楓さんと奏さんがどちらかの身体の部位を潰さないと出られない部屋に閉じ込められる話です。かわいそうな目に遭います。
若干グロ注意。

1 / 1
楓・奏「相手の部位を潰さないと出られない部屋……?」

「楓さん……これ、どういうこと」

 

「どうなんでしょう……私にも、なんとも」

 

 二人の前には大きな看板。物々しい雰囲気を纏ったそれには、趣味の悪い字で「相手の身体の部位を潰さないと出られない部屋」と書かれている。そして傍らには電子タイマー。残り10分を示した状態で止まったまま不気味に佇んでいる。

 奏は部屋を見回した。看板の隣には無骨な扉、後方には大きなベッド。その側には何やら工具のようなものが並べられてあり、天井に嵌め込まれた明るい電灯の他には何もない。部屋自体はおよそ10畳ほどで、壁も床も病室のように真っ白だ。二人の置かれている奇妙な状況に反し、嫌に明るい。

 

「ねぇ、これって……」看板を指差しながら、奏が訊ねた。「ドッキリ……よね?」

 

「それにしては、何と言うか、ええと、タチが悪すぎるようにも思うのですが」

 

 

 などと二人が話していると、ふいにどこからともなく声が聞こえた。

 

 

『ああ、起きた?ごめんごめん、ちょっと目ぇ離しちゃってたわ。あー、んでまぁ書いてる通りだな。説明は要らんだろ。それと、制限時間内にやることやってくれなきゃどっちも死ぬよ。んじゃ』

 

 

 それだけ言うと、スピーカー越しのざらざらした声は途切れた。

 

 

「は……?ねぇ、ちょっと!」

 

 

 奏が叫ぶが、返事はない。すると突然「ピピッ」と無機質な音がしたかと思うと、眼前のタイマーがカウントダウンを始めた。9.59、9.58と順調に数は減っていく。

 

 

「どういうこと……ねぇ、ねぇ!」

 

「奏ちゃん、ちょっと……?!」

 

 

 奏を諌めようと口を開いた楓が、突然頭を押さえて頽れた。

 

 

「うっ……」

 

 

 吐き気が込み上げてくる。気持ち悪い。何かが頭の中でちかちかする。

 

 

「あっ……ああ……!」

 

 

 記憶が花火のように蘇っては消え、また蘇ってはまた消える。鳴り響く銃声。頭に響いた鈍い衝撃。気を失う直前に視界の端に捉えた武装した男たちの影と、連れ去られる奏の姿。

 

 そうだ。私は、私たちは誘拐されたんだ。

 

 一気に理解が脳を支配した。そう、奏と楓は二人で夜道を歩いていた。事務所からの帰り、夜遅く、人気のない公園を……。そこで何者かに襲われた。そして拐かされて後、この妙な部屋の中で目覚めたのだ。

 意識を取り戻して慌てて隣を見ると、奏も同じような状況にあるようだった。片手で頭を押さえつつ、荒い呼吸を繰り返しつつ、しかし同様にこちらを見つめ返している。

 

 

「奏ちゃん……これって」

 

「そうみたいね。嘘だと信じたいけれど、私自身の記憶がそうさせてくれない。不味いわね」

 

 

 ぴ、ぴ、と等間隔に繰り返される機械音に気が付いた。タイマーが9分を切っている。8.47、8.46、8.45。

 

 

「ああもう、なんなのよ……!なんでこんな……っ!」

 

「奏ちゃん……どうにかしなきゃ」

 

「どうにかってどうよ!あいつらに言われるがままどっかをぶっ潰せって言うの?!」

 

「それは……。でも、そうしないと私たち二人とも、って……」

 

「何、あいつらの言う通りにするつもり?ふざけるのもいい加減にしてちょうだい!なんたってこんな……!」

 

「気持ちは分かります。でも、何とかしなきゃこのま」

 

「ああもう!私は嫌よ、こんな訳の分からない……!」

 

「奏ちゃん!」

 

「うるさい!いいからちょっとは黙ってちょうだ」

 

 

 ばちん。

 楓の手が赤らみ、奏の頬もそれに倣う。奏が目をぱちくりし、そして俯いた。

 

 

「落ち着いてちょうだい。赤児みたいに叫ぶのはやめて」

 

「…………」

 

「私だって嫌だ。叫び出したい。逃げ出したい。でも今はそんなことしてる暇なんてないの。奏ちゃんだって分かってるでしょう?」

 

「お願い。落ち着いて。そして、協力して」

 

「……分かった、わ……。悪かった」

 

「ほら、もうじき6分になります。急いでなんとかしないと」

 

「ええ……ええ、そうね」

 

 

