GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~ 作:キョロ
……ここはどこだろう。どこかの通路、だろうか。眠くなってしまいそうな、でも足元はちゃんと見える、そんなちょうどいい薄暗さだ。俺はどうやら壁に寄りかかって座っているらしい。いつまでも座っているわけにはいかないのでよっこいしょと立ち上がる。
右手には神機がある。いつもと変わらない俺の相棒(強いて言えばちょっと傷が少ない気がする)を持っているのはいいとして、何をしたもんか……と思った時、俺の身体が勝手に動き出す。ちょっと待てって。俺は今考え事をしているんだ。考え事をしているときに動くとうっかり転んだりしかねない。
(俺は、何をしているんだ……?)
どうして走り出しているのかは知らないけど、そっちにアラガミはいない。そっちにいるのは、人だ。知っているような気がするのだが、名前がどうしても出てこない。
いやもうこの際名前なんてどうだっていい。俺が走り出した先に人がいる。それが問題なんだ。どうしてその人に向かって今にも神機で攻撃しそうなんだ。お願いだから、やめてくれ。こんなこと俺の仕事に反している。どうして俺が人に神機を振るわなきゃならないんだ。
制止も虚しく、俺はその人を思い切り斬りつけていた。サアッと背中が冷えるのを感じるが、どうやら相手が神機でそれを受け止めてくれたらしい。今気付いたが、この人は同業者なのか。
同業者と目が合った。泣きそうで、でも怒っている顔だ。至近距離で見るその人の顔は絶対に見たことがある顔で、そうして悶々としたままゆっくりと俺の意識は遠ざかっていった。
――――――――――
鼻がくすぐったくて目が覚めた。
パチリと目を開けると目の前にあるのは緑だった。……何これ、草? あ、違う違う、飛鳥だ。飛鳥の髪の毛だ。それが鼻に入って……入っ……は……。
「っはっくしょん!!」
鼻の中をこしょこしょするのは反則だ!
なんとか顔を逸らして飛鳥に唾をかけるのを阻止したが、危なかった……。
さて、それで、どうやら俺はまた夢を見ていたようだ。頬が濡れているから分かる。で、肝心の内容は……さっきまで覚えていたんだがくしゃみと一緒にどこかに飛んでいってしまったようだ。残念。
鼻をこすりながら枕元に置いておいた目覚まし時計を確認すると、いつも起きている時間より少し早く起床していた。なんとなくもったいなくてまだ布団の温もりに包まれていることにする。
飛鳥はまだ熟睡しているらしく規則正しい寝息が聞こえる。寝る前は俺の服をつかんで離さなかった手はいつの間にか離されていた。それにしても猫みたいに丸くなっちゃって。本当に十九歳かってくらい、飛鳥は幼いように思える。実年齢と精神年齢が一致していない。
俺が結婚して息子とかできたらこんな気分なのかなー、とか考えながら飛鳥の頭を撫でる。さらっさらだ。ただ癖が激しいな。寝る前はそうでもなかった気がするんだが……。もしかして飛鳥の普段の髪の毛の跳ね具合って寝癖を放置しているわけじゃないよな。
「……ぁ……」
「起きたのか、飛鳥。おはよう――」
「……父さん?」
薄ら目を開けた飛鳥はまだ眠いのか、たどたどしい口調でぽつりとつぶやいた。
飛鳥の口から父親の存在を聞いたのはこれが初めてでちょっと驚く。飛鳥と共に極東を離れることになったその人物は、やはり飛鳥にとって大切な人物であったのか。
「いや、俺は夏だ。残念だけど、飛鳥のお父さんじゃない」
「そうですか……。そうでしたね。おはようございます」
そう言って飛鳥はまた目を閉じた。……え? 今、おはようございますって言ったよね? おはようございますってもう一回寝るときに使う言葉だったっけ。俺の認識だと起きるときに使う言葉だと思うんだけどな。まさか二度寝する気か?
