黒い仮面のレユニオン構成員=黒い沈黙説(学会追放) 作:イカ墨リゾット
遅くなって本当に申し訳ない。
リンバスやってみました。二章のロージャがカラッとしていた分、前後のグレおじとシンクレア君の過去の凄惨さがより際立ってましたね。
プロムンはゲイのサディスト集団だった……?
スカジは考えていた。
一先ず腕の中にいる友だちの目をよく見てみた。いつも以上に濁った瞳は何も映さない。寧ろ澄んだようにも見えるのは、それ程ローランにとって楽なのだろか、今は。
首筋には痛々しい抉られた跡があり、そこから溢れた血がシャツの襟を紅く染めていた。剣で貫かれた両手の出血も酷い。スカジと出会った時には着けていなかった手袋にも穴が空いている。彼女にとってのソードバックの様な機能を持っているであろうこの手袋は、まだ機能するのだろうか。
「……もう大丈夫よローラン。安心して。」
そう言って怪我の応急処置を始めようとするが、普段から傷の治りが早いが故に、特にこれといった治療道具を持ち歩いていないスカジ。少し困ってからローランが何か持っていないかと探し、腰に付けていたポーチから発見した治療道具を借りることにした。
「痛かったら言って。」
「………。」
手袋を脱がせて血をガーゼで拭い、消毒液をかけてもローランは無反応だった。呻き声の一つすら上げない様子にますます心配になるスカジ。ロドスの医療オペレーターから叩き込まれた知識を頼りに、針と糸で傷口を縫合していくが、やはりローランは何の反応も示さない。麻酔がなかったのでそのまま縫っている為、本来なら涙を滲ませるぐらいには痛い筈なのだが、それでも表情すら動かさないローランを見て、スカジは悲しくなった。
「やっぱり、あなたには笑顔が一番似合うわ。」
ローランは陸に上がってきたスカジに色々な事を教えてくれた。それは、感情も含まれる。それらを教えてくれたローランが、過去の自分よりも無感情になってしまっているのが、スカジは堪らなく悲しかった。
一通りの処置を終え、ローランを路地の壁を背にもたれかかる様に移動させてから、スカジは考え始めた。ローランをどうするかだ。
彼の状態を考えればロドスに連れて帰るのがベストなのだろう。しかし、ローランはロドスの人員を何人か殺している。ロドスで治療を受けさせてもあまり良い目で見られないのは想像に難くない。まあ、そうなればスカジが守ればいいだけの話なのだが。
ローランはどんな事も大して気にしていない様に見えて、その内は非常に繊細だ。仮に回復しても、ロドスでの冷たい視線には耐えられないかもしれない。
「……そうだわ。」
精神を病んだ人間には、静かな環境で生活する事が望ましいのを、スカジは海の中にいた頃から知っている。多くの仲間や、スカジ自身もそうして精神の安定を保っていたことがある。
ロドスで傷の治療を済ませたら、すぐに静かな場所に連れて行けばいいのだ。
例えば、スカジの故郷に連れて行くのが良いかもしれない。
そうだ、そうしよう。
いつかローランには自分の故郷を紹介したいと思っていた。彼には生まれ故郷のシラクーザと育ちのカジミエーシュに連れて行って貰った事があるが、私の故郷は言葉で語ったことがあるだけで、実際に見てもらった事はない。丁度良い機会だ。
……彼は海の中で自分が呼吸ができるのかと冗談めかして笑っていた。私達と同じ存在になれば、呼吸できるのだろうか?他に方法があるかも知れないが、その時はローランと一緒に考えればいいだろう。
取り敢えずローランへの故郷紹介プランを思考の隅に追いやり、この状況を片付ける事にしたスカジ。
まずは、目の前で蹲っているラップランド。呼び掛けてみても鳴咽で返されるばかりだったので、持ち上げてローランの近くに放置する事にした。完全に自業自得なのだが、精神崩壊とはやはり恐ろしいものだ。かつては、自分もああなる環境にいたのだから。
そして次に、腹部を押さえながら後退りしているペイル。最早立って逃げる事もできない様で、トドメを刺すのは簡単だ。
「いい加減、観念することね。散々逃げ回っていた様だけど、それもここで終わりよ。」
「ま、まって……はぁ、と、取引、しないか?」
見苦しさを覚える抵抗に、スカジは大剣を頭上に掲げた。
「本当に!待ってほしい……ふーっ、君にとっても、悪くないって、いったぁ……。」
スカジの様に白い顔を更に青白くさせて、脂汗をかきながら息も絶え絶えに話すペイル。先程腹部に受けたダメージがまだ相当残っているらしく、目元にはうっすらと涙まで滲んでいた。
「……その取引とやらの内容について簡潔に言いなさい。」
「は、はは、君さ、ローランがああなるのは、不本意なんだろう?僕だったら、治せない事も、ないかもよ?」
