メリイ・ドーゼット
退魔師の女性。今までの武勲から若くして期待を背負った退魔師の女性。銀羊教団所属。ミゾレの師匠。同性愛者で下卑た性格をしているが、本来は繊細。ミゾレのことを心の底から大じい思い、救いに思っているが、愛情を持つこと自体と受け入れられることを恐れ、冷たい態度をとっている。
雪依霙(ユキヨリミゾレ)
退魔師の卵。激情家だが面倒見はいい。銀羊教団所属。性癖はノーマル。メリイの世話をを色々と世話焼きなためなんだかんだ言いながらやっている。初めて心を開いた女性がメリイだったため、メリイに恋愛感情のようなものを持っているが、メリイの普段の発言から嫌われることやそれは間違えだという思いから、メリイとはただの相棒でいようと思っている。
ギブソン・ドーゼット
銀羊の理事の男性。メリイの父。妻を誰よりも愛していた。
「こんなところで寝ていたら風邪引くぞ。」
私を危なっかしく抱きかかえて、彼女がゆらゆら歩く。フラフラした足取りが心地良い。おそらく筋肉がつかないタイプなのだろうか、いくら訓練しても人並みよりこの子は劣っている。
鼻につく刺激臭の代わりに、優しいスープの匂いが鼻腔をくすぐる。
手間のかかるお師匠様だぜとひとりごちながら、あの子は優しく私をベッドに下ろす。あの娘がほしたのだろう、ベッドからは優しい石鹸の匂いがした。
温かい手が髪の毛を優しく撫でる。彼女がこうしてくれる瞬間が私は一番好きだ。だから、いつも作業部屋で眠ったふりをして彼女が迎えに来るのを待ち続けてる。
「寝てるんだよな。」
生温い息が鼻にかかる。こころなしか息が荒い気がした。
頭が真っ白になって何も思いつかなくなった。その後に倫理と淡い希望とゲスな欲望が鮮やかな色彩を持って頭の中を塗りつぶしていく、柔らかい感触が額に触れた。
自分はまともな顔色をしているだろうか。心臓が苦しい、顔が熱い。息が苦しい。怒りと安堵が入り混じってぐちゃぐちゃになっていくのがわかる。
目を覚まして顔の一発も張り倒したくなる欲求を必死に抑えた。私は―この娘が嫌いだ。
鼻歌が聞こえる。あまりうまいとは言えない調子ハズレの歌。私が歌っているのを覚えた歌だが音感がよろしくない。だが、不快というほど下手ではなかった。むしろ、安心する。
まどろみの中で冷静になった頭で思考を巡らせる。そもそも、私はそういうことに慣れている。女生徒の大体とは関係を持っている。外にも恋人や買った相手が両の手で数え切れないほどいるではないか。
それほど可愛らしくもない小娘相手に何を戸惑う必要がある?冷静になったら子供の遊戯だ。くだらない。
ゆらゆらと体が揺さぶられた。ダラダラとしていると、ビンタか頭突きが飛んでくるので、目を覚ます。体がだるい。恐らく、この弛緩しきった空気のせいだろう。
モソモソとスープを口に運ぶ。いつもどおりの代わり映えのしないつまらない味だ。
「何がおかしいんですか?」
「今日はうまくできたみたいで良かったと思ったんだ。メリイの顔が嬉しそうだから。嫌いな味付けのときはもっと嫌な顔をしてるからさ。」
「別に普通ですよ。」
「それでいいんだよ。」
どうして、そんな発想ができるのか私にはわからない。きっと、彼女の頭がめでたいからだ。
作業場に戻る。今日は徹夜だろう。仕上げて置かなければいけない薬がたくさんあった。
何時間も暗い部屋にいるせいか、立ちくらみがした。思考が黒く染まる。自己嫌悪が頭をよぎる。そもそも、他の人並みに魔道具で魔法が扱えれば、こんなことをしなくてよかったはずだ。
毒も体術も剣術も人より苦労なんてしなくてよかった。もっと多くの人を救えたはずだ。もっとたくさんのことができたはずだ。視界がぐるぐると回る、口の中から酸っぱいものがこみ上げてくる。
私がいなければ母が生きていて、父もきっと、幸せだった。彼は母を愛していた。父の部屋にはたくさんの私に似た女性の絵画を収めた本が大切に収められていた。
いつも、いつもこうだ。いつからか、自己嫌悪の頻度が減ったが、疲れや魔物との戦いの中の緊張下で自己嫌悪と自己否定が頭の中を支配する。
私は他の人間より劣っていて生きる資格のない人間だ。人の幸せを奪い、生きている寄生虫だ。皆が私のことを愛しているのは血筋に過ぎない。魔力弱者の出来損ないなど誰が愛してくれる?