布団をはぎ取ろうか真剣に悩み始めたところで、今度はがばっと勢いよく起き上がる飛鳥。うわ、ビックリした。飛鳥の頭にまだ手を置いたままだったからそれなりに痛い。起き上がる時に弾かれた。
「夏さんって男性の割に身長低いのに、意外と手は大きいんですね。父さんを思い出しました」
「飛鳥だって俺のこと言えないだろ。……飛鳥のお父さんって、どんな人なんだ?」
気になっていたことを思いきって訊ねてみる。てっきりまた「秘密です」と言われるかと予想していたが、それに反して飛鳥は「うーん……」と説明するための言葉を探し始めた。俺はベッドの上で胡坐をかいて整理が終わるのをじっと待つ。
「優しい人……でした。すごく甘やかしてくれて。一時期は父さんなしじゃいられませんでした」
「良い人だったんだな」
「はい。よく頭を撫でてくれました。……アラガミのせいで、死にましたけど」
「っ、」
言葉が詰まる。飛鳥に対して返す言葉が見つからなかった。そして何より、飛鳥の目がどこかここではない遠くを見ているような虚無を宿していた。俺はこの目をよく知っている。弥生と同じ目だ。光が届かない、ただただ暗い孤独な目……。
「ああ、すみません、湿っぽい話をして。忘れてくださーい」だが飛鳥はまるでさっきの目は気のせいであったかのようにパッと口調を明るくした。俺が瞬きをした時には既に飛鳥の目はいつも通りの明るい少年のものに戻っていた。それ以上は踏み込めない領域であることを理解して、俺は頷きだけを返した。
なんとなく気まずくなってしまって、そろそろ支度をしようかなと思った時に自室の扉がシュッと音を立てて開かれる。……鍵はきちんとかけていた。ということは、入ってこれるのはただ一人だ。
「おはよう夏……って、あら? あんたたち、随分と仲が良いのね」
「わあ、おはようございます、メリーさん」
「おはよう。毎度のことだけどさ、勝手に鍵開けるの止めてくれ」
見慣れた黒いコートに身を包んだメリーがそこに立っていた。飛鳥は俺が鍵をかけていなかったとでも思っているのか、メリーが俺の部屋に入ってきたことになんの疑問も感じていないようだ。
メリーの俺の部屋の侵入は三年経った今も、ご覧の通り変わらない。ここ最近は被害が配給ビールだけになったので、俺も気にしないことにしている。ジャイアントトウモロコシが盗まれたらキレるけどな。
とにかくこのままメリーがいたんじゃ着替えられないので一度追い出した。最近作ったばかりの真新しいジャンティシャーク上と北辰高等学校制服下を取り出す。結局ズボンは制服じゃないか、とかそういうことは言っちゃいけない。あのシリーズのズボンってなんかダボダボなんだよな……。ダボダボのズボンじゃ走りにくいだろ、ということで別の組み合わせにしているのだ。
「あ、そういえば僕と夏さんってお揃いですよねー」
「あー……。色違いだな」
「ペアルックですね!」
「それは違うと思う」
俺は赤色を基調としているジャンティシャークだけど、飛鳥は灰色を基調としているチアフルモンキーってやつを着ている。所々に紫と黄緑が彩っていて、なんか俺のよりもちょっとお洒落だ。俺が着たら似合わないだろうけど。ただ飛鳥もやっぱり下もそろえる気はないのか、ワイルドチタナイトっていう、黒いズボンに薄茶のブーツを履いている。
「本当に、ありがとうございました!」
「おう、今日も頑張ってな」
「はい。それじゃ……ぐえっ」
「夏。飛鳥借りるから」
着替え終わった飛鳥が俺の部屋を出た瞬間、メリーに首根っこを掴まれた。すごい苦しそうな声が聞こえたんだけど、大丈夫かな。そのままメリーが引き摺っていっちゃったけど……。
それにしてもあんなに強引なメリーは久しぶりに見た。いったい何に巻き込むつもりなんだろう。もしかして例の特務とか。……それはないか。付き合いが長い俺に話していないんだから、出会って日の浅い飛鳥を巻き込んだりはしない、はずだ。三年前巻き込まれた俺としては強く否定できないけど。
あんまり無理なことしないといいな。心の中で飛鳥に黙とうを捧げてからエントランスに出ると、近くのソファテーブルで第四部隊の面々が待っていた。む、みんな早いな……。なんだか待たせていたみたいで申し訳ない。
「遅いぞー、夏。重役出勤かぁ?」
「おはようございます、夏さん、今日も頑張りましょうね!」
「夏先輩、朝ご飯食べました?」
やっぱりこの独特な雰囲気は落ち着くな。独特過ぎる気もしなくないが……そこは極東全体の特色でもあると思う。ほら、トップの人がまず独特過ぎるからさ……。
今朝の悪夢(と仮定する)のことなんかすっかり忘れて和んでいると、ハルさんから今日の依頼はバラバラであることを明かされた。そう言うのは先に言ってほしいです。全員集まっていたからこのメンツで行くのかと思っていた。カノンも弥生も今聞いたらしく、俺と同じように驚いていた。
「俺とカノンは、まあいつも通りだ。弥生は第一部隊で、夏はブラッド隊から招集が来てる」
「私はハルさんの指導の続きですね……頑張ります!」