 楓が重々しく頷くと、後ろを振り返って工具らしきもののある場所へと背を翻して向かった。詳しく見てみると、そこには10kg両口ハンマー、五寸釘、万力に鉄球、肉切り包丁からごつごつした岩まであらゆる物騒な器具が並んでいる。微かにそれらから錆びたような嫌な臭いがするのは気の所為だろうか。

 

 

「軽くやって終わりなんて許さない、ってことかしらね」

 

 

 苦い表情をした奏が言う。確かに看板の言う通りにするならば、これらのうちいずれかでどちらかの身体のパーツを潰さなければならないことになる。

 楓はその気味の悪い道具の一つ一つを眺めている。表情は見えない。奏もそれらを見てみるが、それで何をしろと言われているのかを考えてしまって気分が悪くなる。しかし、何もしなければ? 追い詰められているという実感が強くなり、凶悪な見た目をした道具から思わず目を逸らしてしまう。

 ふいに、前に立つ楓の身体が震えていることに気づいた。自分の身体をかき抱き、ぶるぶると。顔を窺うと、ほろほろと目から一筋の涙を流している。

「奏ちゃん」涙は止まらぬままに息を整えて、ふいに真顔になった楓が強く呼んだ。

 

 

「私を、潰して、ください」

 

 

 ゆっくりと、一言ひとことを区切るように楓が言った。信じられない、といった表情で奏が口をぱくぱくしている。

 

 

「他の方法もあるのかもしれません。もしかしたら私たちを殺すなんてのも嘘なのかもしれません。でも」大きく深呼吸をして、「奏ちゃんが生命を危険に晒すことを、私は許せません」

 

「でも……でも……!」

 

「いいんです。どうせあと5分もないんです。どうにもできません」

 

「楓さん……やめて」

 

 

 奏が言い終わるのも待たず、楓はしー、と立てた一本指を奏の口許に当てた。

 

 

「私はお姉さんなんです。お姉さんが妹に犠牲になってもらうだなんて、ありえないでしょう?」

 

 

 奏は再び何か言おうと口を動かしたが、言葉がそれに追従してくれなかった。泣きそうな顔になり、しかしそれを必死で抑え、ようやく彼女は「…………分かったわ……」と観念したように呟いた。

 楓は哀しげに、しかし満足そうに頷き、「じゃあ、どこを……どこを、やりましょうか」

 重い空気が流れる。時間も無慈悲に流れ続ける。

 

 

「腕や足になりますか。でも、そしたらもうアイドルとしてやっていけるか……」

 

「なるべく痛みを抑えられて……それでいて一番影響を小さくできる部位……あっ」

 

「? 何か思いつきましたか……?」

 

「いや……まぁ、うん。その……眼、片眼、とか……」

 

 

 伏し目がちに奏が言った。楓は少し驚いた表情をする。

 

 

「そっか。その手がありましたね」

 

「その手が、なんて言っても……眼なのよ?」

 

「いや、それでいいんです。私はどんな目に遭っても、アイドルを続けたい。奏ちゃんと、事務所のみんなと、歌って踊り続けたい。それが生き甲斐で生きる意味なんですから。 二人で生きて帰られる可能性ができて、しかもアイドルを諦められずにいられるなら、眼の一つくらい何でもありません」

 

「…………」

 

「さぁ、もう時間もありません。何か使えそうなものは……」

 

「楓さん」

 

「これ……裁縫針?あとは、ポケットナイフに……これはペンかしら」

 

「楓さん。やっぱり」

 

「奏ちゃん。やめて。私は覚悟を決めました。お願いだからそれを無碍にしないで」

 

 

 見上げた楓はとても辛い顔をしていた。およそ考えられない精神的苦痛を耐え忍んでいるのだ。無理もない。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「奏ちゃんも覚悟を決めてちょうだい。ほら」

 

 

 楓の手には五寸釘。天井の光を受けて鈍く輝いている。

 

 

「私はベッドに寝転ぶので、好きな体勢で、好きなタイミングでやってください」

 

弱々しくにこり、と笑って、「こんなところで言うことになるとは思いませんでしたが、一生のお願いです」

 

「……分かったわ」

 

 

 その一言を受け、楓は満足そうに頷いてからベッドに身体を預けた。ベッドを見ると拘束具として手枷や足枷も付いてあるようで、楓は両足と片手に鉄の輪を嵌め、「もう片方はお願いしますね」と奏に言った。

 奏は固く釘を握りしめたまま楓に馬乗りになるようにしてベッドに乗り、もう片手の枷を嵌めた。鍵は隣のローテブルに置いてあるため、事が終わったらすぐに解放できる。再び自分のやろうとしていることの異常さが強く認識されたが、努めて無視する。今はもはやそんなことを考えている場合ではない。

 

 

「もう時間がありません。早く」

 

 