「過ぎた嘘は身を滅ぼすわよ?」
「嘘じゃないさ、まぁ、絶対とは……言い切れないけど。」
「そう。じゃ、さっさと立てる様になりなさい。話も途切れ途切れでしにくいし。幾ら何でも回復するのが遅過ぎよ。」
勿論、逃げようとするなら殺す、という意志と一緒にペイルを睨み付ける。
「今のは、嫌味かな?それとも嫉妬?いやー悪い、悪い。生憎と僕は、ふぅ、入れられた血の量が少ないんだ。君とは違って、ね。」
「さっさとなさい。でなければ生まれてきた事を後悔させてあげるわ。」
目の前に突き付けられたスカジの大剣の切先に、ペイルは笑みを引き攣らせる。慌てて壁に手をつきながら立ち上がるが、やはりまだ苦しいようだ。
「……で、貴方はどうやってローランを治すのかしら?」
「素晴らしい友情だよ全く、って、怒んない怒んない。ちゃんと説明するって、ほら、コレを使うんだよ。」
ペイルはスカジの反応におっかなびっくりしながらも、半開きにしたトランクの中から小さな筒の様な物を取り出した。片方にはボタンのようなものがついている。筒の側面には縦に細い線が走っており、そこからは淡い水色の光が漏れていた。
「僕のお守りにして最後の生命線。即効性の精神回復剤だよ。あと、滅茶苦茶に高い。」
「最後はどうでもいいけど……どうしてこんなモノを?」
「おいおい、僕は君に比べたらまだ人間なのさ。万が一やらかして、このトランクの中身からちょっかいかけられるような事でもあれば、僕は身も心も簡単に押し潰されてしまう。それを少しでも回避する為の、それさ。」
だから効き目はバッチリだよ、と後押しするペイル。腹部の痛みもある程度引いてきたのか、段々と饒舌になってきている。
「分かった。今回は貴方を信じることにするわ。それで、副作用はあるの?」
「副作用?あー……副作用と言うよりかは主作用なんだけど、コイツはトラウマになった直近の記憶を消し飛ばすモノなんだ。多少は記憶の混濁が見られるだろうけど、別にいいだろう?」
「……本当に効くの?」
「逆に聞くけど、たかが人間如きが操るアーツが、僕らの知ってるアイツらが撒き散らす狂気に勝るとでも?この薬はアイツらを想定して作られてるんだよ?」
肩を竦め、そう嘯くペイルの呆れたとでも言わんばかりの視線に少しイラっときたスカジ。
ペイルから薬を渡して貰い、ローランへと小走りで近寄る。廃人故の相変わらずの無反応にペイルは何故かニヤニヤしながら、スカジに指示を飛ばした。
「何処に打ってもいいからね。なるべく脳に近い方がいいけど。」
「じゃあ、頭ね。」
「確かに何処でもいいって言ったけど、普通そこいくかい?」
「……じゃあ、首ね。」
ペイルの馬鹿を見るような目に割とイラっときたスカジ。持ち前の理性でペイルに殴りかかりたいという欲求を抑えつつ、ローランの首に慎重に狙いを定め、薬を打ち込んだ。
「ローラン、起きて。」
どうしようも無い絶望感が心を満たしていた。
まだ幼い彼女との記憶が溢れ返る。
関わらなくていい事に首を突っ込み、取る必要のない距離を取り続け、教えるべきで無い事を教え込んでいたあの頃。
俺は彼女の幸せを滅茶苦茶にしたくせに、本気で彼女の幸せを願っていた。
だから、この世界で生きて行く術を俺なりに教えていた。その術が血塗られたモノだという事から目を逸らし続けながら。
……俺が彼女にした事は、俺にとって全て裏目に出た。
必要以上の加虐性を身につけ、その瞳に狂気を宿している事に気付いた時には、彼女は既にラップランドになっていた。
俺が最も忌み嫌っていた、俺自身。彼女にそんな俺を教えていたのが間違いだった。
あの場で見捨てる事なんか到底出来なかったし、ましてや最後まで彼女に付き添う勇気もなかった。今思えば、全てが中途半端だった。
俺が殺した。彼女の過去を、彼女の未来を、彼女の幸せを、彼女自身を。
直す事なんて俺には無理だ。壊す事しか知らない俺には。
次第に俺は彼女を視界に入れるのが苦痛になっていった。俺の罪が短剣となって喉元に突き付けられる感覚がしたんだ。それを受け入れろと叫ぶなけなしの善意と、それを弾き返せと叫ぶ空っぽの自尊心。
自分は悪く無い、自分が悪かった。それすら決められなかった。
葛藤だけが続いた。
本来彼女を導く筈だった人達を俺が殺し、いつの間にか彼女の無垢な手を俺が引いていた。赤黒い、暗闇に。
それすらも途中で放棄した。これ以上俺の様になってほしくなかったとあの時は思っていたが、今思えば、ただ彼女から逃げていただけなのかもしれない。
分からない。俺は何をしたかったんだ?彼女を幸せにしたかったのか?深淵に突き落とした分際で?