「エリナちゃんと一緒かあ、楽しくなりそう」
「俺はどうしてブラッドと?」
感応種の目撃報告は来ていなかったはずだから、普通のアラガミ討伐だろうとは思うけれど。戦力的には第二世代で俺よりも戦績のあるハルさんのほうが適任でありそうな気はするがなあ。
首を傾げていると「ブラッドアーツの件じゃあないのか?」と指摘された。つまり俺が訓練場で倒れたことを言っているようだ。その道のことはその道の人に聞けって事だな。正直、俺もまだブラッドアーツを使う気にはなれていない。倒れた場所が戦場だったら……と考えるとゾッとするからだ。
でも今考えてみるとフライアで練習した時はなんともなかったんだよな。近いうちにラケル博士のところにお邪魔するべきなのか……。でも博士も忙しいだろうし……。何はともあれ、今日の仕事で様子をみるとしよう。違和感を感じたりしたらそのままジュリウスさんに掛け合ってフライアにお邪魔すればいい。うん、それがいい。
「その、ブラッドアーツ、ってすごいらしいですね。私はまだ見たことないですけど……」
「あれ、カノンはまだ飛鳥と同じ依頼になったことなかったっけ」
「面白い奴だぞー。ま、その内一緒になるさ。……そんじゃ解散!」
パン、とハルさんが手を叩いたので、とりあえず移動を始める。ブラッドはエントランスには見当たらなかったのでラウンジの方に行ってみると、いた。ただし飛鳥とギルが見当たらない。飛鳥はメリーが引っ張っていったとして、ギルはどうしたんだろう。
「ギルはラケル博士のメディカルチェックを受けに、一時的にフライアに戻っています」
キョロキョロと見回している俺を見て、シエルが教えてくれた。メディカルチェックとは、容態でも悪くなったのだろうか。ルフス・カリギュラとの戦闘で怪我を負ったことは知っているが、重症とは聞いていない。もしやどこか打ち所が悪かったりして……?
「先の戦いで血の力の発現を知覚したらしいので……。飛鳥、シエルに続き三人目となります」
「そうだったのか。あ、シエル、この前はうちのカノンと弥生をありがとうな」
「いえ、お構いなく。こちらもいい勉強をさせてもらいました」
カノンと弥生は少々戦闘中に不安点は残るものの、既に極東ではそれなりの経験を積んでいる中堅の神機使いだ。そういう意味ではいい依頼になったということだろう。
しかしギルが血の力を会得したのか。あと会得していないのは、と思ったところで先日のロミオの様子が頭に浮かんだ。あのことは、他のブラッド隊のみんなは知らないのだろうか。
「本日の任務はジュリウス隊長、私、そして夏さんとの合同任務となっています」
「はーい、質問! 私とロミオ先輩はどうすればいいの?」
言うか言うまいか迷っている間に話が進んでしまった。言う必要があるなら自分から言うかな。
シエルの説明に対して一人の少女が右手を挙げて意見する。確か彼女は……
「ナナさんとロミオは副隊長が帰投次第、別の任務に就いてもらいます」
「ちぇー、待機かあ」
「まあまあ、お節介焼きな副隊長だもん。頼まれちゃ断れないよー」
暇そうに呟いたロミオにフォローを入れるナナ。仲がよさそうで何よりだ。
でも個人的に飛鳥がお節介焼きと言うイメージは……あったな、うん。この前のハルさんとギルの件についてだ。あとこれはハルさんから聞いた話だが、どうやら飛鳥はトラブルに巻き込まれたシエルを救うために事前の検査も受けずに無断で神機兵に搭乗したらしい。ちなみに飛鳥本人に武勇伝はあるか、と訊ねると決まって「懲罰房に入ったことです。人生初でした!」と返って来るらしいがこの懲罰房に入るきっかけがそれなんだとか。指摘すると顔を真っ赤にして逃げるらしい。
「今回は主に夏さんの能力についての検証になります」
「俺の? ……前にラケル博士から言われた、影響を受けやすいってやつか」
「はい。併せて、ブラッドアーツの練習も行いましょう」
練習か……先日の訓練場のことを考えるとどうなることやら……。若干の不安を感じるがブラッド隊のジュリウスさんとシエルがついてくれるならなんとかなるかな、と気分を明るい方向に持っていく。始まる前から落ち込んでいたんじゃどうにもならない。
それから今回の討伐対象の説明を聞いて、俺たちは出撃するための準備を開始した。
――――――――――
「う、げぇ……」
出すものは出したというのに気持ち悪さが拭いきれない。このまま内臓まで吐きだせとでも言うのだろうかと思いながら特に我慢することも無くえづく。朝食が勿体無いなあ、折角ムツミちゃんが作ってくれたものだったんだけれど。
荒い息をゆっくりと整えてポーチに入れていた水筒の水で口をゆすぐ。みっともなくてやってられない。まさかここまでできないなんて、思ってもみなかった。雪の上にべったりとついてしまった吐しゃ物を見ていられなくて、ついでに水をまいてちょっと薄くしておいた。ここはマップから少し外れた場所ではあるがうっかり立ち入っちゃったときに吐しゃ物があったら気分を害するだろうし。……雪を掻き集めて隠滅したほうがよかったか?
