GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~   作:キョロ

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夏の現状について


79、現状

 フライアに一泊した翌日、俺はフライアの最新の設備でラケル博士に検査をしてもらっていた。

 普段定期的に行われるメディカルチェックと同じようなものから、なんかよく分からないことまでいろいろ検査された。それぞれが何を調べるためのものなのか俺には分からない。

 一通りの検査が終わって、ラケル博士に呼ばれて研究室にやって来た。検査結果が出るまで今度は精神的なことを調べるらしい。問診ってやつだな。

 

「最近、ブラッドアーツや血の力での件を除いて、任務で体調を崩したことはありますか?」

 

「以前、感応種と遭遇したときに不調を感じたことがあります」

 

「……それは神機の不調ではなく、あなた自身の不調ですか?」

 

「はい」

 

 極東支部に感応種が出始め、対感応種用マニュアルが作られた頃のことだ。第四部隊として依頼に出たとき、俺は感応種に出会っている。もともと報告にあった神機の不調をその時初めて理解し、同時にしばらく動きたくなくなるほどの頭痛を感じた。ハルさんやカノン、弥生の手助けを借りてどうにか撤退できたが、俺一人での出撃だったらまず間違いなく死んでいただろう。それ以来、感応種が乱入してきたことを想定して俺は単騎での依頼に出ることを禁じられている。

 副隊長なんて肩書きを背負っているのに緊急事態を目の前にしてなにも行動できないなんて、情けないなあと休養するよう言い渡されながら思ったっけ。

 

「他には?」

 

「赤い雨の時……ですかね。感応種ほどじゃないですけど、鈍い頭痛を感じます」

 

 黒蛛病患者が赤い雨が近づくと体調を崩す、ということもあって、俺は一時期黒蛛病に感染しているのではないかと疑われたことがある。もちろんそんなことはなくて、今では疑いも晴れているのだけれど。

 ラケル博士は少しの間考え込むように目を伏せた後、コンソールを操作してひとつの画面を呼び出した。そこにあるのは先程まで受けていた検査の結果、らしきもの。ほとんどが数字で書かれていて理解できそうにない。

 

「夏さんの体内にある偏食因子を、少々調べさせていただきました」

 

「偏食因子……ですか」

 

「ええ。あなたの偏食因子はとても濃いです。これまで普通に過ごしてきたことに疑問を持つほど」

 

「……すみません、話が見えないんですが……」

 

「現在の夏さんは不自然なくらい一般的な神機使いと大差なさすぎるのです」

 

 “ゴッドイーターチルドレンが神機使いになると、体内に内包する偏食因子の濃度が濃くなりすぎる”。ふと前にもラケル博士と会話をしたときに思い出した文が再び脳裏に浮かんでくる。俺の思考が見えるのか、ラケル博士は「不思議ですね」と言葉をこぼした。

 本来であれば定期的に行われるはずのメディカルチェックを受けない俺。それを神機使いなりたての頃には他の神機使いと同じ頻度程度しか受けず、最近になってようやくゴッドイーターチルドレンとしてあるべき回数になった、というのは奇異にも程がある。そう言いたいのだろう。

 自分の知らない内に、自分の身体に異変が起こっている。その事実に背筋が冷える。

 

「恐らくあなたは、無意識に体内の偏食因子を制御しているのでしょう」

 

「制御? そんなまさか、俺がそんなことを……」

 

「それが近頃、偏食場パルスを浴びやすくなり、保っていた均衡が崩れつつある……と言ったところでしょうか」

 

 「感応現象は本来、第二世代以上の神機使いに関係のあることですから、これまではさして問題ではなかったのでしょう」それってもしかして俺が第二世代以上の神機使いだったら今までもかなり危なかったってことになるのだろうか。これは一生第一世代でいろってお達しかなあ。今の立場に不満はない。でも世代更新すれば今以上にできることは増えるのに。

 とりあえず、俺がブラッドの血の力で本来の能力以上の恩恵を受けてしまうのは、制御の反動である可能性が高いそうだ。この制御、どうやら俺が思うよりも厄介らしい。

 

「質問しても、いいですか」

 

「どうぞ。私の、及ぶ範囲であれば」

 

「俺は今後……ブラッドと出撃できないのでしょうか」

 

 恐る恐る尋ねてみると、ラケル博士は静かに否定した。

 むしろ俺はブラッド隊と出撃した方が良い刺激になるだろう、ということらしい。感応種が発する偏食パルスを浴びても身体の不調を感じないように、少しずつ慣らしていく。今後、増えるであろう感応種に備えて、せめて逃げの一手がとれるように。

 しかしそこにリスクがないわけではない。慣れる、というのはつまり身体にある程度の負荷をかけるということだ。当然、体調を崩すこともある。もちろん、酷使しないように調整などはするつもりだが。

 どうやらまだまだラケル博士にお世話になる必要があるらしい。

 

「あなたがブラッドアーツを多用できない原因も、体内の偏食因子の制御にあると思います」

 

「力を制御している、ということでしょうか?」

 

「ええ。ブラッドアーツは内に眠る力……。今の状態では無理に行使しないようにお願いします」

 