なぜ生きているのか?単純に己が臆病だからだ。自分をいくら愛していないと言っても、結局は己が可愛い自分勝手な人間だ。こうやって自己嫌悪をしてるのもよっているだけだ。
冷静な自分が私にささやきかける。あの子はどうなのだと。
名前を知らなくても、植物園で私を待ち、毎日私の話しを目を輝かせて聞いていたあの子は。
違う。あの子も私の汚い部分を見たら、私を嫌いになる。他の人間と同じ表面上の優しさで私を見つめるだけになる。仮面をかぶった人形になる。
「メリイ?」
あの子が、成長したあの子が心配したのか、私を見つめていた。あの子は私の弟子になった。どうしようもないクズの私の。
「少しならできるからさ、私が代わりにやっておくよ。顔色が悪いからもう休めよ。」
この子はいつでも優しい。私は。
「いいですよ、あなたみたいなのに触らせたら、失敗するでしょ。」
手を取るのが恐ろしい。優しさにすがりたくない。本当はすがりたいが、すがった瞬間に彼女をしずめ、壊すほどに依存する愚かな自分が見える。
「なら、手伝わせてくれよ。一緒にやれば早く終わるだろ?」
一瞬曇った彼女が、提案する。この娘が嫌いだ。優しいところが嫌いだ、手を差し伸べてくるところが嫌いだ、人より魔力があるところが嫌いだ。
苦しみなど一切ないのだろう。人よりも何でもうまくできるのだから。ちがう、彼女が何度も悪夢を見ていることや、炎に恐怖を抱いていることを私は知っている。
返事を待たずに彼女はテキパキと、必要な物品を揃えていた。手伝っているうちに覚えたのだろうか。手を無理やり引っ張ってくれることをいつも待っている。いつもいつでも。
彼女はくだらない話をしながら、笑顔をみせて私を見ている。私はそれをいつもどおりに受け答えていた。頭の暗い闇がいつの間にか薄れていたことに気づくのは作業が終わったあとだった。
疲れ切った頭でベッドに潜り込む。今日は泥のように眠ろう。数分もしないうちにベッドの中に温かいものが潜り込んだ。
「昔のことを思い出したんだ。家が焼けた日のこと。でも―。メリイと一緒にいて、体温を感じていると少しだけ、それが薄れるんだ。だから、今日は―。」
「どうしようもない弟子ですね。いいですよ。」
彼女の頭を乱暴になでてやると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女が、私のことを嫌っていないのは気づいている。彼女の好意を素直に受け入れて楽になりたい自分がいるのも知っている。だが、それは彼女の前で演じている強い私だからだ。
聡明で抜け目のない私だ。本当の私を見て、彼女は私を愛してくれるわけがない。だから、手を取ることができない。
他の人間と彼女が話しているのが嫌いだ、友達だと言って、彼女が友だちを連れてきたとき、その人間の身辺を徹底的に調べ上げた。私と彼女だけになればいいのにと感じることがある。
見つめる瞳が私だけのものになればいい。手が私だけを触るものになればいい。他に何もしてほしくない。
愛されるだけの資格がないくせにそんな事を考えている。
今のただの師弟関係を続けるのが結局の所一番いい。誰も傷つかないぬるま湯のような関係。それがいい。
私は彼女が今の聖域から私を連れ出すのを待っている。植物園で私を連れ出してくれたように。私は臆病で待つことしかできないから―。