 タイマーを見ると、残り1分を切ろうとしている。ぴっ、ぴっ、ぴっ。

 五寸釘を持つ手が震える。そっと楓の左眼の上に動かすも、狙いが定まらない。楓も同様にがくがく震えている。涙はもはやとどまることを知らず、枕はぐしょぐしょだ。

 息が荒くなる。心臓が暴れ狂って仕方ない。0.38、0.37。ぴっ、ぴっ。ドキドキと、ぜえぜえとうるさくて、どっちがどっちの心音なんだか呼吸なんだか分からなくなる。ぴっ、ぴっ。楓は眼を逸らすまいと奏の瞳を睨んでいる。ぴっ、ぴっ。釘の先端が眼に近づく。ぐらぐら震えたまま。ぴっ、ぴっ、ぴっ。綺麗な水縹の瞳の真ん中に釘の先が重なる。今だ。

 固く握りしめた両手をがっと振り下ろした。ぐにっとした感触に引き続き、ぶちっ、ぶつっと音がした。

 

 

「があああああァァァァッッ!!!!」

 

 

 今まで聞いたこともないような雄叫びが上がる。すぐに釘を引き抜き、拘束されてなお全力でのたうち回り半狂乱で叫ぶ楓から飛び降りた。咄嗟の判断で着ていたシャツを脱ぎ、帯状に千切って残りを楓の左眼……否、左眼だった場所に押し当てた。血はなおもびちゃびちゃと吹き出している。

 

 

「熱い、熱い、痛い、痛い、熱い!!!」

 

 

 血と涙の混じった何かがしきりに流れ出て、楓の頭をシーツに押さえつけて何度も乾いた布地を当て直してはそれを吸い取った。

 

 

「嫌だ、怖い、見えない、熱い、熱い、ああああぁぁっっ!!」

 

 

 ふいに楓の動きが止まった。気を失ったのだ。その隙に奏はちかちかする視界と格闘しながら粗方の血を吸い取ると、先ほど引きちぎった布を即席の眼帯として楓の頭に巻きつけた。じわりと布に血が滲む。次いで側の机から鍵をひったくり、拘束を解いた。これで一通りできることはやった。あとは楓の無事を祈るのみ。

 その瞬間に緊張の糸が切れた奏は、まず自分の腰がすっかり抜けたことに驚いた。さらに間を置かず開いた扉に心臓を止めかけた。外から小柄なシルエットの人間が姿を現すが、視界がぼやけてよく見えない。何かを言っているようだが、やはりよく聞こえない。でも、もう、これでいいんだ。そう思った刹那、奏の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 数日後。

 奏は幼い頃から何度かお世話になった病院で目を覚ました。見覚えのある天井だった。

 傍らを見遣ると、隣のベッドでは綺麗な髪の女性がすやすやと寝息を立てている。奏はほっと息をつくが、すぐに目に入った彼女の眼帯を確認して酷く気持ち悪くなった。やはりあれは現実だったのだ。自分のやった所業が脳裏を焼いて、それが強く痛んだ。状況が状況だったとはいえ、自分は愛する人の視界の半分を奪ったのだという罪悪感が烈火のごとく身を焦がす。

 ふと通りがかった看護師が「あ、目を覚まされましたか」と驚きとともに呟いた。「ちょっと待っててくださいね」と言い残して彼女は担当の医師を探しに行き、しばらく後にまた戻ってきた。やってきた医師によると、二人は夜明けにあの公園で揃って倒れているのを見つけられここに運び込まれたらしい。楓は外傷によって左眼をやられており、最善を尽くしたがもう視力は戻らないだろうことも聞いた。悲しい事実だったが、覚悟はしていた。ひとまず生きて帰ってこられてだけでも十分だと考えることにした。

 やがて翌日楓が目覚めると、隣の奏に気が付いてにこりと笑顔を向けた。そしてウィンクをしようとして、喪った眼を思い出したのか酷く哀しそうな微笑を浮かべた。

 

「これで文字通りの『ミステリアスアイズ』ですね」と強がって軽口を叩く彼女の顔は、哀愁を秘めつつもしかし強い心を感じさせた。

    ああ、強いな。敵わないな。そう奏は思った。

 

 かくして、二人の全てが書き換わった事件はここに終わりを迎えた。




以上、初投稿でした。お楽しみいただけたら幸いです。

楓さんの綺麗な瞳が潰されてしまうなんて……なんて残酷な……いったい誰がこんなことを(憤慨)

また、本作品は誠に勝手ながらRamneko_25様の「〇〇をしないと出られない部屋」メーカー(https://shindanmaker.com/525269)から着想を得て書いています。めちゃくちゃ妄想捗る最高な診断メーカーです。これはマジ。

今後もちまちまこういう短編だったり独自の世界観のあるものだったり二次創作などを中心にいろいろ書いていこうと考えております。お暇であれば是非ご一読ください。

ありがとうございました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。