんからも顔を背けてしまった飛鳥の耳は赤い。俺はハルさんと顔を見合わせて……笑った。なんだ、ただの悪戯好きなトラブルメーカーかと思ったら。結構可愛いところあるじゃないか。
「え、えっと……失礼します!!」
「おっと、今日はもうちょっと付き合ってくれよ」
「えぇ!?」
「大人の話し合いってやつだ。よし、とりあえずラウンジに移動するとしようぜ」
「僕の話聞いて下さいよーーー!!」
とてもいい笑顔で飛鳥の拒絶の言葉を無視したハルさんは強制的に飛鳥をラウンジに拉致していった。……なんだか嫌な予感がする。ハルさん、飛鳥に変なことを教え込まなきゃいいんだけど。飛鳥も意外と悪乗りしちゃう方だからハルさんにたぶらかされたら嬉々としてやらかしてくれそうなんだよなあ……。
飛鳥のことが少々心配になりつつも、ヒバリちゃんのところに向かい今日の依頼を確認する。そういえば、今日もカノンと弥生を見ていないなあなんて思っているとヒバリちゃんから「今日は大事を取って休んでください」との一言。なんと、昨日倒れたことはとっくに知れ渡っていたそうなのだ! 倒れた場所が訓練場だったために今日は訓練所の出入りも禁止されてしまった。アウチ。別に訓練場に行ったら倒れるってわけじゃないのになあ。
仕方ない、部屋に帰るか。旧世代の動画を漁ったりしていれば一日が終わるだろう。と思うことにする。うーむ、本当は置いていかれたくないから訓練場で身体を動かしたかったんだけどなあ……。出禁にしたの、サカキ博士だよな。恨む。
「まったく、俺の周りには過保護しかいないのか……」
俺は全然大丈夫だっていうのに、どうしたもんだかね。
――――――――――
しまった……本当にダラダラしていたら一日が終わってしまった……。
こんなにダラダラしたの、久しぶりだなあ。ゆっくりした休日だったなあと思う反面、何もしなかったという罪悪感が半端ない。ぐぬう、やっぱり無理してでも訓練場に行くべきだっただろうか。でも神機持ち出せなさそう。神機格納庫あたりで誰かに捕まりそう。
もうそれなりにいい時間だし、そのまま寝るしかないのか。明日は今日の分も合わせて頑張って働かないと大変だ……。古参兵だからって油断してるとバックリいかれちまうよ。そんなのはごめんだ。
潔く布団の中に入って明日を迎えよう、そうしよう。パジャマに着替えて布団に入る。はあ、病室のベッドでもかなり睡眠はとったはずなのに、こうやって掛け布団をかぶると案外眠気って来るもんだな。段々とウトウトしてきて、もう寝ようと思っていたところでインターホンが鳴り、俺の意識は一気に現実に引き戻された。……こんな時間に、誰だろうか? もしや帰ったその日にメリーが悪戯しにきたとか? いやいや、まさかね。
「はいはい、どちら様ー……。って、なんだ、飛鳥か」
ジャケットを羽織ってから自室の扉を開けると、そこには枕を抱きしめたパジャマ姿の飛鳥が立っていた。……どうして? パジャマって寝る恰好であって、出歩くための服じゃないと思うんだけど……。
「こんばんは! 一緒に寝てくれませんか!!」
「えっ、いいけど……」
「やった! 夏さんありがとうございます!!」
別に断る理由もなかったので二つ返事で承諾する。飛鳥は嬉しそうに顔を綻ばせると「お邪魔しまーす」と言ってから自室に入り、俺のベッドにダイブした。何回もジャンプしてスプリングを楽しむのはいいけど、あんまり何度もやると壊れそうで怖いからやめてほしい。
スプリングの具合を存分に楽しんで疲れたらしく、大人しくベッドの縁に座った飛鳥にココアを淹れてやる。これがかなり好評で今度また淹れてほしいと強請られた。材料が手元にあるならいつでも大歓迎である。
「飛鳥、どうして急に俺のとこ来たんだ? 怖い夢でも見たか?」
言ってから、そういえば飛鳥は十九歳なんだから子ども扱いは失礼だったかな、と思う。だけど飛鳥は特に気にしなかったのか「あれ、知らないんですか?」と逆に俺に聞いてきた。
どうやら飛鳥、自室では就寝せず、毎日誰かの部屋に泊まっているらしい。既にブラッド隊の部屋は極東支部に来るまでに制覇したのだとか。胸を張って教えてくれた。
「本当は今日、エリナちゃんの部屋に泊まろうと思ったんですけど……門前払いでした」
「今日の俺みたいにアポなしで突撃するからだろ」
「むむむ……明日は絶対に泊まらせてもらいますー」
「諦めないなあ……」
まあエリナも年頃の女の子だし、一緒に男性と寝ることには抵抗があるんだろう。むしろブラッド隊の女性二人はよく飛鳥を招き入れてくれたものだ。飛鳥が何か過ちを犯すとは思えないけど、やっぱり男女二人きりで一緒に寝るっていうのは……なあ……? 飛鳥もそこらへんは分かっているらしく「拒否されたからこうやって夏さんのところに来たんですよ」と苦笑いしている。そこで食い下がっていたらドン引いてたよ。
ズズっとココアをすすってほんわかしている飛鳥を見ると、なんだか弟が出来たような気持ちになる。そして出会って間もないのに意外と仲良くなるのが早いことに気付いた。飛鳥は人の懐に入るのが上手い……というより、他人に警戒心を与えさせない。柔らかい雰囲気を常に纏っていて、つい安心してしまう。そんなところもなんだか弥生と似ている。ただ弥生はもっとドジだけど。
飛鳥はなんだか……どこか計算しているように見える。ただ計算高いというわけではなくて、他人の反応を窺って最善の態度を導き出し、振る舞っている。そんな印象を受ける。
「そういや、さっき“毎日”泊まってるって言ってたけど、どうしてだ?」
「僕ってば、十九歳なのに一人で眠れないんですよー。……笑いますか?」
「笑わないよ。……俺も最近、一人で寝るのが怖かったからちょうどいいさ」
「本当ですか! じゃあ僕たち仲間ですね! 仲良しこよしですね!」
嘘はついていなかった。頻繁に、ではないけれど、俺はここのところ悪夢を見るようになっていた。……夢の内容は起きてしまうときれいさっぱり覚えていないが、起きると頬に涙の後が残っているので、たぶん悪夢なんだろうと仮定している。だがそれが怖いか、と聞かれたら俺は怖くないと応える筈だ。今のところ、夢を覚えていないから。
それからしばらく話していてココアの暖かさもあったのか、飛鳥が微睡み始めた。飛鳥からココアの入っていたカップを受け取り、片付けてから戻ってくると飛鳥はベッドに倒れ込んで寝ていた。そんなに疲れていたんだろうか。話に付き合わせるべきじゃなかったかな……。
とりあえず飛鳥を少しだけ動かし、俺も入れるようにする。添い寝とかしたことがないから分からなかったけど、思っていたより狭い……。俺だけ床に布団を敷いて寝ようか。そんなことを思っていたのが伝わったのか、飛鳥にパジャマを掴まれてベッドから出れなくなってしまっていた。これは、いったいどうすればいいんだろうか。判断に苦しむ。
結局、飛鳥の手は外れそうになかったので、俺は飛鳥を抱き枕の要領で横抱きにし、寝ることにしたのだった。これ朝起きたときに飛鳥に嫌がられたらどうしよう。