現在、俺がいるのは鎮魂の廃寺だ。今日の依頼はここにいるコンゴウ堕天一体の討伐だった。油断をしなければ問題ない相手。結論から言ってしまうと、依頼自体は無事に完遂することができた。だが主目的である血の力の影響が、良くなかった。
シエルの血の力、アラガミの状況を感応現象によって仲間に伝える“直覚”に関しては何事もなかった。いつもと少々違う感覚が交じったことに関する戸惑いがあったが、想定の範囲内なのでなんとかなった。しかしジュリウスさんの血の力、周囲のオラクル細胞を操作し、それにより味方を強制的にバーストさせる“統率”が、俺には駄目だった。「発動前に合図お願いします」と頼んでおいて本当によかったと思う。身構えていなかったら、もっと酷かった……。
「体調はもう大丈夫ですか?」
なんとかいつも通りの体裁を保てるようになってから二人のいるところに戻ってきた。ジュリウスさんの言葉にしっかりと頷きを返し、心配そうな表情をこちらに向けているシエルに笑顔を見せる。
あの時、ジュリウスさんが血の力を発動した時……。なんとも言えない感覚に襲われて、その場で倒れそうになった。一瞬だけ、確かに全身から力が抜け、その反動と言う様に一気にリンクバーストレベル2まで引き上げられたのだ。ジュリウスさんは普段、同行者の負担にならないようにバーストをさせたとしても段階を一つ上げることしかしない。それに一人だけグン、と上げることもできないらしい。要するに俺の身体がなんかおかしいってことだな。
それで、その時の無理を押し通してブラッドアーツを行使してたらこの有様、ってわけだからなんとも情けないよな。うちの部隊の女性陣に知られたら叱られそうだ……。
「ラケル博士に連絡しましたので、このままフライアに向かいます」
「了解。……いや、なんか本当にごめんね、俺のせいで余計な仕事増やしちゃって」
「元から連絡するように言われていましたので余計な仕事ではありません」
俺一人だけ送って二人で極東支部に帰るのかと思ったら、ちょうどいい時間なのでギルと合流してから極東支部に戻るそうだ。俺の件に関して連絡をしたときに聞いたところ、ギルの血の力は“鼓舞”という名前になったんだとか。どんな効果があるかどうかは本人に聞いてね、らしい。
ただでさえ強い第三世代、ブラッドが更に強くなっていくのかと思うと恐ろしいな。でも羨ましい。俺は第一世代からどうも脱せなさそうだし。……ま、第二世代神機使いが段々増えてきたからと言って、そもそも神機自体が貴重なんだから、早々適合できる神機なんて見つからないよな。むしろ第一世代から第二世代への乗り換えってかなり運が良くないと無理なんじゃないだろうか。
幸運なことに吐き気のぶり返しはなく、無事にヘリまでたどり着き、そのままフライアに来ることが出来た。だから極東支部の方に戻ります、なんて言うことはできないけどさ。
そういえば原因は俺が突っ走りすぎた結果だけど、今回の件でジュリウスさんがちょっとへこんでるみたいなんだよな……。こういう時に限って上手いフォローができない。
「ジュリウスさんもすみません。俺、ちょっと焦りすぎました」
「いえ、私の鍛錬不足です」
ずっとこんな調子なんだよなあ……。
結局しょぼーんとしているジュリウスさんはそのままギルとシエルと一緒に極東支部に戻って行った。俺よりも能力があって優秀な人なんだから、そんなに気に留めないでほしい。まさか俺の無茶をそこまで気に病むなんて。人には迷惑をかけないようにしていたつもりだったんだけど、やっぱり焦りすぎていたのかもしれない。
ラケル博士のメディカルチェックは俺の体調を考慮して明日行われることになった。今から何を言われるのかと考えると胃が痛いぜ……。
次はキャラエピを二つ投稿する予定です。