 前回倒れてしまったのは力を行使しすぎた結果、偏食因子の制御が不安定になり、身体が悲鳴をあげたから、らしい。俺は今のままだとなにもできないようだ。

 ラケル博士の言葉に頷く。ダンシングザッパーを多用すれば体調を崩すことは身を以て体験をしている。二度も倒れるのはごめんだ。だがあれはいい薬になった。俺でもまだ先にいけると、きっと浮き足立っていたのだと思う。あのまま何事もなければ俺はブラッドアーツに溺れて本来の戦い方を忘れてしまうような気がするから。

 

「このような状態になった心当たりはありますか?」

 

「心当たり、ですか?」

 

「これは推測ですが、夏さんは神機使いになる前から偏食因子を制御していたのではないでしょうか。そしてそれは必ず、何か“きっかけ”があるはずです」

 

 きっかけ。そんなことを突然言われても、特に何も思い付く事柄がない。今までの人生、それこそこうやって神機使いとして命のやり取りをする仕事をしている以外に、大きな出来事が起こったことなどない。しかも最低でも四年より前の出来事を遡らなければならないらしい。

 命の危機に瀕した覚えもない。外部居住区の防壁が破られたことはあったが、幸いなことにおばさんに促されて迅速な避難行動をとっていたため、アラガミに出くわしたことは一度もない。いわゆるありがちな“危機的状況での覚醒”などは起こり得ないわけだ。今回のは覚醒というほどのものじゃないけど。

 降参だ。首を横に降るしかない。

 

「……そうですか。それが分かれば、役に立つかと思ったのですが」

 

「本当に、何もないんです。自惚れかもしれませんが、他人より少々恵まれた環境にいるみたいで」

 

 特別なことはなかった。それと同様に挫けそうになる困難もなかった。小さい頃の悩みだった友達ができないことだって、他の人から見れば些細なことに過ぎないだろう。強いて言えば両親がいないことが悲しかったが、俺にはおばさんがいた。優しく接してくれる親類がいただけで俺は幸運なのだと大人になってから知った。それに、ほとんど寂しくなかったしな。

 それからしばらくラケル博士と問答し、俺はブラッド隊としての依頼がなければ、できる限り飛鳥と共に過ごすよう言い渡された。飛鳥の血の力は“喚起”というらしく、その特性によって慣らすと同時に少しずつ制御を外していくことが可能なのではないか、というのがラケル博士の見解であった。前例がいないから可能性にすぎないが、今のところそれに縋るしかなさそうだ。

 「これで問診は終了です」言い渡されて無意識に張っていた緊張をほっと息を吐いて解きほぐす。

 

「念のためですが、しばらくジュリウスとギルとの任務は控えてください」

 

「ジュリウスさんは分かりますが、ギルも……ですか」

 

「ええ。ギルの血の力は“鼓吹”……。ジュリウスと同じく周辺の仲間の肉体に干渉するタイプで、攻撃力を高める効果があります」

 

 勢い余ってあらぬ方向に飛んでいきそうで怖いな。

 シエルの血の力に関しても干渉タイプのものであるが、先の戦闘状況を考えるに出撃規制はしないらしい。ただし一度に複数の血の力を身に受けること自体が危険である可能性を考慮して、飛鳥と出撃する場合に限りしばらく規制されるらしい。すごい、この時点でブラッドメンバー半分と一緒に出撃できなくなってる。慣らしていない身体にいきなり多くの血の力の影響を受けるのは、きっといきなり冷水を頭からかぶるのと同じくらい危険なんだろうとは分かるけど。

 思っていたより大変な事態になっていることを思い知らされて頭が痛くなる。最近は分からないことが多々起きたりして疲れてばかりだ。クスクスと笑うラケル博士につられて俺も笑いがこぼれるが、それすらも疲れたものになってしまう。

 

「ゴッドイーターチルドレンに関する研究はまだ大きな進展もなく、不明瞭な点が多いです。何が起こるのか、分かりませんね」

 

「はは……。せめて戦場では堂々と立っていたいですね」

 

「なんにせよ、あなたのこの現象は巧く活用することができれば、とても強力です。少しずつ、様子を見ていきましょう」

 

 今回の検査結果、ならびに考察は俺が極東支部に戻る頃にはサカキ博士のもとへ送られているようにしてくれるらしい。極東支部に戻ってから俺の今後の仕事に関しての正式な通達もうけることだろう。このまま戻ったら出撃できるかな、とのんきなことを考えていたが、サカキ博士が離してくれなさそうな気がする。

 普段、お酒はあまり飲まないんだけど、今日くらいはちょっと飲みたいかもしれないな……。

 

「今回は以上になります。念のため頭痛薬を出しておきますので、もうしばらくフライアに留まってください」

 

「何から何まで、ありがとうございます」

 

 一礼してからラケル博士の研究室から退室する。ふと前回はいつもの声が聞こえたのに、今回は聞こえなかったな、なんてことを思うがそう何度も何度も出てこられたら俺が困る。処方された頭痛薬も前回のことがあったからだろうか。迷惑をかけてばかりで非常に申し訳ない。

 薬を待つ間、少しだけ休憩をしようと庭園に出向き、木を背にして座り込む。瞼を閉じていくにつれて眠気がやってくるようで、ここが落ち着く場所なのだなと再確認する。ああ、どれくらいの間待てばいいのか聞くのを忘れたな……。そんなことを完全に瞼を閉じた頃に思ったが、まあいいかと睡魔に従順に従う。

 

 

 

 この後、呼び出しの無線に応じなかった俺を探しにきたフライア職員の人に起こされた。

 ごめんなさい……。


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