自己満足の偽善行為に勤しむこの俺を、彼女がどう見ていたのかは今だに知らない。それでも、あまり良い顔をしてなかったのは確かだろう。
全部一方的な押し付けだった。只管に身勝手な押し付け。
こんな俺を、彼女は到底許してくれない筈だ。
だけど、俺は今でも『もしも』を考えてしまう。有り得ない事の結末を。
いや、俺さえいなければ、彼女はその『もしも』の道を辿っていたのだろう。つくづく自分が嫌になる。
本当に嫌だ。屍の上に立つ資格も、自分が屍になる覚悟も無い。
いざ彼女が俺を殺そうとした時、俺は本当に黙って彼女の刃を受け入れる事ができるのだろうか。
ああ、分からない。みっともなく抵抗するかもしれない。
彼女を殺すかもしれない。
俺は何をしてあげられるんだ?
答えを出したくない。
俺は────
───
──
ー
「……あ、あ?」
「ローラン、大丈夫なの?ローラン?」
「え、あ、……あれ?」
「こっちを睨まないでよスカジ。だから多少は記憶の混濁が見られるって言ったよ、僕は。」
ローランが目を覚ました。別に寝ていた訳ではないが、スカジからすれば永遠の眠りに就いていたも同然だ。
精神を取り戻した彼が状況を把握するのにたっぷり五分。
途端にローランは気まずそうな顔をして認識の擦り合わせを始めた。
「えーと、まずペイルは何でここにいるんだ?」
「……逃げてきたとしか、ね。逃げた先までとんでもない怪物が追ってきた訳だけど。」
「俺は何をしてたんだ?」
「そこで蹲ってる狂人のアーツを喰らってたのさ。あ、治したのは僕だからさ、貸し一つね。」
素直に感謝を述べたローランは、自身のすぐ側で膝に顔を埋めているラップランドを見つめる。どう対応すれば良いのか迷ったが、先にもう一つの問題を解決する事にした。
「そっか、うん……あのー、スカジ?」
「ん、何かしら。」
「いや、ありがとう。割とヤバかった俺を助けてくれたって話だし、傷の手当てもしてくれたみたいだしさ。」
暫く乾いた笑いを続けていたローランだが、一呼吸置いてから弱々しく話し始めた。
「……何も俺に言わないのか?あんな酷い別れ方したんだぞ。君に一言二言言われた方が、俺としては楽だったりするんだけどなぁ。」
「別に大して気にしてないわ。ちょっと痛かったけど、あの程度は慣れているし。それよりも、貴方が無事でよかった。」
「お、おう。ありがとう。おかしいな、俺が気にしすぎてるだけだって言うのか……?」
あの女がおかしいだけだろと心の中で毒づくペイル。
意識が明瞭になっていくにつれて、ローランは怪我をした部位を気にし始めた。
「手が……なんか首も痛いし、ペイル。俺のポーチから何か鎮痛剤とか渡してくれないか。」
「しょうがないな全く。はい。」
「うん、ありがと……げ、エンケファリンか、これ?」
プラスチックの容器に封入された緑の蛍光色の液体。Wへの恨み言と共にローランは意を決して液体を啜り始めた。
「そのエンケファリンという液体は、何か危ない作用があるの?」
ロドスでのブリーフィングで出ていたWという傭兵を何となく思い出しながら、スカジが尋ねる。
「うっぷ、んぐ……ああ、麻薬みたいなモノさ。精神に負荷となるストレスの類を緩和するだのなんだのって話だ。当然飲み続けてたら廃人だな。」
本来の用途は別にあるらしいけど、と締め括る。心なしか、先程よりも表情が和らいでいた。
「Wのヤツ、嫌がらせにも程があると思うんだよな。」
「仲の良い証拠じゃないか。それ、結構な値段がするんだぞ?」
調子を取り戻しつつあるローランの肩をペイルは軽く叩いて、同時に小さく丁寧に折られた紙を手渡した。
「貸しは直ぐに返して貰う事にするさ。じゃ、その通りに頼むよ。」
そのままローランの脇を通り抜け、スカジと一瞬だけ視線を交わした後、ペイルは裏路地の奥へと消えていった。
その一方で、ローランは開いた紙を何やら真剣な目つきで見つめている。
「何が書いてあるの?」
「いや、何でもない。君には……まあ、関係あるかも。」
暫く視線を紙とスカジの間を彷徨わせていたローランは、掌の傷を気遣いながら紙を折り畳んでスーツのポケットにしまった。どうやらスカジが相手でも言いづらい内容だったらしい。
「嫌な事があったら言わなくちゃダメだって、以前言ってくれたのは貴方よ。」
「そんな事言ったかなぁ?」
「私はしっかり覚えているわ。他にもね。貴方からしてみれば気にも止めない言葉だったかもしれないけど、私にとっては心に残る言葉だったの。そういう小さな積み重ねが今の私に繋がるの。」
「うーん、まあ人の価値観はそれぞれだし、君がいいなら何よりだけど……俺そんな事言ってたのか。」
「ええ。じゃあ、言ってみて。」
「君さ、知りたいだけだよね。」
「そんな事ないわ。ただ貴方が心配なだけ。」
何故か勝ち気な笑みを見せるスカジに、幾分か心が軽くなる感覚を覚えたローラン。それにつられて表情も明るくなるが、直後にため息をついて眉間に皺を作り始めた。
「……ごめん、やっぱり内容は言えないや。君がロドスに所属している以上、万が一を考えると、さ。」
「……そうよね。私も無遠慮だったわ。ごめんなさい。」
「あ、でもさ、君が俺を心配してくれてたってだけでも凄い助かったよ!その点については本当に嬉しかったんだ。ありがとう。」
スカジはしゅんとした顔をした後、また直ぐににこやかな顔になった。
「どういたしまして。」
「うん。あと、一つだけ言っておくよ。そう遠くない内にチェルノボーグが大変な事になるって。」
「大変な事?」
「ああ、まあ、巻き込まれないように気をつけてってことだよ……俺から話せるのはこれだけだ。うん、少ないな。」
「分かった。心に留めておくわ。」
話に一区切りついたと判断したローランは、ラップランドの様子を見る為に離れていった。
(また戦いに身を投じていくのでしょうね)
ラップランドの肩を叩いて反応を確認しているローランを眺めながら考える。
話を聞く限り、ローランは人生の多くを戦いとも呼べない殺し合いに費やして来た。それはスカジも同じだ。多少の差異はあるかもしれないが、二人は生きる為に戦ってきた。ローランは自分に意味を見出す為、スカジはみんなを、テラを守る為に。
二人が最初に出会ったのはほんの数年前だ。出会った時の状況こそ衝撃的で殺伐としていたが、暫くの間を置いて再会した時にはそんな雰囲気は微塵もなかった。
それから、一年程ローランに依頼という形でテラの大地を共に回った。
あれほど穏やかな一年を過ごしたのは、もしかしたら二人共あれが初めてかもしれない。スカジとしては本当に楽しかったし、それはローランもきっと同じ筈だ。
あの一年を通して、スカジは自分が幸せになれる事を知った。ご飯が美味しいといった些細な幸せから、友だちと一緒に歩ける大きな幸せ。海にいた時では中々噛み締める事の出来なかったモノたちだ。
特に事あるごとに減っていく友だちとの幸せは、あんな喪失感を抱くくらいなら、二度と友だちを作ってはいけないと、他人を不幸に巻き込んではいけないとスカジに強く戒める程に悲しかった。
そんな戒めも、今はスカジの過去を構成するほんの一部に過ぎない。
スカジは前を向けた。本当の意味で、歩み始める事ができた。自分に自信を持てるようになった。
対して、ローランはどうだろうか。本当に前を向けているのだろうか。自分に自信を持てているのだろうか。幸せに、なれているのだろうか。
答えは、ノーだろう。ローランはスカジの過去に真摯に向き合い、未来を明るく照らす事が出来たが、スカジはローランにそういった事をまだ出来ていない。
いつか必ず、ローランに感謝を、そして友だちとして当たり前の事をしてあげたい。これ以上、ローランが悲しまないようにしてあげたい。
確かにローランは人殺しなのだろう。本人がいつか喋っていたように、どうしようもないろくでなしなのかもしれない。
けど、スカジはそうは思わない。それだけの話だ。
そんな風に考えていると、スカジの目の前で異変が起きた。
ローランの様子が明らかにおかしい。意識を取り戻したと思われるラップランドに恐る恐ると話しかけては、元々白い顔を更に青白くさせている。
何故かラップランドがローランに抱き付くと、ローランの感情が表面に染み出し始めた。絶望しているような、後悔しているような感情。
スカジは自分のやらかしを何となく感じ取った。
・ローラン君
結局正気に戻った人。個人的には正気と狂気の境目で葛藤してる姿が一番輝いていると思います(邪悪)
・スカジ
強かな人。ローラン君を幸せにしてあげたい。ラッピーにした事は悪いとは思っているが、自業自得という事で反省はしていない。
・ラッピー
最後に出てきた人。ローラン君が精神崩壊すると言ったな?お前が本命だったんだよ!!